唯識に学ぶ・誓喚の折々の記

私は、私の幸せを求めて、何故苦悩するのでしょうか。私の心の奥深くに潜む明と闇を読み解きたいと思っています。

第三能変 受倶門 處位を明かす ・ 釈尊伝(49)

2010-06-30 23:58:37 | 受倶門

 釈尊伝 (49) (1)煩悩の実相  - 煩悩即菩提 -

 ですからそこに仏陀は、いわゆる煩悩をのがれようとして道をもとめておられたが、これをのがれた道は道ではなかったということに気づかれということがあります。そこで煩悩そのまま菩提と、即の字がつきます。煩悩即菩提。これは熟語であります。仏教というものの一番簡単明瞭で、意味が深くてむずかしいけれどもいいつくされている言葉であります。煩悩即菩提ということばは、ちょっとやそっとではわかりませんけれども、これをもとにしてできたのが仏陀であります。そこで今ここで菩提樹ものとに坐ったというが、菩提樹の下になにがあったのかというと、煩悶、煩悩であります。菩提樹の根は煩悩であります。どしっと煩悩に坐ったといってもいいのです。私たちは、はじめは釈尊が樹の根っこに坐られたのだと、そこならが日があたっても涼しいと、しかし雷がおちたらたいへんだなとよけいな心配をしたりします。人間とは妙なものです。そころが釈尊が坐られた菩提樹なんてあったやら、なかったやら本当はわからないのですが、それが今ブッダガヤに、これが釈尊が樹の子孫なのだということが書いてあります。。そんな写真を見たことがあります。今日われわれはそういう意味で菩提樹を考えております。

 しかし、菩提樹の根は煩悩であります。菩提樹という意味は、大地に樹がはえている。樹が菩提樹と名づけられたときには、そのはえている大地は煩悩であります。つまりわれわれが日夜煩悶している世界であるということです。その意味で、次にわれわれが日夜煩悶している世界を描写してあるわけです。 (つづく) 『釈尊伝』蓬茨祖運述より

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 第三能変 受倶門 處位を明かす

 「諸の適悦受の五識と相応するをば、恒に名づけて楽と為す。」(『論』)

 第四門(一の五)の、その三、定の位における受についての説明で、初めに(適)悦受を明かし、後に(逼)迫受を明かす。欲界と初定とにまさに随って皆、楽あり、という。(『述記』取意)初定とは色界初禅です。初めに五識と相応する適悦受を説明します。

 (意訳) 諸々の適悦受で、五識と相応するものをつねに楽という。五識と相応する諸々の適悦受は楽受である、といっています。その範囲は欲界と五識が働いている色界初禅においてであり、第二禅(第二静慮)以上には五識は存在しないからです。尚、説明されることは、五識すべては欲界に存在し、鼻識と舌識は、欲界にのみ存在し、眼識と耳識と身識は、初禅にも存在するといわれていますから、『述記』に「欲界と初定とにまさに随って皆楽有り」と説かれているのです。

 後は第六意識と相応する適悦受を説明します。

 「意識と相応するにおいて、若し欲界と初・ニ静慮(じょうりょ)の近分(ごんぶんー近分定のこと)とに在るをは喜と名づく、但心のみを悦するが故に。若し初・ニ静慮の根本に在るをば楽とも名づけ喜とも名づく、身と心とを悦するが故に。」(『論』)

 (意訳)第六意識と相応する適悦受において、欲界と色界初禅と色界第二禅(ニ静慮)の近分定に存在する適悦受を喜受と名づける。なぜなら但(ただ)心のみを喜ばせるからである。もし、適悦受が色界の初禅と第二禅(第二静慮)の根本定に存在するなら、楽受とも、喜受ともいう。それは身と心を喜ばせるからである。

 また後に遍行のところで、受については説明がありますが、簡単にいいますと、「受は能く順と違と中との境を領納して、心等をして歓と慼(しゃく)と捨との相を起さしむ。心の起こる時に、随一無きことは無きが故に」とありますところの、捨ですね。捨は非苦非楽・苦でもなく楽でもない感情です。外界からの情報に触れて感覚や感情が起こるのですが、その時に三受あるいは五受に分類をして受け止めるわけです。苦痛と感じたり、快感と感じたりするのは身ですね。苦受・楽受は身で感じ、憂いたり、喜んだりする感情は第六意識にあるわけです。心が感じるのは憂受であり、喜受であるわけです。

  • 根本定と近分定について - 定とは禅定のことですが、この禅定には四無色界定と色界の四禅(四静慮)の八段階と滅尽定の段階があるといわれています。そして定の入り方ですが、定に入る段階を近分定といい、定に入り終わった段階を根本定というのです。そして初禅から第二禅に入る段階に中間定があるといわれます。

 「大乗は初(色界の初禅)二(色界の第二静慮)の近分(定)には喜のみ有り。『喩伽』五十七には未至地(色界初禅の近分定)に十一根(信・精進・念・定・慧の五根と意根と無漏根と命根と喜捨二受根)に喜有るが故に。・・・(色界初禅の近分定)はただ意識と身処の少分とに遍ず。・・・根(根本)の初・二を喜・楽と名づくることは、五根を適悦するが故に、勤勇なるに由るが故に、復名づけて喜と為す。・・・」(『述記』)

 後半は根本定についてです。色界初禅と第二静慮の根本定では、意識と相応する適悦受は、楽受とも喜受とも名づけられる、と述べています。前に述べられていました無分別と有分別ですが、前五識は無分別であるが故にその感受は苦受・楽受と名づけられ、第六意識は有分別であるが故にその感受は憂受・喜受になるといわれていました。ここで有分別の第六意識における適悦受を楽受と名づけるのかという疑問が起こってきます。それに対し『述記』には根本定では「五根を適悦するが故に」と説かれています。これは喜受を通じて五根を悦することになるから、楽受も存在するというのです。此の時の喜受は勤勇であるからといわれています。

 

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第三能変 受倶門 捨受について ・ 釈尊伝 (48)

