水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 代役アンドロイド 第247回

2013年06月30日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第247回)

『そうですの? じゃあ…』
 このとき、沙耶の確信的な推測は完璧に断定化された。三井は疑いなく自分と同じアンドロイドだと…。三井の方はどうかというと、沙耶がアンドロイドだとは特定できていなかった。いわゆる疑心暗鬼の状態で、沙耶の一挙手一投足を探りながら特定している状態だった。メカ的には沙耶の方が一歩進んでいるといえたが、三井には沙耶が持ち合わせていない確実さがあった。先んじる95%の実現性を取るか、あるいは少々、遅れながらも100%の実現性を求めるかの差なのだ。保にも長左衛門にも勝とうとか打ちのめそうとかの気持はないのだから、余計に話が紛らわしかった。
「なかなかの美人だね…」
「ほう、そう思うか。気に入ったのなら話を進めるよう言っておくかのう」
「いや、ちょっと待ってよ、じいちゃん。今俺は、それどころじゃないんだからさ」
「と、いうと?」
「研究室の方がさ、忙しくなりそうなんだよ」
「それとこれとは、話が違うじゃろうが」
「まあ、そうなんだけどね。今は結婚したい気分じゃないんだ」
「そうなのか? …いや、わしは頼まれただけで、無理に、とは言っとりゃせんのだ。安心せい!」
 そのとき、里彩が菓子を頬張りながら、しゃしゃり出た。
「沙耶さんの方がいいのかしら、おじちゃんは…」


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連載小説 代役アンドロイド 第246回

2013年06月29日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第246回)

 手渡された皮鞄(かばん)から、長左衛門は徐(おもむろ)に見合い写真を出した。沙耶が手盆に茶碗を載せてキッチンからやってきた。茶菓子はすでに机上に配置され、準備済みだった。
「このお方なんじゃがな…。どうじゃ?」
 長左衛門は保の前へ見合い写真を広げて差し出した。沙耶はその写真を一瞬、垣間見ただけで、茶碗の乗った茶托をゆっくりと机の上へ置いた。人間なら一瞬では、よく分からないが、アンドロイドの沙耶にはそれで十分で、写った着物姿の女性を映像化データとして解析できるのだ。その女性の年齢、住所、勤務先、名前、性格etc.のすべてが、瞬く間に解析された。しかし、億尾(おくび)にも沙耶は出さない。当然、その情報は三井にもデータ化され分析されていた。
『どうぞ…』
「ああ、すみませんな、沙耶さん」
 そう言うと、長左衛門はゆっくりと茶碗を手にし啜(すす)った。里彩も続いたが、彼女の手はすぐに茶菓子へ伸びた。三井は茶碗や菓子に手を出さない。
『三井さんも、どうぞ…』
「ああ、こいつは日本茶が駄目でしてな、はっはっはっはっ…」
 長左衛門が、しまったとばかりに苦笑いで言い訳した。
『あらっ、そうですか。じゃあ、コーヒーを今、淹(い)れます』
「もう、構わんで下さい。こいつは今、医者に飲食を止められておりましてな」
『はい、ご好意だけ…』


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連載小説 代役アンドロイド 第245回

2013年06月28日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第245回)

アンドロイドなら沙耶と同じで食べることは出来ないから、はっきり分かるという寸法である。
『いらっしゃいませ』
「沙耶さんでしたかな? ナントカいう方のお従兄妹(いとこ)さんの…」
『はい、中林の従兄妹です』
 スンナリと出鱈目が沙耶の口から飛び出した。想定してある対話のリストを話せばいいだけだから、沙耶には簡単だった。とはいえ、三井と沙耶の間では、すでに頭脳戦の火花が散っていた。目に見えない情報戦の火花だから、保や長左衛門達には分かるはずもなかった。長左衛門達は奥の和間へ入った。長左衛門が洋間を好かないことを過去のデータから抽出していた沙耶は、滞りなく和間に準備を済ませていたから、事はスムースに進行した。三井の動きは沙耶とは少し違い、話す表現の硬さとともに所々、不自然な所作があったが、微細だったため、専門家がよほど行動を見続けなければ発見できない程度だった。
『先生、お鞄(かばん)を…』
「おお、そうそう…。今日は勝と育子さんに頼まれたお前の縁談話を持ってきたんじゃ…」
「ええっ!!」
 保は完全に予想を裏切られた。沙耶にしても想定外のハプニングであり、予見検知のデータ外だ。
「おじいちゃま・・おじちゃん、お見合いするの?」
「んっ? おお、保が気に入ればな。ほっほっほっほっ…」
 長左衛門は顎鬚(あごひげ)を撫でつけながら優雅に笑った。手下の里彩にも知らせていない長左衛門の極秘作戦だった。


