水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑えるユーモア短編集-90- 優先順位

2017年03月31日 00時00分00秒 | #小説

 要領よく物事を熟(こな)す人は、優先順位を即座に判断する能力に長(た)けている。たとえば、AとBに同じ一日に幾つかの仕事が与えられたとする。もちろん、その幾つかの仕事は、どの仕事から熟してもいいのだが、Aはスンナリと昼過ぎにはやり終え、Bは夕方になっても出来なかったのである。この二人に言えることは、優先順位の判断力が違った・・ということである。Aにはその判断力があり、Bにはなかったと・・ただ、それだけのことなのだが、半日の時間差を生じてしまったのだ。Aはその半日で美味(うま)い餅(もち)と寿司、高級ステーキ、カレーなどを腹を壊(こわ)すほど鱈腹(たらふく)食べて満足し、Bは夕方になり、ようやく仕事をやり終えたとき、空(す)きっ腹に疲れと不満だけが残った・・ということだ。
 田舎(いなか)物産の常務室である。
「麦田専務派の動きはどうかね、菜花(なばな)君」
「はっ! 今のところ、コレといって目立った動きはないようでございますが…」
「君は、すぐそういう楽観的なことを言う。この前もそんなことを言って、先を越されたじゃないかっ!」
「はあ、あのときは、予想外の出来事がありましたもので…」
「とか、なんとか言って、君は、いつもそうだ…」
 蓮華(れんげ)常務は穏やかな口調で言った。
 こちらは専務室である。
「蓮華常務派の動きはどうなってる、水田君」
「はっ! 今は、このようなことに…」
 水田は麦田専務にIパッドを見せた。そこには常務室で話し合う蓮華と菜花の姿が映し出されていた。
「ははは…どうせ、私らのことを語り合ってるんだろう…」
「どうも、そのようです」
「この前も君に先を越されたからな、菜花君は」
「はい、彼と私の条件は同じだったのですが、幸いにも私の判断の方がよかったようで…」
「いや、そうじゃないんだよ。君の優先順位が勝(まさ)っていたのさ、ははは…」
「と、申されますと?」
「いや、君は知らんだろうが、私のところに送られてきた先方の資料に寄れば、菜花君は数日、遅れていたそうだ」
「そうなんですか」
「ああ、そうなんだよ。優先順位の発想の差が蓮華常務派の先を越した・・ということだ」
 そう言いながら、麦田は穏やかに笑った。ところが、である。蓮華も麦田も、すでに優先順位が遅れていた。その頃、すでに苗代(なわしろ)副社長の社長昇格が社長室で決定されていた。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-89- お偉(えら)い人

2017年03月30日 00時00分00秒 | #小説

 世の中には底辺で生きる人から頂点で生きる人まで、さまざまな人が生活をしている。頂点で生活するお偉い(えら)い人が上から目線で下で生活する人を見た場合、その人は蛆虫(うじむし)に見えることだろう。それは言うまでもなく、語るに落ちた思い上がりなのである。
「私は一介(いっかい)の労働者ですから言える立場じゃないんですが、そうじゃないと思うんですよ…」
 労働組合の組織委員長である川丸は、招(まね)かれた経営委員会の席上、円卓に座る多くの首脳トップを前に、小さな声でそう反論した。会社は経営が行き詰まり、ここは一つ社員達の改善案も聞こうじゃないか・・ということで、川丸はこのお偉い人の席に呼ばれたのだった。
「どうしてだね?」
 お偉い人の一人が上から目線で、そう訊(たず)ねた。
「いや、飽くまでも私の経験から感じた勘(かん)です」
 あちこちから笑い声がドッと上がった。
「ははは…勘かね。分かった分かった。一応、聞いておこう」
 当然ながら川丸の意見は却下された。だが、その一年後、会社は破産宣告をする破目に陥(おちい)って潰(つぶ)れ、管財人による再建委員会が開かれた。その中に川丸の姿があった。多くのお偉い人だった経営者は解雇され、川丸が管財人によって執行役員に推挙された。お偉くなかった川丸がお偉い人になったのである。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-88- すみません…

