水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

不条理のアクシデント 第二十一話 占い師

2014年02月28日 00時00分00秒 | #小説

 池山は運勢というものをまったく信じない男だった。というのも、すべての予想がことごとく外(はず)れていたからである。
「どうだ、明日は?」
 同じ職場の瀬川がオフィスの窓ガラス越しに空を眺める池山に訊(き)いた。
「降りそうだな…」
 池山は朴訥(ぼくとつ)に答えた。
「ということは、晴れか…。よし! コンペは大丈夫だな」
 瀬川の言葉に池山は敢(あ)えて返さなかった。ほぼ100%の確率で自分の逆になることが池山には分かっていた。だから、無言で池山は頷(うなず)いたのである。
 こんなことが続いたあるとき、ふと池山にアイデアが浮かんだ。
『職場で運勢占いをやったらどうだろう…。真逆に出る現象を利用しない手はない。見料は一人につき一回、100円でいいだろう…』
 池山は発想を深めた。自分が思う逆を言えば当たることは目に見えていた。
 食堂で軽く昼食を終えた池山は、屋上へエレベーターで昇り、昼休憩を利用して占いをやり始めた。池山が占いをしていることは、口コミで社内に知れ渡っていた。
「はい、いらっしゃい! 深津さんはなんですか?」
 同じ課のOL、真理を前に、池山は折り畳み椅子に座って、そう訊(たず)ねた。これで120人目か…と、池山は手に持った手帳へペンでメモをした。
━ 120 深津真理(人事課) ━
「あの…好きな人がいるんです。上手くいくでしょうか?」
『駄目だな…ということは、近く深津君も結婚か…』
 と、池山は直感で思った。
「大丈夫! あなたの恋愛運は上っています。近く成就するでしょう。相手に熱い視線を送り続けることです」
 池山は占い師の口調で思う真逆を適当に言った。
「有難うございました…」
 真理は百円硬貨を一枚、池山に手渡すと去った。見料を知っているところをみると、社内でかなり好評のようだ…と、池山は思った。
 そうこうして、半年が過ぎた頃、池山は専務の海堂に呼び出された。瞬間、池山は怒られるのか…と思った。
『社内規定では、そんな条文があったような、なかったような…』
 不確かだったが、池山に不安が走った。
「いや、どうこう言ってるんじゃない。ヒューマン・リレーションズだ。人間関係が密になり、大いに結構なことだ。ははは…どんどん、やってくれたまえ。ところで、君を呼んだのは他でもない。ちょっと家内には内緒なんだが、コレとの旅行、どうだろう? バレないか」
 海堂は今までの威厳はどこへやら、俄(にわ)かに相好を崩し、ニヤけた顔で小指を立てた。
「はあ…」
 池山は一瞬で、上手くいくな…と閃(ひらめ)いた。ということは、真逆でバレるということだ。池山は一瞬、本当を言うべきか…と躊躇(ちゅうちょ)した。なにせ、上司の取締役である。下手なことを言えば、首が飛ぶだろう…と思えた。
「おかしいですね…分かりません」
「んっ? どういうことかね?」
「いや、こんなことは初めてなんです。部長の先が読めないんです」
 池山はとうとう、バレますとは言えず、暈(ぼか)して専務室を出た。専務室のドアを閉じ、池山はとりあえずホッ!とした。
 時が流れ、一年後、池山は真理と結婚していた。真理の意中の人は、なんと占った池山だったのだ。池山は教会のチャペルで同僚社員達に祝福されながら、俺は不幸になるな…と、感じた。そこには祝福する専務の笑顔もあった。その笑顔に一年前と同じ、専務の先の幸せが予見できた。
 半年後、海堂専務は浮気がバレ、それがもとで平取締役に降格された。その後も、池山は自分の不幸を予見しながらコツコツと占い師を会社で続けている。

                                 完


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不条理のアクシデント 第二十話 嘘[うそ]

