音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■■ 楽しい演奏会のお知らせ ■■ 傑作(0)

2007-12-24 16:39:58 | ★旧・曲が初演されるまで
2006/11/10(金)

★私の作曲いたしました<ヴィオラ・ダ・ガンバのための四重奏曲『みじか夜』>が、初演されます。

ヴィオラ・ダ・ガンバは、16~18世紀にヨーロッパの宮廷、教会などで愛好された弦楽器です。

形はチェロに似ており、弓を擦って音を出します。弓は、チェロとは逆に、お箸を持つように構えます。

ガンバとは、イタリア語で「脚」の意味で、楽器の胴体を演奏者が両足で挟んで支えます。

音色は、優しく典雅で、天使の歌声のようです。

西洋の名画で、天使が雲のなかで演奏している楽器は、ガンバであることが多いので、じっくりとご覧ください。


★演奏会:現代ヴィオール・コンソート展ⅩⅩⅠ『東 西 壺 中』 神戸愉樹美ヴィオラ・ダ・ガンバ合奏団

★日時 :2006年11月26日(日)午後6時半

★前売り3000円、当日3500円、大学生2000円、高校生以下1000円。

http://www.ykvc.jp か、私までご連絡下さい。

★会場:カトリック本郷教会 東京都文京区本駒込5-4-3 JR駒込駅より徒歩6分。

★「みじか夜」のほかに、デ・プレの「王様万歳」、ブクステフーデ「プレリュード」、「越天楽」など。

★ゲストは、笙の宮田まゆみさんです。


●「みじか夜(みじかよ)」のご案内

「みじか夜」は、俳句では夏の季語です。まどろみとともに明ける夏の短い夜のことです。

「トレブル」ガンバが、沖縄音階による伸びやかなけだるい歌を、ゆったりと奏で始めます。

微風が吹き抜け、甘い花の香り、そこは南の幻想的な小島でしょうか。

ピチカートで、「テノール」と「バス」のガンバが歌の列に加わります。

踊りの熱気が立ち込めてきます。

絶頂に達すると、一陣の突風。

すべてを消し去ります。

沈黙のあとは、ささやきのような歌声、ひそやかな溜息の和音が浜辺に満ちます。

それもつかの間、幻影を追い立てるようにすべてが疾走します。

そしてまた、静かな歌声が、4声のカノンで奏され、徐々に変容し、真夜中の宴は、頂点を迎えます。

夜明けを前にすべてが、夢とかき消えます。

蝋燭の炎に暖かさを、心の中にともし火を求めたくなるような、木枯らし吹くこの季節。

南の小島の夢まぼろしの一夜、ガンバの合奏(コンソート)によって、お楽しみください。


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■「東北への路」のお礼 & 納涼コンサートのご案内■ 傑作(0)

2007-12-24 16:38:28 | ★旧・曲が初演されるまで
2006/7/9(日)

★ 一昨日は、七夕でした。曇天で天の川は残念ながら見えませんでした。


旧暦の7月に七夕を迎え、蒼い夜空を静かに流れる天の川を見たいものですね。


1日の伝通院「東北(とうぼく)への路」コンサートから一週間たちました。


芭蕉「奥の細道」の行程を、現在の暦に置き換え、春と夏と秋とを音と朗読で辿りました。演奏は、

すべて素晴らしく、お客さまのアンケートも好意的なものばかりでした。


「夏と都会の“渇き”に水が沁みるような一夜でした」


「本堂の広い空間、お香の匂い、赤い蝋燭、瓔珞、ご本尊様、木目の天井などすべてが、心地良い

音楽空間につながっておりました」


「お寺、本堂の空気全体を楽しみました」


「テーマにちなんだドレスも素敵で、五感に刺激を与えていただきました」


「神谷さんの歌から、土着性のある生命感、生命力の強さを感じました」


「タイムスリップして、数時間、異次元にいたような心地でした」


「最後の秋の曲がとても好きです」・・・。


私のつたない解説と朗読も、音楽を理解するうえで役に立ち、楽しんで頂けたようです。


西洋のギター、日本の庶民の音楽である民謡、宮廷音楽の雅楽が、無理なく溶け合い、

芭蕉の世界の一端を辿ることができたかもしれません。


乾いたブザーの音で始まる音楽ホールと異なり、開始の合図も「梵鐘の音」でした。


古典は、声に出して読んでこそ伝わることが多い、ということを、今回体験いたしました。

また、機会がございましたら、日本の古典文学を音で辿ってみたいと思います。


お出かけいただきました皆様に心からお礼申し上げます。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


7月22日(土)の午後6時から「傳通院 納涼コンサート」~懐かしい童謡の夕べ~が、伝通院・本堂で

催されます。

主催は、傳通院様です。

入場は無料です。

この「納涼コンサート」の企画を私が依頼されました。

境内では「ほおづき市」が開かれ、浴衣に団扇の子供さんたちが走り回り、賑わうことでしょう。

寺の門を地域に開き、地元にお住まいの方々に憩いの場、文化活動を提供される傳通院様。

この姿勢に感服いたします。

これが本来のお寺様の在り方ですね。

「納涼コンサート」では、懐かしい童謡が次々とメドレーで歌われます。

童謡を歌われる五十嵐郁子さんは、私が日本で最も尊敬する声楽家です。

彼女はかつて、二期会の「ドイツリート研究会」で、シューベルトの「盲目の少年」を歌われました


中山悌一先生が、最も好きな曲です。

私も幸い、その場に立ち会うことが出来ました。

あの厳しい中山先生が一言もご指導されず、微笑みながらうなずいておられました。

これは極めて稀なことです。

五十嵐さんは普段、宗教曲を歌うことが多く、オペラ、リートなどでもご活躍です。

童謡は私がお願いするまで、全く歌われたことがなかったそうです。

私の童謡集「かげぼうし」と「走馬灯」は、既にピアノ伴奏版ができております。

五十嵐さんと、私の友人・奥平純子さんのピアノで何回か演奏され、大変好評でした。

今回は、「東北への路」で熱演された斎藤明子さんが10弦ギターで伴奏します。

ギター伴奏は初めての試みで、このための編曲は大変な作業、力が入ります。

五十嵐さんの歌は、媚びず、なによりも知性に溢れています。

聴く人の心が暖かく包み込まれるようです。

いつまでも心に残る、本当の童謡を聴くことができるでしょう。

どうぞ、ご期待ください。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


≪かげぼうし≫:おぼろ月夜 茶摘み ミカンの花咲く丘 てるてるぼうず 七夕 うみ
        ほたる うさぎ 虫のこえ もみじ 里の秋 たき火 ペチカ 
        ジングルベル 冬の夜 1月1日 どこかで春が

≪走馬灯≫  :シャボン玉 あわて床屋 赤い靴 青い目の人形 月の砂漠
        雨ふりお月さん ゆりかごの歌 かなりや 七つの子

★入場整理券は、午後5時より、本堂前で、先着200名様に配布されます。

 賑わいそうですので、お早めにお並びになることをお薦めいたします。


▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
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■NHK・FM放送 名曲リサイタルで“夏日星”が演奏されます■

2007-12-24 16:35:20 | ★旧・曲が初演されるまで
2006/1/31(火)

2月25日午前9時から、NHK・FM放送「名曲リサイタル」で、私が作曲いたしました
ギター独奏曲「夏日星(なつひぼし)」が放送されます。

この曲は、昨年夏、東京・小石川の「伝通院」本堂で開催しましたコンサート【七星晶々(しちせい
しょうしょう)】(アリオン<東京の夏音楽祭2005>の関連公演)の一曲として、初演されました。

