水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

不条理のアクシデント 第八十三話  蟋蟀[こおろぎ]橋  

2014年05月31日 00時00分00秒 | #小説

 時は寛永10年と申しますから、今からおおよそ380年ばかり前のお話でございます。
 秋の夜長、チリリリリリ…と、なんとも風情深く鳴く蟋蟀(こおろぎ)の声が聞こえる橋の袂(たもと)を一人の男が歩いておりました。蟋蟀橋・・この橋の名の謂(いわ)れはその名のとおり、多数の蟋蟀が集(すだ)くところから付けられたそうにございます。空には中秋の名月、空気も澄み渡り、夜風も心地よう吹いて肌を撫(な)でます。男は橋半ばで立ち止りますと、欄干(らんかん)越しの名月を愛(め)でておりました。そのとき、ふと男の背に声がいたしました。
『もし…、つかぬことをお訊(き)きいたしますが…』
 男が誰ぞと振り返りますと、そこには一人の若い美形の娘が立っておるではございませんか。それまで人の近づく気配もなかったものでございますから、男はギクリ! といたしました。しかしまあ、その娘には不気味な気配もいたしませんで、男は平静さを取り戻したのでございます。
「はあ、いかなることに、ございましょう?」
「この辺りに鳥居さまと申す方のお家(うち)はございませんでしょうか?」
「鳥居さまでございますか? 名はなんと申されます」
「確か、忠光さまとか…」
 鳥居は、その言葉に、ふたたびギクリ! といたしました。偶然ではございましょうが、それは自分の名でございました。
「そ、それは、拙者(せっしゃ)でございますが…」
「さようでございましたか。あなた様はいつも、この辺りをお通りになられてございますね」
「ははは…あなたの目汚しになりましたかな。左様、ここは登城への近道でございますので。…して、ご用の向きとは?」
 鳥居は自分をよく知っている者だ…と思いましたが、その娘には一面識もございません。
「この橋が架けかえられるそうにございますが…」
「ほう、内密の話を、ようご存知で…」
 鳥居は2千石の旗本でございました。
「風の噂(うわさ)を耳にしたまでのことでございます。そうでございましたら、どうか、堤の草原(くさわら)はそのままに願いとう存じます」
「いかなることに、ございましょう?」
「訳はお訊き下さいますな。どうか、私の命に免じて…」
 そう言いますと、その娘の姿は幻(まぼろし)のように闇の中へと消えたそうにございます。鳥居はゾクッ! と寒気(さむけ)を覚えました。そら、そうなりましょうな。夏こそ過ぎておりましたが、怪談を聞いたのではなく、鳥居は今風に言います、オカルトの実体験をしたのでございますから…。
 さて、鳥居がその場を立ち去ろうとし、足元を見たときでございました。足元には一匹の蟋蟀が死に絶えております。おお! これは…と、男は恐怖のあまり身震(みぶる)いし、一目散に駆けだしたそうにございます。その後、橋は架けかえられましたが、堤の草原はそのままになったと伝えられております。
 まずはお粗末ながら、怪談 含(ぶく)みの蟋蟀橋、由来の一席、お後(あと)がよろしいようで…。

