水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 幽霊パッション (第八十三回)

2011年07月31日 00時00分00秒 | #小説

     幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    第八十三回
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
 上山は、とにかく誰かを呼ぼうと携帯に手をやった。しかし、開けて誰彼なしにダイヤルしても、まったく応答がない。というより、接続不能メッセージも流れず、接続自体がなされているのかどうかも分からなかった。上山は連絡を諦めて、携帯を背広のポケットへ戻した。その時、幽霊平林の顔が、ふと上山の脳裡を過(よぎ)った。これだ! と上山は刹那、思った。そして、徐(おもむろ)に頭をグルリと一回転した。例の呼び出す合図である。
『はい! お呼びになりました? いやあ、もうそろそろかと思ってたんですよ』
「そ、そんなこたぁ~、どどうだっていいんだ! おい君! これは、どういうことなんだ? ちゃんと説明しろ!」
 上山にしては珍しく興奮した口調で云い放っていた。
『まあまあ…。そんな大きな声を出さずに! 今、ちゃんと云いますから』
 幽霊平林は不満顔で上山に云った。
「分かった…。いや、こりゃ、私でなくとも大声を出すぞ」
 上山は人の姿が消えた辺りの光景を指さして、そう云った。
『はい、それは、そうです…。しかし課長、安心なさって下さい。人々は、ちゃんといるんですよ。ただ、課長の目には見えないだけなんです』
「分からん! とういうことだ、君」
『ですから今、少しずつ、ご説明しますよ』
 幽霊平林は、ふたたび上山を宥(なだ)めた。
「は、早く云ってくれ! どういうことなんだ、えっ!?」
『まあまあ…。そう迫られては、話し辛(づら)いですから』
「…、いや、これは私が悪かった…」
『人は、いつもどおりいるんですよ。ただ、課長の目には見えない…。ただ、それだけのことです』


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連載小説 幽霊パッション (第八十二回)

2011年07月30日 00時00分00秒 | #小説

     幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    第八十二回
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
  いったいどういうことだ…と上山は瞬間、考えた。何か、よからぬことが起こるのかも知れないとも思えた。確かに起ころうとしていたことは不測の事態で、上山を除けは決していいとは考えられない出来事だった。もちろん、上山もこの事態が起こった最初は、皆と同じようにうろたえたが、その後、上山以外にはもたらされない朗報が彼だけに舞い込んだのである。それがなぜだったのかを上山が知るのは半年以上も先となる。
 上山は幽霊平林に云われたとおり二時間ほど遅れて出ることにした。背広の上着だけを脱ぎ、とりあえずはハンガーへかける。奴の云うことが出鱈目なら、完璧に遅刻欠勤だ…と、少し怒りぎみに上山は思った。
 二時間を過ぎ、上山が家を出て駅へ着くと、いつもの雑然とした人の動きが途絶えていた。というより、駅構内には人っ子一人いなかった。乗客はむろんのこと、駅員、それに周辺に展開する店の人影も一切、立ち消えていたのである。そういや…と、上山はひとつの異変に気づいた。というのは、上山が家を出て車を走らせたその途中の車窓に展開する風景が、いつもとはまったく違っていたことである。もちろん上山は偶然、こんな日もあるんだろう…と、軽い気持で車を走らせていた。移り行く風景に人の姿は一切、なかった。駅を歩きながら人を探しはするが、昨日までのすべての有りようが完全に消え去っていた。そうは云っても、それは生活を営む人々の姿だけであり、不思議なことに機械は平常に動いていた。列車は無人の人を乗せ、ドアの開閉もいつもと変わらず、運転手もいないのに無人で発車していた。信号やあらゆる照明も消えることなく、無人以外は、なんら昨日までの風景とは変わることがなかった。すでに歩き捜(さが)す上山の額(ひたい)には汗が光っていた。それは、動いて暑いから出るという汗のみでなく、そら恐ろしさ、という怖さから出る冷や汗も多分に含まれていた。


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連載小説 幽霊パッション (第八十一回)

