今までは使えていたのに突然、使用不可となり驚くことがある。料金の値上げ、駐車場の工事、電気製品の故障・・など、枚挙に暇(いとま)がない。特に最近はこの事例が増え、驚くことばかりなのは困りものだ。驚くのはいいが、そうかといってそのまま驚いてばかりもいられない。何か対応を考える必要があるからだ。その発想が瞬時に浮かぶ人は才があると言えるだろう。技術者、医師など瞬間の対応を迫られる職業向きの人に違いない。何も思い浮かばない人は、それまでの人だが、まあ、思い浮かばないからといって生きていけないということではないから、ご安心を。それなりの職業があります。^^
とある大型電気店である。
「すみません、お客さん…。それはもう製造中止で修理部品も10年以上経っていますから修理不能なんです」
「ええ~~っ!」
客はこれ以上、驚けないといったジェスチャーを交えて驚いた。
「誠に、すいません…」
「修理出来ないなら使用不可ってことか…」
「ええ、まあそうなります…」
「使用不可なら買い替えるしかないよな…」
「ええ、まあそうなります…」
店員は同じ言葉を繰り返した。客は、『何が、ええ、まあそうなります』だっ! と怒れたが、そうなってるのなら仕方ないな…と心の中で買い替えを考模索し始めた。
使用不可となっても、驚くことなく冷静にコトを処したいものです。^^
完
夏の暑い季節がやって来た。夏といえば怪談である。怪談の恐怖は、驚くことで生じる。そんなことはない…とは分かっていても、お化け屋敷に入場して、急にお化けが出てくれば、ギャ~~!! と驚いてゾクッ! とする。するとその恐怖を体感したことで暑さを忘れる・・とまあ、身体のシステムはなっている訳である。^^
昭和三十年代の夏の暑い盛りの午後である。今年もお化け屋敷の一座が恒例のように町にやって来た。
「怖いよっ怖いよっ! 今年は去年にも増して怖いよっ。怖くなかったらお代はいらないっ!」
入り口の一段高い台にに立ち、一座の呼び込みが名調子で町民を誘う。
「どれ…入ってみるか」
「だな…」
「毎度っ!」
入場料を支払い、アイスキャンデー片手の二人の客が恐怖を求めてお化け屋敷に入った。二人の客のあとに続き、釣られるように客が続々と入っていく。
人は予想外に驚くことで、恐怖を忘れようとする性質がある。恐怖、驚くこと、体感の三者には、一定の方程式が成立しているようです。^^
完
和製英語になっているショックという言葉がある。衝撃を受ける・・などという意味で使用される言葉である。驚く内容が想定外を超え、いい場合はいいが悪い場合だとメンタル[心理]面にショックを受けるということになる。
とあるホールディングスの会長の豪邸である。のんびりと風呂に浸かり、いい心地で一杯やっていた会長の平坂は、何気なくテレビのリモコンを手にし、ボタンを押した。映し出された映像は4K画面の鮮明映像で、平坂の心を満足させた・・ということはなく、老眼だった平坂の眼にはそれとなく映っていた。^^
『では、次のニュースです。帆積ホールディングスは多額の粉飾決算により債務不履行に陥(おちい)り、会社更生法の適用を受けることになりました。会見場からの中継です』
アナウンサーがそう言った瞬間、画面は帆積ホールディングスの会見場へと切り替わった。聞いた平坂は、ショックの余り悶絶し、応接セットの長椅子に崩れ込んだ。平坂が驚くのも当然で、彼が思っていた想定外のハプニングだった。
『申し訳ありません…』
会見場の社長以下、重役陣の頭を下げる姿が痛々しい。
平坂は応接セットの椅子の上でショック死していた。
驚く内容も程々にしてもらいたいものです。^^
完
冗談(じょうだん)だと分かっていれば驚くことはない。ただ、冗談だと思っていたことが真実だと知ったとき、人は喜怒哀楽を露(あら)わにする訳だ。
とある合格の受験番号が張られた大学の掲示板前である。二人の受験生が合格、不合格を確認しようとやって来た。
「ははは…俺はダメ元で受けたんだから、たぶんダメだろ…」
「そうか、お前にゃ本命があったからな。俺はココしか受けてないからダメなら撃沈だ…」
「ははは…冗談だろ。お前は大丈夫さ」
二人の受験生はそんな話をしながら、トボトボと受験番号が張られた掲示板までやって来た。
掲示板前は、多くの受験生でガヤガヤと賑(にぎ)やかだった。二人の受験生はそんな他の受験生を尻目に、自分の受験番号と掲示された合格番号を見比べた。
「おおっ! あったあった。よかった…」
「…」
ダメ元の学生は、やはりダメで、この大学しか受けていなかった受験生は見事に合格していた。
