水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑える短編集 -15- 差

2022年03月31日 00時00分00秒 | #小説

 鱈腹(たらふく)は食堂で友人の控目(ひかえめ)と合い席で昼の定食を食べていた。鱈腹はハンバーグ定食を早々と食べ終えると、いつものように月見ウドンを頼んだ。控目もハンバーグ定食を食べていたが、食べ終えると席を立った。
「じゃあ、お先に…」
 控目は鱈腹にそう挨拶して出口のレジへ向かった。
「あっ! そうですか。どうも…」
 いつものことだったから、鱈腹は別に気にすることなく控目へ単に言った。レジで控目はハンバーグ定食の料金¥700の硬貨をきっちり支払うと店を出た。ここで、鱈腹と控目との間に支払い料金と時間差が生じた。
 控目は会社へ早く戻(もど)ると鱈腹との間で出来た十数分の合い間を利用して、あるコトをしていた。日々変動する株価のデータ解析である。
「おっ! そろそろ、買いどきだな…」
 控目はパソコンのキーを叩き、株を買い増した。
 一方、その頃、食堂の鱈腹は月見うどんを食べ終え、¥700+¥400=¥1,100の札一枚と硬貨を支払って店を出た。控目の財布には千円札と僅(わず)かな硬貨が残り、鱈腹の財布には僅かな硬貨だけが残っていた。
 この二人の差は、ほぼ一定のぺースで日々、続いたから、累積差は莫大なものとなっていった。
 そして気づいたとき、控目は会社の大株主となり、執行役員に迎えられていた。一方の鱈腹は肥満ぎみの腹を気にしながら、相変わらずハンバーグ定食と月見うどんを食べ続けている。

                    完


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思わず笑える短編集 -14- 馬鹿と利口

2022年03月30日 00時00分00秒 | #小説

 課長補佐の川久保は、書類を手にコピー機へ向かいながら、馬鹿とハサミは使いようか…と、ふと思った。ならば、利口な場合はどうする? と、また思った。利口は、いろいろと対応を考える。馬鹿のようにスンナリ右から左へとは動いてくれない。その対応が、使おうとする者にとって厄介(やっかい)だったり、場合によると邪魔になってしまうのだ。左から右に動かれ、反発を食らうことも覚悟せねばならない。考えるなっ! とも言えず、難儀(なんぎ)なことになる訳である。かといって、馬鹿ばかりだと仕事にならない。
「君、これ…済まんが、ついでに頼むよっ!」
 課長の豚原(ぶたはら)は、営業先へ向かおうと席を立った餌場(えさば)に声をかけた。豚原の手には一通の封書が握られていた。
「はいっ! ポストへ入れておきます…」
 餌場は快(こころよ)く引き受け、封書を受け取った。私用ながら、豚原は課長という目に見えない地位の差を利用して餌場を使ったことになる。餌場は馬鹿ではないが、豚原によって利口に使われた・・ということに他ならない。この二人の話を同じ課の川久保は書類のコピーをしながら見聞きしていた。そのとき、川久保は思った。課長は利口に餌場を使った訳だな…と。川久保は今、昼をどこで食べようか…と、豚原を使おうとしていた。豚原は食い道楽で食い馬鹿だったから、使えるはずだ…と川久保は使おうとしたのだ。
「これ、プレゼンの書類です。あとでお目通しください」
「んっ? ああ…」
「おっ! もう、こんな時間か。課長、昼、どうします? いい店が近くに出来たんですがね」
 川久保は豚原を使い始めた。
「いい店か…じゃあ、行ってみるか」
 豚原は川久保によって上手(うま)く使われそうになった。毎度のことながら、豚原はプライド上、部下には必ず奢(おご)ってくれた。川久保が上手く使ったというのは、その癖(くせ)を見逃さなかったことである。事実、川久保はこの日も絶品の食事をゲットした。
 馬鹿と利口を上手く使えると、世間はスンナリと生きられる。

