水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

隠れたユーモア短編集-73- 進化と退化

2017年09月30日 00時00分00秒 | #小説

 人は千差万別(せんさばんべつ)で、あることに対して優(すぐ)れた機能を持つ人もいれば、その逆で、さっぱりだ…と悲観する人もいる。オリンピックを一つ例に取ってみても分かるように、普通の私達から見れば、よくもまあ、あんなに速く…と思える機能の差が歴然とある。その優れた遺伝子は受け継がれ、さらに優れた機能へと進化する。ここには隠れた生命の神秘が存在する。だが、進化の逆も当然ある。使わない機能は次第に退化する訳だ。
 ここは、とある会社の研究開発室である。室長がデスクに部下を呼び、訊(たず)ねた。
「いったい、どうしたんだね? あれだけ新しいアイデアを出していた君が…」
「はあ、どうも、すいません…」
「いや、謝(あやま)るこっちゃないが。確か2年前、新しいソフトを導入してからだ」
「はい、助かってはおるんですが…」
「PC[パソコン]がほとんどやってくれる分、空(あ)き時間が出来たんだから当然、アイデアは生まれるはずなんだが…」
「はあ、常識的にはそうなるんでしょうが…。室長、私は退化したんでしょうか?」
「はあ?」
「いや、なにもありません…」
 部下のアイデアを生み出す能力は完全に退化していた。その半面、室長が楽しみとしている昼の定食を予知する能力は進化し、ほぼ100%の的中率を持つまでに高められていた。使う機能は進化し、使わない機能は退化する・・これが生命の隠れた神秘なのである。
人は千差万別(せんさばんべつ)で、あることに対して優(すぐ)れた機能を持つ人もいれば、その逆で、さっぱりだ…と悲観する人もいる。オリンピックを一つ例に取ってみても分かるように、普通の私達から見れば、よくもまあ、あんなに速く…と思える機能の差が歴然とある。その優れた遺伝子は受け継がれ、さらに優れた機能へと進化する。ここには隠れた生命の神秘が存在する。だが、進化の逆も当然ある。使わない機能は次第に退化する訳だ。
 ここは、とある会社の研究開発室である。室長がデスクに部下を呼び、訊(たず)ねた。
「いったい、どうしたんだね? あれだけ新しいアイデアを出していた君が…」
「はあ、どうも、すいません…」
「いや、謝(あやま)るこっちゃないが。確か2年前、新しいソフトを導入してからだ」
「はい、助かってはおるんですが…」
「PC[パソコン]がほとんどやってくれる分、空(あ)き時間が出来たんだから当然、アイデアは生まれるはずなんだが…」
「はあ、常識的にはそうなるんでしょうが…。室長、私は退化したんでしょうか?」
「はあ?」
「いや、なにもありません…」
 部下のアイデアを生み出す能力は完全に退化していた。その半面、室長が楽しみとしている昼の定食を予知する能力は進化し、ほぼ100%の的中率を持つまでに高められていた。使う機能は進化し、使わない機能は退化する・・これが生命の隠れた神秘なのである。

                              


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隠れたユーモア短編集-72- 暇(ひま)な研究

2017年09月29日 00時00分00秒 | #小説

 餅川はお彼岸のオハギをモチモチと食べながら遠く過ぎ去ったあの頃に思いを馳(は)せていた。妙なもので、美味(うま)いものを食べていると気分のよい記憶が甦(よみがえ)ることに餅川は、ふと気づいた。だがこれは、なにも美味いものを食べたときに限ったことではなく、満足感があるときに現れる何か隠れた作用があるのではないか? とも思え、餅川は研究してみることにした。世の中には随分と暇人(ひまじん)もいたものである。
 まず、餅川はひと汗かいたあと、風呂に入りながら記憶を探った。確かに、いい記憶が甦ってきた。これもありか…と、浴室を出たあと、餅川はこの研究成果をメモ書きした。その後もいろいろと試(ため)したが、確かに快適→いい記憶の甦りという図式が導(みちび)けるようだった。では、その逆の場合は? と、餅川は正反対の事象も試してみることにした。すると、汗をかいて作業をしながら記憶を辿(たど)ったときに浮かぶ記憶は暗い、辛(つら)い、悪い・・といった記憶だった。こうした事実に餅川は快適と苦の間に生じる記憶には反比例の法則が存在することを確認した。誰にも言えない暇な研究の成果だった。

