水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(42) 人材あります![5]

2013年12月31日 00時00分00秒 | #小説

━ これが現実とすれば、このあと俺は風呂から出た自分に出会うことになる。今日の無駄な動きはするなと、上手く伝えられないだろうか…、待て待て待て! そんなことが出来る筈(はず)がない、これは現実じゃない… ━
 戸倉は卓袱台(ちゃぶだい)へ顔を伏せた。疲れからか、戸倉はその姿勢のままウトウトと眠りへと引き込まれていった。そして、30分が経過し、ついに接近遭遇のときがきた。
『やあ、お先でした…』
 自分と瓜二つの男は、落ちついてまったく驚かない上にやけに馴れなれしかった。その風呂上がりの姿は、完璧(かんぺき)に昨日の自分である。戸倉の方が幾らか怯(ひる)んでドギマギした。
「はあ…」
 通り過ぎる昨日の自分にそう返して、軽くお辞儀するしか今の戸倉には出来なかった。いや、それより、ともかく俺の前から早く消えてくれ…という思いの方が強かったかも知れない。
『あっ! そうそう。これだけは言っておかねばなりません。私はあなたですが、異次元のあなた、という存在なのです』
「えっ?! どういうことですか?」
 戸倉は恐怖心を忘れて訊(たず)ねていた。
『どういうこともなにも、…そういうことです』
「いえ、よく分からないんですよ、俺には!」
『ははは…、困ったお人だ。異次元だと私は、こうも違いますか。まあ、それはあなたの方も言えることなんですが…』
 そういや、こいつは少し俺より穏やかな性格のようだ…と戸倉は思った。


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短編小説集(42) 人材あります![4]

2013年12月30日 00時00分00秒 | #小説

 次の日、戸倉はゆっくりと自動車を走らせながら、デモテープを流した。その声はスピーカーで拡声され、辺りに鳴り響く。しかしそのとき、戸倉はハンドルを回しながらふと、あることに思い当った。
━ 待てよ! 廃品回収で閃(ひらめ)いたから、こうして回ってるが、お客に声かけられる訳じゃないよな ━
 確かに、落ち着いて考えてみれば、戸倉の仕事は呼び止められて物を売ったり回収したりする商売ではなかった。
━ これは、無駄か… ━
 戸倉が気づいた結論だった。戸倉はすぐテープを止め、家へと車を反転させた。
 家へ戻ると、急に腹が空いていることに戸倉は気づいた。買っておいた即席のヌードルに湯を注いで、とりあえず腹を満たした。ふと、風呂を沸かそうと思い、浴室へ行くと誰かの声がガラス越しに聞こえた。この家に住んでいるのは自分だけだから、尋常ではない。静かに脱衣場のガラスに耳をあてがうと、自分の声だ。もう一人の自分が鼻歌を唄っていた。よく考えれば、状況は昨日の夕方に似通っていた。選定の仕事を終えて家に戻った。…そして、風呂に湯を張り、入ったのだ。なぜか、この鼻歌が口から飛び出したんだ…。戸倉は昨日の夕方の記憶を辿(たど)っていた。ということは、まだ私は今日の無駄な動きはしていないんだ…と戸倉は思った。ただ、目の前で起こっている事態が科学ではとても信じられない面妖な現象である。戸倉は腕を抓(つね)ってみた。瞬間、激痛が走った。
━ 夢じゃないぞ… ━
 戸倉は、ゾクッと身の毛が逆立った。冷静になれ、冷静になれ…と自分に言い聞かせながら、戸倉は取り敢(あ)えず茶の間へ戻った。


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短編小説集(42) 人材あります![3]

