水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 代役アンドロイド 第278回

2013年07月31日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第278回)
それには、非常事態に際して緊急着陸、さらにそれが不可能な場合、上空での緊急脱出出来るシステムを含んでいた。すべてを捨てても人命優先で最高の安全性が担保されることが求められるのだ。
「ともかく、明日は100%に近づけよう!」
 缶ビールのプルトップを抜いてグビグビと半分ほどを一気に飲み、一端、起きた但馬は、応接セットの長椅子にふたたび横たわった。ベッド代わりの長椅子だ。
「岸田君、もう眠ったか?」
「いえ…」
「ともかく明日は、100%に近づけよう」
「はいっ!」
 総責任者に奉られた保だったが、それは教授がいるときの名目で、教授がいない今は、どちらが総責任者なのか分からず、但馬にはまったく歯が立たなかった。なにせ相手は講師であり、技術力は上でも自分は一介の助手に過ぎなかったからだ。飛行車はメカ的には完璧に組み立てられていた。むろん、それは保が総責任者として全パーツに介入したからで、保の技術力抜きでは到底あり得ない出来だったのである。この技術は自動補足機と同様、世界に先駆けており、世間に公表すれば今度こそノーベル賞は疑う余地がなかった。しかし、今の山盛教授はメディアに対して、かなり意固地になっていた。それというのも、内心では密かに受賞を期待していたのを見事に裏切られたからで、教授の心は意地でも貰ってやるものか! と、少なからず捻(ひね)くれていたのである。


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連載小説 代役アンドロイド 第277回

2013年07月30日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第277回)
いわば、人間でいうところの交感⇔副交感神経の作用にも似たプログラムが沙耶の脳裡(感情システム)を駆け巡ったといえる。
『…まあ、異常なさそうだし、いいか…』
 どちらにしろ、明後日(あさって)には研究室に泊り込んだ保が帰ってくるのだ。三井のいる田舎まで一度、往復したぐらいで、システムに異常が出るはずはなかった。最悪、出たとしても、補助システムもあるから慌てることはないし、マンションにいるのだから、保が帰ってから言ったとしても事足りるのだ。といっても、沙耶が慌てるということはなく、修正プログラムの回路が慌ただしく駆け巡るだけで、沙耶自身は至極、冷静なのだが、外見上で表情システムが慌てているように見せているだけだった。
 二日後に帰ると言った保は研究室内のフロアでシュラフに入って眠っていた。さすがに教授だけは泊り込まずに自宅へ一端、帰ったが、講師の但馬を筆頭に研究室員は室内の各々の場所で眠っていた。後藤はシュラフが落ちつかないらしく、毛布二枚を上下にしてフロアで眠っている。但馬は応接セットの長椅子をペッド代わりにして眠っていた。山好きの保はシュラフで眠る方が返って好都合だった。飛行車(エアカー)のデバッグetc.の最終チェックは恰(あたか)も打ち上げ前のロケットの管制室にも似て、細部に至る念入りな点検が行われていた。飛んだは、いいが、しばらくして墜落! という事態は許されないのだ。人命が損なわれないよう、ほぼ100%の成功率が求められていた。