                              


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隠れたユーモア短編集-71- 台風

2017年09月28日 00時00分00秒 | #小説

 台風も実は進路を考えている…と、考える阿保(あぼ)という馬鹿げた知りあいの男がいる。阿保の考えによれば、台風には隠れた思考能力があり、密(ひそ)かに弱そうな地域を狙(ねら)って絶好の機会を窺(うかが)っている・・というのだ。こりゃ、ダメだな…と台風が判断したときは、進路を急に変えたり、よしっ! チャンスだっ! …と見れば、俄(にわ)かに北上したりするそうである。ただ、台風にも弱点は当然あり、進路を高気圧に阻(はば)まれたときは、かなり焦(あせ)るのだという。なにせ、そういつまでもジィ~~っとその位置に停滞できない・・というのが台風の生まれ持った宿命だからという理由らしい。当然、進路を求めて台風は迷走することになる。そうなれば、またこれも当然のように体力は弱ってくる。
「迷走した台風は、急速に勢力を落とし、温帯低気圧になりました…」
 そんなニュースが流れているとき、当の台風は、『ダメだったか…』と負けを認めた棋士のように投げ場を求めているのだそうだ。「本当かい?」と笑いながら訊(たず)ねると、「ええ、もちろん!」と阿保は即答した。
 あまり小馬鹿にするのもなんだから、「ああ、そうなんだ…」と一応、素直に聞いてはおいたが、台風には隠れた何かがある? ということのようだ。

                              


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隠れたユーモア短編集-70- 奇妙な動き

2017年09月27日 00時00分00秒 | #小説

 人は時折り衝動(しょうどう)的な奇妙な動きをする。この奇妙な動きには、隠れた思いつきが存在する。思いついて短絡(たんらく)して動いた結果が奇妙な動きとなる訳だ。こうなるのには心理面の弱りとか屈折した背景が左右する場合が多いが、普段でも不意に唐突(とうとつ)な思いに駆られ、奇妙な動きに走ることはある。ここに登場する七谷(ななたに)の場合がそうだった。
  ここは、とあるオープン撮影のロケ現場である。
 「いやぁ~、そんな動きはしないと思うんですがねぇ~」
 「やかましいっ! 私がそれでいい・・と言ってんだから、それでいいだろうがっ!!」
 「しかし…」
 「五月蝿(うるさ)いっ!!」
 セカンドの助監督はいらないことを言い、ワンマン監督のご機嫌を損ねてしまった。多くのスタッフは、お気の毒に…といった眼差(まなざ)しで助監督を見た。助監督が監督に忠言したのは、主役の超有名俳優が一匹の蜂(はち)を格好よく一刀両断(いっとうりょうだん)にしようとして失敗し、逃げ惑(まど)う演技だった。助監督の言い分は、そんな逃げ方では喜劇になってしまう・・というものだった。監督はリアルさを出したい…と思っていたから、その演技が妙な動きに映(うつ)っていなかったのである。一方、刀を頭上で振り回しながら逃げ惑う姿は、とても強い主役には見えない・・というのが、助監督の主張である。3の線の映画ではないだけに、視聴者に笑いを与える演技は、いかがなものか・・との助監督としての精一杯の主張だった。
  撮影は監督の撤収命令で中止となり、翌日、撮影は再開されたが、セカンドは変えられ、昨日の助監督の姿はロケ現場にはなかった。干されたか? …と、誰もが思った次の瞬間、その助監督は主役に抜擢(ばってき)され、時代劇の武士として登場した。銀幕デビューしたのである。干されたのは超有名俳優の方で、逃げ惑う奇妙な動きの演技が、新たな時代劇俳優を呼ぶという監督の妙な動きを呼んだのだった。