2010-06-29 20:15:32 | 受倶門

 釈尊伝 (48) (1)煩悩の実相    - 満足とは -

 菩提ということばは梵語ですが、漢字に翻訳すると、簡単には道と翻訳してあります。道とはどんな道であるかというと、煩悩を滅する道。一般には欲望というだけでは煩悩の意味がたらない。わずらい、悩みという意味が特別に教えられるのが仏陀の教えでありますから、われわれが欲望という場合、それを煩悩というのであります。したがって欲望というものは、満足できるものだと普通考えられています。またときにわれわれは満足を感ずることがあります。しかしこれも満足したと思うだけで、本当の満足にはほど遠いわけです。しかし本当の満足がわからないから、一時的に満ち足りた思いがおこったときに満足だと思うのです。しかし満足してからどうするかとなると、ここで元気をだして一踏ん張りとまた煩悶をはじめるのであります。それがわれわれのわかる範囲の満足であります。

 それで仏陀のおっしゃた満足がそういう意味の満足ならいくらでもあるわけです。しかしそれは不満に反対の満足であります。満足したとき、また次の不満へ進まなければ満足ということに意味がない。また不満の方へ進めなくなったら、満足も満足でないわけです。それは末期の水になるわけです。もう満足したといって、それでイキがきれるのでは末期の水です。 (つづく) 『釈尊伝』 蓬茨祖運述より

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 第三能変 受倶門 捨受について

 「不苦不楽を二に分たざることは、逼にもあらず、悦にもあらず、相異なること無きが故に、無分別なるが故に、平等に転ずるが故なり」。(『論』)

 (意訳)「不苦不楽を二に分かたざること」つまり捨受を二に分けないのは、捨受は逼迫でもなければ、適悦でもなく、また相異なることがないからであり、また無分別であるからであり、また平等に転じるからである。第一相において苦・楽とを各々二に分けることは、身と心とを逼迫し適悦する相各々異なる、といわれていました。捨受は逼迫でも適悦でもなく、相も異なることがないということ。第二相においては、無分別・有分別とに由るといわれていましたが、捨受は無分別であるということ。第三相においては、尤重と軽微との区別があるといわれていましたが、捨受は平等にはたらくのです。これらのことで捨受は不苦・不楽を二に分けないといわれているのです。

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第三能変 受倶門 五受について(2) ・ 釈尊伝(47)

2010-06-28 20:10:29 | 受倶門

 釈尊伝 (47) 降魔・内観 (1)煩悩の実相  - 菩提樹 -

 「いまや太子は、自己自身に道を見いだす以外にはないと、菩提樹のもとにすわった・・・」

 このいちだんは、今さらのように出るべき家は、出たと思っていたところにあったのではなく、自分自身が背負っているものであり、それで他の人に頼って道を求めても、その道は自分にとっての道ではなく、また苦行によっても見いだされるべきものではないということが明らかになったのであります。そして菩提樹のもとに座ったとありますが、菩提樹というのは、はじめから菩提樹という名前ではなくて、釈尊がさとりをえられたということにちなんで名づけられたものです。菩提樹はどこにはえていたか。それはわれわれの老病死にわずらい悩むしかない大地にはえていたという、そういう意味になります。インドのブッダガヤに行きますと、今でも釈尊が正覚をとられた樹だといって、菩提樹があるそうですが、なにも菩提樹というのは、そういう樹のことではないのであります。

 われわれは、菩提樹を生みだすべき大地としての身をもっているのであります。われわれは、偶然この世に生まれてきた。そしてなにかのことがらびよって死んでしまうような頼りないものとして考えらるけれども、しかし菩提樹を生みだすべき大地という意味があります。こういうことが釈尊が仏陀となられた意味にあるわけです。 (つづく) 『釈尊伝』 蓬茨祖運述より

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 第三能変 受倶門 五受について(第二相と第三相)

 「無分別と有分別とに由るが故に、尤重(うじゅう)と軽微(きょうみ)と差別有るが故に」(『論』)

 (意訳)第二相は無分別と有分別に由るから、五受に開かれるのである。そして第三相は尤重と軽微との区別に由り五受に開かれるのである。前五識は無分別の識であるから逼迫の時は苦受、適悦の時には楽受となるのである。そした第六意識は分別意識であるので、分別を伴って、逼迫の時にはその受ける感受は憂受となり、適悦の時には喜受となるのである。これが第二相であり、尤重と軽微との区別に由るのが第三相で、前五識において、逼迫し適悦するのは尤(はなはだしく)重いので、苦楽と楽受と名づけ、第六意識においては逼迫し適悦するのは軽微(ほんのわずか)であるので、憂受と喜受と名づけるのである。

 「又、識に在って逼迫し適悦するは倶に分別無きをもって名づけて苦・楽と為す。意には分別有って逼迫し適悦す故に是れ、憂・喜なり。又五識に在って逼迫し適悦するは二ながら麤重なり。故に苦・楽と名づく。意に在っては軽微なり。故に憂・喜と名づく。又意識に在るは動勇し逼悦す、故に憂・喜と名づく。五識の中に在るは但、動にして勇にあらず、故に苦・楽と名づく。是れ二が別相なり。動とは麤動、勇とは勇躍ぞ」。(『述記』)

 『述記』には三相の別に別相として苦・楽・憂・喜を述べています。第六意識に在っては動勇し、逼悦する感受を、憂受と喜受と名づけ、前五識はただ動にして勇がないので、この感受を苦受・楽受と名づけるのである。と説明しています。窺基独自の解釈でしょうか。

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第三能変 受倶門 五受について(1) ・ 釈尊伝(46)

2010-06-27 16:59:16 | 受倶門

 釈尊伝 (46)     ー 世間を離れないで 

 そういう意味のもとに、仏教がでてきたわけです。したがって日本におきましても、聖徳太子は自ら普通の人間生活、ことに世間のことがらにわずらわされながら、そこに、身に仏のころも、袈裟というものは、これは法衣であります。かざりのようでありますけれども、ほんとうは着物なのです。ころもなのです。身に袈裟をかけられて、そうして世間のことにあたられたということです。この聖徳太子のあとを慕って、親鸞聖人がまたこの世間を離れないで、そこに出家の道というものを見出されたということは、やはり仏陀の伝記の出家ということをおさえて、はじめてわかるのであります。

