水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<17>

2015年04月30日 00時00分00秒 | #小説

 猫的によく考えれば、謝(あやま)る必要などないのだ。逆に自分達のプライべートな生活に介入され、いい迷惑くらいのものだ。だが、そこはそれ、二匹とも飼われている立場である。収入面で小次郎は里山を養(やしな)う立場だが、生活の世話はしてもらっているのだ。猫がドラッグストアで猫缶を買う訳にはいかない。まあ、持ちつ持たれつ…といった共生関係にある・・と小次郎は認識していた。
 最近、小次郎は里山の書斎の本を時折り読んでいる。いつやら始めた人間観察が芸能界デビュー以降、等閑(なおざり)になっていたのだが、ようやくその暇(ひま)が出来るようになったためだ。もちろん、書棚の本を自分の力で取り出すことは出来ないから、里山にその旨(むね)を言っておく・・という手段を取る訳だ。
「…? ああ、あの本か。よし!」
 里山は訳なく了解し、書棚から取り出して机の上へ置いてくれた。本を捲(めく)るくらいの力は小次郎にもあるから、あとは、少しずつ読むだけだった。別に知識をみぃ~ちゃんに、ひけらかすつもりは毛頭、小次郎にはなかった。ただ人間学を極めたい・・という一念である。
 式場が騒々しくなり、これは拙(まず)いと、ともかく、小次郎とみぃ~ちゃんは元のテーブル椅子へヒョイ! と昇り、何事もなかったかのように悠然(ゆうぜん)と腰を下ろした。ざわつきながら集中していた来賓の目が里山達から遠退(とおの)いたのを見届け、ホテルの司会進行が咳(せき)払いを一つした。メンツを潰(つぶ)された部長の蘇我だけが不機嫌っぽく里山のテーブルを見ている。里山は、ざまぁ~みろ…という気分で蘇我を見返した。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<16>

2015年04月29日 00時00分00秒 | #小説

「あらっ? いやだわ! みぃ~ちゃんが…」
 隣の席のテーブル椅子の上にいたみぃ~ちゃんがいないことに気づいた小鳩(おばと)婦人がフォークとナイフを皿に置き、叫ぶように言った。
「あっ! 小次郎も…」
 里山も小鳩婦人と同じテーブルだったから、当然、気づき、辺りを見回した。
「将来が嘱望(しょくぼう)されます道坂君が本日、かような華燭の典を…オホン! …挙げられましたことは、当社といたしましても誠に喜ばしい限りと… オホン!!」
 小鳩婦人と里山が目前でガサゴソと動き出したのを見て、祝辞を読んでいる部長の蘇我が、気まずそうに咳(せき)払いを数度した。
「いたいた!! …」
 テーブルクロスを上げて覗(のぞ)き込んだ里山が叫んだ。小鳩婦人も続き、歓声を上げた。
「よかったぁ~~!!」
 全然、よくないのは祝辞を読み上げ中の蘇我である。来賓客の目が里山のテーブルへ集中し、上司のメンツが丸 潰(つぶ)れだ。
「おめでとうございます…」
 祝辞の大部分を削(そ)がれた蘇我は、ポツリと言い終え、苦虫(にがむし)を噛(か)み潰したような顔でソソクサとスタンドマイクの前から去った。
「…小次郎、上がりなさい。今は拙(まず)いだろ」
 里山は屈(かが)んだ姿勢で、テーブルクロスを覗き込んだまま言った。
『すみません、ご主人』 『ニャァ~~』
 小次郎は人間語で、みぃ~ちゃんは猫語で謝(あやま)った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<15>