演奏は、初演と同じ斉藤明子さんです。通常の6弦ギターではなく、低弦がさらに4本多い10弦
ギターのために作曲いたしました。

「夏日星」とは、火星の和名のことです。イメージが湧く素敵な名前ですね。
私は宮沢賢治の童話「双子の星」の、清らかで美しい小宇宙を思い描きながら作曲いたしました。
心が洗われようなすがすがしさをもつ童話です。

粗筋は<スギナのような可愛い水晶のお宮で、空の星めぐりの歌にあわせ、一晩中、銀の笛を吹く
双子の童子。ある日、青石の泉に冒険に出掛けます。
蠍と大烏が醜い喧嘩をしてともに深い傷を負いますが、童子の限りなく優しい献身によって救われ
ます>。

賢治が最も好きだった童話だったともいわれますが、分るような気がいたします。
お金や権力の争いは、いつの世でも絶えないようですが、醜く嫌ですね。

★曲は9曲で構成されます。
①スギナのような二つ星 
②風車で霧をこしらえて 
③大烏の星 
④赤目の蠍星 
⑤蠍と大烏の争い 
⑥重い足取り 
⑦稲妻のマント 
⑧冷たい水晶の流れ 
⑨星めぐりの歌 
・・・このように物語の展開とともに音楽がゆったりと流れていきます。
   演奏時間は、約21分です。

※「夏日星」は、DVD&VHS「七星晶々」の中に収録されております。
 こちらは、約40分で、FM放送は半分に短縮したものです。

<DVD&VHS詳細>
  http://homepage3.nifty.com/ytt/japan/jso.005.html#4

<中村洋子ホームページ>
  http://homepage3.nifty.com/ytt/yoko_r.html

斉藤さんは、大変に実力のある音楽家です。
1984年に第2回スペイン音楽コンクールで第一位となり、97年の第30回東京国際ギター
コンクール第一位など、内外の数々のコンクールで、優勝や入賞をされております。

91年には、ニューヨークのカーネギー・リサイタルホールで、日本人ギタリストとして初めて
リサイタルを開きました。ソロ演奏のほか、交響楽団、バイオリン、声楽などとも共演し、幅広く
活動をされています。
ギター音楽という、とかく狭くなり勝ちなレパートリーの枠を広げようと努力されています。
夫のギタリスト尾尻雅弘さんとのデュオも好評です。

三児のママでもあり、軽井沢に住み、無農薬野菜づくりに挑戦中です。
【CD】
『スペイン』『アール・ソヴァージュ』『ギター・ロマンティック』(SONY・ミュージック ジャパン)

10弦ギターの魅力は、その低音にあります。まるでオーケストラをバックに従えたかのような豊かで
伸びやかな低弦の響き、流れをどうぞお楽しみください。

★ことし2006年7月1日(土)午後7時から、伝通院・本堂でコンサート「東北(とうぼく)
への路」を開催いたします。
斉藤明子・尾尻雅弘ご夫妻のために新作デュオを作曲いたします。


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■■ やさしい楽曲分析(アナリーゼ)≪再講座≫のご案内 ■■

2007-12-24 16:30:56 | ★旧・私のアナリーゼ講座
2007/10/28(日)

★テーマ:“ラヴェル” 懐かしく夢見るような世界の背後にあるものは・・・

07年 12月 13日(木) 10:20~12:30

会場:日本ベーゼンドルファー東京ショールーム Studio

06年1月29日にいたしましたラヴェルのアナリーゼ講座を、

もう一度、同じ曲と同じテキストで、開きます。

満席やまだご存知なくて、お出かけになれなかった方にお薦めです。


★9月にドビュッシーの再講座をして、驚いたのですが、

私の中で、さらに理解が深まり、より充実したものとなっておりました。

本講座の際は、ドビュッシーの革新性に重点を置きましたが、

再講座では、それを支えている、古典的な構造にまで、

深く立ち入ることが出来ました。

この点に付きましては、ブログで、今後お伝えする機会もあることと思います。


★今回は、ラヴェルについて、どんな発見があるのか・・・、

一番楽しみにしておりますのは、実は私なのです。

本講座に既にお出かけになられました方も、

もう一度お聴きになることより、内容をさらに定着することができます。

また、新しい発見も多々あることと、思われます。


★ラヴェル(1875~1937)には、

「水の戯れ」など華やかで技巧を凝らした作品のほかに、

「亡き王女のためのパヴァーヌ」や「マ・メール・ロワ」、

「ソナチネ」のように、懐かしく夢見るような世界の作品群があります。

今回は、後者を中心にラヴェルの真髄に迫ります。


★24歳の作品「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、

いわゆるラヴェルらしさが芽吹き始めています。

影響を受けたとされるシャブリエの「イディール」(牧歌)とも比較し、

若いラヴェルの独創性が、どのように脈打っているか分析いたします。

「マ・メール・ロワ」では、<眠れる森の美女のパヴァーヌ>を中心として

「旋法」や「五音音階」などの使い方、

さらに、円熟期の傑作「クープランの墓」のフーガが、

なぜフーガ史に新たな刻印を残す傑作となったか、などを探ります。


★後半は、「ソナチネ」の全3楽章です。

第1楽章では、ソナタ形式の展開方法について。

第2楽章のメヌエットでは、ラヴェルの古典舞曲への傾倒。

第3楽章では、1、2楽章との有機的な繋がり、

その結果として生まれる“駆り立てられるようなスピード感”、を掘り下げます。

資料もご用意いたします。

ピアノを学んでいらっしゃる方、指導されている方、

さらに一般の音楽愛好家も十分楽しみながら理解できる講座です


★≪講座で取り上げる楽曲≫

●「亡き王女のためのパヴァーヌ」

●「マ・メール・ロワ」より<眠れる森の美女のパヴァーヌ>

●「クープランの墓」より<フーガ>

●「ソナチネ」第1楽章モデラート、第2楽章メヌエット、第3楽章アニマート

・  講 師   中村 洋子(作曲家、日本作曲家協議会会員)

・  日 時   2007年12月13日(木) 10:20~12:30

・  場 所   日本ベーゼンドルファー東京ショールーム Studio

・  受講料   3000円(資料代含)

お申込み、お問合わせ:日本ベーゼンドルファー東京ショールームまで。

Tel:03-5351-1591 Fax : 03-5333-8827 e-mail : tokyo@bosendorfer-jp.com



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■■ なぜ、晩年のブラームスがクラリネットの曲を書いたか? ■■

2007-12-24 16:29:40 | ★旧・私のアナリーゼ講座
2007/10/4(木)

★「ブラームスのクラリネットトリオ」のお話の続きです。

なぜ、晩年のブラームスが、クラリネットの曲をたくさん書いたか?

