唯識に学ぶ・誓喚の折々の記

私は、私の幸せを求めて、何故苦悩するのでしょうか。私の心の奥深くに潜む明と闇を読み解きたいと思っています。

本年度初講 阿頼耶識の所縁と行相について

2015-01-18 10:42:13 | 『成唯識論』に学ぶ
 1月19日 八尾市本町 聞成坊様に於ける『成唯識論』講義、本年度初講の概略を公開します。又此のコピーをテキストとして使用します。
 「今日の問題は、私たちのものを見る見方、ものを考える考え方、そういうものは一つではないということを明らかにしてきます。一人一人が全く別々のものを見、全く別々のことを考え、全く別々の行動を起こしている。共相・不共相という所が今日の課題になります。先ず、概略を示します。
従来、種子の六義と、所熏・能熏の四義の講究がおわりました。次に阿頼耶識の所縁と行相についての講究がなされます。
 八段十義でいいますと、八段の第二・所縁行相門となり、十義でいいますと、第四と第五の所縁門・行相門になります。
 行相 - 識の自体が所対の境を縁ずる能縁(認識するもの)の作用を云う。心の働きです。
 所縁 - 対象、何を対象として働いているのかです。阿頼耶識は何を対象としているのかが説き明かされます。
 (所縁門)
 「不可知の執受と処と」 - 阿頼耶識の所縁を表わしている。但し、「不可知」は次の「了」という行相門にもかかる。
 (行相門)
 「了とは謂く了別なり、即ち是れ行相なり。識は了別を以て行相と為すが故に。」(『成唯識論』第二・二十五左)
 了別について四分が語られる。阿頼耶の「了」は、四分説によることにおいて明瞭にされます。
行相・所縁を解す。(一) 略解
「此識行相所縁云何。謂不可知執受處了。了謂了別。即是行相。識以了別爲行相故處謂處所。即器世間。是諸有情所依處故。執受有二。謂諸種子及有根身。諸種子者謂諸相名分別習氣。有根身者謂諸色根及根依處。此二皆是識所執受。攝爲自體同安危故。執受及處倶是所縁。阿頼耶識因縁力故自體生時。内變爲種及有根身。外變爲器。即以所變爲自所縁。行相仗之而得起故。」(『成唯識論』巻第二・二十五左。大正31・10a11~a20)
(「この識の行相と所縁云何。謂く不可知の執受と處と了となり。了と云うは了別。即ち是れ行相なり。識は了別を以て行相と為すが故に。處と云うは謂く處所。即ち器世間なり。是れ諸の有情の根依處なるが故に。執受に二有り。謂く諸の種子と及び有根身となり。諸の種子とは、謂く諸の相と名と分別の習気なり。有根身とは、謂く諸の色根と及び根依處となり。此の二は皆是れ識に執受せられ摂して自体と為して安・危を同ずるが故に。執受と及び處とは倶に是れ所縁なり。阿頼耶識は、因と縁との力の故に自体の生ずる時に、内に種と及び有根身とを変為し外に器を変為す。即ち所変を以て自の所縁と為す。行相は之に杖て起こることを得るが故に。」)
 この識の行相と所縁はどのようなものか?深い人間の深層心理的一部の働きと、この識が何を対象にして動いているのかという所縁です。それはどういうものか、という問いが出されているのです。
 十門分別の中、第四・第五の行相・所縁分別である。「不可知」は、 所縁に約し、行相に約して、不可知を明らかにし、「不可知」は本頌を挙げて答える。「不可知執受處了」(不可知の執受と了となり)という形です。
 無意識の領域は、私たちには解らないものである。有るのか・無いのか、それが不可知という概念である。知ることが出来ない、知り様がないことであるが、他の識と同様に了別(ものごとを区別して理解すること)の働きをもって能縁・所縁がある。了別は行相である。「識は了別を以て行相と為す。」 これは識の自体分である。行相とはまた、見分である。「識体転じて二分に似る」という形で働いている。識体は自体分ですね。自体分が転じて見・相二分に開かれるのですが、具体的は働きは見・相二分になるのです。
 能縁が了別です。これを行相という言葉で言い表しています。では所縁は何かといいますと、認識対象のことですが、「種・根・器」という。諸の種子と、有根身と器世間、これが所縁である、と。
 第八識は、内に種子と有根身(五色根と根依處)を変じ、外には器世間を変じます。器世間が有情の所依處になるわけですね。
 種子と有根身は「摂為自体同安危故」(摂して自体と為す。安と危とを同ずるが故に)と言われていますように、執受が有ります。「執受に二有り。謂く諸の種子と及び有根身なり」。器世間には執受はありません、外のものですから執受はなく、處といわれています。
 種子と有根身は、第八識の見分がこれを境と為すと共に、自己自身として執受しています。厳密には「阿頼耶識は種子を執持(種子を保持する働き)し、有根身を執受(維持されるもの)する」と説かれています。これが第八識の相分になります。私のものであるというふうに、第八識自身が、つまり阿頼耶識の中に、ものを執着していく、或は保持する働きをもって命を維持している。それによっていろんな経験をしていくのですね。有根身は合聚の義と言われていますように、いろんなものが合わさって体が出来ています。それによって痛かったり、痒かったりですね、そういうことが起ってくる。これが内側の問題ですね。
 それともう一つ、外側には器世間ですね。外界の一切、「是諸有情所依處故」(是れ諸の有情の所依處なるが故に)。これは所縁であり、識の相分であるということですね。
 「内変」・「外変」の「変」ですが、識所変の変ですね。自体分から二分が出てくる。この二分に依って、我・法を施設する。「由仮説我法」(仮に由って我法と説く)の我・法です。此れに離れて相分・見分はないわけです。ここが自体分・相分・見分の三分説になります。もう少しいきますと四分説が説かれます。そこと関係があるのですね。識所変を以て、自の所縁と為すということになります。相分も見分も識が変じたもの、識体が能変、二分が所変という構図です。所変の見分が能縁になり、相分が所縁になるわけですね。
 「変」につきましては、もう一つ「内識転じて外境に似る」という二分説があります。識体が見分であり、能変ですね、境が所変になります。見分が能縁・相分が所縁になります。これが二分説です。二分説・三分説、それに護法菩薩は証自証分を加えて四分説を立てました。この四分説が大事な教説になってくるわけですが、この後にでてまいります。
 「一切の諸法に心有り、境有り。行相は是れ識の見分なるが故に、先ず行相を明かす。心に由って境を変ずるを以て、次に所縁を説く。」(『述記』)
 本頌は、所縁から述べられていますが、釈する時は、認識の主体から明らかにする、これが本意であるというわけです。
 (行相)
 「了と謂うは了別、即ち是れ行相なり。識は了別を以て行相と為すが故に。」(『論』第二・二十五左)
 了 - 知ること。理解すること。認識すること。了別の略称。了、詳しくいうと了別。これが阿頼耶識の働きであると云っています。これが行相である。「識の自体分が了別するを以て行相と為すが故に。行相と云うは見分なり。・・・(第一解)相と云うは体なり。謂く境の相を謂う。境の相を行ずるを以て行相と為す。」(『述記』第三本・三十右)
 どうでしょうか。私たちは即座に認識を起こします。どうして即座に認識を起こすことができるのでしょうか。考えたこともありませんが、考えると不思議なことではありませんか。これは、阿頼耶識が働いているからなのですね。そして不思議なことは山は山。河は河。花は花と人類共通の認識が起るのですね。これを共相(グウソウ)といっていますが、これも不思議なことであります。この共相の中で、様々な認識が起ってきます。これが人人唯識なのです。私は私の阿頼耶識で物事を認識し、区別しているのですね。
 阿頼耶識が外に投げ出された見分が、了別をする働きを持つわけですが、境相を行ずることが必然となるわけです。山とか河は所縁の相になるわけです。しかし、若し、所縁の相がなかったなら、能縁の見分は自の所縁の境を縁ずることができないであろうと。自体分は見・相二分を外界に投げ出しているのですね。見分だけでなく、相分も投げ出しているのです。見・相二分の所依が自体分(自証分)であるのですね。そしてですね、自体分(自証分)を証明するのが証自証分なのです。後に詳しく説かれます。
 私たちの日常の認識では、外界に物が有って、認識を起こすと云う、外界と私という分別をベースとして認識し判断を下しているのですが、唯識は「ちょっと待って、本当にそうですか」と疑問を呈しているのです。それはですね、私達には自証分が不明瞭なんですね。不明瞭である為に、見るもの(能縁)も体であり、見られるもの(所縁)も体であるという実体化が起るのです。唯識は、能縁・所縁は所変であり、能変は自体分であると明らかにしたのです。能変が変異したもの、それが見・相二分である。自証分が体であり、見・相二分は相であるというのが、護法の見解になります。
 阿頼耶識が、見られるものを縁じ、見るものを縁ずるという働きをもって、私たちの認識、いろんな区別が起っていると云うことなのですね。
『論』には、ここで処について論究されますが、「執受と及び処とは倶に所縁なり」と、執受というは、「諸の種子と有根身と処」は所縁であるという一段が後に設けられていますので、ここでは執受について考えたいと思います。
 「執受に二有り。謂く諸の種子と及び有根身なり。」(『論』第二・二十五左)
 執受というのに二つある。つまり、一つには種子である。もう一つは有根身である。
 執受とは、五官と身体に依って維持されるものを執受する働きと、阿頼耶識の中の種子(現行を生ずる可能性)をも執受する働きがあるとされます。この場合の執受は執着をするという意味になります。執摂受といい、執着をし感覚が生ずるという。
 「執と云うは、是れ摂の義(執摂)、持の義(執持)なり。受と云うは、是れ領の義、覚の義なり。摂して自体と為し、持て壊せざら令む。安危共同にして而も之を領受し、能く覚受を生ずれば名づけて執受と為す。領して境と為すなり。」(『述記』第二・二十五左)
 (第八識は種子と有根身とを執摂して自体とし、執持して壊わさない、これを受領して境とする。そして、根をして能く識の覚受を生ぜしめるのである。)
• 摂 - 収めること。 
• 領 - 受け止めること。
• 覚 - 知覚すること。認識すること。 
• 領受 - 受けとめること。
• 覚受 - 身体が苦楽などを感じること。  
 すべてを受けとめて安危共同(アンギキグウドウ)である。覚受がないと死に体ということになり、覚受が有ることが、生きているという働きの一面になりますね。 阿頼耶識は、いつでも、いかなる時でも、どんな境遇であっても私と共に生きつづけている。「摂自体」これが自分であると摂して、安危を共同している種子と有根身と阿頼耶識が一体となって、私という、一人の人間が動いていく、どんな時でも一緒やで、というのが阿頼耶識なんですね。
 楽な時、順境の時は問題なく過ごせるわけですが、苦悩という逆境の時は、意識は逃げたい逃げたいと思うわけです。しかし、阿頼耶識はすべてを引き受けているんですね。身はすべてを受け入れているということになりましょうか。為したことは種子として阿頼耶識は受け入れ、受け入れられ種子は現行として身は引き受けている。内に種子と有根身(有情世間)、外に器界(器世間)を変現して阿頼耶識は働いている。
 内外といいますが、処と執受は所縁である。阿頼耶識は処と執受が所縁、即ち相分になりますね。
 「種子は第八識の体に依ると雖も、而も此れ識の相分なり、」
 「見分いい恒に此を取て境と為すが故に。」
 これは十門分別の中の第五・四分分別門の中の言葉ですが、種子と有根身は、第八識の見分が(種子と有根身)を境とすると共に、種子と有根身は自己自身として執受しているのです。
 種と有根身は「摂して自体と為して安と危とを同ずるが故に」と言われていますように、執受がありますが、処は外のものですか執受はありません。阿頼耶識の相分の中の内外の区別をいっているのです。
諸の種子とは何を指すのか。
「諸の種子とは、謂く諸の相と名と分別との習気なり。」(『論』第二・二十五左)
 相・名・分別の習気、これが種子の内容であると説明しています。相は姿です、名は名前、つまり、相に名前がつけられる。それによって区別をしていく。その総体が種子であるということになります。
 先ず、種子は有漏であるということです。
「即ち是れ一切の有漏の善等の諸法の種子なり。下に五法を解すが中に、此の三(相・名・分別)は唯だ有漏なり。」(『述記』)
 種子生現行の種子の内容ですね。この種子は執受ですから有漏であるということです。無漏ば執受ではないわけです。有漏は有為法でる。刹那滅であるということですね。無漏は無為法ですから常法である。転変しないもの。転変しないものは種子とはならない。
 この後、四分義が説かれてきます。そして、有根身と種子を執受するといわれて、処と区別されるのは内外の区別なんですね。阿頼耶識の所縁を内外に分けて説かれてまいります。所縁を外境と内境に区別する中で、種子を「諸の種子とは、謂く異熟識所持の一切有漏法の種なり。此の識の性に摂めらるるが故に是て所縁なり。」(『選註』p43)
 私たちは、相ですから対象化したものと、対象化したものの名と、そこに自分の分別が一つとなって、阿頼耶識の中に蓄積していく、それが諸の種子であるという。
 今までは、種子の定義と、種子になり得る要素として六義が説かれていましたが、さらに踏み込んだ形で、種子の内容について論じられているのです。阿頼耶識は所縁を対象として了別していく働きを持つと言われています。
「無始の時より来た虚妄熏習の内因力の故に」、因は善悪。すべての有漏の善悪を種子として、果である現行を引き出してくるのです。この時の果は無記であるとされます。そして、種子は「本識の中にして親しく自果を生ずる功能差別なり」と定義されていました。
 種子として現行を引き出してくる、というのが大事な所です。種子生現行、種子が現行を生ずる(七転識)刹那に現行熏種子、現行が種子として熏習される。転識は種子として所縁となるということです。即ち、阿頼耶識の相分(所縁)は阿頼耶識の所変である。識の所変を所縁としている。先ほど、所縁を外境と内境に区別すると述べましたが、外といいましても、識の所変であって外境ではありません。従って、諸々の相(姿)と名(名前)と分別(区別)が種子の内容となるのです。問題は分別ですね。何に依って分別を起こすのか。ここが虚妄と云われている所でしょう。分別の習気ということで「遍計所執自性妄執習気」と、種子はこれを所依としている。それを阿頼耶識の中に蓄積していく働きを持つものが種子である、と。相・名は私たちの生きる環境によって違ってくるものでしょうが、そこを基点として分別心を起こします。貴方と私の世界観が違うというようにですね。私は私の目線で物を見る、相手は相手の目線で物を見る、そこには当然意識の相違が起ってきます。それを妄執と押さえたのでしょう。迷いの構造がどうして成り立ってくるのかということを種子に見たのですね。
「有根身とは、謂く諸の色根と及び根依処となり。」(『論』第二・二十六右)
 有根身とは、簡単にいいますと、身体のことです。感覚器官を有する身体ということになります。この身体は、色根と根依処から成り立つのであると説かれ、有根身は阿頼耶識から作り出され、阿頼耶識が認識しつづけている対象(所縁)の一つであると説いています。
 何度も繰り返しますが、阿頼耶識の対象(所縁)は処と執受である。種子と有根身とをまとめて執受というわけです。
 色根は、身体を構成する五つの感覚器官(眼根・耳根・鼻根・舌根・身根)で、色とは物質、根は依処で、感官のことです。根を有する身というので、有根身と呼ばれているのですね。