                    完


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思わず笑える短編集 -13- 感情の乱れ

2022年03月29日 00時00分00秒 | #小説

 ここは無用山存在寺の境内(けいだい)である。朝からポクポクポクポク…と木魚の音が本堂から聞こえてくる。この辺(あた)りに土地勘がない壺坂は木魚の音に釣られ、探している家をこの寺で訊(たず)ねよう…と思い立った。なんといっても、寺なら詳(くわ)しいだろうと踏(ふ)んだ訳だ。
「あの…」
 壺坂は本堂の戸をスゥ~っと音もなく開け、呟(つぶや)くように遠慮気味の声を出した。
「!? …はい、どなたですかな?」
 木魚を叩(たた)いていた僧侶(そうりょ)らしき出で立ちの男は、壺坂の声にギクリッ! としたのか木魚を叩(たた)くのを止め、振り返りながら腓(こむら)返った声で言った。壺坂はその声に明らかな感情の乱れを見て取った。修行が全然、足りんな…と、一瞬、壺坂には思えた。
「恐れ入れます。通りすがりの者ですが、つかぬことをお訊(たず)ねいたします。この辺りに宗吉(むねよし)さんという家はございませんでしょうか?」
「宗吉さん? でございますか? さあて…お聞きしないお家(うち)ですな。当方の檀家(だんか)さんにはございませんが…」
 いつの間にか腓返った声を元に戻(もど)し、僧侶とほぼ思(おぼ)しき男は霊験(れいけん)あらたかそうに襟(えり)を正すと、僧侶らしく言った。
「さよですか、どうも…。生憎(あいにく)、この町には親戚筋がないものでして…」
「ほう! なるほど…」
「そこの交番ででも訊ねてみます…」
「どうぞ、お好きなように…」
 僧侶らしき男は、初めからそうすりゃいいじゃないかっ! とでも言いたげに、霊験を失った俗っぽい感情の乱れた声でそう言った。壺坂は、まあこの程度の寺か…と感情の乱れで思った。
 感情の乱れは人々を危(あや)うくする。冷静になれるコツを体得することが世間で沈まない秘訣(ひけつ)なのかも知れない。

                    完


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思わず笑える短編集 -12- 細々(こまごま)と

2022年03月28日 00時00分00秒 | #小説

 テレビがいろいろな党のいろいろな質問と、政府によるいろいろな答弁を映し出している。
「ほう! …委員会か」
 委員会の名が瞬間、口に出ず、吉川は暈(ぼか)すように呟(つぶや)いた。
「日本は細々(こまごま)と党が多いな…。これじゃ選べんから票が少ないはずだ…」
 最近、海外から日本へ帰国した吉川には今の政治が分からず、好きなように言えた。しばらく観てテレビを消すと、吉川はキッチンへと向かった。小腹がすいたから何か食べよう…と思ったのだ。冷蔵庫の中には細々といろいろなものが入っていた。アレもいるだろう…コレもいるだろう…と選ばず適当に買ったからか、相当な量が入っていた。まあ海外じゃ、こんなものさ…と、吉川は自分の行動に無理やり正当性を持たせ、納得した。
 適当に食べようと思っていたが、案に相違して何を食べるかで迷い、殊(こと)の外(ほか)、時間を取られた挙句(あげく)、結局、カップ麺になった。細々とあるのは迷うし腹が立つ…と吉川は、また思った。カップ麺を食べ終えると、久しぶりに遠出して車を飛ばすか…と、吉川はドライブを思い立った。クローゼットを開けると、また着るものが細々と入っていた。吉川は何を着る…と、また迷った。コレっ! という気に入ったものが、今一つなかったのだ。細々とあるのも考えものだな…と吉川は衣類を整理することにし、選択し始めた。だが、いざ捨てようと思ったものが、こういう場合もあるぞ…と思うと捨てられず、結局、時間をかけて分別した結果、ほとんどの衣類が残っていた。
 票は入れられないわ、食べるものは迷うわ、外出は出来ないわ、衣類は残るわ…など、細々とあると、選択に手間取り、好結果が得られない。

                    完


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思わず笑える短編集 -11- 取り扱い説明書[取り説]