それは、1891年3月、ブラームスが58歳の時、

マイニンゲン宮廷オーケストラの素晴らしいクラリネット奏者

「リヒャルト・ミュールフェルト」に出会ったからです。

いちどは、作曲から引退する決意をしていたブラームスに、

このクラリネット奏者が、再び作曲する意欲を、奮い立たせたのでしょう。


★レコードが存在していない時代のお話ですので、

この「ミュールフェルト」の演奏が、どれだけ素晴らしいものであったか、

残念ながら、現代の私たちは知ることができません。

しかし、真に優れた演奏家は、作曲家に、

“どうしてもこの人に演奏してもらいたい”という

熱望を湧き立たせるものです。


★それは、普段、作曲家が、フラストレーションに

苛(さいな)まれている裏返しでもあります。

“こんな風に書いた覚えはない”。

“このような演奏では、私の作曲の意図が伝わらない”などの苛立ちです。

逆に、“このような大演奏家ならば、私の曲をどんなにか素晴らしく、

自分が創作しようとした世界を越え、

それを突き破る天空に導いてくれるであろう”と、

胸躍らせるものなのです。

ブラームスは、きっと、このようにわくわくしながら、作曲したのでしょう。

ですから、このトリオは、並みの奏者では歯が立たない曲なのです。

3人のマエストロが、完璧に、息を合わせないと、不可能な曲ともいえます。


★一楽章では、16分音符の速い音階のパッセージが、

ピアノ、クラリネット、チェロとも、要所要所で多用されています。

特に、クラリネットとチェロが、ユニゾンでとても速い音階を演奏したり、

3度の重音で、同じ音階を、駆け上がったり、交差したり、駆け下りたり、

あたかも、めまぐるしく疾走しているかのようです。

凡庸な奏者では、怖くて歯が立たない音楽です。

ライスターとベッチャーの二重奏は、完璧です。

完璧なうえ、詩情が漂っています。

完璧だからこそ、はじめて、詩的な叙情が漂うのです。

それゆえ、めったにこの曲が演奏されないのです。



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■■ ブラームスのクラリネットトリオ ■■

2007-12-24 16:28:44 | ★旧・私のアナリーゼ講座
2007/10/3(水)

★ブラームス晩年の「ピアノ小品集」を、理解するためには、

「クラリネットトリオ・Op.114」(1891年作曲、翌年出版)を、勉強する必要があります。

なぜなら、晩年のピアノ小品集は、Op.116、117、118、119だからです。

ちなみに、Op.115は、クラリネット五重奏曲、

Op.120は、クラリネットソナタ第一番、第二番です。

ピアノ小品集は、クラリネットの室内楽作品に囲まれて、作曲されています。


★まずは、演奏を聴き、つぎに楽譜を参照してください。

ブラームス独特の、3度音程、4度音程を学ぶことができ、

その音色は、ピアノ演奏に応用することができます。

音程につきましては、ベートーベンの影響が、とても強く出ていますが、

それを突き抜け、ブラームスでしかない世界に到達しています。


★余談ですが、ブラームスの3度の関係の転調は、

シューベルト、シューマンから受け継がれています。

彼らは、ベートーベンの「ワルトシュタイン」ソナタから、

その手法を学んだように、私には思われます。


★クラリネットソナタや、五重奏曲は、比較的、耳にする機会が多いと思います。

しかし、それに匹敵する傑作「クラリネットトリオ」は、あまり演奏されません。

なぜでしょうか。

これは、ピアノを伴った三重奏曲の難しさにあります。

ヴァイオリン、チェロ、ピアノの三重奏曲も、同様に

ピッチの問題を含め、非常に難しい編成です。

名手3人が弾いても、なかなか円満には行きません。

ヴァイオリンの代わりに、クラリネットが入るクラリネットトリオは、

クラリネットが、ヴァイオリンと比較して、音が柔らかく、

音量バランスの問題があるため、ますます演奏困難になります。

超一流の3人でないと、とても音楽になりません。


★「トリオOp.114」の愛聴盤は、≪BRILLIANT CLASSICS 93156≫です。

クラリネット=カール・ライスター、チェロ=ヴォルフガング・ベッチャー、

ピアノ=フェレンツ・ボーグナー、による極め付けの名演奏です。

この夏、銀座・山野楽器で、この輸入版CDを発見しました。

後日「素晴らしい演奏のCDです、贈呈するのでもっと、仕入れてください。」と

お店の方に、お願いしておきました。

きょう、山野楽器に行きましたところ、BRILLIANT CLASSICS のコーナーに、

この三重奏が置いてあるだけでなく、室内楽やクラリネットのコーナーにも、

並べられており、とても嬉しくなりました。


★輸入版ですので、簡単には手に入らないと思いますが、

山野楽器で入手できます(宣伝する訳ではありませんが・・・)。

このシリーズで、私の愛聴盤は、テレサ・ベルガンサの「スペイン歌曲名唱集」、

シューベルト「室内楽曲集」、モーツァルト「室内楽作品集」、

ブラームス「室内楽作品集」です。

ベルガンサ以外は、ベッチャー先生もお弾きになっています。


★来週末、ベッチャー先生が私の作品を録音されました「CD」が、出来上がります。

≪ベッチャー、日本を弾く  Wolfgang Boettcher Plays Japan≫です。

ここまで、漕ぎ着けるのに、大変な苦労がありました。

しかし、いろいろな方のお手伝いで、素晴らしいCDに仕上がりました。

マスタリングも、奇跡的に最高の技術をお持ちの方に、お願いすることができました。

彼は、ピアティゴルスキーが、50年前に残したドボルザーク「チェロ協奏曲」を、

リマスタリングで“きょう録音した”かのように、蘇らせるなど、

世界的にその実績が知られた方です。

NYのスタジオに残されていたテープは、いまにも切れそうな状態だったそうです。

人類の遺産のような素晴らしい演奏が、彼の手によって再び命をとりもどしました。

(ピアティゴルスキーは、知る人ぞ知るチェロの巨匠、フルトベングラー時代の

ベルリンフィルで、首席チェリストを務めたこともある伝説的な存在です)


★ベッチャー先生のCD≪ベッチャー、日本を弾く≫も、彼の渾身の努力で、

音質の調整などを、最高の状態に仕上げていただきました。

CD-Rからの製作でしたが、溜息の出るような素晴らしい音質を引き出し、

CD製作そのものも芸術作品となりました。

チェロの神様が手を差し伸べてくださったのでしょう。

このCDについては、また、ご案内いたします。



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■■ ドビュッシーの再発見 ■■

2007-12-24 16:27:23 | ★旧・私のアナリーゼ講座
2007/9/29(土)

★ドビュッシーの「アナリーゼ・再講座」を9月27日(木)にいたしました。

2年前の講座を、もう一度お話する予定でした。

テキストは、2年前のものに、少し加筆しました。

ところが、自分でも驚いたのですが、お話する内容は、随分と変わっていました。

この2年間、勉強を続けていくうち、さらに、ドビュッシーが見えてきました。


★結論から申しますと、≪ドビュッシーの古典性≫を再発見した、ということです。

ドビュッシーの音楽は、旋法、五音音階、全音音階、長短調などからできており、

その見かけの新しさをもって、それ以前の音楽とは遮断された革命的なもの、

という見方が、なされがちです。

ところが、ドビュッシー以降、その音響を模倣し、

ムードだけで作曲された作品は、すべて淘汰されました。

ドビュッシーの作品が100年間生き続け、なぜ、さらに輝きを増しているのか?


