goo blog サービス終了のお知らせ 

蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

さいごの毛布

2017年05月03日 | 本の感想
さいごの毛布(近藤史恵 角川文庫)

人間関係の構築が苦手で失業中の主人公は、知人の紹介で老犬施設(飼い主が面倒みきれなくなった老犬を(有料で)預かる施設)に住み込みで就職する。
やり手の経営者(元教師)としっかり者の先輩、経営者の元教え子の何でも屋に囲まれて主人公は成長していく・・・という話。

世の中には、飼い犬に、(子や孫に相続させるより多い)遺産を残す人もいるそうです。子や孫と違って決して自分に逆らわない犬はそれだけかわいいものなのでしょう。
3年ほど前、私も人生初めて犬を飼いました。
もちろん、名前を呼ぶとしっぽを振り回しながら走ってくる姿なんかは「カワイイ」と思うのですが、犬に遺産を残す人が持つような「無条件にカワイイ」というほどの感情は抱けません。

でも、この本を読んでいると、犬と人間の関係性の成立の過程みたいなものが上手(クドくなくて、そこはとなく立ち上ってくるような描写がいい)に描かれていて自分の飼い犬も妙に愛おしく感じられてきました。読み終わった後、散歩の時間がちょっと長目になりました。

ブルックリン

2017年05月03日 | 映画の感想
ブルックリン

主人公は、知り合いの神父の紹介でアイルランドからニューヨークへ働きに出てくる。気の合わない下宿先の住人たち、思うように能力を発揮できないデパート勤務などに悩むが、やがてイタリア人の彼氏ができて・・・という話。
(以下、その先の筋も書いてしまいます)

主人公はそのイタリア人と結婚するのですが、直後、アイルランドにいる姉が亡くなって1カ月ほど帰郷することになります。
アイルランドでは、あっさり?手近の男と仲良くなってアメリカには戻らないと(多分)決意しますが、近所のいじわる婆さんに既婚者であることがバレると、さっさとアメリカに帰り夫と固く抱擁するのでした。

主人公(を演じるアーシャ・ローナン)は、あまり美人でもなく、やけに首が太くてスタイルもイマイチ(すみません)。そんなおぼこな娘がアイルランドから単身出てきて苦労を重ね(といっても画面上からはたいした苦労には見えないのですが)、ついには純朴そうな彼と巡り会って幸せになる・・・そんな「おしん」的な映画だと思って見ていたら、アイ
ルランドに帰ってからの二転三転の変わり身のなんとまあ早いこと!
愛でもなく、金勘定でもなく、自らの世間体のみが決定要因というのが、また、何とも言えません。

え、なんて奴だ、と誰しも思いますよね。でもまあ、誰しも人生の選択なんて(あんまり深く考えず)この程度のものなのかもしれません。

だからこそ(清廉潔白な乙女みたいな)非現実を経験してみたいから映画を見るんだと思うんです。
そういう意味ではそういった常識を打ち破る意外感あふれる終盤といえるかもしれません。

吸血鬼

2017年05月02日 | 本の感想
吸血鬼(佐藤亜紀 講談社)

19世紀半ばのポーランド・ガリチア地方の田舎村に派遣されたオーストリアの代官・ゲスラーは、その村の元領主?クワルスキの詩作の才能に感動する。
村人の不審死が相次ぎ、住民は吸血鬼の仕業ではないか?と怯え始める。ゲスラーはその対策を思案するとともに、オーストリアへの反乱の気配にも気づく・・・という話。

わざとそうしていると思うのだけれど、時代や舞台背景の説明が全くないし、登場人物のキャラクタや見た目の描写もほとんどないので、はなはだ読みづらい。
しかし、そこが著者の作品の特長でもあって、我慢して読み進むうち、豊かな叙情が明らかな場面が増えてきて感動する、といういつものパターンに本作でも落ち着いた。有体に言うと本作も我慢して最後まで読んでとてもよかったと思えた。

特に、ゲスラーが妻の死に直面する場面が最も気に入った。(以下、引用)
****
だがそれさえもう無理だ。足から墓地へと向かった死人には、元の家に帰る道がわからない。首も斬られている。斧が落ちた瞬間、彼女が目を開いたのに誰も気が付かなかった。斧が取り除かれ、再び目が閉ざされるまでの刹那、刃の下からエルザは彼を見ていた
信仰が死滅すると、残るのは迷信だけだ。何も信じられないのに、死者はそこにいる。ゲスラーは溜息を吐く。嗚咽が混じっているのは知っている。お前の為に家を建てよう、エルザ。野と、木陰と、庭の垣根を作ろう。豊かに実る小さな畑とその端を流れる澄んだ小川を作ろう。水車小屋を建てよう。日の光に溶けて消える魚たちを泳がせよう。私の大切な人たちが、そこには住んでいる。私もすぐに行く。お前が気に入ってくれたら嬉しいよ。水車が水を掻いて回る。その音を聞き、光る水飛沫を見ながら、ゲスラーは目を閉じる。
****