音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■第3回「平均律1巻3番Cis-Durアナリーゼ講座」、Cis-Durは前代未聞の調■

2018-03-28 22:30:17 | ■私のアナリーゼ講座■

■第3回「平均律1巻アナリーゼ講座」のご案内■
  ~第1巻3番「Cis-Durプレリュードとフーガ」~
~この調性は前代未聞のCis-Dur 、これがその後の西洋音楽を規定する~
  ~「バベットの晩餐会」の主演女優・Audranオードランが死去~
 
              2018.3.28   中村洋子

 

 

★フランスの名優 Stéphane Audran ステファーヌ・オードランが、

亡くなりました、85歳でした。

日本では映画「Babettes gæstebud,  Babette's Feast

バベットの晩餐会」(1987年)の、主演女優として、知られています。


★ちょうど昨年、この映画のデジタルリマスター版を、

劇場上映で見たところでした。

Audran を懐かしく思い、ちくま文庫から出版されている原作の

「バベットの晩餐会」Isak Dienesen イサク・ディーネセン著を、

みました。


★この映画が公開された1989年の日本は、バブルの頂点。

決して美食を讃える映画ではないのですが、

上映直後から、商魂たくましい日本のデパートなどが、

映画に出てきた超高級ワインを売り出していたのには、あきれました。


★この映画のテーマは何だったのでしょうか。

パリコミューンで、労働者階級の夫と息子を殺された女性の物語です。

彼女「Babette バベット」は、当時のパリで随一と名高かったレストランの

シェフを務めていた、という設定です。


★バベット自身も、パリでバリケードに赤旗を立てて戦ったコミューンの

支持者です。

コミューンが崩壊した後、バベットはデンマークの寒村の、

二人の老いた姉妹のもとに、命からがら辿り着き、

家政婦として長年働きます。

デンマークに来てから14年後、フランスの宝くじが当たり、

賞金1万フランを、獲得します。

 

 


★彼女は、この大金をもってパリに戻るか、あるいは、

老後の資金として大切にするか?

どちらも選びませんでした。

老姉妹の父だった牧師の、生誕100周年を祝う晩餐会に、

そのすべてを、使い果たします。

晩餐会に出席するのは、寒村の村人ともう一人の計12人。

もう一人は唯一、その料理の価値が分かる将軍です。

この将軍は老姉妹のうちの姉に、かつて恋をした人物。

偶然から、この晩餐会に出席することになりました。

 

 


★バベットがパリに戻らない理由。

コミューンで敵として戦った王侯貴族が皆、亡くなってしまったから。

彼らは、たくさんの人たちを殺した忌まわしい残酷な人たちでした。」

と、バベットは語ります。


★「あの方たちは、私(Babette)の、そう私のものだったのです。

彼らは、信じられないほど莫大な費用をかけて育てられ、

躾けられたていたのです。

私が、どれだけ優れた芸術家であるかを知るためにです。

私が最高の料理を出した時、あの方々をこのうえなく幸せに

することができたのです。」

これがバベットの答えです。


★バベットの心を代弁して老姉妹の妹が言います。

「次善のものに甘んじて満足せよなどと言われるのは、

芸術家にとっては恐ろしいこと、耐えられぬこと。」

「芸術家が次善のもので喝采を受けるのは、恐ろしいこと。」


★バベット「私は優れた芸術家なのです。

優れた芸術家が、貧しくなることなどないのです。」


★バベットが創る最高の芸術を、理解できる人たちは、

もうパリに存在しなくなった。

それは、自分の夫や息子を殺した敵でもあった。

理解できる人がいなくなったところには、戻らない・・・

 

私たちは、最善のBachを学ぶために、

バベットの心意気を保ちたいと思います。

次回のアナリーゼ講座です。

 

 


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■第3回中村洋子「平均律1巻アナリーゼ講座」のご案内

   ~第1巻3番「Cis-Durプレリュードとフーガ」~ 
https://www.academia-music.com/new/2018-03-27-105139.html

  ・3番 Prelude & Fugaの調性は、前代未聞の「Cis-Dur」

  ・この調性「Cis-Dur」が、その後300年の西洋音楽を規定する


■日 時:2018年5月26日(土) 14:00~18:00 
■会 場:エッサム本社ビル 4階 こだまホール
        東京都千代田区神田須田町1-26-3
                    ℡:03-3258-8787
    (JR 神田駅北口 徒歩3分 ※エッサム1、2号館ではありません)