         色根(勝義根)
 有根身 〈            〉 肉体とその機能との関係
         根依処(肉体)

 例えば、ものを見ると云う時には、何が依処になっているのかということです。依り処が有って初めて見るという機能が備わっているのです。その依り処を根の依処、眼根の依処は眼球ですね。眼球自体が根依処である。ですから、色根を勝義根としますと、根依処は扶塵根(ブジンコン)、即ち、扶ける塵としての根。

        勝義根
  根  〈                      
        扶塵根(勝義根を支えるもの)

有根身とは阿頼耶識から作り出され、阿頼耶識によって維持され、生き続ける限りこの肉体は腐敗することなく存続されるのであると見出してきたのです。この身体と阿頼耶識の関係を安危共同(アンギグウドウ)と呼ばれています。種子と阿頼耶識の関係も同じですね。種子・有根身と阿頼耶識が一体となって。私と云う、一人の人間が動いていく。いつでも、どんなときでも、阿頼耶識は包み込んでいるということなのですね。
 私たちは、自分の都合のいい時は「ありがとう」。都合の悪い時は「こん畜生」と、敵に早変わりですね。供養でもですね、自分がうまく行っている時は「ご先祖様のお蔭です」といえますが、うまくいかなくなった時には「祟りや」といって罵ります。だからですね、先祖供養といっても、自分の都合だけしか考えていないんです。「供養するからおとなしくしておいて」と。御先祖さまはどうでもいいんです、自分の都合だけです。こんな自分の在り方なんですが、阿頼耶識はすべて包み込んで、いいとか、悪いとかという区別はしないのですね。
 私たちの考えの及ばないところですが、深い意識の領域では、すべてを受け入れている働きが働いているのですね。ありのままの自分が阿頼耶識として見出されてきたのでしょう。私たちの眼差しは、阿頼耶識に光を当てなければならないと思います。そうしないと、私の都合で相手をぶった切っていきますね。それも自己正当性をもってですね。
 先日もお話を伺う中で、いじめの問題を話されました。親は「何故自殺をしたのか。何故悩みをうち明けてくれなかったんだ」と、そして矛先は「お前は何故いじめたんだ、いじめたおまえが悪い」と。ここからこころの変遷を経て、「心の悩みを打ち明けることの出来ない環境を私が作っていた、それがいじめられるという方向になってしまった。もしかすると、いじめた子も私が作りだしたのかもしれない。被害者も加害者も作りだしたのは私の傲慢が原因だった。」 いじめた加害者も本当は被害者であったと慚愧心をいただかれて心が解放されたと、お話し下さいましたが、自己正当性の持つ闇は深いですね。その深い闇の底で阿頼耶識がすべてを受け入れている、自他分別することなくですね。今、このお父さんは加害者であった子と共に、いじめをなくそうという学習会を立ち上げて、共にいじめと向き合って、いじめから子供を救うという運動をされているとお聞きしました。
 「即ち本識(阿頼耶識)は彼の五根と扶塵根との色根を縁じつくすことを顕している。身とは、身の中に根を持っているので有根身と名づけられている。根は五根に通じ、これは自身の者であって他身の五境を縁するものではない。依処とは諸々の扶塵根である。しかし五の処があると説かれてはいるが、聲をもってするのではない。『対法』の第五に「(聲は)執受に非ず」と説かれているからである。扶塵根は色・香・味・触の四つの塵(視覚・嗅覚・味覚・触覚)から構成されるのである。」(『述記』取意)
 前後しますが、識と根の関係ですが、識は心であり、根は色(物質)ですから、根は物質から構成されるのです。
 「眼根乃至身根を五根と名づく。眼識乃至身識の所依の根なり」(『二巻鈔』)
 ( 執受の意味を釈す。)
 「此の二は皆な是れ識に執受せらる。摂して自体と為す。安危を同うするが故に。」(『論』第二・二十六右)
 「執受の義とは、安危を同ずる等なり。」(『述記』第三本・三十七右)
 此の二(種子・有根身)は阿頼耶識に維持され、「摂して自体と為し」これを自体として、阿頼耶識と安危を同じくする。種子・有根身と阿頼耶識が一体となって、一人の人間が動いていく、それは安心である時も、安心でない時も、どんな時でも一緒に動いていく。私の思いを超えて、私と共に歩んでいく働きを安危共同といわれているのですが、これは如来の働きですね。私の根底にあって、私を支え、私と運命共同体として共に動いて下さっている南無阿弥陀仏の働きでしょうね。我執の嵐が吹きすさぶ殺伐とした状態であっても、南無阿弥陀仏として私を見捨てない、どこまでもどこまでも、私を信じ、私の目覚めを待つ働きがお念仏、南無阿弥陀仏なのでしょう。私が右往左往している時にも念仏は生きている、ということではないでしょうか。そんなことが「摂して自体と為して、安危共同」というお言葉のなかから伺うことができるようです。
 そうするとですね、私の立場からですと、いつでも、いかなる時でも、念仏に逆らって生きている、傲慢ですね。生きていけると思いあがっている。この「安危共同」は、私の立場を教えてくれているようです。私の立場からですと、安という、幸せは好き、危という不幸せは嫌いやと分け隔てしています。これが分別の妄想なんでしょうね。
 阿頼耶識は私と共に、不幸な時も、幸福な時も分け隔てなく、種子と有根身、あらゆる経験と身体をもって一つとなって働いていく。現行とはこういう意味をもっているののですね。過去から今までのすべての経験と身体を包み込んで阿頼耶識は働いていく、これを執受という言葉で表しているのです。
 「執受と及び処とは是れ所縁なり」
 執受と及び処が所縁になります。処がまた出てきましたが、以前に処とは「処所、即ち器世間。是れ諸の有情の所依処なるが故に」と説明されていました。処は器世間である、ものの世界ですね。これが諸の有情の所依処である。処は外側の世界ですが、処という場所が私の所依処であるわけですね。依って立って生き得る場所であって、外界に存在するものというわけにはいかないように思いますね。所依処と共に生きている。そういう場所ですね、仏教では依報といいます。一人の有情は正報でといいます。ここが、「自体転じて二分に似る」というところの、自体分が転じて見分・相分に似て現ずるところの相分である、と。私の心が転じて国土を作りだしている。世界が有って私が存在するのではなく、一人一人の世界を作りださして生きている、一人一人別の世界を持っているとことになりましょう。これが器世間です。依報といわれています。器世間は外側の対象であり、執受は内側の対象であるのです。執受と処は阿頼耶識の所縁であることを明らかにしたのです。そして、
「阿頼耶識は因と縁との力の故に、自体の生ずる時に内には種と及び有根身とを変為し、外には器を変為す。」(『論』第二・二十六左) 阿頼耶識の所縁について詳しく述べられています。自体分が転じて見分と相分に似て生ずるという中の相分ですね。相分が内と外に変為して現ずることを明らかにしているのです。内は種子と有根身であり、外は器世間である、種子と有根身及び器世間を変為している。ここで「変為」ということなのですが、
変は変化するということですね。何が変化するのかといいますと、阿頼耶識ですね。種子という分別の習気から、現行識としての阿頼耶識と七転識が生ずるという構図です。これは因能変になります。そしてですね。生じた八識にはそれぞれ見分と相分とに変化し、見分が相分を認識する、即ち縁ずる。阿頼耶識の所縁についていえば、識体が変じた見分が相分であるところの種子と有根身そして器世間を認識するわけです。第七末那識は第八識を縁じ、六識はそれぞれ、眼耳鼻舌身意は色声香味触法を認識することをいっているわけですが、これを果能変として言い表されています。
 「変に二あり。一には生変。即ち転変の義なり。・・・変というは謂く因と果と名言親しく生じ業種異に熟する差別なり。等流と異熟との二因の習気を因能変と名づく。所生の八識が種々の相を現ずるのは是れ果能変なり。・・・二には縁ずるを変と名づく。即ち変現の義なり。是れ果能変なり。且く第八識が唯だ種子と及び有根身の塔を変じ、眼等の転識が色等を変ずる是れなり。・・・」(『述記』第三本・三十七左)
すべては、識転変である。阿頼耶識が生ずということは、因と縁の力が相互に働いて能蔵された種子が現行するという、これは待衆縁で学びましたが、直接の因と、間接的な助縁との間に因と縁が結びついた時に現行として生起してくるわけですね。それ以外の種子生種子として阿頼耶識の中に所蔵されます。善因善果とし、悪因悪果として一類相続していくわけです。直接の因、これは自分ですね。阿頼耶識です。これが因であり、助縁という間接的な力のよって現れてくる。さまざまな縁ですね。それがないとあらわれることが出来ません。現に行じられていることは衆縁が働いている証しでもあるわけですね。ですから、現行するということが変為ということになります。種子生現行ですね。いつも言うことですが、私は私の心を見て生活をしている、自分のこころが外に投げ出されたものを所縁として自分が見ているのですね。識所変を以て識所縁としている。非常に大事なところだと思います。この辺は非常に厳密ですね。迂闊に社会問題に顔を突っ込むわけにはまいりませんね。外界にそんな問題はないといっているのですからね。識の所現は識の所変である、と。いたたまれない現実に遭遇することは、自分の心の深さを見つめているのだと思います。「はずべし、いたむべし」ここでいいますと、「所変を以て所縁と為す」ということになりますね。
「即ち所変を以て自の所縁と為す。行相は之を杖して而も起ることを得るが故に。」(『論』第二・二十六右)
ここまでが大体の概略が述べられていまして、次科段から詳しく述べられます。器世間は所縁の外側のことを示し、外境として実体的に存在するものでは無く、どこまでも自の内識が転変したものであることを明確にしています。このことを『述記』は「本識の行相は必ず境(所縁)に杖して生ず。此は唯だ所変なり。心外の法に非ず。本識は必ず実法を縁じて生ずるが故に。若し相分無くんば見分生ぜず。即ち本頌に境を先にし、行を後にするの所以を解すなり。杖と云うは謂く杖託なり。此の意総じて見は相に託して生ずることを顕す。」と釈しています。
自体が転じたものを縁とし、そこに行相が働きかけて、執受と器世間そして行相の三つがものが混在して、私は私の世界を構築していることを教えられます。
 次科段より広説が述べられます。初めに行相を解釈し、後に所縁が解釈されます。そして初めの行相について、三つに分けて説明されます。一には、護法菩薩が行相である「了」を釈してこれが正義であることを述べ、二に、四分を明らかにし、後に総結が述べられます

