水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑えるユーモア短編集-31- 常識

2017年01月31日 00時00分00秒 | #小説

 決めごとではないものの、社会的に当然! ・・とされるのが常識である。思慮分別と呼ばれる曖昧(あいまい)で得体が知れないものだ。この常識は、取り扱いが実に厄介(やっかい)なのである。というのも、それは、まるで目に見えない透明人間みたいな存在で、それでいて強力な威圧感を人々に与えるのだ。これは人々が守らなければならない法的ルールとは一線を画(かく)していて、常識を守らなかったからといって訴えられたり罰せられたり、あるいは捕えられたりはしない。いわば世間で通用する暗黙の了解事項である。バスで席を譲(ゆず)ってもらい、お辞儀をする、あるいはお礼を言う・・これは常識だが、別にそうしなくても怒られはしない。お年寄りに席を譲ること自体が常識なのである。これに対し、列に割り込んだ場合はルール違反で怒られるし、場合によってはトラブルともなる。
 館林(たてばやし)は、常識そのものを毛嫌いし、敢然(かんぜん)と挑戦する男だった。かといって、それは完全に真逆の行為をする・・とかいうものでもなかった。コレはっ! と不埒(ふらち)に思えたり、無駄、疑問と思ったことだけに逆行したのだった。
 定年間近い館林が勤める町役場の住民福祉課である。
「いやいや円(まどか)ちゃん、そういうのは、いけませんよっ!」
 館林は立つが早いか、お茶を淹(い)れようとした新入女子職員の百合川(ゆりかわ)にそう言って止めた。
「でも…」
「いいって、いいって。文句を言う者がいたら、私に言いなさいっ!」
 館林は品(しな)を作って、少し格好よく言った。百合川は、ヒラのあなたでは…という頼りげのない眼差(まなざ)しで館林を窺(うかが)った。そのとき、課長席の掛川が大声を出した。
「円ちゃん、お茶!! どうしたのっ?!!」
「はいっ! ただいまっ!」
 館林は格好悪く、黙って自席へと戻(もど)った。
 常識とは、かくも手ごわいのである。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-30- 思い込み

2017年01月30日 00時00分00秒 | #小説

 明日は数人の客を招いたパーティだった。グラスセットだけ出すのを忘れていた手羽崎は、夜中にベッドを抜け出すと、暗闇の中を物置へ分け入った。明日の朝では…と思えたのだ。手探(てさぐ)りで棚を弄(まさぐ)っていると、歪(いびつ)な形の収納品があった。モノは何だか分からなかったが、新聞紙に包(くる)まれたそのモノは、どうも貰いものの調度品のように思えた。懐中電灯もなく手羽崎が物置へ分け入ったのは、飽くまでも思い込みだったが、特定した場所にグラスセットがある自信があったからだ。以前、グラスセットを仕舞った記憶が鮮明に残っていたのである。それでも暗闇の中では手探りで探す他はない。自然と、おぼつかない動きになったが、手羽崎は仕舞った記憶がある付近の場所を、くまなく探った。すると、それらしいモノが手に触れた。
「これだな…」
 手羽崎は意気込んで、そのモノを棚から下(お)ろした。そのまま家の中へ持ち帰り、明るいキッチンのテープルで梱包(こんぽう)した新聞紙を取った。中から出てきたモノは残念ながらグラスセットではなく皿セットだった。新聞紙に同じように包んで収納したのがいけなかったのだ。手羽崎は、また物置へと分け入り、同じように探したが、とうとうグラスセットは見つからなかった。掛時計を見ると、すでに夜中の3時は回っていた。手羽崎は後ろ髪を引かれながら、ベッドへ戻(もど)った。
 グラスセットはキッチンにすでに出ていた。手羽崎は出していないと思い込んでいたが、忘れるだろう…と思い、実は昼間、出していたのである。しかも、過去の収納した思い込みが重なり、二重の間違った思い込みになったのである。
 次の日、手羽崎はパーティの準備を始めた。が、それは手羽崎の思い込んだ間違いで、パーティは翌々日だった。
 思い込みは、飽くまでも思い込みで不確かだ。確認が絶対、必要である。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-29- 集中力

