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アルゼンチンのロック音楽

2023-11-20 15:51:57 | 音楽
アルゼンチンの音楽サイトRock.com.arが2005年6月に発表した同国のロック(ロック・ナシオナルと呼ばれる)名曲100選。先行して行われたRolling StoneとMTVの100選ほど影響力はないが、やや恣意的ともいえるユニークな選択を行っていることから多くの議論を巻き起こしたという。今回はこのリストから13曲、選外の曲・新しい曲から4曲を紹介します。


#1 / Charly García / Cerca de la revolución (1984)
1951年生まれのチャーリー・ガルシアはスイ・ジェネリスとセル・ヒランという2つのグループの成功、そしてソロ活動と、浮沈を経ながらも常に野心的な創作を行い、軍政時代の挑戦的な姿勢などからも「ロック・ナシオナルの父」ともいうべき存在。この曲は、Spotifyによれば収録アルバムPIANO BARの3番目の再生回数にとどまっているものの、1位に選ばれたのは未来志向の歌詞と、グループ/クラシック・ロックでの成功に安住せず新しいサウンドを求めるロックンロール精神によるものか。



#2 / Almendra / Muchacha (Ojos de papel) (1969)
1968年にギター兼作詞作曲のルイス・アルベルト・スピネッタを中心として結成されたアルメンドラは69年と70年に発表した2枚のアルバムによって同国の音楽に革命をもたらし、アルゼンチン・ロックを根付かせた。スピネッタは「スペイン語ロックの最初の化身」と称えられ、アルメンドラ解散後もペスカド・ラビオソ、インビジブル、スピネッタジェイドといった人気グループやソロで多彩な活動を行う。2012年に肺がんのため死去。



#4 / Soda Stereo / De música ligera (1990)
グスターボ・セラティ率いるソーダ・ステレオは1982年に結成され、97年の解散までレコード・CD売り上げとコンサート動員において同国の最も成功したグループであった。83年に民主主義回復したことでロックシーンは活気づき、優れた楽曲の多いソーダ・ステレオは中南米全土でポピュラリティを獲得、他のグループも続き、スペイン語圏ロック全体が活況を呈する。



#5 / Los Gatos / La balsa (1967)
50年代から実りのなかったアルゼンチンのロック音楽において20万枚近くを売る最初の商業的成功を画したヒット曲。69年には後述のパッポがギターで加入し、よりヘヴィなサウンドを追求。



#9 / Serú Girán / Eiti Leda (1978)
前述のチャーリー・ガルシアが3番目に結成したグループ「セル・ヒラン」。スイ・ジェネリスの成功にもかかわらず、次の野心的なグループ「ラ・マキナ・デ・ハセル・パハロス」は支持を得られず、経済的に苦境に陥ったガルシアはブラジル人の恋人と共に一時ブラジルのサンパウロに滞在、釣りをしたり果物を拾ったりする自然賛美の生活を送る。やがてブエノスアイレスに戻ってこのバンドを結成するも、スイ・ジェネリスのようなポップな作風を期待するファンとメディアの失望を買い、軍政批判の姿勢のため政府からも睨まれる。80年のアルバムに収められたEncuentro con el Diablo(悪魔との出会い)という曲は、陰で悪魔と囁かれていた軍人で内務大臣のハルギンデギと会談した経験に基づく。ハルギンデギは当時何人ものアーティストを呼び出して会談し、作品のトーンを下げるか国外へ出るよう迫ったとされる(次項のレオン・ヒエコもその一人)。


#10 / León Gieco / Sólo le pido a Dios (1979)
「私はただ神に願う。不公平は私にとって無関心でいられない。戦争は私にとって無関心でいられない。それは大きな怪物で、 すべての哀れな純真な人びとを踏みにじる」 
ビデラ軍政が周辺の軍事政権と計らった「汚い戦争」を批判する反戦歌として国民の大きな支持を得たが、この曲により生命の危険を感じたヒエコは、1年ほど母国を離れアメリカとイタリアに滞在せざるをえなかった。後年ブルース・スプリングスティーンがブエノスアイレスを訪れた際にこの曲をカバー演奏し、アルゼンチン国民へのビデオメッセージとした。



#12 / Pappo's Blues / El hombre suburbano (1978)
本名ノルベルト・アニバル・ナポリターノ、通称パッポはアルゼンチンのロック史上最高のギタリストとされる。ロス・アブエロス・デ・ラ・ナダ(後述)、ロス・ガトスといった人気グループに在籍したのち1970年に自ら率いるブルース・ロックのバンド「パッポズ・ブルース」を結成。パッポは2005年にバイク事故で死去。



#16 / Pescado Rabioso / Cantata de puentes amarillos (1973)
凶暴な魚を意味するペスカド・ラビオソは、前述のルイス・アルベルト・スピネッタが2番目に携わったグループ。この9分の曲を含む3作目ARTAUDは実質的にスピネッタのソロ作であり、サイケデリックで詩的な音楽の旅とも称され、アルゼンチンのロックを代表する名盤であると同時に、あまりに豊饒な内容のためスペイン語を解さないリスナーを遠ざけかねないとも。



