影車 水本爽涼
第一回 悪徳商法(11)
66. 大黒屋の店内(小部屋)・夜
行灯の灯り。舌を噛み切った、お美代。口から血を流し、死ん
でいる。うろたえる戸田の姿。
嘉兵衛「…これは…(驚いて)」
戸田 「み、身共(みども)は知らぬぞ…」
と、慌てて刀を腰に差し、どぎまぎと、その場を去る。
67. 上総屋の店前・昼
黒山の人だかり。騒ぐ町人達。立て札と×状の竹で封鎖され
た店前。
68. 立て札
廃絶、獄門との、お上(北町奉行所)よりのお達し。その立て
札を見る群衆。
群衆①「不憫(ふびん)だねぇ…」
群衆②「こんな馬鹿な話があるもんかね」
と、群衆(女二人)が話す。多くの群衆の中に、お蔦や仙二郎も
いる。
お蔦 「旦那、またお会いしましたね。…いったい、なんの騒ぎな
んでございます?(瞽女[ごぜ]として)」
仙二郎「瞽女(ごぜ)さんか。いや、なあに…、お店(たな)がな、
取り潰しになったって騒ぎよ」
お蔦 「なんとかならなかったんで、ござんしょうかねえ(嫌み、たっ
ぷりに)」
仙二郎「すまねえ。俺のような、しがねえ同心の一存じゃあなぁ…」
情けなそうな仙二郎。小声で、
仙二郎「あっ、鴨鍋の手筈を忘れっちまった(意味深に、お蔦を見
て)」
と、云ってスゥ~っと去る。
69. 河端の細道・昼
通行人の一人(町人)、浮かぶ不審物を見つけ、駆け寄る。恐る恐
る引き上げて見ると、お美代(水死体)の変わり果てた姿。S.E
町人①「お~い! 土左衛門だぁ!」
と叫ぶ。他の通行人も数名、駆け寄る。そこへ、仙二郎が通りかか
る。声を 聞きつけ、急いで近づく。
仙二郎「上総屋の、お美代だな…。こりゃ、飛び込んだんじゃねえ
や」
町人①「お役人、そんなことが分かりやすんで?」
仙二郎「ああ…、目星は、粗方(あらかた)ついてる。それにしても、
ひでえこと、しやがる」
70. 河川敷の掘っ立て小屋(あばら屋)・夜
仙二郎、留蔵、又吉、伝助、お蔦らが一堂に会す。灯りは土間
に直接立てられた蝋燭(ろうそく)が一本。各自、適当に散ら
ばっている。
仙二郎「それじゃあ、頼んだぜ。伝助、おめえ、後(あと)のことは
分かってるな」
伝助 「へっ、いつものこった。ひとっ走(ぱし)りするだけでさぁ」
仙二郎「立て札は?」
伝助 「あと二度ばかし、いけやす」
お蔦 「お前、大工の与三(よぞう)と好誼(よしみ)があるそうじ
ゃないか」
伝助 「姐(あね)さん、よく御存知で…」
お蔦 「そりゃそうさな。お前のことなんか、全てお見通しだよ」
伝助 「へへ…流石、元忍(もとしのび)の姐(あね)さんだ」
お蔦 「おだてんじゃないよ(苦笑する)」
仙二郎「いいか、手筈は、さっき云った通りだ。しくじりは許さね
え。…引受料は、いつもの、あと払いだ、分かったな」
と、全員に聞こえるように云って見回す。
伝助 「一人頭(あたま)、一両…、いつもながら、よく都合がつき
やすねぇ?」
お蔦 「そりゃそうさ。十手は、せしめるのが得手(えて)なんだ
よ」
又吉 「盗賊の、お頭(かしら)の方が似合ってんじゃねえか?