                              


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隠れたユーモア短編集-69- シャッター通り商店街

2017年09月26日 00時00分00秒 | #小説

 ひのもと商店街がシャッター通り商店街と呼ばれるようになったのは、なにも今に始まったことではない。それにはそれだけの隠れた理由があったのだ。「なにも隠れてなんかいないじゃないか、その名ズバリのシャッターだらけの商店街になったんだろ」と言う人もあるだろうが、それはそのとおりで、言うまでもなかった。
 すべてが持ちつ持たれつ・・というのが人の世の原理である。どうも最近は、その原理が消えてしまった…と、茸松(たけまつ)は思えていた。
 そんなある日、そのシャッター通り商店街を茸松と葉山が歩いていた。と、突然、寂しげに葉山が茸松に言った。
「あそこの店も閉まりましたな…」
「はい! この国はどうなるんでしょうな」
「さほど心配するほどの。こともないんでしょうが…先細(さきぼそ)り感は否(いな)めません」
「ははは…そりゃ強気を助け、弱きを挫(くじ)いていりゃ、こうなりますよ」
「道理ですな。あの店も頑張ってたんですが…」
「買わないと、こうなります」
「買わないんじゃなく、買えないんじゃないですか?」
「そうかも知れませんな。現に私も、肉を安い豚に変えましたから…」
「ははは…切実ですな」
「ははは…切実です、庶民はっ。しかし、生姜(しょうが)焼きは美味(うま)いですなっ!」
「そうそう、生姜焼き。アレは美味いっ! ははは…」
 シャッター通り商店街は生姜焼き話で、かろうじて賑(にぎ)わいを保った。

                              


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隠れたユーモア短編集-68- 思うに任(まか)せない

2017年09月25日 00時00分00秒 | #小説

 自分の思いどおりにコトが運べば、なにも問題はない。だが、そうは問屋が卸(おろ)さず、思うに任(まか)せないと小売は品(しな)不足で苦労する…いや、当事者は困ることとなる。そうなるには、隠れた原因が介在(かいざい)するのだが、当の本人は焦(あせ)ってなんとか早く…と苛立(いらだ)っているから、その原因に気づいていない。
 着ているシャツが綻(ほころ)んだので、突木(つつき)は針に糸を通して縫(ぬ)い合わそうと算段(さんだん)した。昼にはまだ小一時間はあり、コトはすぐ片づくように思えた。ところが、どっこいである。糸の先が解(ほつ)れて、なかなか糸が針に通らないのだ。最初の数度は軽い気分で通していたものが思うに任せず、10分が経ち、やがて15分を経過すると、さすがに突木も焦り始めた。
『通らんはずがない…』
 知らず知らず突木の口が呟(つぶ)いていた。そして、30分が経とうとしたとき、少し離れたところにある小学校から、昼を告げるチャイムの音(ね)が響いて突木の耳へ入った。
「まあ、昼を食ってからにするか…」
 突木はキッチンへと飛び去るように消え失(う)せた。その姿は恰(あたか)も啄木鳥(キツツキ)を彷彿(ほうふつ)とさせた。そして、数十分が経過した。
「よしっ! また、始めるか…」
 昼を食べ終えた突木は、シャツと針、糸の前で、そう独(ひと)りごちた。そして、今度こそ、なんとかしよう…と突木が思ったときである。思うに任せず、今度は眠気が突木を襲った。突木は針と糸を手にしたまま、いつのまにか、ウトウトし始め、ついに眠りこけてしまったのである。
 突木が目覚めたとき、ふと目の前に針と糸が見えた。よ~~く見ると、針の穴が小さく、その糸では通らないことが判明した。原因は針の選択ミスにあったのだ。突木は、なぁ~んだ…と思いながら針を変えてみた。糸は一発で見事にスゥ~~~っと通った。シャツの綻びを縫い終えたとき、もう辺りには夕闇が迫っていた。突木が午後からしよう…と思っていた作業は思うに任せず、次の日へと順延されることになった。思うに任せないのには、思うに任せないだけの小さな隠れた原因がある・・というお話である。