2017年01月29日 00時00分00秒 | #小説

 やるのはいいが、集中力を欠けば失敗に結びつく。思いつきではなく、充分に考えてから動く・・という所作も集中力といえる。あ~して、こうして…と複雑ではなく単純に組み立て、動いた瞬間からその組み立てで動けば、大よそのことは上手(うま)くいく。落ちついて物事に処(しょ)す・・あるいは、ゆっくりと書く、キーを叩(たた)く・・などといった所作も、この集中力に属する。手抜かり、書き損じ、入力ミスなどが生じないからだ。
 平山は、ある寺で写経をしていた。生れもって粗忽(そこつ)者の平山は、周囲の人々に比べると格段、書き量が少なかった。
「ほう…! 慎重(しんちょう)に書かれて…悟りの境地(きょうち)ですなっ、ほっほっほっほっ…」
 この寺の貫主で大僧正の蓮寂が平山の左後方から覗(のぞ)き込んで言った。大僧正だけに蓮寂は達観していて、平山がゆっくり書く所作を[悟り]と観たのである。平山としては間違えないよう必死に筆を運んでいるだけなのだ。悟りも、へったくれも無かった。それでも、そう言われれば嬉(うれ)しいのが人である。
「はあ。まあ…」
 平山は、ニタリとして蓮寂を振り返って見上げた。この所作が、いけなかった。振り返った途端、平山が持つ筆の先は紙の上を黒く擦(こす)っていた。集中力を欠いたのである。
「ああっ!」
 蓮寂は平山の失態を見て見ぬ振りで歩を進めた。顔はニタリと笑っていた。蓮寂も僧侶としての集中力を欠いていた。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-28- 零(こぼ)す前に…

2017年01月28日 00時00分00秒 | #小説

 朝の洗面所である。甘酢(あまず)はマグカップに水を入れ、歯をゴシゴシゴシ…とやっていた。いつもより10分ばかり寝過ごし、会社の遅刻を気にする甘酢は少しばかり所作を急いでいた。いや、少しばかりというよりは、かなり、である。慌(あわ)てている甘酢は磨いたあとの歯磨き粉で溢(あふ)れた口を漱(すす)ぐため、水が入ったマグカップを化粧棚に置こうとした。確かに甘酢は置こうとしたが、慌てていたため所作を乱し、マグカップの中の残り水を背広ズポンにかけてしまった。そんな大したことではない…と、そのときの甘酢は思っていた。だが、その失敗は重大なミスだった。ズボンの中には昨日(きのう)、会社でメモした重要な取引先とコンタクトを取る電話番号の紙が入っていたのだ。甘酢は最初、そのメモした紙を背広の内ポケットに入れた。そこまではよかった。そのあとトイレに入ったとき、トイレットぺーパーがなかったので甘酢は内ポケットを弄(まさぐ)った。内ポケットには、こういう場合に備えたティッシュぺーパーが入っていたのだが、メモした紙も一緒に出してしまったのである。
 ティッシュはそのまま手にし、メモ用紙は瞬間、汚(きたな)く感じたのかズボンのポケットに入れたのだった。それをつい、甘酢は忘れてしまっていた。甘酢にしては甘いミスだったが、そのズボンのポケットにマグカップの水を運悪く零してしまったのである。結果、紙は水で濡れてふやけ、書かれた文字は読めなくなってしまった。甘酢がその事実に気づいたのは会社へ着いてからだった。連絡も取れず、甘酢は困ることになった。零(こぼ)す前に…と悔(く)やまれた。
 よくよく考えれば10分の寝過ごしに原因があった。その10分、寝過ごした原因は昨夜、飲み過ぎたためだった。飲み過ぎが寝過ごさせ、零させたのである。
 零す前に…と、甘酢は会社帰りの鮨(すし)屋で一杯飲みながら美味(うま)い鮨を摘(つま)み、うっかりコップ酒を零した。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-27- 小さなルール

