蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

指の骨

2017年11月19日 | 本の感想
指の骨(高橋弘希 新潮文庫)

南方の島の戦闘で銃弾をあびた主人公は野戦病院に収容される。病院ではマラリアなどで多くの患者が死亡していくものの、戦場にあるとは思えないほど静謐な時が流れていく。しかし、米軍が間近に迫っていることがわかり、移動できる患者たちは部隊との合流をめざし歩き始めるが・・・という話。

戦争中、日本軍では戦死した兵士の指先を切り落として骨にしたものを遺品としていたそうである(本書で描かれていることで、本当かどうかはわからない)。
指先を切り落とした後、そのままでは腐敗していまうので、燃やして骨にしたそうなのだが、補給が絶えた部隊でこれをやったことがカニバリに発展するきっかけになった、というエピソードも本書に登場するのだが、こちらはおそらく著者の想像に基づくものだろう。

著者は戦争体験は全くないそうだが、病院や戦場の描写は(そこそこ戦記物を読んでいるつもりの私にとっても)特に違和感はなかった。
しかし、本書は単に舞台に戦場を選択したに過ぎず、戦争の悲惨さを描こうとしたというよりは、自分の力ではどうしようもない運命に翻弄される人生の滑稽さと、それでも生きていることの輝かしさをテーマとしているのかと思えた。

原住民とカタコト?の現地語で交流する主人公の同僚や絵が非常にうまい入院患者を描いた場面が特に良かった。
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理系の子

2017年11月11日 | 本の感想
理系の子(ジュディ・ダットン 文春文庫)

アメリカでは高校生までの学生を対象とした、理科の自由研究の発表コンクール:サイエンスフェアが盛んで、日本の高校野球みたいに地方大会を勝ち上がった学生が全国規模のフェアで競い合う。上位に入賞すれば多額(数百万円レベル)の賞金や大学4年間の奨学金までが得られるので競争は激しく、研究レベルも恐ろしく高い。
本書は、インテルISEFというアメリカでも最高レベルのフェア(2009年)に挑戦したユニークな学生たちを描いたノンフィクション。

紹介されている学生の研究内容(核融合炉、廃棄ラジエターを使った太陽光エネルギー装置、会話する手袋、馬を使ったセラピー、ハンセン病、自閉症児の教育プログラム、ミツバチ大量死対策、ナノキューブ作成等)もさることながら、学生たちの生い立ちの方がさらに興味を引く。

当然裕福な家庭で育った子供が恵まれた環境(実験器具やスペース等々)の準備がしやすいため有利なのだが、勝ち上がってきた子の中には貧困世帯に育つ等、厳しい環境を克服している者も多い。大学に進学するにはフェアで上位入賞して賞金や奨学金を得るしかないという子が多く、ハングリーであることが大きな糧になっているようだ。(全く関係ないし、私の偏見にすぎないのだが近年(日本の)高校野球のスターにひとり親世帯の出身者が多いのも似たような理由のような気がする。軍隊並みかそれ以上の苛酷な練習や日常生活を課す名門校の野球部で台頭するには、才能の他に相当に強靭な精神が必要と思われるからだ)

先住民の母子家庭のトレーラーハウスに育ち、寒くて仕方がない家をなんとかしたいという切実なニーズから廃棄ラジエターを利用して温水器や暖房機を作り上げたギャレット。

ガンに冒されてものぞみを捨てない気力あふれる父(←このお父さんのガッツが特にすごい)に育てられ、8頭の馬を育て、警官たちのストレス解消に馬とのふれあいが役立つことを発見したキャトリン。

自閉症のいとこに言語を教えるために、音楽に乗せて綴りを覚えてもらうメソッドを確立したケイラ。

9.11のテロをきっかけに、華やかなキャリアを捨ててど田舎暮らしを始めた両親に家庭内学習のみで育てられ、カーボンナノチューブの製法を開発してフェアを総ナメにし、ビジネスとしても成功したジェイムズ。

といった学生の話が特に印象に残った

巻末の付録?の日本人参加者の経験談、成毛真さんとの対談も良い内容で、編集者および出版社はなかなか良心的だなあ、と思った。
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家康の遠き道

2017年11月03日 | 本の感想
家康の遠き道(岩井三四二 光文社)

駿府城へ隠居してから大阪夏の陣を経て死に至るまで、家康が江戸政権の存続のために巡らせた緻密な戦略を描く。

この時代の大坂方の内情を描いた作品は数多いが、家康側の視点からのものはあまりないように思われる。夏の陣で真田勢が茶臼山の家康本陣に迫った場面などは大坂方から見るとビックイベントだったのだが、家康からすれば「ひやっとした」くらいのものだったことがうまく描かれていた。

後世の私たちから見ると、関ケ原〜夏の陣はほとんど間がなかったように感じられるが、10年以上が経過していたわけで、その間合戦といえるような戦いはなく、戦場に立った経験を持つ者の多くは物故して(残ったのは家康くらい)戦国時代の猛々しさや剽悍さはかなり失われてしまっていたようだ。
ために大坂城の南側でなかば死兵と化した真田や毛利の軍勢に平和ボケした家康配下がボロ負けしても不思議ではなかった・・・という本書の説明は納得性があった。

家康は三河武士団に支えられて立身してきたので、三河時代からの部将(酒井、本多(平八郎の方)、石川、井伊、大久保等)には頭があがらず、大大名になってからもウザい存在だったようだ。本書でも(古い家来では最後の生き残り的な)大久保忠隣に大坂攻めを諌められ、不満たらたらになる場面がでてくる。そしてその大久保を追放したことで家康&本多(佐渡守の方)コンビがフリーハンドを得た、というのが本書の筋書きだった。

著者の作品にはドラマチックな展開はあまりなくて、淡々とした描写が続くことが多い。本書も小説というより歴史の解説本みたいなのだが、なぜか私には面白く読める。相性がいいということだろうか。
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