水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百五十七回)

2010年11月30日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百五十七回
「失礼します。第二課の児島です。入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ…児島君か。どうぞ!」
 ドアが開いて、新しく第二課長を拝命した児島君が明るく入ってきた。
「誰かと話してらっしゃいましたが、お電話でしたか?」
「んっ? …ああ、知り合いからだよ…。で、なにかあったのかい?」
「いえ、それがですね…。信じてもらえないと思うんですが、昨夜、変な夢を見たもので、ご報告だけでも…と思いまして…」
 児島君は、係長当時とちっとも変らない口調で軽く云った。
「ほう…なんだろう」
「夢では部長があちこちと世界各地を回っておられるんですよ」
「それが変な夢かい? 国外旅行なんて今どき決して珍しいこっちゃない。そりゃ私だって海外旅行ぐらいするだろうさ」
「いや、それがただの旅行じゃなかったんです。テレビでよく映る国の大統領、首相といった人達と一緒ですよ、マジで」
「まあ、夢だからなあ…。そういう架空のことも起こる訳さ。現実離れしたなあ…」
 話している私はお告げ以後、不思議なことが信じられるようになっていたから、児島君の云ったことがあるかも知れない…と思いながら話していた。児島君は沈黙して静かに聞いていた。

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第二回

2010年11月30日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第二回

 流石は師だけのことはある…と、咄嗟(とっさ)に左馬介には思えた。気配を察知したばかりか、既に左馬介が訪うことも先見して織り込み済みなのだ。左馬介は幻妙斎の操り木偶(でく)となり、云われるまま、表戸へ迂回していた。表戸に手をかけると、幻妙斎が云った通り、すんなりと戸は開いた。左馬介は框(かまち)へ腰を下ろして草鞋を脱ぐと、上がって幻妙斎が籠る部屋へと進んだ。渡り廊下は短めであったが、それでも七、八間ばかりは曲がりつつ進んで丁度、庭側へと出た。板戸が閉ざされていたから、庭先からは見えなかったが、障子戸の紙には行灯の灯りが薄ぼんやりと橙色に照らされて映えているのが分かる。左馬介は徐(おもむろ)に障子戸へ向かって口を開いた。
「左馬介、罷り越しましてございます!」

「…気遣いは無用じゃ。中へと入るがよい」
 やはり幻妙斎の声は心なしか弱含みに感じられた。それだけが気掛かりな左馬介だったが、云われるままに障子戸をゆっくりと開けた。驚いたことに、左馬介の眼に見えたのは、幻妙斎が布団に横たわる姿であった。
「先生! 如何、なされました!」
 左馬介は思わずと取り乱し、叫んでいた。


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スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百五十六回)

2010年11月29日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百五十六回
『ようやく格好がついたようですね。お疲れ様でした…』
 私はやっとひと息つけたところで、部長席で何も考えず休んでいたところだった。
「はあ…」
『ちょっと、様子を見がてらお話しさせて戴いておるようなことです』
「あのう…、また異変とかが起きる、いや、起こされるおつもりなんでしょうか?」
『いえいえ、そうすぐには…。幾らなんでも、それでは塩山さんに悪いですからね。なんか、疲れさせているだけみたいですし…』
「いやあ、ははは…。そのとおりなんですが…」
『それでも悪いことばかりではないはずです。事実、リストラ代表の湯桶(ゆおけ)次長さんも、当面は留任なんでしょう?』
「なんでもよく御存知だ。そのとおりですがね。しかし、鳥殻(とりがら)部長が亡くなられて、私が部長に昇り、湯桶次長がそのまま留任というのは、私(わたし)的には仕事がやり辛いんですが…」
『そりゃ、そうでしょう。跳び越して昇進ですからね…。でも、その苦労もそう長くないですから安心して下さい』
「えっ! どういうことでしょう?」
『この前、云ったようなことです。塩山さん、あなたはこの会社だけの人ではないのです。日本の、いや、世界になくてはならない人だと申し上げたはずです。まあこの先、少しずつ分かって戴けるとは思いますが…』
 その時、ドアをノックする音がした。

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残月剣 -秘抄- 《惜別》第一回

2010年11月29日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《惜別》第一回

 左馬介が道場へ取って返すとやはり千鳥屋の喜平が云った通り、幻妙斎は庵(いおり)にいた。だがその気配は、左馬介故に察知できたのであり、他の者ならば恐らく誰しも気づかなかったに違いない。それほど左馬介の心眼は鋭く研ぎ澄まされ、他の追随を許さぬ迄に向上していたのであった。
 庵は板戸が閉ざされ、足継ぎ石にも履物らしきものは見当たらなかった。だから、普通の者なら看過する風情の庵だった。それを左馬介は木戸を開け、庭へ入った瞬間に見抜いたのである。左馬介の眼にはその前の渡り廊下、障子戸をも越えて、静かに畳みに座す幻妙斎の姿が見えていた。左馬介は、ゆったりと慌てることなく足継ぎ石へ近づいた。庭木の梢が冷風に揺れ、微かな枝音を奏でる以外、静寂が支配する庵の周辺である。左馬介は、恐らく幻妙斎から声が掛かるに違いない…と踏んでいた。なにも気配を察知したのは左馬介一人ではない。師の幻妙斎が、左馬介の近づく気配を聞き逃す訳がないのである。そう思えばこそ、左馬介は足継ぎ石の手前でピタリと停まったのである。その時、やはり幻妙斎の声がした。だがその声は、気の所為か幾分、か細く左馬介の耳へ届いた。
「…左馬介であろう。表へ回り、上がるがよい。表戸は開けてある」
「はい!」


