蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

彼女について知ることのすべて

2009年02月21日 | 本の感想
彼女について知ることのすべて(佐藤正午 集英社)

小学校の教員である主人公は、学校の同僚と結婚一歩手前のところで、その同僚の看護婦(古い小説なのでこういう表記になっている)へ浮気する。その看護婦にはヤクザのヒモがついていて主人公は金をおどしとられる。看護婦は長年ヤクザにつきまとわれていて、主人公にヤクザを二人で殺そうと誘う。決行の日、主人公は約束の場所へ行くことができず、看護婦は一人でヤクザを殺す。

15年ほども前に出版された本だが、ある作家が生涯で一番好きな小説として薦めていたので、読んでみた。
看護婦がヤクザを殺した時点とその8年後のシーンが交互に語られる。各章がどちらの時点を描いているのは明示されておらず、読み始めは若干混乱するが、これは意識的なもので、わかりにくくても筋書きの面白さで読み進めさせてみせる、という著者の(自分の筆力に対する)自信が見てとれる。
で、確かに読み続けるにつけ、多少のわかりにくさが迷宮的雰囲気を醸し出してミステリアスなムードを盛り上げている。

佐藤さんの作品のおおよそ二冊に一冊は読んだ事があるが、多くの作品において、主人公は几帳面で表面的には規則正しい生活を送る常識人に見えるのだが、その実態は(特に恋愛面で)ひとでなし、ロクデナシである、ということが多い。本書の主人公も例にもれず、婚約者や古い友人の信頼をあっさり裏切る。全く迷いがないところがロクデナシ感を非常に高めている。

どんな人も、量の多寡はともかく、まっとうな部分、常識的な部分とその正反対の部分を抱えていて、光の部分だけで生きていくことは困難で、闇の部分をこっそり表面化させることでバランスを取っているのだと思う。ところが、人によっては「こっそり」ではすまなくなって、闇部分が相当にエスカレートしないとバランスがとれなくなり、それが得てして犯罪につながっていく、そんな構図が、佐藤さんの作品には多いように思う。

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