水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

逆転ユーモア短編集-65- 使いよう

2017年12月31日 00時00分00秒 | #小説

 得心(とくしん)できる、いい格言(かくげん)がある。━ 馬鹿(ばか)と鋏(ハサミ)は使いよう ━ だ。どんなものでも、その使いようを考えれば、上手(うま)く利用できる・・という訳だ。使う人の使いようによって、成否(せいひ)が逆転する・・ということも当然、有り得ることになる。
「灯守(とうもり)さん、急(せ)かせてすみませんが、アレどうなりました?」
「ああ、アレですか。ははは…アレはまだ…」
 部長の狭島(せまじま)に訊(たず)ねられた第一課長の灯守は一瞬、しまった、忘れていた! と思ったが、顔には出さず、悟(さと)られまいと余裕めかした笑顔で開き直った。
「そうでしたか、いや、どうも…。君の仕事は100%間違いがないが、出来るだけ早く頼みます」
 穏やかに返した狭島だったが、内心は、人選を誤(あやま)ったか…と、悔(く)いた。要は、人材の使いよう間違いを・・である。第二課長の短崎(たんざき)だったら、出来ていたか…とも思えたが、灯守がいる手前、微笑(ほほえ)んで濁(にご)した。一応、安全策を取るか…と、さらに巡った狭島は、短崎にコンタクトを取り、灯守に依頼した仕事を打診した。
「ああ、アレですか。アレなら万が一を考えて、私もやっときました。明日、お持ちしましょう!」
「なんだ! そうでしたか。それは助かりまります! いや、有難う!!」
 狭島は短崎の手を両手で握り締め、礼を言って感激した。専務の呼び声が高い狭島としては、これで
役員の面々に対し面目(めんもく)躍如(やくじょ)といったところである。そんなことがあった日以降、短崎は狭島の剃刀(カミソリ)として、切れのいい腕で使われるようになった。で、一方の灯守は? といえば、これもまた、剃刀仕事後の確認役として重宝されている。これが、使いよう・・ということだろう。

                               


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逆転ユーモア短編集-64- 待つ

2017年12月30日 00時00分00秒 | #小説

 待つ・・という気分は、どんな状況であれ、人それぞれで違う。気が急(せ)く性分の(しょうぶん)の人は当然、急いでいるからだが、そうでない場合でも小忙(こぜわ)しがらない人はいる。そういう人は急いてはいるのだが、そう大して焦(あせ)らない。前述の性分の違いによるものだが、逆転してそう急かなくてもいい場合がある。
「主事には先ほど了解を得ましたので鼠野(ねずみの)さん、明日は頼みましたよ」
「分かりました、猫崎(ねこざき)さん。明日は日勤でいいんですね」
 勤務交代の了解を得た性分の鼠野は、首を縦に振って小忙しくセカセカと職場から消えた。明日の勤務を猫崎が日勤→夜勤に、鼠野が夜勤→日勤に交代したのである。猫崎はおっとり刀の性分で物事を柳に風と受け流したから、取り分けて勤務交代はどうでもよかったのである。そこへいくと、セカセカと消えた鼠野のスケジュールはびっしり詰まっていて、一日の余裕すらなかった。突然、夜に俄(にわ)かの予定が入り、鼠野は猫崎に勤務交代を頼んだ訳だ。ところが、である。鼠野は夜、勤め帰りにセカセカと約束の場へと向かったが、いつまで待っても相手は現れなかった。小忙しい性分の鼠野は待つことに耐えられず、その場をあとにした。一方の猫崎は、夜勤になったものだから、日中はのんびりと映画見物をし、美味(おい)しい食事を堪能(たんのう)したあと、レストランをあとにして職場へ向かおうとした。まだ夜勤には、たっぷりと時間があった。猫崎が街路を歩いていたときである。
「なんだ、猫崎さんじゃないですかっ!」
「おおっ! これは獅子川さんっ!」
「まあ、立ち話もなんですから、そこでお茶でも…」
「はあ、20分ぐらいでしたら…」
 猫崎は腕を見てそう言った。二人はすぐ傍(そば)の喫茶店へ入った。話に花が咲き、獅子川は鼠野との約束をすっかり忘れてしまった。
「今日は夜勤ですので、それじゃ、そろそろ…」
「そうでしたか。お引止めしてしまいました。それじゃ、お元気で」
「はい、あなたも…」
 猫崎は仕事が待つ職場へ、ゆったりと向かい、獅子川は鼠野との約束をすっかり忘れてしまっていたから家路についた・・とまあ、話はこうなる。待つ・・その後は、人それぞれの性分で変化をする。

                               


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逆転ユーモア短編集-63- やらねばっ!