                                       完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不条理のアクシデント 第八十二話  寂[さび]れ街

2014年05月30日 00時00分00秒 | #小説

 片崎は、おやっ? と首を捻(ひね)った。折角、遠出して買いに来た店が見つからない。自転車を約30分ばかり漕(こ)いで、ようやく目的の店付近まで来たには来たのだ。片崎は自転車を一端、降り、道路マップを広げた。間違ってはいなかった。
━ やはり、この辺りだ… ━
 と、片崎は記憶を辿(たど)った。そして、やはり、ここだ…と確信した。そこには、一軒の大衆食堂があった。うっすらと灯りが漏れ、営業はしている風だった。ただ、周辺の店のシャッターは、ほとんどが閉ざされていた。辺りはどことなく憂(うれ)いを含み、不気味だった。その佇(たたず)まいは、以前、来た活気ある街の面影ではなかった。片崎は少し怖(こわ)くなってきた。すでに午後四時を回り、冬の日は暮れ始めていた。通行人が誰一人としていないのも、少し気がかりだった。ああ…今日は商店街が定休日か! と感じ、気分が少し落ちついた。片崎はともかく、大衆食堂に入ろう…と思った。店で訊(き)けば、その辺の事情も分かるだろうし、昼から何も口にせず、腹も減っていた。
「あのう…すみません!」
 店の中には、やはり人の気配がなくかったから、片崎は思わず声を出していた。
「はい、お待たせしました。 ご注文は?」
 店の奥から暖簾(のれん)を潜(くぐ)り、急に飛び出してきたのは顔が蒼白い初老の男だった。感じからして、どうもこの店の主人に思えた。
「チャーハンときつねうどんを…」
 あとあと考えれば妙な組み合わせなのだが、片崎の口は勝手に動き、食べたい品書きを選んでいた。
「はい! 少しお待ちを。なにぶん、一人でやってますんで…」
 まあ、そんな店は今どきあるな…と得心し、片崎は頷(うなず)いた。主人風の男は、あっ! と小さく声を出し、慌(あわ)てて暖簾へスゥ~っと駆け込んだ。片崎はなに事だ? と訝(いぶか)しく思った。男は、しばらくすると、水コップと茶を淹(い)れた湯呑みを盆へ乗せて戻ってきた。
「あのう…、この近くに竹山洋品店ってありませんでした?」
 水コップと湯呑みをテーブルへ置く男に、片崎は訊(たず)ねいていた。
「竹山洋品店? ああ! そういや、ありましたな。この先、二軒向こうです。今はもう、取り壊(こわ)されてありませんが…」
「ああ、そうでしたか…。それにしてもこの商店街、静かですね。今日は休みですか?」
「いいえぇ~、今日もやってますが」
「えっ?! ほとんどの店は閉まってますよ」
「ははは…お客さん、ご冗談を! 全店、開いてるじゃないですか。今日も人で大 賑(にぎ)わいですよ!」
 冗談はあんただろ! と片崎は怒れたが、グッと抑(おさ)え、外の様子を窺(うかが)った。やはり、人の気配は一切せず、アーケード街は静まり返っている。
「お客さん、この街、なんて言うか知ってます?」
「いや、一度、来ただけですから…」
「寂(さび)れ街って言うんですよ、フフフ…」
 薄気味悪く哂(わら)うと、男はスゥ~っと霞(かすみ)のように消え失せた。そのとき、片崎はゾクッ! とする冷気を肌に感じた。その男は二度と片崎の前へ現れなかった。片崎は走り出ると自転車へ飛び乗っていた。
 数日後、街の情報が得られた。商店街は一年前から閉ざされていた。時折り、幽霊が出るともっぱら評判で、人々は寂れ街というようになっていた。片崎はふと、男の言葉を思いだした。
『寂(さび)
れ街って言うんですよ、フフフ…』
 片崎は冬に怪談かよ…と、別の寒気(さむけ)を覚えた。

                                  完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不条理のアクシデント 第八十一話  未完  

2014年05月29日 00時00分00秒 | #小説

 彫刻刀を握る深山の手が止まった。
「どうも納得が出来ない…」
 ポツリと深山は呟(つぶや)いた。深山が手にする完成近い木像は誰が見ても出来がよい仏像で、普通に市販しても十分、買い手がつく品に見えた。だが、深山は今一つ納得できなかった。彼はジィ~~っと手にした仏像を眺(なが)めながら、フゥ~っと溜(た)め息を吐(つ)くのだった。その木造は、どう見ても未完だった。というのも、苦心した挙句、施(ほどこ)した肝心の光背が取り外せるのである。仏の有難さを象徴する光背の光が消えたり輝いたりする仏は、有り得ないのである。すなわち、深山が手にした木像はただの未完の木彫(きぼ)り像であり、仏像ではないことを意味していた。
 深山は完成した仏像を持ち、大仏師の久松草琳に入門しようと考えていた。だが、手にした仏像 紛(まが)いの自作は、とても堂々と門を叩ける代物(しろもの)とは思えなかった。というか、未完きわまりない粗悪品に見えていた。深山は自己嫌悪に陥(おちい)っていた。深山はほぼ完成した未完の木像を部屋の片隅へ投げ捨てた。部屋の隅にはそうした未完の木像が何体も積み重ねられていた。
━ なにが足りない… ━
 深山は頭を抱(かか)えたが閃(ひらめ)きの兆(きざ)しは訪れなかった。一睡もしていない深山は、いつしか深い眠リへと誘(いざな)われていった。ふと目覚め、深山が見上げた窓ガラスの向こうでチチチッ! と小鳥が囀(さえず)った。そのとき、深山にある思いが閃いた。手間はかかるかも知れない。だが、本体と台座、光背までを一木で作ろう…という思いだった。
 一年後、深山が刻んだ木像は、もはや未完の木像ではなく、紛れもない完成した仏像だった。深山が最後の彫眼を施し終えたとき、不思議なことに窓から、ひと筋の光輪が仏像へと射し注(そそ)いだ。
「…」
 深山の口元に一瞬、安堵(あんど)の笑みが零(こぼ)れた。
 深山は現在、深山舟景と名乗り、仏師として全国的に活躍している。