2017年01月27日 00時00分00秒 | #小説

 最近、自転車で左を走ったり、ポイ捨てたり・・と、小さなルールを堂々と破る者があとを絶たない! …と、鳥肌はブツブツ怒っていた。小さなルールとはいえ、公然とした社会のルールだ…と鳥肌は思うのである。つい、うっかり…とか、間違って…だったらまだいい。法的には心証不作為犯で、分かっていて違反する作為犯とは一線を画する…と思えたのだ。小さなルールの違反の容認は、やがて中規模違反を引き起こし、さらに大規模な社会のルール違反へと発展していく。事件と呼ばれるものがそうだが、国家間レベルに拡大すれば、紛争や戦争などといった物騒なことになる…と、鳥肌は、やっと動き出したパスの座席で、またそう巡った。
「鳥肌君、えらく遅いな、列車の遅延(ちえん)かね、今朝は?」
「はあ、ちょっとしたトラブルに巻き込まれそうになりまして…」
「トラブル?」
「はい、列に並ばない人がいましたので注意しまして…」
「なんだい、それは?」
 検事長の寒疣(さむいぼ)は意味が分からず、怪訝(けげん)な面持(おももち)で検事の鳥肌に訊(たず)ねた。鳥肌の話では、バスの列に割り込んだ男と割り込まれた後ろの男のトラブルとなり、鳥肌が検事風を吹かせ仲介(ちゅうかい)したのが悪く、返って火に油を注(そそ)ぐ結果になったということだった。
「なるほど、そういうことか…。小さなルールだもんな」
「私も、ただの人・・だと、つくづく思いましたよ、ははは…」
「まあ、そう気にするな。今はそういう時代だ…。届(とどけ)だけは、なっ!」
「はいっ!」
 鳥肌の返事に笑顔で頷(うなず)いた寒疣だったが、実は寒疣も今朝、道で、あるコトに遭遇(そうぐう)していたのである。検察庁へ向かう途中、歩道に落ちている¥5硬貨を一枚、拾(ひろ)ったのである。見て見ぬふりをすればコトは起きなかった。検察官としての自負がある寒疣は、その硬貨を交番へ届けたのだった。コト! はそのとき起きたのである。警官は寒疣の話を聞き、嫌な顔をした。この忙(いそが)しいのに…といった顔である。寒疣は遺失物法の小さなルールを、ただ守っただけだった。書類は作成されたが、寒疣の気持は晴れなかった。小さなルールが無視された気分がしたのだ。相手は法を司る司法職員だ…と、怒りながら歩く寒疣は、変わった赤信号を、いつの間にか見落としていた。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-26- 機械

2017年01月26日 00時00分00秒 | #小説

 どんどん文明は進み、今や機械なしで生きていくことは難(むずか)しい時代へと突入している。そんな中、この機械文明の流れに敢然(かんぜん)と挑(いど)む虎皮(とらかわ)という一人の男がいた。虎皮には自己流ながらも貫(つらぬ)き通す一つの信念があった。それは、人が機械を作ったのであり、機械が人を動かすような時代は怪(おか)しい! ・・というものだった。虎皮がテレビを点(つ)けると、コンビューターがゲームで人間を破るという世界的な報道が流れていた。ふん! 見たことか…と、虎皮は思いながらテレビを消した。そう考える自分も機械に毒されている…と思えたからだ。電波が流れ、良い情報や嫌な情報が区別なく流される。良い情報や考えさせる情報ならいいが、嫌な情報が耳や目に入ると、世俗の煩悩に感情が毒され、汚(けが)されるのだ。そんなことで、虎皮はテレビの電源を切った訳である。
「最近は、コレ!という発明がなくなったな…。どれもこれも、今までの実用新案のようなものばかりだっ!」
 虎皮は、また怒れた。そんな虎皮はジレンマの真っただ中にいた。機械を全否定する自分がテレビや車を動かしている。クーラーを入れれば快適どころか、むしろ無ければ夏、冬の生活に支障をきたす。実は数年の間、虎皮はこのジレンマに挑戦するかのようにクーラー、冷蔵庫、車etc.すべての機械を止め、使わない生活をしたことがあった。だが、家を一歩出た瞬間から機械文明だった。通勤のため、車のキーを捻(ひね)ったときからそれは始まっていた。輪をかけたように、職場では有無(うむ)を言わさず機械に毒され続けねばならなかった。仕事にならないからだった。空調を私は使わないから切ってくれ! などと課長の前で言える訳がなかった。そんなことから、虎皮のジレンマへの挑戦は三日で潰(つい)えた。ただ一つ、虎皮にも悩んで得たものがあった。それは、機械文明により、人類が確実に思考能力を退化させている…という生物学的事実だった。ここ100年ばかり、これといった発明がなくなったのがその事実だった。そう偉(えら)そうに考えながら、虎皮は電動ミキサーで作ったミルクセーキを美味(うま)そうに飲み干(ほ)した。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-25- なんとか