大坂坊主BAR staff日誌 (3)

2015-01-17 22:56:16 | 大坂坊主BAR staff 日誌

 昨日は職場からチャリ走行で坊主BARに向かいました。途中中崎町商店街に店を構えておられるラーメン店の伊吹さんにお邪魔しました。ベースのスープは香川県観音寺特産の伊吹島いりこをふんだんにに使用したアッサリ系です。麺もこしが有ってさすが四国の麺という感じでした。トッピングの鳴門わかめも美味しかったです。腹ごしらえも済ませていざ出陣。
 世間のイメージでは、坊主BARというと何か怪しいと云う雰囲気があるようですが、中身はとっても真面目に仏道を求め、仏教を世の中に知ってもらいたいと云う願いに生きておられる僧侶方の節なる思いに依って成り立っている場であります。真面目に相談されるお客様、或はひやかしで、僧侶の能力を試そうとされるお客様等々様々ですが、僕は昨日心を打たれた質問は、震災で亡くなって逝かれた人のことをどう考えたらいいのかということでした。ある日突然、なんの前触れもなく襲ってきた地震と津波によって多くの人たちが犠牲になられた。生まれてこのかた真面目に生きてきた、それがこの結果か、どうにも考えようがない。この事実をどのように受け止めたらいいのか私にはわからない、ということでした。理からいうと、何が起こっても不思議ではない世界を生きています。無常です。これを受け止めることが出来ないのですね。他の人の死と見た時には、自分とつながりを持ちませんから悲惨な出来事として処理してしまいます。私は大阪に住んでいますから震災とはほど遠いわけです。気持からすれば不謹慎かもしれませんが、お気の毒にとしかいいようがないのです。裏返せば、自分の災難でなくてよかったと安堵しています。こんな気持で何故亡くなって逝かれたのか問うことができるでしょうか。私は問うことの不謹慎さを思わずにはいられません。
 他の人の死、命あるものの死は私とは無関係なのでしょうか。お前はどう思っているのかという切っ先がのど元に迫ってきたように感じました。自分はそのような状況の中で後悔のない生き方をしているのか、生死を時間の隔ての中で、死は彼方のことであり、今は生を謳歌するとう姿勢でいるのではないのか。亡くなっていかれた尊き命は、「貴方は今死して悔いのない生き方をしておられますか」と、私達の死を無駄にしないでほしい、私達の無念を受けとめていただきたい。何が起っても不思議ではない世界で、死して悔いがない今を生きていただきたいという心の叫びを私は聞くことができるのか。根源的な問いとして、お客様の素朴な質問から感じました。生きるということは真剣勝負なんですね。