2017年03月29日 00時00分00秒 | #小説

 百合川(ゆりかわ)は、よく謝(あやま)る男として村役場で名を馳(は)せていた。
「すみません。つい、うっかり…」
「またかっ! 君は、すみません…が多過ぎるっ! 少しは上司の私の立場も考えてくれよっ! 頼むよ、百合川君…いや、百合川さん! お願いしますっ!」
 課長の谷間(たにま)は両手を合わせ百合川に懇願(こんがん)した。次の人事異動が谷間に残された最後の次長昇格へのチャンスだったのだ、翌々年は、めでたく? ぅぅぅ…と残り少ない後ろ髪を引かれながら定年退官を迎える定めが迫っていた。そんな事情で、谷間にとっては今年が最後のチャンスだったのだ。百合川に、すみません…と謝られる凡ミスがまたあれば、恐らく次長候補の選外になることは間違いなかった。
「ははは…大丈夫ですよ、課長。僕は自重しますから」
「どう、自重するんだっ?」
「他の人に代わってもらうっていうか、何もしないようにします。…この言い方もおかしいな。何もしないのは具合が悪いですから、極力、簡単な仕事に徹(てっ)します」
「ああ! そうしてくれっ! いや、そうして下さい、百合川さん」
 二人の間にそんな遣(や)り取りがあって後、しばらく月日が流れた。幸い、百合川がすみません…を口にすることはなかった。そしてこの日、いよいよ運命の人事異動内示の日を迎えていた。しかし、谷間が待てど暮らせど、部長室からの内線電話はならなかった。谷間は、『ダメだったか…』と肩を落としていた。退庁のチャイムが鳴ったとき、ああ…と、谷間は深いため息をひとつ吐(つ)いた。そのときだった。慌(あわただ)しく百合川が課内へ駆け込んできた。
「す、すいません! 課長」
「ど、どうした?」
「部長がさっき課長を呼ばれていたのを、うっかり忘れてました」
「なんだって! そ、それを先に言いなさい」
 谷間は飛ぶように部長室へ急いだ。部長室から出てきたとき、谷間の顔から思わず笑みが零(こぼ)れていた。次長昇格の内示だった。谷間は百合川のすみません…を思い出し、初めて素晴らしい響きだ…と思った。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-87- 地震のメカニズム

2017年03月28日 00時00分00秒 | #小説

 滑川(なめかわ)教授は腕組みをしながら、地震のメカニズムの研究に取り組んでいた。次の日は国営放送の報道特別番組に招聘(しょうへい)されていた教授は、番組で何らかの根拠(こんきょ)を提示しようと模索(もさく)していたのである。
 次の日のテレビ局収録現場である。
「今回、起こりました地域の周辺では多くの細かな活断層が走っておりまして、それが火山活動によって活性化されたものと…」
 教授と同様に招聘されていた地震学者が詳細を科学的に語っていたときだった。
「いや、そうじゃないんですっ!」
 滑川教授は地震学者の発言を遮(さえぎ)った。
「失礼なっ! その根拠はっ!」
 地震学者はキッ! と教授を睨(にら)んで声を大きくした。
「霊動学から申しますと、今回の地震もやはり大魔神の怒りが地を震(ふる)わせたのですよ」
「何言ってるっ! 馬鹿かっ、あんたはっ!!」
「ほっほっほっ…あなたも言われますなぁ~。いいえ、私はバカでもアホでもありません。霊動学者の滑川です…」
 滑川教授は一笑(いっしょう)に付した。
「ど、どういうことなんだっ! せ、説明してみなさいよっ!」
「それは…。そうですな、では語るとしましょう。人の悪いふるまいが一定の限界を超(こ)えますと、大魔神が目覚め、地震を引き起こすのですぞ」
「なんだって? やはりあんたはバカかアホだっ! …なら、その証拠はっ?!!」
「証拠は壊(こわ)れた神社、仏閣・・それに多くの建造物です」
「な、なにいってんだっ! そんなもんが証拠になるかっ!! 私らには活断層という歴(れっき)とした事実があるんだっ!!」
 地震学者は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「まあまあ、冷静に…。その説明を聞きましょう」
 司会役のアナウンサーが地震学者を宥(なだ)めた。
「はい…」
 地震学者は矛(ほこ)を収(おさ)め、声を小さくした。
「では教授、教授がお考えの地震のメカニズムについて、もう少し具体的に詳しくお願いします」
「分かりました…。そもそも、大魔神はそう簡単には目覚めませんぞ。活断層があることも事実です。ただ、活断層は大魔神が地を震わせた結果、生じた地の歪(ひずみ)なのですよ。地震は大陸プレートの移動にともない発生する・・と科学では申します。しかし、霊動学では、引き起こすか引き起こさないかを決断するのは大魔神と考えております」
「なるほど…。で、そのメカニズムは?」
「メカニズムの詳細は至って簡単です。人の行いです。ポイ捨てゴミが地を汚す一定基準を超えれば・・ということになりますかな」
「その一定基準とは?」
「それに関しては、今、研究中ですが、反省が見られない一定の基準があるようですな」
「なるほど…。では、これで報道特別番組は終わります。お二方(ふたかた)とも、有難うございました」
 地震学者は多くを語れず、報道特別番組は終了した。

