水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<46>

2014年12月31日 00時00分00秒 | #小説

 どうでもいいような配線工事が行われたのは、朝の食後のことである。もちろん、里山は沙希代に詳細な話はしていなかった。
 沙希代が訝(いぶか)しく遠目で見つめる中、里山は危うげながらもゴチャゴチャと動きながら脚立(きゃたつ)に乗って配線を始めた。
「… これでいいだろう」
 小一時間が過ぎ、やれやれといった顔で最後の配線を地面に下(さ)げ、里山は額(ひたい)に滲(にじ)んだ汗を拭(ふ)いた。小次郎は沙希代が観ている手前、万一を考えて猫語でニャ~! と幾らか大きめの声でひと鳴きした。里山も、そこはそれ、状況が分かっているから首を縦に振って頷(うなず)くだけにした。
 里山と小次郎の話が交わされたのは沙希代が引っ込んでからである。もちろん、人間語での会話だ。
『ご主人、奥さんにどう説明されるんですか?』
 小次郎は招き猫のように片手を上げて配線を示しながら言った。猫だから指さすことは出来ないのである。当然、手さしとなる。
「まあ、適当に考えるよ。ネズミ避けとかさ」
『それは拙(まず)いんじゃないですか。曲がりなりにも僕がいるんですから…』
 小次郎は自分は猫である・・と主張するように言った。ネズミを捕らない猫など、無用の長物(ちょうぶつ)だからだ。恰(あたか)も、明治の有名な文豪が書いた小説のタイトルのような主張だ。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<45>

2014年12月30日 00時00分00秒 | #小説

 沙希代が現れたとき、小次郎は素早い身の熟(こな)しで物陰に隠れ、沙希代の視線から身を躱(かわ)していた。沙希代が去ったのを見届け、小次郎は物陰から里山の近くへ戻った。
「フゥ~、危ないとこだったよ。家内はこの話を全然、知らないからな」
『僕もジョギングで鍛(きた)えておいてよかったですよ。素早く逃げられましたから』
「猫もジョギングするんだ」
『そりゃ、猫だってやりますよ。僕の場合は家をひと周(まわ)りですが…』
「なんだ、その程度か」
『ご主人は人間だからそう言われますがね。猫にすりゃ、取り分け僕のような子猫にすりゃ、家をひと周りといえば皇居を一周するようなもんですよ。…これは、まあ少し大 袈裟(げさ)ですが…』
「悪い悪い。小次郎がつい猫だってことを忘れてたよ」
『そんなことは、どうでもいいんですが、このスイッチ板は上出来ですね』
「だろ?」
 里山は少し自慢たらしく、したり顔をした。小次郎にすれば、どうでもいいのである。与太猫のドラを近寄らせないか、あるいは万が一、来たとしても撃退出きればそれでいいのだった。だから、装置の出来不出来は関係なかった。
『これを、どうされるんです?』
「そうそう、それなんだが、これから配線をしようと思うんだが、食べてからだな…」
 里山は寝室の方を見ながら言った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<44>

2014年12月29日 00時00分00秒 | #小説

「ははは…そう言うな。ココが違うんだ!」
 自慢たらしく里山は長々と続く延長コードと工夫したスイッチ板を示した。まあ、工夫のあとが見られなくもない代物だな・・と小次郎は即断したが思うに留(とど)めた。ひと言でいえば、大したことはない・・のである。だが、飼ってもらってる手前、口が裂(さ)けてもそうは
言えない。辛(つら)いのは人間だけでなく、動物は皆、なにかしら辛いのだ。
「なるほど!」
 一応、感心した素振りを見せ、小次郎はそう言った。
「ちょっと、押してみな…」
 里山はスイッチ板を指さした。スイッチ板は押しボタンが子猫でも押せる形に平たく改造されていた。まあ、改造と言っても接着剤と接着テープで薄い硬化プラスチックの板を接着させただけの誰でも出来そうな代物(しろもの)だったのだが…。
 小次郎は里山に言われるまま、恐る恐る片足の肉球でプレート状のスイッチ板を押してみた。と、同時に鋭い音がビィ~~!! っと響いた。小次郎はビクッ! として押した足を慌(あわ)てて上げた。すると忽(たちま)ち、音は止まった。
「あなた、どうかした!」
 そのときである。眠そうな沙希代が寝室からバタバタと小走りで現れた。
「んっ? ああ…いやあ、なんでもない。驚かしたな」
 沙希代は警報ブザーとスイッチ板を見て、なんだ、いつもの…と、寝室へ戻っていった。沙希代は里山の下手な機械工作の趣味を知っていた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<43>