2014年02月27日 00時00分00秒 | #小説

 快晴のある日、石崎は欠伸(あくび)をしながら何げなく空を見上げた。快晴なのだから当然、雲一つない青空が広がるだけである。だがそのとき、空の一角から俄(にわ)かに人の腕が現れた。UFOならよくありそうな話で納得もいく。だが、石崎の目に見えたのは明らかに人の第二関節までの片腕だった。しかもその巨大さといえば半端ではない。外観からすれば、どうも男の手のように石崎には思えた。だが、常識では完全にあり得ない事象なのだから、目の異常か…と瞬間、石崎は眼科へ行こう…と思った。目を擦(こす)ったが、いっこうにその巨大な腕は消えそうになかった。しばらくすると、その腕はゆっくりと動き始めた。それは恰(あたか)も水の中へ入れられた腕が水をかき回す動きに似ていた。要は、石崎が水中で見ている構図なのである。そんな腕が見えること自体、すでに異常なのだが、現に石崎の目に見えているのだから否定しようもない。石崎は視線を落とし地上の風景を見た。無視(シカト)すれば、消えるんじゃないか…と単純な発想で思ったのである。そうこうして、しばらく庭の剪定作業をやっていた。
「あなた~、お昼よ!」
 妻の智子(さとこ)が石崎を呼んだ。
「ああ!」
 石崎は剪定をやめ、空返事(からへんじ)の声を出した。腕時計を眺(なが)め、そんな時間か・・と思った。空の腕のことはすっかり忘れてしまっていた。
「さっき、腕が空にあった…」
 食事の途中、石崎はふと、さっきの妙な出来事を思い出し、口にした。
「えっ?!」
 智子は、この人大丈夫かしら? という怪訝(けげん)な眼差(まなざ)しで石崎を見た。
「嘘じゃないよ。本当に腕が空に…」
「疲れてるのよ、あなた。少し横になった方がいいわ…」
 智子は完全に疑っている…と、石崎には思えた。だが、これ以上、嘘じゃない! とは言えず、「ああ…」と素直に頷(うなず)いて、石崎は食事を済ませた。
 食事が済み、立ち上がった石崎はガラス戸越しに見える庭を徐(おもむろ)に眺(なが)めた。そして、少しの恐怖感を秘めながら徐々に視線を空の方へ上げていった。空にはやはりグルグルと手首でかき回す腕があった。
「おい! あれ!!」
 石崎は思わず智子へ声を投げていた。
「なに?」
 洗面台で食器を洗っていた智子が振り向いた。石崎は空に浮かぶ腕を指さした。
「えっ? なに? なによぉ~」
 智子は洗い物の手を止め、石崎に近づくと石崎が指さす空を見た。
「嘘!!」
 智子にも巨大な腕が見えたのである。二人は出会う人すべてにその話をした。しかし誰もが、その科学では到底、説明できない事象を嘘だと断言した。これ以上は世間に変人と思われる恐れがある…と、二人は思った。真実は、この世では嘘…。
 それ以降、二人はその話を人前で話さなくなった。

