水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

秋の風景 (第十五話) 確かに…

2013年09月30日 00時00分00秒 | #小説

       秋の風景       水本爽涼

    (第十五話) 確かに…          

 僕も少し大きくなったせいか、自然の変化を幾らか上品に考えられるようになった。例えば今日の、空に浮かんだ鰯雲が実は高層雲だという類(たぐい)だ。確かに…と思える進歩? で、お利口さんとじいちゃんに頭を撫(な)でられるのだが、果してこれが進歩だろうか…と、いささか僕には疑念が芽生えていた。ある意味、俗界に染まった無駄な知識ではあるまいか…ということだ。愛奈(まな)は、キャハハ…と笑ったり、△●××★!!…と泣いたりして離乳食を食べ、母さんの乳を好きなだけ飲んでりゃいいのだが、僕の場合はそうはいかないのだ。俗界に染まろうと汚れようと、母さんから、「あらっ! また百点ね。正也は先が楽しみだわ」と期待に答え、褒められる子供であらねばならないのだ。まあ百歩譲って、家では俗界から逃れられたとしても、学校ではそうはいかない。父さんの場合だと社会だから、相当、手強(ごわ)い。確かに彼の場合はそれが分かっていてか杭(くい)を出さない。出る杭は打たれる…という諺(ことわざ)があるが、父さんはそれを理解していて、あえて出さないのではあるまいか。いわば、彼の処世術とでも言えるだろう。父さんは家でもじいちゃんに対して出ないから、確かに…と思える。じいちゃんの場合は他に敵らしい相手を寄せつけない威厳めいた光を放っておいでだから、これも確かに…と思わせる。母さんの場合は上品なホホホとPTA役員だから、知的なシールドで身体を防備している風に見える。これも、確かに…と思わせる説得力がある。愛奈の場合は、すべてが確かに…である。泣けば空腹か、洩らしたか、暑いか、寒いか…などの生理現象だからだ。僕は残念ながら、まだそこまでのオーラはない。正也なら確かに…と家族を思わせるものを身につけたいと思う。今のところは、減った冷蔵庫のケーキは正也だろう…と思わせる確かさだけなのだ。これでは品位に欠け、情けない。そこへいくとタマとポチはいい。人にどう思われようと、自分の意思どおりに生きている。昨日もポチは庭掃除をしていた父さんの手拭いをどこかへ持ち去った。タマは父さんの書斎を抜け毛だらけにして何かありましたか? という顔で欠伸(あくび)している。ははは…、確かに結構な生きざまだ。


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秋の風景 (第十四話) 夢の秋

2013年09月29日 00時00分00秒 | #小説

       秋の風景       水本爽涼

    (第十四話) 夢の秋          

「正也! 遅刻するわよ!」
 母さんが僕の部屋の前で声高に言った。彼女に来られては、すべてが終わった…である。僕は飛び起きた。愛奈(まな)は? といえば、すでに起きていて、庭で竹刀を片づけるじいちゃんの尻について、意味もなく師匠のシャツを引っぱっていた。じいちゃんは叱る訳にもいかず、愛奈のするに任せ、笑っている。いやいやいや…、そんな光景がある訳がない。現に昨日まで愛奈は育児ベッドでスヤスヤと眠っていたのだから…。僕は夢を見ているんだと思った。それにしても総天然色のかなりリアルな夢だ…と思えた。
「お兄ちゃん、遅刻するわよ!」
 僕は、お前には言われたくないぞ…と言い返そうとするが、声にならない。要するに失語状態で、口が開かないのである。じいちゃんは庭の向こうから二人を見ながら笑っている。空は青く晴れ渡り、色づいた庭木の黄色葉が美しい。すると、場面が急に変って五人の食事風景となった。愛奈がご飯を…そんな訳がない、とは思うが、彼女は小っちゃいながらも小ぶりのお茶碗と短いお箸を器用に使い、食べていた。
「おかわり!」
「結構、結構! たんとお代わりしなさい」
 じいちゃんは、すっかり愛奈びいきだ。そんなじいちゃんに父さんも母さんも何も言えないようだ。
「正也! もう…遅刻よっ!」
 母さんの呆(あき)れるような声がした。僕は、えっ!? と思った。今、食べかけたとこなのに…と思えたとき、目が覚めた。空は青く晴れ渡り、色づいた庭木の黄色葉が美しかった。ただそのとき、愛奈のむずかる泣き声がした。早朝稽古をじいちゃんとして、まだ少し時間がある…とベッドへ寝転んだのが迂闊(うかつ)だった。ウトウト…してしまったのだ。出来のよい僕にしては失態だった。