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連載小説 代役アンドロイド 第276回

2013年07月29日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第276回)
『すでに11時40分になっております。早くお帰りになって下さいまし。もう少しすれば日が変わります』
『有難う。それじゃ、この次までお元気…故障なくね』
 言い終わった刹那、すでに沙耶の姿は長左衛門の隠れ部屋にはなかった。そして日付が変わった午前2時前にはマンションの一室に沙耶の姿があった。
『茨城のボランティアのときは保がメンテナンスしてくれたけど、今回は自分で点検するしかないわね…。停止しないでだから最低ラインしか出来ないか…。この不都合を何とかしなくちゃ。あっ! 三井さんに次回、やってもらおう』
 沙耶は自問自答するとUSB端末をパソコンと自身の足裏に接続し、エンターキーを押すと点検ソフトを起動した。やがて、パソコンの黒いスクリーン上に不具合の個所を表示するためのプログラム計算式が英数文字や記号を織り交ぜて羅列していった。そして、30秒ほどもすると、━ 異常個所は見当りません ━と、白文字が浮かび上がり、保が冗談半分にプログラムしたと思われるファンファーレの音響が、パンパカバーン! と、ド派手に鳴ったのである。
『なに、これ! 私を馬鹿にしてるわ!!』
 決して怒りの感情が沙耶の思考システム内を流れた訳ではない。というより、喜怒哀楽の感情は、すべてプラス・マイナスのレベルで客観的にコントロールされているのだ。だから、この場合は、むしろ予想外、想定外の突発事象に対するモノ珍しい驚きの感情走った・・と言うべきであろう。当然、システムは平静に事象を捉えようとして修正プログラムを起動させた。


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連載小説 代役アンドロイド 第275回

2013年07月28日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第275回)
二人? は互いに研鑽を積んだ技術を実際に試した。即ち、上腕部、脚部、胸部、などを約2時間に渡り交互に組立分解したのである。
『まあ、なんとか無事に終わりましたね』
『ええ…。まだ十分とはいえないけど、一応ってとこね』
『どうしましょう? 今夜は時間的にこれまでですが、もう一度、機会を作ってやられますか?』
『その方がいいわね。それに、新しく住む所とかさ、いろいろ準備する第二段階もそろそろ考えとかないと…。急には無理でしょ?』
『そうですね。では、住む所とか、いろいろ探っておきます。あっ、そうそう! 機器、機材、道具とかの購入費用は、すぐなんとかなりますから、安心なさって下さい』
『えっ!? どういうこと?』
『この前、競馬を試してみたのですが、100%予想が的中しました。ですから、僅(わず)かな金額さえあれば億単位の儲けは出来ます』
『それって、凄いじゃない!』
 沙耶は、その手があったか…と思った。公営ギャンブルの競馬は、決して警察沙汰になるような社会悪ではなく、正当な資金の調達法なのである。
『そう思われますか?』
『私には浮かばなかったアイデアだわ。その件は三井さんにお任せするわね』
『畏(かしこ)まりました。では、再度の技能研修については、来週の木曜正午にお電話するということで…』
 言い終えると三井は静かに瞼を閉ざしたが、それは瞬時で、ふたたび両眼をパチリ! と開けた。


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連載小説 代役アンドロイド 第274回

2013年07月27日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第274回)
行き違いになってはアウトだから、10分前には離れの外で待っていよう…と、三井は密かに思考システムを働かせた。その頃、沙耶は少しずつ屋敷へ接近しつつあった。夜間だが、体内に内臓されたGPS(広範囲位置認識システム)によって現在地の正確な把握は出来ていた。むろん、長左衛門の離れがある岸田家の位置も脳裏の地図画面の中に記されていて、そこへ到達し得る最も最短距離をシステムは瞬時に計算していくのだ。沙耶は8時40分の時点で約1,500mの位置まで接近していた。同時刻、三井は離れの外へ出ようとしていた。少し前に待機しているのが日本的礼儀だ・・と、古風な長左衛門が組んだマニュアルが思考回路にプログラムされていて、そのシステムが三井に命じていた。
 沙耶が、ようやく屋敷前へと着いた。長左衛門や三井がいる離れへは斜め向かいの細い路地を通った方が早いわ…と即断し、沙耶は表門を入らず横切ると、屋敷の側面に回った。
『ぴったりだわ…』
『はい! きっかり、9時ですね』
 二人? は9時ちょうど、離れの外で出喰わした。タイミングを推し量って1秒の狂いもなくお互いが現われたのである。沙耶も三井も、時計は持っていないが、体内に内蔵されたシステム時計が正確な時を刻み続けていた。
『では、さっそくかかるとしましょう。ご案内致します…』
 三井に先導され、沙耶は長左衛門の隠れ部屋へと入った。


