残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《修行①》第二十二回
だが、何故か先程までとは異なり、竹刀の握りには力みがあった。
「竹刀が震えておる。儂(わし)は、おらぬと思おて振るのじゃ…」
幻妙斎の声は掠(かす)れた小声であったが、皆が寝静まった早暁の今時分は、左馬介の耳に、はっきりと届いて聴き取れた。左馬介は幻妙斎の言葉通り、師の存在を忘れようと両眼を徐(おもむろ)に閉じ、気合い諸共、竹刀を振り翳(かざ)した。竹刀の振りが誘(いざな)う空気の歪みが、微かな音となって響く。既に、「ウムッ!」とかの吐息が発する音は消えていた。
「そうじゃ…。やれば出来るではないか…」
幻妙斎が穏やかな表情でそう語ったとき、入口に寝そべる獅子童子が、唐突に、「ニャ~~!」と立ち上がり、主(あるじ)を呼んだ。
「おう、童子が呼んでおるわ…。もう明けが近いようじゃのう…。左馬介、孰(いず)れまた会い見(まみ)えようぞ。次の機会あらば、一太刀浴びせてみよ。では、のう…」
背の声が、スゥ~っと消えた。次の瞬間、左馬介が両眼を開け、後方を振り返ると、師の姿は跡形もなく消え去っていた。左馬介は、またも茫然自失となって、その場へ立ち尽くした。
束の間の時が流れた。稽古を終えた左馬介は、小屋から洗い場へと回り、濡らした手拭いで身体を拭いた後、小部屋へと戻った。