水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

SFユーモア医学小説 ウイルス [19]

2023年01月31日 00時00分00秒 | #小説

 勤務終了後、二人が向かったのは海老尾が蛸山とよく行く川べりの屋台のオデン屋だった。とても高級料亭などへ足を運べる給料ではなく、生活する上で始末、倹約が出来た。事情は赤鯛も同じで、友人だから気遣う必要がなかった、ということもある。
「へいっ! お待ちっ!!」
 屋台の親父が、二人が注文したハンペン、ガンモ、卵、厚揚げ、大根などを皿に乗せていく。コップの冷酒を飲みながら、大学を出てからの四方山話に花が咲いた。
「そうか…お前とこは動物病院だったな、確か…」
 海老尾は学生時代に赤鯛を訊(たず)ねた記憶を思い出した。
「ああ、出来の悪い二代目さ、ははは…」
 海老尾は、蛸山に突つかれる過去の自分を思い浮かべながら、湯気を上げる皿のハンペンを突っついた。
「孰(いず)れは継ぐのかっ!?」
「ああ、先のことは分からんが、まあ、そうなるだろう…」
 赤鯛は、そう言いながらコップの冷や酒を飲み、大根を齧(かじ)った。
 すでに陽はとっぷりと暮れ、どこからか冷たい風が流れる季節になっていた。夏場は夏場で大変だが、いい頃合いの秋は短い。研究に四季は関係ないが、通勤はやはり過ごしいいに決まっている。
「今年の冬は大丈夫なのか?」
 赤鯛がピチピチと撥ねた。
「僕に言われても分からんが、空調は修理済みという話だ」
 海老尾は軽く暈(ぼか)した。
「だれから聞いた、その話?」
「誰だったか…。ともかく、去年のように凍(こご)えながらの冬にはならんと思う…」
 海老尾は軽く暈(ぼか)した。
「そうか…」
 赤鯛は深追いせず、海老尾は、かろうじて難を逃れた。
「おっ! もうこんな時間か…。そろそろ帰ろうっ!」
 これ以上、飲ませれば餌食(えじき)にされる…と思った海老尾は重い腰を上げた。

                   続


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SFユーモア医学小説 ウイルス [18]

2023年01月30日 00時00分00秒 | #小説

 次の日の研究所である。
「やあ! 海老尾じゃないかっ!」
 会議室前を歩いていた海老尾は、突然、後ろから呼び止められた。ギクッ! として思わず振り返ると、そこには大学同期の赤鯛進が笑顔で立っていた。
「おおっ! 赤鯛じゃないかっ!」
 思わず海老尾も笑顔になっていた。
「君っ! どこのっ?」
 海老尾は赤鯛の所属を訊(たず)ねた
「俺かっ? 俺は獣医科学部だよ、君はっ?」
「獣医か…。僕はウイルス2科だ」
「蛸山所長が兼務されている科だったな?」
「ああ、そうだ。毎日、所長には突っつかれてるよ、鶏が餌を突っつくようにな…」
「そりゃ、難儀な話だ。毎日、ヘルメット、被ってた方がいいんじゃないかっ? ははは…。どうだっ!? 今夜あたり…」
 赤鯛は右手で猪口(ちょこ)を傾ける仕草をした。
「ああ、いいぜ…」
 海老尾は快(こころよ)く応諾(おうだく)した。
「じゃあ、仕事が終わったあと、6:00にエントランスで…」
「ああ…」
 二人は左右に分かれ、歩き去った。

                   続


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SFユーモア医学小説 ウイルス [16]

2023年01月28日 00時00分00秒 | #小説

 次の日からフラッシュ・メモリーに記録されたフラッシュ・メモリーウイルスの理論的な分析と定義づけが開始された。理論組み立ての事務屋となり、しばらくは電子顕微鏡のメモリー映像は見なくて済む。蛸山も海老尾も、さて、どう定義づけるか…と、未知数な先々に不安を残しながらも、テンションは否応なく高まっていた。
「アデノじゃなく、レンチウイルスが功を奏した訳だっ!」
「アデノは安全性に問題がありましたから…」
「レンチは、君の得意分野だったね、確か…」
「はあ、まあ…」
 得意分野とまでは言えないんですが…と返そうとした海老尾だったが、少し自分を権威者に見せたくもあり、そうとは言わず、暈してスルーした。
「レトロウイルス科に属するウイルスだが、ゲノムとして一本鎖RNA持っているからね…」
「はい。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の有害な遺伝子をすべて除去した後に発現させたい遺伝子等を組み込んみますから、安全性も多分にあります」
「そうだね…」
 海老尾もしっかりしことを言うようになったな…と、蛸山は思った。加えて、たまにやるポカミスがなけりゃな…と改めて思った。ポカミスは失敗にも続く危険なミスだから、研究者としては侮(あなど)れない。
「そろそろ終わりですね。今日の理論解析は、この辺りでどうでしょう?」
 海老尾が蛸山を窺(うかが)う。
「そうだね。そろそろ終わりだな…」
 蛸山は腕を見ながら夕刻を感じた。
「先生、今日も…」
「ああ、君もよかったら付き合わんか」
「はい、あの川沿いでやってる屋台のオデン、結構、美味(おい)しいですからねっ!」
「それに酒がいいっ! 地酒の月正宗、ありゃ、いいっ!!」
「ですよねっ!」
 二人の話は急転直下、理論解析話から飲み食いの話に変化した。