十手」
留蔵 「(渋く笑って)金の在処(ありか)の洗い出しゃよう、手筈
つけるより上手(うめ)え」
仙二郎「冷やかすんじゃねぇ。ワルから盗るんだ、文句なかろう」
蝋燭(ろうそく)の灯りに、全員の笑顔が揺れて浮かぶ。
影車 水本爽涼
第一回 悪徳商法(10)
59. 回船問屋、上総屋の店外(路上)・朝
大勢の町人(野次馬)。その中に瞽女(ごぜ)の、お蔦や同心の
仙二郎もいる。役人に連行される店の者達。黒山の人だかり。
お蔦 「やっておくれだねえ(微かな声で)」
仙二郎「おお、瞽女(ごぜ)さんも見物かい?」
お蔦 「はい、通り縋(すが)りの者でございます。何事でござん
しょう?」
仙二郎「いやぁ、つまらねえ馬鹿騒ぎだあな…(笑う)」
と云って、群衆の中へ消え去る。
60. 大黒屋の店内(座敷)・夜
忍びで戸田が来ている。上座で酒を飲む戸田。前に豪華な料理
膳。酌をする嘉兵衛。
戸田 「(嗤って)これで、そちが申すとおりの筋書きになったのう」
嘉兵衛「全ては、戸田様のお蔭で…」
戸田 「見返りは高くつくぞ(嗤う)」
嘉兵衛「分かっておりますとも。あとは、入札(いりふだ)を手前ど
もにお申しつけ戴ければ…(戸田の杯へ酒を注ぎ)」
戸田 「悪どい奴よのう。だが、今は一存ではいかぬ。佐倉様の
奉行職を引き継いでのことじゃ」
嘉兵衛「はい、それも充分、承知いたしております。ご用立ては如
何ようにも」
戸田 「(頷いて)その節は、頼みおく…。して、上総屋の娘は如何
する?」
嘉兵衛「遠国の女郎屋へ売り飛ばす算段が、すでについておりま
する」
戸田 「(悪どく)そうか…。抜け目がない奴じゃ」
嘉兵衛「その前に、お殿様にお一つ、…お味見して戴くということ
で…」
嘉兵衛、いやらしく嗤い、戸田も無言で頷いて嗤う。
61. 大黒屋の店内(座敷・屋根裏)・夜
お蔦が天井に忍んで、戸板の節目より下の様子を窺う。
お蔦 「悪どい奴らだねぇ…。こりゃ、手筈が早まるよ(微かな声
で)」
62. 北町奉行所(内部屋)・昼
大勢が机に向かっている。眠っていた仙二郎、目覚めて欠伸
をする。背を伸ばしたところを上司の村田、目敏(ざと)く見つ
ける。
村田 「またか…板谷(諦めきって)」
仙二郎、村田を見て苦笑いし、ボリボリと頭の後ろを掻く。隣
席の宮部(オカマ)、それを見て小声で、
宮部 「下を向くのよ、下を!」
と、諭す。仙二郎、軽く舌を出し、従う。
63. 大黒屋の店内(部屋)・夜
行灯の灯り。布団が敷かれている。肌襦袢一枚で後ろ手に括
(くく)られ猿轡(さるぐつわ)をされた、お美代が寝ている。戸田
が寄り添うように寝て、
64. 大黒屋の店内(部屋の外・廊下)・夜
行灯の光が障子越しに戸田の覆い被さる姿を影絵に映す。
暫(しばら)くして戸田が突然、絶叫する。
65. 大黒屋の店内(廊下)・夜
戸田の声を聞きつけ、嘉兵衛が廊下を早足で部屋前へ。
嘉兵衛「戸田様、如何なされました?」
と、障子前に座り、訊ねる。
戸田 「苦しゅうない、…入れ!」
嘉兵衛、障子を開ける。
影車 水本爽涼
第一回 悪徳商法(9)
51. 大黒屋の店内(座敷牢・外)・夜
お美代、猿轡(さるぐつわ)、体を括(くく)られ牢の中。
嘉兵衛「悪いようにはしない。しばらく我慢するんだよ(嗤う)」
52.大黒屋の店内(座敷牢・内)・夜
お美代、抗う。身体の自由が利かない。嘉兵衛、いやらしく嗤う。
53. 茶屋(狭い路地)・夕暮れ時
仙二郎と、お蔦が話している。