                             完

 ※ 滑川教授は、私小説[幽霊パッション]に登場した霊動学の権威者で、スピン・オフで登場していただきました。地震で被災されました方々に、平穏な暮らしが一日も早く戻りますよう、祈ってやみません。


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思わず笑えるユーモア短編集-86- 適材適所

2017年03月27日 00時00分00秒 | #小説

 人や物を使う場合、その価値を知り適材適所に配置したり使い熟(こな)せば、より便利になったり効果が現れることは当然だ。そのため、物の場合は分別したり道具を使い分け、人の場合は人事考課[働く職員、社員、工員などの能力の最大効果となる適正な人事配置]をするのである。
「豆岡君、君は知恵の輪を器用にするな…」
 昼休みにデスク椅子で知恵の輪をする豆岡を見て、課長の平崎が歯を楊枝(ようじ)でシーハーシーハーとさせながら感心したように言った。手先が器用だな…と、暗に言ったのだ。
「ははは…課長。これくらいは馴(な)れれば誰でもやりますよ」
 豆岡は謙遜(けんそん)して言った。
「いやいやいや、俺には出来そうにないぞ…」
 平崎はそう言いながら、人事考課をしていたのである。内心では、『こいつは、技術に異動させた方が役立つぞ…人事係長に言っておこう』と思っていた。そんなこととは露(つゆ)ほども知らない豆岡は、得意そうに早くも輪を解(ほど)いて平岡の前へ突き出した。
「お見事っ!」
「いやぁ~それほどでも…」
「ははは…これくらい、仕事が出来ればいいんだがな」
 平崎はダメ出しすることも忘れなかった。
「いやぁ~」
 豆岡は照れて頭を掻きながら、『この人は、この課より営業の方が向いてるな…人事課長の田山に言っておこう』と、内心で思っていた。豆岡と田山は同期だった。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-85- 愚(おろ)かな話

2017年03月26日 00時00分00秒 | #小説

 滝山は小高い天上ヶ山をひと巡りするコースを辿(たど)ることにした。行楽の秋たけなわのシーズンである。入山近くの駅は、紅葉(こうよう)を愛(め)でる目的の観光客で、ごった返していた。滝山は、俺は紅葉目的じゃないんだからな…と無理に自分へ言い聞かせ、人を掻き分けながら山の登山口へと進んだ。ほとんどの人は観光客らしく、麓の紅葉(もみじ)の下で寛いでいて、山へ入ろうなどという者はいなかった。地図があるから、迷うことは、まずないだろう…と滝山は気楽な気分で登り始めた。あとから思えば、それが愚(おろ)かな話だった。生まれもって腹が弱い滝山は、その日は体調がよかったものだから、少し油断していたのである。登り始めた最初の小一時間は順調そのもので、行程のおおよそ3分の1は優(ゆう)に登っていた。これが、まず最初のいけなかった・・である。
『ははは…これなら昼までにひと巡りできるんじゃないか』
 そう滝山を思わせる順調さが仇(あだ)となった。滝山は、のんびりと休憩を取った。リュックの中に、いろいろ食料を入れておいたためか、重くはなかったが、結構、嵩張(かさば)っていた。丁度、買嵩減らしにもなるからな…と滝山はパクついた。これが第二のいけなかっただ。しばらくして歩き出したときは、まだよかった。山頂近くに来たとき、急に腹が痛くなり始めたのである。もう少しで山頂・・とうときだった。滝山の視線に頂上のケルン[山頂などに登山者が大小の石を積んで作る小高い塔]が見えたとき、その痛みは始まった。その痛みは、一歩また一歩と、頂上に近づくにつれ、大きくなっていった。そして、頂上に辿り着いたとき、ついに滝山の我慢の糸は切れ、ダダ漏れ状態となった。人の姿はなく、それがせめてもの救いだったが、着替えは持参していなかったから、下着は脱いで、そのままズボンを履くしかなかった。愚かな話である。
 そんなことで、滝山は作って楽しみにしていた昼の食事も少しだけ食べるに留め、下りを急いだ。これ以上、腹が下っては、笑い話では済まなくなる気がしたからだ。
 着替えは持って出るべきだった…と、帰りの電車に揺られながら滝山は思った。下着は山頂の地面に穴を掘って供養塚とし、小さなケルンとしたのである。ズボンだけが幸い汚(よご)れず助かり、人目のある電車の恥だけは掻かずに済んだが、愚かな話には違いなかった。滝山の愚かな話は、結局、汚いだけの話だった。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-84- 無駄