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秋の風景 (第十三話) 栗拾(ひろ)い

2013年09月28日 00時00分00秒 | #小説

       秋の風景       水本爽涼

    (第十三話) 栗拾(ひろ)い          

 野山も色づき、すっかり秋景色が板についたある日、僕はじいちゃんと栗ひろいに出かけた。この行事はキノコ採りと同じで恒例だから、とり分けて語ることでもないのだが、まあ語りたいと思う。
「正也、やってくれ!」
「うん!」
 なんのことだ? と思われる方も多いと思うので解説すると、じいちゃんが栗を拾(ひろ)い集め、僕はそのイガ栗を絶妙の足捌(さば)きで栗出しする役目を仰せつかったのだ。手では痛くて持てないイガ栗も、両足のコツで上手く剥(む)けるのである。
「そうそう、その調子!」
 じいちゃんは満足げに僕の足元を見たあと、また落ちて散らばっている栗を集め始めた。しばらくすると、師匠から、「それくらいで、よかろう…」とストップがかかった。剥かれた栗は容易(たやす)く袋に入った。そしてその夜、母さんによって三分の二ほどは栗ご飯に調理され、僕達の腹へと収納されたのである。ただ、愛奈(まな)だけは収納できず、離乳食と母さんの乳以外は駄目だったから気の毒に思えた。こんな美味いものを…と思いながら僕は乳育児ベッドを見た。愛奈と語り合いながら食べる日も、そう遠くないだろう。あの泣き加減からして、かなりの好敵手に育つことが予想されたが、半ば嬉(うれ)しい心配でもあった。
「なかなかのものです、未知子さん。今年も美味いですよ」
「そうですか、ほほほ…」
 ほほほ…は余計だろう、とは思えたが心に留(とど)めた。
「うん! 確かに…」
 父さんもじいちゃんに追随した。まあ父さんの場合は、追随しないことの方が奇跡なのだが…。栗のようにトゲを出せば、恐らくはじいちゃんによって火中へ放り込まれ、熱さのあまり弾(はじ)けてしまうぐらいのものだろう。そこへいくと愛奈栗は誰も皮を剥くことすら出来ず、自然放置の状態を維持している。タマとポチは剥かずに持ち帰った栗をボールに見立てて遊ぶ。優雅、この上ない。


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秋の風景 (第十二話) 根性

2013年09月27日 00時00分00秒 | #小説

       秋の風景       水本爽涼

    (第十二話) 根性          

 今年もまた、じいちゃんと山へキノコ採りに行く季節が近づいてきた。
「あと十日ほど先だな…」
 じいちゃんはキノコが採れる頃合いが絶妙に分かるお人だ。僕の師匠だから当然と言えば当然だが、なんといっても長年の経験からの勘によるところが大のようだ。
「じいちゃん、キノコの根ってあるの?」
 僕は普段、疑問に思っていることを、つい口にしてしまった。
「キノコの根な…。いや、それは、ない。根に見えるが、あれは菌糸の塊(かたまり)だ。正也も習ったろうが…」
 あっ! そういや…と、僕は学校の授業を思い出した。すでに習っていたものを忘れていたのだ。頭はよいみたいだが、僕もその程度の粗忽者なのである。
 根といえば、じいちゃんの根性はすさまじいもので、大よそ、この世のことは、すべて自分でなんとか出来ると確信をお持ちの大人物なのである。そこへいくと、父さんは、じいちゃんの子であることが嘘のように持続力がなく、まるで根性というものがない。駄目だと分かると、すぐ根を上げて撤収するか弱い小人物なのだ。しかし、そうも言ってられないのは、その小人物から僕が生産されたらしい…ということである。確率の高い嘆かわしい事実で、すぐにも消し去りたいが、そうはいかないのが人の世である。とりあえず、母さん似ということで得心することにした。で、その母さんは、じいちゃんといい勝負の根性の持ち主で、日々、根を上げずに家事や愛奈(まな)の育児に明け暮れておられる奇特なお人なのだ。じいちゃんは威厳めいた照かる丸禿(まるは)げ頭だから思わず合掌したくなるのに比べ、母さんの場合は、その有難さに手を合わせたくなる訳だ。父さんの場合は…程度で、意に介さない。空気のような存在とまでは言わないが、僕の家では、それに近いものがある。さて僕だが、丘本先生にも褒(ほ)められたのだが、何事も最後までやる子だそうだ。僕もそう思えるが、途中で棒を折るのが嫌いな性分だからだろう。決して根性がある、などと大仰には言えないが、じいちゃんの万分の一ほどはある、と謙遜しておこう。愛奈は泣き通す根性をお持ちだ。このお方には誰も勝てない。タマとポチに根性は関係ない。彼等は根性などどこ吹く風で、日々のんびりと暮しておられる。