仙二郎「また歩くぜ…」
お蔦、仙二郎の後ろに従う。
54. 街路の河堀(橋の上)・夕暮れ時
柳、屋形船あり。仙二郎、欄干(らんかん)に凭(もた)れている。
お蔦 「大黒屋と戸田が、つるんでるのは間違いない。ただ、今の
とこ、何を企(たくら)んでやがるか迄は…」
仙二郎「手筈はワルというだけじゃ、俺達の掟(おきて)では、つけ
られねえからなぁ…。暫(しばら)く、泳がすしか手はある
めえ」
お蔦 「そうだねえ。入札(いりふだ)がどうのこうの、とは語ってや
がったが」
仙二郎「大黒屋は大ワルだ、何をしやがるか…。探り、続けてくれ」
お蔦 「あいよっ!(手の平を出す)」
仙二郎「ちぇっ、出費が、かさむぜ…」
とボヤき、懐(ふところ)の財布から1朱銀、二枚を出し、手渡す。
お蔦、笑って受けとると目を閉じ、瞽女(ごぜ)に戻る。杖をつき
去る、お蔦。それを見遣る仙二郎。
仙二郎「ちっ、今夜の鴨鍋がフイになっちまった…」
と愚痴りながら、お蔦とは反対の方向へ去る。肩を落とし歩く仙
二郎の後ろ姿。
仙二郎「そうだ! また大黒屋から、せしめてやるか…(軽く笑っ
て)」
55. 運河(幅広)・進む御用舟、三艘・昼
上総屋の回船へ横付けする御用舟。数名の役人が各艘に乗り
込んでいる。
上役人「皆の者、抜け荷が必ず隠されておる筈じゃ。心してかか
れ!」
56. 上総屋の回船の中(積み荷を満載)・昼
荷を改める下役人(数名)
57. 回船の下(御用舟、三艘)・昼
知らせを待つ御用舟の上役人と配下。そこへ上から声がする。
下役人「ありましたぞぉ~」
上役人「おおっ、でかした。(仰ぎ見ながら)大儀!」
58. 回船問屋・上総屋の店内(帳場・土間)・朝
昨夜、帰らなかった、お美代、お照のことで店は混乱含み。お内
儀は蒼白。
長兵衛「恐らく大黒屋が仕組んだことに違いない。私ゃ、これから
御奉行所へ訴え出るから、店の方は番頭さん、頼みまし
たよ」
頷く番頭、高助。お内儀を慰める長兵衛。息を切らし、そこへ
手代、多吉が駆け込む。
多吉 「…だ、旦那様! 大変でございます」
長兵衛「どうしたんだい?(心配げに)」
多吉 「こちらへ、御番所のお、お役人が、大勢でやって参りま
す…」
長兵衛「なんだって?!(驚いて)」
高助 「本当なのかい? 多吉、それは」
多吉 「は、はい…まもなく」
声が終わらないうちに、上役人が多数の下役人を従え、入ってく
る。
上役人「上総屋! 抜け荷のかどで召し捕る。神妙にお縄を頂戴
いたせ。それいっ!」
号令一過、下役人達が長兵衛、高助、多吉など、主だった店の
上層部を捕縛する。泣き叫ぶ、お内儀、お紋。
上役人「引っ立てい!」
お紋 「おまえさん…(長兵衛に、すがり)」
長兵衛、悔しそうな表情。後ろ手に縄を巻かれ、下役人に押され
暖簾を出る。。他の捕縛された者達も同様に外へ押し出される。
影車 水本爽涼
第一回 悪徳商法(8)
43. 江戸の街通りと蕎麦屋の屋台(夜半)
又吉が働いている。そこへ、紙に包まれた石つぶて。又吉、それ
を拾い読む。
又吉 「手筈が延びたか…(紙を懐[ふところ]へ)」
44. 長屋(留蔵の家の中・夜半)
留蔵が徳利の酒を茶碗に注ぎ飲んでいる。入口の障子紙を破
り、紙包みの石つぶてが投げ込まれる。留蔵、のっそり土間へと
動き、拾って見る。そして乱雑に読む。
留蔵 「……」
無言で何もなかったように上へと戻り、茶碗酒を啜る。紙を行灯
の火で燃やし、煙草盆へ。そしてまた、茶碗酒を啜る。