                                   完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不条理のアクシデント 第八十話  買いだめ

2014年05月28日 00時00分00秒 | #小説

 地方スーパーの三色堂は消費税値上げの駆け込み需要で混雑するほど賑(にぎ)わっていた。
「お、押さないでください! まだ在庫は十分にありますっ!」
 課長の平畑は入り乱れる客の誘導に必死だった。その客の一人、真佐江は今年で52になる中年女性である。というよりは、中年のおばさんと呼ぶのが相応(ふさわ)しいような厚かましさが、いつの間にか彼女の身に染(し)みついていた。
 真佐江は店の売り場のアチコチで、種々の品を買いだめていた。ひと目見て、そんなものを買ってどうするの? というものまであった。駐車した車はそれらの品で溢(あふ)れ返り、今日も真佐江は家と三色堂をすでに三往復していた。区役所に勤める夫の耕田は部長で、取り分けて真佐江が暮らしに困ることはなかった。それが理由ではなかったが、どういう訳か真佐江は買い癖(ぐせ)がついていた。無性に買わずにはいられない・・という癖である。他にすることはないのかと、夫の耕田を陰で愚痴らせていた。それが、この消費税値上げの駆け込み需要で、一気に火がついたのである。メラメラと燃えさかる購買欲の炎は、真佐江を人間から離(はな)れさせた。買い物に動き回るその姿は、もはや人間ではなく怪獣そのものだった。
「そ、それも!」
「えっ? そんなに買われるんですか? 先ほども買われましたよ」
「いいんです! いるんですから…」
 真佐江は意固地になって叫んだ。その叫び声の大きさに、他の客は一斉(いっせい)に真佐江を見た。真佐江は、とり乱した自分に気づき、自重した。
「そりゃ、そうでしょうが…」
 対応する平畑は困り果て、あんぐりとした。
「買うといったら、買うんです!」
 そこまで言われ、平畑の闘争心に火がついた。他の店員も見ている手前、メンツもある。平畑の声が少し強く変わった。
「先ほどでトラック一台分ですよ! 他のお客さまのご迷惑にもなりますから…」
 真佐江にも意地がある。
「もう、いいです! メーカーから直接、買いだめしますから!!」
「うわぁ~~っ!!!」
 周囲の客から、一斉に驚きの声が上がった。平畑もその中の一人になっていた。言った真佐江もその中の一人で、慌(あわ)てて自分の口を手で押さえた。