2015年04月28日 00時00分00秒 | #小説

『いい感じだね…』
 褒(ほ)めベタな小次郎は、とりあえず猫語でニャニャっと返した。
『なによ、それ…。この鳴り具合、いいでしょ?』
 みぃ~ちゃんは、もう一度、首を軽く振り、チリン! と鳴らして、鈴をアピールした。
『ごめんごめん! いい音色だよ』
 こりゃ、所帯を持てば尻に敷かれそうだ…と小次郎は漠然と思った。みぃ~ちゃんは、ニコッと口毛(くちげ)を動かし、少しご機嫌をよくした。
『それよか、僕と君は平安朝の通い婚になりそうだよ』
 小次郎は、このままでは危ういと話題を転じた。
『通い婚? なに、それ?』
 みぃ~ちゃんは、まったりとフロアへ身体を沈め、寛(くつろ)ぎ姿で訝(いぶか)しげに訊(たず)ねた。
『僕がみぃ~ちゃんの家へ通うってことさ…』
『来たっていう合図は? それに、私(あたし)にも都合があるから…』
 小次郎がその後、みぃ~ちゃんから得た詳細情報では、小鳩(おばと)邸には、高級感が漂う家風のスケジュールが、いろいとあるようだった。
『まあ、ともかく…通うことにするよ』
『うん! まあ、話は今後、詰めるとして、今日はおめでたい席だから、硬(かた)い話はナシにしましょう』
『そうだね…』
 二匹は、まったりと寝そべって寝息を立て始めた。いつやらも言ったと思うが、猫族はよく眠るのである。一日の三分の二は眠るのが普通だ。特に、この日のように居心地がいいと、すぐ眠ってしまうことになる。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<14>

2015年04月27日 00時00分00秒 | #小説

 道坂の結婚披露宴は結婚式の数日後、吉日を選んでとり行われた。小鳩(おばと)婦人がみぃ~ちゃんを連れて現れたのは当然である。
「ほほほ…」
 小鳩婦人が挨拶したのは、ただそれだけだった。婦人としても、披露宴への列席は義理的なものである。挨拶が、ほほほ…だけというのは、知り合いが里山以外、皆無だったからだ。ただ、パーティ的なこの手の集(つど)いには場馴れしている小鳩婦人だったから、少しも臆(おく)するところはなかった。返って自分の高価なダイヤモンドとかの装飾品を周囲の者にひけらかしたりする余裕ある態度だった。それはともかくとして、小次郎とみぃ~ちゃんは逢える機会に恵まれた。二匹にとって、人間の柵(しがらみ)は、まったく関係がない。要は、出逢えればいい・・という訳だ。そんなことで、ともかく出逢える機会を得たのだからよかったのだが、どうも居心地が悪い。二匹は列席者の挨拶やら余興やらが盛り上がってきたところで、ヒョイ! とお互いの飼い主から離れた。二匹の席も人間並みに用意されていたのだが、ただ椅子に座っているだけでは、話も何もできたものではなったから、フロアへ飛び降りたのだ。上手(うま)い具合に、テーブルクロスで隠されたフロア下は、二匹にとって都合のいい語らい場所だった。里山達の脚が何本も立つ円テーブルの下は周囲と隔離された別世界だった。
『これでも着飾ってきたのよ…』
 みぃ~ちゃんは見てくれと言わんばっかりに猫語でそう言うと、小次郎の前で首を軽く振った。そういや、以前見たのとは少し違う可愛い首輪で、その先の鈴がチリン! と鳴った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<13>

2015年04月26日 00時00分00秒 | #小説

 里山は、道坂の披露宴に小鳩(おばと)婦人も呼んでもらうよう、道坂へ携帯で連絡した。
[えっ?! いやぁ、それは彼女にも訊(き)いてみないと、なんとも…]
「君達には一面識もないからな。呼ぶ義理もないが、俺の知り合いということでさ…」
[ああ! この前の映画の…]
「お前、よく知ってるな」
[確か、映画宣伝でテレビにも出てられましたよ]
「そうそう、そうだった」
 里山はテレビ取材で小鳩婦人と出演したことを思い出した。
[分かりました。いいですよ、僕が彼女に上手(うま)く言っときますから]
「そうか? そりゃ、助かる…。それじゃ、頼んだぞ。なあ?」
 里山は携帯を切り、腕の小次郎を見下ろした。
 里山の目論見(もくろみ)は、こうだ。小鳩婦人は、恐らくみぃ~ちゃんを伴って披露宴に現れるだろう…と。そうなれば、小次郎とみぃ~ちゃんの出会える機会がまたひとつ増えることになる。小次郎に頼まれた以上、里山としては飼い主として最善を尽くそうと考えていた。
『ええ、助かります…』
 里山と見上げた小次郎の目が合った。
「はあ?」
「いや、こちらの話です…」
 滝田に里山と小次郎の思いが分かるはずもなかった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<12>

