水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 幽霊パッション (第二十二回)

2011年05月31日 00時00分00秒 | #小説

    幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第二十二回
上山は当然、両足で歩くから肩などが小刻みに揺れるが、そこへいくと幽霊平林は滑(なめ)らかだ。体形を動じることなく、そのまま前方へスゥ~っなのである。恰(あたか)も、空港の通路上のベルトコンベアへ乗って移動する塩梅(あんばい)である。上山は、ようやく重い口を開いた。
「先ほどの続きだが、どうも君と私の接点を見出す手がかりとか方法がなあ…」
『浮かばなかったと…』
「ああ、まあなあ…」
 上山は素直に云った。
『僕もなんですよ。どうしても課長と僕だけが繋(つな)がる接点を探る手立てが…』
 二人はテンションを下げて課へと戻った。上山が課のドアを開け中へ入ると、幽霊平林の姿は消えていた。はは~ん、やはり、ここは現れないんだ…と、上山は、ほんの少し気分が和(やわ)らいだ。
「課長、お茶、入れておきました…。この前は、どうも…」
 課長席へ近づいてきた亜沙美が、遠慮ぎみにそう云って一礼した。
「んっ? いやあ。ありがとう…」
 そうとだけひと言、上山は告げた。亜沙美はまた一礼して、自席へと戻っていった。係長の出水雅樹(でみずまさき)は二人の会話を訝(いぶか)しげに聞いていたが、聞かなかったように机の書類に目を落とした。岬と亜沙美の席は少し離れていて、すぐ近くで話し合える距離ではない。課員達は各自の事務仕事を熟(こな)していた。上山が課長席へ座ったとき、机上の業務連絡用インターフォンが鳴った。社長室からだった。上山は慌(あわ)ててボタンを押した。
「ああ、私だ…。ちょっと来てくれんか、上山君」
「は、はい! すぐ、参ります!」
 インターフォンを切ると同時に、もう上山は立っていた。


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連載小説 幽霊パッション (第二十一回)

2011年05月30日 00時00分00秒 | #小説

    幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第二十一回
 ヒョイ! と幽霊平林が現れたのはトイレである。さすがに彼も課内では迷惑だと感づいたのだろう。丁度、上山が用を足しに入ったとき、他の社員がいなかったこともある。
『課長! 二日ぶりです』
 小便を足していた上山も、意表を突かれた感は否めない。まさか、ここには…と思って入り、リラックスして垂れ流していた矢先、後方からの声である。一瞬、尿意を喪失し、小便は止まってしまった。驚いて首だけ振り向くて、「驚いたぞ、ゆ…いや平(ひら)さん」と、上山は素っ頓狂な声を出した。
『すみません。さっきから機会を窺(うかが)っていたんですが、皆、いますしねえ…』
「だが三日前までは、無遠慮に現れたじゃないか」
『ええ、それはまあ…。でも僕なりにご迷惑だと思いまして…』
「ほう、それはありがたい。まあ、出来るだけ、その心づもりで頼むよ」
『はい…。ところで、おとといの、いや、三日前になりますか。早いですねえ、日の経つのって。…そんなことは、どうでもいいんでした。それで、いいお考えとか手立ては浮かびました?』
「いいや、それがなあ…」
 上山が話しかけたとき、人の近づく気配がした。上山は慌(あわ)てて用を足し終えると、洗面台へ向かった。幽霊平林も瞬間、消えた。入れ違いに入ってきたのは同じ課の岬で、小便器に向かい、洗面台の上山に気づいた。上山は手を洗っていた。
「ああ、課長! この前は、どうも。よろしくお願いします」
「おお、岬君か。分かった分かった。じゃあ、また…」
 そう云いながら、上山は手をエアーブロワで乾かした。ブロアの派手な音がした。
 上山がトイレを出て課へ戻る通路を辿ると、幽霊平林がどこからともなく現れて、上山の横をスゥ~っと並行して進む。


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連載小説 幽霊パッション (第二十回)

