水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

シナリオ 春の風景(第二話) 春の葱  <推敲版>

2010年01月31日 00時00分01秒 | #小説

 ≪脚色≫

      春の風景

    
  春の風景(第二話) 春の葱  <推敲版>      

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]  
   その他  ・・猫のタマ、犬のポチ

○ 玄関  内 朝
   慌ただしく恭一が出勤しようとしている。框(かまち)に腰を下ろし、靴を履いている恭一。
  正也M「今日から春休みに入ったので、僕としては非常に喜ばしい。だから、有意義に楽し
ませて戴こうと思っている」
   玄関を開けて、出ていく恭一。ポチが一瞬目を開けるが、正也とは明らかに愛想の振り撒
き方が違う態度で、そのまま眼を閉じる。

                                   
○ メインタイトル
   「春の風景」

○ サブタイトル
   「
(第二話) 春の葱」

○ 洗い場 朝
   玄関を出て、洗い場の前の正也に気づく恭一。葱を洗っている正也。
  恭一  「正也はいいなあ…。ああ、父さんもゆったり休みたいよ。じゃあ、行ってくる(バタバタ
と表戸へ)」
  正也 「行ってらっしゃい! (洗いながら愛想よい笑顔で)」
   後ろ姿のまま手を振り、表戸を出ていく恭一。
  正也M「家計に生活費を運び入れる唯一の貴重な存在だから、必要上、そう云って愛想をふ
り撒く。この時、僕は家に昔からある湧
       水の洗い場にいて、じいちゃんから母さん
に手渡された野菜、正確には葱なのだが、それを洗っていたのだ。僕は誠に感心で
       親孝行な息子なのだ。…と云いたいが、それほどの者でもない」
   進み具合を見に来た恭之介。恭之介に付いて現れ、陽だまりに寝そべり、日向ぼっこをす
るタマ。
  恭之介「おう、やっとるな。葱は身体にいい。味噌汁によし、葱味噌もよし、ヌタにも合う。そ
れ に、焼き飯やラーメン、うどんには欠か
       せんしなあ…(悦に入って)。だが、惜しいこ
とに、葱坊主が出来る時期になったから、種を取る分だけ残して全部、スッパリ切っ
       
てきた。ハハハ…(賑やかに笑って)」
  正也  「ふ~ん(葱を洗いながら、恭之介を見上げ)」
   恭之介の禿げ頭が朝日を浴び、ビカッと光る。その眩しさに眼を細める正也。裏戸を開け、
現れる未知子。
  未知子「食べきれない分は、刻んで乾燥葱にします。…だと、日持ちしますから」
  恭之介「そうですねえ、未知子さん。食べ物を粗末にすりゃ、罰(ばち)が当たります」
  未知子「ええ、そうですわ」
   軽く笑い合う恭之介と未知子。葱を洗いながら、二人を窺う正也。
  正也M「両者は相性がいいので、僕は大層、助かっている」

○ とある野原 昼
   そよ風に揺れる土筆が生えた野原。長閑に晴れ渡った青空。
  正也M「陽気も麗らかだし、(○に続けて読む)」

○ 恭一の会社のオフィス 昼
   時折り眠りそうになり、目を擦りながら机上の書類に目を通す恭一。
  正也M「(○)父さんは異動もなくこの不況下でも安定したヒラだし、(◇に続けて読む)」

○ 湧水家の畑 昼
   葱坊主を切られた後の畑。農作業に精を出す恭之介。
  正也M「(◇)じいちゃんの葱坊主の頭もよく光ってるし、(△に続けて読む)」

○ 子供部屋 昼
   鼻歌を唄いながら、庭に陽気に洗濯物を干す未知子。机に座り窓からそれを見る正也。
  正也M「(△)母さんの機嫌もよさそうだし、僕は春休みだし、みんなほぼ健康だし…まあ、小
さいながらも幸せな家庭だから、有難い
       と感謝しよう」
   窓から視線を机上に移し、欠伸をする正也。

○ エンド・ロール
   畑の菜の花と湧水家の遠景。麗らかな陽気。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O


※ 短編小説を脚色したものです。小説は、
「春の風景(第二話) 春の葱」 をお読み下さい。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖③》第十七回