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スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百五十五回)

2010年11月28日 00時00分02秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   
    
第百五十五回
しばらくお告げがなかったこともあり、私は余り玉のことを気にせず仕事を熟(こな)せた。そのお蔭(かげ)で、葉桜になるまでには、どうにか最低ラインの概要を掴(つか)むことができた。私が担当する営業部は、課だけでも四課を抱(かか)えるのだ。第二課は別として、一、三、四課はまったくの未体験ゾーンだった。だから猛勉強、となった訳だが、ようやく部の全容を掌握(しょうあく)し、ふと、玉のことを思い出した時は、なぜか今の立場が無性に恨めしく思えた。二段階も昇進できたのは、非常に珍しく稀有なことで有難かったのだが、その結果、多忙になったこと自体は、必ずしも昇進がラッキーだったとは云い難かった。二課長時代に起きた、接待キャンセルはまだしも、多毛(たげ)本舗の新製品、団子っ娘に端を発した俄(にわ)か景気による多忙さにしたってそうだった。いつか禿山(はげやま)さんが云った、『…疲れる割には幸運ってのが、小ぶりに思えるんですがなあ…』という声が頭に甦(よみがえ)ったのもこの時だった。そうこうして、ようやく最後の資料に目を通し終え、私はやっと部長席へ座った。椅子はさすがに変えてもらったが、数ヶ月前まで故鳥殻(とりがら)部長が座っていた場所であることは厳然とした事実だった。それを思うと、ゆったりした座り心地が必ずしもいいとは云えなかった。そんな時、久々にお告げがあった。


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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第三十三回

2010年11月28日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第三十三回

「あのう…いつぞやの、お侍さまで?」
 左馬介は黙ったまま頷いた。
「このような朝早うから、何ぞ用でも?」
 聞いているだけならば、手代や番頭と遜色ない丁稚の物云いだと
左馬介には思えた。冬場だということで、流石に地面に、べったりと腰を下ろすというのは憚(はばか)られた。丁稚に中で待たせて貰いたい旨を左馬介が云うと、「気づかぬことで申し訳ございません」と、やはり大人びた物云いで返された。
 幻妙斎は逗留してはいたが、この日は道場の庵(いおり)へ戻って籠られたと主(あるじ)の喜平が云う。ということは、左馬介が訪う必要はなかったということになる。要は、入れ違いになったのだ。左馬介にしては迂闊だった。しかし、そのことは、自らを責めねばならぬ程の失態ではないし、散漫な心による油断でもない。ただただ、不運だったとしか云いようがないのである。
「それで、先生は戻っておいでなのですか?」
「いえ、そこ迄は私どもにも分かりません」
 喜平に、はっきりとそう断言されては、左馬介も二の矢が放てない。どうしたものか…と、左馬介は考え込んで黙ってしまった。それを見た喜平は、この時とばかりに茶盆を置いて去り、左馬介は独り、部屋に取り残された恰好で、茫然と天井板を眺めた。十町ばかりならば、取って返しても高が知れている。結果、そうは手間取らない…と左馬介は判断した。

                     
                               残月剣④ 完


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スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百五十四回)

2010年11月27日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百五十四回
沼澤氏は私が得心したのを見て、それ以上は語ろうとはしなかった。静かになった状況をボックス席から遠目に眺めていたママと早希ちゃんは、もういいだろう…とばかりにニ、三人の客に軽くお辞儀しながらカウンターへ戻ってきた。
「ママ、別に外(はず)さなくてもよかったんですよ」
「他のお客様がいたからね。それに、二人が真剣に話してんのを黙って見てるっていうのもね…」
「そんな…。話は後ろの棚の玉の一件ですから…」
「それは分かってんのよ。霊能者だけの方がいいかなって思って…」
 ママは少し含み笑いをしながら云った。今一、信じていない節(ふし)があった。
「私は初めから下(お)りてるからね…」
 まったく信じていない早希ちゃんが、そこへ加えて云った。どっと、四人は大笑いした。さて、こうして夜は深まり、私と沼澤氏は頃合いをみて店を出た。春の気配は感じられたが、まだ夜風は冷たかった。
 四月が巡り、世の人々は花見に浮かれていた。だが私は部長室の中にいて、それどころの話ではなかった。一に勉強、二に勉強、三、四がなくて五に勉強…と、ひとつ憶えを口にしながら、部の全貌(ぜんぼう)をなんとか自分なりに掌握(しょうあく)しようと、私は頑張っていた。学生時代に戻ったようで、どこから見ても終始、泰然自若と部長席に座り続ける偉い部長には見えないだろう…と思えた。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第三十二回