2011年07月29日 00時00分00秒 | #小説

     幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    第八十一回
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
 幽霊平林は、いったいなぜ上山にだけ見えるの? というか、そもそも他の死者達と違い、平林だけが、なぜこの世にさ迷っているのか? という素朴な疑問は解かれることもないまま五月も終わろうとしていた。六月末だと岬に云われていた披露宴までにはちょうどひと月だった。会場での挨拶が多少、気になった。それまでに何かの手がかりらしきものだけでも入手したい…と上山は思っていた。頼りの佃(つくだ)教授は怪(あや)しげなゴーステンという物質を用いて制作した霊動感知機のデータ取りに余念がない。彼は唯一の理解者だが、成果のない研究結果の現状だけが悔(くや)まれ、上山は当てに出来ずにいた。
 次の日、上山に朗報がもたらされた。それは幽霊平林からであった。その日も上山はいつものように目覚め、そしていつものように同じ繰り返しのワンパターンで出勤までの家の雑事や身支度をしていた。むろん、食事は簡略に済ませるつもりでいた。というのも、会社到着までの時間を考えれば、そうゆったりと食事をする余裕はなかったからである。上山としては決して急いでるつもりはなかったし、またゆったりしているという気分でもない。云わば、普通のリズムでのワンパターンだったのである。そんな上山がコーヒーを飲み終え、新聞を閉じた時である。幽霊平林が不意に現れた。上山としては、まさか家へ現れようとは思っていない想定外の事態であり、幾らか驚いた。とはいっても、行動を乱すほどの乱れようではない。
「ど、どうした! 君。ここへは現れないってこっちゃなかったのか?」
『すみません…。そのつもりだったのですが、お出かけ前にどうしてもお伝えせねばならない事態が起きたものですから…。課長が僕のようにスゥーっと動く存在になってもらってからでは困りますから…』
「えっ? どういうこと?」
『なんでもいいですから、今日は二時間ばかり遅らせて家を出て下さい。訳は改めて云いますから! それじゃ…』
 幽霊平林はそう云うと、スゥーっと、さりげなく消え去った。


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連載小説 幽霊パッション (第八十回)

2011年07月28日 00時00分00秒 | #小説

     幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    第八十回
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
「ありがとうございます、と申しております」
「そうか…。まあ、今日はこの辺にしておこう。おい、そこにいる平林君、今後とも我が社のために、よろしく頼むぞ! 以上だ。もう帰ってくれてかまわんぞ」
「それでは…」
 上山は席を立つと田丸に一礼し、社長室をあとにした。当然、幽霊平林も上山の後方を流動する。
『社長、やっと僕の存在を認めてくれましたね』
「ああ…。まあ、よき理解者が一人、増えたと思って、素直に喜ぶしかないな」
『これで僕達二人以外に、滑川(なめかわ)教授、佃(つくだ)教授、社長の三人が加わりましたね。現在、五人です』
「そういうことだな…。だが、私達の謎を解明する手立てが見つからん」
『それもそうです。つい、僕達のことを忘れてました』
「なにも、君が謝ることはない」
『ええ、そうなんですが…。お手上げですね』
「そうだな…」
『研究所でも今のところ分からないんですから、こりゃもう、コツコツと地道に調べるしかないですね』
「そういうことだ…」
 上山は課へ戻ると、机に置いた鞄を手に帰途についた。この時、すでに幽霊平林
は前ぶれもなく消え去っていた。上山にとって幽霊平林のことは気がかりではあったが、すでに馴れてきたせいもあってか、半分方、もうどうでもいいや…との想いに襲われつつあった。上山は幽霊平林との関係をすでに二人と思っていた。正確には一人と一霊なのだが、見えて話せる今の現状は、彼を人間と認められた。ただ、平林は足がなく、宙にプカリプカリと浮かんだり、スゥ~っと流れ動いたり消えたりする違いがあるだけだった。それさえ気にしなければ、一人と見えなくはなかった。


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連載小説 幽霊パッション (第七十九回)

2011年07月27日 00時00分00秒 | #小説

     幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    第七十九回
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
「ああ、まだ云ってませんでしたね。私が佃(つくだ)教授にコンタクトをとったのは、平林君と相談した結果なんです」
「どういうことだ?」
「ですから、私と平林君の現象について、です」
「ああ、君には平林君の姿が見えるということか…」
「はい、そうです。それに、平林君が云うには、私だけが白っぽく見えるそうです」
「白っぽく?」
「ええ、薄れて見える、という意味らしいんですが…」
「なるほど…」
「そうだったな、君」
『はい!』
 上山が幽霊平林に訊(き)き、彼は肯定した。しかし、社長の田丸には見えないから、上山が話す様子は尋常には映らない。どこから見ても、ひとり言としか捉えられないのだ。
「なんだ? どうした、上山君」
「ああ、すいません。白っぽく見える様子を、ここにいる平林君に確認しただけです」
「ああ、そうなのか…」
 田丸は、それを聞いて納得した。
「社長! 私の云うことを信じて戴けるんでしょうか?」
「…まあな。強(あなが)ち、出鱈目とも思えんしな。だいいち、将来のある君がだ、出世にさし障(さわ)る話をする訳がない。普通は、見えたとしても隠すのが道理だ。それを君は、私に包み隠さず云ったんだからな。これはもう、信じるしかあるまい」
「ありがとうございます」
『ありがとうございます』
 幽霊平林も上山に続いて礼を云った。