45. 人の気配がない細道(夜)・カラオケ(1)
お照が提灯を持ち先導。従い歩くお美代。稽古事の帰路。突然、
現れる黒装束の二人組。前後に別れ、お照とお美代を囲む。
お照 「何者です!」
浪人①(黒装束)、問答無用とばかりに、一刀のもと、お照を斬り
捨てる。呻いて倒れる、お照。
提灯が道へ落ち、燃える。叫んで、その場を逃れようとする、お美
代。
浪人①「おっと、そうはいかん!」
お美代に猿轡(さるぐつわ)をする浪人②。準備しておいた籠へ、
お美代を押し込め、籠を担いで去る二人。
お照 「お・・お嬢さま…」
名を呼びながら息絶える、路上のお照。
46. 回船の中(微かな月夜)・テーマ曲のオケ2 イン
臨検前の積み荷を満載した船。密かに忍び込んだ黒装束(浪人
③)、ご禁制のマリア像と西洋式銃一丁を肩から下ろし、荷の中
へ隠す。
浪人③「よし! これでよかろう。引きあげるとするか…」
47. 回船の上(微かな月夜)
闇の中。浪人③、闇に紛れて舷(ふなばた)より縄梯子を下ろす。
下の小船(浪人④が待つ)へ降りようとする。
48. 回船の左舷(微かな月夜)
下から照らす光。縄梯子を下へと降りる浪人③。
49. 回船の下(水に浮かぶ横付けられた小舟)・微かな月夜
浪人④、浪人③が乗り移ったのを見届け、櫂(かい)を漕ぎ始め
る。(縄梯子は浪人③が外す)小舟、闇の中へと消え去る。
50. 御番所の中(舟役人の控え部屋)・朝方
舟役人に話をする侍(戸田源之丞の家来)。
家来 「このような付け文(ぶみ)があってな…。(文をみせ)何事
もなければよいのだが、一応は知らせておこうと罷(まか)
り越した次第でござる」
舟役人「それは、かたじけない」
家来 「当家とは拘(かかわ)りなきことではござるが、殿の上意で
あるゆえ、参ったまでのことでござる」
舟役人「あい分かり申した。配下の者どもに命じ、早急に積み荷を
改め直しまする(軽く会釈)」
家来 「では拙者は、これにて…」
舟役人「ご苦労でござった」
第一回 悪徳商法(7)
38. 回船問屋・上総屋の店前・夕刻近い昼間
荷車、舟の積み荷の降ろし、帳簿をつけて荷を確認する手代な
どの人々。
活気づく店前。下女を伴った上総屋の娘、お美代が踊りの稽古
から帰ってくる。
奉公人「お嬢さま、お帰りなさいまし」
と、あちこちから声が飛ぶ。笑顔で軽く頷きながら店の暖簾をく
ぐる、お美代とお照。
39. 回船問屋・上総屋の店内(帳場・土間)・夕刻近い昼間
番頭や手代、丁稚などから、
奉公人「お帰りなさいまし」
と、声が飛ぶ。二人、笑顔で下の土間から奥へと消える。入れ替
わり、店主、長兵衛が上の居間から現れる。番頭の高助、近づく。
高助 「旦那様、お嬢さまがお帰りになりました」
長兵衛「そうかい。今日は早かったね」
高助 「そのようで、ございますな」
高助、帳場格子の内より、勘定帳の一冊を取り出し、
高助 「旦那様、先月までの差し引きでございますが…」
と、帳簿を長兵衛に示す。
長兵衛「はい、ごくろうさん。(数枚めくって)あとから見ておく
よ。それよか番頭さん、次の船(ふな)改めは大丈夫なん
だろうね?」
高助 「はい、粗相のないよう、多吉に手配させてございます」
長兵衛「そうかい。なら、いいんだが…。先に潰された加賀屋さん
の二の舞だけには、ならないようにしないとね。大黒屋の
連中が、何を仕掛けてくるか分からないから、用心するん
だよ」
高助 「畏(かしこ)まってございます。多吉にも念を入れるよう申