2013年12月29日 00時00分00秒 | #小説

交通ルールが改正され、運転中の電話は罰則の対象となったから、それ以降、━ ただいま、電話に出ることができません。発信音のあと、ご用件をお話し下さい ━ の機能にしてあるのだが、かかった瞬間は振動するからギクッ! と戸倉をさせた。戸倉はそれが嫌だったが、総員一人の稼業では致し方ない。で、フゥ~っという溜息が出た。交通ルールが改正され、運転中の電話は罰則の対象となったから、それ以降、━ ただいま、電話に出ることができません。発信音のあと、ご用件をお話し下さい ━ の機能にしてあるのだが、かかった瞬間は振動するからギクッ! と戸倉をさせた。戸倉はそれが嫌だったが、総員一人の稼業では致し方ない。で、フゥ~っという溜息が出た。
 戸倉の計算では一ヶ月の生活費は十数万もあれば十分、事足りた。ただ、人材屋に係る諸経費を数万は予備費として取っておかなければならないから、二十万は稼がねばならない計算になる。まあ、稼ぎの少ない月もあり、今までの蓄えを取り崩すもあった。ただ、60を過ぎ、早期に年金をもらう手続きをしたから、その分の十万以上はさっ引くことが出来るようになり、随分と楽になっていた。足らないのは諸経費分だけとなり、かなり今までの取り崩し額を償還することが可能になったのだ。そうなると、勢いで元気も出る。人はゆとりが生まれないと生活が荒(すさ)むとは、戸倉が得た教訓だった。
 店の宣伝もしなければ客がつかない。宣伝には広告掲載と直接、車をゆっくりと運転しながら、事前に録音した音声のデモテープを回すという二つの方法があった。それ以外でも、ネットで無料のブログ、Twitter、Facebookを開設し、店の宣伝をした。ただ、総員1名、店員1名の店では依頼が重複し、そのスケジュールのやりくりに頭を悩ませる事態も起きた。その都度、戸倉は客の機嫌を損なわないように苦心した。


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短編小説集(42) 人材あります![2]

2013年12月28日 00時00分00秒 | #小説

 その一時間後、戸倉は依頼先の中庭で脚立に乗って松の剪定をしていた。それは、必然的にそうなる。前にも言ったが、係の者といっても戸倉の他に依頼先へ行く者は、いないのだから…。
「ごくろうさま! ちょっと一服して、お茶にして下さいまし~!」
 戸倉が手を止めて声がした方を見遣ると、この家の若嫁が微笑んでいた。
「やあ、どうも! いつも、すみませんなぁ~!」
 この依頼先は戸倉のお得意先で、今回で三度目だった。プロ技の庭園管理士の資格も独自の勉強で修得し、技も独自で身に付けた戸倉だったから、出来上りはプロの造園業者と遜色なかった。しかも料金が格安だったから、人手間のそういらない小口の庭仕事は他の業者と比較して格安となり、今年も依頼されたという訳だ。
 菓子とお茶で一服したあと、戸倉は続きの作業を終えて昼にした。昼はいつも買う弁当屋の弁当持参だが、その冷えたものをこの家のレンジでチン! してもらい食べた。
「奥さん! 終わりました!」
 夕方前に作業は終了した。
「有難うございました。はい、これ! 今日の分です。ちょっと、色つけときましたから、それで美味(おい)しいものでも食べて下さい」
「いや~、返って気を使わせちまいましたね。では、遠慮なく…。またご贔屓(ひいき)に!」
 戸倉が軽四輪を始動したとき、空はすっかり暮れ泥(なず)んでいた。家へ戻った戸倉は、2万3千円入った封筒を確認し、フゥ~っと溜息を一つ吐いた。戸倉にとって、今日は運転中に携帯が震えなかったのは幸いだった。バイブ設定にしてあるが、時折り運転中に携帯が震え、戸倉に冷や汗をかかせることがあった。


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短編小説集(42) 人材あります![1] 