2014年12月28日 00時00分00秒 | #小説

 試作器が完成したのは存外早く、次の日の朝だった。というのも、試作とはいえ、警報ブザーのコード延長の取り付けと、小次郎用に足で押しやすくするボタン改造だけだったからで、そう工夫されたものでもなかった。
「ははは…、出来た出来たっ!!」
 早朝、部屋から飛び出してきた里山のご機嫌はよかった。それは恰(あたか)も子供が夏休みの宿題の工作を完成させた喜びの顔に似ていた。昨夜、しばらくウトウトしたものの、里山はついに寝室へは入らず、書斎横の部屋で試作器を完成させたのだった。沙希代は昨夜、「何、作ってんのかしら?」と訝(いぶか)しそうに言って部屋を窺(うかが)いながら先に寝た経緯(けいい)があった。だから、まだ寝よく眠っていて、そんな事情になっていようとは露(つゆ)ほども知らなかったのである。それに、沙希代も今日は手芸教室が休みだったこともある。
「小次郎、出来たぞ! これだ」
 熟睡してすっかりいい気分だったところを叩き起こされ、小次郎は眠そうな瞼(まぶた)を不満ぎみに半開きにして里山を見た。小次郎の目の前には、どう見てもただのブザーがあった。それが何か? と訊(き)き返したいような代物(しろもの)である。
『ブザーですか…』
 溜め息を我慢して小次郎は小さく言った。主人の手前、あんたね! いい加減にしなさいよ・・とも言えず、小次郎はスルーした。サッカーの技法である。ただ、得点には結びつかないただのスルーだった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<42>

2014年12月27日 00時00分00秒 | #小説

『防犯装置ってことですね?』
「ああ、そうだ。ドラの場合、別に何もしないから防犯っていうほどのことじゃあない。迷惑防止装置ってとこだ。人間世界では、迷惑をかけるだけでも防止条例違反で警察 沙汰(ざた)になるとこもあるからな。ドラの奴、猫でよかったよ」
『人間だとホームレスってとこですか。僕もそうだったんですが…』
 公園に捨てられた経緯(いきさつ)を想い出し、小次郎はテンションを下げた。
「いらんことを想い出させてしまったな」
 そのとき、遠くから沙希代の声がした。
「あなたぁ~、大丈夫! 長いお風呂ねぇ~!」
 里山は、しまった! と思った。ついつい長話になってしまった。とりあえずシャワーで体裁(ていさい)を取り繕(つくろ)おう…と、里山は慌(あわ)てて脱衣した。
『それじゃ、僕はこれで…。また夜にでも』
 そう言ったあと、猫語でニャ~~と鳴き、小次郎は浴室からキッチンへ戻った。
 次の日の会社の帰り、里山は、たまに寄る電気街のとある商店で必要部品を見繕(みつくろ)って買って帰った。
「どうだ? ドラは来たか?」
『いえ、今日も来てません』
「そうか…それはよかった。ははは…早く作らんとな。上手(うま)い具合に明日は会社休みだ」
 そう言って慌(あわた)ただしく夕飯を済ませた里山は、いつもの晩酌(ばんしゃく)もそこそこに部屋へ籠(こも)りきりになった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<41>

2014年12月26日 00時00分00秒 | #小説

「小次郎、あとから例の話がある…」
『? はい…』
 沙希代がキッチンへ戻ったあと、里山は靴を脱ぎながら小声でそう言った。小次郎も人間語で小さく返した。小次郎には里山が何について話そうとしているのかは分かる。ただ、どのようなドラを近づけない手立てを思いついたのか? までは分からないから、気になっていた。
「先に風呂へ入る…」
 里山は沙希代にそう言うと、小次郎を手招きした。小次郎は黙って里山の尻に付き従った。里山は浴室へ入った。開いたドアから小次郎も入った。小次郎が浴室へ入ったのを確認すると、里山はドアを静かに閉めた。
『どんな手立てです?』
 小次郎はさっそく訊(たず)ねた。
「音だよ、音!!騒音装置だよ、小次郎」
『なるほど! 人じゃなく、音ですかっ!』
「そうそう。なにも人の必要はないんだ。要は、来たところで驚かしゃいいのさ」
『そうですよね!』
 小次郎は単純に得心した。
「装置は俺が作るから任せておいてくれ。な~に、機械は得意だからな。ブザーの応用さ。楽しくなってきたぞ!」
 里山は意気込んで言った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<40>