し伝えますので…」
長兵衛「呉々(くれぐれ)も頼んだよ」
と云って、帳簿を持ち、ふたたび奥の居間の方へと消える。高
助、その後ろ姿に軽い会釈。
40. 長屋(留蔵の家)中・夕刻近い昼間
入口の近くで鋳掛け仕事に精をだす留蔵。外から男の声。
又吉 「留よぉ、また噂が立ってるようだぜ…」
灼熱(赤橙色)の鍋を叩きながら、
留蔵 「用がねえんなら帰(けえ)ってくんな。手筈以外(いげえ)
は顔を見せねえ決まりだろうが…(朴訥に)」
又吉 「そりゃそうだがよ。ま、いいじゃねえか」
留蔵 「よくもねぇだろ。伝え向きなら話は別だが。こんなとこを、
日中(ひんなか)うろついたらよぉ、仙さんに怒られるぜ、
又。フフフ…(冷たく)」
41. 長屋(留蔵の家)外・夕方近い昼間
又吉、ひと目、入口の障子を見遣り、渋い顔で消える。
42. 大黒屋の店内(座敷)・夜
数人の浪人と嘉平兵衛が密談の、さなか。
嘉兵衛「先生方、頼みましたよ」
浪人①「分かっておる。拙者は、お美代を、かどわかせばいいの
だな?」
浪人②「それがしも、付いて参ろう」
嘉兵衛「残りの先生方は、積み荷の細工をお願いしますよ」
残りの浪人二名、頷く。
浪人①「先に手付けを貰っておこうか」
嘉兵衛「抜け目がないですな。(懐[ふところ]を探り、袱紗[ふくさ]
を取り出し、小判二十五両包金を四つ、それぞれの前へ
一つづつ置く)」
浪人達、嗤いながら金子(きんす)を手にし、懐中へと納める。
嘉兵衛「これは前金でございます。首尾よくいきました暁には、こ
の倍を、それぞれ、お支払いいたします」
浪人①「あい分かった(頷く)」
他の三名も同様に頷く。
第一回 悪徳商法(6)
32. 戸田源之丞の屋敷(内景)土塀下・夜
飛び降り、様子を窺うお蔦。(三味線は背に回し、杖は塀下に置
いたのち)目にも止まらぬ速さで屋敷の屋根へ、ふたたび飛んで
移動。
33. 戸田源之丞の屋敷(内景)屋根裏・夜
僅かな隙間より下の様子を窺うお蔦。下では、戸田と大黒屋が
酒を酌み交わす。
34. 戸田源之丞の屋敷(内景)部屋・夜
覗かれているとも知らず、
戸田 「かようなものも、あったに越したことはない。孰(いず)れ
はこれも、佐倉様に献上することになろう。そちの願い、
出世の暁にはのう。大黒屋、それには山吹色の輝きもあと
少しのう。(嗤う)」
嘉兵衛「へえ、それはもう…。それより、お役に着かれました暁に
は、入札(いりふだ)の件、何卒(なにとぞ)よしなに(嗤う)」
戸田 「分かっておる、分かっておるわ。そちも諄(くど)い奴よの
う(嗤う)」
35. 戸田源之丞の屋敷(内景)屋根裏・夜
お蔦 「ふん! やはり、噂どおりのようだねえ。ワルが二匹かい
…」
36. 茶屋(狭い路地)・夕暮れ時
三日前と同じ場所。お蔦、仙二郎を待っている。今日は門付け
をしていない。少し間合いを置き、仙二郎、現れる。
お蔦 「遅かったじゃないか」
仙二郎「すまねえ。野暮用で遅れちまった(申し訳なさそうに首筋を
擦りながら)」
お蔦 「あらかた、調べは、ついたよ」
仙二郎「そうか…、ご苦労だったな。歩きながら話すとするか…」
二人、(少し離れ、目立たぬように)歩き出す。
37. 河堀(橋の上)・夕暮れ時
柳、屋形船あり。仙二郎、橋の欄干へ凭(もた)れかかる。カメ
ラ、アップ。
仙二郎「…ってことは、やはり戸部と大黒屋が、つるんでやがった
のか…。筋書きが読めてきたぜ」
お蔦 「で、どうするんだね?」