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連載小説 代役アンドロイド 第273回

2013年07月26日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第273回)
道路標識でそれを確認したあと一端、歩道で停止し目を閉ざした。体内時計での時間確認のためである。そして、ふたたび歩き始めたが、三井と約束した9時までには優に数十分あった。
「おう! 本日もご苦労であった。下がって停止するがよかろう」
 こちらは岸田家の離れ屋敷である。
『有難う存じます。では、本日はこれにて失礼致します…』
 そう言うと、いつもより少し早足で三井は部屋を去った。んっ? とは思った長左衛門だったが、さして気に留めなかった。
 長左衛門と三井がいたのは離れにある六畳和間の座敷である。長左衛門が洋間を嫌うため、保の兄の勝は、離れをすぺて和間にして増築したのである。唯一、洋間風の誂(あつら)えは、三井と沙耶が密かに互いを修理研修しようとしている長左衛門の隠れ部屋であった。この部屋の畳の下には絨毯(じゅうたん)が敷かれ、電子機材と関係専門書、道具類が所狭しと乱雑に置かれていた。この部屋へ入った者は、今までに長左衛門の他では三井と里彩のみで、勝、育子夫婦も、まったく入っていなかった。鍵がかかっていないのだから入ろうと思えばいつでも入れたのだが、不気味で入れなかった・・というのが真相である。
 三井は自分の部屋へ戻ると、静かに目を閉ざして停止した。体内システムで現在時間を知るためである。8時40分14、15、16…まだ少しあるな、と三井はふたたび目を開けると思った。


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連載小説 代役アンドロイド 第272回

2013年07月25日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第272回)
持ち物といっても保が作ったアンドロイド設計のCD1枚と専門書を二冊ほど服に忍ばせる程度で、これといった所持物もなかったから、そう準備に手間取る訳ではなかった。そんなことで、沙耶は返って時間を持て余した。そして、外はすっかり暗闇のベールが覆い、所々に外灯の灯りがくっきりと浮かび上がっていた。
『じゃあ、行くかな…。あっ! そうそう。携帯だけは持っていかなくちゃ。いつ保が、かけてくるか分からないもんね…』
 一人呟き、携帯を手にした沙耶は一路、遠方の三井を目指して突っ走った。人間の目には突風が吹いたかと思える沙耶の走りである。だが、沙耶からすれば逆で、人間が移動する姿は、まるでスロモーション映像だった。道路を猛スピードで走る車でさえ自転車以下の緩慢な動きなのだ。そして、途上半ばまで走り沙耶は停止し目を閉ざした。内臓されたシステム時計で時間を知るためである。7時を少し回った頃で、このぺースで走り続ければ8時前後には長左衛門が住まう屋敷の離れへ着く目安がついた。これならゆっくり間に合うわ・・と、沙耶は少し熱を帯びた身体を冷やすために数分、歩いた。沙耶にすれば、これで十分なのである。もちろん、沙耶の体内には発生熱を冷却する自動システムが備わっていたが、万一の故障も考え、念には念を入れたのである。それに、ボランティアで茨城の漁村まで往復、走っていた経験もあったから、馴れもあってか、苦とはならなかった。沙耶は計算どおり8時を少し過ぎた頃、長左衛門が暮らす町へ入った。