                              完


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不条理のアクシデント 第十九話 任[まか]せる男

2014年02月26日 00時00分00秒 | #小説

 怠(なま)けてはいないが、どうもアグレッシブに動かない坂巻という男がいた。正月があと10日先に迫っていた朝、この男は埃(ほこり)だらけのマンションで九時だというのにスピ~スピ~と寝息を立てて気持ちよさそうに眠っていた。生理学的な喉(のど)の渇きからか、坂巻はハッ! と目覚めた。それもその筈(はず)で、いつもは入れる加湿器のスイッチを忘れて眠っていたのだ。だから、喉は乾いていた・・と、まあこうなる。なぜ彼に加湿器が必要だったか・・は解明されていない。坂巻は目を開けると身体を動かさず左の足指を伸ばした。足指が触れたのは、カラクリ仕掛けの第一ボタンだった。坂巻がそのボタンに触れた途端、ゼンマイ仕掛けの糸が動き始め、その先端の金属皿を動かした。傾いた金属皿の上には金属球が乗っていて、コロコロと滑らかに転がり落ちて別の皿の上に入った。その皿は梃子(てこ)仕掛けで回転し、棒を動かした。棒の先には二股の自動式バネ金具がついていて、その片方が伸びてガスコンロに火を点(つ)けた。コンロの上にはフライパンが乗っていた。もう片方のバネ金具の伸びにより油がフライパン注がれた。中には昨日の夜、坂巻が眠る前に割り入れた卵があり、ほどよい火加減で目玉焼きを作り始めた。坂巻は右手のハンドルを押した。すると、折り畳み式のベッドがほどよい高さまで上がり、坂巻は上半身を起こした形となった。だが、この男はまだ腰を上げようともしなかった。次に坂巻は側面のボタンを押した。自動でハブラシにチューブの歯磨き粉がセットされ、坂巻がハブラシを口にに入れると、これも自動でシャカシャカと歯を磨き始めた。磨き終わるとハブラシは引っ込み、変わって水の注がれたコップが坂巻の前に飛び出してきた。坂巻はそのコップで口を漱(すす)いだ。すると、コップは引っ込み、洗面台に繋(つな)がった自動吸引機付きの漏斗(ロート)が現れ、坂口はその中へ漱いだ水を吐いた。そんなことが続き、坂巻は何もしないまま、洗顔、朝食を終えた。
 坂巻は腰をようやく上げると、またボタンを押した。すると自動でクローゼットが開いた。その中から今日着て出る靴下、ワイシャツ、ネクタイ、背広などを好みで選択した坂巻は、あるボックスへそれらを入れると、自分も入った。坂巻が入ると同時に、その機械は自動で坂巻に衣類を身に着けさせ始めた。衣類が整った坂巻は、背広の中の手の平サイズの機械を取り出し、そのボタンを押した。しばらくすると、パタパタパタ…というような音が次第に大きくなり、どこから現れたのか、自動制御の無人飛行物体が一機、坂巻のマンションの前を旋回し始め、坂巻が見る窓ガラス前で飛びながら待機した。数分後、坂巻の姿も飛行物体の姿もマンションから消え去っていた。坂巻は異次元の職場へ移動出勤したのだった。坂巻がどういう人物・・いや、どういう生物だったかも、いまだ解明されていない。

            
                完


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不条理のアクシデント 第十八話 並[なみ]

2014年02月25日 00時00分00秒 | #小説

 鰻(うなぎ)専門の老舗(しにせ)高級料亭、粽(ちまき)の店内である。
「いやぁ~、ここのはねぇ…」
 それ以上は言わず、末川はなんともいえぬ美味そうな笑顔で中山に微笑(ほほえ)んだ。末川がそう言うのも尤(もっと)もで、この店の格付けは他店を完全に凌駕(りょうが)していた。レストランなら三ツ星クラス以上の店として全国的な客を集め、連日、湧き返っていた。当然ながらその来店は予約制で、立ち寄り客はお断りの店だった。末川と中山は、時折りこの店へ行きたいと話していたが、話が煮詰まってようやく予約が取れたのだった。距離的には日帰りで行けず、二人は旅行気分でホテルを予約し、出かけたのである。
「ここの白焼きは食べてみたかったんで、楽しみなんですよ」
「ははは…君は食通だからな」
「そう言う末川さんだって、かなり魯山人(ろさんじん)風じゃないですか」
 魯山人とはあの食通の魯山人のことを語っているのは疑う余地がなかった。二人は鰻のフルコースを予約していた。ネタを仕入れる関係からか、粽ではオーダー内容も来店予約の際に言うシステムが採られていた。
「ここの並(なみ)って、他の店ならどうなんでしょう?」
 訳の分からないことを朴訥(ぼくとつ)に中山が訊(たず)ねた。
「ここの並? この店で並ってあったかな? すべてが一品って感じなんだけどね」
「それは、そうなんですが、例え…例えですよ」
「一番、低価格の鰻丼で、他店の超特上!!」
 末川は自信ありげに返した。中山は来店経験がなかったが、末川は過去一度、外務省の先輩に連れられ、来店したことがあった。そのときは鰻重だったが、その味が忘れられないでいた。というのは、その後すぐ、この地方へ異動したからである。
 二人か鰻談義に花を咲かせていると、そこへ和服の女店員が鰻を運んできた。まずは白焼きである。そこへ銚子が二本、添えられていた。二人は適当に飲み食いを続けた。呼んでいた綺麗どころも数人、加わり、三味線に踊りが始まった。急に小部屋が華やいだ。
「まあ、並? よりは上か? …だな」
 少し赤ら顔になった末川が話すでなくニタリとして呟(つぶや)いた。
「はあ?」
 中山は意味が分からず訝(いぶか)しげに末川の顔を見た。末川は杯の酒を飲み干して、踊る綺麗どころを小さく指さした。そして、その指先を白焼きの乗った膳へと下ろした。
「これは並な訳がない。超特上!」
 中山はその意味は解せたのか、ニンマリと頷(うなず)いて白焼きを美味そうに頬張った。