2017年12月29日 00時00分00秒 | #小説

 寒い凍(こご)えるような日でも人が行動するのは、やらねばっ! と思うからだ。そう思わなければ、人は動かない。やらねばっ! という気力の源泉(げんせん)を辿(たど)るなら、それは生活の手段である。生活の手段として、自分の意思を超越(ちょうえつ)する気力がそうさせるのだ。働くのはそのためで、誰も働かずに、美味(おい)しいものを鱈腹(たらふく)食べ、絶景を堪能(たんのう)しつつ優雅(ゆうが)な気分で暮らしたいはずなのである。が、しかし、それが出来るのは一部の富裕層(ふゆうそう)のみで、多くの人は、やらねばっ! という柵(しがらみ)に支配され、優雅に暮らすだけでは許されない。
 とある会社の営業統括部である。
「最近、どうも利益が出ないようだが、どうしてだろうね、谷底さん」
「部長は私のせいだとおっしゃるんですかっ!」
 部長室の応接室で語り合うのは、次長の谷底と部長の頂(いただき)だった。 
「何もそんなことは言ってないよ」
「では、どういう意味でしょう!」
「いや、他意はない。君に分かるか訊(たず)ねただけだよ」
「そうでしたか…。興奮して申し訳ありません」
「いやいや…」
「そういえば、一つ思い当たるのが社員達のやる気の萎(な)えでしょうか。どうも、やらねば! という気力といいましょうか、アグレッシブさが弱くなったように…」
「それが原因だと?」
「いや、そうだ! とは断言できませんが、最近、派遣社員が増えておるでしょ?」
「ああ、4割を超えたな…」
「会社方針だから仕方がありませんが、どうもその辺(あた)りに原因があるような、ないような…」
「どっちなんだい!?」
「いや、まあ、あるように私には思えておるんですが…」
「なるほどね。それが、やらねばっ! という気力を削(そ)ぎ、利益に影響が…」
「はあ、まあ…。逆転した発想で、派遣法(はけんほう)を逆手(さかて)に取る・・というのは?」
「だな…。役員達に諮(はか)ってみることにしよう。人件は会社の宝だからな、ははは…」
「はいっ!!」
 半年後、経営方針大転換により社員達のやらねばっ! という意識は自(おの)ずと高まり、この会社の業績(ぎょうせき)は飛躍(ひやく)的な改善を見せたのである。

                               


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逆転ユーモア短編集-62- 雨の日

2017年12月28日 00時00分00秒 | #小説

 雨が降っている。しかし、よくよく考えれば、雲海の上は晴れている・・と、話は逆転する。早い話、お日さまは楽しい休日となる訳だ。お日さまが日々の疲れを取ってお休みになるのは、いわば、人が骨休みで快適な旅に出て保養する・・みたいな感じだろう。恐らくは、新鮮で美味(おい)しい霞(かすみ)なんかを食べ、舌鼓(したつづみ)を打たれていることだろう。
「ああ…降っているか。まあ、今日は別にすることもないからな…」
 歯を磨(みが)きながら下界の川豚(かわぶた)は朝から降り出した雨空(あまぞら)を見上げ、陰鬱(いんうつ)にブツブツと呟(つぶや)いた。こういう雨の日は、なぜか心のテンションも下がるというものだ。そこへ飼っている猫のミケが現れた。動物病院の獣医、鳥海(とりうみ)が、「ほう! 三毛で雄(おす)とは珍しいっ!」と、驚いた曰(いわ)くつきの猫だ。今年で三才になる。そのミケが顔を手でナデナデしたあと、ニャ~~とひと声、鳴いた。
『雨ですか…』
 ミケはそう言ってご主人である川豚の様子を窺(うかが)ったのだった。
「はいはい…」
 ミケは川豚の気分を言ったのだが、ニャ~~の意味が分からない川豚は、さてと…と、餌(えさ)の準備を始めた。ミケは、ふたたびニャ~~と、やや大きめの声で鳴いた。
『そうじゃないんですよっ!』
 雨の日は意味が通じない逆転した誤解を生むようである。