2010年01月31日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖③》第十七回
少しでも水が入っていれば音はする。幻妙斎教えは、云わばういうことを説くのである。即ち、この合の水は技量であり、音は口惜しむ心の乱れを意味すのだが、左馬介に敗れて口惜しい想いを抱く門弟達は、茶碗に少し、いや、程度は満杯近くの者もいるだろうし、半ばの者もいるだろうが、孰(いず)れにしろ、その程度の差こそあれ、心の有りようは未だ熟せず、と考えられるである。人の技量の優劣に心を奪われず、自らの心やの完成に力を尽くすことが肝要だと云えた。鴨下と道場去った一馬とは、やはり相性の面でいえば、どこかが違う。馬介から見れば、一馬とは四、五齢の違いで、ほぼ同年代だったものが、鴨下とは十ばかり違ったから鴨下への処し方が日増しに厄介になっていた。鴨下は左馬介に対して相変わらず恭(うやうや)しいのだが、返ってその態度が左馬介には遣り辛かった。特に朝稽古時、それは云えた。左馬介の腕は上達する一方なのだが、それに比して鴨下の方は、さっぱりなのである。その二人が組で稽古をするのだから、云わずもがな、なのであった。相手をする左馬介からすれば、決して見下す訳ではないのだが、技量の違いから組み辛い上に、そうとは云えないから厄介なのだ。


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シナリオ 春の風景(第一話) 異動  <推敲版>

2010年01月30日 00時00分01秒 | #小説

 ≪脚色≫

      春の風景

      
(第一話)異動 <推敲版>            

    登場人物
   湧水(わきみず)恭之介・・祖父(ご隠居)[70]
   湧水恭一  ・・父 (会社員)[38]
   湧水未知子・・母 (主  婦)[32]
   湧水正也  ・・長男(小学生)[8]  
   その他   ・・猫のタマ、犬のポチ

○ 台所 朝
   食卓テーブルを囲み朝食中の家族四人。
  未知子「あなた、どうなの?」
  恭一  「どうなのって?」
  未知子「異動よ、異動。決まってるでしょ」
  恭一  「なに云ってる。全然、決まってない(話題にするな、と云わんばかりに)」
   二人、黙ってしまう。恭之介は夫婦間の雰囲気を察知したのか、話さない。正也も同様。
  正也M「朝から夫婦間の雲行きが誠に宜しくなく、じいちゃんも黙々と食べているだけで、ひ
と言も話そうとはしない。じいちゃんの場
       合は、黙々にモグモグを含んでいる」

○ メインタイトル
   「春の風景」

○ 
サブタイトル
   「
(第一話) 異動」


○ 玄関 内 朝
   朝日がサッシ戸に当たる快晴の朝。恭一が出勤しようとしている。框(かまち)を下りる恭一。
鞄を渡す未知子。
  恭一  「じゃあ、行ってくる」
   靴を履こうとしている恭一を追い越し、バタバタと正也が出てきて靴を履く。ポチの頭を撫で
る正也。ポチがクゥ~ンと愛想よく鳴く。
   玄関を出る正也。
  未知子「いってらっしゃい。車に気をつけてね!!」  
  恭一  「ああ、そんなこたぁ、分かってる!(道子の言葉を煙たそうに聞き、靴を履く)」
  未知子「あなたに云ったんじゃないわよっ…。正也っ!(少し、膨れて)」 
  恭一  「…!(返さず、黙って家を出る)」 

○  同  外 朝 
   玄関から家を出て行く恭一。膨らみ始めた木枝の蕾。
  正也M「いよいよ厳しかった冬の寒さから僕達を解き放つ春の鼓動が聞こえ始めた。僕は小学校へ一生懸命、通っている。父さんも一
       
生懸命? いや、これに関しては僕の方が長けているとは思うのだが、兎も角、会社へ
日々、通っている」
   青空(朝日)。
   O.L

○ 玄関 外 朝
   O.L
   青空(西日)。
   下校し、帰宅した正也。玄関を開ける正也。

○ 玄関 昼
   玄関を入る正也。
  正也  「ただいまっ!」
   足早に台所から玄関へ出てきて、正也に手招きする恭之介。
  正也M「学校を終えて家へ帰ると、珍しくじいちゃんが玄関へ現れ、招き猫のように僕を手招
きした」
   怪訝な表情で靴を脱ぎ、框を上がる正也。手招きする恭之介に従い、廊下を歩く正也。
  恭之介「正也、恭一には暫(しばら)くつまらん話はするな。奴は浮き足だっている…」
  正也  「…? うん!(訳が分からず、素直に可愛く)」