          
                  完

 


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不条理のアクシデント 第十七話 人間OFF 

2014年02月24日 00時00分00秒 | #小説

 鴨田洋二は家の書棚から要(い)らなくなった本を選んで抜き出していた。というのは、少し俄かの入り用で螻蛄(オケラ)になったから、古本買取店へ行って本を売り、少し金を得ようという腹づもりなのだ。そう高くは売れないだろう…とは思えたが、それでも少しの足しにはなるだろうと思ってのことだった。
 小一時間後、適当な本が十冊ばかり選び出された。鴨田はそれを手提げの紙袋に入れると、何食わぬ顔で店を出た。過去にも一度、行った店だったから、そう緊張感はなかった。
 鴨田は店へ入ると、袋ごと受付へ置いた。店員は若い男だった。鴨田は売りたい旨を店員に言った。店員は頷(うなず)くと、袋から本を取り出し、査定し始めた。
『ミステリー・サスペンスが2点、歴史・時代小説が3点、あとは普通の小説が外国も含めて5点ですね…』
 店員も一度、見た顔だ…と鴨田を思ったのか、馴れた口で話し出した。鴨田は黙って首を縦に振った。しばらく値踏みをした店員は電卓を二度、叩(たた)いて確認した。
『結構、いい値が入ってますね。合わせて一万二千五百円です。明細を言いましょうか?』
『いや、いいです…』
 鴨田は店を出て数分したところで財布をポケットから取り出し、手に入れた金を確認した。そして、思ったより多かったな…と少し得した気分に浸(ひた)った。というのも、二束三文の本だろうから、首尾よくいって数千円だろう…と自分の値踏みをしていたからだ。まあ、これで家賃を支払って空(から)になった自分の金がふたたぴ復活したから、年は越せる…と思えた。アルバイトの金が振り込まれるのは五日後だった。そう贅沢(ぜいたく)は出来ないが、普通に使えば一万二千五百円で五日はいけるだろう…と鴨田は思った。
 歳末の舗道をニンマリした顔で歩きながら、少し正月らしいものを買おうか…と、鴨田はリッチ気分になった。鴨田がしばらく歩いていると、知らない店が出来ていた。一週間前には確か、なかったが…とは思えたが、まあ、新しい店が出来ることは、よくあるな…と、鴨田は店の前で立ち尽くした。不思議なことに、繁華街で今まで自分の周りを歩いた人の姿が消えていた。店名を見れば、━ 人間OFF ━ と書かれていた。ふ~ん…と、鴨田はそれほど気に留めず、好奇心で店へ足を踏み入れた。
『いらっしゃいませ! お売りですか!!』
 偉く客当たりがいい店だな…と瞬間、鴨田は思った。
『いや、ちょっと入っただけなんですが…』
 すると、年老いた店員は鴨田を注視しながら電卓を叩き始めた。
『お客さんですと…この値ですね』
『えっ?』
 鴨田は受付へ近づき、その老店員が差し出した電卓の数字を見た。電卓は、8700の文字を蒼白く浮かび上がらせていた。
『いろいろ、いらっしゃいますが、お客さんだと、この売り値ですかね』
 老店員はニタリと笑ったあと、鋭い眼光で鴨田を睨(にら)んだ。鴨田は急に恐ろしくなり、店を出ようと出口へ向かおうとした。だが、足は金縛りをかけられたように動かなかった。鴨田の額(ひたい)に冷や汗が流れた。
「パパ、ママがお夕食だって!」
 鴨田は肩を揺すられて目覚めた。目の前には娘の麻奈がいた。選んで売ったはずの本がフロアの下に置かれたままになっていた。どうも眠ってしまったようだ…と、鴨田はホッと安堵(あんど)した。
 家族三人での賑やかな大晦日の食事が始まった。なにげなく置かれたテーブルの上の電卓が8700の蒼白い文字を浮かび上らせていた。