★お薦めの本を一冊、御紹介します。

フランソワ・ルシュール著「伝記 クロード・ドビュッシー」(音楽之友社)。

(直訳調の日本語で大変読みにくいのですが、ドビュッシー研究の第一人者

「Lesure」の大著作ですので、我慢して読むしかありません)

私は、ドビュッシーの楽譜については、

フランスの「デュラン版」と、ドイツの「ヘンレ原典版」を使っています。

「ヘンレ版」といいますと、驚かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、

最新研究に基づいて楽譜が校正され、「ルシュール番号」なるものが付いています。

例えば、「ベルガマスク組曲」には、「Lesure Nr.75」と書かれています。

モーツァルトのケッヘル番号と同じです。


★この本には、ドビュッシー(1862~1918)が、

10代で勉強した曲について、詳しく紹介されています。

1876年、14歳のドビュッシーは、地方の小さい町での演奏会で、

ハイドンの「ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための3重奏曲」を弾き、

「優秀な新進ピアニスト」と、評価されました。

その頃、ワーグナーの「タンホイザー」の序曲を聴いています。

コンセルバトワール(彼は10歳で入学)では、ピアノ課題曲として、

ベートーヴェンの「Op.111ソナタ」の第一楽章を弾いています。

その後、シューマンの「ト短調ソナタ」第一楽章も、課題曲として弾いています。

さらに、1879年、17歳でショパンの「演奏会用アレグロ Op.46」を弾きましたが、

コンセルバトワールの賞は、取れませんでした。

その頃、「タンホイザー」、「さまよえるオランダ人」序曲、

「ローエングリーン」を、聴く機会があったと推測されています。


★1880年、チャイコフスキーの支援者として名高い「フォン・メック夫人」の家庭で、

彼は、夫人と連弾したり、娘の歌の伴奏をするなど、音楽のお相手をしていました。

当時、チャイコフスキーは既に、巨匠でした。

フォンメック夫人に献呈された「交響曲第4番」のスコアを、

ドビュッシーはピアノで演奏し、夫人に聴かせています。

レコードのない時代でしたので、夫人は、このピアノ演奏で、

献呈された曲がオーケストラでどう響くか、想像しながら楽しんだことでしょう。

夫人は直ぐに、このピアノ演奏を、チャイコフスキーに手紙で報告しています。

さらには、ドビュッシーは、夫人の要望で、

チャイコフスキーの「白鳥の湖」を、ピアノ連弾用に編曲もしています。

「ユルゲンソン」社から出版されました。

しかし、まだ学生でしたので、コンセルバトワールの大物マスネーに、

ばれないよう、匿名でした。


★ドビュッシーのルーツが、これでかなりお分かりになった、と思います。

遡って、コンセルバトワール入学前の1871年ごろ、9歳頃のお話です。

ドビュッシーのピアノの先生は、年老いた肥った小柄な女性で、

「私をバッハ(小川)の中に突き落としました。

その先生は、バッハを、とても生き生きと演奏したものでした」。

後年、ドビュッシーはこのように回想しています。

つまり、入学前は、“バッハ漬け”だったのです。

なんという幸運なめぐり合わせだったのでしょう。


★同じことが、ショパン(1810~1849)にも言えます。

「バッハ」の評価は、当時、きちんと定まっていませんでした。

その大バッハが、大好きだった先生に、

幼少時に習ったことが、作曲家としての大成への道を導くのです。

ショパンのほうがドビュッシーより、さらに幸運だったともいえます。

ショパンと同世代のメンデルスゾーン(1809~1847)が、やっと、バッハを再発見し、

「マタイ受難曲」を初演から100年近く後の1829年になって、初めて再演するなど、

バッハの諸作品を演奏して広めていったという時代にあって、

バッハ好きの先生に、幼少時から習うことができたのは、

奇跡的といってもいいかもしれません。

ショパンが10代で作曲した練習曲は、バッハ・平均律クラビーア曲集を下敷きに、

ショパンの手法で、作曲したものですが、

幼少時、深くバッハに触れていなければ、とても作曲できなかったと、思われます。

★本題に戻りますと、まず≪ドビュッシーのルーツ≫を、お教えしたかったのです。

皮肉屋のドビュッシーは、後年、評論集などで、

例えば、ベートーヴェンについて、やや距離を置いた書き方をしています。

それを真に受けて、ベートーヴェンに対し、否定的であった、とは、

決して思わないでください。

今回、私が分かりましたことは、ドビュッシーの音楽は、

一生涯を通じて、バッハ、ベートーヴェンの影響を深く受け、

それを栄養として、全く独自な音楽を作っていった、ということです。

また、ワーグナーにつきましても、

「ベルガマスク組曲」にくっきりと、その影響を見ることができます。

次回、それをまた、お話いたします。


★再講座は、満員で入れなかったり、まだご存知なかった方のために始めましたが、

私自身、こんなに実り多いものであるとは、思いませんでした。

本講座を既にお聴きになった方も、再講座をお聴きいただく価値はありそうです。

次回の再講座は、「ラヴェル」を予定しております。

また10月14日(日)、「第2回ドビュッシー・アナリーゼ講座」を開催いたします。

こちらは、本講座です。

ドビュッシーのルーツを踏まえながら、彼がインドネシアやスペインなど、

異国からなにを学び、どんな芸術を作っていったか、お話いたします。


★ドビュッシーは、彼の中期以降、

傑作を「ブリュートナー」というピアノを使って、作曲しています。

これは、弦が3本ある通常のピアノと異なり、

弦が4本あり、彼も大変に気に入っていたそうです。

現在、日本ベーゼンドルファー・東京ショールームで、

ドビュッシーが活躍していた時代の「ブリュートナー」が展示中です。

とても典雅な響きでした。

本講座の際、是非、そのピアノに触れて体験してください。


▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
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■■ 第11回 やさしい楽曲分析(アナリーゼ)講座のご案内 ■■≪ ドビュッシー その2 ≫

2007-12-24 16:26:10 | ★旧・私のアナリーゼ講座
2007/8/24(金)

★時間:2007年10月14日(日)午後1時半~午後4時半

★場所:日本ベーゼンドルファー東京ショールーム


★9月の≪ドビュッシー その1 再講座≫に続き、10月に、≪その2≫を開きます。

ドビュッシー(1862年~1918年)は、音楽技法上、ヨーロッパ古典音楽で、

それまでほとんど使われていなかった「五音音階」や「全音音階」、

そして、長らく忘れられていた「教会旋法」を作品に取り入れました。


★また、作品の内容自体も異国の風景を、“音で描写”しているものが、少なくありません。

しかし、出来上がった作品は、あくまでヨーロッパの音楽です。


★この流れは、ラヴェル、ストラビンスキーにも繋がっていきます。

今回はそこに焦点を絞り、選曲いたしました。


★≪講座で取り上げる曲≫

 ●「版画」(Estampes)から 第一番「塔」(Pagodes)、

 ●   同    第二番「グラナダの夕暮れ」

●「前奏曲集」第一集から 「デルフィの舞姫」

 ●「子供の領分」より 「ジンボーの子守歌」

 ●「小組曲」より 「舟の上」
                       他

★「塔」は、東南アジア、グラナダはスペイン、デルフィは、もちろんギリシアです。

ジンボーは、ドビュッシーの愛娘「シューシュー」の象の縫いぐるみです。

万国博覧会などで、インドやアジアのこの大きな動物が、大変、話題になっていたのでしょう。



★「塔」では、五音音階を使いながら、第一、第二、第三主題、対主題、拡大主題

を駆使し、見事な対位法の音楽を作っています。

「グラナダの夕暮れ」では、全音音階や、ロマの音階をハバネラのリズムに乗せて

展開しています。

「デルフィの舞姫」では、5度の並行移動や、教会旋法が、分厚い和音に見え隠れします。

「舟の上」は、ヴェルレーヌ(1844年~1896年)の詩集「雅な宴」なかの

詩「En bateau」による、最もフランス的な光景です。

連弾曲で、大変親しまれていますので、一曲取り上げます。

ドビュッシーを弾いても、聴いても、さらに身近に感じられる講座にしたい、と思います。

どうぞ、お出かけください。



★受講料   3,000円(資料代含)