■第3回のお申込みは、3月30日10:10より受付いたします。
    お申込み・お問い合わせは、アカデミアミュージック企画部
      :03-3813-6757、kikaku@academia-music.com

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★平均律クラヴィーア曲集第1巻の24曲のプレリュードとフーガは、

前後の曲が緊密につながり合っているだけではありません。

番号が遠く離れた曲と曲とが、思いがけない共通項を数多く含有し、

見えないベクトルで極度の緊張を保ち、支え合っているのです。

これは決して、偶然ではありません。

これこそが、Bach(1685-1750)がわずか21行の「序文」で高らかに

宣言した「平均律第1巻」の正体です。

精緻で複雑な宇宙空間に比せられるような、巨大な多面体の立体構造物です。

ドイツ・Bärenreiterベーレンライター社の楽譜「平均律第1巻」に添付しました

「解説書(Bachが自ら書いた序文の詳細な分析と解説、前書きの翻訳と注釈)」

を、私は2017年に書きましたが、ここで、平均律第1巻の正体を明らかに

しております。それを是非、お読み下さい。

 

 


第3番の調性「Cis-Dur」は、Bachが作曲した当時も、

そして現代ですら、大変に珍しい調性です。

バッハは24全ての調性で作曲すると決めたため、機械的に

「Cis-Dur」の曲を作曲したのでしょうか?

そうではありません。

異名同音の調である「Des-Dur」でもよかったのではないか?

という疑問が当然起きてきます。

しかし、Bachはあえてそうしなかったのです。

わざわざ「Cis-Dur」で書いた時点で、Bachの眼差しは、

遥か後世の、ベートーヴェン(1770-1827)や

ショパン(1810-1849)の作品が出現することを、必然的に

視座に入れていたともいえます。

 

 


●プレリュード

 「平均律第1巻」1、2、3番は、各曲が個性的で一見、共通項を

もたないようにも感じられる程です。

しかし、3番プレリュードとフーガは、2番フーガを換骨奪胎した曲

ともいえます。そして、2番フーガは、1番フーガからの由来です。

花の蜜を吸おうと、空中をホバリングしている蜂雀(ハミングバード)の

羽音のような、このプレリュードにどんな秘密が

隠されているのでしょうか・・・。


●フーガ

明るく爽やか、初夏の風のようなフーガです。

主題冒頭音のみが、応答で変応されます。

このため、主題の冒頭音と続く2番目の音は、2度音程を形成していますが、

応答の冒頭音と、続く2番目の音で形成される音程は3度となります。

その相違を、Bachは巧みに性格の描写として、

活き活きと羽ばたかせています。

 

 

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■講師: 作曲家  中村 洋子
                           東京芸術大学作曲科卒。

・2008~15年、「インヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を、東京で開催。
 「平均律クラヴィーア曲集1、2巻アナリーゼ講座」全48回を、東京で開催。
  自作品「Suite Nr.1~6 für Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」、
  10 Duette fur 2Violoncelli チェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、
                ベルリン、リース&エアラー社 (Ries & Erler Berlin) より出版。

https://www.academia-music.com/shopdetail/000000058666/

  「Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集」、
  「Zehn Phantasien fϋr Celloquartett(Band1,Nr.1-5)
     チェロ四重奏のための10のファンタジー(第1巻、1~5番)」をドイツ・
     ドルトムントのハウケハック社  Musikverlag Hauke Hack  Dortmund
       から出版。

・2014年、自作品「Suite Nr. 1~6 für Violoncello
       無伴奏チェロ組曲第1~6番」のSACDを、Wolfgang Boettcher
       ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表
              (disk UNION : GDRL 1001/1002)
                      「レコード芸術特選盤」

・2016年、ブログ「音楽の大福帳」を書籍化した
  ≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜 にあり!≫
    ~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、
            演奏法までも 分かる~ (DU BOOKS社)を出版。

・2016年、ベーレンライター出版社(Bärenreiter-Verlag)が刊行した
 バッハ「ゴルトベルク変奏曲」Urtext原典版の「序文」の日本語訳と
 「訳者による注釈」を担当。

    CD『 Mars 夏日星』(ギター二重奏&ギター独奏)を発表。
     (アカデミアミュージック、銀座・山野楽器2Fで販売中)

・2017年「チェロ四重奏のための10のファンタジー(第2巻、6~10番)」を、
  ドイツ・ドルトムントのハウケハック社
      Musikverlag Hauke Hack Dortmund
から出版。

https://www.academia-music.com/shopdetail/000000177497/

 