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SFユーモア医学小説 ウイルス [15]

2023年01月27日 00時00分00秒 | #小説

 その後、日々は短調に流れていった。そんな、ある日のことである。
「せ、先生! コレを見て下さいっ!」
 海老尾が突然、弟子顕微鏡のモニター映像を指差し、震えながら叫んだ。蛸山は、またか…と、いつも大したことがない叫びに疎(うと)く思いながら、渋々、海老尾のデスクへと近づいた。モニター画面には遺伝子変換ウイルスが悪性の変異ウイルスを取り囲み、死滅させるアポトーシス映像が映し出されていたのである。アポトーシスはネクローシスと違い、正常細胞を傷つけることはない。ただ、細胞が自然壊死する理論は、飽くまでも真菌や悪性細胞で、さらに微細なウイルスVs.ウイルスの映像としては初めてだった。
「こっ、こっ、これは…」
 蛸山はそのモニター映像を見ながら餌(えさ)は突っつかず、リンゴを齧(かじ)りながら雄鶏(おんどり)のような声を出した。明らかに予想外の映像だったのである。
「ウイルスが死滅してるんですよ…」
「え、偉いことになったぞっ! ど、どうするっ!? 海老尾君っ!」
「どうするって、どうも出来ないでしょう。成功しちゃってんですからっ!」
「こりゃ、画期的な発明だっ! 間違いなくノーベル賞だぞ、君っ!」
「そんな…」
「この検体のデータは残してあるんだろうねっ!」
「ええええ、そりゃもう。二個のフラッシュ・メモリーに予備分も含め、残してあります」
 海老尾は自慢げに、したり顔で言った。
「これは君の担当だったね? 確か…」
「はい、僕の担当です…」
「やったじゃないか、君っ! 大したもんだ…」
「いやぁ~、それほどでも…」
 蛸山に褒(ほ)められ、謙遜(けんそん)する海老尾だったが、その謙遜は事実だった。考えた挙句の成功ではなく、偶然、出現した成功だったのである。ゴチャゴチャ香辛料を入れながら調理した結果、偶然にも美味しくなった・・という性質の成功だ。^^

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SFユーモア医学小説 ウイルス [14]

2023年01月26日 00時00分00秒 | #小説

「確かに…」
 研究企画調整センター長の貝原は深追いしなかった。それ以上質問されれば蛸山も防げなかったのだが、貝原が質問攻めから撤収したことで、二人はホッ! と安息の息を漏らした。恰(あたか)もそれは、三方ヶ原から浜松城へ落ち延びた徳川軍の空城の計に似ていなくもなかった。
「いやいや、一時はどうなるかと生きた心地がしなかったよ、海老尾君!」
「僕だってそうですよ、所長!」
「リンゴ、リンゴっ! どういう訳か、無性にリンゴが食いたくなった…」
「はい、今、用意しますので…。まだ、たんと籠にあります」
「いつまでも置いておく訳にもいかんからなっ! 腐るとなんだから、冷蔵庫へ入れておけば、どうかね?」
「あっ! それはグッド・アイデア! そうします…」
 海老尾は、冷蔵庫の野菜収納部分へ、余った籠のリンゴを入れ始めた。
「君ってやつは…。それは後回しにしてさっ! 先に剥いてくれるんじゃなかったのかい?」
「あっ! そうそう! そうでした。どうも、すみません…」
 海老尾は冷蔵庫のドアを閉め、リンゴの皮を剝き始めた。
「コロンボ警部じゃなかったのっ!?」
 皮を剥き始めた海老尾を遠目に見ながら、蛸山はダメ出しをした。
「あっ! でした…」
「君が私に言ったんだよ。それをフツゥ~忘れるかねっ!?」
「どうも…」
 蛸山は、偉(えら)いのを招聘(しょうへい)したぞ…と、厚労省へ推薦(すいせん)した人事をつくづく悔(く)いた。

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SFユーモア医学小説 ウイルス [13]