             
                 完


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不条理のアクシデント 第十六話 二講山[にこうさん]神社の怪

2014年02月23日 00時00分00秒 | #小説

 弘前は山歩きで疲れていた。二講山(にこうさん)の峠を越えればなんとかなるだろう…と歩き始めたのだが、すでに小一時間が経過していた。だが、いっこう峠には出られず、益々、木々が生い茂る山深い奥地へ引きこまれようとしていた。弘前が今までに登った山には見られない異様な気配だった。弘前は少し怖くなってきた。いつもは数人の山仲間と登るのだが、この日にかぎり、一人で出たくなり訪れたのだ。
「妙だな…」
 マップを確かめ、磁石で方角を探ると、間違ってはいない。かといえ日暮れが迫っていた。野宿出来る装備は万が一を考え持って出たから心配はなかったが、どうも辺りの気配が不気味で、こんな所で一夜は過ごしたくない…と弘前は歩き続けた。それでも、どんどん日は傾き、やがて夕闇が弘前の周りを覆(おお)い始めた。そんなとき、弘前の前に一人の老人の姿が遠くに見えた。どう考えても老人がこんな山深い道を歩いているはずがない…と弘前は思った。だが、どこから見ても老人である。弘前が足を速めたため、その姿は次第に近づいてきた。
「あのう…もし! ここは二講山でしょうか?」
 目と鼻の先まで老人の姿が近づいたとき、弘前はその後ろ姿に問いかけていた。老人は歩を止め、振り向いた。
「はい、確かに…。お参りですか?」
「はあ?」
 弘前は意味が分からず、問い返していた。
「ですから、御社(みやしろ)へお参りですか? とお訊(たず)ねしているのです。私はこの先で暮らしております宮司の神下部(かみしもべ)と申します」
 弘前はそれを聞いて、すべてに合点(がてん)がいった。どうもこの先に神社がありそうだ…と思えたのだ。そこに住んでいるなら、老人が辺鄙(へんぴ)な山奥を歩いていたとしても、なんの不思議もなかった。
「いや! そんな訳でもないんですが…。どうも迷い込んだようで、峠に出られないんですよ」
「そうでしたか…。こちらへは正反対ですよ。まあ、もう目と鼻の先ですから、寄っていって下さい。さ湯くらいしかお出しできませんが…」
「どうも…」
 弘前は疲れていたこともあり、素直に老人のあとに従った。
 五分ばかり歩くと、老人の足が止まった。
「ここです」
「えっ?」
 老人は片手で前方を指し示した。だが、弘前の目には木立が深々と茂るただの山地にしか見えなかった。
「よ~く、見なさい…」
 老人に、そう言われ、弘前は目を擦(こす)りながらもう一度、前方を見た。すると、不思議にも俄(にわ)かに霞(かすみ)が棚引(たなび)き、鳥居と御社が現れた。弘前は自分の目を疑った。
「では、私(わたくし)は中でお待ち申しております…」
 老人はそう告げると、スゥ~っと消え去った。弘前は怖ろしさで、思わず疾駆していた。
「おい! 大丈夫かっ!!」
 気づいたとき、弘前は峠道に横たわっていた。どうも、疲れから眠ってしまったらしい。起こされたのは二講山を下山中の男だった。弘前は助かったと思った。さっき現れた老人は夢だったんだ…と思った。
「二講山に神社ってあります?」
「んっ? …そんなもんは、ない。さあ! 早く下りないと日が暮れるぞ」
 藪(やぶ)から棒(ぼう)に何を訊(き)くんだ、こいつは…という顔で、その男は弘前を立たせながら言った。
 日没が迫っていた。二人が立ち去った峠道に、二講山神社のお札が一枚、落ちていた。