・2017年、ベーレンライター出版(Bärenreiter-Verlag)刊行のバッハ
   平均律クラヴィーア曲集第1巻」Urtext原典版の
     ≪「前書き」日本語訳≫
     ≪「前書き」に対する訳者(中村洋子)注釈≫
     ≪バッハ自身が書いた「序文」の日本語訳≫
     ≪バッハ「序文」について訳者(中村洋子)による、
                 詳細な解釈と解説≫を担当。

 https://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/

 

 

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■平均律の「序文」を"舐めるように"学ぶと、平均律の全貌が姿を現す■

2018-03-21 22:13:49 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律の「序文」を"舐めるように"学ぶと、平均律の全貌が姿を現す■
   ~3月21日はBachの誕生日、存命中なら333歳に~

             2018.3.21   中村洋子

 

 


3月21日は、 Johann Sebastian Bach バッハ (1685-1750)の

誕生日です。

Bach先生については、のちほど。


土筆も顔を出し、いよいよ春本番です。

≪羽二重の膝に飽きてや猫の恋≫ 支考

江戸中期の蕉門十哲の一人、

美濃の人、各務支考(かがみ しこう 1665-1731)の句


★羽二重をお召しになっている奥さまかお嬢さま。

お着物の膝の上でぬくぬくと暖まっていた猫ちゃん、

春は猫も恋する季節。

安穏な生活を、後ろ足で蹴って飛び出す春の猫。

猫版アンナ・カレーニナ。


★≪両方に髭のあるなり猫の妻≫ 来山

小西来山(1645-1716)の作。

支考も来山も、Bach (1685-1750)の一世代前の作家です。

家を飛び出した猫も、 いまでは立派で貫禄十分なおかみさん。

"夫婦"とも立派な髭が生えそろっています。


★昨年末に観た映画。

≪猫が教えてくれたこと Kedi≫、

トルコの古都イスタンブールに暮らす七匹の"地域猫"の生活風景。

「サイコパス」というあだ名の白黒猫は、古い教会の裏にある

趣ある喫茶店にたむろします。

闘争本能むき出し、気性の激しいメスです。

縄張りに近づくよそ者猫を、ネコパンチで蹴散らかし、

喫茶店の親父も尻に敷きます。

野良犬も、彼女に一目置いています。

 
★この映画は、猫を見せるとみせかけて、

イスタンブールの市井に生きる人々を、

愛情深く、活写しています。

立ち退きの決まった旧市場の人たち、

自分の行く末より、そこに生活する猫を案じています。

 

 


今日は、Bachの誕生日です。

もし、存命中ならちょうど、333歳です。

3月24日の「「平均律第1巻第2番 c-Moll」アナリーゼ講座の準備で、

忙しい毎日です。


★1月の「1番C-Dur」講座では、資料を16ページ作り、

参加者に皆さまにお配りしましたが、

今回は更に増えて、20ページにもなってしまいました。

それでも広大なBachの宇宙の一端を、

鰹節を美味しそうに齧る猫のように、

味わうだけかもしれませんが、

私の能力の限り、全力投球した結果であることは、

間違いありません。


★講座では、

「Inventionen und Sinfonien インヴェンションとシンフォニア」、

「トッカータ Toccata」、「Suite für Violoncello solo 無伴奏チェロ組曲」

との関連も、お話する予定です。

 

 

Bachが「「平均律第1巻」に自ら書いた禅問答のような、

わずか20数行の「序文」を手掛かりにして、

平均律を勉強していきますと、
https://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/

今回の「2番」が、全24曲の中の非常に番号がかけ離れた曲と、

なぜ、がっちりと手を結びあっているのか、

それが分かってきます。


それが理解できますと、「1番 Fuga 」には嬉遊部もなく、

曲の初めから「ストレッタ」が、連続して出現する理由も、

なるほどと納得されるはずです。


★つまり、全24曲を"舐めるように"勉強し続けますと、

平均律の全貌がようやく顔を現し、

「1番 Prelude & Fuga」も完全に理解できるようになる、

と思います。


同時に、平均律全24曲を「1曲」ととらえる場合、

全24曲を、一つの地球儀のような球体に譬えることもできます。

その球体を探るには、

「Inventionen und Sinfonien  インヴェンションとシンフォニア」の

全容を解明する必要があります。


★幸い、Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー(1886-1960)が、

素晴らしい校訂版を、残していてくれます

それを勉強することで、平均律への理解が飛躍的に、高まります。

 