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秋の風景 (第十一話) 秋めく

2013年09月26日 00時00分00秒 | #小説

       秋の風景       水本爽涼

    (第十一話)  秋めく        

 ひょんなことで秋めくものだ。夏の熱気が、ある日を境にスゥ~っと去った。もちろん僕に断りもなく無言で去ったのだが、秋めく・・とは正(まさ)にこれ! と思える清々(すがすが)しさで、家族全員のテンションを向上させた。
「秋ですね…」
 父さんがじいちゃんに語りかけた。彼は恐る恐る言葉を選び、季節外れの落雷を未然に防ぐ手段を講じていた。
「そうだなあ…。いい気候になってきた。まあ、夏野菜の収穫は終わりだがな」
「ナスがありますよ」
「おお! そうだった。秋ナスがまだあったわい!」
 じいちゃんの顔が喜色満面となった。
「未知子には食べさせられないですが…」
「上手いこと言うな。秋ナスは嫁に食わすな、か…。まあしかし、未知子さんには食べてもらおう」
 二人は、ははは…と笑い合った。空に鰯雲が登場し、楚々とした風が爽やかに肌を撫でると、辺りは一斉に秋めく。黄金色(こがねいろ)に色づいた稲田の刈り入れも始まった。愛奈(まな)の機嫌も大層よく、母さんは大助かりだ。むずからないのは親孝行で結構なことである。僕も妹を見習わねばならない。買って欲しいものはあるが、じっと忍耐の子を続けようと思う。
「おい! 正也! こっちへ来い。美味いシュークリームを戴いたからな」
 離れから声がかかり、僕はじいちゃんに招待された。庭から足継ぎ石を踏んで上がると、珍しく父さんも来た。ほぼこれは奇跡に近い。父さんは普通、じいちゃんを避ける、としたものだったから、その常識は完璧に覆(くつがえ)された格好だ。これも秋めいたことによる一過性のものかも知れないけれど、ともかくお目出度いことのように僕には思えた。じいちゃんが淹(い)れた茶で三人がシュークリームを頬張る。三代の揃い踏みである。遠くでタマとポチが、あのお方達は先が読めないなあ…という視線で僕達を見ていた。