                                   完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不条理のアクシデント 第七十九話  それでも…  

2014年05月27日 00時00分00秒 | #小説

 もう、やめよう…と思いながらも、自分を説得するまでには至らず、今日も岩崎は自動車教習所へ通い続けていた。試験に落ち続けて数十年、これはもう、はっきりいってギネスものだ…と、弘志自身にも思えていたし、心身ともにこの件では疲れ果てていた。
「お金も馬鹿にならないし、それでブレザーとか買った方がいいんじゃない」
 妻の浪江は、そう言いながら渋い顔で岩崎に教習料の入った袋を手渡した。
「ああ…」
 岩崎が受け取るときの決まり文句である。
「そうだ! 旅行がいいわ、旅行よ! 旅行にしましょ、ねぇ~~」
 浪江は、一端、手渡した教習料の入った袋を岩崎の手からもぎ取った。岩崎がアッ! と言う間もないほどの出来事で、一瞬の隙(すき)だった。いや、手渡さなかったかも知れない…と、岩崎は後日、思った。妻の手が伸びた瞬間、自分は取り返さず無力に手放したんだ…と気づいたのだ。岩崎の心は正直なところ、完璧(かんぺき)に疲れ果てていた。疲れ果てた結果、その金が瞬間、無駄に思えたのだ。
 それでも…と思うでもない何ものかが岩崎にはあった。岩崎はふたたび教習所へ現れていた。両脚が勝手に岩崎を教習所へと向かわせたのだった。
「ああっ、プレーキ!! 岩崎さん! もう…」
 相変わらずの危うい運転に、同乗している教官の堀田は呆(あき)れ声を出した。車庫入れしようとしていた教習車が、危うくフェンスに激突しそうになったのである。慌てて岩崎はプレーキを踏み、その場は事なきを得た。
 そして、仮免の日がまた巡った。車の危険を避けるため・・ということもないのだろうが、いつの間にか岩崎の順番は最後に決まっていた。その日も順々に入所している受験者は受け終わり、最後の岩崎の番が巡った。
「岩崎さん! 軽くねっ! 軽ぅ~~く行きましょ!」
 堀田は力なく、小さく言った。どうも、おぼつかない…という潜在意識があり、危機意識のある声だった。それもそのはずで、岩崎が走った過去の仮免で、車が傷(いた)まないことはなかったからだ。堀田は、どうせまた当てる…という危機意識があり、被害を最小限に食い止めようとしてる向きが、なくもなかった。
「はい…」
 岩崎は素直に言った。その日は偶然、桜が満開で、晴れ渡っていた。奇跡は突然、訪れた。岩崎は別人のように滑らかな走行を開始したのである。S字カーブ、縦列駐車、サイド合わせ、車庫入れ…すべてがスンナリと上手(うま)く終わり、教習車は元の位置へ戻った。堀田は唖然(あぜん)として岩崎の顔を窺(うかが)った。
「… 岩崎さん、どうかされましたか?」
「いえ、別に。それでも…と、思っただけです」
「それでも?」
「どうせ今日も駄目だろうと思えました、しかし、それでも…と」
 止めた教習車の中で、しみじみと岩崎は言った。
「それでも、ですか…」
 しみじみと、明るく堀田は返した。
 しばらくして、合格者番号が告げられた。最後は堀田の番号だった。それ以降、岩崎はすべての失敗を諦(あきら)めないことで成功を手にしていった。
 免許を取った岩崎は今、中古でボロボロの車に乗っている。だが彼は、それでも…と、高級車を夢見て乗っている。