#17 / Sumo / Mañana en el Abasto (1987)
イアン・カーティス(ジョイ・ディヴィジョン)の友人であったスコットランド人のルカ・プロダンがヘロイン中毒とそれによる妹の自殺に苦悩し、新天地を求めてアルゼンチンに移住して結成。プロダンは再びヘロインに溺れるようになって87年に急死し、短い活動期間はアンダーグラウンドな存在にとどまったが、現在ではプログレとヌエバ・カンシオンが席巻する同国ロックシーンに新風を吹き込んだ歴史的に重要なグループと見なされる。



#39 / Babasónicos / Irresponsables (2003)
1991年に結成されたババソニコスは前述のソーダ・ステレオらに続いてアルゼンチンの主流ロックを牽引し、アルバム発表ごとに話題を巻き起こした。



#40 / Los Fabulosos Cadillacs / Matador (1993)
ロス・ファブロソス・キャディラックスはスカやサンバやファンクといったジャンルの要素を併せ持ち、不遜でユーモラスな歌詞でも知られる、ラテン・スカの最も影響力あるグループの一つ。この曲はベスト盤のリリースに合せて作られ、94年のMTVビデオミュージックアワード国際視聴者賞を獲得。El matadorと表記されることも。



#56 / Sui Generis / Canción para mi muerte (1972)
前述のチャーリー・ガルシアが70年代に結成した3つのグループの最初。ニト・メストレのフルートを特徴とする清涼感あるフォーキーなサイケデリックロックの作風。フルート不在のこの曲は「私の死への歌」と題され、71年に20歳になって兵役に就いたガルシアが、いくつかの奇行を経て、兵役を短縮しようとしてアンフェタミンを大量服用し心臓発作を装い入院した経験から生まれたとされる。彼は結局「精神的健康上の問題」を理由に除隊。



#77 / Los Abuelos de la Nada / Mil horas (1983)
フロントマンのミゲル・アブエロが1967年にレコード会社にスカウトされた際「虚無の祖父母(Los abuelos de la nada)」というバンドを持っていると嘘をついたので急遽編成。80年代に再結成してから全盛となり、この曲を書いたアンドレス・カラマロは「エッジの効いた」アイドルを求める若者層の支持を集める。アブエロはエイズのため1988年に42歳で死去。



Vox Dei / Génesis (1971)
アルゼンチン初のコンセプトアルバムとされるLA BIBLIA(聖書)に収められた代表曲。ほかLibros sapiencialesが上記リスト15位に選ばれている。ボーカルとサウンドが同時代の英国のブルース・ロックに通じる雰囲気を持っている。



Patricio Rey y sus Redonditos de Ricota / Motor psico (1986)
長いグループ名は縮めてパトリシオ・レイもしくはロス・レドンドスと呼ばれる(パトリシオ・レイという人物はいない)。76年にラプラタで結成され、初のアルバムは85年と遅れたが以降大きな成功をつかむ。この曲を収めるOKTUBREのジャケと題名はロシア革命に基づくがコンセプトアルバムというわけではないようだ。



Los Espíritus / Jugo (2017)
2010年の結成、15年の2ndから大きく成功。サイケデリック風味なブルース・ロック。この曲は私の年間チャート入り。フロントマンのマキシ・プリエットに性暴行の疑惑がありゴタゴタしているようだ。



Él Mató a un Policía Motorizado / El tesoro (2017)
メタル風のジャケながら音はピクシーズなどの影響を受けたインディーロック。この曲に関してはほぼネオアコ。「彼は自動車警官を殺した」という奇妙なグループ名は映画ダイハードの劇中から採ったとのこと。


セックス・ピストルズ/PiLのジョン・ライドンは今世紀に入ってから本国では音楽よりリアリティ番組などのタレント活動で知られているという。頭脳明晰な詩人だが差別主義者であるモリッシー。作曲できないのでスミス解散後はそれを模倣するようなソロ活動。近年は名声をヘイトが上回っているようだ。在英ライターのブレイディみかこは英ロックスターの中でもこの2人のミーハーだそうなので、著書が売れて急速に劣化ネオリベ化してしまうことは想定していた。この種の人たちはメディア上にポジションを得ることがすべて。

ビートルズの偉大さは、最後まで実験や発明に挑み、メンバーの不和などで変化し続けられなくなったとき解散。短いが空前絶後の濃い時間を生み出し、世界に波及。しかしジョン・レノン、ミック・ジャガー、ボブ・ディランといった人物は優れた音楽家であると同時に新自由主義の体現者でもある。スティング、ポール・ウェラー、マーク・ノップラー、あるいはエルヴィス・コステロといった英国のスター、90年代以降は過去のよかった頃の自分をなぞるような曲ばかり。キャラに飽きてウンザリなのでもう聞きたくない。

アルゼンチンの今度の大統領にはトランプと百田の中間のような人相で人格・政治信条的にもそう察せられる男が選ばれたと聞く。歴史的に他の南米諸国より黒人が少なく、自国のアイデンティティーをヨーロッパ系移民の子孫と位置づけていることが、同国でロック音楽が盛んである背景になっているといえよう。


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