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夏の風景 ☆特別編(2の2) 湧き水

2013年09月25日 00時00分00秒 | #小説

   夏の風景☆特別編(2の2)    水本爽涼

    特別編(2の2) 湧き水      

 洗い場の湧き水は、この空梅雨の夏でも決して途絶えることはなかった。真夏の今も滾々(こんこん)と湧き出ている。僕は昼寝の前に身体を冷やすため洗い場に浸(つ)かるのが常だった。で、今日も浸かっている訳だ。午前中に夏休みの宿題の日課を仕方なく済ませた。母さんのひと言があったことは報告するまでもない当然の事実だが、愛奈(まな)はいいなあ…とか不満に思いながらも片づけた次第だ。じいちゃんは事、学問に関しては学ばず、触れずのお人だから、母さんのように諄(くど)くは言わない。早朝稽古のあと、こんな会話があった。
「まあ、恥を掻かない程度にな…」
 それだけである。今日、浸かる洗い場の中には、そのじいちゃんもいて、珍しく身体を冷やしておられた。師匠だから、ここは敬語となる。
「じいちゃん、この水が止まったことはあるの?」
「んっ? いや…わしの知るかぎりでは、ないなあ。先代がわしに下さった土地じゃが、なんでも、この湧き水は名水らしい」
「そうなんだ…」
「こんな水に身体を沈められるとは、果報者と思わねばならんぞ、正也殿!」
「ははぁー!」
 ちょっとした演技でじいちゃんの時代劇に付き合ってみた。そこへ父さんが現れなくてもいいのに現れた。書斎で仕事を済ませた後らしく、両手を上へ大きく広げ、身体をほぐしながら、である。
「どうだ恭一、お前も浸からんか」
 じいちゃんが珍しく柔和な声をかけた。だが父さんは、それでもギクッ! とした。
「ははは…私は」
 朝から夏風邪を拗(こじ)らせ、グスングスンと言っておられるお人だから、その判断は正しいように思えた。
「ふん! 情けない奴だ。鍛えろ、鍛えろ!」
 冷水を気持よさそうに両手でジャブリ! と顔へやり、じいちゃんは半ば諦(あきら)め口調でそう言った。父さんは頭を掻きながら無言でソソクサと家の中へ退去した。こりゃ拙(まず)いところへ来たな…と思っていたに違いない。その父さんと入れ替わりに母さんが愛奈をあやしながら出てきた。
「わぁ~、いい風が流れますわね…」
「この冷水のお蔭(かげ)です。有難いことです」
 父さんに語ったお人とは別人が僕の横にいた。そろそろ身体が冷えてきた僕は、水から上がってタオルで拭いた。愛奈も気持ちいい風にバブバブと機嫌がいい。いや、むしろ場の空気を和ませる特殊効果がある、と言った方がいいだろう。母さんはしばらく椅子に腰かけて愛奈をあやしたあと、中へ戻った。
「正也! お昼寝しなさいよ」
 最後には必ずお小言(こごと)があるから油断ならない。いつものように僕は反射的に、「うんっ!」と可愛く返事してその場を凌(しの)いだ。日蔭のタマとポチが、『このお方は要領がいい…』とでも言いたげな眼差(まなざ)しで僕を見ていた。


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夏の風景 ☆特別編(2の1)  夕立ち

2013年09月24日 00時00分00秒 | #小説

   夏の風景☆特別編(2の1)    水本爽涼

    特別編(2の1) 夕立ち     

 蝉しぐれの中を雑木林へ入り、クワガタを籠(かご)へ入れたとき、空が俄かにゴロゴロ! と鳴りだした。見上げれば斜め上方に入道雲が、『俺の夏だっ!』と言わんばかりに湧き上がっているのが見えた。それが次第に大きさを増し、全天を覆い尽くそうという勢いで広がっていった。こりゃ、ひと雨くるな…と僕は思った。愛奈(まな)のオギャ~! と同じで、こればかりはいつ降りだすか分からない。僕は虫捕りを中断し、家をめがけて一目散に駆けだした。雑木林は僕の庭のようなもので、決して迷うことはない。上手くしたもので、家の門を潜ったときパラパラ…と降りだし、次の瞬間、ザザザ…ときた。ポチが、『お帰り!』とばかりに尾を振って僕を見ていたが、簾(すだれ)のような雨脚(あまあし)を避けようと軒(のき)へ移動した。僕も丁度、軒へ入ったところだった。灰色の空に稲妻の閃光(せんこう)が鮮やかな線を描いてピカッ! と走り、しばらく遅れでズッド~~ン!! と雷鳴が轟(とどろ)いた。
「おお! きおったな!」
 離れの窓ガラスを開けたじいちゃんが、さも友人を迎えるかのような笑顔でニタリ! と笑って言った。僕は、雷さんは友達なんだ…と思った。そういや、どちらも落雷する。もちろん、じいちゃんの場合は父さん専門だが、その鋭さは今、鳴っている雷に決して引けを取らない。いわば、同格なのである。雷と同格の人など、世間に、そうざらにいるとは思えなかった。
「正也! どうだ、捕れたか?」
「まあね…」
「そうか…。いつやらも言ったが、虫にも生活があるからな。ほど良いところで逃がしてやれよ!」
「うん!」
 師匠の命令は絶対である。逆らうことなど許されよう筈(はず)がない。そんなことをすれば、刀掛けに置かれた刀でスッパリ! と斬られ、討ち首獄門、晒(さら)し首は免れないだろう。…まあ、そんなことはないだろうが…。
 降り出した夕立ちは夜には止(や)み、涼しげな風が家の中を満たした。
「蒸してましたからねぇ~、これで、さっぱりしました…」
「ああ、まあな…」
 縁台将棋を指しながら父さんがじいちゃんの顔を窺(うかが)う。じいちゃんも冷気で気分がいいのか、ジョッキのビールをグビリ! と、ひと飲みして呟(つぶや)いた。樹木や草花も生気を取り戻したようで、輝いて見えた。愛奈(まな)の夕立ちも母さんの乳を得て、今はバブバブへと回復した。いい具合だ。まあ、このお方には雷様も勝てないだろうが…と思いながら、僕はビールならぬ風呂上がりのジュースを堪能(たんのう)した。遠くで花火が揚がり始めた。某市の花火大会は僕の村からも見えるが、たぶんそれだろうと思えた。雷と花火、同じズド~~ン!でも、やはりこちらがいい。さっぱりした夏の夕立ちのあと味。…こちらは、僕の飲むジュースと、いい勝負に思える。