                                   完


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不条理のアクシデント 第十五話 肩コリズム

2014年02月22日 00時00分00秒 | #小説

 定年を数年先に迎える吉野は、この日も残業に明け暮れていた。片方の手で霞(かす)む書類の字に目を凝らしながら、もう一方の手で首筋を揉(も)んでグルリとひと回りさせた。そして、フゥ~~っと、なんとも切ない溜息を吐いた。どうにかこうにか書類は完成したな…と、帰り仕度(たく)を始めた。机の上を整えたあと、鍵をかけ、鞄(かばん)を持って立った。そして、忘れ物はないな…と、吉野はもう一度、机の周りを確認し、凝った肩をグルグルと回した。どうも最近、肩の動作が増えたような気がした。課では、いつの間にか自分が一番、年上になっていた。課長も吉野に対しては尊敬の念で敬語を使った。というのも、吉野は現場が好きだった。管理職になれたものを固辞(こじ)し続け、この年になっていた。社長や取締役さえ自分より年下になった…と、吉野はやや気弱になっていた。年老いたとはいえ、仕事は人並み以上に熟(こな)していたから苦情は出なかった。その吉田が最近、肩こりに悩まされていた。だが妙なもので、肩がこると不思議なことに仕事が捗(はかど)り、結果が出た。契約もOKとなり、上層部の覚えもよかった。逆に肩が凝らないと結果が悪かった。吉野は、肩こりは嫌だが結果は出したいというジレンマな気分に苛(さいな)まれた。
 ある日、若手社員の関谷がしきりに肩を揉(も)み始めた。
「どうした、関谷君! 入社して二年目の君が…」
 吉野は関谷の席に近づき、軽く元気づけた。
「ああ、吉野さん。どうも肩が凝って困ってるんですよ」
「おおっ! 課長に言われた企画書は出来てるじゃないか!」
「そうなんですよ、それが不思議なんです。スラスラと企画が湧いて仕上げた途端、コレです」
 吉野は肩を片手で叩いた。そのとき、吉野は妙なことに肩がいつもより軽く感じた。俺の肩こりが関谷に? …そんな馬鹿なことはないな、と吉野は含み笑いをした。
「吉野さん、どうかしました?」
「いや、べつに…」
 関谷の問いかけに、吉野は軽く返した。
 それ以降、吉野の課では、誰彼となく肩こりが伝染するかのように課員達に移っていった。ただ、その前兆はなく、突然、現れた。それと同時に肩こりに襲われた者の仕事は100%の確率で結果を出した。いつしか、吉野の会社はこの現象を肩コリズムと名づけるようになった

                          完


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不条理のアクシデント 第十四話 蛸の足

2014年02月21日 00時00分00秒 | #小説

 省吾は走っていた。あと2㎞にゴールは迫っていた。去年もその前の年も、省吾は故障で出場できなかったのである。だから、なにがなんでも今年は出場するんだ! と意気込んで、やっとレースに出れたのだ。だから、それだけで十分だった。しかし、周囲の目はそうではなかった。省吾のそれまでの実績がオーバーヒートしてマスコミに報じられたのだ。県体でも国体でも優勝した実績が過去にあった。それが返って仇となった。省吾の足が速いのには訳があった。
『私の足を食べなされ。そうすれぱ、あなたの足は速くなりますぞ。心配なされずとも、この足はまた生えますでな、ご安心を…』
 ある日、省吾は夢で蛸の国へ招待された。蛸の国王は省吾を歓待し、土産に自分の足を数本、切り、省吾の手土産にした。
『あ、有難うございます…』
 省吾は蛸が好きだから、これは酢醤油で食べよう…などと考えた。ただ、夢のお告げだから・・と、自分の足が速くなるとは考えもしなかった。ところがその後、省吾が蛸の足を食べると、驚くことにそれまで歴代10位だった記録が、文句なしの一位にまで跳ね上がったのである。
「お前、どうしたんだ?」
 陸上部の友人が怪訝(けげん)な表情で、省吾の足を見ながらそう訊(たず)ねた。蛸の足さ、とは口が裂けても言えない省吾だった。だいいち、そんなことがこの世にあろうはずがない。ただ現実に、省吾の足は格段に速くなっていた。
「いやあ、ちょっと特訓で鍛えて…」
 省吾の口からスラスラと出鱈目が出た。友人は半信半疑ながらも、なんとか納得した。
 ある晩、省吾はまた、夢を見た。
『速くなったでしょうが。ファッファッファッ…』
 蛸の国王は身体を微妙に揺らせながら優雅に笑った。
『有難うございました』
『ただね、あなたには申し訳ないんだが、私の足には有効期間がありましてな…』
『ええっ!』
『いや、これは申し訳ない! 有効期限が足一本につき一年でな。え~と、この前、何本お渡ししましたかな?』
『確か、3本だったと…』
『それならば3年ですじゃ。いや、誠に申し訳ない…』
 蛸の国王は頭をグニャリと曲げてお辞儀した。そのとき省吾は、ふと目覚めた。まだ暗い四時過ぎだった。なんだ、また夢か・・とは思えたが、不思議なことに枕元はグッショリと濡れていた。手の指先で確認すると、明らかに蛸の粘液だった。省吾はゾクッ! と寒気を覚えた。
 その後、省吾の記録は急に落ち始めた。ちょうど、最初の夢から3年が経っていた。