2013年12月27日 00時00分00秒 | #小説

「ははは…私のところは何でも屋じゃありませんので…。はい! また、よろしくお願いします」
 戸倉真一は携帯を切った。ここは、事務所を兼ねた戸倉の自宅のひと部屋である。[人材あります]と広告は出したが、自分以外は誰もいない個人経営なのだ。とても会社などと呼ぶのは、おこがましいし、店を出してます・・などとも言えない小営業だった。まあ、まだ起業して10日ばかりだから、それほど落ち込むことではないと戸倉は開き直っていた。そんなことで、他に人材はなく、戸倉がすべての人材だった。依頼の電話内容が戸倉に出来ることなら、「伺(うかが)わせていただきます!」だし、出来なければ、「誠に残念でございますが、生憎(あいにく)その手の者が休んでおりまして…」などと断っていた。要は、気楽な稼業なのだ。とはいえ、休日、勤務時間、手間賃の価格表などはキッチリと決められているのだから恐れ入る。さらには名刺もきちんと作られていた。名刺には[人材屋]と、やや大きめの文字が1行目に印字されていて、中央右横に小文字で「人材派遣業、委託派遣専門官、修理全般・業務取扱主任者、庭園管理士…」などと肩書きがズラリと並び、中央に大文字で戸倉真一と印字されていた。そして左下隅に、小文字で住所と電話番号が小文字で印字されていたが、もちろん、店の人材屋は家の住所と同じであり、電話は携帯のみだった。必然的にFAXはない・・ということになる。こんな名刺を貰(もら)っても、怪しい…としか思いようがない代物(しろもの)だった。それでも世間は、さまざまだ。
「はい! それなら出来ますので、係の者が10時頃、伺わせていただきます、ありがとうございます。… … はい! 料金は1日まで修理費込みで2万を頂戴しております。追加料金は1日につき5千円でございます! … … はい! 即金払いでも、振り込みでも…ええ、2回の分割でも結構でございますよ。… … はい! では、よろしくお願いいたします」
 戸倉は携帯を切った。


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短編小説集(41) 動く[move]

2013年12月26日 00時00分00秒 | #小説

 動く前には何らかの発想がある。そのとき弘次は停止していた。何かをしよう・・という思いではないが、ただ動いた。動いていた。動きに意味はなかった。しかし、その目的を持たない単純な動きには、こうしよう…という発想はなく、短絡的な刹那の動きでしかなかった。
 動こうという意志のある動きには一定の律動的な長い動きがある。悪い行いとして法律が定義する場合は、それを心証作為、心証不作為として区分けする。良い行いの場合は、誠意、深意、発意と三段階に分かつ。ただ、善悪何(いず)れの場合においても、その発想自体は表面上、人の目には見えないから、安全→+にも危険→-にもなる不確かな感覚で、捉えどころがないから厄介な概念ではある。では、むしゃくしゃして、刹那的な行為に及ぶ動きはどうなのか・・という問題になる。実は、この動きにも、長い経過時間によってフラストレーションが蓄積された挙句の深層心理の動きという過程(プロセス)を含むのである。だから人が動く場合は、単純にしろ複雑にしろ、心理に働きかける何らかの誘因があるいうことになる。それが+の場合は善行となって具現化し、-の場合は犯行として具現化する訳だ。
 長閑(のどか)に秋雲が流れていた。弘次が動こうとしたのは遠出しようとした発想だった。ふと、時計を見て動きが止まった。長閑な秋雲に心が旅へと誘(いざな)われたが、すでに10時は回っていた。だから動きが止まった。ただ、それだけのことである。別の日にしよう…という想念に押し切られた格好だ。もし逆に、そのプレッシャーに逆行して旅立っていればどうなったか・・。そこには新たな人生の歩みがあったかも知れないのである。むろん、その結果には+-の両方があり、強(あなが)ち、よかったとも悪かったともいえない微妙さを秘めているのだが…。事実、この場合の弘次の判断は正しく、その時刻、走ろうとしていた高速道路は追突事故で大渋滞していたのだ。さらに遅れたかも知れないし、最悪の場合、その事故に巻き込まれていた可能性もあった。人はこれを運がよかったという。
「そうそう、うっかり忘れるところだった…」
 弘次が出かけなかったのは遅くなった時間の原因もあったが、もう一つ、大きな真相が隠されていた。貰(もら)いものの冷やした超高級マスクメロンを食べ忘れていたのだった。食べずして人生を語れようか…という弘次である。…強ち、人は単純な動機で停止したり動いたりするのだ。
 一時間後、雲が流れる秋空の日射しを浴びながら、弘次は美味い極上のマスクメロンを口へと運んでいた。

 