 

 


★平均律とインヴェンションとシンフォニアを理解することで、

Bach以降の大作曲家によるマスターピースが、なぜ、

「マスターピース」であるうるのか、

それが自ずと分かってくることでしょう。

逆に申しますと、その大作曲家と同時代の

有名であったであろう他の曲と、どう違うのかについても、

容易に回答がでることでしょう。


★私の判断ですが、後世の「マスターピース」で、

Bachの作品から派生していないものは、ほぼ皆無でしょう。

皆さまは是非、個々の作品により、ご自分で判断してください。

伝記やエピソードによって、ある作曲家がBachについて、

批判的なような言葉を残していたことが、あったとしても、

それを鵜呑みにしないでください。

正直に、"Bachあっての私です"という作曲家はいません。

作品そのものによって、判断してください。

作曲家の言動と作品とは峻別されるべきです。


★そのように勉強していきますと、作品の良し悪しだけでなく、

演奏の良し悪しも、はっきりと見極めることが可能となります。

サーカスや曲芸のような、表面的技巧をひけらかす演奏に、

惑わされることなく、

本当の演奏を聴き分け、自分でも素晴らしい演奏が

できるようになる、という嬉しい結果を生みだします。

 

 


★Edwin Fischer エドウィン・フィッシャーの校訂版について、

少し、見てみましょう。

「Inventio 15」の自筆譜は、このように書かれています。

 

 

Fischerは、このようなフィンガリングを付けています。

 

 

このフィンガリングから、たくさんの情報、提案が読み取れます。

一例として、2小節目の4拍目をご覧ください。

 

 

3拍目の2番目の音「d¹」が「1指」ですから、

 

 

4拍目の「d¹」も、おそらく「1指」

 

 

更に4拍目「d¹」を「1指」で弾くなら、続く、

「e¹-fis¹」は、「2-3」に、に相違ありません。

 

 


Fischerが、このように、言わずもがな、書かずもがなの、

Fingeringフィンガリングを、わざわざ付しています。

これは、「ここがとても重要な音(→motif)ですよ」という

指示を出しているのです。


★それでは何故、この「d¹-e¹-fis¹」が重要なのでしょうか。

まず、1小節目3拍目と、2小節目1拍目の「trillトリル」に、

Fischerが、フィンガリングを付けていることに注目してください。

 

 


2小節目3拍目のtrillについては、「以下同様」ということで、

フィンガリングはありません。

 

★このように、「a¹-g¹- fis¹」 「g¹-fis¹-e¹」 「 fis¹- e¹- d¹」 の

連続する三つの下行3度motifが、

形成されることが分かります。

 

 

★この3番目の下行3度 motif 、即ち、2小節目3拍目の

「 fis¹- e¹- d¹」 の反行形(逆行形も同じ形です)が、

2小節目4拍目の「d¹-e¹-fis¹」の、上行3度motifなのです。

 

 

★もちろん、1小節目3拍目、2小節目1、3拍目の、

拍頭の「g¹-fis¹-e¹」によっても、

下行3度motifが形成されています。

 

 

★ほんの少し見ましただけでも、Fischerのフィンガリングには、

この主題をどう解釈するかの情報が、満載されています。

どこから押しても、一寸の隙も無く堅固な、

城壁のような主題です。


★さて、この「Inventio 15 h-Moll」が、

平均律1巻2番c-Moll とどのように繋がっていくのでしょうか。

講座で詳しく、お話いたします。

 

 


★4月は、Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー先生が、

お姉様のピアニストUrsula Trede-Boettcher

ウルズラ・トレーデ・ベッチャー先生と一緒に、

私の「チェロ四重奏」の「チェロとピアノDuo版」を、

Mannheimマンハイムで、初演してくださいます。

先生から連日のように、メールが届き、

わずかな疑問についても、問合せをされてきます。

そのひたむきな真摯さに、感服いたします。

https://www.academia-music.com/shopdetail/000000155420/
https://www.academia-music.com/shopdetail/000000177497/

 

 

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■平均律1巻2番は、1巻中ごろの曲と密接に交差、深くつながっている■

2018-03-03 17:38:12 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律1巻2番は、1巻中ごろの曲と密接に交差、深くつながっている■
~共通項の音色を揃えて演奏すると、新鮮な驚きが・・・~
~3月24日、平均律1巻2番アナリーゼ講座~
           2018.3.3   中村洋