★お申し込み:日本ベーゼンドルファー東京ショールームまでご連絡ください。

(先着順受付 定員になり次第締切)

Tel:03-5351-1591 Fax : 03-5333-8827 e-mail:info.tsr@bosendorfer-jp.com



▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
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■■ ドビュッシー・アナリーゼ「再」講座のお知らせ ■■

2007-12-24 16:24:58 | ★旧・私のアナリーゼ講座
2007/8/13(月)

★一昨年にいたしました≪ドビュッシーのアナリーゼ≫

~美しいメロディーを背後で支えているものは~の再講座を、

9月27日にすることになりました。

◆時間:午前10時20分から午後12時30分まで、

◆場所:日本ベーゼンドルファー・東京ショールームです。

◆参加費用:3000円です。

講座に参加できなかった方から、再講座のご要望がたくさん寄せられていました。


★6月にブラームスの再講座もいたしましたが、いつも満員の本講座とちがい、

少人数でしたので、参加された方との楽しい会話もあり、なごやかな良い会でした。


★ドビュッシーは、「印象派」というイメージが強く、

感性やひらめきで作曲したかのように、思われがちです。

しかし、実際は、対極的です。

バッハをはじめとする古典音楽の形式を土台にして、

一音一音を、緻密に構築、彫琢して作曲しています。


★個性的なドビュッシーの旋律を、読み解く鍵は、音階にあります。

長調、短調のほかに、ヨーロッパ古典音楽でほとんど使われていなかった

五音音階(私たちアジアの国々の音階です)や、

全音音階、教会旋法を散りばめて作曲しています。

それらが果たしている役割を掘り下げ、

また、それらの音階によって作られる和音についても、

分かりやすくお話いたします。

資料もご用意いたします。


★美しく単純に聴こえるドビュッシーのメロディーの後ろに、

なにが隠されているか、ご一緒に探りましょう。


★講座で取上げる楽曲

●アラベスク第一番

●ベルガマスク組曲より「メヌエット」「月の光」

●前奏曲集第一巻より「亜麻色の髪の乙女」「沈める寺」

●ピアノのために より「プレリュード」

●子供の領分 より「雪は踊っている」


★10月14日(日)に、第11回アナリーゼ講座「ドビュッシー その2」を開催します。

 テーマは、「ドビュッシーと異国との関係」です。

曲目や詳細は、後日お知らせいたします。



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■■ “ブラームスのアナリーゼ”再講座のお知らせ ■■ 傑作(0)
2007/6/19(火) 午前 10:58アナリーゼ(楽曲分析)講座その他教育 Yahoo!ブックマークに登録 ★日本ベーゼンドルファー東京ショールームで、6月22日(金)午前10時30分から2時間、

ブラームスのアナリーゼを再講座をいたします。

これは、ことし1月の「ブラームス・アナリーゼ講座」が満席となり、

再講座のご希望が多かったためです。

お聴き逃しの方は、是非、お出かけください。


★ブラームス(1833~1897)は、ロマン派の作曲家のなかで、

保守的な作風とよく言われます。

しかし、果たしてそうでしょうか?

彼は、古典を極めたがゆえに、ロマン派を突き抜け、

最も革新的な世界に到達しました。

そして、それを引き継いだシェーンベルクが

20世紀音楽の扉を開くことになるのです。

シェーンベルクに最も影響を与えた作曲家は、

≪ブラームス≫といえるかもしれません。


★「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」Op24は、

バッハ「ゴールドベルク変奏曲」にも匹敵する曲です。

ここで「変奏」の極致を体得したブラームスは、

中期の「2つのラプソディー」Op79で、彼独自のソナタ形式も創造し、

後期のOp116~119の小品集で、変奏と対位法の技法を集大成し、

これ以上ない精緻な作品に昇華させます。


★ブラームスのピアノ作品は、ほんの数小節を聴いただけで「ああ、ブラームス」と分かります。

その≪ブラームス・トーン≫の正体とは何でしょうか?

アナリーゼ講座では、そのトーンについても、分かりやすく分析いたします。


★ちなみに、ブラームスの作曲の師は≪シューマン≫です。

ブラームスの作品を詳細に検討していきますと、

シューマンの大きな影が、彼の一生を覆っています。

(文学的に語られることの多い私生活は、関係ありません)

≪ブラームス・トーン≫の形成過程を見るとき、

シューマンなくしては語れません。

その関わりについても、お話したい、と思います。


★これにより、今まで気付かなかったブラームスの新たな世界が浮かび上がります。

ブラームスを自分で弾いたり聴くことが、より楽しくなります。


★《 講座で取り上げる主な曲 》
     ● 「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」Op24(1861年)より一部
     ● 「2つのラプソディー」Op79(1879年)の第2番
     ● 「7つの幻想曲」Op116(1892年)より第5番インテルメッツォ
     ● 「3つのインテルメッツォ」Op117(1892年)の第2番、第3番
     ● 「4つの小曲」Op119(1892年)の第4番ラプソディー

※ 資料もご用意いたします。



▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
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■■はじめての「ソルフェージュ(楽譜を読む能力)」■■

2007-12-24 16:23:59 | ★旧・私のアナリーゼ講座
2007/6/7(木)