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連載小説 幽霊パッション (第七十八回)

2011年07月26日 00時00分00秒 | #小説

     幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    第七十八回
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
「ほう…それは何かね?」
「教授のところへ納入された霊動感知機という機械の出どころが、実はその佃(つくだ)教授の研究所だったんですよ」
「霊動感知機だって? 何だね、それは?」
「佃教授は霊動学の権威者なんですがね。その霊動学を実証するために作られた機械なんですよ。ゴーステンという物質を使って…」
「ゴーステン? 益々、分からん」
「まあ、分からないのが相場です。おいおい、お話します」
 上山は田丸を宥(なだ)めた。
「結局のところ、平林君が君には見えるということだな」
「はい、それはもう…。現に、今もここにおります」
 上山はプカリプカリと宙で漂う幽霊平林を指さした。
「なんだ…今日も出とるのか」
『出るとは失礼な! 日や月が昇るんじゃないんですから』
「出るとは失礼な、と申しております」
「えっ? ああ…。いや、これは失言だ。申し訳ない」
 田丸は上山が指さした空間を眺(なが)めて、そう云った。
『課長! いちいち伝えないで下さいよ。僕が居づらいじゃないですか』
「いや、すまん、すまん」
「なんだ! どうした? 上山君」
「いえ、こっちのことです」
「それで、佃教授は、どう云ってられたんだ?」
「はい。今の霊動学では、まだ詳しいことは分からないとか…」
「何が分からないのかね?」


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連載小説 幽霊パッション (第七十七回)

2011年07月25日 00時00分00秒 | #小説

     幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    第七十七回
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
「なんだ、そうか…。いや、そりゃ奇遇だな。っていうか、いささか気味が悪いな」
「そう云われりゃ、そうですね」
 幽霊平林も上山の前で、それもそうだ…と納得して頷(うなず)いた。生きていれば腕組みしをして頷くところだが、彼の場合は、いつもと変わらない幽霊姿勢である。幽霊姿勢とは、両手を前へ構え陰気に下げる、誰もがよく知っている定石のスタイルだ。もちろん幽霊平林が腕組みをしない、ということではない。

「まあ、とにかく、そんなことで立ち読んだあと、返って気になってきたって訳だ」
「私もあの本は読みかけ、なんですが…。それより社長、我が社で安眠枕を発売しようとしたのを憶えておられますか?」
「ああ…確か滑川(なめかわ)教授に案を出してもらったやつだろ?」
「ええ、そうです。枕のメカは佃(つくだ)教授にお願いしたんですが、アレは結局、お蔵入りになってしまいましたね」
「ああ、そうだった。専務や常務など、主だった役員連中が売れん! と、ゴネおったな」
「いえ、私は役員会の経緯(いきさつ)は知らないんですが、結局、発売にはなりませんでした」
「そうだった…」
 当時、生きていてこの世のモノだった幽霊平林は、自分も一枚、噛んでいた話だけに、ふたたび首を二度、三度と縦に振って頷いた。ただ、不安定に上や下へと空中で浮き沈みして漂っていることには変わりがなかった。
「私が滑川教授の研究所を訪ねたのは、社長が気にされる私と平林君のことを訊(たず)ねようとしたからなんですよ」
「佃教授は知らんが、滑川さんは何度かお会いしたことがあるな」
「そうでしたか…」
「で、それがどうかしたのかな?」
「ええ、社長が気にしておられることに関係があるんですよ」


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連載小説 幽霊パッション (第七十六回)