                                  完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不条理のアクシデント 第七十八話  振り出し  

2014年05月26日 00時00分00秒 | #小説

 ここは未来のとある工業専門学校[工専]である。浩紀、民夫、友也の三人がゲーム部の部室で試作機の双六(すごろく)をやり始めた。
 双六は順調に進行し、白熱していった。浩紀が意気込んでコンパクト受像ボックスのサイコロ・ボタンを押した。点滅ランプが一回転するとサイの目が1~6の六通りに表示されるシステムだ。3の目を出せば上手(うま)く上がれるが、2の目だと土壺へ嵌(は)まり、振り出しへ戻(もど)されることになる。
 サイコロ・ボタンを押した浩紀は、止まった瞬間、サイの目を注視した。民夫と友也も、それぞれ手にするコンパクト受像ボックスに見入った。受像ボックスの中を色光の点滅で一回転して止まったサイの目は2だった。瞬間、浩紀の姿は消え失せた。
「ははは…残念でしたっ!」
 民夫が愉快そうに両手を叩(たた)きながら言った。友也は、腕組みして眺(なが)めるばかりで、はしゃぐことはなかった。浩紀は民夫の愉快そうな音声を聞き、腹立たしい気分だった。試作機の実験ゲームなのだから腹立たしくなるのは本来、変なのだ。だが、もう一歩で上がれた…とも考えられ、悔(くや)しくなる浩紀だった。ただ、民夫の姿は見えないから、浩紀は意固地になるほど腹立たしくはなかった。
 この双六ゲームは三人が新しく考案したもので、参加者が個々に人類平和のバーチャル・リアリティを体験できるゲームである。終戦の1945年を振り出しのスタートとして、上がりまでが五年単位でひと目ずつ作られていた。95年後の2040年の上がりまで、五年ずつ目はあった。もちろん、途中で2目戻る、とか3目進むとかも作ってあった。その理由もそれぞれ考えて三人は作っていた。あとは、すべてがコンビューター思考によって作られるバーチャルな映像と音声の世界である。浩紀が出した振り出しへ戻るは、[戦争に巻き込まれて振り出しへ]と理由づけが入力された。ゲームのバーチャル幻想体験システムは既成のソフトを使用して作られていた。ゲーム中は、コンパクト受像ボックスを片手に対戦者同士がそれぞれの幻想体験空間に移動し、通話し合う・・という進行である。サイは順に別空間で振る、一人が上がればゲーム・オーバー・・という基本ルールである。
 浩紀は遥か過去の、まだ自分が生まれてもいない1945年という終戦直後の日本へ現れていた。辺りは一面、未体験の焼け野原だった。こんな時代があったのか…と浩紀は思った。バーチャル映像は人物が存在ゼロの設定で作られていたから、バーチャルな人物に危害を加えられたり話しかけられたりするという映像上の心配はなかった。ただ、音声だけはその時代を再現したからリアル感が楽しめた反面、怖(こわ)さもあった。
『日本は再軍備をし、某国から攻撃を受けたのです…』
 振り出しへ戻された浩紀はバーチャル音声を聞きながら、描き出された焼け野原に佇(たたず)んでいた。
「さて、次は俺だな!」
 民夫は2010年にいた。つい最近である。ビル群の屋上の一角に民夫は現れていた。その映像は1965年にいる友也にもコンパクト受像ボックスを通して見られていた。民夫はサイコロ・ボタンを押した。出た目は6だった。瞬間、民夫の姿は消え、ふたたびその姿が現れたのは上がりの2040年だった。
『おめでとうございます、民夫さん! 上がりです。よって、参加された皆さま、このゲームはゲーム・オーバーとなります! 楽しんでいただけたでしょうか。では、私はこれで失礼いたします…』
 バーチャル音声が静かにフェード・アウトした。三人は、驚きのあまり茫然(ぼうぜん)自失になった。2040年・・コンピューターによって描き出されたバーチャル映像の上がりは、振り出しの映像とほとんど変化がなかった。民夫が現れた辺りは一面、焼け野原だった。