 月曜日は『成唯識論講義』です。初能変・所縁行相門に入ります。八尾市本町二丁目聞成坊様にて午後三時からです。

友との会話 続編

2015-01-15 22:42:36 | 友との会話
 S 産道から出てきて39年目。産まれた時から自分自身は成長しているのでしょうか?身体は大きくなっていますが。土曜母方の先祖の墓参り。そういやおじいさんは大工さん。おばあさんは茶碗蒸しをよく作ってくれた。寒いからと言って風邪ひかないようにしてくれたはいいが、暑すぎて僕が赤ちゃんの時逆に風邪引きしてしまったらしい。多分おじいさんが大工さん。だからサラリーマンは嫌いなのかも。口が上手いやつは実力が無くても出世するので。勿論両親にも育ててもらいました。親戚にも。まぁ周りの人間に世話になって生きてきました。母が普通の生活ほど難しいものはない。何が普通か解りませんが、人生色々あったみたいです。父が会社で整理解雇にあった事があり、自分自身にとっても大きな問題でした。今暮らしていけるのは両親が色々な問題を自分自身の問題として解決してくれたお蔭だと。母がしっかりしてくれていたからだと思います。感謝。おじいちゃんは子供の時、よく寺に連れていってくれました。今は月一回寺に行くようになりましたが。 感謝の気持ちや、自分自身の生きる方向性は自分自身の判断です。責任は持たなければなりません。しかし方向性を決定している、意思、意識と言うのは、今まで会ってきた他人との縁がかなり影響しているのではないのかと。今の自分自身を構成しているのは今まで出逢ってきた他人。これからの自分自身を構成するのはこれから出逢う他人。全ては自分自身が選んだ選択した他人の縁かなと。僕自身は変な先入観なく他人と接していかなければなりませんね。先入観から入っていたからよい縁も逃していたのかもしれません。心の赴くままに。になりたいものです。河内さんさら頂きました誕生日プレゼント。おじいちゃんおばあちゃんが好きだったお菓子です。これも何かの縁かと。
 河内 誕生日のお菓子、よかったですね。こんなところにも人知の及ばない世界があるんでしょう。深いね、私自身&私自身を証明するものは、私の思考を遥かに超えて、いわば異次元でしょう。仏教では「如」、如来の如といいますね。一如来生といい、永遠の彼方から現世に来たり生まれてきたのが私の命であり貴方の命でもあるんです。そういう深いところでつながっているんでしょうね。 おじいちゃんに連れられて、お寺にいかれたことが種子となって、今ようやく蕾からゆっくりと花を咲かそうとしているんですね。おじいちゃん喜んでおられますよ。そしてね、今の君の行動が種子となって、友を選んでいくんです。だから、一瞬一瞬大事な時を与えられているですね。その大事な時を忘れた生き方を流転といいます。流転も自覚の言葉ですが、流転の中に在って流転を超えた生き方を求める。それが求道なんですね。菩提心ともいわれます。意思決定のメカニズムはいずれ解明しなくてはならない問題ですが、一番大事なことは、真理に触れることです。そうしますと、そこに作意が生れます。真理に触れることを通して、真理に触れたいという心が目覚めるといわれています。そのことが意思決定におおきな役割をもっているのでしょう。逆にです。人生投げやりでいいと思うと、それが引き金となって、どうでもいいという意志が決定されますね。いつもいうことですが、如何に、深層の心である阿頼耶識の純粋無垢の心に触れるかが、私に問われていることだと思うんです。これは私が私に出会うことでもあるんですね。「わたしはわたしになればいい」というのは阿頼耶識に触れないと実現できないことなんです。
 S テレビ見てて岸部一徳さん出てましたが、あーなりたい。優秀な俳優は自分自身の事が解っていなければ自然な演技は出来ませんね。自分自身を知ることはやはり大切だと。
 河内 主役が主役として主役を演じきれるのは脇役があって引き立ちますね。 
 S 主役だけでは舞台は成立しませんね。
 河内 そうなんですね。脇役も主役であるという視線が大事ですね。主役&脇役不一不二です。なかなか思えませんが。そうそう、思えませんと云う思いに頭が下がる時に一緒に成れるかもです。
 S 昨日の河内さんの言葉。もっと積極的にいかな。と言ってくれましたが、いかなあかんが足が前に出ません。自分自身に囚われているのか?それとも単に縁が有るのに気づいていないのか?唯識とは?何か解りませんが、自分自身を解放してくれる学問なんでしょうか?僕自身には今までとは違う角度から物事を見る必要がある。その為には自分自身をみなければならないと言っているのかなと 
 河内 自分を知ることが原点ですね。他を知らんと思えば、先ず己を知れ。自己開放というより、自己回復の学と思い他に依って自分がつくられるのではなく、自分の人生は自分の心から作り出しているのですね。厳しいです。作り出した今ですね、どのように責任を果たすのかです。明日を決定します。誤魔化しが効かない。困ったこっちゃ。底が破れると深い、深さが解る。底を作り出しているは自分という妄想や。僕は自分の思い上がりで人生を棒に振りましたが、破滅が仏に出会わせてくれました。後悔は凄くあります。しかしそれ以上の恩恵をいただいています。踏みにじってきた人には頭が上がりませんがね。
 S 学校出て彼女出来て結婚して。羨ましがられる職業について子供出来て。まぁこう言った人生なら自分自身なんて考えなかったでしょうね。アラヤシキなんて言葉を知ることもなかったでしょう。しかしクリスマスクリスマスと世間はうるさい。しかし彼女がいたらうるさいと思わないし、いないから思う。結局自分が環境を作っている訳ですね。寒いのでチャリ走行はお気をつけて。
 脳梗塞で父が倒れた時、今までの父とは違う人間になってしまうのか?と考えた事がありました。何故そう思ったのかは解りません。ぼくがしっかりしてなかったから病気したのかな?なんておもいました。ブログに脳梗塞の話出てたもので。
 河内 いろいろ感じてくれてありがとう。
 S 周りの人間に左右されるのが心、自我なのでしょうか?
 河内 左右されるのではなくて、左右される心を教えられるところに意味がある。そうすると、左右される心も大事な心なんでしょう。
 S 縁あって河内さんの勉強会に出席する事になりましたが、断るという判断もあったわけです。でも出席しているということは、偶然ではなく、必然であったのではないかと。自分自身の思っていた人生とは違っていますが、言葉の意味も解らず聴いていますが、意味も解らず聴くということは、無駄ではないと思います。いつか自分自身の人生の中で重要であったと思える日が来ると思います。有り難うございます。心の構造、心なんて何処にあるのでしょうか?身とつかず離れず、それとも一緒なのか?どうなんでしょうね?心は見えないと前に言いました。見えない物を、存在しないかもしれないものを探求する、人間とは不思議なものですね。ただ見えないから善いのかもしれないと。見えたり音がしたら面白くないのかも。人間は沢山の発明をしてきました。飛行機や船、アニメの世界ではありますが、映像としてロボットも。よくこんなに物質として、見えるものとして作ったものだと。音も。音楽ですが。これらは全て人間の欲が作ったものでしょう。飛びたい、将来ロボットに乗りたいといった欲が。欲を持つのは善いか悪いか?他人を幸せにする欲なら持っても善いのか?技術が進めば善いのか?解りません。ただ他人を幸せにする。のではなく、自分自身が幸せなのか?と考えるのは必要かなと。結婚、彼女が出来る。本当に僕と付き合って相手が幸せなのか?と考えています。しかしよく考えると他人を幸せにしたい。と言うのは自分勝手な考えではないかと。迷っているうちに時期を逃し、後悔する。僕はそうです。自分自身が悪い。と思っています。しかし自分自身が悪い、と言いながら、本当に自分自身を問う事をしていたのか?怪しいです。決断力がない。と言ってしまえばそれまでですが、今までの経験が選択の方法を決めるのでしょう。アラヤシキ、マナシキ、今まで聞いた事が全くなかった言葉を知りました。思った事は、種をまき、花が咲く。どんな花か?食べられるのか?毒なのか?食べられたとしても早く食べなければ腐ってしまう。毒であっても使い方によっては薬となる。自分自身を知るとは、経験や体験、つまり過去は消せない。しかし背負う覚悟が出来れば、自分自身にとって毒と思っていた種も良薬に変化する事が可能となるかもと、思います。また考える事も重要ではありますが、行動する事が重要ではないかと。一歩踏み出す。大切です。人間土の上に立っているのではなく、氷の上に立っているのではないかと。同じ場所に居れば解けて落ちてしまう。しかし動いていれば解けないかもしれない。今日生きていても明日は解らない。今日大切にしろと言われてもなかなか出来ませんね。いつかは氷が割れて、つまり死んでしまいます。ただ割れるのを唯待つだけの人生も空しいものでしょう。全ては自分自身の心が映し出した光景、自分自身次第でどうにでもなる。といったとこでしょうか
 河内 すごいね。聞くことは無駄か、無駄でないのかはわかりませんが、或は君は騙されているのかも知れませんね。疑いを持った方が利口かも知れません。難しいことを言うようで申し訳ないのですが、何が正しいのか(異教徒にとっては誤りかもしれませんが)を判断する材料が、経による証明・教による証明・釈文による証明が有るのかということなんです。私の解釈には裏付けが有るのかということです。若しなかったならば、自分の勝手な解釈ということになります。仏教徒は古来より裏付けを大切にしてきました。阿頼耶識も五教十裡という、五つの教えと十の道理をもって阿頼耶識の存在証明をしています。教証・理性と云います。君の問題提起は、初期の大乗仏教徒の問題意識でもありました。昨日の七心界という命題における意根の所依、識は根により境(対象)を認識するわけですが、例えば眼識は眼根に依り眼境(色境)を認識する。根は見えないですが、根がなかったら茎はのびないのと同じで、見える花が有ると言う言は、見えない根があるということですね。そうしますと、意識の根は何かと悩んでんです。簡単にいうと意根ですが、意根とは何?それで初期仏教徒は意識は常に絶え間なく働いていますから、消滅した意識を依り所として新たな意識が生まれると解釈をしたのですね。そうしますとね、睡眠から覚めた時の意識はどこからくるのかということなんです。意識は眠っている時は休んでいるのですから、意識と意識の間には隙間があるのです。それを如何に説明するのか。しかし、事実は眠りから覚めると意識が働きます。それと過去の経験がよみがえるのはどこからやってくるのか。どこかに意識をつなぎ止める働きがあるのではないかと思いいたったのでしょうね。それが阿頼耶識の発見なのです。阿頼耶識意を心(チッタ)と表現しています。自分が生きている現実から見出されてきたもの、それが阿頼耶識なんですね。そして自分・自分と、自分に執着していくのを、汚れた意識として、そのような汚す働きをも持っている、それを末那(自分を思い量る心でマナス)であると発見したのですね。意識の根底に働いている意識を見いだしてきた。その上に私たちが日常経験をする意識が働いているのですね。意識がはたらいている事実は、事実の底に働きを成り立たせている領域があるということなのです。すべては阿頼耶識から生まれる。阿頼耶識が表にでている姿が意識です。結果から言うと、如何に阿頼耶識にいい種を植え付けるか、植え付ける時は今をおいてないということになるんですね。厳しいですね。
 S 妄想とは、自分勝手に自分を作っていることだと思います。大体あーしとけば良かった、しなければ良かった将来こうなりたい。と思って生きていますから。全てが思い通りに行っている人間はいないとおもいます。思い通りにいかそうとして苦しんでいるのですから。まあ僕自身何も努力したことがありません。しかし人を蹴落とそうともした事がありません。生きていくには働かなければなりません。資本主義、競争社会ですから人を蹴落とそうとするのは当たり前でしょう。能力を磨いて上にいくのは善いと思いますが、派閥を造り、意見の合わない人間を排除しようとします。自分自身を見失っていくのでしょうね。大概能力のない人間がくっついてしまいますが。愚痴っぽくてすいません。派閥の中で依存していれば楽でしょう。自分自身を忘れられるからです。しかし最終的には頼れるのは自分自身だけだと思います。能力と言いましたが、仕事での能力が高くても仕事を奪われれば意味はない。 何もかもなくなった時に頼れるのは自分自身だとおもいます。派閥に入ったり、排除したりするのは自分に固執しているからだとおもいます。自分自身の能力なんて大したことない。他人に生かされてるんだ。必要とされているんだ。と思えたらよいのですが。人生様々な選択をしてきます。どの会社、職種に就くか?など。最終的には自分自身にとって一番有益なものを選んでいると思います。それでいいと思っています。自分自身の人生ですから。後悔することもあります。ただあまりにこだわり過ぎると苦しみが大きくなるだけだとおもいます。僕がそうです。一つが上手くいかなければ全てが上手くいかなくなる。ではどうしたらよいのか?諦める事も重要なのかと。確かに様々な制約があって思っていた人生になっていないこともあります。ただ制約の中でどうすれば自分自身は上手く立ち回れるのかを考えなければならないでしょう。たった一つの出来事で道は変わると思います。善となるか?悪となるかは自分次第でしょう。僕の場合、考える前に行動せなあかんかなと。暖かい鍋料理があって美味しいか不味いかは食べてみなければ解りません。考えてばかりいては冷めてしまいます。
 河内 妄想とはその通りやと思います。でも妄想しかありませんから、妄想が大事になってきますね。妄想を通して、思うようにならないのが自分であることを知っていくのでしょうね。知ることがなかったなら、自分が天下でしょうね。それぞれがどんな生き方をしてもいいんです。いいんですといっても、御縁の世界を生きておりますから、どうにもならんことが多々あります。それもですね、過去を背負って、引きずっているわけです。そして今を作り上げている。過去が今の自分を作りだしてきた、ということは、今といっていますが、もうすでに過去です。そしたら今何をすべきか、これはね、自分の、人生の終着点が問われているんですね。どこにむかって歩いているんだ、と。 もう少し考えます。
 S 妄想は大事。どう解釈したらいいのか?考えます。自力だけではは自分に縛られて、本当の姿が見えない。結局は自分自身だけの世界にとじ込もってしまう。勝手な解釈、思い込みにはまってしまう。こうならなければならない、しなければならない。といった感情に支配され、自分自身の真の姿が見えない。自力に対し他力とは他人に依存することではない。勝手な解釈ですが、困った時の神頼みでいいのかと。病になったり、困った時に仏壇に手を合わす。それでいいのかと。他力とは自らの心にいる仏様であるのかと。人間皆真面目に生きていると思っています。自分自身だけが正しいと。世間にあわせているようで合わせていない。だからいざこざが起こる。他人に合わせるのではなく、他人は他人と思う事も重要なのかと。妄想が大事と言うのは、妄想の中で生きている。妄想の中で溺れないようにするにはどうしたらよいのか?それが大事なのかと。物事の捉え方は人それぞれです。常識と呼ばれているものが本当に常識なのか?と考えてしまいます。経験と言うのは自分自身を苦しめるものかとも思います。コメントの感想にはなってません。すいません。
 河内 苦しみなさい。苦しみの深さが人生を豊かにします。ひとつだけ、経験は自分自身を苦しめるものではないと思います。経験を頼りにするから問題が生じてくる、今の経験は一期一会、過去の経験と条件が違いますよ。同じなのは、自分に対するこだわりですね(^-^)v自分に執われている、これは間違いないところ。これが妄想。S君は正直やな.触れるのも、開けるのも玉手箱。開けたら現実見えるかも、でも見たくない。心は複雑極まりないデンナ。
 S 朝体調悪かったのですが、アラヤシキは全てを受け止める。人間ではあり得ない、しかし心の奥にはアラヤシキと呼ばれるものがある。凄い気付きだとおもわれます。体調悪い時、同じ出来事でも感じ方は違います。人は問題を外に原因があるとします。しかし僕の場合、体調悪いのは、いくらサービスするわ、正月やから餅食べる?と言われて食べ過ぎたからでした。他人の善意を断らなかった。結果体調悪くなった。原因は自分にあるのに他人のせいにする。自己中心でいきているのでしょうね。心の構造を知る事は、自己中心で生きている。しかし全てを受け止めてくれるアラヤシキと言われているものがある。自分自身が勝手に世界を造り、悩み、苦しんでいるだけ。アラヤシキに触れる事が出来れば、悩み苦しみは解消されるのかと。不可知の領域でしょう。世間は法律で縛らなければ、社会生活は成立しません。しかし自分自身を縛っているもの、常識と呼ばれるものでしょう。しかし常識も時代によって変化します。新婦が白の服を着る。参列者は白ドレスは着ない。最近では着ると、菊池さんは言っていた気がします。今回の講座は対話方式でした。聞いていれば勉強した。と思っている自分自身がいました。自分自身の勝手な思い込みでした。話して全く理解できていないなと思いました。後、高卒ですが、いつも知り合うのは大卒の女の子です。それは自分自身が求めているから知り合うのか?どうなのかはわかりません。 学歴社会の産まれですから学歴コンプレックスはあります。自分自身では負の財産をどうしたらよいのか?を考えなければなりません。勉強を続けていれば、新しい発見があるかもしれませんね。死を考えるより、自分はどう生きたいのかを考えなければならないのかと。人間を経済学的に言えば、予算制約の中でいかに最大の効用を得るのか?しかし僕自身無駄な時間を過ごしてきました。欲にかまけて。しかしその時間があってこそ、今の自分自身があり、勉強しようと思ったのかと。無駄な時間ではなかったと思えるようにはなってきてます。
 河内 素直に聞いてくれているとおもいます。非常に疲れる話を根気よく聞いていただいて感謝です。ありがとう。僕はずいぶん馬鹿をやってきて、自分の生命の背景を考えたことはなかったのですが、親鸞聖人の教えに触れた時に、人間は無始以来ずって悩みつづけ、いかにしたらこの悩みから脱却することが出来るのかを問うてきたということがおぼろげながら知り得ることができました。阿頼耶識に触れても悩みや苦しみは消えることは無いでしょうが、何故悩んだり、苦しんだりするのかということは解り得ると思います。残念ながら、と。いってもいいのでしょうが、悩みや苦しみを通さないと仏法に触れることができないのですね。いうならば、悩みや苦しみが有るということが仏法に触れていることなんです。仏法に触れている、真実に触れているからこそ、真実に逆らって生きている自分が問題になる。眼にみえない働きを大悲と教えていますね。そこに気づけよと。そこに気づきを得たなら、悩みや苦しみに手が合わるだろう、と。
 コンプレックスという壁はきついね。僕はまだ話していなかったけど、まあ、唯識と関係することですが、外境は無い、唯識無境ということです。すべては心を離れては無い、一切不離識である。僕は眼が悪いんです。それを知ったのは小学生のころでしたが、色盲なんですね。先天的ですからどうしようもありません。色彩に関係する仕事にはつけませんから、色彩に関係することは大嫌いでした。僕が色彩を認識する時は緑と赤の区別がつきません。時として、青を黒と勘違いします。これは外に赤・緑・青・黒という実色は無いということですね。ですから実色については想像の域を超えません。想像してもわかりませんがね。世界とはこのようなものではないですかね。想像の域を超えないが、想像してもわからないのではないですか。
 生きることはどういうことか、本当はわからない。でも死は必然、免れることはできませんね。ではどう死ぬかです。それが今問われている。人間として生まれた課題或は宿題として提起されている。いつ死を迎えるか不明です。老少不定です。「明日ありと思う心のあざざくら」ですね。

