アイス・クワイアのなかでは、『少女革命ウテナ』と鈴木英人や永井博が奇妙な回路でつながっているらしい。ようやくデビュー・リリースの運びとなった『アファー』のアート・ワークは、鈴木英人と永井博を念頭においたものだということだが、これはよくわかる話だ。デザイン自体はベタな影響関係を避け、現代的な再解釈が加えられたものだが、音はまったくAOR的でテクノ・ポップ(あえてこう記そう)的、かつて彼らのデザインが象徴したものと、現在においても消費されつづけるエイティーズ・ノスタルジーを、かなりストレートに表出するものであるからだ。
(中略)『ウテナ』との関連はナゾだと述べたもののなんとなくわかる気もするのは、ピックアップされているのがウテナやアンシーというふたりのヒロインではなく、御影草時という、永遠を手にしようとして永遠に過去にしばられているキャラクターだという点だ。ヒロインたちは力づよく世界の小さな殻をやぶり、果敢に外を目指していく。それに比して、外見も衰えぬままほとんど幽霊のようにその卑小な世界にとどまりつづける美青年たち。 - ele-king.net: アルバムレビューAFAR
国会議事堂乱入の現場付近にジョン・マウスがいて、彼がトランプを崇拝するQアノンの一人かもしれないことにショックを受けている。彼の音楽が大好きだったのに、Rights for GaysやCop Killerのような曲はウソだったのかもしれないし、少なくともひどい皮肉だと理解しなければいけないから。いったい何が真実なのか…
大人になるのであれば世界のニュアンスを理解する必要がある。多くの意味で、トランプが政治で行うことをアリエル・ピンクやジョン・マウスは芸術で行っているのだ。トランプは良くも悪くも物語として重要な唐突さと変化を持ち込んだ。トランプは異常者であり、クメールルージュであり、だからこそ彼の下に人びとを結集させた。もうひとつ、トランプは決して右翼でも保守でもなかったということ。彼は大統領になるためにそのふりをしただけ。 - redditで行われた問答
萩尾望都「6月の声」(1972)が人権無視の悪夢のSFに化けたのは、太陽系外への移民や時間旅行といったSF小説・映画ではいずれ可能になるように描かれてきたことが未来永劫不可能であると分ったこと、そして恋愛結婚イデオロギーが現今の少子化と格差社会につながったため、少女漫画の恋愛賛美が素朴な形では続けられなくなったこと、この2つが重なって。
といって個別にはSFが終ったとはいえないし、恋愛賛美だって素朴でないにせよ続いていくんでしょう。「資本主義リアリズム」の考え方をはじめ大衆文化や政治をめぐって鋭い提起を行ったイギリス人マーク・フィッシャーは、ケアテイカーやベリアルやジェイムズ・ブレイクといった音楽家に、失われたユートピア的未来の亡霊を絶えず回帰させるような〝憑在論〟の実践をみたが、それらの音楽が悲観的・虚無的にも響き、実際フィッシャーはうつで自殺してしまったのに対し、きょう取り上げる音楽は「懐古的」「ユートピア」という点では共通していながらも、当人たちは懐古趣味というより現役の夢や理想として殉じていたり、日本趣味もチラホラ。
日本を取り戻す。メイクアメリカグレートアゲン。それが単に政治権力を握るためのポーズないしプロパガンダに過ぎないとしても、少なくとも日本ではうわべ圧倒的多数に見せかけ、集団の価値観を内面化していっさいものを考えなくなる人を大量に生み出した。この全体主義化成功の要因に、やはり事実1970~90年代の日本はさまざまな面で驚くほどパワフルだったし、もっと遡れば「大衆の反逆」も「擬制商品」も「監視資本主義」も近代化以前に〝世間〟という形で先取りしていたことだと思う。
Air / Surfing on a Rocket (2004)
I Am Robot and Proud / Good Sleep (2006)
Molly Nilsson / Hey Moon! (2008)
John Maus / Cop Killer (2011)
Hot Chip / Motion Sickness (2012)
Ice Choir / I Want You Now and Always (2012)
Lust for Youth / New Boys (2014)
Ice Choir / Windsurf (2016)
John Maus / The Combine (2017)
MGMT / James (2018)