2011年03月11日の東北震災と津波災害の奮闘記です。
とある会合で売られていた本です。
その会合では放射能汚染された食物の処理のしかたなど、有益な話が多かった。
災害の直後から、遠く離れた東京や神戸、大阪から医療団が駆けつけました。
阪神淡路大震災の教訓があった、関西かならの援助、救助活動が、特にすばやく適格だったといいます。
この本は、医療側から書かれているので、活動報告になっていて、若干手前味噌の感じはします。
しかし、率先して災害現場へ駆けつけて、やってきたことは事実だ。
震災、津波にあった方々は、避難所が足りなくて病院さえ駆け込まざるを得なかったので、海沿いの病院から搬送されてきた病人だけじゃなく、倍増した避難民に圧迫されていたという。
被害者にとっては、病人と自分たちは一緒だったのでしょう。
食料の分配にしても、避難所経由で配られるから、さらに当てにされていた。
この本の編集は民医連が書いたもので、国や赤十字などとは別ルートです。
意外に国の指示が遅かったり、ちぐはぐだったりすることは良くあること。組織として普段からできていないと緊急時にも機能しません。
その点で、民医連の救護活動は、一般ボランティアと同じぐらい有効だった。
自衛隊がなかったら、、、どんなことになったでしょう。
早く、憲法で規定する必要があります。
憲法や法律は複数の解釈ができる記述は間違っています。憲法の改定を望みます。
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