初能変 第二 所縁行相門 (9) 処 (9)

2015-01-14 22:10:19 | 初能変 第二 所縁行相門
 已厭無用の難(第二難)
 「又諸の異生の有色を厭離して無色界に生れたるは現に色身無し。預(アラカジ)め土を変為すると云うこと此れ復何の用かある。」(『論』第二・三十右)
 また諸々の凡夫が有色界を厭離して無色界に生れたものは、無色界には現に色身がなく、色身を厭離するものであるから、土を変為するということに何の用があるのか、下界(有色界)を変為する用はない筈である。
 「謂く、諸々の異生の無色界に生じて預め変ずるに無用になんぬ。現に身無きが故に。有頂天に生ぜざるは壽八万劫なり。欲界の数度(アマタタビ)成じ壊すことを防げず。之を変ずるに何の用かある。」(『述記』第三本・六十四左)
 縦変無益の難(第三難)
 「設ひ色身有りとも異地の器と麤・細懸隔(ケンカク)にして相依持(アイエジ)せず。此れが彼を変為するに亦何の益する処がある。」(『論』第二・三十左)
 (大衆部の説)のように、無色界に細の色身があるとするならば、その色身は有色界の上地に生じて殊に細なるものであって、麤なるものではない。麤・細はかけ離れているもので相依持することはない。従って、彼の無色界の人が麤の器界を変ずることは無益のことである。
 所以は
 「然も所変の上は本(モト)色身を依持し受用せんが為なり。故に若し身に於て持し用すること有る可きを便ち彼を変為す。」(『論』第二・三十左) 土を変為する理由は、自己の身を依持し受用せんが為である。従って、上地の人が下地の土を持用することはないのであるから、これを変為しても無用のことである。
 土を変為することは自己の身を保つことなのですね。つまり、無色界に生れた人は、無色界が自己の身を保つ処であって、有色界を変為することは無用のことである、というわけです。器世間を変為するのは、色身を依持する、保つ為であり、又身を受用する為である。依持し受用する。身は土に於て有り、身を保つために受用する、その必要がある場合に器世間を変為する。「異地の身は受用すること能はざるが故に変ずるに用無し」というのが第三難になります。
 以上三つの難を挙げて、次科段より、護法正義を述べ、変為する必要がないということは誤りであることを論破していきます。

初能変 第二 所縁行相門 (8) 処 (8)

2015-01-13 22:06:03 | 初能変 第二 所縁行相門
 
 第三に之を破す。(論破する)
 (第三師の説)
 「有義は若し爾らば器の壊せんとする時には、既に現に居せる人及び當に生ずべき者なし。誰か異熟識が此の界を変為する。」(『論』第二・三十右)
第一難 
 「器将壊」というのは、此の世界が生成してから再び空になるまでの期間を四つに分けて説明しています。つまり、成劫・住劫・壊劫・空劫という期間です。まず器世間の生成です。これには二十成劫必要だといわれています。一劫は、芥子劫ですと、四十里山立方の城中に芥子の粒を満たし、天人が三年に一度、天から降りてきて一粒を取り去り、そのようにしてすべての芥子粒がなくなってしまうまでの期間を一劫いうと説明されていますから、とてつもなく長い期間ということになりますね。そしてスメール山(須弥山)が出来てくるんですね。これが成劫です。その期間が二十劫だ、と。ここで器世間が出来てくる。
 そして次に住劫。器世間が出来てから二十劫が続く。ここが安定した期間だとされています。その住劫がやがて五濁という濁りの世になり、火災と水災と風災とによあって器世間が壊れてくる。(詳細は『倶舎論』巻第十二。大正29・63aを参照のこと)器世間が壊れて誰もいなくなりますから須弥山も必要でなくなるわけです。すべてが壊れていく期間が壊劫。最後にすべてがなくなってしまうのが空劫。そうしますと、「器の壊する時には、既に現に居せる人及び生ずべき者なし」、誰もいなくなっていますし、まただれも生まれてくる者もいませんから変為する必要がなくなるではないか。そうすると、既に現居の人と、當生の者が無いわけであるから、即ち器の壊れる因がないことになるのではないか、と。これが第一難です。
 此れに対する論破は、下に正義が述べられます。
 生命の歴史については無知ですが、器世間は阿頼耶識の相分であることから考えますと、器世間が出来て生命の誕生があるということではなさそうですね。やはりここでも因果同時なのではないでしょうか。生命の誕生と器世間の誕生は同時だと思うのですが如何でしょうか。それが時代の変遷とともに命に陰りが見え、濁って、正しい見解も、正法・像法・末法・法滅という時代変遷を経て、邪見憍慢がはびこり、やがて滅亡という時期を迎えるのかもしれませんね。無常です。無常ですが、無常なる故に、何故濁世になるのかを見極める必要がありますね。そこに仏法の役割が有るんではないでしょうか。そして此の界だけと見る見方も辺見なのでしょう。他方世界も存在すると見た時には、此の界が滅亡しても、他方世界を変為することは有りえるわけです。すべてが無くなったら無に帰するという独断と辺見のニヒリズムを批判しています。
 

大坂坊主BARstaff日誌 (2)

2015-01-12 20:12:20 | 大坂坊主BAR staff 日誌
  昨日 坊主BARstaffは長谷さんでしたが、正厳寺様での講座修了し、懇親会も早く終わりましたので、講座に参加してくれていました園田君を誘って坊主BARに遊びにいきました。長谷さんが終電の都合で帰られた後、バトンをひきついでstaffをさせていただきました。そこで明日誕生日という女性が見えておられましたので、誕生の意義についてお話をさせていただきました。
 本日の投稿は、先年の7月20日八尾の聞成坊さんで話させていただきました『人として生をうけて』を掲載させていただきます。