2022年03月27日 00時00分00秒 | #小説

 消耗品を除くおおよその機器、備品などには取り扱い説明書[取り説]がついている。使用方法や組み立て方法が複雑になればなるほど、取り説の重要性は増す。
「なになにっ! 部品AをCの穴に差し込んだあと、Bと繋(つな)ぎ合わせてDとし、そのDをFに接着するだとっ!!」
 畑石(はたいし)は日曜の朝、昨日、勤め帰りに買った模型を組み立てていた。部品Aを探し始めた畑石だったが、なかなか部品Aが見つからない。畑石は、しばらくの間、箱の中をガサゴソと探し続けた。
「チェッ! これはGじゃないか。AだよA! 俺が探しているのはっ!」
 腹立たしくて口にせずにはいられなくなり、畑石は手にした部品Gを見ながら恨(うら)めしげに思わず独(ひと)りごちた。
 部品Aは、こともあろうに部品Mの裏側に隠れるように付いていた。畑石が発見できたのは、数十分後だった。やっと見つかった晴れやかな喜び・・そのような気分は畑石に浮かばず、それどころか組み立て続ける気力そのものが萎(な)えていた。
「ちょいと、休むか…」
 気分をリフレッシュするため、畑石はコーヒータイムをとることにした。そうして、また作業を再開した畑石だったが、最後の詰めのところで、ふたたび難題に突き当たった。取り説には次のように書かれていた。
「ほどよく接着できた完成品は、太陽光で完全に乾かしてください・・だとっ!」
 生憎(あいにく)、その日は曇(くも)り空で、日射(ひざ)しがなかった。
「どうするんだっ! えっ! どうするんだっ!」
 畑石は窓から見える薄墨(うすずみ)色の空を見ながら、ふたたび恨めしげに独りごちた。
 作業を中断して二時間ばかりが過ぎ去ったとき、空に晴れ間が覗(のぞ)き始めた。

「おおっ!」
 畑石は慌(あわ)てて模型を手にするとベランダへと走り、日の光に翳(かざ)した。どういう訳か、安らいだ気分に畑石は満たされた。あとは電池を装着し、スイッチをONにすれば模型は始動するはずだったこともある。
 しばらくして模型が完全に乾ききったことを確認した畑石は、電池を模型に装着して散らばった作業場のあと片づけを始めた。そのときである。ふと、取り説の裏面が目に入った。そこには、次のように書かれていた。

 ※ {1}部品Aは部品Mの裏に付いています。

   {2}完成品は必ず太陽光で乾かす必要はありません。

「表に書いておけっ!!」

 畑石は取り説を手にしながら腹立たしさで三度(みたび)、独りごちた。
 自分の判断も重要で、取り扱い説明書に頼り過ぎると畑石のようなことになる。

                    完


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思わず笑える短編集 -10- 検索

2022年03月26日 00時00分00秒 | #小説

 世の巷(ちまた)にパソコンが蔓延(はびこ)るようになって幾久しい。思えば、1998年、某社のシステム・ソフトが発売されるに及んで、黒山の人だかりが起こり、世界は物流の大きな転換期を迎えた。そして現在、パソコンは人々にとって欠くことの出来ない存在となりつつある。なんといってもパソコンを利用した検索は便利で、情報を容易に得る手段として格好の機能となっている。
「課長、調べときましたっ!」
 市役所、商工観光課の高岩(たかいわ)は、まるで鬼の首を取ったかのような大声で唸(うな)った。課内に響き渡るような声に、課員一同が高岩のデスクへ一斉(いっせい)に視線を走らせた。
「…」
 課長の押花(おしばな)は一瞬、なんのことだ? と、返答できなかった。
「いやだなぁ~、動物園ですよ、動物園」
「あっ! ああ…アレな? そうそう、動物園。アレ、どうだった?」
 新しく市営動物園が開設されることになったのだが、事業展開の予算執行が始まる来年度までに、市の総合開発計画の一環として、商工観光課はその中心的存在に祭り上げられていた。去年までは、窓際(まどぎわ)族とまではいかない程度の者達が島流しのようにショボく勤めていた職場だった。それが俄然、脚光を浴びるようになったのは市の活性化策を盛り込んだ予算が議会で承認された直後からだった。今や、高岩を含む商業観光課の全員は一躍(いちやく)、英雄的存在だった。
「いやぁ~、維持費、減価償却費、管理費など、どの自治体でも、いりますねぇ~」
「そら、いるだろう…」
 押花は、当たり前のことをいうヤツだな…という顔で高岩を朧(おぼろ)げに見た。
「大都市圏では、それなりに五十歩百歩で潤(うるお)ってるようですよ。まあ、景気がよかった頃に比べると今一みたいですが…」
「その検索、間違いないんだろうな?」
 そのとき、バタバタと音がして、出張から帰った安川が課へ入ってきた。
「課長、甘かったですね。二、三、回りましたが、どの市も採算が…。もう一度、計画は一から見直した方がいいようです。展開してからでは遅(おそ)いですから」
「やはり、そうか…。部長以上にはそう言っておく。安川君、ごくろうさん」
 押花は渋面(しぶづら)を作り、高岩を見ながらそう言った。現実を直視しない電子システムの検索は、時折り、想定外の間違いを結果とするのである。