                               


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逆転ユーモア短編集-61- 何もない

2017年12月27日 00時00分00秒 | #小説

 アレコレとあるよりは何もない方が上手(うま)くいく・・ということは確かによくある。多勢に無勢は流石(さすが)にいただけないが、少数精鋭で烏合(うごう)の軍勢を撃破した・・などという合戦(かっせん)も過去の歴史の中で起きた事実である。それは今を生きる私達の世界でも言えるようだ。
 とある会社の専務室である。二人の男が応接椅子に座り、語り合っている。
「川端さん、すまないがアノ一件、なんとかならないでしょうかな?」
「専務! また私ですかっ?」
「いやね、情けない話だが、貴方(あなた)しか適当な人材が他に見当たらないんですよ」
「浮舟さんなんかどうですか?」
「ああ、浮舟さんね…。浮舟部長はいつもポカァ~~ンと池に浮いているだけの人ですから、頼りには…」
「専務! それはいくらなんでも、少し言い過ぎじゃないでしょうか」
「いや、飽(あ)くまで冗談ですよ、冗談。ははは…」
 上司のはずの専務の中洲(なかす)が川端に押されていた。
「まあ、どうしても! と言われるのなら、お引き受けしますが…」
「このとおり、恩にきますから…」
 中州は川端に両手を合わせて懇願した。中州の説明によれば、浮舟以外の他の部長達は、アレコレと手を回し過ぎて話が拗(こじ)れるのだという。そこへいくと、損得勘定も何もない川端の折衝(せっしょう)は返って相手を信用させ、適任と見なされたのである。
「私でよければ…」
「はい! お任せします。なにぶんよろしくっ!!」
 次期社長の呼び名が高かった中州としては、いろいろあった。何もない川端は、その折衝を纏(まと)め上げ、どういう訳か副社長に抜擢された。逆転された中州は啼(な)かず飛ばずで、そのまま専務に甘んじた。

                               


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逆転ユーモア短編集-60- いい話、悪い話

2017年12月26日 00時00分00秒 | #小説

 表立っては、なるほどっ! と得心(とくしん)が出来るいい話でも、悪い話だった・・ということがある。世の中は、そう甘くないことを裏づける厳然(げんぜん)たる事実だが、昨今(さっこん)、いい話は逆転して悪い話だ・・と考えてもよさそうな殺伐(さつばつ)とした時代に至っている。マルチ商法のいい話に、ついフラフラと乗せられ、自殺を考えるほどの大損(おおぞん)をさせられた哀(あわ)れな独居(どっきょ)老人の話には、思わずぅぅぅ…と涙を誘われるが、まあ不用意だった・・という自己責任も当然、ある筈(はず)だから、[痛(いた)し痒(かゆ)し]といったところかも知れない。むろん、犯罪行為は許されるはずもないが…。
「コチラとソチラ、滝山さんはどちらがいいと思われますか?」
「なんです? 急に…」
 川釣り専門店で偶然、出くわした愛好会の二人が語り合っている。話し合っているのではなく、語り合っているのである。ただ短なる世間話ではなく、釣り仲間の専門的な話だから語り合っている・・と、まあこうなる訳だ。
「いや、どちらか買おうと思いましてね」
「そらぁ~私は、コチラの竿(さお)の方がいいと思いますが、使うのは岩池さん、あなたですからな…」
「なるほど、コチラですか…。特価品ですが、コチラですか?」
「いや、コチラじゃなくちゃ! という訳ではないんですよ。ソチラでも十分、いいと思います。懐(ふところ)具合さえいいようでしたら…」
「そうですか…。安いのは何かあるんじゃ? と思えるんですよ、私には」
「でしたら、ソチラでいいと思います」
 どっちでもいいだろっ! と内心、迷惑気分で滝山が選んだコチラの釣り竿は、店が限定販売した見切り品で、超特価の安さだった。ところが、である。一見(いっけん)、特価品には何か問題がある・・と思われがちなコチラの釣り竿が、実はお買い得商品の代表格の品で、普段ならソチラの倍の値がする最高級品だったのである。要は、いい話だったということだ。逆に、岩池が選んだソチラの釣り竿は、高価な上に質(しつ)が余りよくなかった。
「それじゃ、滝山さんの言うとおりコチラに…」
 岩池は折れ、滝山に従った結果、折れなかった。危うく悪い話になりそうだった買物が、いい話へと逆転した訳である。世の中に逆転は付きものだ。