2017年03月25日 00時00分00秒 | #小説

 よく晴れた日の朝、増川は歯を磨(みが)いたあと美味(うま)い某メーカーのインスタントコーヒーを啜(すす)っていた。一時期、豆に拘(こだわ)るコーヒー通になったこともある増川だったが、論理的な悟りまで達したのちは、インスタントコーヒーへと回帰(かいき)したのだった。なんといっても安価な無駄のなさがいい! とは、増川の論理的な悟りの1.だった。2.は時間を取られる無駄がなく、手早く淹(い)れられる無駄のなさである。豆を焙煎(ばいせん)し、挽(ひ)く・・といった無駄な手間(てま)を楽しんだ時期もあるにはあったが、論理的に無駄を悟ったあとの増川は、その手間自体が無駄な時間だと思えるようになっていた。
 コーヒーを堪能(たんのう)したあと、増川は応接セットの椅子から立ち、また洗面台へと歯を磨きに向かった。そのとき、ふと増川の脳裏(のうり)に浮かぶものがあった。おやっ! 歯は少し前に磨いたはずだぞ…という想いである。それなのに、今また歯を磨こうとしている。これは明らかに時間と手間の無駄だ…と増川は考えを進めた。この発想は理論物理学者ゆえの発想とも思えた。増川にとって、無駄は人生の究極の無駄とも思えていた。人生には限りがある。いくら長寿で生き永らえたとしても、せいぜい100年がいいところだ。200年生きた者など見たことも聞いたことも増川はなかった。だとすれば、限られた人生では無駄を極力、省(はぶ)く努力をするか、すでに出来ている無駄を除去(じょきょ)する他(ほか)はないのである。これが論理的な増川が導き出した結論だった。
 現在、増川は、立って歩きながら食事をする・・という、究極の無駄のない生活を続けている。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-83- 行こうとしたら、また来た

2017年03月24日 00時00分00秒 | #小説

 群川(むれかわ)は行き先を決めない旅に出た。時間に追われることもなく、春先の暑くも寒くもない清々(すがすが)しい陽気の旅である。気分が高揚(こうよう)しない訳がない。
「あの…つかぬことをお訊(き)きしますが、この祠(ほこら)は?」
 行き当たりばったりの駅で下車し、しばらく歩いていると、見かけない祠が群川の目の前に現れた。旅先のまったく知らない地へ降り立ったのだから、それも仕方がなかった。偶然、年老いた村人らしい男が通りかかったのを幸いに、群川は訊(たず)ねてみることにした。
「ああ…猫頭(ねこあたま)さんですかの…」
「猫頭さん? なんですか、それは?」
「ははは…猫頭さんは猫頭さんですがな。この祠の前で手を合わせてお願いをしたあと、頭をグイッ! っと祠に向けて突き出すと、その願いが叶(かな)う・・という有り難い道祖神さんなんですわい」
「なるほど…」
「どれっ! 私も久しぶりに、お願いしてみますかのう。孫の受験が近づいておりましてな…。あなたも、ひとつどうですかいのう?」
「えっ? …そうですね」
「私がやるとおり、なさればいいですけん…」
「はあ…」
 群川は村人がやるとおり、頭をグイッ! と祠に向けて突き出した。やってみたあと、なぜか自分が馬鹿男のように思えたが、旅の恥は掻(か)き捨て・・気分で忘れることにした。
 村人と別れたあと、しばらく散策しながら楽しんで歩き、現れた適当な食事処(しょくじどころ)で腹を満たした群川は、そろそろ別の土地へ行こう…とした。ところが、である。駅へと向かう先ほど来た道を逆に辿(たど)っていると、また同じ場所へ戻(もど)って来るのである。そこは、猫頭さん・・と村人が呼んでいたあの祠だった。その後、二度、三度と繰り返し、群川は同じルートを回り続けた。そうこうして、何度目かにまた祠へと戻ったときだった。先ほどの年老いた男が笑って立っていたのである。
「ははは…どうされた? 行こうとしたら、また来んしゃったか」
「はい。行こうとしたら、また来ました」
「ははは…もう起きなされ」
「えっ?」
 そのとき、ハッ! と群川は目覚めた。まだ夜が明けきっていなかった。群川はその朝、行き先を決めない旅に出ることにした。
 