○ 居間 夜
   庭が見える縁側の廊下で座布団を敷き将棋を指す恭之介と恭一。長椅子(ソファー)に座り、二人の様子を眺める正也。控え目に王
   手を指す恭一。
少し考え、禿げ頭に手をやり、困り顔でこねくり回す恭之介。居間へ入ったタマが正也の膝
に乗り、ニャ~と鳴く。
  恭之介「いや、参った。お前、腕を上げたな(盤面を見た姿勢のまま、老眼鏡の眼鏡越しに恭
一を見て)」
  恭一  「ははは…、まぐれですよ(陽気に小笑いして)」
  正也M「たぶん、じいちゃんは将棋を態(わざ)と負けたに違いないのだが、父さんは仏頂
(づら)を崩して素直に喜んでいる。じいちゃん
       も、いいところがあるなあ…と、僕は二人
の様子を覗きながら、ふと、そう思った」
   盤面を見る姿勢から、急に姿勢を正し、恭一を正視する恭之介。
  恭之介「こういう風に、会社でも、ピカッ! と光る存在になれ(やや強い口調で)」
  恭一  「はいっ!(笑顔から、突然、素に戻って)」
  正也M「じいちゃんの物言いは、いつも、ひと言が多い(諦め口調で)」

○ エンド・ロール
   また、次の一局を指し始めた二人。何やら語り合う姿。
   テーマ音楽
   キャスト、スタッフなど
   F.O


 ※ 短編小説を脚色したものです。小説は、「春の風景(第一話) 異動」 をお読み下さい。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖③》第十六回

2010年01月30日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖③》第十六回
 季節は巡り、夏が過ぎ、秋が来たかと思えば、いつの間にか冬が近づいていた。そして大晦日の総当り勝負が行われた。この年の左馬介は昨年とは違い、井上、樋口、神代には敗れたものの、他の者には勝って皆を唖然とさせた。やはり、日々の隠れ稽古の成果が表れたようだった。新入りの鴨下は新参者だから除くとしても、他の塚田、長沼、山上、それに長谷川などは、左馬介に敗れたのだから口惜しい以外の何ものでもない心境だった。それでも表立っては口に出来ず、その口惜しい想いは胸中へと納め、笑って左馬介を讃えるのである。この屈辱は如何ばかりであったかは想像するに難くない。勝ちは勝ち、負けは負けなのだから仕方がないが、こうした想いは、或る種、幻妙斎の教えに副ってはいなかった。幻妙斎が説く剣技は、技量もさりながら、心の有りようも重要なのである。こうした点から観れば、口惜しく想うその胸中はの心は未熟だ…ということに他ならない。鴨下などは入門初年ということもあり、左馬介に敗れたのが、さも当然だと思っているから、心の蟠(わだかま)りなどは全くない。この鴨下の心の有りようは、或る種、幻妙斎の説く意に適(かな)っているだ。湯呑み茶碗に、たっぷり水を入れて振っても音はしない。逆に全く水が入っていなければ、当然これも振ったとてはしない。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖③》第十五回

2010年01月29日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖③》第十五回
 時を同じくして、道場では左馬介が早朝の隠れ稽古に精を出していたが、未だ新しい剣筋を編み出す迄には至っていなかった。それでも、防御の太刀筋は以前ら比べれば数段の向上をみせていた。当の左馬介自身にも、その受け筋の剣捌きが上達したことは自ず
と分かっていた。
 薪が格納された小屋には、長縄に括(くく)られた一本の薪が天井から吊り下げられていた。そして、その薪には襤褸(ぼろ)布が巻きつけられている。左馬介は、それを木刀で打ち叩く。その木刀にも布が巻かれている。故に、他の門弟達を物音で起こす心配はなかった。最初に一太刀を薪に浴びせると、吊り下げられた薪は、振り子の動きをして反対方向へ遠退き、その後、反転して戻ってくるのだ。それを左馬介は、ふたたび打ち叩いた。その振り子の如き揺は、打ち叩くごとにその戻りの速度を増していく。そして、左馬介が、もはやこれ以上、叩けぬ…と木刀を止めれば、振り子の揺れは緩慢になっていく。ここで左馬介は暫し息遣いを整えるのである。二百回の打ち込みが終われば、長縄を緩めて目立たぬ薪束の奥へと隠す。そうしておかないと、小屋へ入った他の者に気づれ不審に思われるのだ。この工夫も、単なる素振りからたに左馬介が考案した稽古法であった。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖③》第十四回