                               


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逆転ユーモア短編集-59- 時雨(しぐ)れる

2017年12月25日 00時00分00秒 | #小説

 冬場になると、どういう訳か、よく時雨(しぐ)れる。晴れているな…と軽く自転車で出たりすると、帰りに時雨れて偉(えら)い目に合う。ああ! さっぱりだった…と濡(ぬ)れ鼠(ねずみ)で帰宅し、着替えをしていると、空模様が俄(にわ)かに逆転して晴れてくる。チェッ! 晴れてきたかっ! と怒っても、それが冬場の天候なのだから仕方がない。
 伊勢川は、やっと取れた久しぶりの休日に、溜(た)まっていた洗濯をしていた。空は快晴で、いい塩梅(あんばい)に晴れ渡っていた。少し寒かったが、吹いていた昨日の木枯らしもこの日は吹いておらず、青空が心地いい。こりゃ、外干しだな…と、伊勢川は軽く考えた。だが、それは軽率な判断で、大きな間違いだった。洗濯物を外の物干し竿に吊るし、中の整理をしている間に天候が逆転し、空は暗雲に覆われて時雨出した。時雨れるとは予想だにしていなかった伊勢川は少し焦(あせ)りながら洗濯物を取り入れた。取り入れた洗濯物を、さてどうするか? と悩んでいると、また天候は逆転し、雲が去って晴れてきた。なんだ、取り入れる必要はなかったか…と、また外へ干し、中へ入った途端、またまた逆転し、時雨れてきた。伊勢川は空を見上げ、もう、いいっ! と怒った。すると、それが伝わったのか、また晴れてきた。伊勢川は、そうは問屋が…と空模様を信用せず、そのまま中(なか)干しにした。するとそのまま晴れ続け、夕暮れとなった。
 時雨れる日は深い読みが必要・・ということになるだろう。

                               


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逆転ユーモア短編集-58- 慌(あわただ)しい

2017年12月24日 00時00分00秒 | #小説

 物事(ものごと)をやろう! として急(せ)くと、慌(あわただ)しい気分になる。[慌]という漢字の字義は、心が荒れる・・というのだから、正(まさ)にそのとおりだ。
「広背(ひろせ)さん!」
「やあ! 立鼻(たちばな)さん!」
 慌しくなってきた歳末のある日、偶然(ぐうぜん)、ばったりと繁華街で出くわした二人は、とある店で再開を祝(しゅく)した。
「私、急ぎますので、この辺で…」
 小一時間、飲み食いし、ほどよく酔いも回ってきた頃、立鼻が急に鼻を弄(いじ)り出した・・いや、腕を見た。
「えっ?! まだ、9時前ですよっ!」
 広背は訝(いぶかし)げに背を伸ばした・・いや、立鼻を窺(うかが)った。
「私、アレコレあるんですよっ! 済まさないと落ちつかない性分(しょうぶん)でして、すみません。これ、連絡先です。お近いうちに、ごゆっくり…」
「そうですかぁ~? 残念だなっ! じゃあ、そういうことでっ! 私も店を出ますよっ、一人で飲んでいても、つまらないだけですから…」
「そうですか? それじゃ」
 二人は席を立つと勘定を済ませ、店を出た。
「いや、私も実はアレコレじゃないんですが、ドコソコに用がありましてねっ」
「ドコソコですか?」
「お互い慌しいですな、ははは…」
「ははは…そうですなっ! それじゃ!」
「はいっ! お元気でっ」
 ほろ酔い気分の二人は、駅近くで別れた。
 二人が慌しく動き出したのはその直後だったが、アレコレもドコソコもすでに済んでいて、まったく慌しくなかった。
 逆転して考えれば、慌しいことは慌しくないのかも知れない。

                               


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逆転ユーモア短編集-57- 邪魔(じゃま)

