津々堂のたわごと日録

わたしの正論は果たして世の中で通用するのか?

■坂越の舟歌

2015-04-17 09:10:30 | 歴史

 豊前鶴崎の事や舟歌の事、また瀬戸内の海路などについて興味を持っている。鶴崎の舟歌については何度もご紹介してきたが、「御舟歌 復活に寄せて」という本が平成23年に発刊され、歌詞についてはその全貌が見えてきた。
ところがメロディーについては現地・鶴崎には残されておらず、残念の極みである。

ブログ「徒然なかはなし」の主宰者・S様とはお目にかかったことはないが、ブログやメールを通じてご厚誼をいただいている。
Sさまも舟歌に興味を持たれていて、赤穂の坂越の地が細川綱利公とかかわりも深く、此処に残る舟歌が少なからず鶴崎の舟歌に影響を与えているのではないかと推察しておられる。
坂越の舟歌は採譜されており、今般S様の御働きで専門家の手により音声化された。S様にただただ感謝申し上げる次第だが、皆様にもぜひお聞きいただきたい。
                  http://blog.goo.ne.jp/np4626/e/995b3abfcf2c77ffe2c09c52577448eb

これが海で鍛えた船頭衆の声で音吐朗々と歌い上げられたらすばらしいものであったろうと、感激をしたことであった。
そして鶴崎の舟歌がいつの日か復活されることを願うものである。 

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■道中出切手

2015-04-17 07:12:33 | 歴史

                                                                     安政三年の箱根関所に対する出切手

                               
細川越中守歩行之者上下
                               弐人國許江差越候間御関所無
                               異儀御通被成可被下候以上
                                          細川越中守内
                                    安政三年二月六日 福田次郎右衛門
                                 箱根御関所
                                      御番之御衆中  

 時代がいささか遡るが、寛永三年五月五日付の御触「他国江遣候男女出切手之事」があった。(綿考輯録巻三十・忠利公上巻p129)

                一、御侍中より他国へ遣候女之分ハ 御印(藩主の許可)
                一、御侍中男女并又若党其外下々ノ者相煩、他国へ湯治仕候分ハ、我等(三家老)共三人十日替りニ壱判之切手ニ
                  而出シ可申候旨、被仰出候事
                一、町人之分ハ、御町奉行集切手にて出シ可被申候事
                一、百姓之分ハ、御町奉行集切手にて出シ可被申候事
                     御国中川口御門口、女切手之事
                一、人持衆・御物頭衆分ハ、我等共参人之内一判之切手
                一、御馬廻衆ノ分ハ、御番頭衆之切手
                一、御小姓組衆ノ分ハ、御小姓頭衆之切手
                一、御与はつれ衆ノ分ハ、津川四郎右衛門殿・松野半斎・志水伯耆三人十日替ニ仕、一判之切手ニ出可被申候
                一、御留守居衆ノ分ハ、高田九郎右衛門・住江甚兵衛替々壱判之切手ニ而出シ可被申事
                一、御弓鉄炮衆分ハ、其頭々ノ切手
                一、御船手之分ハ、御船頭かしら之切手
                一、御手廻衆ノ分ハ、与頭之切手
                一、男上下共ニ急用ニ而夜中ニ御門出申時ハ、人持衆 御物頭之分ハ、其主人之切手ニ而可被通候、与付
                  之衆は与頭切手ニて可被出候事
                一、毎月十八日ニハ御門切手なしニ女出シ可被申候事
                  右一ツ書之通、御門川口江我等より可申渡旨被仰出候、何も頭衆書判印判仕相渡候条、切手参候
                  時、念を入判形引合候而可被通候也
                     寛永三年
                        五月五日                    長岡監物
                                                  有吉頼母
                                                  長岡式部少輔 
 

身分によって「出切手」の発行が違う訳だが、後年になるとお寺が発行するものが登場する。そのあたりについても調べを進めたいと思っている。

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