                    完


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思わず笑える短編集 -9- 見下(みくだ)す

2022年03月25日 00時00分00秒 | #小説

 世の中で人と対するとき、自分の置かれた立場、例えばこれは地位とか名誉とか裕福な資産がある場合なのだが、対等であるにもかかわらず、知らず知らず相手に対し、いつのまにか見下(みくだ)して話している。そのことを話している当の本人は知らないから、余計に具合が悪い。こうなると相手は、話しているというより、よく語るな…、あるいはよく講釈をたれるな…などと、少なからず腹が立つことになる。
「なかなかいい陽気になりましたが、一昨日(おととい)の季節外れの雪には参りましたよ、ははは…」
 隠居の裾岡(すそおか)は垣根越しで隣りの隠居、向峰(こうみね)と話していた。
「この冬はエルニーニョとかで暖冬でしたからな。ほほほ…北条は侮(あなど)れません」
 向峰は口髭(くちひげ)を指で撫(な)でつけながら、達観したように少し偉(えら)ぶって返した。
「はっ?」
 意味が分からず、裾岡は訝(いぶかし)げな顔つきで向峰を見た。
「いやなに…テレビの大河の話ですよ、ほほほ…あなたには、お分かりにならんようですな」
 相変わらず見下しぎみに話す向峰は、達観したように、また口髭を撫でつけた。裾岡は、この言われように少しカチン! ときた。一体、何さまのつもりだっ! と怒れたのである。
「分かりますよっ! ええ、分かります。太閤殿下の北条攻めで北条は絶えますっ!」
 興奮した裾岡の口は、思わず禁句を発していた。
「絶えはしないでしょうがな、ほほほ…」
 程度の低い人だ…とでも言いたげに、向峰は裾岡を見下した。
「ちょっと、急ぎの用を思い出しましたので…」
 見下された裾岡は、罵声(ばせい)になるのを避けるように、垣根から引っ込んだ。
 見下すような物言いは、どのような場合でもよい結果を生じない。

                    完


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思わず笑える短編集 -8- うっかりミス

2022年03月24日 00時00分00秒 | #小説

 集中力を欠くと、うっかりミスが起こる。これが度重(たびかさ)なると、ガサツな人…と思われがちで、人の信用は失墜(しっつい)する。このような人物は人の上には立てず、精神の修養が必要となる。会社とかの研修は、こういう場合に備えるためのものだ。対応する相手は所属する組織外の人や世間の事物だから、好印象、好結果となることが組織としては必要不可欠となる。
「底穴君、明日の資料は大丈夫だろうね」
「はあ、それはもう、万事(ばんじ)手抜かりなく!」
「君は、よく手抜かるからねえ…。いや、君を信用しない訳じゃないんだよ。信用しない訳じゃないんだが、一応、私も目を通しておこうと思ってね…」
 部長から役員待遇に昇格目前の我功(がこう)は底穴を部長席から見上げながらそう言った。
「はあ、そういうことでございましたら、お持ちいたします…」
 底穴も課長昇進の時期だったこともあり、胸を張って返すと、急いで係長席へ戻(もど)った。だが、出来た書類には表面上では分からないうっかりミスがあった。ただそれは、書類枚数の末尾近くで、枚数が多い書類では、見逃しがちな程度のものだった。
 書類に目通しし始めた我功だったが、枚数が多かったため、うっかりミスをし、前あたりで目通しをやめた。
「まっ! これなら大丈夫だろう…」
 我功は大丈夫と思ったが、ちっとも大丈夫じゃなかった。だが先方の会社も、そのうっかりミスをうっかりミスで美落とした。双方、1勝1敗で痛み分けとなった。その後、我功にも底穴にも先方の会社にも、…という結果が待っていた。…については、敢(あ)えて吉凶は、さし控(ひか)えたい。^^

