「え~、では同じく、職場を代表して田坂様のご祝辞を賜りたく存じます」
係長の田坂がテーブルを立つと、前方のスタンドマイクの方へツカツカと滑(なめ)らかに歩いて近づいた。演出されたスポットライトが田坂に降り注ぐ。ようやく、蘇我は里山のテーブルから目を逸(そ)らせ、田坂を見た。一方、里山のテーブルでは、小次郎もみぃ~ちゃんも田坂の祝辞など人ごととばかり目を閉じ、眠り始めた。里山は、やっと落ちついた気分でナイフとフォークを手にし、メインディっシュの肉料理を口へと運び始めた。
「私は、列席されておられます里山元課長の部下として、道坂先輩と仕事を、ともにさせていただき…」
田坂の祝辞に自分の名が出て、里山は思わず咽(むせ)、コップの水を素早く手にすると飲み干した。だがともかく、小次郎とみぃ~ちゃんが出逢えたのだから、ひとまずよし、とするか…と里山は思った。
小次郎の通い婚は、この時点では上手(うま)くいきそうに見えていた。だが、猫社会も人間社会と同じでそう甘くない。いつぞや里山家を騒がせた与太猫のドラの使い番を務める泥鰌(どじょう)屋のタコは、その名のとおり吸盤のようなしつこさで、みぃ~ちゃんに、ちょっかいを出し始めた。悪いのは小鳩(おばと)婦人だった。それには、小次郎にも少なからず関係がある。里山から二匹の仲を聞かされた小鳩婦人は、少し気配りをし過ぎたのだ。二匹が逢いやすいようにと通用門を開け、みぃ~ちゃんの出入りを自由にした。これは、はっきり言って小鳩婦人のミスだった。