★6月3日、ピアノを習い始めた小学生とそのお母さま、

ご指導されています先生方を対象に、

「ソルフェージュ」の公開講座を開きました。

無味乾燥な、既成の教材を使用せずに、

シューマン作曲「子供のためのアルバム」、バッハ作曲「インヴェンション」、

バルトーク作曲「ミクロコスモス1、2巻」を教材として、

どのように、ソルフェージュ教育に生かすか、についてお話いたしました。


★現在、「鉛筆で書く奥の細道」が静かな流行となっていますが、

音楽も、楽譜を書き写して覚えるということが、重要です。

優秀な指導者につくことはもちろんですが、子供が平仮名、カタカナを

お母さんから習うように、上記のような名曲を五線紙に

書き写すことによって、楽譜の書き方を覚えることもできます。


★当日は、シューマンの「子供のためのアルバム」の

第4番コラールの最初の8小節を、曲名を言わずにピアノで弾き、

それを皆さんに書き取っていただきました。

そして、「大譜表」の意味からお話しました。

まずは、ト音記号やヘ音記号を正しく、きれいに書くことから始めます。

平仮名の一文字を、練習帳に何度も繰り返して書いて覚えるのと同じです。

そのト音記号とヘ音記号の付された五線を、括弧で繋ぐことにより、

右手と左手で同時に奏するという「大譜表」の意味を理解します。


★この4番コラールは、ソプラノ、アルト、テノール、バスの

4声体和声によって、教会で歌われる合唱を、ピアノで模しています。

まずは、ソプラノだけを書き取っていただきました。

それを、皆さんは一緒に歌い、私が4声体全部をピアノで弾きました。

単純なソプラノのメロディーを、

いかに美しい和音が支えているか、体験できます。

これを、ピアノのレッスンの中で、

5~10分ほどとって、教えていただきます。

翌週は、アルト、翌々週は、テノール、その次はバスと

毎回、レッスンに取り入れます。

ゆっくりした歩みですが、シューマンの音楽が、

しっかりと身に付き、記憶力のいい

幼いころですと、おそらくは、コラールすべてを覚えてしまい、

一生忘れないことでしょう。


★このコラールは32小節ありますから、さらに残りの小節も、

この方法でレッスンできます。

レッスンを受けるお子さまが複数の場合、ソプラノを歌う子、アルトを歌う子、

ピアノを弾く子、というふうに分担して演奏してください。

シューマンの無限の魅力を引き出すことができます。

シューマンは、「Musical Rules For Life and the Home」で、

「小さい頃から、和声の基礎を勉強しなさい」と言っております。

是非、上記の方法で、実践してみてください。

ピアノの先生ばかりでなく、お母さまと子供が家庭で楽しみながら、

コラールを歌ったり、書いたり、弾いたりすることもできます。

シューマンは、「紙の上で、音楽を理解できるようにならなければいけません」

とも言っております。

楽譜が自由に読みこなせると、ピアノで音を確かめなくても、

楽譜を見ただけで、その音楽を想像することができます。

ソルフェージュとは、そのような素晴らしい能力を

手に入れるための訓練なのです。

音楽を学ぶ上で、最も基礎的な勉強です。



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■■ いま、必要なソルフェージュ ■■

2007-12-24 16:22:40 | ★旧・私のアナリーゼ講座
2007/4/30(月)

★最近、ピアノを習っていらっしゃるお子さまのお母さんや、

先生方から「ソルフェージュを、どのように教えたらよいか」

というご質問をよく頂きます。

先日も、あるお母様から、小学生のお嬢さんについて、

「ソルフェージュは、ピアノのお稽古の片手間に、

昔からの教材を少し歌っているだけですが、

曲の全体が見渡せるようなレッスン

(アナリーゼやソルフェージュも含まれるような)が、

受けられたらいいのに、と思っています」という、

ご丁寧なお手紙を頂きました。


★ソルフェージュ教育は、現在、両極端の傾向にある、と思います。

“ソルフェージュのためのソルフェージュ”、とでもいえるような

過度に専門化、高度化して、なんのためにソルフェージュが必要かを、

忘れてしまったような訓練がある一方、

音楽性のほとんど感じられない旋律やリズムを、単純作業的に、

工夫もなく組み込むレッスンも、まだまだ多いようです。

両方とも、本来の意味を逸脱しかかっているのではないでしょうか。


★ソルフェージュは、楽譜を正確に早く、読み取り、演奏に活かす訓練です。

楽器を使わなくても、頭の中で、その楽譜が表現しようとしている音楽を

理解し、実際に歌ったり、演奏したり出来るようになるという、

素晴らしい能力を開発することです。

ピアノ学習者は、その習っているピアノの曲の中に、

ソルフェージュ教材を見出すべきです。

その上で、既成のソルフェージュ教材を適宜、取り入れていくのが、

本来の在り方です。


★このたび、シューマン「子供のためのアルバム」、

バッハ「インヴェンション」

バルトーク「ミクロコスモス1番、2番」のなかで、

どこを、「ソルフェージュ教材」として使うことができるか、

それを、「どのように実践すべきか」を、講座でお話することになりました。

ピアノを習っていらっしゃる方、保護者、

ピアノの先生方にお聴きいただけましたら、幸いです。


★6月3日(日)午前11時~午後12時半、≪初めてのソルフェージュ≫

於:カワイ表参道・パウゼ。

問合せ、申込みは、03-3409-2511、カワイ表参道「ファーストステップ講座」係

同午後2時~午後3時半は、受験生のための≪実践的ソルフェージュ≫も併せて開催いたします。


▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
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■ ブラームス・トーンの源流を探る「シューベルト・アナリーゼ講座」 ■

2007-12-24 16:20:50 | ★旧・私のアナリーゼ講座
2007/4/20(金)

★4月15日に開きました「シューベルト・アナリーゼ講座」は、満員となり、

受講生の皆さまから“とてもいい内容”という評価をいただきました。

前回の「ブラームス講座」で、私が説明いたしました“ブラームス・トーン”の源流が、

「シューベルトの音楽」の中の「どこにあるか」、それを探る講座でした。


★「シューベルト」から、「シューベルトを発見した」シューマン、さらに

シューマンから、「シューベルトの宝を引き継いだ」ブラームスへと、

「19世紀のウィーン」は、まさに、音楽の本流が滔々と流れ続けた町でした。

バッハ、ベートーベン、モーツァルト、ブラームスと大作曲家は、

幼少の頃から英才教育を受けていますが、父親や、兄を師とすることが多く、

シューベルトのように、幼児期からサリエーリのような

超一流の音楽家に、師事していませんでした。


★シューベルトは、「3度の関係の転調」を、創造しましたが、

多様性に富む3度の関係を、詳細に研究しますと、分厚い大論文が書けるほどです。

シューベルトがもし、論文を書くような人でしたら、超一流の理論家となっていたことでしょう。

しかし、彼はそれを説明なしに、続々と自作品に投入したため、

それを一般に理解してもらうのには、大変な時間を要しました。

あるいは、現在でも理解されていないかもしれません。


★もし、私がシューベルトの同時代人で、彼の即興曲の楽譜を見ましたら、

「この転調は、あちこちに飛んで、混乱している。

もう少し整理して、書き直せば、さらによい曲になる」と、思ったかもしれません。


★しかし、シューマンやブラームスなどの天才は、「3度の転調」の原理を、きちんと理解し、

黙って、自分の曲の中に、それを取り込んでいったのです。

ふんだんに取り込んでいったのです。

シューベルトが、“確信犯”のように、この転調を使えたのは、

彼が“サリエーリから古典音楽をすべて吸収した”、という自信があったためです。

迷わず、彼独自の転調を繰り出していったのです。

すべて古典を勉強した、という自信があれば、

大胆に新しい試みに、乗り出すことができるのです。

古典の中に隠れている小さな萌芽を、つまみ上げ、

それを発展させていった、ともいえるかもしれません。

その意味では、シューマンなどが、シューベルトから“養分”を引き出していったのと同様です。

晩年の即興曲には、見事なバッハの痕跡も見受けられます。


★シューベルトから、音楽の養分を吸い尽くしたのは、シューマン、ブラームス、

そして、シェーンベルクにつながるウィーンの音楽家だけではありません。

ポーランドから、ウィーンを経て、パリに向かった「ショパン」も、

シューベルトから、別な鉱脈を探し当てています。


★シューベルトは、膨大な舞曲を書き、それをエクササイズにして、

「即興曲」という、新たな世界に辿り着きました。

ショパンも、同様に、ワルツやマズルカの舞曲を実験曲とし、

それをバラードやソナタなどの、大規模な作品に結実させています。

また、シューベルトの創造した「即興曲」という形式を

ショパンは、そのまま使って書いております。


★ショパンは、「シューベルト的転調」の領域には、ほとんど踏み込みませんでした。

一見、ショパンの和声や転調は新しそうですが、実は古典的で、

分かりやすいドミナント進行の和声による転調を、多用しています。

ショパンの人気の秘密は、ここにあるのです。

結局、ショパンは、舞曲集という「様式」を、継承していきました。


★また、シューベルトは、「ユニゾン」のもつ偉大な効果を、発見しました。

例えば、1818年(21歳)作曲のD625「ヘ短調ソナタ」第3楽章アレグロのユニゾンは、

ショパンの「第2番ソナタ」の終楽章に現れるユニゾンに、強い影響を与えた、と

ヴィルヘルム・ケンプが「Shubert's Hidden Treasures」で指摘しています。


★その後、即興曲やワルツなどの形式と精神は、フランスの「フォーレ」にも受け継がれ、

フォーレの弟子の「ラヴェル」を通し、フランス音楽のなかで、大輪の花を咲かせるのです。

7月22日(日)の第10回アナリーゼ講座は、このショパンについて、お話いたします。


■ 閑 話


★休憩時間に、いつもお話しておりますピープルツリーのドライフルーツを3種、

おやつとして、皆さんと一緒にいただきました。

マンゴー、バナナ、パイナップルで、

「とても美味しい」と喜んでいただけました。

パイナップルは、輪切りにしてあり、押し花にしたヒマワリのようです。

バナナは、見かけは固そうですが、淡い甘さで柔らかい噛み心地。

(一般のバナナスライスは、油で揚げ、防腐剤や加糖処理されていますが、

ピープルツリーの製品は、スライスして天日で干しただけです)