 

 


★Wind in March といわれる通り、

三月は大風と共にやってきました。

≪たらちねの抓(つま)まずありや雛の鼻≫ 蕪村

「たらちね(垂乳根)の」は、母にかかる枕詞です。

お雛さまにお母さんがいたならば、

お雛さまの可愛らしいちっちゃな鼻を

つまんでみないでは、いられないでしょうね。

整ったお顔の真ん中にあるお鼻の愛らしいこと。


★長く厳しい冬も終わり、明るいやさしい雛祭りの

情景を、温かく描いた蕪村の名句です。

 

 


★東京都美術館で開催されています

「Brueghel ブリューゲル展」に、行きました。


★最近の展覧会は、写真撮影許可の催し物も増え、

ブリューゲル展もその一つでした。

シャッター音のカシャ、カシャがうるさいのは勿論のことですが、

気になりましたのは、絵を自分の目で見ようともせずに、

カシャ―と撮っては、次の絵でまたカシャ―、カシャ―・・・。

そのような方が結構たくさんおいでになりました。


★これでは、本物を見たとは言えないと、私は思いました。

この方たちは、家に帰ってから携帯で写した「ブリューゲル」を、

やっと、鑑賞されるのでしょうね。


★名画をコレクションできる財力があるのでしたら、別ですが、

普通には、美術館で見るものでしょう。

ブリューゲル展のように、名画の巡回展でしたら、

一生に一度あるかないかの、ほんの一瞬の邂逅です。


★真剣勝負で、絵画とそれを描いた画家と対峙したいものです。

カシャ、カシャ、移動、カシャ、カシャ、移動では、

わざわざ美術館に足を運んだのに、勿体ないことですね。

 

 


★今回のブリューゲル展の目玉は、

Pieter Brueghelde Jonge (1564年か1565年 - 1636年)

ピーテル・ブリューゲル二世の≪野外での婚礼の踊り≫

(1610年頃)でしょう。


★Bachが生まれる70数年前の作品です。

国と時代が違うとはいえ、Bachの周囲でも、庶民の踊りは、

肩肘張らず、このように、あけすけに踊られていたのでしょう。


★何十人と描かれた人物は、皆違う方向を見て、

踊ったり、お酒を飲んだり、話したり、手を取ったりしています。

ただ一人、画面中央より少し後ろに位置する花嫁だけが、

ややうつむき加減ではありますが、正面即ち、

私たち鑑賞者に向かって、眼差しを投げ掛けているようにみえます。


★この構図はどこかで見たような記憶があります。

Pierre-Auguste Renoir ピエール=オーギュスト・ルノワール

(1841-1919)の、≪Bal du moulin de la Galette 

ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会≫に似ていませんか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88#/media/File:Pierre-Auguste_Renoir,_Le_Moulin_de_la_Galette.jpg

 

★田舎の日曜日、ダンスに打ち興じている人々の視線は、

みな違う方向を見ているのに、たった一人、画面中央より

やや右に位置する少年(少女かもしれません)は、

しっかり、こちら正面を見つめています。

この少年がいなかったならば、この絵は散漫な、

まとまりのない絵となってしまい、

現代の「名画」としての地位を、得なかったかもしれません。


★このように思索を楽しみ、遂にRenoirにまで

想いが至ったのですが、この≪野外での婚礼の踊り≫の近くで、

主催者の意図を図りかねるような、

おかしなことが起きていました。


★大きなスクリーンが≪野外での婚礼の踊り≫の近くに設置され、

その画面上で、この絵画に登場人物たちが"踊っている"動画を、

わざわざ作り、ずっと流していました。


★画面手前の方で、ひときわ大きな姿で踊っている二組の男女、

男性の踊りは、どう見ても腰の入れ方が、

日本の"ドジョウすくい"か、宴会で隠し芸をしている酔ったオジサンの、

腰の振りにしか見えないのです。

最初は、おふざけかとも思いましたが、

ごく真面目に作った様子でした。


★日本人の演奏に多い、腰に鉛が入ったような重いリズムです。

「知らぬが仏」。

分かりやすく、楽しめるように・・との主催者の善意の結果でしょう、

しかし、ダンスにしましても、音楽の演奏にしましても、

最も重要なのが「リズム」です。

それを日本人がもっているごく普通のリズム、つまり、

ヨーロッパのものとは大きく異なることを知らず、考慮せず、

無邪気に、疑問すらもたずにそれを当てはめて作られた動画。

それは、本物の≪野外での婚礼の踊り≫の絵画を見ながら、

イマジネーションの中で、

心地よい踊りを楽しんでいる人にとっては、

鑑賞を妨げる以外の、何ものでもないでしょう。

 