2011年07月24日 00時00分00秒 | #小説

     幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    第七十六回
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
「あの話は君が冗談だったと云ってくれれば、高枕で寝られるんだがな。…どうなんだ?」
 田丸は笑顔で上山に云った。上山の前では幽霊平林が上や下へと動きながらフワリフワリと漂い、陰気に笑っている。
「…、社長のお言葉ですが、私の云ったことは、やはり本当だと云わせて戴きます」
 決断したように上山は云った。どちらにしたって、定時退社する自分が部長になどなれんだろ…と、自問自答した挙句の結論だった。
「…そうか。いや、私もこの前とは少し事情が違うのだよ」
「えっ? どういうことでしょう?」
「だから、君の云ってることが強(あなが)ち作り話だと、今は思ってないんだ」
「社長、何かあったんですか?」
「んっ? ああ、まあな…」
 田丸は語尾を濁した。
「と、いいますと…」
「いやあ、そう大したこっちゃないんだが…」
「そう云われりゃ益々、気になりますよ」
「実は、君の話が気になるもんでな。図書館へ足を運んだんだよ。まあ、それから時折り、君の顔が浮かんでさ、ははは…」
 田丸は賑やかに笑った。
「図書館ですか。私もなんですよ」
「えっ? 君も…。そうかね…。君が余り真剣に話すもんだからさ。ひょっとすると、そんなこともあるんだろうか…と半信半疑だったんだけどね」
「それで社長は、どんな本を?」
「霊視体験だったかな、確か…。借りた訳じゃないがね」
「ええっ! それって、私が借りてる本ですよ」


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連載小説 幽霊パッション (第七十五回)

2011年07月23日 00時00分00秒 | #小説

     幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    第七十五回
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
『なんでしょう?』
「んっ? いや、ついグルリと回してしまったんだ。他意はない」
『そうでしたか。なんだ、霊界の野暮用を蹴って来たんですが…』
「野暮用?! …そんなの、あるんだ」
『はい、まあ…』
 幽霊平林は、やや沈んだ声で云った。
「どうかしたの?」
『ええ、まあ…』
「まあ、ばかりだね、君は。ちょぃと急いでるから、あとから聞くよ」
 上山の足はスタスタと地を歩んで進み、幽霊平林はスゥ~っと流れ動く。もちろん、上山の横にピッタリと付いている。
 社長室に上山が入ると、田丸が今か今かと待っていた。幽霊平林も壁からスゥ~っと透過して中へ入った。
「おお、上山君、来てくれたか。すまんな…」
「なんの、ご用でしょうか?」
「いや、用じゃないんだ。忙しいなら、いつでもいいと思っていたんだが…」
「はあ、そうでしたか…」
「ただの話なんだよ、君を呼んだのは」
「どんな話ですか?」
「いや、それがなあ…。いつやら君が云っていた平林君のことだよ。どうも気になってなあ。それも今日、ふと想い出してさ」
「ああ、あの話でしたか…」
 上山は冷静に話すことに努めた。上山の見えるところに幽霊平林はプカリプカリと宙に浮かんでいた。


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連載小説 幽霊パッション (第七十四回)

2011年07月22日 00時00分00秒 | #小説

     幽霊パッション    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    第七十四回
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
「そういうことだ、君…」
 急にトーンを落として上山は云った。
『分かりました。…ここは、やっぱり無理ですね。お一人の時に寄ります。…っていうか、お約束は続けますので、例のように都合いいとき、お呼び下さい。では…』
「ああ…」
 幽霊平林はスゥ~っと、さりげなく消え去った。上山は両手で口を覆った案内状を机上に置き、なんとなく見つめた。披露宴までは二ヶ月・ほどはあり一応、ホッとした。
 その日は会社でこれといった急用もなく、退社時間が迫っていた。上山は余り残業はしなかったから、会社ではそう出世しないだろう…と、社員達は思っていた。むろん、上山もそう思っていた。
「じゃあ、出水君、あとはよろしく…」
「はい! お疲れでした」
 いつものように五時になると、上山は、そそくさと席を立った。その時、机上のインターホンが鳴った。━ なんだ! こんなときに… ━ と上山は、その内線に出た。社長室からで、声は田丸だった。「おお、上山君か。退社時に悪いが、私のところへ、ちょいと顔を出してくれんか。いやなに、すぐに済むことだ」
「はい! すぐ参ります!」
 上山は内心でチッ! っと舌打ちしたが、社長の言葉だから致し方なし…と諦念し、鞄(かばん)を机上に置くと社長室へ急いだ。廊下を曲がり一階上の社長室へエレベーターで昇る。すると、こともあろうにエレベーターの中へ幽霊平林が現れた。んっ? と、上山は思ったが、よく考えれば、肩を上げ下げし、首を無意識で一周グルリと回してしまったことに気づいた。だが、もう遅い。


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