2011年05月29日 00時00分00秒 | #小説

    幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第二十回
 そう云って、コーヒーカップと注文伝票をさりげなくテーブルへ置くと、ウエイターは去った。
「そうか…。じゃあ、ありがたく引き受けるとしようか。なにせ、同じ課の祝いごとなんだからなあ…。断る訳にもいかん。それじゃ詳しいことは、また改めて聞かせてもらおう」
「ええ、そうさせていただきます。どうも、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
 岬に従い、亜沙美も上山に礼を云って軽く頭を下げた。
 しばらく雑談を交わして、三人はキングダムを出た。この話にしても、順調に纏(まと)まったのは幽霊平林が現われなかったのが主因であることは云うまでもない。しかし、上山にしてみれば、岬と亜沙美相場の話ではなかった。残された一日で幽霊平林と自分との奇妙な現実の究明方法をなにか考えねばならないのだ。今のところ、考えは浮かんでいないし、手懸りらしきものもなかった。まったく関係ない仲人話が舞い込んだことで、上山は、なんとなく集中できない気分に陥(おちい)っていた。上山が読み進めた『霊視体験』もこれといったヒントにはならず、図書館へ返すつもりでいた。考えも浮かばず、借りた本も役に立つほどではないとなれば、これはもう、はっきりいって上山としてはお手上げである。幽霊平林の方も一応、考えておくとは云っていたから、奴に任せるか…と杜撰(ずさん)に考えたりもした。そして、はきつかぬ考えで悶々としながら次の日も暮れた。
 翌日は、いよいよ幽霊平林が現れる日である。上山はビクビクもので、仕事ぶりも以前の上山に戻っていた。そのことは日々、仕事を共にしている課員達が一番よく知っていた。昨日(きのう)、一昨日(おととい)とは違い、まったく落ちつきがないのである。時折り、自分の席の周(まわ)りを見回す素ぶりに、その落ちつきなさが浮き出ていた。


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連載小説 幽霊パッション (第十九回)

2011年05月28日 00時00分00秒 | #小説

    幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第十九回
「そうか。…なら第二会議室が空いているから、そこで話そう」
「出たところのキングダムじゃ駄目でしょうか?」
「んっ? まあ、いいだろう…」
 ぞろぞろと他の社員も退社していた頃合いだったから、目立つということもなく、三人は会社からすぐ近くにある喫茶・キングダムへと歩いた。
 店へ入った上山達は、適当に空いたボックス席へ腰を下ろした。
「あっ、ホットにして…」
「僕達も同じで…」
「はい、かしこまりました」
 ウエイターが水を運び、注文を訊(き)くと下がっていった。
「僕達とは隅に置けんな、君達。ははは…、ってことは」
「ええ、そうなんです。この秋、結婚するんです。実は、そのことなんですが、課長にお仲人をお願いしようと思いまして…」
「だって、仲人ってのは、夫婦でするんだろ? 私は独り者だよ。それでいいのかな?」
「はい、そのことも重々、承知をしております。奥様役の方は亜沙美さんの遠縁の方がやって下さるということで了解を得ております」
「そうなの? …お目出たい話だから、私に異存はないよ。こんな私で務まるのかなあ? 部長や専務とかの方が、いいんじゃない?」
「いやあ…、僕達は小じんまりとやりたいんで、返って、そんな上の方は…」
「今後の君の出世を考えりゃ、その方がいいいと思うけどねえ」
「そんな、とてもとても…」
「岬君は全然、欲がないなあ、ははは…。海堂君はそれでいいの?」
「ええ、私は別に…」
 先ほどのウエイターがコーヒーカップを盆に乗せてふたたび現れた。


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連載小説 幽霊パッション (第十八回)

2011年05月27日 00時00分00秒 | #小説

    幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第十八回
 上山は一端、本を閉じるとテーブルへ置き、ワインを喉へ流し込んだ。この日のグラスは、やけに重く感じられた。図書館へ寄ったことや幽霊平林の出現で少し疲れているのかも知れない…と上山は思った。読みかけたところまで名刺を栞(しおり)がわりにして挿し込み、そのままにして寝室へと入った。
 次の日は会社で取り分けて気遣う事態も起こらず、仕事もスムースに捗(はかど)り、順調に時は推移して終わった。それは当然のことで、幽霊平林が一度も上山の前に現れなかったからである。久々に社内で充実した時を過ごす上山だった。課員達は、その上山を見て、昨日までとは、うって変った仕事ぶりに驚きの声を上げていた。「おい! どうしちゃったんだ、課長」「なんか、別人だな」「そうさ…、目に見えん相手と話さんしな…」などと囁(ささや)く声が課内のあちらこちらでした。上山にはその声が聞こえていたが、幽霊平林が出現している時に比べれば我慢し得る範囲だったから、気にせず仕事を続けた。
 夕方の退社時となり、上山が田丸工業の社屋を出ようとした時、部下の岬徹也(みさきてつや)と海堂亜沙美(かいどうあさみ)が近づいて話しかけてきた。
「課長、今日はこれでお帰りですか?」
「んっ? ああ、そうだが…。何か用かね?」
 上山は怪訝(けげん)な面持(おもも)ちで岬の話を受けた。隣には亜沙美が少し恥かしげに下を向いて立っている。
「実は、課長に折り入ってお願いしたいことがありまして…」
「そうか…。なんだか知らんが、ここでは無理な話か?」
 優しく上山は訊(き)いた。
「ええ…まあ。無理じゃないんですが…」
 岬は口籠(くちごも)った。