                              


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隠れたユーモア短編集-67- 得(とく)した気分

2017年09月24日 00時00分00秒 | #小説

 ━ 朝起きは三文の得(とく) ━ と言われる。これは確かなことなのか? を実際に証明してみよう…と考える、なんとも馬鹿げた男がいた。男の名は関川という。
 関川はその格言に隠れた目に見えない効果と実態を突きとめよう…と、思わなくてもいいのに思ったのである。世の中には随分と暇(ひま)な男もいたものだが、それもそのはずで、関川は定年で退職後、さて、どうしたものか…と、ポッカリ空(あ)いた手持ち無沙汰(ぶさた)な時間をもて余(あま)していたのである。職場で仕事に追われていた時間が空白となり、バイオリズムが狂った訳だ。関川はさっそく照明しようと試(こころ)みた。前日は少し早く寝て、次の日の朝、暗いうちから起き出した。すると効果は覿面(てきめん)で、昨日(きのう)までアレもコレも…と追われていたものが嘘(うそ)のように片づき始めた。関川は最初、まさかっ!? と思った。だがそれは、紛(まぎ)れもない事実で、アレもコレも終わっていたのである。その直後、関川は得した気分がした。関川は、これかっ! と思った。では、何がそうさせたのか? …と、関川はその謎(なぞ)に鋭く切り込むことにした。するとそこに現れたものは、やる気という実体のない気力だった。関川は、この場合のやる気は起きようと考える意志の力だ…と考えた。この力は早起きしたかこそ浮かんだのである。そうか! 早起きは得した気分のやる気を起こさせるのか…と気づいた。隠れた見えない効果がやる気で、アレもコレも片づいた事実は、得した気分の証明なのである。だが、他人に言えば馬鹿に思われそうで、関川は未(いま)だにこの得した気分を隠れた公然の秘密にしている。

                              


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隠れたユーモア短編集-66- モグラ性(しょう)

2017年09月23日 00時00分00秒 | #小説

 モグラがいるということは、その土壌(どじょう)がいい・・という隠れた意味合いがあるそうだ。とはいえ、畑の作物や草花は深刻な被害を蒙(こうむ)るから、放っておくというのも問題である。そこで対策となるが、なにせ相手は忍びの者のように神出鬼没(しんしゅつきぼつ)で手ごわい。よく考えれば、世の中にはこの手のモグラ性(しょう)の人間いるにはいるのだ。
「今日は、ここまで…」
 昼を告げるチャイムが鳴り、授業は終了した。教師の田村は逃げるように教室から退散した。その速さは尋常ではなく、アッ! という間とは、まさにそれだった。田村は生徒達からモグラという有難い渾名(あだな)を頂戴していた。というのも、この男、いつも素走(すばし)っこく神出鬼没で、居場所を探すのもひと苦労だったからだ。そこへもってきて、陰気でド近眼ときたから、渾名はそのものズバリ! と言ってもよかった。
 職員室である。教師の町畑と市林がなにやら話をしている。
「あの…田村先生は?」
 町畑は辺(あた)りを見回しながら市林に訊(たず)ねた。
「あれっ? 今まで、ここに座っていらしたんですがねぇ~」
「そうてすか。ほんとにあの方は、捉(とら)えようがない人だ…」
「そうです。横見をしていたら、もうおられませんからね」
「ははは…生徒達がつけた渾名がモグラだそうです」
「これはいい。ピッタリ! ですねぇ~」
 二人は大笑いをした。その頃、モグラ教師の田村は、誰もいない暗い体育倉庫の片隅(かたすみ)で一人、弁当を食べていた。オカズはミミズではなく沢庵(たくあん)と塩昆布(しおこぶ)のみで、人に見られるのがこっ恥(ぱ)ずかしい・・という理由だった。田村のように隠れたところが性分(しょうぶん)に合う、モグラ性の男も世間には結構いる。