2010年01月28日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖③》第十四回
 幻妙斎が何を考えて道場へ現れたのか…。それは新たな剣の芽生えが門弟達の孰れかにあるか否か…を知る為であった。そして、幻妙斎が感じ取った胸中は? と云えば、それはその後、自ずと全ての門弟達の知るところとなるのである。ただ、この時点では、左馬介を含む全ての門弟達が知る由もな
かった。
 その頃、幻妙斎は左馬介を含む門弟達のそうした心を知ってか知らずか、葛西に聳(そび)える妙義山の中腹にいた。この山の腹には、古(いにしえ)より涸れることなく漠々と落ち続ける五尋(いつひろ)の瀧と呼ばれる瀧があった。幻妙斎は、瀧壺より少し離れた岩窟に座していた。何をするではなく両眼を頑(かたく)なに閉じ、深く瞑想する態様は、正に修験道の行者か、或いは禅を結ぶ修行僧を彷彿とさせた。その姿には、剣の道が無限に続く険しい修行の道であることを如実に具現する何かが秘められていた。瀧より砕け落ちる水が奏でる自然の妙音が響いて岩窟へと入っていた。この幻妙斎と同じ場で、左馬介がこうして深く瞑想するのは、今少し
が流れた先のことである。
 幻妙斎は何を会得しようとしてるのか…、それは誰にも分からない。ただその姿は、自然に我が身を委ね、同一化しようとしているようであった。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖③》第十三回

2010年01月27日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖③》第十三回
 鴨下は左馬介の推論を敢えて否定しなかった。それは否定しようとしても否定しようがない故である。入門以来、半年ばかりの道場暮らしの身では、未だ堀川のことを、ああだこうだ…とは云えない鴨下であった。結局、二人は話の腰が折れ、幻妙斎の出現した意図について結論の出ぬまま別れ、各自の部屋へ
と戻った。
 夏場は葦張りの戸だから、打ち水をした前庭から戸を通って冷えた風が流れ込む。勿論、日中の酷暑は容赦なく襲うが、夏場稽古で午後の稽古がない日が十日ばかりあるから、バテるほどではない。この夏場稽古の場合、稽古は形のみだから、云わば、稽古は無きに等しいのだ。更に、土用の鰻が葛西宿の鰻政から届けられるのが慣例となっているので、身体の滋養にもなり、皆の楽しみの一つとなっていた。そんな状況下、幻妙斎が皆の前へ現れて後、三日が経った。事後、二日、三日目となるにつれ、沈黙に終始していたものが、少しずつ門弟達の会話も囁かれるようになっていた。幻妙斎が何ゆえ現れたのか…という素朴な疑問も、時の流れが洗い流す。ただ一人、左馬介だけが、早朝の隠れ稽古の素振りの中で、その意図を真摯(しんし)に考えていた。


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シナリオ 「影踏み」 <推敲版>

2010年01月26日 00時00分01秒 | #小説

≪創作シナリオ≫

    影踏み  <推敲版>           

  登場人物
黒木浩二(22) ・・公務員(回想シーン 学生)
本山美沙(20) ・・会社員(回想シーン 学生)
老婆   (83) ・・鹿煎餅売り

○   興福寺境内 五重塔前 夜[現在]
  十六夜の朧月。微かな巻雲。煌々とした蒼い月に照らされる五重塔、境内。 

○ メインタイトル
  「影踏み」

○    同   五重塔前 夜[現在]
  月光にくっきりと浮き上がる五重塔を見上げ、立ち止まる浩司。十六夜の朧月。辺りに人の気配はあるが、割合、静穏である。
 浩司M「あれは…、そう、去年のこんな夜だった」