 『人として生をうけて』 法話  河内 勉 師   
 
 おはようございます。去年もこちらに寄せてもらったのですけれども、去年はかなり緊張しておりました。それで今年はちょっては楽に行くかなと思ったのですが、緊張がだんだん昂じてきました。何を喋っていいのか、また皆さんに何を伝えていったらいいのか、ということがはっきりしないままここにいます。暁天講座ということで朝早くから有り難いことで、ともかく今日聞いていただくことは、自分というものを通して聞法、法を聞くということはいったいどういう意味があるのかな、ということを少しでも自分の中に確かめながら、それを語れればいいかなと思っております。
先週こちらの学習会の時、「河内さん、今度の暁天講座の時、自分の事を話ししなけりゃならんよ」と言われたのです。それまではちょっとは教義的なこともしゃべらなければならないかなと思っておったのですけれども…。いざ、自分の事を語らねばいかんよ、と言われたとき、去年もある一定のことは喋らせてもらったのですけれども、よくよく考えてみますと、自分が聞法する、自分でお寺に足を運んで聞く、という原点は一体どこにあったのかな、こういうことを考えざるをえませんでした。
それで去年も少しお話をいたしましたが、重ならないようにお話をしたいと思います。私は19歳の折に、浄土真宗のお寺に足を運んでいるということはありましたが、仏法を聞くということはなかったのです。けれども、坊さんのすすめで、その後そこの仏教青年会にお邪魔することになり、先生方のお話を聞くということになったのです。それが入り口には違いないのですけれども、本当にそこから仏法を聞く歩みが始まったのかということを自分の中で考えてみたときに、確かにそれはそれで間違いのないことなのですが・・・けれども、私が21歳の時に、学校を卒業し、社会に出たわけです。それまでは親の庇護のもとで何をするにしても自由である。親が右を向けと言っても自分は左に行っても学費も出してもらえるし、小遣いもらえるし、時間はありますし、ということで好きなようにしておったわけです。しかし社会に出るとそうはなかなかうまくいかなかった。しかしまだまだ卒業したけれども浄土真宗の教えをもっと聞きたいということもありまして、会社を辞めてもう一度学校へ行き直したということがあるのです。しかしそういう生活は長続きしなかった。
 その間いろいろ事情がありまして、事情がありましてというのは私の生涯に閉じ込めておくことで、そこの蓋をこじ開けるということはやはりしてはならないということが自分の中の決め事としてあったのです。けれどもそこを一つ語っていかないと自分の事というか、聞法するということの大切なことが欠けてしまう。今回ご住職に言われたことがご縁となって、そのようなことをじつは思ったのです。
 それが何かと言いますと、21歳で学校を卒業したのですけれども、卒業する以前からですね、平野の願生寺さんにはよく通っていました。そこで仲野良俊先生にお会いして、こちらでも講義をさせてもらっています『唯識』という学問を聞かせていただきました。また、こちらの八尾別院にも毎月、高原覚正先生がお見えになっておられまして、高原先生にも随分厳しく教えられてまいりました。そのようなことがありまして、それで自分が生きていくのはこれしかないと、真宗の中に自分が身を置いてそれで生涯自分を尽くしていこう、これしかない、というひとつの思いがあったのです。
 それで私がお世話になっていたお寺から「この道で歩んでいくのだったら君の面倒をみましょう」というお話がありました。ところが、私は家が商売人であり、一人っ子なのです。跡取りがないということで親が大反対したわけです。父は「かなわん。お寺に入ってしまうということは許さない」と。去年もお話ししましたけれども、母親が小さいころ亡くなって父がなかなか面倒みられないということで、親戚の叔母のところに預けられてそこで育てられました。父は叔母のところに行くわけです。「こういうふうに育てたのはお前に責任がある、どうしてくれるんや」と。それで叔母は私に「頼むからそんなことを言わんといてくれ」と泣き付くということがありました。私はそれに逆らえなかったです。小さいときから大きくさせてもらって、すごく恩を感じていましたしね。このおばさんのことは百パーセント聞かなければならないと。ないがしろにするというか、振り切っていく勇気はなかったですね。それでこの話はあきらめたのです。そんなに簡単にあきらめることができるものかということなのですけれども、でも仕方がないということであきらめました。これをきっかけに一切仏教というか真宗というものから足が遠のいてしまったのです。こんなことがあったのです。「仕方がない、あきらめよう」と思ったのですが、自分では思いもよらなかったことなんです、「あきらめられん」ということがあったのでしょうね。
 しかし私がいま感じていることは、私の聞法はそこから始まったのだなあと思うのです。お寺を離れたところから、離れて何があったかと言ったら、いったん自分は道を決めたわけです、この道で行くのだと。これしか自分の生きていく道はないのだと。若気の至りもあったでしょうけれど。しかしそのことが180度回転してしまったら、世間のうちに身を置くことになる。ですから迷路にさまよったことになるのかなあと、いまから考えると思います。その頃はそうは思っていなかったのです。そして、自分では全く気がついていないのだと思いますが、気がつかないまま、「違うな」と、「こんなはずではなかったなあ」ということがあったのだと思います。ですからその反動として遊びまくったということもあります。金もうけに走った。逆に何かをつかみたいということだと思います。その中から自分がこうあるべきだなと自分が思えば思うほど大きな反動が・・・、だからこそ20代の頃は遊び回ったのだと思いますね。
 でもそういう生活というのは長続きしないということがすぐに表れました。20代30代の元気盛りの時はそれでもいい。ちょうど今の時期とは違い、バブルだったのです。ようするに儲かった。何をやっても儲かった。使っても儲かった。銀行金利が高かったですから勝手にお金が増えた。そういう時代です。証券もどんどん右肩上がりで上がっていった。そういうときは有頂天ということが分からない。上に上がったら反動でかならず落ちるのです。落ちるということは一切考えないです。商売をやっていてもそうですし、株式投資をやっていてもそうです。損をするということを考えない。儲かることしか考えない。儲かったら使うのです。使ったら減ります。すると落ちたときは何ともならない。オイルショックの時でしょうか、下がったのです。そうすると商売は毎月毎月売り上げが落ちるのです。落ちるけれども気がつかないのです。儲かっている時の幻想というのか、影が付きまとっていると言っていいのか、そういうことがありまして、損をしたということがあまり感じられない。そういう生活が20年ほど続きました。しかしそういう生活はバブルの崩壊とともに崩壊しました。そこのところの話をすると長くなるので割愛します。ともかく、バブルの崩壊とともに自分の生活もあっけなく崩壊しました。40歳ぐらいの時でしょうか。いまから30年ほど前のことです。
 それからどう言ったらいいのでしょうか、全国を浮浪するという生活を余儀なくされました。それで各地へ行きましたが、あるとき岐阜県の竹鼻というところにお世話になっていたときがありました。そこには竹鼻別院というのがあるのです。私が学生時代、教学研究所に宮城(ミヤギシズカ)という先生がおられました。後に九州大谷短期大学の学長さんになられた方です。その先生の法話が3日間連続の夏季講座としてあると竹鼻別院の掲示板に貼ってあったのです。その時にね、行けなかったです。時間はあったのです。朝の7時から8時半ぐらいまでです。3日間だと知っていたのです。会いたいなあ、先生に会いたいなあと思ったのです。思ったのですけれども行けなかったのです。足が向かなかったのです。怖かったというのもあるのでしょうね。先生に会うことがね。行きたいなあ行きたいなあと思ったのですが、結局は行けなかった。それからお寺に足を運ぶということに至るまでは7年間要しました。
 7年間要したというのは私の中では、バブルの崩壊の時に家庭が崩壊して離婚したということがあり、その後再婚したのです。年齢のこともあり子どもが授からないということがありましたが、たまたま授かりました。その時に自分の生き方というのがものすごく問題だと思えました。こういう生活をしていて生まれてくる子供に対して自分は育てるということを一体ほんまにできるのだろうかと。もしこの子どもが将来、人は何で生まれて何をやって何処へ歩いていったらいいのだと問われたら、自分はいったいどう答えていったらいいのだろう、とものすごく身につまされた、矢が刺さったように感じることがありました。その時にこれもタイミングなのでしょうけれど、自分が求めたからそういう記事が目に入ったのかどうかわかりませんが、その時名古屋にいました。中日新聞の日曜日に宗教欄みたいなものがありました。そこにたまたま目を通したら、寺川俊昭先生が碧南の方で清沢先生の讃仰会をやられる、という記事が目に入ったです。その時家内はちょうど臨月でした。いつ生まれてもおかしくない状態でした。でも、これはいっぺん聞きに行かなければならないな、私自身のためではなくてこの子のために、将来この子に何を伝えていったらいいのか、そのために先生のお話を聞かねばならない、と重い足を運びました。この時初めて聞こうと思った。たぶん10代、20代前半の時に聞いておったのは一種の興味本位、仏教というのはこういう考え方をして、こういう事を言っているのだと、言ってみればお釈迦さまはこういうことをおっしゃたのだな、ということぐらいのもので、それが自分の生活にとってどういう意味があるのかということを何も聞いていなかった。聞いていなかったことが、ズッーとそこから離れていたことが、その聞いていなかったということ、それが大切なご縁だった、と思うのです。
 それで寺川先生のお話を聞きに行った。先生が何をお話になったかは何もわからない。ただ自分を問いなさい、自分を問いなさいということをおっしゃっておられたとは思うのですけれども、そういうことが全く分からないまま、だだひとつだけはやっぱりもう一回お寺に足を運んで聞かねばならないのではないか、ということでした。それから名古屋の東別院に聖典講座月一回ありましたので、そこへ行き、聞くようになりました。その時は2年間延塚知道という先生が『浄土論註』を2年間に亘って読むというで、連続のお話しだったら少しは勉強できるのではないかと思い通ったわけです。
 その時に地下鉄で帰るときに、名古屋の南区からおいでになったご婦人に声をかけられまして、「あなた熱心に聞いておられるけれども、私が知っている先生で、この方も大阪からきておられるのだけれども、一回会ってみませんか」とおっしゃられたのです。それで「ぜひお会いしたいです」と言うと、「ちょうど今週の日曜日に桑名でお話をされるので、一緒に行きましょうか。」と。「どう言ったらいいのですか」「近鉄の桑名駅、階段を上がったところに喫茶店があります。そこへ来てくれはったらすぐわかります。大きな人がおりますからすぐわかります。」と。それで言われた待合せ場所に行ったのです。その時にお会いしたのが聞かれた方もおありかもしれませんが、ご住職の教え子の鶴田という方で、名古屋の港区の養護学校の先生で、大阪教育大学を卒業して名古屋に奉職して養護教育にかかわっておられる方です。彼は熱心な聞法者で非常に厳しい。ズバッと突いてくる人です。お会いして4年間ぐらい一緒に聞法させてもらった。だから彼には随分教えられました。私はこれと言って就いた先生はないのです。いろんな先生に引っ付き虫みたいに引っ付いていたのですが、いちばんよくしゃべって、いちばんよく教えられて、いちばんよく感化されたのが鶴田さんですね。彼は今でも名古屋で聞法会を開いて一生懸命やっていますけれども、もう20年ぐらい会っていませんけれども。彼のことは一時も頭から離れないくらいで、彼には聞法の姿勢をものすごく教えられました。
