水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<39>

2015年05月22日 00時00分00秒 | #小説

 後ろを振り返り、沙希代は軽く頭を下げ、医者を見た。そして、噴き出した。沙希代の前には一匹の蛸のような丸禿(まるは)げ頭の初老の医者が立っていた。それも茹(ゆ)で蛸状態の赤ら顔に白衣だ。
「いやぁ~、ははは…」
 医者も他の患者に笑われるのか、悪びれて光る頭を片手で円を描くように撫(な)で回した。
「…失礼しました、つい。…フフフ…」
 沙希代は医者に謝った。そしてまた笑った。
「皆さんに笑われるんですよ、私。スタッフには毎日です、ははは…。参りますよ」
「そうですよね。先生のせいじゃない…」
 沙希代は医者の顔を見てまた笑いそうになり、思わず顔を伏せた。
「いやぁ~、ははは…。ああ、一時間もすれば、シャキッ! とされますから、お帰りになって結構です。インフルエンザじゃなくって、よかったですね」
 医者は赤ら顔で言った。冷静な語り口調ながら、その顔は、やはり茹で蛸だった。里山の病院騒ぎがあったことで、新聞社の取材はドタキャンになっていた。
[仕方ないです。そういうことでしたら…。来週にでも、またご連絡を差し上げますので。…はい。またの機会ということで。…ええ、こちらこそ、よろしくお願いいたします]
「主人には、その旨(むね)、伝えておきます」
 沙希代は携帯を切り、病室へ入った。ベッドの上では里山が呑気(のんき)そうに高鼾(たかいびき)を掻いて眠っていた。小次郎そっくり…と、沙希代は瞬間、思え、その顔を見ながら小さく苦笑した。


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