仙二郎「慌てるねえ。手筈は、そのうちつける」
お蔦 「だってさ、他の連中にゃ、今日、手筈を伝える約束なんだ
ろ?」
仙二郎「そうなんだがな…。大黒屋は、いいとしてだ…、戸部が屋
敷内(うち)じゃ下手(まず)かろうが…」
お蔦 「(頷いて)お屋敷を出るのは、登城か用向きのある時…」
仙二郎「ああ、そうだ。その辺りを、もうひと押し、頼めねえか」
お蔦 「分かったよ。他の連中にゃ、付け文(ぶみ)で知らせとく
よ」
仙二郎「厄介かけるが、宜しく頼む。俺も役所筋で調べちゃみる
が…」
お蔦 「あいよっ。そいじゃ、三日ばかし貰おうかね」
仙二郎「ああ…。三日後の暮れ六つ、茶屋前で、なっ(二朱を渡す)」
と云い残し、仙二郎、橋を去る。お蔦も反対側へ足早やに消える。
影車 水本爽涼
第一回 悪徳商法(5)
29. 戸田源之丞の屋敷(外景)表門・夜
静寂の表門。
30. 戸田源之丞の屋敷(内景)部屋・夜
戸田、脇息へ肘(ひじ)を預け、思案に耽(ふけ)る。
戸田 「そろそろ大黒屋も目についてきおったのう…(ひとり言)」
そこへ家臣の声がする。障子越しに、
家臣 「殿。嘉兵衛が、目通(どお)りを願い出ておりまするが…」
戸田 「ふん! かような夜分(やぶん)にいったい何事ぞ」
家臣 「用向きは分かりませぬが、何やら献上したき品があると
か…」
戸田 「そうか…通せ(煙たそうに)」
家臣 「ははっ!」
家臣、素早く下がる気配。
戸田 「大黒屋め、まだ儲けるつもりとみえる(ひとり言)」
嘉兵衛、座って障子を開け一礼して入る。手には風呂敷包み。
戸田 「おお…嘉兵衛か、久しいのう。して、かような夜分に何用
じゃ?」
嘉兵衛「ははっ! 戸田様におかれましては、お変わりもなく御息
災にて、何よりと存じ上げます(平伏したまま)」
戸田 「堅苦しい挨拶などよいわ。面(おもて)を上げい(威厳を含
み)」
嘉兵衛、ゆっくりと顔を上げる。
嘉兵衛「今宵、罷(まか)り越しました訳とは…。長崎より届きまし
た、かような品を(風呂敷包みを解いて)戸田様にご覧に
入れようと思った次第でございまして…(笑顔)」
戸田の正面前へ華やかな宝石細工の品、差し出す。戸田、見蕩
(みと)れて、思わず手にする。
戸田 「これは…、南蛮ものじゃな? いい輝きをしておるのう」
なおも見蕩れる戸田。金、銀、ダイヤ、トパーズ、エメラルドなど
の目も眩(くら)む宝飾品。
嘉兵衛「どうでございましょう、お気に召されましたかな?」
戸田 「ふふふ…。して、見返りは何じゃ? この強欲者めが」
嘉兵衛「いえいえ、戸田様の方こそ…」
戸田 「なにぃ? (嗤う)」
二人、嗤い合う。急に真顔に戻った嘉兵衛。
嘉兵衛「入札(いりふだ)の件…何卒(なにとぞ)よしなに」
と、頭を下げる。
戸田 「(大笑いして)やはりのう…。さもあろう、さもあろう」
二人、また顔を見合わせ嗤う。
31. 戸田源之丞の屋敷(外景)表門・夜
お蔦が杖をつき、通りかかる。
お蔦 「噂に違(たが)わず、阿漕(あこぎ)なことをしなさる、お役人
のようだねぇ(ひとり言)」
屋敷を通り過ぎざま、目をギッと見開き、睨む。次の瞬間、土塀
の瓦上へ飛ぶ。
第一回 悪徳商法(4)
22. 大黒屋の店内(座敷前・前栽[せんざい])・夕方近い昼間
お蔦が杖をつき、現れる。
お蔦 「お呼び戴き、ありがとうござんす」
障子越しの声。
嘉兵衛「瞽女(ごぜ)さんかい? そこではなんだ…、上がってお入
り」
お蔦、縁側下の置き石より上がり、廊下の障子を開け、座敷へ