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連載小説 代役アンドロイド 第244回

2013年06月27日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第244回)

『って、…三井ね?』
「ああ…。そっちは沙耶に任す」
『OK! 分かったわ』
 時を同じくして、長左衛門達を乗せたタクシーが保のマンション前で停まった。
━ ピンポ~~ン ━
「来たか…」
 保は、ぽつりと呟(つぶや)くと椅子を立ち、玄関ドアの方へ向かった。ドアレンズには紛れもなく長左衛門達が立っていた。
「やあ、じいちゃん、来ると思ったよ」
「そうか? 長居をするつもりはないが、この三井のことを詳しく紹介しておこうと思おてな…。こいつは、どうも沙耶さんと話したがっておるようじゃが…。ほっほっほっほっ…」
 長左衛門は豪快な笑いで一蹴(いっしゅう)した。
『いえ、そんな訳でもないのですが…』
 アンドロイドに照れるという感情の起伏はないが、三井は現在に至るデータを分析し、正確な情報を口にした。
「ははは…。まあ、立ち話もなんだから、上がってよ」
 保は場を和まそうと話を切った。
「おお! では…」
 長左衛門が先頭を切って上がり、続いて里彩、三井が続いた。三井の思考回路は、すでに保にはなく、沙耶への対応に向けられていた。その沙耶はキッチンに立ち、料理を作っていた。三井が100%アンドロイドであることを確認するための下地である。三井は、ほぼアンドロイドだろう・・と沙耶は感じていたが、まだ確証は得ていなかったからだ。


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連載小説 代役アンドロイド 第243回

2013年06月26日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第243回)

「岸田君、なんだったら、休んでいいよ」
『先生! ホテルへ戻りませんと…』
「あっ! そうであった。教授、保はそのままに…。待たせた者がありますから急ぎ、ホテルへ戻りますでな」
「そうですか。だ、そうだ、岸田君」
「教授、孫を、なにぶんよろしくお願いいたしますぞ」
「いやいや、こちらこそ。今や岸田君抜きでは研究室が成り立たぬ有りさまでして…」
「わっはっはっはっ…、左様なことはござらぬでしょうがな。では!」
「おじちゃん、またあとからね」
 三人? は入口での会話のみで研究室を出た。
「なんやいな、びっくりしますがな…」
 アフロの後藤が後頭部に手をやり掻き毟(むし)った。当然、辺りにフケの飛沫が乱舞した。それを見た三人のテンションは一気に降下した。後藤のアフロ頭には過去、山盛教授がそれとなく苦言を吐いただけで、誰も髪型について文句を言わないで今に至っていたのだ。教授の苦言で少しは小ブリになったアフロだったが、フケは相変わらず飛び続けていた。だから、後藤のノートパソコンだけが、いつも艶光りしているのは、磨いて手入れした訳ではなく、フケを拭った後の油脂によるものだった。そんなことで、今では誰も後藤のパソコン周辺には近づこうとしなくなっていた。ただ後藤は、性格上まったく気にしなかったから、山盛研究室は円満に続いていた訳である。
「後藤君の言うとおり、私も驚いたよ、ははは…」
 教授が沈んだ室内の空気を拭った。保は一応、謝っておこうと思った。
「どうもお騒がせして、すみません」
「ははは…君が謝るようなことじゃないさ。しかし、君のじいさんはタフだな、ははは…」
 山盛教授は慰めながら嫌味を吐いた。
 教授が言ったとおり、長左衛門はその夜、保のマンションへ来襲した。むろん、里彩と三井を従えて、である。ホテルでゆったりと寛(くつろ)いだ三人? は、夕食を早めに済ませるとタクシーで外出した。便宜上、昼間の研究室では適当な作り話で引き揚げたが、別に待たせる者がいた訳でもなく、戻ってからは物足りないくらい、ゆったり出来たのだった。
「たぶん、じいちゃん達が、そろそろ来るだろうから、心積もりは、しておけよ」
 保も長左衛門の行動は予測できたから守備態勢を敷いていた。いわゆる、目に見えないディフェンス網である。彼らのタッチダウンだけは避けねばならない。
『長左衛門と、その子分か…』
「今回の子分は、これだ」
 保は、そう言いながら指を二本立て、Vサインを出した。


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連載小説 代役アンドロイド 第242回

2013年06月25日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第242回)
『すべては、私の言うとおりにして下されば、それで結構です。お任せ下さいますように』
「分かった。よきに諮(はか)らえ…」
 長左衛門は古めかしい武家言葉でそう言うと、顎鬚(あごひげ)を撫でつけた。三人? は、しばらく通路を歩き、研究室前で立ち止まった。
「では、入るぞ!」
 長左衛門は敵陣に斬り込むような凛とした声で叫ぶように言った。
「はいっ!」
 三井と里彩は釣られて返事した。長左衛門はドアを数度、ノックした。
「はい! とうぞ…。誰でしょうね?」
 但馬はそう言いながら教授の顔を窺うように見た。
「はて?」
 教授は顔を傾(かし)げた。ドアがゆっくりと開き、長左衛門が入り、後ろに里彩と三井が続いた。
「なんだ! じいちゃんか…。どうしたの? おっ! 里彩ちゃんも…」
「おお保! 元気そうで、なによりじゃ!」
「驚いたよ、急に。連絡してくれりゃいいのに」
「ああ、そうじゃのう」
『先生は所用で上京されたのです。少し時間が出来たもので、お寄りになったのですよ』
「そう言う君は誰だったかな?」
 但馬が唐突に口走った。
『私(わたくし)は、先生の書生兼秘書を務めております三井でございます』
「そうそう、そうだったね。…って、今日が初対面だったかな? まあ、どっちでも、いいけどさ」
『初対面でございます』


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連載小説 代役アンドロイド 第241回

2013年06月24日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第241回)
「ほっほっほっほっ…。そう感じたか。改良結果は良好、良好! いやなに、お前がそう感じれば、わしの技術力も未だ捨てたものではない、ということじゃからのう」
 会話をやめ、三人? は館入口の通用門を潜(くぐ)った。
「よしっ! それじゃ、岸田君の線で今後は行こうじゃないか」
 山盛研究室では、保のプレゼンテーションが終わり、教授がGOサインを出したところだった。
「はい!」
 異口同音に三人の声がし、保の飛行車案は正式に山盛研究所の研究対象に決定した。保としては、無事に終わったから、やれやれである。スクリーンに映し出された飛行車のキャド(コンピュータ設計支援ツール)は元々、沙耶が完成させた設計組み立てプログラムだったが、保はそうだとは言い出せなかった。それはともかくとして、研究室は久々に明るいムードに包まれていた。自動補足機のボツで陰鬱になっていた空気が、わずかながらも展望が開けたからである。ちょうどそのとき、長左衛門達はエレベーターに乗り、山盛研究室へ接近しつつあった。
 チ~ンとエレベーターが鳴り、三人? は降りた。
『とにかく私(わたくし)は沙耶さんの動静を探りますから、先生と里彩さんは保さん達に対応して下さい』
 三井はエレベーター前で、そう囁(ささや)いた。
「アンドロイドはアンドロイド同士、人間は人間で、という訳じゃな」
『はい、ご明察でございます』
「よかろう。して、初めに保へどう切り出すか、じゃが…」


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連載小説 代役アンドロイド 第240回

2013年06月23日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第240回)
「…確かに、よう出来てると思いますな。問題は飛ぶか、ですわな」
 後藤が駄目出しした。保は、お前には言われたくない・・と、少し気分を害した。
「そりゃ、そうだが。まあ、飛ばしてみんとな…」
 その後藤に但馬が返した。久しぶりに室内に笑声が溢れた。
 時を同じくして、長左衛門達を乗せたタクシーは、保がいる大学前で停車した。三井は一万円札を運転手に手渡した。
「お客さん、生憎(あいにく)、細かいのを切らしちまって…」
「いいから、取っておきなさい」
「こんなにもらって、いいんですか?」
「わしがいいと言ったら、いいんだ!」
 運転手に長左衛門が威厳のある声で返した。
「そうですか? じゃあ遠慮なく…」
 三人がタクシーから降りると、運転手は愛想のいい笑顔で何度もお辞儀をし、車を発進させた。
「ここは来たことがあるから、ある程度は分かるぞ」
 長左衛門は大学院新館を見上げ。誰に言うでもなく呟(つぶや)いた。
『私(わたくし)は一度も来ておりませんが、綿密に調べてございます。中へ入れば、向かって左側に警備室があり、矢車という老ガードマンが一人、いますね』
「おお! よう調べたのう。上出来上出来!」
「凄いわね! 三井」
『有難うございます。お二人にそう言われますと、少し面映(おもはゆ)く感じます』


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連載小説 代役アンドロイド 第239回

2013年06月22日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第239回)
「お前は苦がないで、いいのう。ほっほっほっ…」
「あら、おじいちゃま。早いわね、おはよう」
「それにしても、ここのホテルのサービス、いいわね」
「そらそうじゃろう。このホテルは、わしのツレの系列じゃからのう。特別待遇になっておるのじゃ」
「そうなの? お得ね」
「わっはっはっはっ…。お得とは上手いこと言う。確かに、お得じゃ。わっはっはっはっ…!」
 長左衛門は豪快に笑い飛ばした。
 二人が三井の先導でホテルを出たのは一時を少し過ぎた頃だった。その前に保側のデータの大まかは三井によって収集分析されていた。保の現在位置や状況などが綿密にデータ化され、対応に最適な行動パターンが組まれていたのである。
「ところで三井よ、保の居場所は分かっておるのか?」
『はい、それはもう…』
「あのう…お客さん、先ほどお聞きした所でいいんですよね?」
 タクシー運転手が後ろを振り向き、不安げに確認した。
『はい、そこで結構です』
 三井が念を押し、長左衛門、里彩、三井を乗せたタクシーは、ゆっくりとホテルのエントランスを発進した。
 その頃、保は山盛研究室で飛行車のプレゼンテーションに立っていた。
「大まかには、ただ今、ご説明したメカニズムですが、設計図面に関しては、お手元の配布資料をご覧願いたいと思います」
「岸田君、なかなかの優れものだと思うぞ。どうだ、君達は?」
「はい! 私も、そう思います」
 間髪いれず、小判鮫の但馬が続いた。


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連載小説 代役アンドロイド 第238回

2013年06月21日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第238回)
「と、言うと?」
『アンドロイドの行動と対応は予測不可能なのです』
「想定外の動きもあり得るということじゃろう。だが、それは人間とて同じじゃがのう?」
『いえ、先生。人の場合は音声認識システムで次の行動はほぼ推測がつくのです。機械の音声システムで発せられた声は推測できないのです』
「…なるほどのう、そういうことか。それは仕方なかろう。わしと里彩でその場はなんとかするとしよう。で、その他は?」
『あとは、すべて私にお任せを…』
「そうか。では大舟に乗った気分で行くとしよう」
 長左衛門は得心したのか、頷(うなず)きながら顎鬚(あごひげ)を撫でつけた。
『すぐに動かれますか?』
「いや、そう急くこともあるまい。里彩もまだ眠っておるし、それにこの時刻じゃ。ちと、早かろう」
『では、昼過ぎにでも…』
「ふむ、そうじゃのう。そう致すとしよう」
 そうは言った長左衛門だったが、三井の思惑は、まったく分からなかった。アンドロイドに内蔵されたマイコンが、考えに考えた挙句の行動と対応設定なのだ。人畜の及ばぬ発想に違いなかった。ただ、保側にも人畜の及ばぬ発想を持つ沙耶がいるのだから侮(あなど)れなかった。かくして、長左衛門陣営と保側の第一バトルが開始されたのである。
「あ~あ! よく眠ったわ…」
 長左衛門が部屋へ戻り、里彩が起き出したとき、八時を少し回っていた。


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