水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<28>

2015年01月31日 00時00分00秒 | #小説

 撮影は昼食を挟(はさ)み3時過ぎまで続いた。長引いたのは、里山が念入りに撮り直したこともある。テレ京にテープを送ると決めたかぎり、是非、採用されねば里山としては予定が狂うのである。①人間語を話せることを言う→②人間語で話すVをテレ京へ送る→③異動話を会社で断る・・という三段階で、やっと①はクリア出来たのだ。もう、賽(さい)は投げられたんだ・・と、里山は古代ローマ帝国の英雄、シーザーになった気分で思った。何がなんでも②を完璧(かんぺき)にクリアし、③に繋(つな)がなければ、すべては水泡に帰すのだ。里山は、すでに覚悟を決めていた。
 里山が撮影を続ける間、沙希代は半(なか)ば放心状態で、一切、声をかけず小次郎と里山の動きを追い続けるだけだった。それもそのはずで、里山が小次郎に話しかけ、小次郎がそれに人間語で返して動き回るのである。普通、現代科学では到底、有り得ない展開が目の前で続けば、正常な人間ならそうなるのが必然だった。
「風呂に入るよ…」
 夕方前、撮影したテープを再生して確認作業を終えた里山は、疲れた声で沙希代にそう言った。
「ええ…。着替え出しとくわね」
 沙希代はまだ半分、夢見心地で、なんとなく動きが不自然だった。
「お前、小次郎のこと…」
 バスルームへ行く前、里山は振り返って沙希代に言った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<27>

2015年01月30日 00時00分00秒 | #小説

「ほらぁ~。ただの猫じゃない。驚かさないでよ」
 沙希代は安心したように笑って言った。
『ご主人が言われるとおりですよ、奥さん』
 ここは言うべきか…と判断した小次郎は人間語で沙希代に語りかけた。聞いた沙希代の顔が蒼ざめて凍った。
「まあな…。俺も最初は疑ったんだが…。まあ聞いてのとおりだ、小次郎は話せる」
 沙希代は蒼ざめた顔で小次郎を凝視(ぎょうし)した。
『そんなに見つめないで下さいよ。照れるじゃないですか』
 小次郎は言いながら、バツ悪そうに片手を舌で舐(な)めると、顔へナデナデと撫(な)でつけた。
「猫が話した…」
 沙希代は放心したように言った。
「そうだ。小次郎は話せるんだ」
 里山は沙希代の肩を片手で撫でつけ、気を鎮(しず)めるように言った。里山はコーヒーを淹(い)れ、沙希代を落ちつかせた。
 しばらく時が流れ、落ち着いた沙希代の様子を見届(みとど)け、里山はふたたびカメラを構えると小次郎に力強く言った。
「小次郎! 撮影を続けるぞ。もう一度、話しながら動いてくれ!」
『はい、分かりました…。では、動きます』
 その姿と声の一部始終は、すでに回っているカメラに納められた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<26>

2015年01月29日 00時00分00秒 | #小説

「そんな…。ありっこないでしょ、あなた!」
「ないことはないんだ。なあ、小次郎」
 里山は小次郎に語りかけた。
『ええ、ご主人の言われるとおりですよ、奥さん』
 沙希代はふたたび目を閉じ、気を失った。
 沙希代はふたたび目を閉じ、気を失った。
 そして、しばらく時が流れた。十分ばかりが経っていた。沙希代は目を擦(こす)りながら背筋を伸ばし、辺(あた)りを見回した。里山はそんな沙希代を注視した。里山の横には小次郎がきっちりと正座していた。猫が正座する姿勢とは、皆さんもご存知かと思うが、凛々(りり)しく両前足を揃(そろ)えて腰を下ろし、背を伸ばした姿で尻尾を前へと回して身体に巻きつける・・という例の姿だ。
「… 変な夢見たわ、あなた」
 沙希代は、まだ小次郎が語ったという現実を事実として認識していなかった。
「小次郎のことか?」
「ええ、そう…。小次郎が話したの」
「ああ、そうだ。小次郎は話す。それは夢じゃない」
「ええっ! そんな…」
 沙希代は言葉を失った。小次郎は、これ以上、奥さんにショックを与えるのは、いかがなものか…と即断し、ニャ~~と猫語で鳴いた。この場合のニャ~~は、そうですよ・・くらいの軽い意味である。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<25>

