蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

ウェザーマン

2007年01月29日 | 映画の感想
高名な小説家を父に持ち、シカゴのTV局でお天気キャスターを勤める主人公は、自分も文壇へデビューしようと創作にはげんでいるが、なかなか認められない。

妻と別居中(別居の引き金になった事件は、近くの雑貨店でタルタルソースを買いに行くことを妻から頼まれた主人公が何度も繰り返し頼まれたのに忘れてしまったこと。主人公は道々「タルタルソース、タルタルソース」と小声でつぶやきながら歩くが、通りかかったグラマラスな女性の姿を見たりしているうちに、忘れてしまう。この忘れてしまうプロセスが、「いかにも」と思えるようにうまく映像+音声表現されていて可笑しかった)で、太りすぎの娘は学校でいじめられ、息子は神経症のリハビリ中。その上、父はガンに冒されている。
八方ふさがりな状況なのだが、仕事はとても順調で、全国ネットの放送局からスカウトされる。

いわゆるハリウッド映画は商業主義の権化で、「ライバルを蹴落として、抜け目なくがっぽり儲ける」というビジネスとか資本主義の論理に沿って製作されているのに、その内容は製作のポリシーとは正反対に、「カネ勘定より人情や信頼の方が大切」「ビジネスばかりが人生じゃない」というものばかりだ、と、いった主旨のことを、糸井重里さんがだいぶ前に言っていた。
この映画はこの矛盾を見事に再現していると思う。ニコラス・ケイジ、マイケル・ケインというハリウッドを代表するような役者を揃えたメジャー映画でありながら、訴えていることは「仕事がうまくいっているだけ、金儲けがうまくいっているだけでは、人は満たされない」ということだと思う。
コメント
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