                          THE END


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短編小説集(40) クロスバー 

2013年12月25日 00時00分00秒 | #小説

 城崎要(しろさきかなめ)は、また司法試験を落ちた。今年はそんなに出来が悪いとも思えず、城崎にはある程度の自信があった。しかし、大きく貼り付けられた合格掲示板の掲示用紙の上に自分の番号は見つからなかった。自信ある人生の踏み越しだったが、クロスバーは惜しくも城崎の上へ落ちていた。
 熊代佳彦(くましろよしひこ)は棋士を目指していた。しかし、プロへの道はそう甘くなかった。ついに今年、奨励会・三段リーグを26歳の年齢制限により退会した。自信ある人生の踏み越しだったが、クロスバーは惜しくも熊代の上へ落ちていた。
 須藤真一(すどうしんいち)はプロ作家になるべく日々、机に向かい直木賞への筆を進めていた。しかし、雑誌に掲載された自信作は、最終選考に残ったものの選からは外れた。自信ある人生の踏み越しだったが、クロスバーは惜しくも須藤の上へ落ちていた。
 城崎は、めげなかった。開き直って作戦を変えた。試験勉強の方法を違った角度から180度、転換したのだ。その結果、翌年受けた合格掲示板の掲示用紙の上には自分の番号があった。城崎は、やった! と思った。クロスバーは揺れたが、城崎の上へは落ちなかった。
 熊代は、めげなかった。棋士への道を諦(あきら)めきれないでいた。開き直って作戦を変えた。翌年、嘆願書を連盟に出し、アマチュア選手プロ編入試験を受けたのだ。年齢的に彼の場合、その方法しかなかった。その結果、六番勝負にて3連勝し、見事、プロ入りが決定した。憧(あこが)れのプロ4段となったのだ。熊代は、やった! と思った。クロスバーは揺れたが、熊代の上へは落ちなかった。
 須藤は、めげなかった。プロ作家になりたかった。開き直って作戦を変えた。実績をつけようと思った。種々の受賞実績が直木賞への目に見えない主張になることは分かっていた。翌年、本屋大賞に応募し、大賞を射止めた。そして、その余波をかって直木賞最終選考に、またもや名を連ね、受賞が決定した。須藤は、やった! と思った。クロスバーは揺れたが、須藤の上へは落ちなかった。
 その後も三人の人生には紆余曲折(うよきょくせつ)があった。しかしその都度、三人は、めげなかった。人生を終えたとき、三人は人生のクロスバーを越えていた。

         
                 THE END


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短編小説集(39) 病院旅行 

2013年12月24日 00時00分00秒 | #小説

 父と息子はバスから降りると、テクテクと歩き始めた。空は雲ひとつない秋の青空が広がっている。爽快に吹き渡る風も二人には心地よかった。
「いい天気だ! こりゃ、いい旅になったな、まさる」
「うん! あそこの病院も、なかなかよさそうだよ。この前、友達から聞いた。お母さんが薬もらいで通院しているんだって」
「ふ~ん、そうか…。ああ、あの建物か。なかなかいい風情の病院そうだ」
「聞いたとおりだよ」
「病院は、なんといっても人情に厚く、美味しく、風情がないとな」
「なんか寛(くつろ)げないよね」
「ああ…」
 そんなことを話している内に、二人はその病院へ着いた。病院の表門には[寒天堂大学病院]と書かれている。
「寒天堂大学病院か…。なかなかの病院みたいだ」
「さっき巡った再入会病院もよかったよ。売店の自動販売機のきつねうどんは美味(おい)しかった」
「ああ…揚げが甘く染みてたな。そのひとつ前の猫の門病院も風情があったな」
「うん! あそこの売店のコーヒーは、値打ちもんだったね」
「ああ、美味(うま)かった…普通の喫茶店並みだ。どれどれ、ここは…」
 病院エントランスへ入った二人はグルリと病院内を巡った。
「あの中庭の竹林は、いい!」
「父ちゃん、ほら、あそこにベンチがあるよ」
 二人はベンチに近づくと、腰を下ろした。
「自動販売機もあるな…。よし、今度は紅茶を味わってみよう」
「そろそろ昼どきだよ、おなかが減った」
 まさるは辺りを見回した。
「あっ! あそこに売店がある。父ちゃん、僕、おにぎり買ってくるよ」
「よし! じゃあ、紅茶はあとにして、熱い茶を先に買おう。いい旅になったな、まさる」
「うん!」
 二人は、ふたたび立つと楽しそうに動き始めた。