2017年12月23日 00時00分00秒 | #小説

 邪魔(じゃま)とは、人がしよう! とする行為を制限することである。これは、強制的に相(あい)反する行為をすることで相手の行為を妨(さまた)げることに他ならない。ところが、強制した者は回り回って必ずその報(むく)いを受ける・・という破目に陥(おちい)る。この3次元世界の科学では到底、説明がつかない現象を、残念で悲しいことながら、誰も認識できていない。平たく言えば、自業自得(じごうじとく)となる・・ということを。
「登入(といれ)さん! 悪いが明日(あす)、私に変わって忘年会に出てくれませんか? 私、ちょっと急用が出来ましてね」
「ああ、はい。いいですよ…」
 課長の糞野(ふんの)に頼まれた係長の登入はニタリ! と思わずしそうになり、懸命に堪(こら)えた。というのも、登入にとってこういった会合は楽しみ以外のなんでもなかったのだ。だが、今一、仕事が遅(おそ)い登入は、いつも残業を余儀なくされ、出席できなかったのである。そこへ、この天女が舞い降りたような幸運な話だ。美酒(びしゅ)に酔いしれ、美味(うま)い料理に舌鼓(したつづみ)を打つ・・なんとラッキーだっ! …と、登入はニヤけ出した。
「んっ? どうかしたの、登入さん」
「いや、べつに…」
 懸命に堪えていたものが、ついに…である。それを近くの席で見聞きしていた課長補佐の手蕗(てふき)は面白くない。課長、俺でしょ?! と思わず言いそうになり、不満げに机上のパソコンへ視線を落とした。よしっ! こうなっては妨害以外に俺が頼まれることは、まずない…と思えた手蕗は、登入が忘年会へ出られないようにしようと策を練(ね)った。
「登入さん、このファイル整理、明日(あした)までにしてもらいたいんだ、よろしくねっ!」
 手蕗は内心で、フフフ、これで明日の忘年会は無理だろう…と読んだ。ところが、である。次の日の朝が巡ると、事態は一変していた。他の課から回された急な仕事が課長の糞野から手蕗に命じられたのである。しかも、登入が手蕗に頼まれたファイル整理は、これも課長命令でボツになったのだった。
「じゃあ! 課長。出席させてもらいますっ!」
「ああ、なにぶん、よろしく頼むよ」
 近くの席で聞いていた手蕗は、思わずチェッ! と舌打ちした。
 結論として言えることは、邪魔をすれば逆転して邪魔をされる・・ということだ。

                               


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逆転ユーモア短編集-56- 先を越す

2017年12月22日 00時00分00秒 | #小説

 人は先を越すことに固執(こしつ)する余り、争(あらそ)う傾向が強い。中には柳に風・・と受け流す温厚な人もいるが、気短かな人ほど先を越そうとする。まあ早い話、それだけ出来が悪い・・と言われても仕方がない人々だ。しかも、こういう人ほど失態を起こし自滅するケースが世の中ではあとを絶たないのである。遅(おそ)過ぎるのも考えものだが、人生、そう急いだからといって変わるものではない。世の中が都合が悪いのだ・・と考えれば、また別の機会に・・という気分にもなれる。そういう人は間違いを起こしにくく、起こしたとしても、すぐ修正が出来る人だ。こういう気長(きなが)な人は医師に向いている。先を越したつもりが、いつの間にか逆転して先を越されている・・といったこともよくあることだ。
 一台の車が時速50Km制限の道を走っている。この車を運転する男は、のんびりした性格の持ち主(ぬし)で、取り分けて急ごうともしていないのか、アクセルを踏まない。50Km少しくらいの速度で安定して車を走らせている。と、そのときだった。一台の車が左斜線から猛スピードで男の車を追い抜いた。70Kmくらいは出ているように思われた。追い越された車は制限速度一杯少々の遵法(じゅんぽう)速度ぎりぎりなのだから、先を越した車が法違反を犯したことは疑う余地がなかった。
「おっと! 危ないなぁ~ …」
 追い越された男は、思わず呟(つぶや)いたが、そのまま遠ざかる車を見るだけだった。そのときである。先を越して追い抜いた車が道路の側壁へぶつかり大破したのである。逆転して先を越された男は、結局、再逆転したということだ。後々(のちのち)、男が聞いた話では、事故を起こした車の運転者は即死だったそうである。
 先を越すと死ぬのだから怖(こわ)い。

                               


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