               - 欲望の家 -

 われわれは普通欲望という家の中にいます。しかしその中におって、その場において出家するという意味がなかったならば、欲望の家というのは、結局は火に焼けて終わるべきものであります。火に焼けてなくなるか、あるいは水のためにくさってしまうか、どちらかです。普通は火でなくなるのでしょう。欲望の家といいましても、結局このごろはわれわれの田舎でも、死にますとちゃんと町役場から自動車でむかえにきてくれます。そうしてすぐに火葬場へもっていってくれ、そして釜へほうり込んで、きれいに火で焼いてくれます。田舎の方ではまだどこかに水でなくなる方法をとって、地面に埋めるところもあります。地面に埋めますというと、水の力でからだがなくなるのです。人間と言いうものの意義はそれだけです。もうそれですから、みなさん方が心配なさるのは、死ぬまでの間の心配です。火に焼かれて死ぬまでの心配。水にくさるまでの心配。みなこれ火に焼けるもの同志のいる世界といわれてもいやなことですけれども、しかたないです。いやだからあまり思わないようにしています。

                ー いやなものの中に -

 ただそういう中において、出家をするという意味は、決して従来考えているような意味とは、違ったものがあるということです。われわれはいやなものの中にいながら、いやだからこそ、ないようにして生きていくのです。いやな、きたないののの中にいるのですけれども、その中にひとしずくでも、ふたしずくでもいいんです。ほんとうに浄らかなものが一つ見つけられるということが、つまり出家ということを問題にした意味であります。

 そういう意味でこの伝記をみますと、単なる釈尊の伝記ではなくして、今日われわれに、この生きている世界というものを別にしないで、それをもちながらいま一つ同時に生きるべき世界があるということが、教えられているといえるのであります。 (つづく) 『釈尊伝』 蓬茨祖運述より

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 第三能変 受倶門 一の五について

 「此の門に三有り。初めに五が名を列し、次に開合を釈し、後に処位を弁ず。此れは五が名を列すなり」(『述記』)

 「或いは総じて五に分かつ。謂わく苦と楽と憂と喜と捨とぞ」(『論』)

 次は開合を釈す、(三受が五受に開かれることを説く。初めは苦受と楽受について、後は捨受について説明する。また初めに三相があり、三相を二つに分けて説明している。初めは第一相について説明される)

 「三が中に、苦と楽とを各々二に分かつことは、身と心とを逼し悦する相各々異なるが故に」(『論』)

 (「苦・楽受は身と心とに於いて各別なるを以って故に。所以はいかん。謂わく五識に在って即ち楚利に逼切すると明利に適悦するとを苦・楽と名づく。意に在って稍降(ようやく)逼切なると、適悦すべきが如きをば憂・喜受と名づく。身と心とにおいて異相なり。」)(『述記』)

 (意訳) 三受の中で、苦受と楽受を各々二つに分ける理由、即ち苦受を苦受と憂受に楽受を楽受と喜受に分ける理由は、身と心とを逼迫し、適悦する相が各々異なるからである。これが第一相になる。

 これからは、三受が五受に開かれた理由についての説明になります。苦受から憂受が開かれ、楽受から喜受が開かれ、捨受はそのままで、五受になるわけです。三相というのは、三受から五受に開かれる在り方の三の分かち方のことで、三の視点から考えられて説明されています。ここはその第一の考え方で第一相になります。『述記』にも述べられていますように、身と心とにおいて感受される在り方がそれぞれ異なるということです。身とは前五識を代表していわれます。身に感受される場合、逼迫(苦)なら苦受・適悦(楽)なら楽受になり、心(第六意識)に感受される場合、逼迫(苦)なら憂受・適悦(楽)なら喜受となると説明されています。

  •  楚とはいばらのこと、揚子江中流域一帯の地に建てられた国の名で、いばらの生い茂った未開拓の地であったことからつけられた国名。苦痛という意味があります。利はするどいという意味ですから、楚利は鋭い苦痛ということになります。逼迫は苦痛や追い詰められてゆとりがなくなるという意味ですから、楚利に逼迫とは非常な苦痛を伴ってゆとりがなくなる様子をあらわします。

 外界からの信号を認識する場合、前五識と第六意識が感受する在り方が異なるといっているのです。三受の場合ですと苦か楽か捨かのいずれなのですが、厳密に、身に受ける感覚と心に受ける感覚の相違を明らかにしているのですね。

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第三能変 受倶門 三受と三性の関係・総結 ・ 釈尊伝(45) 

2010-06-26 18:44:16 | 受倶門

 釈尊伝 (45)     - 苦行 -

 苦行は伝記によりますと六年つづけられたといわれています。はたして六年つづけられたのかどうかわかりませんが、あらゆる苦行を限度まで実行されたのであります。普通の人間の限度までやられ、さらにその限度をこえて、だれもできないという苦行までやられたのです。しかしその苦行の結果、得られたものはなんであったかともうしますと、なにもなかったということです。からだが衰えて、精神がぼんやりとしてきたというより他になかった。ただ依然として欲界より他なかったということです。つまり一種の満足はあるのです。やりとげたという満足です。普通の人がなかなkできないところの苦行、つまり断食など、普通ならばなかなかできないこともやりとげた。それから日の照らす三十九度、四十度という炎天にからだをさらして、普通なら日射病で倒れて死んでしまうところを耐えぬえいて、そうして苦行をつづけられた。けれどもないも得たものはなかった。ただやりとげたという、それだけの満足しかなかったということです。その苦行の無効であることをしって、尼連禅河で身を洗って、それから村娘の供養する乳粥を食べて、そして体力を回復したというところが釈尊のつまり出家というものの一つの結果であります。