 

                  THE END


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短編小説集(38) 一輪の赤い薔薇[バラ] 

2013年12月23日 00時00分00秒 | #小説

 正喜は散々、虫に食われた薔薇(バラ)を見て、しみじみ思った。地面から幾筋も分かれて生えている細い枝のような幹・・葉は一枚すらなく、見事! と言えるまでに食べ尽くされて茶色に変色していた。よ~く見れば、その茶色の枝には蓑虫があちらこちらとぶら下がっている。その数、ざっと二百匹はいるようだ。大群である。思い返せば、ここ二十年ばかり、花の咲く春から夏を除いて緑の青々と茂る枝葉を見たことがない…と正喜は思った。この惨状を見なかったことにすれば事は足りる。だが、正喜は見てしまったのだ。
 それから二時間ばかり、枝からむしり取るようにして集めた蓑虫の数は、やはり二百匹ばかりに及んだ。世間一般には、この行為を駆除という。これは植物側から見て・・という観点になる。動物側から見れば、天災に見舞われた…と、まあこうなるのかも知れない。そんなことを哲学的に考えている場合ではない…と正喜は刹那(せつな)、思った。正喜は、ともかく雑念を振り払うことにした。
 駆除した蓑虫は落ち葉で焼いたが、少し哀れに思え、次の日の駆除作業からは遠くへ捨てるだけにした。見回すと薔薇が中心ながらも、梅・・その他の樹も結構、食われていた。結局、見て見ぬふりの旅人を決め込み、それ以降、正喜は見ないことにした。自然の摂理には一定の法則がある。減反で草だらけになった田畑により虫が増えた。もちろん、異常気象に伴う暑い季節が長引いたこともその一因なのだが…。すべては人間が自然を壊しているのかも知れないと正喜は思った。
 一週間が経ち、茶色い枝だけの薔薇に緑の葉が生え始めた。そしてよく見れば、その先端に一輪の赤い薔薇が咲いているではないか。正喜にはその花が、せめてもの薔薇の樹の礼に思えた。

 

                            THE END


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短編小説集(37) 話 

2013年12月22日 00時00分00秒 | #小説

 日曜日、学校は休みで、のんびりしようとしていた矢先、母に言われた友樹が家の前を掃いていると、偶然、幼馴染(おさななじみ)の幸弘が自転車で通りかかって停止した。
「そら…あそこの獄城(たけしろ)さんが亡くなったって、知ってるかい?」
「いや、…そうなんだ」
「さっき、霊柩車が火葬場へ向かったところさ」
「ふ~ん。そりゃ、お悪いことができて…」
「ごめん、悪いこと聞かせたな」
「謝ることじゃないけどさ。よく知らない人だから…。僕は人に悪い話はしないんだ…。聞いた方は余り気分よくないだろうし…」
 友樹は掃く手を止めて、そう言った。
「ああ、そうだね…」
 幸弘は友樹に合わせた視線を落として地面を見た。
「子供の僕が言うのもなんだけど、どうせ、短い一生。せっかく出会ってさ、お互い、少しでも気分よくなりたいじゃないか。そうは思わない?」
「話す内容か…。確かに、そうかもな」
「世の中よくするのは、そんな些細(ささい)なことかも知れないよ」
 友樹は笑顔で幸弘を一瞥(いちべつ)すると、ふたたび家の前を掃き始めた。その瞬間、雲の切れ目から日が微(かす)かに射し、辺りは明るくなった。数日ぶりの日の光だった。
「そういや、親しい中にも礼儀あり! って言うな。僕も次から、明るい話をするようにするよ」
「するように・・じゃなく、することに・・で頼みたい。ははは…明るくする会!」
 掃き終わった友樹は手を止めて笑った。釣られて幸弘も笑った。
「ははは…じゃあな」
「ああ…」
 幸弘が自転車で去る後ろ姿を見ながら友樹は思った。どうせ無理だろうけど、ささやかなレジスタンスだと…。

                        THE END


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