2017年01月25日 00時00分00秒 | #小説

 なんとか…と思ったり願ったりすれば、おおよそ、物事はなんとかなるものである。では、なんとか…と思う同士だと、どうなるか? これは、そんなお話である。
 春野菜を現地生産する野菜農家、山根のプラントハウスである。 
「山根さん、それはそうなんでしょうが、そこをひとつなんとか…」
「いや~そう言われましてもね。私も精一杯のところなんですよ。これ以上の値(ね)引きは…」
「そこをひとつ、なんとか…」
 大手スーパーのバイヤー、灰峰は、山根に両手を合わせながら必死に懇願(こんがん)した。
「お気持は分かりますが、こちらも採算が合わないというのは…。なんとか、この値でお願いしますよ」
「いや、そのお気持も分かるんですが、なんとか…」
 野菜農家の山根もバイヤーの灰峰も、なんとかしようと渡りあっていた。
どちらも自分のなんとかをなんとかしようと思えば、なんともならない。結局、@¥1だけ山根が値をなんとか↓させて折れ、灰峰は、なんとか契約を締結できることになったのである。
 やはり、なんとかは…は、なんとかなるのである。ちゃんちゃん! ^^

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-24- 化かしあい

2017年01月24日 00時00分00秒 | #小説

 世の中は人同士が駆け引きをして生きている。いわば、試合にも似た両者の化かしあいで、1人の場合もあれば当然、集団になる場合もある。スポーツの場合は選手の技量で決まるから、化かしあいの余地[大相撲の猫だまし、とかは別]はないが、世界全般では、双方の目に見えない、駆け引きにも似た化かしあいで成り立っている・・といっても過言ではない。
「もう帰っていいよ。遅くまでご苦労さん…[さて彼女、どうでるか…]」
 暗闇の課内で残業する課長の浅蜊(あさり)が、もう一人残っている女性係長の法螺(ほら)に小声で言った。会社の消エネ方針で社内照明はすでに消えており、明かりといえば、暗闇の中に電気スタンドの僅(わず)かな光だけである。冬場だけに6時前ながら課内は真っ暗で、浅蜊と法螺の二ヶ所だけがデスク明かりで照らされていた。
「はい…[ここは下手に出て…]」
 浅蜊は妻帯者だったが法螺に絆(ほ)だされていた。絆されていることを悟られまいと、巧妙に浅蜊は法螺を化かしにかかっていた。妻がいるということも負い目で、自分からモーションをかけられない・・という裏事情があった。しかも会社では上司と部下の間柄だ。となれば、相手が自分に絆されるよう仕向ける以外、浅蜊としては手がなかったから、化かそうと考えた訳だ。片や独身OLの法螺は、今年、三十路(みそじ)に入った触れなば落ちん風情(ふぜい)のキャリア・ウーマンだったが、余りの美しさが徒(あだ)となり、婚期を逃してきた経緯があった。最近の法螺は、もっぱら美食派で、金に糸目をつけず食べ歩くことでストレスを発散していた。その法螺は上司の浅蜊を、いいカモだわ…とばかり、色気を前面に出し、化かそうと考えていた。
「どうだね、このあと食事でも…[食事のあと、ムフフ…]」
「ええ、いいですわよ[あの店は高くつくから、いいカモね。フフフ…]」
 両者は目に見えない丁々発止(ちょうちょうはっし)の闘いを繰り返したのである。この結果は、双方とも化かされ、痛み分けとなった。支払いは割り勘[法螺の負け]で、そのままサヨナラ[浅蜊の負け]・・ということである。
 化かしあい・・は世界の津々浦々(つつうらうら)で、大ごと、小ごとを問わず地球規模で行われている。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-23- 迷信