                    完


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思わず笑える短編集 -7- ドミノ伝達

2022年03月23日 00時00分00秒 | #小説

 することもなく街に出てみようか…と、太月(たづき)は春の陽気の中、のんびりと商店街へ入った。人通りは多くも少なくもないようで、いつもと変わりがないように思えた。
 しばらく太月が商店街を歩いていると、前方にかなり大きな人だかりが出来ているのが見えた。なんだ? と瞬間、思えた太月は早足で近づいていった。
「なにかあったんですか?」
 人だかりの外側の一人に、太月はそれとなく訊(たず)ねた。
「いや、私もよく分からないんですよ…。あの、なんなんですか?」
 太月が訊ねた男は、背を向けて覗(のぞ)き込む内側の男にもまた訊ねた。
「さあ…なんなんですか?」
 その内側の男は、背を向けて覗き込むそのまた内側の男に訊ねた。
『さあ… …』
 そのまた内側の男は、そのまたまた内側の男に訊ねた。ドミノ伝達である。もはや太月には答える男の声が聞こえなくなっていた。それも当然で、かなり大きな人だかりのガヤガヤした喧騒(けんそう)が、そのまたまた内側の男の声を消したのだ。結局、太月は人だかりの後ろ姿を見るばかりで、その騒ぎが何なのか知り得ず、立ち去ろうとした。そのときだった。人だかりの内側から小さな声がした。その声は徐々に大きくなり太月めがけて近づいてきた。逆ドミノ伝達である。太月は足を止めた。
「ああ、そうですか…。ここで、昨日(きのう)撮(と)られた宇宙人の写真ですか。…だ、そうです」
 前の男は振り返ると、訊ねた後ろの男に返した。
「ここで、昨日撮られた宇宙人らしいです」
「ああ、そうですか…。ここで昨日、捕(と)らえられた宇宙人の写真らしいです」
 その後ろの男は振り返り、そのまた後ろの男に返した。
「ここで捕えられた宇宙人の写真らしいです」
 そのまた後ろの男は振り返り、そのまたまた後ろの男に返した。さのまたまた後ろの男は太月だった。
「ああ、そうですか…」
 太月は宇宙人なんかいるかっ! と馬鹿馬鹿しく思え、その場から立ち去った。
 長いドミノ伝達はそのまま伝わらず、内容を変化させる場合が多い。

                    完


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思わず笑える短編集 -6- いやだいやだ…

2022年03月22日 00時00分00秒 | #小説

 スーパーでゴチャゴチャと買物をしてお釣りをレジで受け取ったまではよかった田神だったが、そのあとがいけなかった。というのも、買物篭から袋へ入れ替えたとき、手にしていた硬貨を数枚、落としてしまったのである。しまった! と思ったときは、時すでに遅し・・だったが、それでも下に落としたのなら拾えばいい訳だ…と考えることもなく身体を屈(かが)めていた。
 収納台の下の屑篭(くずかご)をずらすと、1円硬貨があった。なおも田神はフロアを探したが、他には見つからなかった。まあ、落としたのはこれだけだったんだろう…と田神は中途半端に納得して、自転車で帰宅した。ところが、である。レシートを見ると、お釣りは8円だった。当然、5円硬貨1枚と1円硬貨が3枚なければならない。だが、5円硬貨がどうしても見つからない。繊細な田神は、ああ、いやだいやだ…と、テンションを下げた。さて、どうしたものか…である。田神は腕を見た。まだ、昼には35分ばかりあった。幸か不幸か、買い忘れた白菜があった。サバ缶と白滝の白菜煮・・これは、まったりと心が和(なご)む和風の一品である。洋食ばかりで、少しそういったものも欲しい頃合いだったから、白菜の買い忘れは主役抜きのようなものでキャスト不足となる。よしっ! もう一度、収納台の下を探すか…と思えた。一石二鳥でもあった。そう閃(ひらめ)いたとき、田神の足はすでに動いていた。
 スーパーへ着くと白菜をまず買った。カードをレジで出そうとすると、「100円以上です…」と言われ、田神は小恥ずかしくお釣りの16円を受け取った。問題はここからだ! と田神は思った。落とした収納台の下に5円が落ちているか・・それが問題なのである。白菜を袋に入れ、さて…と屈んでフロアを探したが、残念なことに見つからなかった。まあ、寄付したことにしよう…と諦(あきら)めかけたとき、老婦人が「どうかされましたか?」と訊(たず)ねた。田神は瞬間、「いえ、いいんです…」と小さく言って立ち去った。よく考えれば。何がいいのか分からないのだが…。少し、いやだいやだ…の気分は解消されたが、少し寂しい思いがした。

                    完

 ※ 田神さんの話によれば、レジに並んでいたとき、何も買わずにレジを通過した者がいた・・という経緯はあったようです。^^ それが関係しているのか? は別として、目に見えない出来事は怖いですね。この世の警察では分かりませんから…。^^


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