甘酸っぱいマンゴーが美味しいのは、言わずもがなです。

太陽を一杯浴びた無農薬フルーツが、直接、産地から運ばれるため、

中間搾取がなく、生産者と消費者の両方にメリットが大きく、

生産者のお子さんが、その収入で学校に行けると思いますと、

二重にうれしい気持ちです。



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■■ シューベルトのピアノソナタ変ロ長調D960 ■■

2007-12-24 16:19:50 | ★旧・私のアナリーゼ講座
2007/4/13(金)

★9回目の「アナリーゼ講座>が明後日の15日となりました。

シューベルトの「ピアノソナタ変ロ長調D960」について、つぶさに分析いたしました。

いろいろと新しい発見がありましたので、さわりの部分を一部、ご紹介いたします。


★シューベルトの曲は、次々に美しいメロディーが繰り広げられるため、

骨格の確かさに目が行かず、「思い浮かぶまま、流れるように作曲した」、

「構成が弱い」などという極めて表層的な通説が、幅広く流布しているようです。

大変、嘆かわしいことです。

そのような見方で演奏したり、聴いたりしますと、

シューベルトの世界を、さらに「見誤る」という結果になります。


★20世紀における「調性崩壊」の源流も、実はシューベルトにあるのです。

「思いがけない遠隔調への転調」は、彼の特徴ですが、

これも、思い付きでしているのではなく、緻密な調設計のうえでの作為です。

これを、気付かない人が「思いがけない転調」といっているだけなのです。

これは、バッハに端を発し、ベートーヴェン、シューベルトに受け継がれ、

ショパンへの流れていきます。


★「ピアノソナタ変ロ長調D960」は、シューベルトの最後のピアノソナタです。

ベートーヴェンとは異なる、全く新しい構成が見られました。

第1楽章、第1テーマの後に、通常は「確保」といって、

第1テーマをもう一度、少し形を変えて再度、演奏することが行われます。

その後、ブリッジ(推移)という、第2テーマにつながる橋渡しの部分が現れます。

ところが、シューベルトは「確保」と「推移」の位置を、逆にしてしまいました。


★第1テーマの後、19小節目から直ぐに「推移」が現れ、次々と「変奏」をしていきます。

そして、おもむろに36小節目から、「確保」が現れます。

この≪テーマを変奏していく≫という考え方が、全く新しいのです。

この変奏の考え方は、ブラームスを経て、

20世紀のシェーンベルク、ヴェーベルンへと脈々と、受け継がれていきます。


★また、音響面でも、9小節目のフェルマータのついた休符、112小節目の休符、

同じく331小節目は、オーケストラの総休止(ゲネラルパウゼ)に匹敵する休符です。

ゲネラルパウゼを、日本語は「休」という字を当て、音がなにも無いようなイメージですが、

実際には、空間に、その前のピアノの響きが美しく漂っています。

シューベルトの亡くなる1828年、ベーゼンドルファーが設立されました。

この時代は、ピアノの機能が日に日に進歩しており、

オーケストラに匹敵するような楽器として、成長を遂げています。


★このような休符の使い方は、モーツァルトがピアノソナタで使っていますが、

シューベルトは、モーツァルト研究も密かに深く積み、

最後のソナタで、全く新しい音響を作り上げていたのです。


★シューベルトに関する本は、あまり多くありません。

なぜなら、彼はめぼしいエピソードに乏しいからです。

通常の「音楽論文」は、「楽曲の分析」より、「エピソード」に依存して書くことが多いためです。

音楽は、作曲家の残した楽譜の上にこそあります。

是非、彼の楽譜を基に、研究していただきたいものです。

シューベルトの短い31年の生涯は、ただただ、作曲をするために費やされたのです。

ですから、面白おかしい逸話などは、残っていなくて当然なのです。



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■■ 山下清とシューベルト ■■

2007-12-24 16:19:00 | ★旧・私のアナリーゼ講座
2007/4/5(木)