 


3月24日(土)に、「平均律第1巻2番c-Moll」 の

アナリーゼ講座を、開催いたします。


Bachが自ら書いた「序文」の解説を私が書きました
【Bärenreiter ベーレンライター原典版
Bach 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 日本語による詳細な解説付き楽譜】 
http://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/
http://www.academia-music.com/

が出版されています。


★この「序文」は、直截的には、1~6番を指し示していますが、

ここで気を付けなくてはいけないのは、次の点です。


平均律第1巻は、1~6番を「核」としていますが、

ただ単に、1番から24番までを順番に並べただけの

曲集ではないのです。


1~6番を1セットとし、6曲1セットを、次々に並置しただけでは、

24曲を1曲とみなせるような、

巨大な一つのエネルギー体としての、「構造物」とは、

なりえないのです。


★これは言われてみれば、当たり前のことですが、

それを自分の手でつかみ取って、体感することができたのは、

一にも二にも、「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」

全30変奏を、10回に分けてアナリーゼする講座を開催し、

私自身、じっくりと勉強することが出来たからです。

 

 


★この2番c-Moll につきまして、 Preludeはあの謎に満ちた

1番 C-Dur を練り込み、抽出して創り上げられたことを、

前回の1月アナリーゼ講座で、少しお話いたしました。


★次回の3月24日(土)アナリーゼ講座では、それを更に

詳しくお話いたします。


1番 Fuga のどこを練り込み、どこを抽出したかが分かることにより、

1番 Fuga と2番 Prelude (Bachは、Praeludium と書いています)の

共通項を、「共通項と自覚して」演奏する方法が、生まれ出てきます。


★一例として、ごくさりげなくですが、その共通項の音色を揃えてみる、

という試みが可能となります。

新鮮な驚きを感じられることでしょう。

そうしますと、1番 Fuga と2番 Prelude は、もはや別々の曲とは

なりえないのです。



Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー(1886-1960)の、

平均律第1巻のCDは、1番を聴き始めますと、

24番まで途切れることなく、聴き続けてしまいます。

これは、全24曲が空中分解することなく、

有機的に、がっちりとつながって構成されているからです。


★この構成が分かっていないピアニストの演奏は、

1曲1曲の演奏が魅力的であったとしても、

24曲の Prelude と Fuga を並置しただけで、

ある番号の Prelude と Fuga を、別の Prelude と Fuga に

たとえ差し替えても、何ら問題はないことになります。


★この場合、そのピアニストのCDは、いつでも、

どの曲の部分でも、スイッチを切り、中断することが可能と

なってしまいます。

 

 


★お話を戻しますと、この2番 Prelude につきましては、

BachのToccata トッカータとの関係も、ご説明する予定です。


★さて、2番 Fuga は、

「15番 Inventio インヴェンション h-Moll 」と、主題が酷似しています。

Bach 「Manuscript Autograph 自筆譜 」facsimile で、

15番の主題は、このようになっています。

 

 


現代の実用譜ではこのように、記されています。

 

 

★2番 Fuga の Subject 主題は、これです。

 

 

ソプラノ記号で書かれています。

 Subject 主題をト音記号で記譜しますと、このようになります。

 

 

★「15番 Inventio」と「2番 Fuga」との関係を考えます時、

大切なことは、

実は、「2番 Fuga」と、平均律第1巻の中ほどにある曲との

関係なのです。

 

 


★今回、私はやっとこの平均律第1巻2番とその曲との関係を

読み解くことができ、それにより、

平均律がただ単に、半音ずつ主音が高くなっていく24の調性で

作曲された曲集ではない、ことを実感し、

さらに深い理解に、到達することができました。


★それ譬えますと、このようになるでしょう。

スケルトン(透明)の地球儀があるとします。

赤道上に、等間隔で24曲が並べられています。

正面にある曲が、実はその裏側にある曲と、見えない糸で、

交差し、縦横につながり、深く結びついている

そんなイメージです。


複雑で精緻な美の多面体です。

アナリーゼ講座で、このことを詳しくご説明いたします。

それを知り、理解しますと、演奏がより輝かしくなります。

聴くことが、知と音楽の喜びに満たされることでしょう。

 

 

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