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夏の風景 (第二十話) 衰え 

2013年09月23日 00時00分00秒 | #小説

       夏の風景       水本爽涼

    (第二十話) 衰え         

 あれだけ猛威をふるった夏将軍も、夏休みが残り少なくなった八月下旬には、ようやく引っ越しの手続きを始めた。そうは言っても、表立っては相変わらず、『まだ帰らんぞっ!』とばかりに攻め立てたが、じいちゃんには歯が立たないようで、一目(いちもく)置いている風であった。その証拠に、じいちゃんが西瓜(すいか)を、わずか数口、頬張っただけで食べ終えると、必ずどこからか涼風がスゥ~っと流れ、辺りを冷んやりとさせるから不思議だった。じいちゃんには衰え、というものがないだけに、いささか夏将軍も面喰(めんくら)ったのかも知れない。そこへいくと父さんは、いい鴨で、夏の終わりともなると必ずバテたから、このお方には勝ったな…と思ったか思わなかったかは知らないが、僕には明らかに夏将軍の勝ちに思えた。しかし、バテた父さんは夏将軍が去ると、これも必ず復活したから、しぶといお人である。妹の愛奈(まな)は生まれて半年以上になるが、すっかり我が家の天下様で、至れり尽くせりの厚遇を受けておられる。だから夏将軍といえど手出しは出来ず、窓の向こうから熱気のある直射日光を浴びせる程度だったが、その光線さえシールドのような夏カーテンに遮(さえぎ)られ、さっぱり攻め手を欠いていた。だから、じいちゃん以上に負けに思えた。母さんはタフで、父さんと比べるのも憚(はばか)られるほどだった。彼女は賢明さで夏将軍を逆手(さかて)にとっていた。暑い日中の行動は極力避け、朝四時頃~十時頃までを行動範囲とし、愛奈の世話以外の家事は最小限に留めた。で、冷んやりした洗い場の湧き水近くの日蔭でタマ、ポチと同じく、ハンモックで寛(くつろ)いでおられるのだった。だから母さんの場合、衰えなどはまったくご縁がなかった訳だ。やることはやっておられるのだから、家族から苦情など出るはずもない。僕は? といえば、夏将軍とは仲のいい友達関係にあり、野に山に…と遊ばせてもらった仲だ。この人も衰えないなあ…と夏将軍は思っていたことだろう。隙(すき)あらば熱中症に・・と攻められることは、すでに僕の想定内で、母さんから手渡された水筒と日避け帽は必ず装着して外出したことが夏将軍をそう思わせる一因になったかも知れない。
 総じて、湧水家の人々は僕を含めて、したたかだ、ということになる。もちろん悪い意味ではなく、世界ランキングに入るのでは…と思わせる、いい意味である。