 聞法というのは何故大切なのかなあと考えると、私のことでいうと、何もわからないまま生まれてきて、学校教育あるいは親の教育で育ってきた。他方私の父が終戦の焼け野原の中で、みんなそうだと思いますが、日本の復興のために自分の事を顧みることなくとにかく働いて働いて年老いて一線から身を引いて、と生きてきた人、その人に対して生きることはどういうことなのか問うてもその答えは無理なのです。一生懸命働き続け、育ててもらった。その父が亡くなる直前なのですが、ちょうど94歳の時ですが、自転車に乗ったら危ないとわかっているのだけれども、隠れて自転車に乗るのです。結果ひっくり返る。倒れて大腿骨を骨折して、年が年だからリハビリはきついのです。だから「そんなリハビリみたいなものは嫌だと、これでええんだ」と。でもリハビリしないと足は動かなくなるので、「ぼちぼちでもリハビリしたら歩けるようになるで」と言っても、「そんなものはかなわん。これでええねん」と。歳を取ったら頑固になるのですね。頑固になるには頑固になる理由があるのですけれどもね。そうしたら退院してきても動けない。だから体はしっかりしているのですが、足だけが動かない。ですから自分がもどかしいのでしょうね。動き回ることができない。物ひとつとることができない。だからその時ふっと愚痴が出たのですね。私はそれがものすごく大事だと思うのです。どんな愚痴が出たかというと、「おれはこの歳になるまで何で生きてきたのかな」と。「わからん。これから何をしていいのかわからん。生きていることが分からん。生きているのか死んでいるのかわからん。それなら死んだ方がマシだ。はようお迎えきてくれんかそればかりを祈っている。」と云うたのです。これは自分の思うようになったらいいのだけれども、思うようにならへんから生きていてもしゃあない。だから生きる意味が分からへん。そういうふうに言ったのですけれども、私にとっては非常に大事な大きな問題を父が与えてくれたなあと、こういうふうに思うのです。
 それはどういうことかと言いますと、「お前今いろんなことがあるやろうけれど、本当に生きるということはどういうことかはっきりしているんか。今はっきりせえへんかったら死ぬまではっきりせえへんぞ。だからおれを通して生きるということはどういうことなんや、と考えろ」これは父が体が動かないということを通して、自分の身を通して、こういうことになった時に、お寺に行って仏法を聞いているけれども、ほんまにそれで良しと言えるのか、生半可な気持ちで行っていてもあかんぞ。というような事を言ってくれているのではないかと。それは私も今は体が動きますし、排便排尿も自然にやってくれているから当たり前のように思っているのですけれども、その当時の父は体は動かない、オシッコも出ない、腎不全にかかっていましたから。だからお腹のここに穴をあけて、カテーテルを通して人工的に排尿していました。それをしなかったらどんどんたまってきて心不全を起こしてしまうのです。ですから大変な生き方ですよね。
 私たちが普段当たり前のように思っていることが当たり前でない。それは私は鶴田さんが重度心身障害児の教室を持った時にひとりの子が熱さが分からない。どれだけ熱いものに手を触れても熱いと感じない。あるときその子がストーブに手をぱっと当てた。でも熱いということが感じられない。ただれてしまった。私たちは熱いものに触れたら熱いと自然に身についてくる。暑さ寒さを感じる。そういう障害を持ったこの場合、感じる機能が失われているというか・・・。
 年をとったらみんなそうなんでしょうけれども、排尿が自分の力ではできない。体も動かない。排便もままならないのです。朝から汚い話ですけれども、一週間に一度看護士さんに来てもらって出してもらうのです。自分ではできないのです。ですから毎日排便はないわけですから、おむつをしていても取り替えるということはなかったのです。そういう点では少しは楽でした。楽だったというとおかしいですが、看護士さんに来てもらって掻き出してもらうという、そういう状態でした。これは私が見ている方ですから、父の苦しさなんて全く分からないです。けれども、父にとっては大変な生き方だったと思います。苦しかったのだと思います。便も掻き出してもらい、尿もカテーテルをしている、そして意識はしっかりしている・・・。意識がはっきりしていますから、毎日、新聞を見るのが楽しみでした。ですから私以上によく知っていました。政治・経済・スポーツ、それを滔々としゃべるのです。それを聞いてあげる、聞いてほしいでしょうね。それだけが楽しみだったのでしょう。その中で人が生きるというのは並大抵のことではない。当たり前のようにして私たちは生きていますけれども。
 何か私たちは普通の生活の中では、いいとか悪いとか、この人が好きだとか嫌いだとか、そのようなことばかりでうごめいておるわけですけれども、そうではないのだなあ。昨日も或る友達が問題があって、いろいろ話をしておったのですが、私たちはすぐにあの人はダメだとかとすぐに切ってしまうことがあるのです。切ってしまうというのは、これは二つに分けてしまうことです。繋(ツナ)がりを切ってしまうことです。繋がりは切れない、つながりの中で生きている、ということを教えているのは仏法だと思うのです。切ってしまうというのはそれに逆らうのですね。切るのは誰が切るのかというと自分です。自分の都合で、自分の判断によってきるのです。自分にとっていい奴、わるい奴ということで切ってしまうのですが、そういうことが自分でできるのだろうか、それでいいのだろうか。昨日はそういうやり取りをやっておったのです。
 話を元に戻しますが、父の事ひとつとっても人間一人では生きていけないのではないか。誰かに世話になりながら生きている。じつは、うちの家内が全部面倒を見ているわけですけれども、でもやっぱり嫁と舅の間でありますから非常に難しい問題があります。うまくいっている時は「お前の嫁さんようやってくれるわ」、ちょっと機嫌が悪かったら「あんな奴あかん。わしのそばに寄してくれるな」と激怒するのです。やっぱりそういう時、人間ていうのはこうやな、こういうものの考え方、そういうことしかできないのだと思うのです。どこまで行っても自分というものは大切なのやなと。だからほんまに自分が大切かどうかということなのです。そういうふうに言うと楽なのかもわからないのですが、実はほんまはしんどいのです。だから苦しまねばならないのです。だから逆らっておるのでしょうね。ほんとうはつながりの中で、家庭の中で、普段は父と家内と二人っきりです。ですから父にとっては家内は仏さまみたいな存在であるはずです。手を合わさねばならないわけです。しかし不足が出るわけです。こんだけやってくれたらいいのだけれどもここまでしかやってくれない。呼んでもすぐ来なかった、あいつはあかん、と言わねばならない自分というものがおるという。それで父は苦しんでいる。お前の嫁はん何ともならん、と愚痴をこぼしながら。すると家内も反発してすぐに行かない。呼ばれて分かっていても行かない。すると自分が苦しむことにおいて自分だけが苦しんでいたらいいのだけれども、自分が苦しむことにおいて人をも苦しめるのです。自分が苦しんでいるということは自分の問題なのです。そのことが巻き込むのです。巻き込んで人をも苦しめる。そのようなものを持っている。世間ではそのようなことはごく普通の事、当たり前となってしまうのでしょう。
 そういうことは間違っているとか、相手は手を合わしていけるそういう存在であるということを知っていくのは、やはりこういうお寺に足を運んで仏法を聞くということ以外ありません。そういうことが無かったら、何でもかんでも全部自分の物差しというか、他人によってものさしは違いますから、大きな物差しをもっている人もおれば、小さなものさししか持っていない人もいるなかで、みんな自分の物差しによって判断して生きており、生きていく。その判断を自分の基準として人を切っていく。自分に都合がいい悪いと一生を暮して行ってしまう。そんな生き方ではたしていいんだろうか、ということを仏法は問うている。自分が問われている。だから真宗でいうと本願念仏の方から私が「あなたの生き方はそれでいいのですか」と問われている。それに対して自分はやはり答えていかなければならない。だから生まれてきたことを一つの宿題として与えられており、それに応えていかねばならない。それがお寺に足を運んでいただく、大きなひとつの意義になってくるのだろうと思います。このように私は思うのです。だからいろんなことがあったのですけれども、そういうことのすべてがご縁となって、この場所に来らしてもらえる、ということが自分にとって非常にありがたいことだなとおもっています。
 今日は朝5時に起きまして、コーヒーをのみテレビを点けました。ちょうどNHKの宗教の時間でした。『華厳経』の求道の善財童子の歩みについてやっていました。わずかな時間しか見ることができませんでしたが、この善財童子という方はあらゆる階層の人から道を聞いた、法を聞いたのです。だからお寺に足を運んで仏法を聞くということはどんなことなのか。現実に仏法が生きて働いているところは生活の場所です。だからお寺へきて聞いて今日はいい話だったなということで終わってしまうと何の役にも立たないということです。いろんなお話を聞いてもらって、それが生きて働いている場所が生活の現場だと思います。現場の中で親子の関係があるでしょうし、嫁姑の関係もあるでしょうし、社会に出たら人とのつながりの関係もあるでしょう。そういう中でお寺で聞いたこと、本当に聞いたことが証明されてくるのが生活の場所だと思うのです。だから一生懸命お寺に足を運んでいただいて聞いたことが、自分の生きている現場でどういうふうに自分が感じていけるのか、そこが本当は一番大事なところだと私は思っています。だから聞いたことが本当にこれでよかったと言えるのかな、生きていてよかったと言えるのか。
 私達の先達に訓覇信雄先生という方がおられました。その訓覇先生が「お前らどこに向かって歩いていんや」、口がめちゃめちゃ悪かったのですけれども、そのように言われました。そしてその時に言われたのが「火葬場一直線の生き方をしていないか」、「死んだら火葬場へ持っていかれて焼かれてそれで終わりや、そんな生き方をしていないか」と叫ばれました。そんな生き方ではなくて「浄土というところにちゃんと道をつけて、そこを歩んでいる、それをはっきりせい」、こういう事を言われました。「そういうことがはっきりしたらのうのうと生きておられんやろ」、言ってみればおしりに火がついたらそこでじっとしている奴がいるか、おしりに火がつけばのた打ち回るやろ、今火がついているやろ、それを消さにゃあかんやろ、おしりに火がついているということは悩んだり患ったりすることです。悩んだり患ったりしていることがどこからきどこから来ているんや、ということです。ここをはっきりせい、ということです。自分が苦しんでいるのは誰かのせいか?ということです。何で自分は苦しんで悩んだりしているのか、その根っこをはっきりすれば問題ははっきりするだろう。だからここは世間というのは全部他人のせいにする。他人のせいにしながら、それを一つ一つクリアーして自分の生活が豊かになろうというふうに考えているのでしょう。その苦の原因は自分の中にある。何でその苦の原因が自分の中にあるのだ?ということをはっきりさせていく歩みが自分の生き方ではないのかなと。そのことをお寺に足を運んで聞いていだだくことのいちばん大きなものではないかと思います。そのようなことをズッーと思っています。これが正しいことかどうかわかりません。だから大いに疑問をもっていただき、その疑いを晴らすということも大切な大きなひとつの生き方ではないかと。うのみにしますと何処へ行くかわかりませんから。うのみにしない、疑って、疑って、疑いを縁としていく、これを親鸞聖人は「疑謗を縁としてついに明証をいだす」とおっしゃっておられます。疑いを縁として真実とは何か、ということを明らかにしていく。そういうことが自分に問われている一番大切な事柄ではないのかな、と思います。とりとめのない話でしたが、朝早くから足を運んでいただきまして誠にありがとうございました。」
 