と入る。障子を閉める。
23. 大黒屋の店内(座敷)・夕方近い昼間
杖の先が偶然、千両箱に触れる。お蔦には、それが何かは分か
るが(薄目)、
お蔦 「あっ! とんだ粗相(そそう)を…」
嘉兵衛「いいからいいから…。さあ、お座り。(好色な目で)先に、
酌を頼もうかね(手の小判を懐に入れ)」
お蔦、杖を畳へ置き座る。首から吊るした三味線も外して置く。
手先で探りながら銚子を持つ。酌をする。嘉兵衛、ニンマリと胸
元を見ながら杯(さかずき)を口にする。
嘉兵衛「姐(ねえ)さん、いい女っぷりだねぇ…」
片手をお蔦の胸元へ入れようとする。
お蔦 「あらまあ…ご無体な」
軽く、いなす。
嘉兵衛「ははは…、冗談。冗談だよ」
お蔦、笑って三味線を手に取り、都都逸を弾き始める。
24. 江戸の街通り(一筋の広い道)・昼
仙二郎、うどん屋の『みかさ屋』と書かれた暖簾から賑やかな
通りへ。ばったり、やくざ風の源次と、出食わす。
源次 「旦那、お久しぶりで(笑う)」
仙二郎「おお、源次じゃねえか。もう悪さはしてねえだろうな(笑
う)」
源次 「へえ…それはもう。今は、人足頭(がしら)を、やっとりや
す」
仙二郎「ほぉ~、そりゃ何よりだ。この次ゃ、手加減できねえから
な。励めよ」
と、源次の肩を軽く叩き、通り過ぎる。源次、仙二郎の後ろ姿
に軽い会釈。
25. 江戸の街通り(一筋の広い道)・昼
通行人が時折り、往き交う。仙二郎の歩く姿をカメラ、アップ。
仙二郎「かけ一杯(いっぺぇ)か。これじゃ、もちゃしねえや(腹を
押さえ苦笑)」
26. 大黒屋の店前・昼
仙二郎が歩いてやってくる。暖簾をくぐる。
27. 大黒屋の店内(帳場・土間)・昼
誰(店の者・複数)ということもなく、
店の者「いらっしゃいまし!」
と、多くの声。仙二郎、十手を抜き、定廻りだと臭わせる。
仙二郎「別段、変わったこたぁ、ねえか?」
手代 「これは板谷様。お役目ご苦労に存じます。はい、今のと
ころは…。これは、些少(さしょう)ではございますが…(笑
いながら)」
仙二郎の片袖の中へ手を入れる。
仙二郎「(一分金[こつぶ]、二枚を確かめ)おう、これは、すまねえ
な(笑顔)」
と、何げなく、金子(きんす)を懐(ふところ)へ。
仙二郎「じゃあな…」
何事もなかったかのように暖簾から外へ。
28. 大黒屋の店前・昼
仙二郎、大きく欠伸しながら背を反らす。歩きながら、また賑
わう通りへ。
仙二郎「団子でも食ってくか(笑う)」
影車 水本爽涼
第一回 悪徳商法(3)
14. 仙二郎の住まい(外)・夕方
屋敷とは名ばかりの同心長屋。仙二郎、奉行所から帰ってくる。
仙二郎「残りものが…確か、あったな」
15. 仙二郎の住まい(内)・夕方
ひっそりしている。仙二郎、木戸より入ってくる。廊下より上がり、
戸締りしていない障子を開ける。隅の飯櫃(めしびつ)を覗き込
み、
仙二郎「やれやれ、今日はいけるぜ」
安心した仙二郎、大の字になる。少しして、急に半身を起こし、
仙二郎「あっ! おかずがねえや、…こりゃ、弱ったな。芳(よし)
婆さんに漬けものでも貰うか…」
と、情けなそうな顔で、重い腰を上げる。
16. 芳婆の家・内(長屋・粗末な佇まい)・夕方
仙二郎が頼み込んでいる。
芳婆 「仙さんにかかっちゃ断れないねぇ。ほらっ、これ(漬けもの
の大根を一本、目の前へ差し出す)」
仙二郎「婆さん、すまねえな… 」
面目なさそうに軽く会釈。受け取る。
芳婆 「ほんとに…、早く嫁もらいな」