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夏の風景 (第十九話) 故障

2013年09月22日 00時00分00秒 | #小説

       夏の風景       水本爽涼

    (第十九話) 故障         

 こう猛暑日が続くと、さすがに人はダレてくる。あの気丈なじいちゃんでさえ、ここ数日はめっきり口数が減った。ただ、日々続く団扇(うちわ)パタパタの羽音だけは小忙しく聞こえる。むろん、離れへ僕が行ったときだけの観察だから、それ以外の所作は分からないのだが…。
「ちょっと! 五月蠅(うるさ)いから黙っててくれ!」
「なによっ! 人が親切で言ってあげたのに…」
 人もダレ続けると他人に当たりたくなるみたいだ。結果、数日すると夫婦間は完璧に冷えきり、故障してしまった。物なら買い換えたり修理したりで事足りるが、人、特に大人の感情トラブルは始末が悪い。いつぞやも旅行に行く行かないでモメたことがあったが、幸いにも、しばらくすると解決した。
「正也、お二人はどうかしたか?」
「んっ? 知らないよ。故障だろ」
 じいちゃんは一瞬、ニッと笑って僕の頭を撫でた。
「故障か…。上手いこと言うなあ正也は、ははは…」
 俄かに僕の株は上がり、日本の景気は、よくなった。…まあ、そんなことはないが、とにかく、お褒めに預かった訳だ。故障を放置すれば偉いことになる。愛奈(まな)などは、その典型的な被害者で、くそ暑さもあるが、夫婦間の故障以後、母さんの微妙なあやし加減が悪くなったせいか、泣く回数が目に見えて増えた。
「おいっ! 正也。お二人さん、語ってるぞ」
「語っておられますな…」
 大人言葉でじいちゃんに返したのだが、じいちゃんが指さす方向を観察すると、父さんと母さんが仲睦まじく笑いながら話しているのだった。きっかけは知らないが、どうやら両者の軋轢(あつれき)は瓦解(がかい)したようだ。
 こうしてみれば、時は最大の医者だと僕には分った。善悪どちらにも言えるみたいだけれど、記憶が薄れ、それが潤滑油の働きをするようだ。ふと、タマとポチを見遣ると、洗い場の日陰で冷気を浴びて眠っておられた。彼等にこういうトラブルはなく、終始仲がいい。猫と犬だから夫婦という訳にはいかないのだろうが、…まあ、いい具合だ。


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夏の風景 (第十八話) 違う!

2013年09月21日 00時00分00秒 | #小説

       夏の風景       水本爽涼

    (第十八話) 違う!         

「そうじゃない、そうじゃない!」
 朝から小さな雑音が僕の子供部屋へ飛び込んできた。いったい何事だ、とばかりに窓を全開すると、父さんが庭の整枝作業をしている姿が見えた。その傍(かたわ)らにはじいちゃんがいて、ご意見番よろしく、手ぶり身ぶりで指導していた。
「はい!」
 素直な返事はいいのだが、所作はどことなく不格好な上に、おぼつかない。いったいどういうことでこの場面になったのか? まったく分からない僕だった。
「違う!」
 とうとうじいちゃんが怒りだし、父さんが手にした高枝鋏を取り上げた。こうだ、とばかりに、じいちゃんは格好よく整枝して、彦生えや胴吹きなどの不要枝を切り落としていった。師匠の場合は切るではなく斬るような格好よさで、どちらがお年寄りなのか…と疑わしくなった。
「分かったか?!」
「はい、分かりました…」
 父さんは言われた通りにふたたび手渡された高枝鋏で切ろうとした。
「違う、違う! 何も分かっとらんじゃないかっ!」
「… …」
 打つ手なし、とは、まさにこれだな…と僕は思ったが、少し父さんが哀れになった。しかし救いの神ならぬ救いの母さんの声が聞こえた。
「お義父さま~、お茶にして下さい! あなたもね!」
 つけ足しながら、父さんにも一応、お呼びがかかった。
「まあ、いい…。茶を飲んでからにしよう」
 僕も子供部屋を出て、お茶会に出席することにした。
 居間へ行くと、先ほどの騒ぎなどなかったように、じいちゃんと父さんは笑顔で茶を飲みながら話していた。愛奈(まな)は母さんに抱かれて機嫌よく茶ではない離乳食後の母乳を飲んでいた。
「いやあ~、難しいですね」
「ははは…馴れんことをするからだ。あとは、わしがやっておく」
「お願いします。私は不器用で…」
「違う! 馴れだ。頭と身体で覚える違いだ、ははは…」
 父さんは黙って頷(うなず)いた。思うところがあったのだろう。
「今朝の正也は竹刀(しない)の振りが鈍(にぶ)かったぞ」
 じいちゃんの視線が僕に向いて朝稽古の注意に及んだ。僕も黙って頷いた。


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