2015年04月25日 00時00分00秒 | #小説

 道坂も、今や世界的に有名猫になった小次郎の本と聞き、是非にと了解してくれたのである。
「赤イレ後の最終稿です。お目を通しておいて下さい…。これ、リゲル文学賞もとれるんじゃないですか? なかなか面白いですよ。猫の書いた書物なんて、史上初めてですから…」
 文芸編集部のリゲル編集長、滝田は最終稿を捲(めく)りながら笑みを浮かべ、里山に抱かれた小次郎を見た。
「はあ、まあ…。で、いつ頃の出版に?」
「来月には出ますよ」
 滝田は自信ありげに言った。
『ご主人、間にあいますね』
 小次郎が口を開いた。
「… はっ?」
 少しして、意味が分からず、滝田は頭を傾(かし)げた。そして珍しいものでも見るかのように、里山の腕に抱かれた小次郎をシゲシゲと眺(なが)めた。
「そうだな…」
 里山は腕の小次郎を見下ろした。
「あの…どういった?」
「いやあ、勤めていた会社の部下の結婚式がありましてね。シカジカシカジカなんですよ」
「ああなるほど、シカジカシカジカですか。そりゃ、いい記念にもなりますからね」
 滝田は納得して頷(うなず)いた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<11>

2015年04月24日 00時00分00秒 | #小説

 自動ドアが開けられ、里山は小次郎が入ったキャリーボックスを片手に後部座席から車を降りた。
 上手(うま)い具合に仕事内容が出版本の話で、これが雑誌社だったら…と思うと、里山はゾ~~っとした。小次郎とみぃ~ちゃんのことを根掘り葉掘り訊(き)かれることは目に見えていた。だが、敵もさる者である。里山が編集社に入ろうとしたとき、張り込んでいた記者らしき若い男が里山を呼び止めた。横には中年のカメラを手にした男と二名だ。
「あの~、里山さんですよね?」
 当然、里山と知っているに違いないその若い男は、知らない素振りを見せて訊(たず)ねた。それと同時にカメラのシャッターが切られ、連写音がした。
「すみません! 急ぎますので…」
 そう急いではいなかったが、里山は男を振り切って中へ入った。さすがに、屈強の制服ガードマンが仁王立ちする中までは追いかけてこないようで、里山はホッと安堵(あんど)の息を吐いた。
 出版本は[小次郎の人間指南!]とタイトルされた、猫から見た人間の評論と、小次郎が考える改善策の提案だった。
 会社を退職する前、課長補佐の道坂に頼まれていた仲人(なこうど)役の結婚式が近づいていた。結婚式が遠退いていた背景には、里山にも責任がある事情があった。実は、道坂が里山の後釜(あとがま)として俄かに支社への出向が決まったのだ。それで結婚式が遅れていた。道坂が本社へ呼び戻され、その結婚式が数ヶ月先に挙行される運びとなっていた。里山はその引き出物に今回の出版本を加えてもらおう…と目論(もくろ)んでいた。まあ、退職した会社を利用するチャッカリした態(てい)のよい宣伝である。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<10>