「よかったなっ! お前はっ!?」
「やはりダメ元だった…」
「ダメか…。まあ、お前にゃ本命があるから、驚くことはないよな…」
「ああ…。頼まれたアイツの番号は、と…。おおっ! 奇跡だっ!」
「アイツ、受かったのかっ!? こりゃ驚いたなっ、奇跡だ…」
冗談で受験した学生の合格番号があったのである。
数か月後、本命の大学を受験した学生は、浪人して予備校へ通っていた。驚くことに本命で不合格になったのである。
冗談が冗談でなかったとき、驚くのはいい場合の方がいいに決まっています。^^
完
驚くといっても程度がある。ああ、そうか…などと聞き流せる程度の内容なら取るに足らないが、なにっ! と腹が立つことから、ぅぅぅ…と、思わず悲しむ内容まで、程度は様々ある。腰を抜かすほどの驚く内容なら、受ける心のダメージは測り知れないだろう。
とある会社の社長室である。
「か、会長っ! え、偉いことですっ!!」
「どうした丘草(おかくさ)君、血相変えて…? まあ、落ち着きなさい」
社長室にノックもせず飛び込んできた専務の丘草を、社長の飼葉(かいば)が宥(なだ)めた。
「落ち着けって社長! 我が社の連中を乗せたバスが山の崖から転落して全員、即死なんですよっ!」
「そうなの?」
社長の飼葉は徐(おもむろ)に机の卓上カレンダーに目をやり、穏やかな笑顔で返した。その日は四月一日、すなわちエーブリル・フール[四月馬鹿]の日だったのである。
「そうなの? って、ど、どうしたらいいでしょう?」
「ははは…今日は四月一日だったね。その程度の見え透いた嘘(うそ)なら、驚くに足らんよ、丘草君っ!」
「ほ、本当なんです、社長っ!!」
丘草の声は上擦(うわず)ったままだった。しばらくは笑っていた飼葉だったが、丘草がリモコンを押したテレビの映像で嘘でないことが分かると途端に慌(あわ)て出した。
「ど、どうしよう! お、丘草君?」
「それをお訊(き)きに上がったんですよ、社長っ!!」
丘草は少し怒り気味に飼葉に言い返した。
このように、驚く内容が想定の程度を超えれば、狼狽(うろた)える訳です。^^
完
国会議員選挙の投票日が近づこうとしている。与党が今後も政権を維持することが分かっていても投票日なのである。時間の無駄…と棄権する人も過去のように多いのだろうが、驚くことに文句を言わず流れるままに政治に参加しているのである。
春の宵、二人の老人が暇(ひま)に任せ、十五夜の名月を愛でながら縁側で話し合っている。
「変わらんでしょうな…」
「驚くことに、それが分かっていながら政治に変化がありません」
「さよですな…。与党以外の議員の方々は体制を変えたくないんでしょうかな?」
「ははは…私に訊(たず)ねられても答えようがありませんが…」
「ははは…それもそうです」
「体制を維持して変えないことが議員としての保身の道ですかな?」
「ははは…かも知れませんな」
「ははは…深く考えるだけ無駄ですか…」
「ははは…そのようで」
体制を変えないことが安定していい生活を送れる・・という誤解が、驚くことに、国民、議員ともにあるようです。ああ、嘆かわしい!^^
完
年末ともなれば、今年の流行語大賞が発表される。誰も流行(はや)らそう…と目論(もくろ)んでいる訳でもなかろうが、自然と世間で使われるのが流行り言葉である。えっ! そんなのが? と疑問に思えるような言葉でも流行るのだから驚く。
とある年の歳末である。二人の男が世間話をしている。
「そうなんですよっ! 驚くことに今年は[馬鹿族]らしいですよ!」
「ほう! [馬鹿族]が流行語大賞ですか。ははは…世間もすっかり、お馬鹿になりましたなっ!」
「ははは…何が流行り言葉になるか、一寸先(いっすんさき)は闇(やみ)ですっ!」
「ははは…まことにっ!」
その次の年の歳末である。流行語大賞は、[ははは…]と発表された。
流行り言葉には驚く何かが秘められているようです。^^
完
世間は驚くことで溢(あふ)れ返っている。このシリーズでは、そうした驚く出来事の数々を書き連ねたいと思う。読みたくない人は、決して無理にっ! とは言わないから、好きなことをして下さればそれでいい。^^ まず最初に、私達が驚く場合を考えてみたい。恐らく皆さんもお有りのことと思うが、自分が予想していたことと違う画面がその場に出現したときだろう。誰もがゾクッ! と寒気がするような怖い話や体験は興味が湧くところに違いない。
とある深夜のスタジオで、百物語を明け方まで順繰りに話し続けよう・・という企画番組が放送されている。
「で! モチモチした餅(もち)が、いつの間にかスゥ~っと消えていたという怖い話です…」
語り手は、どうにかこうにか怖く纏(まと)め、話を終えた。皆が驚くだろう…と期待してである。
「えっ! それって、モチモチと餅をかけたダジャレ?」
スタジオ内の出場者達から一斉に笑い声が響いた。語り手は、こんなはずじゃなかった…という気分だが、百物語の怪談だから、笑われては困る訳だ。
「いいえ、この話は、ここからが怖いんですよ。ところが、その消えた餅は、いつの間にか部屋の箪笥(たんす)の上に置かれていて、氷ったように冷たく、固かったんですよ…」
場内は笑い声が消え、一瞬にして静寂(せいじゃく)と化した。語り手は、へへへ…少しは驚いただろう・・くらいの気分である。ところが驚くことに次のひと言が飛び出し、語り手はギャフン! とした。
「なぜ、冷たかったの? それって、冷蔵庫から出して、忘れてたんじゃないの?」
「…」
まあ、驚くのは、計算されていない予想外の場合が多いのでしょう。^^
完
涙にも質(しつ)というものがある。涙らしい涙と、そうでない涙である。煙とか玉葱で出る涙は、悲しくない代表的な科学の質の涙だ。それに対して、悲しさ、嬉(うれ)しさで出る涙は、感情による真(まこと)の涙に違いない。そんなことで、でもないが、(100)話は[ラストを飾るに相応(ふさわ)しいかどうかは別として]短編集の最終話として、質をタイトルにした次第です。^^
とある田舎の村である。恒例になった夏の盆踊り大会が鎮守の社(やしろ)の境内(けいだい)で開かれている。円陣を回り、いい調子の音頭取りの声に合わせて踊る人々の姿が印象的だ。そんな中、円陣から少し離れたところで着物姿の二人の老人がボソボソと話をしている。
「さようでしたか…。それは寂しくなりますな…」
「はい、どうも長い間、お世話になりました…」
「いえいえ、こちらこそ…」
「息子夫婦の話がなけりゃ、まだまだここで暮らすつもりでおりましたが、もう年ですからな…」
「年はお互いさまです…」
「お知り合いになって、もう、七十年のお付き合いになりますか。いろいろ、ありましたな…」
「さようで…」
二人の老人の頬に真の涙が光った。その近くの露店では、パタパタと団扇(うちわ)を煽(あお)りながら火を熾(おこ)す屋台の主(あるじ)が、煙に咽(む)ながら煙い涙を流していた。
同じ涙でも、こうも質が違う訳です。では、そろそろこの辺りで、涙のユーモア短編集を終わらせて戴きたく存じます。長らくのご精読、誠に有難うございました。^^
完
誰しもラストは辛(つら)いものだ。だから、ラストの辛さが心の中で増幅されれば、内面(うちづら)、外面(そとづら)のどちらかで涙することになる。ラストとは言うまでもなく、最後とか終わりなどという意味である。ということで、今日は(100)話で完結する短編集の一つ前ではありますが、ラストの涙するお話にしました。^^
炎天下の昼過ぎ、一人の男が公園の噴水前に設置されたベンチに座りながら涙している。そこへ近くの交番の警官が自転車で通りかかった。
「フゥ~、暑いですねっ! …どうされましたっ!?」
警官は自転車を止め、ハンカチで汗を拭きながら訊(たず)ねた。
「私…もう、ラストなんです、ぅぅぅ…」
男は、よくぞ訊(き)いてくれた…という眼差(まなざ)しで警官を見上げた。
「…ラスト?」
意味が分からず、警官は首を傾(かし)げた。
「ええ、ラストで終わりなんです…」
何が終わりなのか? 警官は益々、意味が分からなくなった。
「…どういうことです?」
「朝、洗面台の鏡を見ましてね…」
「ええ…」
「前の毛はまだあるんで、当分は大丈夫だろうと思ってたんです…」
「はあ、それで…」
「そのとき、汗で首筋がムズ痒(がゆ)くなりましてね…」
「はあ…」
「電気バリカンで首筋だけ剃(そ)ろうと鏡台に後ろ向きになりました…」
「はあ…」
「もう一枚の手鏡で頭を見たんです…」
「はあ…」
「後ろの毛がないんです、ぅぅぅ…」
警官は、どう慰(なぐさ)めていいのか分からず、途方に暮れた。
「ははは…そんなことでしたか」
「ええ、まあ…」
男は、そこは笑うとこじゃないだろっ! と少し怒れたが、仕方なく頷(うなず)いた。
「帽子を被(かぶ)られりゃいいじゃないですか、ははは…」
「ラストなんですっ! もう、生えやしませんっ! ぅぅぅ…」
警官がふたたび笑ったことと、もう生えない頭髪のダブルパンチで、男の心のラスト感は、いっそう強まった。
私達が暮らす三次元世界では、最初があれば必ずラストがあるものです。一喜一憂せず、涙しないようにしましょう。^^
完