○    同   五重塔前 夜[現在]
  十六夜の朧月、五重塔の夜景。
  O.L

○    同   五重塔前 夜[回想 去年]
  O.L
  十六夜の朧月、五重塔の夜景。
  現在と同じアングルで見上げ、佇む浩司。後方から静かに女性が近づいてくる。
 美沙「あのう…、すみません」
  突然、背に声を受け、驚いて振り向く浩司。目と目が合う二人。見つめ合う二人。一目惚れ。束の間の無言。
 浩司「…はい、なにか?」
 美沙「なんか、言いにくいな…(照れて)」
 浩司「けったいな人や。…どないしたん?」
 美沙「(はにかんで)この辺りに財布、落ちてませんでした? …やっぱ、恥しいな。(気を取り直して)鹿のストラップがついてるんですけ
     ど…。(浩司を窺うように見て)馬鹿(ばっか)みたい!(突然、自分に切れて苦笑)」
 浩司「かなり怪(おか)しいで、あんた。どもないか?(笑いをこらえて)」
 美沙「(少し膨(ふく)れて)あんたってなによ! 本山さんとか美沙さんとか言ってよね!」
 浩司「言(ゆ)うてて…。初めて会(お)うたんやで、僕ら(笑えてくる)。そんな興奮せんでもええがな。第一、君の財布も知らんし…」
 美沙「アッ! そうでした、すみません」
 浩司「(大笑いして)マジ、怪(おか)しいわ、あんた。…いや、あんたやない。本山さんとか言(ゆ)うたな?」
 美沙「はい、そうですぅ~(少し拗(す)ねて)」
 浩司「ほやけど、財布がなかったら困るな。昼間、落としたんか? 昼間なら、ここら人が多いで、あかんで」
 美沙「そうなのよね。一応、交番には届けたんだけど…(月明かりの地面を窺い)」
 浩司「駐在はん、どう言(ゆ)うてた?」
 美沙「出たら連絡しますって。…でも、ほとんど出ないそうよ」
 浩司「ほやろな…(月明かりの地面を窺い)」
  二人、探しつつ歩き始める。十六夜の朧月に照らされた興福寺五重塔。

○  奈良公園 夜[回想 去年]
  十六夜の朧月。鹿が所々にいる。月明かりに遠景の五重塔が映える。歩く二人。
 浩司M「僕達は諦(あきら)めて、ふらふらと歩き、いつの間(ま)にか、興福寺の外へ出ていた」
 浩司「黒木いいます。二十一。地元の学生なんやけどな」
 美沙「なんだぁ、親のスネカジリか…」
 浩司「あんた口悪いな。…いや、本山さんやったな」
 美沙「口悪いのは生まれつきですぅ~(“あっかんべえー”をして)。で、名前は?」
 浩司「なんやいな、警察みたいに…(少し、むくれて)。浩司や」
  二人、小さく笑い、芝生へと座る。月の光で結構、辺りは明るい。鹿も何頭かいる。
 浩司「…本山さんも学生はんかいな?」
 美沙「はい。ずう~っと向こうの(東を指さして)ほうですぅ~」
 浩司「(小さく笑い)ほんま、面白(おもろ)い娘(こ)や…」
  二人、意気投合し、互いの顔を見て笑う。
 浩司「(急に真顔に戻り)ほやけど、どないするん? 今晩」
 美沙「それは問題ないんだけどね。(指さして)ほん其処(そこ)の友達ん家(ち)泊まるから…」
 浩司「ほうか…。そりゃ、よかったわ。…で、今日は、まだ時間あるんか?」
 美沙「うん。…ありは、ありね」
 浩司「ほなら、一寸(ちょっと)戻らなあかんけど、猿沢の池、案内しとくわ」
 美沙「(立ちながら)上から目線がムカつくなあ。まっ、
いいか(勝手に歩き始め)」
  浩司も立つと、後を追って歩く。

○  同 猿沢の池 夜[回想 去年]
  十六夜の朧月に映える池の遠景。池の後方に蒼白く浮き上がる五重塔。
 浩司M「僕達は猿沢の池に出た」
  池堀の周辺を並んで歩く二人の遠景。十六夜の朧月。微かな巻雲。

○  同 猿沢の池 夜[回想 去年]
  朧月に照らされた柳が春の微風に戦(そよ)ぐ。笑顔で語らい、池堀を並んで歩く二人の近景。
 美沙「しばらく忘れてた…、こんな感じ」
 浩司「どうゆうことや?」
 美沙「ん? …別に意味はないの…」
 浩司「やっぱ、どっか怪(おか)しいで、本山さん、…とか言(ゆ)う人」
 美沙「なによ、それ(微笑んで)。馬鹿にしてんでしょ、私のこと」
 浩司「そんなことないがな。(空を眺めて)それにしても、ええ月やわ。…なあ、影踏みしよか?」
 美沙「なに? それ」
 浩司「かなんなあ。影踏み、知らんのかいな。ほやで困るにゃ、都会の娘はんは…」
 美沙「馬鹿(ばっか)みたい。それくらい、知ってるわよ(少し向きになって)。でも、あれって、昼間の遊びじゃなかったっけ?」
 浩司「そんな決まりはないで。…ほな、僕が鬼になるわ。はよ、逃げんと、踏むでぇ~(小さく笑い、冗談で脅かす)」
  『キャ~』と奇声を発しながら笑って走り出す美沙。その後を走る浩司、美沙の影を踏もうと、おどけて追う。しばらく戯れて走り、息が切
  れた二人、立ち止まる。浩司、息を切らせながら思わず空の月を眺める。釣られて眺める美沙。十六夜の朧月。月に照らされる柳。見上
  げる二人の姿(近景)。
 美沙「久しぶりに子供の頃に戻ったみたい…(荒い息を抑えながら、月を眺め)」
 浩司「ああ…(荒い息を抑えながら、月を眺め)」