2015年04月23日 00時00分00秒 | #小説

 狛犬(こまいぬ)は毎朝、その車で里山の家へ迎えに来ていた。今朝も、狛犬が運転する車中で、里山は駒井からの入った話を受けていた。
[任せて下さい。私がなんとかしましょう…]
「そんなことが出来るんですか?」
[ははは…。なに、これで結構、人脈はありましてね]
「そうなんですか? よろしく、お願いいたします」
 携帯は、それで切れた。
「なにかと大変ですなぁ~」
 ハンドルを操作しながら、狛犬が気楽そうに笑った。里山は少し腹が立ったが、怒らず流した。
『そうなんですよ、これでどうして、なかなかです…』
 キャリーボックスに入った小次郎が、里山に代わって狛犬へ返した。
「私も長く人生やっとりますが、猫さんと話せるとは思ってもみなかったですよ、ははは…」
『僕も珍しい名を知りましたよ』
「そういや、珍しい姓だとよく言われますな」
 運転手募集の面接で里山が狛犬を選んだのは、その辺りの珍しさも加味されていた。狛犬の運転 捌(さぱ)きは絶妙で、車の動き出す気配も感じられず、止まるときもまるでエレぺーターが止まった感じだった。
「着きましたよ…」
 車が止まったのは、某編集社ビルの駐車場だった。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<9>

2015年04月22日 00時00分00秒 | #小説

 世界的に超有名猫になりつつあった小次郎は、この週刊誌の一件で新たな世間の荒波に翻弄(ほんろう)されることになった。小次郎にとって、翻弄されるとは、水ではないにしろ、風呂の終(しま)い湯が入った洗濯機の中へドポン! と放り込まれて、スイッチを入れられたようなものである。これは命が危(あや)うい。幸い、これは例(たと)えであって、小次郎の身が危険に晒(さら)される…ということはなかったが、心理(メンタル)面で、小次郎と里山はかなり参ってしまった。このマスコミ騒動を救ったのが、テレ京のプロデューサー、駒井だった。
[困った記事が出ましたね…]
「そうなんですよ。本人…いや、本猫も大弱りでしてね。それにしても、マスコミは凄いですね。どこで、二匹のことを知ったのか…」
 仕事のため車でテレビ局へ移動中の里山に携帯が入った。最近まで、里山が自家用で移動していたのだが、かかってくる携帯の多さに、お抱え運転手を雇ったのだ。狛犬(こまいぬ)という、いかにも霊験新(あら)たかそうな苗字だったが、苗字とは裏腹に、物忘れが激しいショボい初老の男だった。それでも、元タクシー運転手だけのことはあって、運転は確かなのだ。これで、気がねなく入る電話に応じられる…と里山は思った訳だ。加えて、道交法で運転中の通話は危険運転で禁じられていたから、気の疲れも和(やわ)らぐし、一挙両得の効用があった。このため、里山は車を新しく買いかえた。身入りは十分あったから、余裕で買えた。とはいえ、中古の高級車だったのだが…。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ④<8>

2015年04月21日 00時00分00秒 | #小説

「私(あたくし)も小次郎君の来訪に心しますわ」
「まあ、猫同士のことですから、邸宅へ入れさえすれば、なんとかするとは思いますが…」
「一応、婚約ということで…。改めて式の日時につきましては、お電話を差し上げますわ。この番号で、よろしかったかしら?」
 小鳩(おばと)婦人は古めかしい携帯を里山の前へ示した。レトロだな…と里山には見えた携帯画面に、里山の携帯番号が映っていた。小鳩婦人には少し不釣り合いな感がしないでもなかったが、里山は思うに留(とど)めた。
「はい、それで結構でございます…」
「古めかしゅうござぁ~ましょ? どうも、使い勝手がよろしゅうざぁ~ますの、ほほほ…」
 小鳩婦人は、また手持ちのダイヤモンドが散りばめられた扇(おうぎ)で口元を隠し、高貴に笑った。どうも、この手のご婦人は苦手(にがて)な里山だったから、ここは言わせておいて従うことにした。
 世の中には仕事に燃える男もいるものだ。小次郎とみぃ~ちゃんの一部始終を調べ尽くしたその記者の男は、週刊誌にその記事をスッパ抜いた。その男が、どこでどうして二匹の経緯(いきさつ)を知ったのか? が、里山には不思議だった。業界人にはよくあることだが、二匹は猫なのだから分かるはずがないのだ。小鳩婦人と里山のスキャンダラスな記事ならともかく、みぃ~ちゃんと小次郎の仲は詮索(せんさく)しようがない。そう考えれば、里山は自分の行動を近くで見られているような気がしてきた。婦人との話し合いを聞かれていた・・という以外には考えられないのだった。


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