                           完


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不条理のアクシデント 第十三話 湧く弁当

2014年02月20日 00時00分00秒 | #小説

 ここは、とある男子高である。
「おい! あいつ、また食ってるぞ。さっき、食ったばっかじゃねぇ~か!」
 よほど腹が立ったのか、同じクラスで悪ガキの首領(ドン)、石田が校庭のベンチに座って弁当を食べている畑口を野次った。その声に教室の生徒達は反応し、全員が校庭を見下ろした。そんなことはまったく知らない畑口は黙々と弁当を食べ続けた。石田が言ったとおり、二時間ばかり前、確かに畑口は弁当を食べたのだった。それが、また食べている。石田には同じ弁当に見えた。ということは、少し食べて、またその続きを食べているんだ…と、石田は単純に、そう思ったのだ。だがその考えは間違っていた。
 授業開始のチャイムが鳴り、皆が席へ着いた。畑口が教室へ駆け込んできたのは数学教師の谷村が教室へ入る直前だった。息を切らして起立し、礼、着席するのが畑口のいつもの日常で、他の生徒達は、またか…程度で、さして気にすることもなかった。ただ、畑口が、なぜそんなに腹が空くのか? という疑問だけは皆の心に残った。畑口の弁当は食べても食べても尽きない食べ物が湧き出る弁当だったのである。畑口は腹が空(す)いて食べている訳ではなかった。食べないと、弁当の蓋(ふた)が増えるおかずや御飯で押し上げられ、鞄(かばん)が食べ物だらけになるからだった。
 ある日、石田が、ある計略を手下二人と謀(はか)った。
「お前は畑口を釘づけにしろ。で、お前は見張りだ。その間に俺は奴の弁当を食べる! いいか、奴を机へ近づけんじゃねえぞ!」
「分かりました…」
 二人は返事をして頷(うなず)いた。
 三時限目が終わるチャイムが鳴った。いつもは教師が出たあと畑口は駆けだし、校庭で弁当を食べるのだ。だが、その日は違った。石田に命じられた手下の一人が畑口を呼び出した。
「お前、職員室で谷村先生が呼んでるぞ」
「有難う…」
 二時限目が終わって少し食べておいたから、まだそう増えてないだろう…と思える心の余裕が少し畑口にはあったから、言われたとおり職員室へ向かった。その隙(すき)に石田は畑口の弁当を小脇に抱え、体育倉庫へ向かった。誰もいないことは調べさせていた。体育倉庫で畑口の弁当の蓋を開けると、驚いたことに手つかずだった。いや、それより幾らか蓋が押し上がっているように思えた。ギクッ! とした石田だったが、腹が空いていたから、まあいいか…と、瞬く間に弁当を平らげ、教室へ戻った。そして、何もなかったように畑口の鞄(かばん)へ空にした弁当を入れた。そこへ、足止めされた畑口が首を傾(かし)げて戻って来た。
「先生、呼んでないって言ってたぞ」
「そうか…おかしいなあ。あっ! 今日じゃなかったんだ!」
 石田の手下は、なんとなく暈(ぼか)して席に着いた。
 昼になった。皆がそれぞれ好きな場所で昼食を食べ始めた。だがその頃、悪ガキ三人は、恐怖の冷や汗を流していた。眼下の校庭には弁当を美味そうに食べる畑口の姿があった。