        - 真の出家 -

 で、こういう物語、仮に物語といわれなければなりませんが、この物語はひとくちでいいますと、釈尊は出家をせられた。そうして精神的にも家を出ようとなさった。からだの方では一応、家をでまして、精神的に出家をしようと、禅定の境地をもとめた。しかし精神的に完全に出家ということはできなかった。それから苦行によって、こんどは出家ということをなしとげようとした。しかし苦行によっても、とうとうできなかった。それから村娘の乳粥の供養をうけて、体力を回復したといいますのは、これは普通の世間にもどられたといってよろしいのでよう。出家をしましたけれども、出家というのは、ほんとうに出家すべきところは別なところにあったのではなくして、われわれが平生この欲望で生きているという場所において出家すべきであると、こういう意味が語られているといってよかろうかと思います。禅定、苦行という意味は、それをやったということではなくして、そこに人々は出家という意義を認める。なぜならやられたという満足はあるし、人々からみたら人のできないことをやっているという意味で称賛があります。しかし釈尊はそれをあきらかに出家ではないとさとられて、そうしてほんとうに出家すべき場所は、やはりこの欲望の場において、その場を離れずに出家をするということでなければ真実の出家でないと。こういう意味を伝記にあらわされているとみられるのであります。 (つづく) 『釈尊伝』 蓬茨祖運述より

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 引証 - 『瑜伽論』 原文 

 「問是諸煩惱幾與樂根相應。乃至幾與捨根相應。答若任運生一切煩惱。皆於三受現行可得。是故通一切識身者。與一切根相應。不通一切識身者。與意地一切根相應。」(『瑜伽論』巻第五十九・大正30・627・C-17)

  •  問う、是の諸々の煩悩は幾ばくか楽根と相応し、乃至幾ばくか捨根と相応するや。
  •  答う、若しくは任運に生ずる一切の煩悩は、皆な三受(憂・喜・捨の三受根)において現行することを得べし。是の故に一切の識身に通ずる者は(貪・瞋・癡の根本煩悩)一切の受根と相応し、一切の識身に通ぜざる者は意地の一切根と相応す。任運に生ぜざる一切の煩悩は、其の所応に随って諸根と相応す」

 次に『雑集論』を引く

 「雑集論に説かく、若し欲界繋の任運の煩悩の悪行を発すは、亦是れ不善なり、所余は皆是れ有覆無記なりという」(『論』)

 『雑集論』には「欲界繋の任運の煩悩が悪行を起すのは不善であるといい、しかし、その他はすべて有覆無記である」という。

 「述して曰く、『雑集』の第四巻の初なり。此れは『集論』には非ず。是れ『雑集』の文なり。欲界の煩悩の任運に起こるは、能く悪行を発するは是れ不善なり。所余の悪行を発さざるは是れ無記(有覆無記)なり。身・辺ニ見と及び此れと相応する即ち修道の悪行を発さざるの惑となり。」(『述記』)

 『述記』に「五十八に倶生の薩迦耶見は唯(有覆)無記なり等と云えり。身・辺二見の唯業を発さざるは」、数々現行するが故に、極めて自他を損悩する処に非ざるが故にと。『雑集論』巻四に云う、余は無記とは是れ発業の余なり。倶生の身見は既に無記性なり。余の中に摂む、業を発すこと能わざるをもってなり。辺見も亦しかなり。(『演秘』)

 『瑜伽論』第五十八に「倶生の薩迦耶見は、唯だ無記性なり、数々現行するが故に、極めて自他を損悩する処に非ざるが故なり。」と説かれています。

 三界の中の欲界は欲望渦巻く世界ということなのですが、この欲望渦巻く煩悩が「諸々の悪行の安足する処」なのです。ですから欲界とは悪行が安息する場所ということになります。欲望渦巻くという事は不善ですから、悪趣に往くのです。この煩悩をもって依り処とするということは、身・語・意の三業は当然緒の悪行を作ることになり、増長していくことになるのです。またこの煩悩がある限り善性を覆い隠して不善性をもたらすといわれています。『観無量寿経』の「厭苦縁」から「欣浄縁」に説かれる一節ですね。「世尊、我宿何の罪ありてかこの悪子を生める。世尊、復何等の因縁有りてか提婆達多と共に眷属為る・・・」と自らを善としての悲痛ですが、善導は「夫人既に自ら障り深くして宿因を識らず、今児の害を被むる。是れ横に来たれりと謂うて、願わくは仏の慈悲我に径路を示したまえと言うことを明かす」といっています。「自ら障り深くして宿因を識らず」と貪・瞋・癡の煩悩の障りが深いことを韋提希夫人は知らないという事です。このことは何も韋提希夫人一人の問題ではなく、一切衆生の問題を韋提希夫人に託して語られているものでしょう。「欲界の煩悩は諸悪の安足する処」なのです。むしろこの発言は人間として当然の結果なのでしょう。では何故このことが苦を厭うことになるのか、ということですが、ここに仏陀の存在がありますね。仏に遇うているということが苦を厭い、浄を欣う縁になるのですね。仏陀を前にして仏に恨み節を露呈するのです。仏をも恨まずにおれないという苦悩です。これが縁になり、「唯、願わくば世尊、我が為に広く憂悩なき処を説きたまえ。我当に往生すべし。」苦の内容は憂いなのですね。憂い無き処を願うわけです。そしてこの世のことを「閻浮提・濁悪世」といっています。この処を楽わず。何故かというと「この濁悪処は地獄・餓鬼・畜生盁満して、不善の聚多し。」といわしめています。仏陀を前にしてという所が大切なことになりますね。仏陀を介在しなければ、ただの愚痴です。そのことから浄を願うという事は起こり得ません。厭苦から欣浄へという転換のところに仏陀の大悲心が働いているのですね。そして仏陀の大悲心に触れた時に「願わくば我未来に悪声を聞かず、悪人を見ざらん」という願になるのです。唯識で今、くどくどといっていることは、正にこのことを明らかにしたいということに他ならないと思います。薩迦耶見(身見)は有覆無記であるということが明らかにされているという事は、善でもなく不善でもなく煩悩に覆われているけれども無記性であるということが大事なところだろうと思います。

 「故に知んぬ、三の受に各々四有る容し」(『論』)

 以上によって、三の受に各々四性があることがわかるのである。(総結の文によって結ばれています。)