2010年11月27日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第三十二回

 年の瀬が迫り、いつしか年が改まっていた。道場の長谷川と鴨下は正月気分で浮かれていたが、左馬介は独り、受けの技を加味した残月剣の研鑽に励んでいた。そうして遂に、待望の日が巡ってきた。左馬介が納得できる完璧とも呼べる剣技の完成である。何をもって完璧と云えるのかは人によって見解が異なるのだが、左馬介としては、そのように感じられたのである。それ故、幻妙斎に披歴したとして、『笑止!』と一喝されなくもないのだ。ただ、左馬介には、自らが持つ全てを傾注して完成させた…という自負心はあった。そういったこともあり、残月剣が完成をみたことは長谷川と鴨下には伏せ、左馬介は千鳥屋へと向かった。
 千鳥屋迄は十町ばかりだから、そう早く出ることもないと思え、いつものように長谷川や鴨下と朝餉を済ませた後、左馬介は道場を出た。二人には葛西宿に用向きが出来た、とだけ云っておいた。千鳥屋へ着くと、以前、見たことがある、ませた丁稚が、あの時と同じように表の軒先で打ち水をやっていた。ただ、あの時とは違い、寒冷の季節だから、丁稚も早く済ませようと、幾らか。ぞんざいな動きをしていた。年端も行かぬ小僧なのだから、見ている左馬介にも丁稚が急く気持は分かった。左馬介が店先に近づくと、丁稚は左馬介は気づいたのか、一瞬、ギクッとした後、じっと左馬介に見入った。


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スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百五十三回)

2010年11月26日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百五十三回
 結局、沼澤氏が突然、店に出現したという怪談じみた話は、単なる笑い話で一件落着した。
「そうそう、沼澤さん。前回お会いしてからしばらく経(た)ちますが、私の身の回りで今まで以上の大きな異変が起こり始めたんですよ。それに突然、お告げも聞こえてきましたし…」
「そりゃ、そうでしょう。時期的に考えますと。決して不思議なことじゃありません。むしろ当然で、少し遅いくらいです。しかし、今起きていることなど、今後のことを考えりゃ、ほんの些細(ささい)なことなのです」
「えっ! どういうことでしょう?」
「この話は前にも云ったと思いますよ。あなたは日本の、いや全世界の救世主となるんです。だから、『あんたはすごい!』って、二度、今回で三度目ですが…、云ってる訳です」
「いやあ…益々、分かりませんが…」
「気にされずとも、そのうち自覚されると思います」
「それにしても沼澤さん、どうしてあなたにそんなことが分かるんですか?」
「ははは…。曲りなりにも霊術師を名乗り、教室まで開いておるんです。塩山さんほどではないにしろ、私にも玉から授かった多少の霊力はございます」
「その霊力で玉と交信されたと?」
「はい、そのとおりです。私が云ったことは、すべて玉に訊ねた結果、返ってきたお告げなんですよ。今現在のあなたなら、信じてもらえると思いますが…」
「ええ、もちろん信じます。信じますとも…」
 私はお告げを聞いた段階から玉の霊力の存在を確信していたから、はっきりと沼澤氏に返した。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第三十一回

2010年11月26日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第三十一回

立ちあがった左馬介は、二本の木切れを打ち叩く同じ繰り返し動作に霞飛びを加味してみることにした。霞飛びを合い間へ入れることにより、同じ繰り返し動作が変化して崩れた。この方が左馬介としては実戦的であり、望むところだった。
 左馬介が、霞飛びの初歩の技を高める為に山駆けをふたたび始めたのは次の日からである。木切れを打ち叩く間に霞飛びで身を退避させる為には、山駆けすることにより、跳躍力を高めることが必要だと思えたからである。山道を疾駆し、或いは段差を飛んで、左馬介は霞飛びを高める修練に汗した。
 半月ばかりが経ち、左馬介の跳躍力は格段の進歩を見せるに至った。更には、走りながら空中へ舞い上がり、一回転して着地した後、ふたたび走り去るという連続した所作を熟(こな)せるようにもなった。幻妙斎の足元にも寄れぬ稚拙極まりない進歩だが、も角、ここ迄の技に至れば左馬介としては占めたものなのだ。刺客の不意を突く襲撃を、取り敢えずは躱(かわ)して体勢を立て直せる道筋はついた。こうした技は忍び、所謂、影者ならば当然、身にさけている技なのである。尋常に武芸の道を志す者としては、些か、場違いとしか云いようがないのだが、危険そのものを回避して刺客を倒す為には、必要べからざる技であった。


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