頭を掻きながら、仙二郎、早足に去る。
17. 北町奉行所・外(豪壮な外観)・朝
門番が二名、立つ。
18. 北町奉行所・内(同心部屋)・朝
大勢が机に向かっている。仙二郎、片隅に座り鼻糞をほじくる。
上司(同心頭)の村田、それを見ている。
村田 「こらっ板谷! またか…」
仙二郎、申し訳なさそうに会釈。同僚の隣席に座る宮部(オカマ)。
気がある。
宮部 「駄目でしょ、村田さんには注意しなくっちゃ、ネッ」
小声で甘く囁く、宮部。目が潤んでいる。
仙二郎「やってらんねぇな…」
と、宮部の反対側へ顔を背け、仙二郎、呟く。
宮部 「えっ? なにか云った?」
仙二郎「いえ、別に…」
19. 大黒屋の店内(帳場・土間)・夕方近い昼間
夕方近く。お蔦が番頭の喜助と話している。客で賑わう店。
喜助 「まあ…お前さんがそこまで云うんなら、一応、旦那様にお
伺いは立てますがね…(渋い顔)」
お蔦 「一節(ひとふし)だけでも、ようござんすから」
と頼み込む。喜助、奥へと去る。お蔦、顔を伏せたまま、編み笠か
ら店内の様子を窺う。
20. 大黒屋の店内(渡り廊下・座敷前)・夕方近い昼間
喜助、座敷の障子前へ座る。
喜助 「旦那様、瞽女(ごぜ)が一節(ひとふし)、唸らせて欲しいと店
に来ておりますが…」
と、中を窺うように云う。中から、
嘉兵衛「ああ…、いつぞやの女かい? いいだろ。丁度、酒にも飽き
た頃さな。前栽(せんざい)へ回っておもらい」
喜助 「はい、旦那様…」
と云って立つ。早足で去る。
21. 大黒屋の店内(座敷)・夕方近い昼間
酒を飲む嘉兵衛。すぐ傍らに千両箱。片手に杯(さかずき)、片
手に小判。輝く小判の光沢に見惚れて、
嘉兵衛「フフフ…(悪どい嗤い)」
影車 水本爽涼
第一回 悪徳商法(2)
6. 長屋(留蔵の家・中)・昼
留蔵が鋳掛けの仕事をしている。赤橙に熱せられた鍋底を叩く。
戸口から仙二郎、入る。
仙二郎「又から聞いたか?」
留蔵 「いいや…」
仙二郎「あの野郎! …まあいい。次の手筈は大黒屋だ。三日
後、委細は、お蔦の投げ文(ぶみ)だ」
そう告げて戸口を出ようとする仙二郎。鍋を叩きながら、仙二郎
には目もくれない留蔵。
留蔵 「今度の道具は、いいのがあるぜ(ニタリと嗤い)」
背に留蔵の言葉を受け、一瞬、立ち止まる仙次郎。
7. 長屋(留蔵の家・外)・昼
入口の戸を静かに開け、出た仙二郎。辺りの気配を窺った後、
去る。
8. 飛脚屋の店前・夕方
ごった返している。飛脚仕事から戻った伝助。入口で待ち構え
ていた又吉。汗を拭く伝助。そっと近づく又吉。
又吉 「獲物は大黒屋だとよ…」
とだけ小さく言い捨てて、去ろうとする。
伝助 「言伝(ことづて)は、それだけかい?(又吉を見ずに)」
又吉 「三日後、また来る」
後ろ姿のまま、そう云い残して走り去る又吉。伝助、その姿を
汗を拭きながら見る。
9. 大黒屋の店内(座敷)・夜
嘉兵衛が寛(くつろ)いで茶を飲んでいる。
10. 大黒屋の店内(渡り廊下・座敷前)・夜
番頭の喜助が座敷前まで歩いて座る。
喜助 「旦那様、お言いつけ通(どお)りに…」
11. 大黒屋の店内(座敷)・夜
嘉兵衛「そうかい、ご苦労だったね。あとはいいから、休んでお
くれ」
12. 大黒屋の店内(渡り廊下・座敷前)・夜
障子越しに喜助、軽く礼をして去る。
13. 大黒屋の店内(座敷)・夜
嘉兵衛「ふふふ…、これで孰(いず)れは上総(かずさ)屋の身代
(しんだい)も…」
と、憎々しげに嗤う。