上手(うま)い具合に隙(すき)を得たタコは、今だ! と思った。
『そいじゃ、おいらは、これで…』
小声でそう言うと、タコはゆっくりとその場から去り始めた。ツボ巡査の心はタコから離れていたから、一瞬、不意を突かれた格好になった。柔道でいう完全な小外刈り一本である。
『…ああ、注意しろよ!』
ツボ巡査は後ろ姿のタコに、そう返すのが関の山だった。
『へい!』
言うが早いか、タコは疾風(はやて)のように走り去った。ツボ巡査は、しまった! と思ったが、もう遅い。すでにタコの姿は跡かたもなく消えていた。ツボ巡査はマルニャ[猫警察用語の護衛対象猫]のみぃ~ちゃんに関心が湧き、すっかり闘志を失(な)くしていた。タコが消えたのにも、まっ! いいか…くらいの気分で軽かった。
その頃、里山はテレ京の駒井と電話で話していた。小次郎とみぃ~ちゃんの一件を週刊誌がスッパ抜こうとしていたのを、駒井が未然に防いだ報告だった。
[編集長が大学同期の友人でしてね、お前がそれほど頼むなら、まあ今回は無かったことにしよう、って言ってくれたんですよ]
「いや、それは助かります。どうも、有難うございました」
[いいえ、小次郎君にはこちらもお世話になりましたので。それよか、次は注意して下さいよ。他誌がスッパ抜いたら、うちも書かん訳にはいかんからな、と釘を刺されましたから]
「分かりました。どうも…」
そんな電話がかかっていることも知らず、小次郎は最近、買ってもらった丸クッションの上で爆睡(ばくすい)していた。業界仕事に引っぱりだこで、過労気味だったのだ。