蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

夏草の賦

2012年07月22日 | 本の感想
夏草の賦(司馬遼太郎 文春文庫)

わたしは、司馬遼太郎アディクションなので、老後の楽しみのために未読の作品をできるだけ残しておこうとしているだれども、本書はつい?読んでしまった。中毒患者の悲しさで、「現代のたいていの小説よりはるかに面白い」と思ってしまうのだった。

土佐の一豪族にすぎなかった長曽我部元親は、土佐を平らげ、四国統一まであと一歩というところまでこぎつける。しかし、そのころにはすでに豊臣氏が圧倒的な勢力で全国統一を進めており、元親は最初、豊臣軍に反抗するが、やがて膝を屈することになる・・・という話。

著者の作品は新聞連載が多い事もあってか、後半だれ気味になってしまうものもあるのだけれど、本書もそういう感じだった。主人公が白旗をあげてしまった後の話なので、どうしても意気があがらない面はあるが、前半とても魅力的な人物として描かれている元親の正妻(菜々。菜々が敵国へ使者として派遣されるエピソードがとても面白い)が後半目立たなくなってしまうのは残念だった。

元親は、武力や勇気というより、政治や謀略によって台頭してきた、ちょっといやらしい人物として描かれているが、その息子信親はケチのつけどころのない武略、胆力、体力、リーダーシップの持ち主として描かれている。
後半、だれ気味と書いておいて何だが、信親が討ち死にする最終盤がとてもよかった。(以下、一部引用)
* **
桑名はなおも弥三郎を落ちさせようとした。大将というものは勝ち目のない戦さとわかれば、身一つで落ちねばならぬものだというのである。(中略)
「爺、言うのはむだだ」
弥三郎は、いった。第一、父元親のゆくえさえ知れぬというのに自分だけが落ちるなどということはできぬ、という。
「この河原を死所ときめた」
といったとき、弥三郎をかたく守っていた七百の土佐兵が、
「御供」
「御供」
「御供」
と、どよめいた。このどよめきの声の異様さが、目と鼻のところまで迫って攻撃しかねている薩軍の耳にまできこえ、のちのちまで話のたねになった。この二十二歳の弥三郎信親には、七百の家来に死を決させるわかわかしい魅力があったのであろう。
***
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まほろ駅前 多田便利軒(小説)

2012年07月22日 | 本の感想
まほろ駅前 多田便利軒(小説)(三浦しをん 文春文庫)

町田市がモデルのまほろ市で、便利屋を営む主人公のところに昔の同級生が転がり込んで同居することになる。主人公も同級生もバツイチで、子供をめぐって複雑な事情を抱えている。
便利屋に持ち込まれる案件は、犯罪絡みのものも多くて、主人公は私立探偵さながらの活躍で、トラブルを解決していく、という話。

三浦さんのエッセイは刊行されたものはほとんど読んでいるはずだが、小説はこれが初めて。
小説はエッセイと違ってシリアスな内容が多いように聞いていたが、本書は(その手?の場面こそ登場しないものの)著者の趣味(BL)全開の設定と展開だったので、エッセイの続きを読んでいるような気分になった。

いや、逆にその手?の場面が全くないからこそ、インビさが際立っているともいえるが、著者のそういう趣味をしらなければ、まあ、普通の友情物語としても読める。
少なくとも直木賞の審査員は趣味を知らなかったのではないか。知っていたら、選ばなかったと思うんだが。
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僕と妻の1778話

2012年07月22日 | 本の感想
僕と妻の1778話(眉村卓 集英社文庫)

妻がガンで手術を受けて帰ってきた後、毎日原稿用紙3枚以上の短い話(昔はこういう極く短い小説をショートショートと呼んだのだけれど、最近はそういうジャンル自体が消えてしまったようなだ)を書いて妻に読んでもらうことにした、というエピソードは、新潮新書から発売されて、かなり人気になり、映画化もされたが、本書ではそのショートショートの中で著者が気にいったものや、節目の時期に書かれたものを52編選んでいる。また各話の後に著者の短い解説がついている。

各話には書いた順にNO.が振られているのだが、NO.が進むにつれて、著者の奥さんの死が近づいてきていたわけで、読み進むのが切ない気分になってきた。NO.1000を超えるあたりから、別離を意識したような話が多くなったような気がした。

眉村さんというと、私たちの年代では、司政官シリーズで有名だったけど、どれも非常に長かったような気がする(「消滅の光輪」はあまりに長くて、雑誌に連載されているときはギブアップしてしまったが、少し歳を食ってから読むと、味わい深い話だった)。
それに、病身の奥さんに毎日欠かさず小説を書くという姿勢からもわかるように、とても真面目な性格の方なのだろう。長編小説も、構成がしっかりしていて、少々息苦しさを覚えるほどだったような憶えがある。

NO.119「一号館七階」 NO.329「地下街の便所」 NO.770「シノプシス28.24」 NO.987「野望の丘」が、特によかった。
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