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釈尊伝 (44) 苦行の無効

2010-06-25 22:13:38 | 生きることの意味

 釈尊伝 (44)       - 外の世界 ー

 しかし釈尊は、さらにその最高の境地も、やはり真実に救われた境地ではないということをみられるわけです。それはなぜかといいますと、欲界から色界というものへたかまり、色界から無色界という最高のところまでいったわけです。しかし、これは比較的です。欲界に比較して高い、色界に比較して高い、どこまでも比較もなにもなくなってしまったといいつつもまたやはり比較があります。それからもう一つの問題は、これはわたしのいいかげんなあて推量になりますけれども、禅定の世界に入ったというところは、やはり一つの世界ですから、釈尊からいいますというと、いままでいたところとちがったところへ入ったということです。いうまでもなく三界といいますのは、自己に対する外界、自分に対しての外の世界です。禅定というのは、自己がなくなったといっていても、自己というものの中にあるような気持になりましても、やはり外の世界です。こういうことだろうと思います。こころの鎮まった境地、どこまでも自分の心がほんとうに鎮まって、内も外もなくなったんだといいつつも、やはりそれは外側である。こういう意味が考えられるのであります。

     苦行の無効    ー のこされた道 

 で、この仙人ともわかれて、そしてさらに次の苦行に入っていきます。これは最後にのこされた釈尊の求める道です。禅定を修することによって、ほんとうに安らかな境地にいたることができるかもしれないと思い、それを求め、安らかな境地というものはわかった。わかったけれども、それがほんとうに安らかな境地であるといえないのは、やはり三界の一つであるからです。欲界・色界・無色界という、三界の一つであるからと。だから欲界へもってくることはできないわけです。一般の人は欲界よりでられない、そこへもってくることはできない。そこの人は欲界からでて、そこへいくよりしかたがないということです。じゃあそこへいった人はどうするか。いつまでもそこから離れられないのでないかということです。その禅定の境地からもうはなれないではないか。そうすれば一種の執着です。欲界にかえることはできない。欲界にかえれば乱れるからです。禅定の世界にいつまでもいなければならないのではないのか。

         - 執着にすぎない 

 もしも禅定の世界からでて、もとの欲界へもどっても、それが失われないものであるならば、真実のさとりであるけれども、釈尊の得たところの禅定は、禅定からでて人並みの生活にもどったときには、もとの通りの欲界にいる自分であるということです。先生となった人は、これにはおそらく答えられなかったのでしょう。自分はこの世の中になにも欲望はないといえたかもしれないです。しかし、自分にはなくなったということは、結局からだに元気がなくなったのと、あまりかわりがないでしょう。ですからそういう意味で、やはり釈尊は欲界へもどってきても、失われないところの禅定であるならば、救いとなりうるけれどもそうでないならば一種の執着。我の執着です。禅定という執着にすぎないのではないか。そうすれば、それは三界の一つなのです。やはり迷いの一つである。こういう意味でわかれをつげて、最後にこの執着をほんとうに捨てられる道、執着こそはわれわれを欲界につなぎとめて永久に苦しめるものであるから、執着をのぞく道は苦行の他にないというので苦行に入られるわけです。 (つづく) 『釈尊伝』 蓬茨祖運述より

              - 雑感 ー

  「もしも禅定の世界からでて、もとの欲界へもどっても、それが失われないものであるならば、真実のさとりであるけれども、釈尊の得たところの禅定は、禅定からでて人並みの生活にもどったときには、もとの通りの欲界にいる自分であるということです」と教えられていますが、この問題提起には心をして聞いていかなければならない多くの事がふくまれています。この前の「雑感」に述べました現実の問題から逃避しての聞法なのか、それとも現実の問題の底に潜む根本問題に眼を向けて聞法するのか、ということが、聞法が一種の清涼剤で終わっていくのか、それとも持続されながら自己を問う問題として現実を引き受けていけるのか、ということになろうかと思います。社会的には経済の問題、国際情勢、環境問題など多くの問題を抱えていますが、これらが若し解決をしたとして、根本の問題は解決したことにつながるのかと云う問題です。幸せは金で買えると思っている人が多くいらっしゃるようですが、金を手に入れたとして、金は金以外何も生み出してくるものではないのですね。次には今まで隠れていたものが顔をだして、私を苦しめてきます。私を苦しめてくるものは何なのかを問う姿整がない限りは、どこまでも苦の原因を外界に求めて行かざるを得ないのでしょう。それが現実の問題として提起されているのですね。仏教で現実を現行といわれる所以はこのことにあるのでしょう。今の問題は今に始まったことではないという事です。これは人類の誕生とともに起こってきた問題であるという事です。仏教ではこれを倶生起の問題として捉えています。そして倶生起の問題の上に誕生とともに生みだされてくるのが分別です。分別により起こってくる問題ですね。これを仏教者はその歴史を通して明らかにしようとしてきたわけです。生死を離れるということは、如何にして我執を超えられるかという問題です。我執との戦いに成りますが「父母に孝養し、あるいは師長に奉事し、あるいは五戒・八戒をたもち、あるいは布施・忍辱を行じ。乃至三密・一乗の行をめぐらして、浄土に往生せんとながうなり。これみな往生をとげざるにはあらず」(『唯信鈔』 真聖p917)と、「行をたて功をつみて今生に証をとらんとはげむ」行為は成し遂げられないことはないのだ、とその行業の聖なる行為を認めつつ、「もしおろそかならば、往生とげがたし」という問題を孕んでいるのです。蓬茨先生の『釈尊伝』はこのような問題に対してするどくメスを入れ親鸞聖人が明らかにされた仏教史観を私たちに教えてくださっています。今は三界の問題から「今日われわれに、この生きている世界というものを別にしないで、それをもちながら今一つ同時に生きるべき世界があるということ」が、教えられてあることを明らかにされています。現実の問題に執着し、振り回されているのは何故か、を今一度問い糺し「生まれてきたことの意味、生きていることの意味、そして死していくことの意味」を尋ねていきたいものです。