○  二人の歩く姿と空に浮かぶ月(遠景) 夜[回想 去年]

○  興福寺境内 夜[回想 去年]
 浩司M「僕達は興福寺へ戻り、別れた。いや、そうするつもりだった」
  歩く二人、立ち止まる。煌々とした蒼い月に照らされる五重塔の夜景。
 浩司「じゃあな…。ええ旅してや。アッ、本山のメルアド訊いとこか。財布、出てきたら連絡するさかい…」
 美沙「(小さく笑い)おいおい、今度は呼び捨てかい。プラス、相変わらずの上から目線」
 浩司「悪(わり)ぃー悪(わり)ぃー(頭を手で掻きながら、悪びれて)」
  美沙、膨れながらも微笑む。携帯のメールアドレスを交換する二人。
 浩司「友達の家て、どこや?」
  二人、歩き出す。
 美沙「ほん其処(そこ)…(指さし)」
 浩司「なんや…、ほなら送ってくわ。女性の一人歩きは物騒やでな」
 美沙「フフフ…(笑って)、黒木の方が物騒」
 浩司「本山も結構言(ゆ)うなあ(小さく笑い)、きつぅ~。…ほやけど、名前覚えてくれたんは嬉しいなぁ」
 美沙「不覚じゃ! 喜ばせてしもうたかぁー。(笑って)」
 浩司「やっぱ、僕には手におえんわ、本山は(笑って)」
 美沙「(真顔で)美沙でいいよ…」
  佇(たたず)んで見つめ合う二人。十六夜の朧月。また歩き出す二人。

○ とある家の前 夜[回想 去年]       
 美沙「んじゃ、ここで…」
 浩司「ああ…(微笑んで)」
  月明かりが射す、とある家前で別れる二人。

○  同 境内 夜[回想 去年]
  五重塔の遠景。
  O.L

○  同 境内 夜[現在]
  O.L
  五重塔の遠景。
  煌々と照らす十六夜の朧月に、くっきりと浮き上がる五重塔の近景。去年と同じアングルで見上げ、佇む浩司。
 浩司M「あれから美沙と数度逢い、僕達は婚約した。勿論、結婚は、僕が卒業して社会人になる前提だった」
  ふと我に帰り、歩き出す浩司。
 浩司M「それが、急に美沙は姿を消した」
 浩司「もう一年か…(ふたたび五重塔を見上げ、嘆くように)」
 浩司M「会社に勤めた美沙と役場に勤めた僕。二人の結婚は、何の障害もない筈だった。…でも、それっきり逢えなかった」
  その時、斜め前方より、時代を感じさせるリヤカーを引いた鹿煎餅売りの老婆が、のろのろと浩司に近づく。
 老婆「あんた…、黒木さんか?(しわがれ声で)」
 浩司「…」
  白い乱れ髪の下から嘗(な)めるような視線で浩司を見上げる背の曲がった老婆。立ち止まり、老婆を見下ろす浩司。おどろおどろしい
  風貌の老婆に、少し引きぎみの浩司。
 浩司「そうやけど…(少し気味が悪いと感じながら)。お婆さん、なんぞ僕に用か?」
 老婆「昼間、娘はんがな。黒木、言(ゆ)う人に会うたら、…これ渡してくれて、預かったんやわ…(しわがれ声で)」
  汚れた服のポケットから半折れになった白封筒を取り出し、浩司へ手渡す老婆。
 浩司「(受け取って、朴訥に)おおきに…」
  老婆、頷き、ふたたび、のろのろと、何もなかったかのようにリヤカーを引いて去る。