                                    完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不条理のアクシデント 第七十七話  声が聞こえる

2014年05月25日 00時00分00秒 | #小説

 視力を不慮の事故で失った田井中は、スーパーの買物へ行くため、その日も盲導犬のぺスを連れて歩道を歩いていた。ぺスは生後4才になるラブラドール・レトリーバーの温厚なメスである。田井中が住む街は障害者対策に熱心で、都市整備がされていた。至る所がバリアフリー化され、田井中も大層、助かっていた。
 田井中が歩道を歩いていると、ぺスが突然、止まった。当然、連れている田井中も止まったが、いつも通る一本道のはずだから障害物はないはずだった。田井中は、おやっ? と思った。
「どうした、ぺス?」
 ぺスに語りかけたが、いっこうに動こうとしない。田井中は少しリールを引っぱった。だが、ぺスはやはりビクとも動かない。そして、低い唸(うな)り声を小さく出している。田井中には、その声が聞こえた。そのときである。
『あのう、もし…。田井中さんでいらっしゃいますか?』
 急に田井中へ語りかける女の声がした。妙だ…人の気配はなかったはずだが…と田井中はビクッ! と思った。いつもなら、後ろ、対向、左右の横から・・と、人が近づいたとき、田井中は馴(な)れでその気配を感じられるようになっていたからだ。事故後、20年の歳月が流れていた。それが、今日はまったく感じなかったのである。
「あの…、どちらさまで?」
 田井中は、声がした方向を向くと、静かに訊(たず)ねた。
『私です。お忘れになりました? いつやら同じクラスになった石橋です』
 石橋? ああ! ブリジストンか…と田井中は思った。あの頃、クラスでは美人でマドンナ的な存在だった石橋についた渾名(あだな)だった。その彼女の声が聞こえるのだ。だが、彼女は病死したはずだ…と、田井中は少し怖くなった。
「はあ、石橋さんは知っております。でも、あの方はご病気で…」
 田井中は口 籠(ごも)った。
『ええ、確かに死にました。でも、病気じゃないんです…』
 しくしく…と寂しげになくその女の声が田井中の耳に聞こえた。田井中はゾクッ! とした。いつの間にか、ぺスは唸るのをやめていた。
『私、ここで轢(ひ)かれて死んだんです…』
 そういや、石橋と名乗る女の声は若い声だった。田井中と同(おな)い年なら、初老のはずだからである。
「あ、あの私、道を急いでますので…」
 少し震える声で田井中は、そう言った。
『ごめんなさい。お止めするつもりじゃなかったんです。ただ、あなたに死の影が見えたもので…。この先の信号、注意して下さいね』
 そう呟(つぶや)くように告げると、女は押し黙った。そして、冷んやりとした
風が田井中の頬(ほお)を掠(かす)めて流れ去った。次の瞬間、ぺスがワン! と大きくひと声、(ほ)吠えて動き始めた。田井中はふたたび、引っぱり動かされるように歩いていた。なんなんだ、いったい…田井中の頭は錯綜(さくそう)していた。恐怖心は幸い、目が見えないことで小さかったが、声が聞こえた薄気味悪さに変わりはなかった。
 しばらくすると、横断歩道があった。信号は田井中には見えなかったが、ぺスの利口さで停止し、また動き始めた。信号が変わった…と田井中は感じた。そのとき、信号無視した車が一台、田井中の後方を掠めて走り去った。もう少し田井中が遅れて渡っていれば、激突死するところだった。間一発で助かったのである。石橋と名乗った同級生の女の忠告は嘘(うそ)じゃなかった…。そう思うと、田井中は信号で両脚が凍りつき立ち止っていた。ぺスがリールを引っぱって田井中を催促した。
『よかった…』
 どこからともなく、女の小さな声が聞こえた。田井中はゾクッ! と身震(みぶる)いし、先を急いだ。

                                 完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不条理のアクシデント 第七十六話  手順前後

2014年05月24日 00時00分00秒 | #小説

 優先順位を間違うと手順前後となり酷(ひど)いことになる。
「パパ! 早くしてよ!」
 トイレの前で地団駄を踏んでいるのは今年、小学校三年になった悠基だ。
『ああ、もう出る。あと五分! 頼む!』
 パパの等がトイレ内から小声で言った。そこへ、美希が廊下を通りかかった。キッチンへの通路だから仕方がない。
「あなた達は、いつもそうなんだから…。二人ともいい加減にしなさいよね」
「ママは、そう言うけどさ~。パパ、長すぎるよぉ~」
 悠基は通り過ぎた美希の後ろ姿に言葉を投げた。美希は無視してキッチンへ消えた。
『いやぁ~、すまん、すまん…』
 等が呟(つぶや)くように謝(あやま)り、その日の朝は無事、終息した。
 小学校である。チャイムが鳴り、放課後になった。悠基はランドセルを背負うと退校した。今日は入っている将棋部の部活がない日なのだ。
「ははは…、そりゃお前さ、手順前後だよ。この前、それで僕、負けたんだ」
 同じクラブの彰則と連れだって、悠基は通学路を歩いていた。
「どういうこと?」
「お前が先に入れるよう動けばいいだけのことだよ。トイレで待つ前、お前、なにしてた?」
「トイレで待つ前ね…。トイレで待つ前は確か、洗面所で歯を磨いてた」
「じゃあ、トイレに行ってから歯を磨きゃいいじゃないか。手順前後、手順前後!」
 彰則は笑いながら朗(ほが)らかに言った。
「ああ、そうか…」
 次の日の朝、さっそく悠基は手順前後で実行した。よく考えれば、汚い話ながら健康的には出すモノは早く出さないといけないのだ。保健で習った快眠、快食、快便は健康の三種の神器? いや、そこまではいかないか…と、悠基は虚(うつ)ろに巡った。
 功を奏して、トイレは悠基が等を制した。
「ヨッシャ!」
 悠基はガッツポーズをして中へ躍(おど)り込んだ。やれやれと思ったのも束(つか)の間(ま)、トイレット・ぺーパーが切れていた。慌(あわ)てて出て悠基はトイレット・ぺーパーの収納場所へ向かった。そのとき、逆方向へ向かうひとつの影があった。対向しない通路を等はトイレット・ぺーパーを手に進んでいたのである。結局、悠基は等に先を越された。
「そりゃお前、準備不足だよ。棒銀もいいけどさぁ~。矢倉、美濃、袈裟囲いとかの形を作らないと…。森田さんに訊(き)いてみな」
 森田さん? 冗談だろ、あんな超有名なプロ棋士に訊ける訳ないだろ! と彰則に小馬鹿にされたようで、悠基は少し怒れた。将棋部長の彰則はプロ棋士を目指していたから、よく考えればそれも理に叶(かな)っていた。彰則は悠基より格段、棋力が優(すぐ)れ、言い返せなかった。
「準備不足か…」
「ああ。準備も、する、しないでは手順前後に影響するんだよ」
「なるほど…」
 その夜、悠基は手順前後の夢を見た。トイレの前で等と対峙(たいじ)して正座し、将棋盤をお互い睨(にら)みあっている夢である。
『ありません…』
 悠基が投了を小さく告げた。
『では、お先に…』
 等は静かにそう告げると、徐(おもむろ)に立ち上がってトイレの中へと消えた。悠基は急に便意に襲われ立ち上がって地団駄を踏んだ。そのとき、悠基は、ハッ! と、目覚めた。現実でも便意が襲っていた。辺りはまだ早朝の気配で薄暗い。悠基はトイレへ急ぎ、駆け込んだ。どういう訳か薄暗いトイレの隅に、ないはずの将棋盤が置かれていた。