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第三能変 三受と三性の関係 (2) ・ 雑感

2010-06-23 23:23:23 | 受倶門

                   ー 雑感 ー 

 仏道を歩むとはどういうことなのか、を自問しながら聖教に向き合いますと、はからずも聖教が語りかけるという世界に出遇います。日常の様々な問題を抱えながら、もがいているわけですが、意識的には、その場しのぎの解決方法を見いだそうとしているわけです。社会的に見てみますと、国内産業の空洞化という問題を抱えています。特に中小企業の現状は惨憺たるものがありまして、商品の低価格化が進む中、生産の大半は人件費の安い中国を中心に東アジア諸国に分散される様相が顕著です。ですから国内中小企業の雇用は今後ますます厳しさを増すであろうことは容易に想像できます。また工程単価の破壊が進む中、低賃金重労働が強いられます。こういうことが現状なのですが、この事が仏道とどう関係するのかという問題です。日常の問題は仕方ないとあきらめるのか。しかしあきらめられないという問題が残りますし、また日常の煩わしさから仏道に逃避するということも有り得ます。日常の問題が私に何を語りかけているのかを聞いてみる必要がありそうです。その一つのヒントが唯識・第三能変が語りかけている煩悩の問題があると思います。私たちが聞かせていただいています真宗の教えは「不断煩悩得涅槃」ですが、唯識で語られていますあり方は「断煩悩得涅槃」です。見惑・修惑を断じることにおいて無上妙果を証するといわれます。この煩悩の内容が社会的な様々な問題として提起されているのはないかと思われます。その問題が私に語りかけてくるのは、「何なのか」を抉りだすことが要求されます。社会の問題は私の心の問題とは紙一重のところで重なり合っているのではないでしょうか。ですから私の心の問題をすり替えてしまいますと、社会が悪い、環境が悪い、会社が悪い、家庭が悪いと、すべて他の責任に転嫁してしまうのでしょう。逆に私の問題であると引き受けますと、日常の問題が仏道に向かわせる縁として開かれてくるのではないでしょうか。私から解脱に向かうあり方が「断煩悩」の仏道だと思います。ですから仏道は「断煩悩」の道しかないのでしょう。聖道といわれる所以です。しかし、そこに「不断煩悩」の道が開かれていたのです。「不断煩悩」の道は、如来からの回向です。如来からの回向と私からの「断煩悩」の道の出遇が、如来と衆生の感応する場として開かれているのではないでしょうか。「煩悩即菩提」・「不断煩悩」と煩悩を肯定する発言をよく耳にするのですが、煩悩は真実を覆っているものですから否定されるべきものだと思うのですが如何なものでしょうか。私から歩む仏道はどこまでも「発菩提心修諸功徳」でしょう。そして善き人という仲人が如来回向の仏道、即ち菩提心無効・自力無効の世界へと転入させられるのではないでしょうか。

 本願成就文に言わく、「諸有衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと、乃至一念せん。至心に回向せしめたまえり。かの国に生まれんと願ずれば、すなわち往生を得、不退転に住せん。ただ五逆と誹謗正法とをば除く、」と。

            - ・ -

 「彼は皆苦根と相応す容し」(『論』)

 六識が、四性に通じることは、皆苦根(苦受)と相応するのである。その証拠として、『瑜伽論』及び『雑集論』を引いて証明しています。

 「欲界の見道の惑等は定んで不善なるが故なり。此れが中には苦受と倶なる容きが故に。憂は唯、二性(義と不善)、故に苦根のみを説く」(『述記』)

 苦根と相応するという苦根とは二十二根のことを合して苦根と言い表しているのです。開けば二十二根になります。次にその証が示されます。

 「瑜伽論に説く、若し任運生の一切の煩悩は、皆三受に於いて現行すること可得なり、若し一切の識身に通ずるならば、遍く一切の根と相応す。一切の識身に通ぜざるならば、意地の一切の根と相応すという」(『論』)

 『瑜伽論』引用は(大正30・627c・巻五十九)「任運に生じる一切の煩悩、すなわち倶生起の煩悩は、すべて三受とともに活動し、もし、すべての識身に通ずるならば、すべてにわたって、すべての根と相応するのである。もしも、すべての識身に通じないならば、第六意識のすべての根と相応する。五受の場合は憂受と喜受は分別があるので、任運ではないので除かれるのです。「一切の根」とは、三受及び五受をいいます。五受については、次の章において「逼迫受・適悦受」として説明されます。簡単にいいますと、逼迫の受が前五識と相応すると苦受・第六意識と相応すると憂受になり、適悦の受が前五識と相応すると喜受になります。苦・楽・捨の三受に喜・憂の二受がくわわり五受に分かれます。

 「任運生」とは、修道の一切煩悩のことで、倶生起の煩悩です。これには貪・瞋・癡・慢・薩迦耶見・辺見のことです。「三受可得」というのは三受門に於いて意義を明かしています。倶生起の煩悩は皆三受に通ずるので、貪・瞋・癡・慢も三受に通ずるのです。それは六識に通ずるからです。薩迦耶見・辺見は第六意識にのみに在りますので、憂受ではなく、有覆無記になります。(『述記』取意)

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第三能変 三受と三性の関係 (1) ・ 釈尊伝 (43)

2010-06-22 22:57:25 | 受倶門

 釈尊伝 (43)     - 名人とは -

 一種の禅定ですけれども、しかしこの場合はわかりやすくいいますと、音楽とか学問とか、仕事とかいうことに心を打ちこんで、全く対立という世界を失った境地とでも仮にもうしておきましょうか。音楽を聴いておれば美しいのですけれども、あれを実際に聞いているのは欲界です。弾いている人はどうでしょうか。バイオリンでも、それからピアノでも、あるいは日本の雅楽でもあれを実際に奏でている人は、この欲界に住んでいる以上は名人とはいわれないです。よかったとか、わるかったとかいう心にいつもとらわれ、今日はよくできた、今日はわるかったといわれるでしょう。それがいいとか、わるいとかいうこともなくなってしまって、まったく奏でているという意識もなくなってしまうということです。そういう意味で色界というものが語られておりますから、やっぱり色界というのは、非常に高い境地です。ある意味で精神的な境地といってよいです。学問にうちこんで、もうまったく世の中のことも、食うことも、欲望、名誉欲も一切なくなってしまって、他のことはなにもないということです。ある意味で無心の境地になっているというのを色界というのであります。