2023年01月25日 00時00分00秒 | #小説

 次の日の合同会議は、総務部所属の各部及びセンターの代表二名が一堂に会し、9時過ぎから執り行われた。最初の内は、蛸山が兼務するウイルス第二部は質問されず、平穏無事に終了した。ウイルス第一部に質問は集中したのである。その後、昼食休憩でセンターの食堂に向かう蛸山と海老尾の会話である。
「案ずるより産むが易(やす)しか…」
「でしたね…。この分じゃ、午後もスンナリ行きそうですね」
 海老尾が歩きながら笑顔で蛸山の顔を窺(うかが)う。
「…の、ようだな」
 蛸山も予想外の事態の進行に、少し油断していた。だが、この二人の目論見(もくろみ)は見事に外(はず)れ、二人は這(ほ)う這うの態(てい)で浜松城ならぬ自室へ逃げ延びることになったのである。それは恰(あたか)も、三方ヶ原の戦いに似ていなくもなかった。会議は昼食休憩を挟み、午後一時半から再開されるようプログラムされていた。
 昼食休憩が瞬く間に過ぎ去り、合同会議はふたたび再開された。
「では、今後の方針をウイルス第二部も兼務されておられる蛸山所長よりお願い致します…」
「えっ!!?」
 MC[master of ceremony=進行役]を務める総務部長の波崎(なみざき)のひと言に、蛸山はパニクった。前もって波崎に頼まれていなかったからである。蛸山は思わず茹(う)だった赤い蛸顔になり、机上の原稿をしばらくガサゴソと捲(めく)りながら沈思黙考した。
『所長、P.3の末尾からP.4っ!!』
 海老尾が小声で助け舟を出し、蛸山は喫茶バッカスの打ち合わせを、かろうじて思い出した。
「…では、今後の研究方針の概要の説明を致します。総じますと、もはや、マクロ(巨視)的発想の研究方針は先の希望が持てません」
「所長、それはどういった意味合いでしょう?」
 研究企画調整センター長の貝原(かいはら)が唐突にMCの波崎を通さず、訊(たず)ねた。
「いや、全(まった)く言った通りの意味です。抗生剤で叩(たた)くという一過性の手法は、もはや将来に希望の光が見い出せないということです。現に、VRE[バンコマイシン耐性腸菌]やVRSA[バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌]が生じていますから…。ウイルスだって、どんどん変異しながら強くなっています」

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SFユーモア医学小説 ウイルス [12]

2023年01月24日 00時00分00秒 | #小説

「そいじゃ!」
 古池が片手にリンゴを持ち、二人に一礼したあと、掃除車を押しながら室内を出ていった。
「他人の仕事は楽なように見えますが、見た目以上に大変なんですねぇ~」
「分かりきった話じゃないか。プロの仕事はすべて大変なんだよっ!」
 こいつは本当に能天気な男だ…と蛸山は海老尾をチラ見しながら、食べ終えたリンゴのゴミを生ゴミ袋に入れた。とはいえ、リンゴは皮のまま食べ尽くされているから、ほとんどゴミらしきものはない。コロンボ警部の台詞(セリフ)は、かなり影響していた。^^
 勤務を終え、研究所を出ると、二人は喫茶バッカスへ入った。明日の合同会議に向け、準備したコピー用紙の内容確認である。蛸山としては、発言は海老尾に任せるからいいが…くらいの軽い気分だが、万一ということもあるからな…と石橋を叩いて渡ろう! という気分だった。同年代のトップの中で恥を搔く訳にもいかない。というか、絶対、搔きたくなかったのである。 
 店名のバッカスは酒の神らしい…とは、海老尾が最近知った知識である。むろん、蛸山は所長だけのことはあり、そんな知識は持ち合わせていた。
「P.3なんだが、大丈夫かね?」
「ええ、大丈夫と思いますよ。ここを突っつくお馬鹿な研究者は当研究所にゃいないでしょう…」
「いや、分からんぞっ! マクロ[巨視的]理論の連中は、何かとイチャモンをつけてくるからな…」
「あの連中は、ズゥ~っと抗生剤で菌やウイルスに勝てると思ってんでしょうか?」
「君もタマにはまともなことを言うじゃないか…」
 蛸山は珍しく海老尾を褒(ほ)めた。
「タマは余計でしょ! タマは…」
「いや、すまない…。それでだっ! 突っつかれた場合は?」
「その場合も考えときましたよ。我々の分だけ同じP.3の末尾からP.4にかけて、説明用の補足部分を作っておきましたから…」
「どれどれ… … なるほどっ!」
 蛸山は補足部分、要するに弁解できる説明部分だが、それを読み終え納得した。

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SFユーモア医学小説 ウイルス [11]