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連載小説 幽霊パッション (第十七回)

2011年05月26日 00時00分00秒 | #小説

    幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第十七回

 どこまで読んだかな? …と、上山は『霊視体験』のぺージを捲(めく)っていった。体験談が一問一答形式で語られていたこの辺りか…と、上山は捲るのをやめた。じっと目を凝らし、そうそう、この辺りだった…と、少し重複したが戻って読み始めた。

答 いいえ、他人には何も聞こえません。聞こえれば、これはも
  うパニックになりますよ。

問 そりゃ、そうですね…。失礼しました。では、どういった時に、
  その現象が現われるのでしょうか?

答 これは私に限ったことですから単に聞いて下さればいいん
  ですが、その友人の好きだった曲を流すと、ヒョイ! と現わ
  れます。これはもう、ほんとに唐突にです。まるでアニメで
  すよ、ははは…。いや、失礼しました。笑い話ではないので
  すが、事実なんです。

問 そうですか…。どうも、ありがとうございました。

 その体験談は、ここで終わっていた。好きな音楽でヒョイ! か…、こんな人もいるのかと上山は思った。自分が死んだ平林を見ている以上、この本の内容は真実に違いない…と確信できた。しかし、自分の場合には、そういった規則性はない。幽霊平林は上山の前に、いつ、どこへは関係なく現われるのだ。この本の体験談だと、死んだ友人は好きな友人になんらかの未練を残していたと考えられる。それで体験者が、その曲をかけるとヒョイ! と現われる…ようだ。ところが上山の場合は、それがない。規則性はなく、幽霊平林の意志次第で、現れたり消えたりするのだから、同じとは考えられない。


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連載小説 幽霊パッション (第十六回)

2011年05月25日 00時00分00秒 | #小説

    幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第十六回
『問題は、どうやって調べるかですよね』
「君は消えてるときは、どこにいるの?」
『えっ? どこって…消えてるだけですよ』
「だからさあ、消えてどこにいるのって、訊(き)いてんの!」
『それは…空間です。ただ、この三次元じゃないんですがね』
「ほう…三次元って、他の次元もあるってことだな。それは意味深な言葉だ」
『いけない! つい口がすべっちゃったな。ちょいと事情で、今は、これ以上のことは訊かないで下さい。お願いしますよ! 課長』
「んっ? 君がそう云うんなら…、そうするよ」
『ありがとうございます。また云える時期が来れば、きっちりと説明しますので…』
「はいはい、分かりました。それはいいよ。で、問題は君が云ったように、どうやって調べるかだ」
『課長に何かいいお考えはないですか?』
「今、すぐに云われてもなあ…。一日二日もらおうか。君も考えといてくれ」
『分かりました、僕も考えてみましょう。じゃあ二日後、会社で…』
「出来れば、会社が終わった頃にしてもらえると、ありがたいんだがね…」
『はい、なるべく、そうします』
 幽霊平林は、そう云うと、跡形もなくスゥーっと消え失せた。
 次の日と、その次の日の二日は現れないんだ…と、上山はしみじみと湯に浸かりながら思った。すると、なぜかリラックスした気分が全身に漲(みなぎ)り、久々の開放感を心底、味わうことができた。ただ、その二日の間に、不可思議な現象をどのようにして調べるかの方法を考えておかねばならないという問題は残っていた。浴室から出た上山はバスローブを纏(まと)い、ゆったりとソファーに座ると、徐(おもむろ)に借りた本を開いた。


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連載小説 幽霊パッション (第十五回)

2011年05月24日 00時00分00秒 | #小説

    幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第十五回
「いや、実は…。なぜ私だけに君が見えるのかを分かれば…と思ってね。そんな本を借りたんだよ」
『なるほど…。それは僕だって知りたいですよ。なぜ課長だけが白っぽく見えるかってことです』
「白っぽくって、どんな風に?」
『ええ、まるで全体を薄く白いペンキで塗ったようにです』
「白いペンキって…、それじゃまったく人に見えてないってことじゃないか」
『いや、そうじゃなくって。どう云えばいいんでしょう…』
「どう聞けばいいんだろうな」
『やめてくださいよ、からかうのは。そうそう…他の人に比べれば、全体を薄くした感じですかね。それが白っぽいって意味です』
「全体に色のトーンが薄いってこと?」
『そう、その通りです。課長、上手いこと云うなあ』
「幽霊の平林…じゃなかった、平(ひら)さん、そうおだてるなよ。要は薄く見えるんだな、私が」
『はい…』
 幽霊平林は蒼白い顔で頷(うなず)いた。
「分かった。それはそれとして、なぜかってことだ」
『そうですよね』
「よしっ! これからは二人で…君は死んでるんだよな? まあ、二人でいいか…。二人で、それを解明しようじゃないか」
『はい、望むところです。それに僕も、自分だけがどうして幽霊で今、見えるのかを知りたいんですよ』
「そうそう、それも不思議なんだよなぁ」
 二人は妙なところで意気投合した。