 
 

初能変 第二 所縁行相門(7) 処(7)

2015-01-11 00:26:09 | 初能変 第二 所縁行相門
 
  第二の説
 「是の故に現に居せるひとと、及び當に生ずべき者との、彼の異熟識いい此の界を変為す。」(『論』第二・三十右) 
 このように、現に此界に居る人と、及びまさに生ずべき人との異熟識は此界と及び當性の界とを変為するのである。この文章を読ませていただいた時に、
 「若し母無くんば、所生の縁即ち乖きなん。若し二人倶に無んば、即ち託生の地を失はん。要ず須く父母の縁具して方に受身の處有るべし。既に身を受けんと欲するに、自の業識を以て内因と爲し、父母の血を以て外縁と爲す。因縁和合するが故に此の身有り。斯の義を以ての故に、父母の恩重し。」(『観経疏』真全Ⅰp490)という善導大師の言葉が響いてきました。
 私がこの世に生を受けたのは、父母の縁を待ってですね。自らの異熟識が変為し、因縁和合して命を授かっているということなんですね。人は何故この世に生を受けたのかがはっきりしませんと「父母の恩重し」という教えに頷くことができません。迷いの境界に生を受けたのは、迷いの境界を翻すことを業とすること以外にないわけです。私たちは知らず知らず煩悩に翻弄され、本来性を喪失して、名聞・利養・勝他という刃で現世を謳歌しようとしています。その根元が我執ですね。でもね、我執が悪というわけにはいかなんです。生涯を貫いて「有」るのは我執ですから。我執を御縁として開かれてくる世界に目覚めていく。その世界は我執を通してしかわからないんでしょうね。我執には我執それ自身が我執を知らしめてくる働きをもっているのではないのかと思います。その働きを聞く。それが人生の根幹になければならないと思っています。
 「経には少分に依って一切の言を説けり。諸の業同なる者は皆な共に変ずるが故位と云う。」(『論』第二・三十右) 
 経に「経には少分に依って一切の言を説けり」とは、少分の一切という意味であって、全分の一切をいうのではない。業不同のものは変じないからであると釈しておられます。経に「一切」と説かれているが、その一切はすべてをさすのではなく、少分をもって一切と説かれているのである、と。その意味するところは、業が共通している者は、共通している者同士、同じように変ずることができる。それを一切と表現しているのであって、業不同の者を含めて一切と云っているのではないと説いています。これが第二説になります。ここも意味するところ深いですね。一つのセクトがですね。すべてを包むと云っているんですが、間違いを起こします。宗派我といわれるものでしょう。法執ですね、これを超えるところに「一切」の働きが有るのでしょう。
 本科段は前文と経との会通です。
 「一切の人は共に此の物を見ると言うが如き、他方界の亦能く之を見るものには非ず。小分に約する故に業不同なる者のは即ち変ぜざるが故に。」(『述記』第三本・六十三左)

大坂坊主BAR staff 日誌 (1) 1月9日

2015-01-10 01:44:24 | 大坂坊主BAR staff 日誌

 日付がかわりましたが、本日も大阪坊主BARにたくさんのお客様にきていただきましてありがとうございました。 今日は、いきなり占いと仏教について語りなさいという申し出がありましたので、『正像末和讃』からヒントを得まして、私と占いの関わりについて少し私論をのべさせていただきました。
 また、「おまえは本当に仏教を学んでいるのか」という声なき声も聞くことが出来ました。坊主BARという空間に足を運んでいただいているのは、並大抵のことではないと思うのですね。心の奥深くに求めておられることがあるのだと思います。それに対して真剣に向き合う姿勢が問われているのです。
 身近に、父親が亡くなって49日になります。法事はどのように勤めさせていただいたらいいのでしょうか、という素朴な疑問から、後生の一大事に至るまで幅広く質問をいただきました。少子化の時代になって、これからの法事の在り方を考えさせられました。、相談をしていただいたお客様は、分家の方でしたから、お墓もお内仏も、手次の寺もないと仰っておられました。葬儀は会館まかせで、これからどうのようにまつりごとをしていいのでしょうか。家族で相談しているのですが、ヒントを教えていただいたら有り難いことです、と。僕は少し門外漢でしたが、僕の知る範囲で答えました。
 また、仏教のはたす役割についても、きついお言葉をいただいました。
 
 1月11日は仏教講座です。場所は大阪市旭区千林 真宗大谷派 正厳寺 (地下鉄谷町線 千林大宮2番出口徒歩2分、福島病院前) 午後3時からの開講です。今回は、心には何が蓄積されているのかの構造を紐解いてみたいと思っています。こちらの方にも足を運んでいたらと思います。よろしくお願いいたします。

初能変 第二 所縁行相門 (6) 処(6)

2015-01-08 21:38:51 | 初能変 第二 所縁行相門
 護法論師、第一の所論には三つの難があるとして論破する一段です。第二計まで述べました。今日は第三の計を論破します。
 下を変ずること用無きの難。
 「又、諸の聖者の有色(ウシキ)を厭離して、無色界に生じて必ず下に生ぜざるべし。此の土を変為するに復た何の用かある。」(『論』第二・三十右)
  諸の聖者が有色界(欲界・色界)を厭離して、無色界に生じた者は必ず下生しないはずである。にもかかわらず、第一師の所論のように、若し此の土を変為するとすれば、何の必要があって此の土を変為するのであろうか。変為できないはずである。土を変為するのは己に受用する為であるからである。
諸の聖者とは、預流(ヨル)・一来(イチライ)・不還(フゲン)・阿羅漢(アラカン)のことですが、『成唯識論』新導本には上流般那含(ジョウリュウハツナゴン)と注が記されています。一来のことです。阿羅漢ではなくて一来を指すんだと。一来は、人と天を往来して般涅槃を得る人のことです。此土において修行を積んでも阿羅漢に成ることが出来ない。煩悩を断じ盡すことが出来ずに一生を終えてしまう。そうしますと、阿羅漢に成るためにはもう一度生まれ変わらなくてはならない。しかし、一来は修惑の中の五品までを断じ尽くしていますから、欲界には生まれずに色界に生まれ変わる、色界で煩悩を断じ尽くして般涅槃して阿羅漢になるわけです。しかし、そこでも般涅槃できずにですね、もう一度欲界に生れて、此土で煩悩を断じて般涅槃する、一往復するわけです。それで一来と名づけられている。預流は聖者の第一段階、聖者の流れに入った者を預流という。もう一つ上の段階が不還です。二度と此土には戻らない聖者のことです。欲界と色界を往来することが無い位です。不還は此土で煩悩を断じ尽くさなくても、上界で阿羅漢になれるわけです。その聖者は有色界を厭離して阿羅漢になったわけですから、この迷いの欲界には生まれることはないのですね。「本と土を変ずることは本と身の用と為るを以ての故に」。
 小乗の聖者を指していますが、大乗では二乗ですね。声聞・縁覚(独覚)です。これらの聖者は自利のみですから、二度と迷いの世界には戻ることはないのです。大乗の聖者は菩薩です。利他行を行する者ですね。もっというとですね、佛は無住処涅槃に住しておられますから、佛が菩薩として一切衆生海を尽さんと願いを立てられ、凡夫と共に奈落の底に落ちて、凡夫が目覚めをする時を待つ存在なのでしょう。ですから、この科段は小乗の聖者は下を変為することはないとして論破されているのですね。
 お釈迦様は仏陀となられ般涅槃されましたが、今現在説法として菩薩行を歩まれています、無辺の生死海を尽くさんが為にですね。>それが象徴的に語られているのが、従果向因の菩薩、法蔵菩薩ですね。

初能変 第二 所縁行相門(5) 処(5)

2015-01-07 21:02:37 | 初能変 第二 所縁行相門
  
 以上の説明に由って、有情の所依処は阿頼耶識が所変・所縁であることが明らかになりましたが。誰の第八識が共相を変為するのであるのかという問いが残ります。それに対して護法論師は五箇の難を挙げて自説を述べます。
 (1) 凡と為んや、聖と為んや。
 (2) 此の趣と為んや、他趣と為んや。
 (3) 自界と為んや、他界と為んや。
 (4) 自地と為んや、他地と為んや。 
 (5) 唯自のみ変ずと為んや、他も亦変ずと為んや。 
 護法菩薩は仮に三つの意見を述べて、最後に自説を述べられます。
 第一義の計は
 「有義は一切なり。所以は何ん。契経(『立世経』)に説くが如し。一切有情の業増上の力に共に起されたる故に。」(論』第二・二十九左) ある人は云う。一切である。色等の器世間の能変者は、凡と聖との五趣の有情と自他の界と地との有情と自己と外身との一切である、一切を変現しているんだ、と。『立世経』に「一切有情の業増上の力に共に起されたるが故に。」と説かれている。
 この計を足掛かりに、問いが出されます。
 若し、一切有情が器世間を変為するというならば、三つの障碍があるのではないか。
 「有義若し爾らば、諸佛菩薩応に実に此の雑穢土を変為すべし。」(『論』第二・二十九左)
 若し、第一計のようであるならば、諸佛菩薩も亦実にこの穢土を変為すると云わなければならない。もしそうであるならば、諸佛菩薩は煩悩に満ち溢れた穢土を変為することになる。それはおかしいことではないのか。しかし、諸佛菩薩は雑穢の種子を久しく断じておられるので、この雑穢土を変為することはないのである。但し、「諸佛菩薩若し化を以て変為すと云うは、我が諱せざる所なり。」この限りではない。諱(イミナ)― はばかってさける、という意
 「若し実に変為すと云はば、即ち理と教とに違す。雑穢の種子とは久しく已に亡するが故に。」(『述記』第三本・六十二右) 
 次はこの逆のことをいっています。
 「諸の異生等いい応に実に他方と此の界と諸の浄妙土を変為すべし。」(『論』第二・三十右)
 異生とは凡夫の別名です。五趣のなかで生死をくりかえすから異生という。又、聖者と異なるから異生と名づけられる。
 他方とは、三千世界の外。他方佛国といわれています、極楽のこと。此の界は、この娑婆世界です。
 また、一切の異生、凡夫ですが、実に他方佛国とこの娑婆世界との浄妙の土を変為すると云わなければならない。娑婆世界の浄妙の土とは、お釈迦さま説法された霊鷲山・『大経』は耆闍崛山ですね。『阿弥陀経』は祇樹給孤獨園で、大比丘衆を対告衆として説法されました。或は、祇園精舎ですね、その地を娑婆世界の浄妙の地といっています。この土は有漏の浄土といいますが、しかしながら、このような浄妙のの土を凡夫は変為することはできないのです。但し、佛菩薩の神力を加して変化するものであればこの限りではない、と。(「若し佛菩薩神力に加せられ変化し作す所は我も亦遮する無し。」(『述記』第三本・六十二右))
                                                      つづく