2023年01月23日 00時00分00秒 | #小説

 白衣姿の研究所員がリンゴを齧(かじ)っている絵は様(さま)にならない。
「すみませんねぇ~、ちょっと掃除をっ~」
 二人が半分方、齧ったとき、ドアが無造作に開いて、還暦近いメンテナンス会社から派遣された古池益代が掃除車を押しながら入ってきた。蛸山、海老尾にとっては、いつものことで、取り分けて取り乱すこともない。
「はい、ご苦労さんです。適当にやって下さい…」
 蛸山が敬語交じりに古池へ返す。
「ここは余り汚れてないですねぇ~」
「あっ! 古池さん、よかったら、コレ持ってって下さいっ!」
 海老尾はリンゴ籠から数個のリンゴを取り出し、掃除車の中へ置いた。
「ほほほ…美味(おい)しそうなゴミだことっ! 有り難うございます…」
「いやいや、いつもお世話になってんですから…」
 蛸山は、海老尾の思い付きを、こういうところは優秀なんだが…と思いながら、加えた。
「置いておいても、食べきらんですからっ!」
 海老尾がそう言ったとき、蛸山は食べきれんからかいっ! …と、諦念(ていねん)した。
「コロナの関係で掃除消毒の指導が細かくなり、大変なんですよ…」
「そうなんですか…」
 聞いた蛸山は、自分達の責任は重いぞっ! と改めて思い巡った。

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SFユーモア医学小説 ウイルス [10]

2023年01月22日 00時00分00秒 | #小説

 分かっているのに、どうしようもない鬱屈(うっくつ)した気分が、蛸山を怒らせたのだった。
「ああ、やってられんっ! 海老尾君、もらったリンゴ、剥(む)いてくれんかっ!」
「剥くんですか? 昨日観たコロンボ警部の話だと、リンゴは皮に栄養があるそうですよっ!」
「フ~ン、そうなのっ!? それは知らなかった…」
 蛸山は一つ賢くなった…と、素直に思った。海老尾がリンゴを剥(む)き始めると、蛸山は電子顕微鏡の椅子から立ち上がり、応接セットへドッカリと座った。
「副所長の宇津さん、大丈夫なんだろうか?」
「ええ、そうみたいですよっ!」
「よく知ってるなっ?」
「ええ、あの病院の院長は僕と大学が同期なんです」
「フ~ン、そうなのっ!? それは知らなかった…」
 蛸山は、つい今し方、口にした言葉をふたたび繰り返した。
「最近はミクロな存在が強くなりましたよねっ!」
「ああ、それは言える。我々を取り巻く化学物質が増えたからなぁ~」
「ですねっ! 否応(いやおう)なく体内に入る…」
「そうそう!」
「まあ、見えないから、仕方ないですが…」
「ああ…」
 蛸山は海老尾が八つ切りしたリンゴに齧(かじ)りついた。
「おっ! 美味(うま)いな、これっ!」
 宇津の見舞いに持参した花束だったが、逆に帰り際(ぎわ)、リンゴを宇津夫人からもらったのだ。宇津の病室は、見舞いの果物籠で溢れ返っていたのである。宇津夫人が見舞いのお礼にと、籠ごとリンゴを手渡したのである。これでは見舞いにいったのか、リンゴをもらいに病院に行ったのかが分からない。蛸山の研究室内にはリンゴの籠が不似合いに置かれていた。

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SFユーモア医学小説 ウイルス [9]

2023年01月21日 00時00分00秒 | #小説

 蛸山が所属しているのはウイルス第一部の先端医療ウイルス科である。研究所全体の所長の任に加え、専門分野の科長を兼務するという現状にあった。身分は固く、国家公務員指定職の厚生労働技官だった。海老尾も身分は技官で、副科長に任じられていた。さすがに蛸山のコバンザメでは副所長という訳にはいかず、細菌第一部の宇津保(うつたもつ)が任じられていた。
「どうなんですかね…?」
 この日も海老尾は主語、目的語を省略して朴訥(ぼくとつ)に訊(たず)ねた。
「なにがっ!?」
 蛸山は、またか…という迷惑顔で電子顕微鏡の操作を止め、海老尾の顔を訝(いぶか)しげに見た。
「アレですよっ!」
「ったくっ! アレでは分からんじゃないかっ! 君は、ほんとに…」
 呆れ果てた蛸山には、続く言葉が浮かばなかった。
「すみません。治験中のモレヌグッピーです…」
「モレヌグッピーがどうかしたのかねっ?」
「どうもしやしませんが、第二相から全然、進まないじゃないですかっ! もう、半年ですよっ!」
「私に言ったって仕方ないじゃないかっ! そういうことは厚生労働省に呟(つぶや)いてくれっ!」
「twitterですか?」
「ああ…。むろん、匿名(とくめい)で、だよ」
「匿名で、ですか…。ソレ、やってみます…」
「治験が長引き、承認が遅れるってのは、お上(かみ)だって分かってんだ。薬剤の安全性とかなんとか言ってな…」
「遅れれば当然、ウイルスが笑いますよね」
「ああ、笑う笑う。腹を抱えて大笑いだよ、君っ!」
 蛸山は急に怒り出した。

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