life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「しあわせの理由」(著:グレッグ・イーガン/編・訳:山岸 真)

2012-01-22 22:41:33 | 【書物】1点集中型
 イーガンの短編は2冊目。「祈りの海」の世界が未だになんとなく自分の中に残っていて、あの一種単なるSFとだけ括ってしまうのがもったいないような世界を想像していた。「闇の中へ」とか、完全文系にとって(笑)世界界設定を理解するのにちょっと時間がかかったものもあったけど、読み終えてみると、作品世界を構築しているアイディアそのものはやっぱりすごいなぁと感じる。

 どの作品も、落着したように見せてどこかに何かしこりを残して終わっていくが、その余韻がこちらに少しだけ、その世界に自分がいたとしたらどう感じるか、自分がどういうかたちの「人間」でありたいのかを考える機会を与えてくれている気がする。
 遠い過去から連綿と人類が受け継いできたもののひとつの結果である自分。それはとりもなおさず何万何億の「死」を経た結果であり、そうして受け継いだものが「具体的に」何なのかを知っていることと、知らずに受け継いでいることの間にどんな差があるか。表題作「しあわせの理由」では、主人公が導いた結論に思わず納得させられた。

 あとは、「愛撫」「道徳的ウィルス学者」「移送夢」「ボーダー・ガード」あたりが個人的には好き(「宝石」にまたお目にかかれるとは思わなかった)。
 「移送夢」の、何が本物の現実なのかがだんだんわからなくなる、虚実の境界を認識できなくなるような世界というのは世界観としてよくあるものだと思うけど、(わたしはだれなのだ?)という問いがやはり、人間は何を以て人間となるのかを考えさせずにはいない。何度この手の作品を読んでも、答えは出るようで出ないんだけども。脳死は死かという命題と同じように。
 「ボーダー・ガード」はハッピーエンドと言ってもいいと思う。死のない世界で、死を覚えているマルジットの言葉は、決して空虚ではない。マルジットの見てきたものを理解しようとする、死を知らない人々の人生も。「生の価値は、つねにすべてが生そのものの中にある――それがやがて失われるからでも、それがはかないからでもなくて。」それがわかれば、生きていくことに意味を見い出せる人もいるのだろう。

 さらに、「チェルノブイリの聖母」はもう……昨今の社会情勢を顧みるに、何をかいわんやというような物語。福島にも「イコン」は存在するのだろうかと、埒もないことを考えて若干途方に暮れてしまった。

 そんな感じで、そろそろイーガンはまた長編に戻ろうかな。次の目標は「順列都市」で。


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