蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

ヒトラーの贋札

2009年05月05日 | 映画の感想
ヒトラーの贋札

第二次大戦下のドイツで大量の贋札を製造しイギリス経済に打撃を与えようと画策された「ベルンハルト作戦」を下敷きにした映画。

主人公はパスポートの贋造などを得意としていたユダヤ人であったが、ドイツ当局に拘束され収容所に送られ生死の境をさまよう。しかし、ある日特別待遇の収容所に送られ、そこで他のユダヤ人とともに贋札造りを命じられる。

贋札造りに成功すればナチに貢献することになってしまう。さりとて逆らえば死が待つのみ。だが、贋札チームにとってさらに恐ろしかったのは、また元の収容所へ送り返されることだったかもしれない。十分な食事、清潔で柔らかいベッド・・・そうしたものを奪われることこそが、死よりもユダヤ人の正義を失うことより恐ろしい・・・といったアンビバレントな環境に苦しむユダヤ人たちがうまく描かれている。

もっとも、大半のユダヤ人は贋札造りに協力し、完璧な贋ポンド札の製造に成功する。目の前にあるささやかに幸せを放棄して大義に殉ずるのは難しい。

戦争が終わってドイツ軍が収容所を放棄し、隣接する普通の収容所のユダヤ人が、主人公たちがいた特別な収容所を(ドイツ軍がまだいると思って)襲う。主人公たちはあわててナチに入れ墨された識別番号を見せて自分達がユダヤ人であることを証かさなければならなかった、というシーンが皮肉な状況をうまく象徴していた。

「フランスの哲学者アランは、希望の固有の目標が物質的な問題を解決することだとしているが、けだし至言というほかはない。畳の上で手足を伸ばして眠りたい。銀めしを腹一杯食べてみたい。桶から溢れんばかりにたっぷりの、少し微温めの湯にのびのび浸かってみたい。分厚い板チョコレートを思いきり齧ってみたい。<希望>とはつまりこうしたものなのであって、およそ詩とは縁がないと知ったのは入営して三日目でした。」(奥泉光 「浪漫的な行軍の記録」より)
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