             
                 完


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不条理のアクシデント 第十二話 来々軒

2014年02月19日 00時00分00秒 | #小説

 仕事仲間で近所の幹夫と健太がいつも寄る風呂屋の湯舟に浸かりながら話していた。
「昨日さ、ラーメン、食ったんだけど、美味(うま)かったな。お前も食ったことあるか?」
 幹夫が赤ら顔の健太に訊(たず)ねた。
「この辺(あた)りの店か?」
「いや、店じゃない。夜鳴き屋台さ」
「夜鳴き屋台? 知らないなぁ…。どの辺で?」
「俺の家の前を出たとこさ。斜め向かいの丸太(まるた)小路」
「丸太小路?」
 訝(いぶか)しげに健太が返した。それもそのはずで、健太の家も丸太小路のすぐ近くだったからだ。
「ああ…。おかしいなあ? お前も来々軒のチャルメラ、聞いただろ?」
「いや、知らない。来々軒っていうんだ」
 健太は、はっきりと全否定した。
「そんな馬鹿な話はない。夜、十時頃だぜ」
「いや、いやいやいや、それはない。その時間ならまだ起きてたからな」
「そんな馬鹿な! お前ん家(ち)と俺の家はすぐ近くだぜ。絶対、聞いてるはずだ」
「いや、聞いてない!」
 押し問答で、切りがない…と、少し逆上(のぼ)せ気味の健太は浴槽から出た。幹夫もこれ以上、言っても仕方がない…と思ったのか、黙って浴槽から出た。
 健太は座ると湯栓を緩(ゆる)め、ジャブジャブと湯を出し、頭を洗い始めた。
「だったら一度、食べないか?」
 横へ座った幹夫は、健太と同じように頭を洗いながら、そう提案した。
「ああ、いいぜ…」
「じゃあ、今夜の十度に迎えに行く」
 話は簡単に纏(まと)まり、二人の話は途絶えた。あとは何もなかったように、二人は頭を洗い終え、もう一度、湯に浸かると上った。衣類を身に着け終え、二人はいつものようにコーヒー牛乳を飲むと風呂屋を出た。
「でも、おかしいぞ? チャルメラ…」
 急に健太が呟(つぶや)き始めた。
「まあ、いいじゃないか。今夜、分かるさ」
 その夜、十時前、幹夫は健太の家の前に現れた。健太も待っていたのか、すぐ玄関から出てきた。
「聞こえるだろ?」
「えっ? 何が?」
「ははは…馬鹿な冗談はよせよ。チャルメラ、鳴ってるじゃないか」
「…」
 幹夫には聞こえ、健太には聞こえていなかった。二人は歩いて、すぐ近くの丸太小路に出た。幹夫の目に来々軒の赤い提灯(ちょうちん)の灯(あか)りが映った。だが、健太の視界の先は僅(わず)かな街頭の灯り以外、暗闇が広がるだけだった。
「ここだよ! な! 俺の言ったとおりだろ」
 こいつは完全にいかれてる…と健太は瞬間、思った。そういや、数日前は徹夜の仕事が続いていた…という思い当たる節(ふし)もあった。しかし、冷静に考えれば、健太だって同じ条件で徹夜が続いていたのだ。幹夫だけがいかれるのは妙だ…と健太は思った。健太はともかく、幹夫に話を合わせることにした。
「親父、二丁!」
『へい!』
 親父の声は健太には聞こえなかった。幹夫は屋台の長椅子へ腰を下ろした。健太には幹夫が空間に座っているように見えた。合わせようと幹夫に続き、見えない椅子に健太は座る振りをした。だが、その必要はなかった。確かに空間に椅子はあった。健太はゾクッ! と寒気(さむけ)を覚えた。しばらくすると、闇の空間にラーメンのいい匂いがし出した。健太の額(ひたい)に冷や汗が吹き出した。
「どうした?」
「いや…」
 幹夫には見え、健太には見えないラーメン。だが、それは実に美味(うま)かった。
「親父、ここへ置いとくよ」
『へい…また、どうぞ!』
 店を出るとき、幹夫が金を支払った。その金がスウ~っと健太の前から消えた。健太は叫びながら一目散に走り出した。

           
                 完

 


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