             - 絵の世界 -

 絵でもそうです。一生懸命描いている。決して楽しんで描いているのではないです。楽しんで描いているのは素人です。描いているというときには、もうえがいているということすらもないということです。だから、めったにそういう名人はでないです。上手な人はでますけれども、名人はでません。そういうのが一応色界、非常に高い世界であります。われわれにわかるのは欲界だけです。すこし進んだ人は色界がわかって、これが宗教の世界だとおもっています。さらにもう一つ高いところが無色界でこれが禅定の境地です。その無色界の最高の境地、これはみなさんにもうしあげてもむつかしいですから、もうしあげずにおきますが、もうそこは言葉でいいあらわしようがありません。ですから最高のさとりは、ここらにいたれば一切の苦悩というのはないのだと、こういいうるのであります。 (つづく) 『釈尊伝』 蓬茨祖運述より

               - ・ -

 第三門(二の四) 三受と善・不善・有覆無記・無覆無記との関係について その(1)

 「或いは総じて四に分かつ、謂く、善と不善と有覆・無覆の二の無記との受ぞ」(『論』)

 ここは性を善と不善と有覆無記と無覆無記の四性に分けることを説く。

 「此れは長徒の義なり。・・・総て四に分かつとのみ言う。故に異に説くことは無し」(『述記』)長徒の義というのは、難陀の説ということです。他に異説はないと述べています。三受を三性に配当しているのではないかと思われます。

 その(2) 三受と四性の関係について述べる。(護法正義)

 「有義は、三の受を各々四に分かつ容し。五識と倶起する任運の貪と癡と、純苦趣の中の任運の煩悩との発業にあらざる者は是れ無記なるが故に」(『論』)

 護法正義は三受を各々四性に分けるのである。即ち三受各々に、四性があると説いているのです。五識とともに起こり、自然に働く貪と癡と、そして純苦趣(五趣)の中の自然に働く煩悩との未だ業を起していないものは有覆無記である。

 「述して曰く、此の説に四有り。(1)宗を標す、(2)法を指す、(3)証を引く、(4)総じて結す。此れは初めの二なり。

 五識にも皆通じて此の四の性有り。且く理を為らば五識と倶なる(有覆無記)貪・癡の任運に(分別起を簡ぶ)起こる者と瞋は不善なるが故に、此れが中に之を除く。及び第六意識の純苦趣の中に在って業を発さざりぬ煩悩となり。六十七(『瑜伽論』)等(『雑集論』を指す)の論に謂く発業せざる煩悩と云へり。即ち貪等の三なり。謂く癡と慢と愛と修道の煩悩の一分と、及び身辺二見の全とは是れ有覆無記なりといへり」(『述記』)

(意訳)五識と第六意識の六識が皆、四の性に通じるのである。分別するならば、五識とともに働く任運の貪と癡は有覆無記であり、三毒の煩悩の中の瞋はただ不善であるので之は除くのである。貪と癡は不善と有覆無記に通じる。及び第六意識の煩悩であり、発業していないものというのは、癡と慢と愛と修道の煩悩の一部分と、そして身見・辺見である。これらの全ては有覆無記のものである。尚、六十七(『瑜伽論』)とありますが、現文は第五十八巻にでています。「倶生の薩迦耶見は唯(有覆)無記性なり、数々現行するが故に、極めて自他を損悩する処に非ざるが故なり。」

 

 

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第三能変 三受と三学の関係

2010-06-21 22:13:48 | 受倶門

 「又は学と無学と非二とを三と為す」(『論』)

 三受は学と無学と非二のいずれも備える。「五十七に三受は無学に通じて摂められると説かれ、その説は無学人の根性に随い、無学人に随順せるものであって、これは十無学法である。憂・苦の根は普通は学である。苦根は亦無学にも有る。又六十六に諸門あって学と断との等きを分別している。」

  • 問い - 幾ばくか学にして学を義と為す是れ等の如きぞや。
  • 答え - 信等の五根、喜・楽・捨の三根と命根の九は学、無学、非学非無学にして三種を以って義と為し、眼等の五根と男女二根の七は非学、非無学にして即ち此れを以って義と為し、苦根は三種に通じ、非学非無学を義と為し、憂根は学、非学非無学にして三種を以って義と為し、未知根と已知根は学にして三種を以って義と為し、具知根は無学にして三種をもって義と為す。

 (学は有学のこと。まだ学ぶことのあるもので、阿羅漢果までに至っていない聖者を指す。四果の内の前三果をいう。修行をしているのだけれども、未だ完全には煩悩を断じていないために、さらに修行が必要な段階です。無学はすでに学を究め、もはや学ぶべきことがない境地を指します。阿羅漢果のこと。非学非無学は一般にいう学問のないことを指しますが、生死解脱を求めない人と解していいのではないかと思います。)

 苦根は五識相応の故に、学無学を以って定義とはなさない。三受は三に通ずる。

 学法とは何か、という問いに対して「謂く或いは預流(よる)・一来(いちらい)、或いは不還(ふげん)の有学の補特伽羅(ふとがらー凡夫)の若しは出世の有為法、若しくは世間の善法、是を学法と名づく。」といわれ、何故ならば、学法に依止し、時時の中に於いて精進し、増上戒学・増上慧学を修学するからである。

 無学法とは何か、という問いに対して「謂く阿羅漢にして諸漏已に尽きたるもの、若しくは出世の有為法、若しくは世間の善法、これを無学法と名づける。無学身の中の世間の法を何のいわれがあって無漏というのか、という問題がのこりますが、「煩悩無きが故に」と説かれ、「三有に堕する故に有の所摂と名づけ、諸漏の随眠を永に解脱するが故に説いて無漏と名づく」と。

 非学非無学とは、学・無学法を除くその余の預流乃至阿羅漢の若しくは一切の異生(いしょうー凡夫)に堕して相続し、若しくは彼の増上なるあらゆる諸法をいう。

 まとめますと、生死解脱を求める、「往生極楽の道を問う」ことに由り、有為の善法は学・無学と名づけられるが、解脱を求めないところの善法は学・無学とは名づけないのである。

 

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日曜雑感 仏性について (3)