2015年01月28日 00時00分00秒 | #小説

『今日でしたか…』
 小次郎は落ちつき払って大きな口を開けた。そして、前足の片方で顔を拭(ふ)く素振りを見せながら小声で言った。そこはそれ、小次郎には沙希代が見えているから、抜かりがなかった。
「頼んだぞ…」
 里山はカメラを小次郎に向けたあと、多くを言わなかった。賢明な小次郎の演技力にかけたのである。小次郎は小さく頷(うんなず)くと、チョコチョコとテレビ番組を観ている沙希代の方へ近づいていった。当然、里山も小次郎の動きに合わせ小次郎の姿を追って動いた。そして、ついにそのときがやってきた。
『おはようございます!』
「えっ! …」
 沙希代はビクッ! っと驚き、テレビ画面の視線を小次郎へと移(うつ)した。その一部始終を里山は撮影している。
「あなたっ! 今、なにか聞こえたわよ!」
「そら、そうだろう。小次郎が話したんだよ」
「ええ~~っ!! 猫が話す? …」
 沙希代は目を閉じて長椅子の背に凭(もた)れかかった。
「おいっ! 大丈夫か!?」
 里山はカメラを止め、沙希代に呼びかけた。沙希代は朧(おぼろ)げに瞼(まぶた)を開けた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<24>

2015年01月27日 00時00分00秒 | #小説

というのは、[ おやっ? なにか、話してるんじゃないか? ] と、初めて知った態で沙希代に話しかける・・という穏やかな話の切り出し方である。そうすれば、受けるショックは小さいだろうし、[そおう…?] と疑いながらも少しずつ事実として受け入れられる心理的な効果もある。猫が話せるなど、到底、科学では有り得ないのだから、沙希代に事実を受け入れさせるには、もう、その方法しかないだろう…と思え、里山は決めたのである。
 次の日は会社休みだった。里山は朝食もそこそこに家庭用のビデオカメラを取り出し、バッテリーの充電を始めた。横には沙希代がいて、のんびりとテレビ番組を観ていた。
「おい! そろそろ始めるぞ」
「…どうぞ。小次郎は眠ってるわよ、ほら」
 沙希代は無関心な声を出した。キッチンの隅(すみ)では、確かに小次郎は眠っている。里山は、しまった! と悔(く)やんだ。事前に小次郎へ状況説明をし、起こしておかなかったのは失態だった。だが、もう遅い。コトは始まっていた。里山はコンセントへコードを差し込む足で小次郎を揺り動かした。小次郎は眠い目を僅(わず)かに開いた。だが、今日、カメラを回すと里山に聞いていなかった小次郎は、何事だ? と訝(いぶか)しく思った。
「おい小次郎、起きろ。そして動いて話すんだ…」
 里山は沙希代に聞こえないような小さな声で小次郎にボソボソ…っと言った。小次郎は眠いながらも立つと背を長くして緩慢(かんまん)に伸ばした。人間で言うところの欠伸(あくび)である。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<23>

2015年01月26日 00時00分00秒 | #小説

人間語を話す小次郎の姿を沙希代が見れば、驚いて下手をすると卒倒するだろうが、自分が説明するよりは手っ取り早いだろうと考えたのだった。
 テレ京の駒井から電話が入ったのは夕食が終わった7時半前だった。この前の電話もその頃だったから、里山はある程度、心の準備はしていた。
「はい! 里山ですが…」
 電話音がした途端、待ちかまえていたかのように里山が受話器を手にした。
[夜分すいません。テレ京の駒井です。先だっての件でお電話させていただきました]
「はい。数日はかかると思いますが、送らせていただくことにしましたので、なにぶんよろし…」
[あっ! そうしていただくと、担当ディレクターとしても有り難いです。まあ、流す流さないはテープ次第ということにはなりますが…]
「はあ、それで結構です。驚かれると思いますが…」
[えっ?]
「いや、べつに…」
 口が滑(すべ)りそうになり、里山は慌(あわ)てて誤魔化した。
[…では、お待ちしておりますので、よろしくお願いいたします]
「はい、分かりました…」
 里山はそう言うと、静かに電話を切った。いずれにせよ、小次郎が話せば沙希代が驚くだろうし、駒井だってテープを見れば驚愕(きょうがく)することは必定だ…と里山は思った。まあ、その辺りも考えていない里山ではなかったのだが…。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<22>

2015年01月25日 00時00分00秒 | #小説

 人間の世界で使われるホットラインは某国と某国との秘密の通話回線だが、小次郎の場合の意味は小さく、単に内と外だった。
 そんなことで、玄関外で帰ってきた小次郎は里山に①人間語を話せることを言う→②人間語で話すVをテレ京へ送る→③家では異動話を内緒にし、会社で断ってもらう・・という順序策を授(さず)けた。
「上手(うま)くいくかな?」
 里山は逼迫(ひっぱく)した状況にもかかわらず、人ごとのように落ちついた声で言った。
 家の内外を問わず、暑気が少し出ていた。五月末になると、最近は、めっきり暑さが出た。里山は背広から愛用の浴衣(ゆかた)に着がえた。肩が解(ほぐ)れるうえに、この足でバスルームへ行くのに簡便だったこともある。里山は着がえを手伝う沙希代にそれとなく言った。
「小次郎が話すんだよ…」
「えっ? なに、それ? …ああ、テレ京の話?」
 沙希代は里山が言った意味をとり違えた。里山は急に話しても無理だな…と思った。①を②でやろう…と、小次郎が授けた順序策を少し変化させることにしたのだ。
「ああ、まあな…。今夜、テレ京の駒井さんから電話が入るだろう」
 里山は自分に言い聞かせるよう、ゆったりと言った。
 里山が考えた①を②でやろう・・とは、ホームビデオで撮影している中で小次郎に人間語を語らせよう、というものである。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<21>