○  同  境内 夜[現在]
  老婆が去ったのを見届け、白封筒の中に入った便箋を取り出し、黙読し始める浩司。朧月に美沙の姿が重なる。
 美沙M『たぶん、あなたが、この手紙を開く頃、私は外国へ旅立っていると思います。黙って姿を消したこと、まず先に誤らせて下さい。
      親の決めた結婚相手を断れなかった私。全て私が弱かったのです。どうか、こんな私のことは早く忘れて幸せになって下さい。
      遠い、遙か彼方から、あなたの幸せを祈っています。 
美沙』
  黙読し終えた浩司。心なしか項垂(うなだ)れ、便箋を封筒へ入れる。
 浩司「(思わず泣けてきて、涙を拭い)美沙の馬鹿野郎!(咽びながら小声で)」
  その時、浩司の肩を後ろから突っつく者がある。浩司、ビクッと驚いて振り向く。涙顔の美沙が立っている。
 美沙「(他人行儀に)…あのう、どうかされました?(言葉をかけた後、真顔から笑顔になって)」
 浩司「アッ! …なんやお前、戻ってきたんか…(意固地になり)」
 美沙「なんや、とは、なによ!(膨れぎみ)戻ってきてあげたんだからね…(真顔に戻って)」
 浩司「(素直になり)ほうか…、おおきに。そやけど、書いたーることと違うやん(微笑みながら白封筒を突き出し)。プラス、ここで今、会う
     のは、出来過ぎた話と違うか?」
 美沙「(恋する真顔になり)行けなかったの…。それで、あの時に戻りたくなって…」
 浩司「…」
 美沙「…」
  互いに見詰め合う二人。どちらからともなく抱擁し交わすキス。空の朧月。静かに離れる二人。暫しの沈黙。浩司、空の朧月を眺める。
  美沙も釣られて眺める。
 浩司「み空行く、月の光に、ただ一目、相(あい)見し人の、夢(いめ)にし見ゆる…か」
 美沙「どんな意味?」
  二人、歩きだす。自然と手をつなぐ二人。
 浩司「…空を行く月の光の中で、ただ一度、お逢いした人が、夢に出てらっしゃるんです…ぐらいの意味やろ」
 美沙「ふ~ん、そうなんだ(反発せず素直)」
 浩司「なんや、それだけかいな。やっぱり怪(おか)しいわ、美沙は」
  美沙、立ち止まる。浩司も立ち止まる。手を離す二人。
 美沙「なぜ?」
 浩司「ほやかて、そやろが。僕が万葉の恋歌を、しみじみ詠んでんねんで。もっと、弄(いじ)ってもらわんと…」
 美沙「(小さく笑って)お笑いじゃあるまいし…。で、どう言って貰いたいの?」
 浩司「じれったいなあ、もう…。こんなこと、僕に言わすんかいな。…好、き、や、って言(ゆ)うてんねん」  
 美沙「分かってたよ、ずっと前から…。だから結婚するんでしょ? 私達」
 浩司「(怪訝な表情で)えっ? ほやかて、外国、行くんやろ? そやないんか?」
 美沙、ふたたび歩きだす。浩司も歩きだす。
 美沙「馬鹿(ばっか)じゃない。じゃあ、なぜ私、今ここにいるの? さっき出会ったとき、何も思わなかった?」
 浩司「アッ! そうや。そうやわな。そらそうや…。ほんで、いつかの財布は?」
 美沙「(小さく笑い)可笑(おか)しな人…」
  釣られて、笑う浩司。そこへ前方から近づくリヤカーを引いた鹿煎餅売りの老婆。浩司、近づくにつれ、先ほどの老婆だと気づく。擦れ違
  いざま、
 浩司「さっきは、どうも…」
  と、老婆へ徐(おもむろ)に声を掛ける浩司。老婆、少し行き過ぎた所で立ち止まり、振り返る。
 老婆「…ああ、 昼間のお人と先(さっき)のお人か。上手いこと出逢えたようやな、お二人さん。よかったよかった…(二人を笑顔で見上
     げ、しわがれ声で)」
 浩司「はあ…(軽く会釈)」
 老婆「わてにも、こんなことがあったなぁー。そうそう、もう六十年以上、前の話やけんどなぁ。戦争で出逢えんかったんや、とうとう…(しわ
     がれ声で悲しそうに空の月を見上げて)」
  ふたたび何もなかったように寂しげにリヤカーを引いて立ち去る老婆。一瞬、立ち止まり、後ろ姿のまま、
 老婆「わての分も幸せになんにゃでぇ~!(声を幾らか大きくして)」
  と、やや叫び口調の声で離れた所からそう言い、遠ざかる老婆。次第に闇の中へ紛(まぎ)れる老婆。