★知人が、九州の湯布院に旅をされ、お土産を頂きました。

≪放浪の天才画家「山下清・原画展」の思い出≫ という絵葉書です。

山下清は、ドラマや映画のイメージが強く、あまり、彼の作品をきちんと見ていませんでした。

その12枚の絵葉書を見て、アンリ・ルソーのような色彩感と幻想性、確かな構成力に驚きました。


★貼り絵の「タイと花火」「カミキリ虫」のほか、

マジックペンで描いた「城山より望む桜島」と「鉄道と夕焼けの桜島」、

朱塗りのお盆に、紙を貼り付けた「お盆にカタツムリ」などです。

ドラマの先入観で、決め付けてはいけませんね。


※「湯布院 夢 美術館」:放浪の画家・山下清の原画約100点、記録写真、直筆の日記が公開されています。

住所:大分県由布市湯布院町川上1479-1 風の街内、 電話 0977-85-2377



★シューベルトも同様に、固定化したイメージが定着させられているのかもしれません。

映画「未完成交響楽」での恋する青年作曲家、

ほとばしり流れる楽想を、そのまま筆に走らせる“天才”作曲家というイメージです。

「当たらずといえども遠からず」ですが、「天才」の定義を「努力する作曲家」とすればのお話でしょう。


★シューベルトは、7歳の1804年、父親に連れられ、アントーニオ・サリエーリ(1750~1825)と面会しました。

11歳の1808年10月、「コンヴィクト」というヴィーンの学校に、サリエーリの推薦で入学します。

同校は、官吏養成学校ですが、一般教養として音楽教育に大変に力を入れていました。

シューベルトは、同校の宮廷少年合唱団員も勤め、ハイドンやモーツァルトの作品も歌っていました。

サリエーリも同校で教えていました。

15歳の1812年からは、週に2回、サリエーリの個人レッスンを受け、

コンヴィクト退学後も、19歳の1816年まで、個人レッスンを続けました。

サリエーリは、シューベルトについて「1812年6月18日、対位法に着手」というメモを残しています。

“音楽の独学者”というイメージからは、程遠い英才教育を受けていたのがよく分かります。

対位法は、アルブレヒツベルガーの「作曲の基本指導」やヨーゼフ・フックスの理論書で教えたようです。


★サリエーリは、ヴィーンで宮廷楽長を勤め、当時として最高の教師でもありました。

“モーツァルトを嫉妬する”必要が全くない、人望家でもあったようです。

サリエーリの弟子は、ベートーヴェン、リスト、フンメル、マイヤベーアなど

綺羅星のごとく輩出していますが、そのサリエーリに週2回、4年間習うとは・・・。

これ以上の英才教育はあまりないでしょう。


★シューベルトは、推敲に推敲を重ねて作曲し、亡くなるまで、ものすごい勉強を積み重ねています。

伝記を読みましても、彼の作曲している姿を目撃している友人は、ほとんどいないようです。

作曲で苦闘している姿は、見せたくなかったのでしょう。

才能の赴くまま、スラスラと書き続けていた、ということは決してない、ようです。


★有名なピアノ独奏曲「4つの即興曲 D899」は、亡くなる前年の1827年、30歳の作品ですが、

そのうち、ピアノ発表会でもよく弾かれる名曲「第2番 変ホ長調」を、子細に検討しますと、

対位法、およびバッハに対する研究の成果が、驚くほどよく現れています。

私も最近、チェロの独奏曲を書くため、バッハのチェロ組曲を勉強していますが、

その過程で、このことに気付きました。


★シューベルトは、1828年11月4日、亡きサリエーリの弟子ゼヒターに、対位法のレッスンを受けます。

その15日後の11月19日、腸チフスで急逝しました。

本人には、死の予感はなかったのではないでしょうか。

前年、対位法を駆使した曲を書き、さらに、それを深めるために、レッスンを受けたのでしょう。

巷間いわれています「構成力や対位法に弱い」という見方は、完全に間違いです。

上記の「第2番 変ホ長調」は、180年間、名曲とされていますが、なぜ名曲なのでしょうか。

その点について、納得のいく説明や解釈は見たことがありません。

“なぜか分からないけれどもいい曲”です。

その「なぜか」の理由が、実は「対位法」にある、と思います。


★あまりに、完璧な対位法であるため、対位法が駆使されていることに、全く気付かないのす。

4月15日の「アナリーゼ講座」では、そのお話をしてみたい、と思います。

ちなみに、シューベルトの亡くなった1828年、

その同じ年、ベーゼンドルファーが、ヴィーンで、ピアノの製造を始めたそうです。


★アナリーゼ講座は、今回も直ぐに、ご予約で一杯になってしまいました。

お礼を申し上げますとともに、キャンセル待ちの方には、心よりお詫び申し上げます。

次回のアナリーゼ講座は、第10回記念として「ショパン」に取り組む予定です。



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■■ グリーグの没後100年、「組曲 ホルベアの時代より」 ■■

2007-12-24 16:17:45 | ★旧・私のアナリーゼ講座
2007/3/30(金)

★1843年6月15日、ノルウェーのベルゲンに生まれたグリーグは、

1907年9月4日、ベルゲンで64歳の生涯を閉じます。

ことしは、ちょうど没後100年です。

ブラームスが、1833年生まれ1897年没ですから、ちょうど10年違いです。


★グリーグは、シューマンゆかりのライプチッヒ音楽院に入学しています。

ブラームスと1855年に、ライプチッヒで初めて会い、1888年と1896年にも再開しています。

この96年は、病気のブラームスへのお見舞いでもありました。


★グリーグのピアノ独奏曲としては「叙情組曲」が有名ですが、

皆様にお薦めしたいのは、「組曲 ホルベアの時代より」

Op40 Fra Holbergs Tid/Suite i gammel Stil.です。

楽譜は、ヘンレ版の Aus Holbergs Zeit Suite im Alten Stil がいいと思います。

この曲は、1884年に劇作家ホルベア(1684~1754)の生誕200年記念祭のためにつくられました。


★ホルベア男爵は、ベルゲン生まれ、主にコペンハーゲンで活躍し、

「デンマーク文学の父」あるいは「北のモリエール」として尊敬されました。

祝賀用のカンタータ(男性合唱曲)とピアノ組曲の2曲が依頼されました。

激しい雪が降るしきる中、広場でホルベアの銅像が除幕され、

グリーグの指揮で、カンタータが初演されました。

グリーグは、レインコートに傘まで差し、合唱団員の口には、雪や霰が舞い込んだそうです。

しかし、熱演の甲斐あり、大成功だったそうです。

その後、室内で「ホルベアの時代から」が、グリーグのピアノで初演されました。


★「ホルベアの時代」は、さらに弦楽合奏曲にも編曲されました。

いまでは、弦楽合奏が演奏される機会が多いのですが、

ピアノ独奏用も演奏しやすく、親しみやすい曲ですので、

コンサートや発表会、レッスンに是非、お薦めしたいと思います。


★しつこいようですが、発表会用に、甘ったるいムードミュージックや、

流行している通俗曲、映画音楽を、生徒さんに、何ヶ月も練習させるより、

大作曲家の書いた親しみやすい曲に取り組みことが、

生徒さんにとって、どれだけ栄養になることでしょうか。

もし、生徒さんが小さいお子さんでしたら、

その生徒さんの音楽人生を、一生左右することになるかもしれません。

名曲を聴き、弾くことは、なにもプロになるためではなく、

いい聴衆を育てる意味でもとても大切です。


★ホルベアが200年前の人であったため、この曲のスタイルもバロック組曲の様式をとっています。

ラベルが、組曲「クープランの墓」の各曲に、バロック時代の踊りの題名をつけたのと同じです。

この曲は、「前奏曲」「サラバンド」「ガヴォット」「エアー」「リゴードン」の全5曲です。

どれも素敵ですが、第4曲の「エアー」は、特に弦楽合奏では有名です。


★また、ピアノと弦楽合奏の編曲を、見比べる楽しみもあります。

特にこの「エアー」では、何ヶ所か違いがあり、ピアノを弾くうえで、とても参考のなります。

2小節目のメロディーの「レ ド シ ド」の刺繍音「シ」が、

ピアノ版では「シ」♭であるのに対し、弦楽版では、「シ」ナチュラルです。

ピアノで、ナチュラルにしますと、どこか鋭すぎ、

グリーグの意図した「アンダンテ レリジオーソ」、

さらに「カンタービレ」という曲想には、そぐわないかも知れません。

「レリジオーソ」即ち、宗教的な感じは、「シ」♭のほうがいいと思います。


★弦楽版は、最初の「レ」音にアクセントがつけてあり、

その後に、ディミヌエンドを付し、「シ」ナチュラルの鋭さを、ぼかしています。

ピアノと弦楽の特質を、よくわきまえた書法でしょう。

ピアノ版も、41小節目の上記メロディー再現のところでは、

「シ」ナチュラルとし、感情の高まりを、表現しています。

スコアを見ますと、この素晴らしい旋律を、チェロで朗々と歌わせています。

ピアノを弾くうえで、チェロの音色を思い浮かべるといいですね。


★さらに、21小節目から、ピアノ版では、メロディーが7小節間ずっと、右手上声で奏されますが、

弦楽版では、チェロのソロと第一ヴァイオリンが、交互に掛け合いをしています。

ここも、ピアノを弾く際、頭にこのイメージを描きますと、色彩豊かな演奏になる、と思います。

古風なフレアドレスの裾を、典雅に揺らして踊るような、どこかメランコリックな曲です。


★お薦めしたいCDは、NAXOS「グリーグピアノ曲全集 第4集」、

アイナル・ステーン=ノックレベルグのピアノ演奏です。

このCDは、以前たまたま、手に入れましたが、ノックレベルグの演奏が素晴らしかったので、

グリーグのこの全集を愛聴しています。

先ごろ、ノックレベルグが、グリーグの全ピアノ作品について書いた本が

日本でも翻訳されました。



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