                                  完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不条理のアクシデント 第七十五話  涙舟  

2014年05月23日 00時00分00秒 | #小説

 その日も渡し舟は向こうの河岸へと通行人を運んでいた。舟は船頭以外に五人乗れる程度の小舟だ。向こう岸が見える所に設けられたこの渡し場は、地元では遠い昔から涙の渡し・・と呼ばれていた。片道10分もかからない川巾(かわはば)なのだが、どういう訳かこの川には橋がなかった。なんでも、悲しい言い伝えがあるとかで、橋を架(か)ける話は幾度もあったようだが、地先の賛同が得られず、結局、架けられないまま、今の時代に至ったそうである。
「おぅ~~い! そこの人! 乗って下さいよ。もう出ますから~」
 年老いた船頭は、待合所から出ない若い女の乗客に声をかけた。二人乗ったのだが、もう一人が乗らないのである。いつも見ない妙な客だ? と首を傾(かし)げながら、年老いた船頭は百円を二人からそれぞれ受け取った。
「あんたら、あの人、知ってなさるか?」
 船頭は二人に訊(たず)ねたが、「さぁ~?」と首を傾げるばかりだった。声は聞こえる距離なのだから、女には聞こえているはずなのである。その女はやはり待合所から出ようとはせず、泣きながら無言で船頭に頭を下げるばかりだった。陽はすでに山向こうに沈んでいた。夏場の生暖かい風も吹き、船頭はその若い女にどこか薄気味悪さを感じた。これで今日は終わろう…と船頭が思った矢先のことだった。煮え切らない女に、船頭は待っていても埒(らち)が明かないから、もうひと声かけて出そう…と決意した。
「もう、出しますぞぉ~! この舟が最後ですぞぉ~!!」
 大声で呼んだが、やはり女は涙顔でお辞儀するばかりだ。そうか…客とは限らんか…と、船頭はふと気づいて、舟を出し、櫂(かい)を漕ぎ始めた。川半ばまで来たとき、中年の乗客の一人が、ポツリと口を開いた。
「そういや、亡くなったばあちゃんが、いつやら言ってたなぁ~」
「えっ? 何をです?」
 船頭はギィ~ギィ~と漕ぎながら、その中年男に訊(き)いた。
「いやぁ~、怖い話なんで、よしますよ」
「そう言わず、聞かせて下さい」
 船頭は、せがんだ。
「ああ、俺も聞きたいな」
 もう一人の乗客の青年も、せがんた。辺りには夕闇が迫っていた。
「そうですか、それじゃ…。なんでも、この舟は涙舟と呼ぶんだそうです。それに、涙の渡しと名づけられたのには、いわれがあるようなんです。遠い昔、この渡しで帰らない男を待ち続けた女が、とうとうそれを苦に身投げをしたんだそうです」
「ほう! その話は私も初耳ですな」
 年老いた船頭も、そんな逸話があったとは知らなかった。漕ぐ櫓の軋(きし)む音がギィ~ギィ~と妙に気味悪さを高める。
「も、もう、いいです!」
 青年が話を止めた。そのとき、薄闇の中をフワァ~と人魂(ひとだま)が舟めがけて近づいてきた。
『今、私の話をされてましたぁ~~?』
 いつの間にか乗客がひとり増えていた。待合所にいた女が蒼ざめた顔で乗っていた。女は長い髪を掻(か)き上げながら、冷んやりとした声で呟き、三人を見つめた。
「ギャ~~!!」