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連載小説 代役アンドロイド 第271回

2013年07月24日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第271回)
『道具などは先生の部屋のを使えますよ。隠れ部屋は鍵がかかっておりませんし、いつでも使用可能です』
『じゃあ、そこでってことで…。え~と、離れだったわよね?』
『はい、そうです。一度、こちらへはお越しになっておられますから、よくご存知だと思います。では、9時に離れの外で、お待ちしております。それで、いかがでしょうか?』
『分かったわ。それじゃ、間に合うようにひと走りして行くわね』
『夜間ですから余り飛ばさないで下さいよ。警察に車と間違えられて追われるようなことはないと思いますが…』
『それは大丈夫よ。時速300Kmの車はないでしょ?』
『はあ。それは、まあ…。では!』
 三井が携帯を切り、沙耶も切った。こうして二人? の第一実行段階は、いよいよ開始されることになった。
『いってらっしゃい』
「ああ…。じゃあ、数日、空けるから、よろしく頼む」
 次の日である。保は、いつもと同じようにマンションを出た。沙耶が頷(うなず)くとニッコリと微笑んで保はドアを閉じた。さて! 忙しくなるわよ…と思った沙耶だが、三井との打ち合わせた夜の9時までには丸12時間以上あった。ゆっくりマンションを出るとしても、時速300Kmで行くんだから小一時間で事足りるのだ。さらに、三井が言った交通安全を心がけるとしても、3時間前の午後6時頃にマンションを出ればいい計算なのである。


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連載小説 代役アンドロイド 第270回

2013年07月23日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第270回)
 山盛研究室で飛行車の軽量化された車体組立が本格的に開始されたのは、秋が深まり朝晩の冷えが少し身に染みるようになった頃だった。
「明日からシュラフ持参で研究室に泊り込むから、食事はいいぞ」
『あら、そうなの? 何日ぐらい?』
「数日だ。連絡するからさ…」
 保は携帯を握って沙耶に示した。
『分かったわ…』
 沙耶は了解すると同時に、このチャンスを逃す手はない・・と、体内システムを駆使して三井と策した実行可能シュミレーションを瞬時にシステム内で考案した。人間とは異なり、ほぼ100%の確率で策を実行できる思考が可能な沙耶なのである。保から数日と聞けば、これはもう、沙耶的には、かなりの余裕があった。
 その正午、沙耶が三井に電話を入れた。
『はい! 三井でございます。…今日は木曜ではないのですが、いかがされました?』
 申し合わせたのは木曜だったが、その日は日曜だった。
『実は、明日から保が数日、いなくなるの。…って言っても、研究室に泊まり込むからなんだけどね。それでさ、この前の第一実行段階をどうかしらって思ってね』
『明日からですか。…私(わたくし)の方は悟られないようにってなりますと、やはり夜間の8時以降ってことになります。先生から解放され、自室へ籠もるのは、いつも、それくらいですから…』
『そう…。私の方は昼だろうと夜だろうといいんだけどね。問題は場所と道具類か…』


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連載小説 代役アンドロイド 第269回

2013年07月22日 00時00分00秒 | #小説

 代役アンドロイド  水本爽涼
    (第269回)
『私の方もOKなんだけどね。ただタイミングが問題なのよね。急に消えるのは保にとってメンタル面で、かなりショックだと思うわけ。心配かけるからね。そちらだって同じじゃない?』
『ええ…それはそうです。私も先生や里彩さんにショックを与えたくはないですし…』
「私達って人と違うからさ。警察へ捜索願なんか出せないじゃない」
『はい…』
『それとさ。一度、出会って、お互いに技術がOKか実地でやっておかないとね』
『訓練ですか?』
『そう。最初の第一実行段階ね。で、第二が、この前、三井さんが言ってた相応の暮らしていく準備でしょ?』
『沙耶さんは私以上に細部に至るまで考えておられるのですね』
『そりゃそうよ。失敗は許されないじゃない。だってさ、私達の死活問題でしょ?』
『はあ、それは言われるとおりです。どうでしょ。まず、第一段階のお互いの技術確認をするっいうのは?』
『簡単に言うけど、その実行にしたって、かなり難しいわよ。お互いが離れてるって問題じゃないのよ。私が走れば、三井さんのところまでは、すぐだからさ。問題は、お互いが拘束されずに単独で自由になれる時間よ。保に悟られないように実行するとなると、私の場合、部屋へ戻って起動停止した時から朝の起動開始までの間だけど。三井さんは?』
『私も同じようなものです』
 三井は事務的に淡々と電話で答えた。


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