米どころ庄内のシンボル、山居倉庫が国指定史跡に指定された。 山居倉庫は128年前(明治26年)庄内藩酒井家の酒田米穀取引所の付属倉庫として建設され運営されていた。昭和46年の米穀配給統制法によって取引所が廃止され、倉庫は山居倉庫として庄内経済連、全農へと引き継がれ現在も現役のコメ倉庫である。
食糧難でコメが貴重な時代、庄内はヤマセのない安定した穀倉地帯として存在感があった。それに港に近い山居倉庫の船便は低温で移動するため米質の劣化を防いだ。酒井家の取引所は米の選別が厳しく、農家が泣いたと聞いている。合格した米には黒票銭を貼りブランド米として庄内米の名声を大いに押し上げた。
倉庫には品質保全の工夫が凝らされている。瓦屋根と倉庫本体を離す2重構造の屋根になっており、直射日光の伝導熱を防いでいる。倉庫の西側にケヤキ並木が植樹され西日からコメを守った。これが今の風情として残っている。
最近は経年劣化が進み、維持補修の負担が大きく、それに近代的なコメ倉庫も建設される等、山居倉庫の現役も終えようとしていた。
、酒田市は全農と協議の上、観光スポットでもある山居倉庫を「庄内米の象徴的な場所」として次世代に残したいとしていた。
国指定史跡に決まり今後の酒田市の対応が注目される。