                              


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隠れたユーモア短編集-65- 次第(しだい)に

2017年09月22日 00時00分00秒 | #小説

 人の心とはいい加減なもので、倦(あき)ずにズゥ~~っと一つのことを根気よく続けていると、次第(しだい)に隠れた本能がムクムクッと頭を擡(もた)げてくる。本能だから、時代風に言えば信長公の呟(つぶや)かれたような「是非に及ばず…」みたいな言葉となり仕方がないのだろうが、困ったものではある。まあ、これには個人差があり、次第に頭を擡げる衝動(しょうどう)を理性で抑える程度差は各々(おのおの)で違う。
「いやぁ~、この前のソフト、あれ、美味(うま)かったよっ! どこで買ったの?」
「ははは…部長が甘いもの好きだとは知りませんでしたよ。いつも寄る店がありましてね、そこで…」
「そうなんだ…。また頼むよ・・っていうか、今日もついでに…」
「はあ…あちらへ回れば、ですが…」
「いや、レバーじゃなしにニラで頼むよっ!」
「部長、上手(うま)いっ!! ニラレバ炒(いた)めっ!」
「ははは…つまらん親父ギャグだ。そうだな、三つほど頼むか」
「そんなに…」
「私は糖尿の気(け)は、ないからな…」
 そう言いながら、次第に欲が出た部長は五千円札を一枚、部下に手渡した。
「こんなに…」
「ははは…手間賃代わりだっ。近くで昼でも食べなさいっ」
「じゃあ、遠慮(えんりょ)なく…」
 部下は、こりゃ、いいバイトだ…と瞬間、思った。次第に欲が擡げた二人は顔を見合わせ、ニタリと北叟笑(ほくそえ)んだ。

                              


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隠れたユーモア短編集-64- 目先(めさき)の欲

2017年09月21日 00時00分00秒 | #小説

 人はどうしても目先(めさき)の欲に走る。いくら出来のよい人でも、これだけは人間が本来、持っている性向だからどうしようもない。まあ、出来のよい人は出来の悪い人に比べて目先の欲に左右されにくい・・という程度差はある。だが孰(いず)れにしろ、目先の欲でいい結果が見込めそうな方を選ぶのには変わりがない。
 ここは人賑(ひとにぎ)わいで活気に満ちた卸売(おろしうり)市場の中である。二人の買物客が目先で判断し、なにやらブツクサと言い合っている。
「いや、あっちの方が活(い)きがよさそうだったぜ」
「そうか? …俺はこの方が脂(あぶら)が乗って新しいと思うんだが…」
「毎度っ!! お客さん、どうされましたっ!?」
 奥から出てきた威勢(いせい)のいい店の主人が、そこへ割って入った。
「おっ! 親父さん、いいとこへ…。これなんだがねっ、あっちより活きがいいよな?」
「ははは…悪いが、どっちも駄目だねっ! お客さんいいとこへ現れたよっ! 今、入荷(にゅうか)したやつを出すから、もってきなっ!」
 店の主人は店員に命じて、真新(まあたら)しい魚を店頭へ並べ始めた。二人の男は「入荷したて…」と聞いて、つい目先の欲が出た。二匹ぐらい…と思っていたものが、二人とも十匹も買ってしまったのである。(1)持ちがいいから数日はいける(2)小売店よりかなり安い・・という目先の欲による判断だった。
 二人が家に帰ってどうなったか・・までは、哀(あわ)れを誘(さそ)うので書きたくないが、読者の方々はお知りになりたいだろうから、ほんの少しだけ記(しる)したい。
「そんなに買ってきて、どうすんのよっ!!」
 ということである。目先の欲は、怒(いか)りを買う隠れた危険を孕(はら)んでいるのだ。

                              


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