                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-82- お花見

2017年03月23日 00時00分00秒 | #小説

 いい席が取れたぞ…と、新入社員の山車(だし)は鼻高々に会社へ戻(もど)ってきた。
「いい席、取れましたよっ!」
 さっそく山車は先輩の鉾坂(ほこさか)に、かくかくしかじか・・と自慢げに話した。その途端である。
「馬鹿かっ、お前はっ!!」
 鉾坂は顔を真っ赤にして怒鳴(どな)った。
「えっ?」
 訝(いぶか)しそうに山車は鉾坂を見た。
「場所取りする者(もん)が帰ってきて、どうすんだっ!!」
「ええっ~~! だって、仕事が…」
「馬鹿野郎!! 場所取りは会社公認の仕事だっ!! 今頃、他の者が取ってるぞっ!」
「どうしましょ?!」
「ああっ! どうしましょもこうしましょも、あるかっ! すぐ戻(もど)れぇ~~!!!」
 鉾坂の顔は提灯(ちょうちん)が灯(とも)ったように祇園祭になっていた。春の花見に夏の祇園祭は不似合いである。
「はいぃぃ~~っ!!」
 山車は慌(あわ)てて課を出ていった。
「戻ってくるなよぉ~!!」
 鉾坂は出ていく山車の後ろ姿に大声をかけた。なぜか戻ってくるような悪い予感がしたのである。その日は少し早めに課員達は勤めを終え、買い出しをかねつつ夜の花見に備(そな)える・・というのが、この会社の通例となっていた。
 日没となり、夜の花見は始まったが、この年にかぎって一列横隊の、しらこい花見となっていた。山車が戻ったとき、場所はすでになかったのである。
「す、すみませんっ~~!!」
 夜桜の下、テンション低く花見をする課員達の中を、大声で謝(あやま)り回る山車の姿が見られた。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-81- 程度もの

2017年03月22日 00時00分00秒 | #小説

 物事には程度というものがある。━ 過ぎたるは及ばざるが如し ━ とはよく言ったものだが、程度を超えれば元も子もなくなる。要は程度ものということになる。
『まあ、これだけあれば、なんとかなるだろう…』
 蒲田(かばた)は、行き当たりばったりで旅にでようと思い、取り敢(あ)えず…と、財布に万の札(さつ)を20枚ばかり入れた。
 行き当たりばったりにしては順調な旅が続いた。列車に揺られながら買っておいた駅弁を美味(うま)そうにパクついたまではよかった。ただ、欲張ってはいけないのが程度もの・・ということだ。買い過ぎか…とは一端、思った蒲田だったが、まあいいか…と欲張り、3個買った。そして、よせばいいのに、3個目も食べ始めた。
「ぅぅぅ…」
「どうされました!!」
 隣りの席の乗客は驚いて蒲田を窺(うかが)った。
「急に! 腹がっ…」
 隣りの客は、よく食う客だ…と早口言葉のように思っていたから、そら食い過ぎですよ…と内心では思ったが、そうとは言えなかった。
「すぐ、呼びますから…」
 急いで立ち上がった隣の客は駅員を呼びに行った。運よく、改札で回っていた駅員が近くにいたのが幸いし、蒲田は難を逃(のが)れることができたのである。言わずと知れた急性胃炎だった。まあ、話はよかった、よかった・・でお終(しま)いなのだが、物事は程度もの・・という分かりよい例だ。

                             完


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