2015年01月24日 00時00分00秒 | #小説

「明日の晩、テレビ局の電話があるから、それまでに宜(よろ)しく頼むよ。会社の方は日があるから、まだいい」
『はい…』
 里山と小次郎はキッチンへ戻った。沙希代は夕飯準備に余念がなかった。
 小次郎は考えた。里山は会社のことは…と言ったが、どう考えてもテレビ局の話と会社の異動話は関連するように思えたのである。小次郎は里山を食わせていく自信があった。飼う飼われる関係での主客転倒の発想である。自分が稼いで、ご主人にはマネージャーで管理してもらい、里山家の家計へはガッポリ入れよう…という算段である。ただこれは、かなり理想的な展開になった場合であり、サッパリ! という可能性も多分にあった。しかし、時間的な余裕は、もうなかった。明日の夜にはテレ京の駒井から電話が入るからだ。ご主人に支社への出向で気苦労はさせられない…という点も考慮に入れれば、これしかない! という策だった。①人間語を話せることを言う→②人間語で話すVをテレ京へ送る→③家では異動話を内緒にし、会社で断ってもらう・・という順序策である。
 小次郎は出した策を翌朝、出勤前の里山に告げた。
「有難う。詳しいことは帰ってから聞くよ」
 大まかな話を小次郎から聞いた里山は、そう言うと家をあとにした。
 夕方、小次郎は沙希代に気づかれぬよう庭から外へ出た。内外の出入りで確保している秘密の通路である。小次郎はこの通路をホットライン・・と呼んでいた。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<20>

2015年01月23日 00時00分00秒 | #小説

「社内での異動はいいんだが、出向は、さすがになあ~」
「そうですよ! 当然です。私なら即、やめます」
 道坂が、また怒り顔で言った。
「君らはまだ若いから、採ってくれるところはあるがな。俺の場合、そうはいかん」
 里山はしんみりと、おにぎり定食に付いたきつねうどんの麺をひと筋、啜(すす)った。
「なに言ってるんです。課長だってまだ若いじゃないですか」
 田坂は、やんわりと里山を慰(なぐさ)めた。里山は、しばらく考えてから結論を出すよ・・と、二人に暈(ぼか)して湯呑みの茶を啜(すす)った。
 帰宅した里山は沙希代の目が届かないことを確認し、小次郎に相談した。
「小次郎、どう思う?」
『それはご主人の決断次第ですから…。ご厄介(やっかい)になってる僕が、どうこう言える話じゃないんで…。奥さんには?』
「まだ話してない。あいつも働いてるし、余り心配させるのもな…」
『僕と会社の二件あるんですよね…』
「何かいい知恵はないかい?」
『分かりました。考えてみましょう』
 小次郎は学者のような語り口調で、穏やかに言った。


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コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ②<19>

2015年01月22日 00時00分00秒 | #小説

「お前、どう思う?」
「ははは…猫が人の言葉を、ですか? 課長。…なんか、メルヘンだな」
 課長補佐の道坂は大笑いした。定食屋、酢蛸の店内だったから、客が思わず振り向いて道坂を見た。
「いや、なに。うちの猫が話しゃ面白いなと、ふと思っただけさ…」
 里山はバツ悪く、言葉を濁し、杯(さかずき)の酒を飲み干(ほ)した。
 一日が過ぎ、里山は大ごとにするまでの決断は出来ないでいた。やはり、ニャ~ニャ~で撮るしかないか…と思った次の日の昼だった。ひょんなことで、里山の決断を後押しする事態が発生したのである。
 里山は部長室へ呼ばれていた。
「実は、支社への出向をね。もちろん、早期退職でも構わんのだがね…」
 部長の蘇我は、柔和(にゅうわ)な目つきで厳(きび)しい言葉を里山に浴びせた。
「はあ、考えてみます…」
 昼休み、里山は定食屋、酢蛸で定食を食べていた。向かいの席には課長補佐の道坂と係長の田坂がいた。
「酷(ひどい)いですね、それは…」  
「そうですよ、課長。課長が何をしたって言うんです? …まあ、実績は確かに落ちてますが」
 道坂が怒り顔で言ったあと、田坂がつけ加えた。


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