2017年01月23日 00時00分00秒 | #小説

 広崎は迷信をまったく信じない男である。広崎の考えだと、迷信とは信が迷う・・ということに他ならない。ならば、信が迷わないよう、俺が守ってやろうじゃないかっ! と少し大きく構えて信じないことにしたのである。これは広崎の信念である。こうして生き続け、広崎は今年で40の坂に分け入ろうとしていた。俺もそろそろ、くたびれたな…とは思ったが、いやいや、まだまだ…と叫(さけ)ぶ心のあと押しもあり、挫(くじ)けず今年も広崎は前向きに生きていた。そんな春めいたある日のことである。広崎が暮らすようになった町の歩車(ほぐるま)神社では、恒例の祭礼がしめやかに執(と)り行われていた。祭礼の最後に盟神探湯(くがたち)と呼ばれる神事があり、村人から選ばれた厄男(やくおとこ)の若者が熱湯を浴びることになっていた。例年、火傷(やけど)で医師の手当てを受ける若者が絶えず、広崎はこれこそ信が迷っている・・迷信だ…と思っていた。その火傷を負った若者は、弱り目に祟り目で、悪い霊がついている者として、尻を30ばかり火傷の手当てのあと叩(たた)かれた。広崎が聞いた話では、悪霊を追い出すための迷信から始まったようだった。広崎は密かにその忌(いま)まわしい神事をなんとか出来ないものか…と、考えていた。広崎の考えは、神事そのものを無くそう・・とかの大それた考えではなく、なんとか怪我人を出さずに済むよう改められないか…というものだった。
 広崎は、一大計画を立てた。ミッション・インポッシブルである。密かにその年に選ばれた厄男の若者と接触し、火傷(やけど)防止の秘薬を事前に塗っておくよう手渡したのである。若者は最初、断ったが、これ以上、火傷の犠牲者を…と広崎に説得され、引き受けた。そして、広崎はひと芝居(しばい)うつことも若者に頼んだ。そのひと芝居とは、気絶したあとすぐ我に返り、神が乗り移った振りをして『もう、このような馬鹿な神事はやめよ!』と神らしく叫ぶ・・というものだった。若者は広崎の言葉どおりコトを運んだ。村人達は怖れおののき、それ以降、神事は廃止となった。
 信が迷わないようにするには、ひと芝居うち、歌舞(かぶ)くことが肝要(かんよう)なようである。

                             完


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思わず笑えるユーモア短編集-22- いや、いやいやいや…

2017年01月22日 00時00分00秒 | #小説

 久坂が明日の天気予報を調べると、どうも昼頃から降りそうだ…と判明した。となれば、明日にしよう…と思った外の消毒作業は前倒しで今日やってしまわねばならない。雨の日に消毒をしても無駄になる。よし、やろう! と思った久坂だったが、いや、いやいやいや…と、すぐ、そう思う気持を否定した。最近の天気予報は強(あなが)ちピッタリ合うというものでもなかったからだ。一週間ばかり前もこの日と似たようなことがあった。というより、現実の次の日の天候は真逆で、降るといっていた空から、こともあろうに日射しまで照りつけ、まったく降らなかったのである。あくまでも予報ですから・・と気象庁に言われればそれまでだが、ならば天気予報などいらないじゃないかっ! と怒れることにもなりかねない。久坂は、いや、いやいやいや…その手は桑名(くわな)の焼き蛤(はまぐり)…と訳の分からないダジャレを頭に浮かべながら、逆に今日やってしまおうと決断した。外(はず)れると思わせておいて、実は降る・・という逆の逆も考えられたからだ。逆の逆は予報どおりである。
 少し遅(おそ)めだったが昼までにはまだ小1時間があったから、久坂は消毒を無事、済ますことが出来た。曇(くも)っていた薄墨(うすずみ)色の空から晴れ間さえ出て、まあまあ、だな…と久坂は溜飲(りゅういん)を下げた。
 案の定、次の日は朝からシトシト雨が降り出した。このシトシトは長引くな…と、久坂は地面に落ちる雨粒を見ながら思ったが、すぐ、いや、いやいやいや…そう思わせておいて、明日はいい具合に晴れる・・ということもアリだ…とそう思う気持を、すぐ否定した。ならば明日は、外で美味(うま)いものでも…と浮かび、久坂はそのつもりになった。が、次の日も春の雨は降り続いた。眺(なが)める灰色の雨空が、いや、いやいやいや…そうは問屋が卸(おろ)さない・・と言っているように久坂には思えた。

                             完


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