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連載小説 幽霊パッション (第十四回)

2011年05月23日 00時00分00秒 | #小説

    幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第十四回
 車を飛ばして十分前後だから、すぐ家には着く。上山が車を裏のガレージに入れて表へ迂回すると、玄関には幽霊平林が蒼白い顔の笑顔に例の三角頭巾を纏(まと)い、白装束で立っていた。
「おお…、もう来てたのか。今、開けるからな」
『ふふっ…。僕は入ろうと思えば、どこからでも入れますよ、嫌だなあ…』
「ああ、そうだった。平林は幽霊だったな」
『その幽霊っていう云い方、やめてもらえません?』
「じゃあ、どう呼べばいいんだ」
『…そうですね。平(ひら)さんとか、なんとか』
「平さんか…。偉く軽いな。まあ、いいだろう」
 上山は鍵を開けると家の中へ入った。そして、外に待たせた幽霊平林を入れようと呼ぼうとした。
『私なら、もう入ってますよ、課長』
 上山が振り向くと、幽霊平林は、すでに上がっていて、廊下に立っていた。ただ、踝(くるぶし)の下は透けて見えなかった。
「なんだ…。もう上がっていたのか…」
 上山は少し慌てぎみに靴を脱ぐとフロアへ上がった。
 夕暮れにはまだ少しある時間帯で、辺りは明るかったから、ライトは必要なかった。ダイニングルームは採光が豊富で、日中はもちろんだが、夜も辺りが暗闇に閉ざされた頃、ようやくライトのスイッチが必要なほどの明るさに恵まれていた。上山は図書館で借りた『霊視体験』の本を無造作にテーブルへ置いた。それを幽霊平林は目敏(ざと)く見ていた。
『霊視体験ですか…。確かに、僕が見えている課長は、そうですよねぇ…』
 幽霊平林は意味もなく納得した。


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連載小説 幽霊パッション (第十三回)

2011年05月22日 00時00分00秒 | #小説

    幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第十三回
 幽霊平林が家へ現れる…つまらんことを云ってしまったものだ、と上山は後悔した。しかし、今さらどうしようもない。奴は恐らくウズウズして現われるその時を待っているんだろう…と上山は、また思えた。だが、よく考えれば、奴はいったいどこで待っているんだ? という素朴な疑問が沸々と湧いてくる。人間には計り知れない霊界特有の構造があるのだろうか…などと上山には思えたりもした。家までは十分前後だから、まだ四、五十分はあった。上山はふたたび、『降霊』とタイトルされた手に持つ本を開けると、乱読し始めた。
 本には、青森・下北半島・恐山のイタコと呼ばれる口寄せのこととか、様々な興味深い逸話が掲載されていた。ただ、上山が知りたかったのは、そうした内容ではなく、幽霊平林が現れて自分に見えるという超常現象に関して記述されたものなのである。この点で云えば、この本は的(まと)を得ていないように思え、上山はその本を棚へと戻した。次に目についたのは、『霊視体験』という、なんとも興味深い本だった。なにげなく上山が数ページ捲(めく)ると、なんとそこには上山と似通ったような話の体験談が載せられていた。もちろん、匿名(とくめい)での口述記事を掲載したものだが、編集者の質問に対して一問一答形式で語られたものだった。

問 Kさん、あなたの経験したことを短く云って下さいますか?
答 はい、私は死んだ友人を見たんです。それも、私にだけ見え
  るというものです。他の人々には一切、見えません。ですか
  ら、余計に怖いのです。
問 そうですか。その現象は今も続いているんでしょうか?
答 はい…。頻度(ひんど)は以前ほどではなくなりましたが。
問 その方は現れるだけなのですか?
答 いいえ、私と会話も交わしますよ、普通の人と同じように…。
問 その声は他の人にも聞こえるんですか?
答 いいえ、他人には何も聞こえません。聞こえれば、これはも
  うパニックですよ。
問 そりゃ、そうですね…。失礼しました。

 本は続いていく。こりゃ、切りがないと思った上山はその本を受付で借りて図書館を出た。


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