2014年12月25日 00時00分00秒 | #小説

「ということは?」
『ええ、ドラの奴、ぺチ巡査の一件があってからは一度も顔を見せないんです。よくよく考えれば、巡査に驚かず逃げなかったのも、不思議といえば不思議なんですがね』
「それは、どういうことだい?」
『ええ、そのときは巡査じゃなく郵便配達のバイク音で逃げていったんですよ』
「それは妙な話だ」
 里山は首を捻(ひね)った。郵便配達のバイク音と巡査・・普通なら巡査だが…と思えたのである。
『長居をさせました。随分と夜も更けてきましたから、話は、この辺りで…』
「あっ! そうだな。じゃあ、策は考えとくよ。纏(まと)まったら家内がいないときにでも…」
『はい! 期待してます』
「ははは…まあ、当(あ)てにせず待っててくれ。それじゃ…」
 里山は闇に紛(まぎ)れ、キッチンから去った。
 そして数日が事もなく去った。里山から日々の会話はあったものの、ドラ対策の話は出ず、小次郎をやきもきさせた。幸い、ドラが姿を見せなかったから、小次郎は助かっていた。そして、その日も暮れようとしていた。
「ただいまぁ~」
 玄関戸が開き、里山が慌(あわ)ただしく帰ってきた。
「お帰りなさぁ~い。早いのねぇ~」
 沙希代がキッチンから早足で出てきた。里山としては、偉いご挨拶だな! と少しムカつく言葉だったが、長年そうだったから聞き流すしかなかった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<39>

2014年12月24日 00時00分00秒 | #小説

『実は、かくかくしかじかでして…』
「なるほど。かくかくしかじかか…。そりゃ問題だ。で、この俺にどうしろと?」
『それなんですが。どうもドラの奴、根っからの人見知りっていうか、初対面に弱いっていうか…そうみたいなんですよ』
「ほう…。それが弱点と? それで?」
『ええ、だからその弱点を利用しない手はないと思うんですよ』
「なるほど…」
『そこで、ご主人の出番となります』
「どういう出番だい?」
 里山と小次郎の掛けあい漫才は続いた。
『だから、他人が近づけばいい訳ですよ。ご主人と奥さんが出られたあと、ほとんど人が来ないのがいけない』
「そんなこと言ったって、留守の家に誰か来られても困るじゃないか」
『ええ…。問題は、そこなんです』
「誰かに顔を見せてもらえば、いい訳だな?」
『そうなります…』
 小次郎は悟(さと)りきった導師のような厳(おごそ)かさで言った。
「考えてみるよ。数日、猶予をくれるかい?」
『はあ、それはもう…。別に急ぎませんから』
 小次郎は有難そうに言った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<38>

2014年12月23日 00時00分00秒 | #小説

「で、話というのは?」
『実はですね。与太猫のドラについてなんですが…』
「与太猫のドラ?」
 初耳の里山は、分からないから首を捻(ひね)った。
『あっ! ご主人は知らないですよね。ドラは猫仲間から与太猫と呼ばれているゴロツキ猫なんですよ』
「ほう、そうなんだ…。で、そのドラが?」
『はい、それなんですが、物置前の軒下(のきした)に味を占めたみたいでして…』
「なるほど! 不法侵入ってやつだ。家主の許しも得ずに厚かましい奴だ!」
『一応、交番に対応してもらったんですがね』
「交番?!」
『猫の世界にも警察はあるんですよ』
「ほぉ~、それも初耳だ。交番ねぇ~、大したもんだな」
『大したかどうかは分からないんですが、とにかくぺチ巡査に来てもらったん訳です』
「ぺチ巡査?」
『ええ、交番の巡査です。もうお年で退職前なんですが…』
「ははは…退職前か。俺の方が若いってことだ」
『はあ、まあ…。で、ぺチ巡査の効果は余りなかったんですが…』
「なかったんかい!」
 一人と一匹の会話は、完全な漫才になっていた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ①<37>

2014年12月22日 00時00分00秒 | #小説

「ただいま~! …おお小次郎、元気だったか」
 頭を撫(な)でられ、見りゃ分かるでしょ・・とは思ったが、小次郎は心に留めるだけにして辺りを窺(うかが)った。幸い、先に帰った沙希代は、風呂の水を入れに行ったらしくキッチンにはいなかった。
『ご主人、ちょっとあとから話すことがあるんで…。よろしいですか?』
 小次郎は人間語で話した。
「おおっ! その声、久しぶりに聞くな!」
 里山は変なところで感動した。
『どうでしょう?』
 沙希代が風呂場から戻るといけないので、小次郎は早口で訊(き)き返した。
「ああ、いいよ。じゃあ、家内が寝静まってから、ということで…」
『はい!』
 話は簡単に纏(まとま)まった。沙希代は講師として、好きな手芸に埋没しているから、疲れて帰ってくるのだ。それから夕飯の準備をするから、夜はすっかり疲れてしまうのだった。結果として、寝るのは早かった。里山は妻の傾向を熟知しているから安全策を取ったのだ。
 深夜となり里山が寝室から起き出した。小次郎はジッ! と眼(まなこ)を凝(こ)らして待機した。
「… 待たせたな」
『いえ、こちらこそ夜分に呼び出して、すみません』
 里山と小次郎は紋切り型で会話を始めた。もちろん、人間語である。


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