 ハッ! と登は目覚めた。深夜の四時前だった。登は、びっしょりと冷や汗を掻いていた。寝る前に読んだ百物語のせいだ…と思った。起き上がった登は身体を拭(ふ)こうと部屋を出た。そのとき部屋の中へ登が夢で見た女がスゥ~っと現れ、髪を掻き上げながら薄気味悪くニヤリと笑った。

                                    完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不条理のアクシデント 第七十四話  集光発電所  

2014年05月22日 00時00分00秒 | #小説

 西暦2350年、化石燃料の枯渇により人類は深刻なエネルギー危機に見舞われ、新たなエネルギーを得る必要に迫られていた。特に、それによる電力の不足は全世界の人々の生活を危うくし、一刻の猶予(ゆうよ)も許されぬ事態に立ち至っていたのである。そのため、世界の知識人達は新たに建設された地球連合ビルで一堂に会し、地球語による会議を開催していた。地球語は世界のどの国でも通用する地球共有語として共同研究され完成したものである。この地球語は、西暦2150年から各国域[西暦2014年現在の国家単位ではない]の学校で必須教科に取り入れられていた。そして、全学生が地球語を修得することが義務付けられるようになって幾久しかった。その会議で、ついに人類は全世界が一丸となりこの一大プロジェクトに着手することを決議した。その方法は、今年度、ノーベル化学賞を受賞したクラック・エリプトンの新理論、集光発電の実践定義によってである。世界七大陸に一ヶ所ずつ、計七ヶ所の集光発電所が建設され、完成の日の目を見たのは、それから20年後の西暦2370年のことだった。この構造は、端的(たんてき)に言えばオリンピック開催のため、ギリシャ神殿で採火される採火の方式に酷似していた。要は、その形式と規模を拡大させたものである。熱反射鏡の建設には用意周到な事前準備が必要となった。まず、作業員の安全性の確保のため、太陽光線の直射熱を避ける巨大ドームが作られ、その中で円錐型の反射鏡は完成していった。発電所には変電所も不可欠である。当然、それらも整備された。
「これで、ようやく我が家も安心だ…」
 部屋の宙にプカリプカリと浮かぶエアーマットに寝そべりながら、生存番号1824367251号の平松康司は古きよき時代の飲み物、カブチーノをしみじみと味わっていた。50年前から地球に生存するすべての人々に番号制が敷かれていた。もちろん、過去に使用されていた各国域での名前は、そのまま認められていたが、パスポートやビザは、すでに廃止され、法整備も全世界共通の法規に統一されて久しかった。政治や検疫システム、通貨など、ありとあらゆる世界を分け隔(へだ)てた地域格差は、すでにこの頃、消滅していた。科学の発展が宗教の迷信を凌駕(りょうが)し、民族間の偏見や紛争、戦争も過去の馬鹿げた茶番劇として、時折りアーカイブ映像で流れる程度だった。

「康司! 起きなさいよ!!」
 肩を揺すぶられ、ベッドで眠っていた康司は目覚めた。目の前には母親の照代が怒り顔で立っていた。康司は、どうも夢を見たようだった。昨日(きのう)夜、テレビで流れていた某局のエネルギー討論会を観続けた影響か…と、康司は、ぼんやりと思った。ただ、誰も気づかないベッドの暗闇の下に、康司が見た夢のエア―マットが、ひっそりとあった。

                                   完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする