水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<37>

2015年03月31日 00時00分00秒 | #小説

  話は遡(さかのぼ)るが、三毛子役のキャストが決定したのは、前年のエープリルフールの日だった。数日後、桜の蕾(つぼみ)も急いで開花の身支度(みじたく)を整えるようなポカポカ陽気の朝、三毛子は撮影現場へ高級感漂う夫人に抱かれて現れた。もちろん、里山や小次郎は顔合わせもあり、セットが組まれた撮影現場で、早くから待機していた。
「ほほほ…おはようざぁ~ます」
 どこのご婦人か? と思える外観の中年女性が猫を抱いて現場へ入ってきた。
「里山さん、紹介します。三毛子役のみぃ~ちゃんと飼い主の小鳩(おばと)さんです」
「小鳩でござ~ます。小さな鳩と書きますの、どうぞよろしく。こちら、みぃ~ざまぁ~す。そちら、小次郎君でしたかしら。あなたも、よろしくねっ」
「…里山です、よろしく!」
 どこから見ても里山にはその婦人が小さな鳩には見えず、大きな梟(ふくろう)に見えたが、思うに留め、笑顔で挨拶をした。小次郎はみぃ~ちゃんに視線を合わせた。飼い主とは正反対で、どこか楚々とした高級感が漂う美人猫だった。
『よろしくねっ!』
 みぃ~ちゃんは猫語でニャ~と可愛(かわい)く鳴いた。小次郎も猫語で、『こちらこそ!』と返した。この猫、人間語は? というのが小次郎の気になるところだったが、今はそれどころではない。自分のことで精一杯だった。というのも、出番で話す自分の台詞(セリフ)は里山が読み、それを暗記する必要があった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<36>

2015年03月30日 00時00分00秒 | #小説

「ああ、それ…また言うよ。三毛子の役は、おっつけ決めますので…」
 木邑(きむら)監督は富澤へ攣(つ)れない素振りで返すと一転し、笑顔で里山に言った。恰(あたか)も客待遇の扱いに、里山は恐縮して頷(うなず)いた。小次郎も、どんな猫が相手になるんだろう…と、三毛子役には興味が湧(わ)いた。小次郎からすれば、富澤を含む他の出演者は、ただの人間であり、別にどう、ってことはない。だから、意識なく演技が出来て監督に褒(ほ)められた訳だ。   
 撮影初日は映画関係者全員による総会のようなものだった。その後は招集された各シーンに登場するキャストだけの出会いとなるようだった。小次郎は、身体の疲れより気分で疲れていた。上がりはしなかったが、なんといっても、多くの有名な女優、男優達のプロに取り囲まれているのだ。別にどう、ってことはなくても、そこはそれ、小次郎も一介(いっかい)の猫だった。
 正月が過ぎ、クランクインからほぼ一年が立った春が巡った頃、撮影は佳境へと向かっていた。とはいえ、木邑監督が本腰を入れた意欲作だけに、まだ全体の五分の二ばかりが撮(と)られただけだった。原作は猫主体で面白く始まるが、筋としては読むに従って興味が薄れる日常生活が連続して描かれ、単調この上なくなる。木邑監督の演出は、その単調さをバッサリと削(そ)ぎ落し、小次郎の登場シーンをデフォルメしながら多用する・・というものだった。そこで、注目されたのが三毛子である。三毛子は数多い応募の中から選ばれたチンチラとアメリカン・ショートヘアーの混血ながら、なかなかの美人、いや美猫だった。むろん、これは小次郎の目から見た気持である。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<35>

2015年03月29日 00時00分00秒 | #小説

「じゃあ、始めようか…。♪そのうち、なんとかなるだろう~~♪ ははは…。まず、富澤君、そこへ座って」
 突然、歌いだした今日の監督は、ハイテンションで、かなりご機嫌だった。
「はい!」
 木邑(きむら)監督に抜擢(ばってき)された漫才の富澤たけじは、明治の洋服につけ髭(ひげ)姿で現れ、緊張の余り、操(あやつ)り人形のように畏(かしこ)まると書斎の椅子へ座った。苦沙弥先生役である。そして、演技指導のとおりペンを手にし、書きものをする仕草をした。その下を小次郎が通りかかるというメイキング映像のフラッシュ・シーンだ。
 木邑監督の声でフィルムが回り、現場が厳粛になった。周囲の者の視線が一斉(いっせい)に小次郎達へ注がれた。
 [吾輩は猫である]は、言わずと知れた文豪、夏目漱石の名作である。脚色は新進女流作家、猪熊芋香の書き下ろしだった。撮影は順調に進み、小次郎もそれなりの声で演技した。
「なかなか、いいぞ! 小次郎君。その声の調子、忘れずにな!」
 今日の小次郎の出番は、ニャ~とだけ猫語で鳴いて富澤が座る椅子の横を素通りするだけだった。木邑監督は、フラッシュの順調な進み具合に終始、ご満悦だった。里山としては、ただ小次郎の運びと世話をするのみで、これといってやることはない。退屈を紛(まぎ)らせるのは、いつもは絶対、出会えない男優や女優を目(ま)の当たりにして、その様子を見聞き出来ることだった。
「監督、今の程度の威張り具合でいいんでしょうか?」
 吾輩のご主人役である漫才の富澤が木邑監督へ伺(うかが)いを立てた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<34>

2015年03月28日 00時00分00秒 | #小説

 山岳映画を世に出した木邑(きむら)監督が久々にメガホンを握る文芸大作である。すでに話す猫が主演という前評判が立ち、キャスト発表前からマスコミ界がもて囃(はや)し、報道合戦を演じていた。なんといっても世界で最初の動物が話すブッチギリ映画作品なのだ。そればかりか、学術関係者も興味 津々(しんしん)で、今世紀最大の研究対象として現場へ足を運んでいた。里山と小次郎が現れる会場やスタジオ、現場は、いつも押すな押すな! の盛況で、検問のガードマンが立つ事態となっていた。
「あの…里山さん、小次郎君は日本語の文字を読めますかね?」
 木邑監督が台本を持って一堂が会する顔合わせを兼ねた現場に現れた。監督が出番がないキャストも含め、全キャストを現場へ招集したのである。
「小次郎、どうだい?」
 里山は小次郎を腕に抱きかかえながら覗(のぞ)き込むように訊(たず)ねた。
『監督、申し訳ないんですが、僕は聞いて受け答え出来るだけの無能な猫でして…』
 小次郎は、木邑監督に人間語でそう返すと、末尾でニャ~とだけ愛想いい声で鳴いた。
「い、いや、そんなことは…。私も生涯で猫さんと話が出来るとは思っていなかったですよ! ははは…。里山さん、すまんですが、台詞(せりふ)は口移しでお願いします。小次郎君、暗記は?」
『ええ、それは大丈夫ですが…』
 木邑監督は、少し驚きながら微笑(ほほえ)んで頷(うなず)いた。その後、キャストが紹介され、各キャストの短い挨拶が行われた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<33>

2015年03月27日 00時00分00秒 | #小説

 その夜の深夜である。いつものように、沙希代が寝静まったあと、里山と小次郎は男同士の密談を交わしていた。
『よかったじゃないですか、こ主人』
「そうか? お前は外国へ行きたくなかったのかい?」
『日延べでしょ? いつでも行けるじゃないですか、外国は。それより僕は、文豪の作品に出られるのが嬉(うれ)しいんですよ』
 小次郎は笑う表現として目を細めて言った。
「そうか…。まあ、夏目漱石のアレは名作だからな。主演だし、直接、お前がモノローグ[独白]で語るんだからな」
『そうなんですよ。なかなか遣(や)り甲斐がありそうなんで…』
 小次郎は、まんざらでもないように、口毛(くちげ)を少し動かせた。
 映画[吾輩は猫である]は過去、有名俳優を得て、映画化されたこともあった。だが、猫が語って演技するというのは前代未聞で、CM犬の海君やマルモリのムック君と引けを取らないように思われた。
 クランクインした当日、お抱え運転手として定着した里山は、その朝もまた、小次郎をキャリーボックスへ入れ、オープンロケの撮影現場へ現れた。まずは、顔合わせを兼(か)ねたタイトルバックのワン・シーンの撮影だった。いつの間にか小次郎の車ならぬキャリーボックスは、古びた品から高級品へと楚々とした出世を物語るかのように様変わりしていた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<32>

2015年03月26日 00時00分00秒 | #小説

 夕食後、里山はテレ京の駒井に電話で相談した。
「ははは…、結構なことじゃないですか」
 旅費はもちろん、渡航手続き代なども、恐らく向う持ちだろうから、どんどん出演して下さいと駒井は勧(すす)めた。「ははは…そこはそれ、国営放送ですから。まあ、日本のNHKのようなものです」
 里山は、そうなんだ…と思えた。どうも里山には分からない情報入手の闇ルートが存在するらしい。そう思えた里山は、一端、切ることにした。
「国内ならともかく、国外ともなれば、手続きやらなんやら、いろいろと大変ですから…。しばらく考えるお時間を下さい。あの…そちら様へのご連絡先は? はっ? はい…」
 平田から電話番号を告げられ、里山は連絡先の電話番号をメモった。
「小次郎も、いよいよ国際スターね」
 近くで聞いていた沙希代がフロアの隅(すみ)に横たわる小次郎を見ながら言った。
「まあ、そういうことだ…」
 里山は存外、あっさりと返した。小次郎は、もの凄(すご)いことになってきたぞ…と薄目を開けて思った。
 夕食後、里山はテレ京の駒井に電話で相談した。
「ははは…、結構なことじゃないですか」
 旅費はもちろん、渡航手続き代なども、恐らく向う持ちだろうから、どんどん出演して下さいと駒井は勧(すす)めた。
 この頃になると、小次郎の出演依頼は多岐に渡った。中には映画出演の話もあった。それも猫を主人公とした主演である。題名は言わずと知れた夏目漱石の名作、[吾輩は猫である]だった。
「すみません…。実は映画出演の話が本決まりになりまして、誠に勝手ながら、渡航を日延べにしていただきたいんですが…」
[ああ、構いませんよ、担当にそう言っておきますから。ご都合がついたとき、改めてご連絡下さい]
 BBC特派員の平田は、いとも簡単に了承した。それは困るんですが…とかを言われるだろうと覚悟していた里山だったから、余りのスムーズな展開に拍子抜けしてしまった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<31>

2015年03月25日 00時00分00秒 | #小説

 沙希代は唖然(あぜん)として、電話を切る訳にもいかず途方に暮れた。その様子を遠目で見ていた里山が近づいた。
「どうした?」
 里山の問いかけに沙希代は受話器を指さし、困り顔で里山に突き出した。
「はい! 代わりました。里山ですが、なにか…」
 里山が話したあとに聞こえてきたのは、やはり英語の話し声だった。里山は、こりゃ駄目だ…と即断し、英語で返した。
「 I,m sorry,please say once again [すみません、もう一度、おっしゃって下さい]」
 瞬間、話し声が途絶え、電話向こうで話す二人の遣(や)り取りが聞こえた。
[すみません! 突然…。イギリスからの国際電話です。こちらはBBCの海外特派員、平田と申します。ああ! そちらは夜でしたね。こちらは朝です]
 そんなこたぁ、どうでもいいんだ・・と、里山は細かく話し始めた平田と名乗る男の声に焦(じ)れた。
「はあ、その平田さんが、どういったご用件でしょう?!」
 里山はそこを言いなさいよ! と言わんばかりに少し声を大きくした。いくらか、夜分の寛(くつろ)ぎ時間を邪魔されたイラつきもあった。
「実は、こちらでも小次郎君の話題で、もちきりでして…」
「えっ? イギリスで、ですか?」
「はい。是非とも、こちらの放送にもご出演願えないかと…。実はですね、それだけじゃないんですよ。当方とは関係がない学術関係からの取材も頼まれてるんです」
「…それにしても、よく私の家の連絡先が分かりましたね?」
 里山は不思議に思えた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<30>

2015年03月24日 00時00分00秒 | #小説

「生理的には問題がないようですね」
 研究員がその上司と思われる研究員に言った。小次郎は、なにが問題がないだっ! と怒れていた。散々、アレコレと弄(なぶ)っておいて、問題がないようですね・・はないだろうと腹が立ったのだ。
「先生方! もう、よろしいですか? 小次郎も忙(いそが)しいんで…」
 小次郎の気持が里山に伝わったのか、里山は怒り顔で言った。そう言われては研究員も仕方がない。研究所に留める強制力はないからだ。ここは、ご機嫌を伺(うかが)うしかない・・と判断した。
「あっ! すいません。ご足労をおかけしました。また、連絡いたしますので、ご協力を宜しくお願い致します」
「はあ、まあ…。予定がなければ」
 下手に出られては里山も無碍には断れず、不満ながらも頷(うなず)いた。生物学の論点は小次郎が話せる・・という、その一点に尽(つ)きた。突然変異なのか、はたまた他の原因なのか、進化なのか…と、いろいろな説が世界各国の学者達から噴出していた。今や、小次郎は芸能的な人気に加え、世界で注目される異質の存在になっていた。
 次の日の夜の里山家である。
「はい! あの…申し訳ございません。日本語でお願いいたします。生憎(あいにく)、不調法でして、お話しできませんので…」
 沙希代が手にした受話器から聞こえてきた女性の声はペラペラと捲(まく)したてる英語で、一方的に早口で話す騒々しいものだった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<29>

2015年03月23日 00時00分00秒 | #小説

 娘猫のオッカケはさて置き、過密スケジュールに泣かされていた小次郎だったが、里山に疲れを告げて以降、少し楽になった。週3の収録だったものが2本になり、動物学会研究所への対応も時と場合に応じて断ったから、めっきり減った。小次郎もマスコミに出るのは何とも思わなかったが、研究材料として、唾液、血液、DNA鑑定、CTスキャンなどで弄(いじ)られるのは、さすがに腹が立っていた。なぜ、人間語が話せると言うだけで、こうもモルモット的な扱いを受けねばならないのか、が理解出来なかったのである。普通、あんただってそうだろうがっ! と固定されながら機械操作をする技師を怨(うら)めしく見た。科捜研の女性になら…とは思えたが、武骨な男性技師は御免蒙りたいというのが小次郎の本音(ほんね)だった。
 その、とある動物生態研究所である。
「君は、話せるそうだね…。出来れば、私達とも話してもらいたいんだが…」
 小次郎は白衣の研究者数名に囲まれるようにして実験台の上にいた。場所的な居心地はよくなかったが、里山が傍にいてくれる安心感からか、我慢した。
『えっ? ええ、いいですよ、話しますよ。話しますとも…』
 小次郎は意固地になって研究者達へ返した。
「そう居丈高(いたけだか)にならず、冷静に…」
『はい…』
 小次郎は別に居丈高になどなってない! と少し怒れたが、里山の手前、我慢した。怒らせると何をされるか分からない恐怖感が少しあった・・ということもある。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ③<28>

2015年03月22日 00時00分00秒 | #小説

 里山夫婦が帰ってきたのは夕方前の五時頃だった。とはいえ、冬場の五時はすでに暗く、夜、同然である。
「ほれっ! 美味(うま)そうだろう」
 里山がビニール袋から土産っぽく買ってきた缶詰を数缶、出した。小次郎はその缶詰の表示に注目した。
━ なになに…まぐろ&とりささみ・すなぎも・チーズ入り? こりゃ、かなり高タンパクだな。土産(みやげ)って、近くの店でも売ってなかったかな? ━
 浮かぶ疑惑を振り払い、態々(わざわざ)買ってくれただけでも感謝して、ここは有り難く一応、お礼でも言っておくか…と、小次郎は悟り人ならぬ悟り猫の気分になった。
「どうも有難うございます…」
「いや、なに…。明日のスケジュールはなかったはずだ。ゆっくり味わってくれ」
 里山は満足げに軽く小次郎の頭を撫(な)でながら呟(つぶや)いた。小次郎は、明後日(あさって)からまた派遣社員ならぬ派遣猫か…と、昼の国会中継を思い出して呟(つぶや)いた。今日の国会中継は労働者派遣法の改正案が論点だった。テレビ視聴用のリモコン操作については里山から聞かされていた。ただ、小次郎に限らず、猫の場合、指はあるが形だけのもので、人差し指とかの一本で押すと言う訳にはいかない。そこはそれ、頭がいい小次郎のことだから、その辺も抜かりはなかった。鉛筆より少し短めの専用の棒を拾ってきて、リモコンを押す専用棒として誂(あつら)えていた。口で咥(くわ)え、その棒の先で押すのだ。これで、至って簡単にテレビのOFF、ONやチャンネル切り替えは出来た。


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