○ 十六夜の朧月に照らされる興福寺五重塔

○  興福寺境内 夜[現在]
 美沙「訳ありか…、可哀そう。でも、一寸(ちょっと)キモイね」
 浩司「(不気味な言い方で)そういや、あの婆さん、影がなかったでぇ~(老婆が立ち去った後方の闇を振り返り)」
 美沙「(驚いた高い声で)キャ~っ!」
 浩司「嘘や、嘘やがなぁ~(笑って肩に手を掛け)」
 美沙「驚かさないでよ(フゥ~っと、溜息を吐き)」
 浩司「それにしても、よい月夜やったな」
 美沙「ん、そうね…。結果、オーライ」
 浩司「み空行く~、月の光に、ただ一目~」
 浩司、横を歩く美沙の手をさりげなく握る。
 二人「相(あい)見し人の、夢(いめ)にし見ゆる~(笑う)」
  美沙も握り返す。握り合った手を振って歩きだす二人。前方に十六夜の朧月。煌々とした蒼い月に浮かぶ五重塔。微かな巻雲。

○  (フラッシュ) 奈良公園 夜
  月の光が射し、鹿が所々にいる芝生。     

○  (フラッシュ) 猿沢の池 夜
  十六夜の朧月に照らされる池。池の後方に浮かび上がる興福寺五重塔。

○ もとの興福寺境内 夜
  十六夜の朧(おぼろ)月に照らされる五重塔。
  その前を雑談をしながら去っていく浩司と美沙の手をつないで歩く姿。次第に二人の姿、遠ざかる。空の朧月。

○ エンド・ロール
  奈良公園と朧月。
  テーマ音楽
  キャスト、スタッフなど
  F.O

               (2008/ NHK奈良 投稿作を推敲)


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残月剣 -秘抄- 《剣聖③》第十二回

2010年01月26日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖③》第十二回
それに加え、少し訝(いぶか)しくさえ思えていた。
「私は幸いにも入門から間もなくお目にかかれる機会を得たのですが、皆さんはそんな機会に恵まれなかったということなので
しょうか?」
「いや、それはそうじゃないんです。現に私は入門の日に門前でお目にかかったんですから…。他の方々も全てとは云いません
が、有るとは 思いますよ」
「では、何ゆえ?」
「ああ、それはですね。道場での稽古中に、ああしてお座りにな
られた先生に検分された者は無かったからだと思います」
「なるほど、そういうことでしたか…」
 鴨下は漸く得心できたのか、顔の強張った表情を緩めた。
「皆さん、恐らくは部屋へ籠られ、お考えになっておられると思うのですよ。第一、先生が検分される中での初めての稽古でしたからね。勿論、私の推測ですが…。私が入門する以前のことは分かりませんから、しかとは断言できませんが、一馬さんから聞いたところでは、そうです。それはさて置き、先生が検分さ
れた真意が何であるのか…と、考えるのが普通です」
「それは、そうでしょうね」


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残月剣 -秘抄- 《剣聖③》第十一回

2010年01月25日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖③》第十一回
現に井上は、それからの稽古を断念し、全員に終了を告げた。誰も何も云おうとはせず、だらだらと引きあげた。そして朝餉となったが、この時も門弟達は無言に終始した。今迄とは明らかに何かが変わ
っていた。
「いやあ…驚きましたよ」と笑いながら鴨下が左馬介へ語り掛けた。漸く朝餉の後片付け
が済んだところであった。
「それは私も同じです…」
 左馬介も同調して返した。
「皆さん、どうされたんですか? あれから、ずう~っと黙ってお
られますが…」
「先生が道場へ出ておいでになるのは、私が知るところ有りませ
ん。恐らくは、井上さんや他の方々も無かろうと存知ます」
「だから、皆さんは黙っておられたのですか?」
「はい、たぶん…。先程の事態をどう捉えていいものかと、皆さ
んはお考えなのだと思いました、私は…」
 左馬介は、鴨下の問い掛けに優しく答えた。正直なところ、左馬介にもどう捉えていいものか分からないのである。幻妙斎が久しく全員の前へ姿を見せなかった訳と、つい先程、忽然と現た真意を測りかねた。


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