2010-06-20 16:45:42 | 仏性について
仏性について その(3)
前回は『教行信証』より『涅槃経』引用の意味に就いて考えてみました。『涅槃経』のテーマは大きく三つのカテゴリーにわかれています。(1)如来法身常住 (2)一切衆生悉有仏性 (3)一闡堤回心皆往、ですが此れは一つ一つ別々のテーマを論じているのではなく、涅槃を得るということは如何にしたら可能かを三の視点から述べられたものだと了解しています。(2)と(3)の関係では一切衆生悉有仏性ではあっても、一闡堤は涅槃すなわち往生を獲得できないといわれているのです。この一闡堤(icchantika)は生死を欲して出離を求めない者、あるいは真理そのものの存在を否定する者という意味に解し、仏に成る可能性のない者という既存の概念はいかがなものであろうかと思うのです。欲界に執着して生死解脱を求めないものには、いくら仏性が有るといっても、それは空論になるわけです。しかし「斉しく苦脳の群萌を救済し」(総序)といわれますように法は一切を漏らさないのですね。「世雄の悲、正しく逆謗闡堤を恵まんと欲す」といわれるわけです。この「欲」は清浄意欲で、欲生の欲ですね。これが如来の願心でしょう。善導の『法事讃』に「仏願力をもって、五逆と十悪と、罪を滅し生を得しむ。謗法・闡堤回心すればみな往く」(信巻)といわれ、「惑染・逆悪斉しくみな生まれ、謗法・闡堤回すればみな往く」(『文類聚鈔』)と語られているわけです。このことが、衆生のために「如来は常住にして変易(へんやく)あることなし。・・・定んで言わく、如来は終に畢竟じて涅槃に入りたまわず」と。如来と衆生を結びつけるものが善知識の存在でしょうね。如来の法は離言ですからもう雲をつかむようなものです。その離言を言葉にして伝える役割を善知識はもっているのでしょう。「善知識教えて南無無量寿仏を称せしむるに遇わん」(信巻)。そうしますと、私たちの生活は何に依って成り立っているのかも善知識に教えられるわけです。在心・在縁・在決定という三在釈に依って「自らが虚妄顚倒の見に依止し・自らが妄想の心に依止し・有後心・無間心に依止して生ず」と見抜かれ、このことに由って三有生死を出ずることができないのだといわれるわけです。そして「もしは総相・もしは別相、所観の縁に随いて、心に他想なくして十念相続するを、名づけて「十念」とすと言うなり。名号を称することも、またかくのごとし」(信巻)。離言の言は衆生といわれる内実を抉りだし、それを増上縁とし、私をして信の世界に導く働きをするのでしょう。また仏性は衆生の心に総相とし認識されていることがあるわけです。それを「覆」ということで表現されています。
 「貪愛瞋嫌之雲霧、常覆清浄信心天。譬猶如日月星宿、雖覆煙霞雲霧等其雲霧下曜無闇信知超日月光益」。これは『浄土文類聚鈔』の「念仏正信偈」に讃嘆されているお言葉です。「必至無上浄信暁、三有生死之雲晴、清浄無碍光耀朗、一如法界真身顕」。
 と信心仏性を明らかにされています。そして信心仏性こそが発菩提心であるということですね。
 親鸞聖人は発菩提心を大切にされています。その菩提心が成就するということはどういうことなのかを、自らに尋ねておられますね。
 自力聖道の菩提心 / こころもことばもおよばれず / 常没流転の凡愚は / いかでか発起せしむべき
 三恒河沙の諸仏の / みもとにありしとき / 大菩提心おこせども / 自力かなわで流転せり
 これは聖人が仏法に遇われた時の感涙でしょうか。わが身をたのみ、わが心をたのむ自力の在り方では菩提心を起すと雖も、自己関心でしかないという見極めではなかったかと思います。明恵上人は納得されるでしょうか。それでも反論なさるのでしょうか。親鸞聖人がここまで言い切られるという事には法に対する信知があるわけです。
 浄土の大菩提心は / 願作仏心をすすめしむ / すなわち願作仏心を / 度衆生心と名づけたり
 度衆生心ということは / 弥陀智願の回向なり / 回向の信楽うるひとは / 大般涅槃をさとるなり
  如来の回向に帰入して / 願作仏心をうるひとは / 自力の回向をすてはてて / 利益有情はきわもなし
と『正像末和讃』に讃われています。
 蓬茨祖運先生の『仏陀 釈尊伝』をすこしづつながら読ませていただいているのですが、このあとがきの中で先生は次のように述べられています。紹介をしてこの項を閉じさせていただきます。
 「釈尊伝に関して、宗祖は「如来般涅槃の時代をかんがうるに、周の第五の主、穆王五十一年壬申(みずのえさる)にあたれり。その壬申より、わが元仁甲申(きのえさる)にいたるまで二千一百八十三歳なり」と、教行信証の化身土巻にのべられているばかりである。もとより、それは単に釈尊の入滅の時期を算定されたものではない。その前に道綽禅師の「当今末法にして、これ五濁悪世なり。ただ浄土の一門ありて通入すべきみちなり」の文につづいて「しかれば、穢悪濁世の群生、末代の旨際をしらず、僧尼の威儀をそしる。いまのときの道俗、おのが分を思量せよ」ということの背景としてであった。近代に入ってその記録そのものが、科学的考証の対象となって、教行信証の心は埋没していった。如来の涅槃は、釈尊の死期を考える以外の意味をもたなくなったのが、近代における釈尊伝である。
 しかし、釈尊の涅槃は単なる人間の死ではない。人間のもっとも恐れる死、すなわち生活の崩壊を真実に越えた人の正しい覚(さとり)の異名というてよい。宗祖は「涅槃とまふすに、その名無量なり。・・・涅槃おば滅度といふ、・・・真如といふ、・・・一如といふ、仏性といふ、仏性すなわち如来なり」(唯心鈔文意)ともいわれている。この意味で、近代において釈尊伝が科学的にとらえられてきたことは、人間より離れていた仏を新しく人間に近づけたと思わせることになった。しかし、近づいたのは科学的思考であって、仏ではなかった。「信心すなわち仏性なり。仏性すなわち法性なり」(唯心鈔文意)という宗祖の言葉は、われわれ人間にほんとうに仏を近づける道はその教法しかないことをあらためて明示するものである。宗祖が真実の教は“大無量寿経”といわれた。その大経の序文には、その意味で釈尊の八相、すなわち釈尊伝が大経の聴衆の徳として語られている」
 尚、八相成道についての『大経』の記述についてはHP親鸞に学ぶの八相成道の項を参考にしてください。    以上
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