音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■私の無伴奏チェロ組曲3番が完全初演、「ペレアスとメリザンド」スゼーの名演■

2016-01-18 20:22:07 | ■私の作品について■

■私の無伴奏チェロ組曲3番が完全初演、「ペレアスとメリザンド」スゼーの名演■
      ~ KAWAI 金沢アナリーゼ講座「月光ソナタ」~
             2016.1.18    中村洋子

 

 


★ Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー先生から、

クリスマスやお正月に、何度もお手紙をいただきました。

ベルリンの暖冬は大変なもので、お孫さんがクリスマスに、

川で水浴びをしてはしゃいでいたと、書かれていました。

しかし、それもいよいよ終わり、

日本もいよいよ厳しい冬に入ってきました。


Boettcher ベッチャー先生が、3月21日に、

ドイツの Wittenヴィッテンで、

私の「Suite für Violoncello solo Nr.3

無伴奏チェロ組曲 第3番」を、弾いてくださることになったそうです


この曲は、技巧的に大変難しく、

これまで、先生は何度か、いくつかの楽章を弾いてくださいましたが、

全曲を通しての演奏は、今回が初めてとなります。

その意味で、本当の「premiere 初演」ということになります。


「いま、練習を重ねている」と書かれていましたので、

これから二ヶ月の間、練習を積み重ね、

気力、技術、自信が頂点に達した時に演奏となるよう、

入念に準備されています。

その努力に頭が下がる思いです。

「übent und übent、practice and practice 練習また練習」と、

いつもおっしゃっていたことを、思い起こしました。


★「3月21日は、Bachの誕生日だよ」とも、書かれていました。

もちろん、私も承知していますが、

それにしてもやはり、とても嬉しいですね。

http://shop.rieserler.de/product_info.php?info=p2840_suite-nr--3-fuer-violoncello-solo.html

 

 

★以前、当ブログで書いたことがありますが、

10弦ギターは、チェロの曲をそのまま弾くことが可能です。

音を省いたり、変えたりすることはしなくても済みます。

即ち、Bachの 「6 Suiten für Violoncello solo

無伴奏チェロ組曲 全 6曲」は、10弦ギターで、

原曲そのまま、演奏できるということです。


ギタリストの斎藤明子さんも、10弦ギターで、

Boettcher ベッチャー先生と同じように、

私の「 Suite für Violoncello solo Nr.3無伴奏チェロ組曲第3番」を、

以下のコンサートで演奏されます。

■日時:1月24日午後2時
■会場:ロイヤルヒルズ木更津ビューホテル「ロイヤルホール」
■主催:木更津音楽協会
           少々遠い所ですが、当日入場も可能だそうです。


★最近は、作曲やアナリーゼ講座の準備などで多忙ですが、

就寝時に、Bach 「ゴルトベルク変奏曲」をよく聴くようになりました。

Wilhelm Kempff ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)の演奏です。


★カイザーリンク伯爵の不眠症退治のための曲であった、

という有名な逸話の真偽はさておき、

若いころの私は、この曲を深夜に聴きますと、

“なんという素晴らしい曲であることか”と、興奮し、

あまり眠れなくなりました。

しかし、いまは“なんていい曲”と、包み込まれるような幸福感に

満たされ、途中で知らないうちに寝入ってしまいます。


★Bachが、カイザーリンク伯爵のために書いたのではない証拠は、

初版楽譜の扉に、「カイザーリンク伯爵に献呈」とは書かれていないことが、

決定的なことのようです。

 

 


20日のKAWAI 金沢「アナリーゼ講座」は、

Beethoven ベートーヴェン(1770-1827) の「月光ソナタ」ですが、

その「月光ソナタ」(1801年作曲)の初版楽譜の表紙には、

とても大きな文字で、作曲家Beethoven の名前を凌ぐほどの大きな字で、

献呈された女性の名前が、記されています。

伯爵令嬢 Giulietta Guicciardi ジュリエッタ・グイチャルディ。


★「ベートーヴェンの手紙」(上)岩波文庫によりますと、

Beethoven が、幼馴染の医師 Franz Gerhard Wegeler

フランツ・ゲルハルト・ヴェーゲラーにあてた手紙で

ジュリエッタ・グイチャルディ(1782- 1856)について、次のように書いています。

≪彼女は僕を愛してくれ、僕もまた愛している。二年ぶりでまた幾らかの
幸福な瞬間を楽しんでいる。結婚して幸福になれるだろうと考えたのは、
今度初めてだ。ただ遺憾なことは、身分が違うのだ。―で今は―結婚なんか
もちろんできないだろう。≫

この本の注に、次のように書いてあります。
≪彼女は、月光を捧げられその名を不朽たらしめた。彼女はコケティッシュに
一時ベートーヴェンの気をひいただけで、凡庸な音楽家ガーレンベルク伯爵と
1803年に結婚する≫

「月光ソナタ」を書いた時、ベートーヴェンは三十歳、

彼女はまだ二十歳にもなっていません。


★Beethoven のPianoSonataの扉に自分の名前が載ることは、

自分の名前が不滅に残るという栄誉を獲得した、ということになります。

献呈された曲をどれだけ理解していたかは、別のことでしょうね。

献呈により名前を残したいがため、女性たちの間で

しのぎを削ることもあったようです。


Beethoven と女性がどんなに心を通わせ合っても、

当時の身分制度は、現代では想像もできないほど厳しく、

貴族との結婚は不可能でした。

 

 


★「ベートーヴェンの手紙」(下)岩波文庫には、

Beethoven の埋葬式に、二万人もの人々が参加しましたが、

≪これまでベートーヴェンと関係のあった貴族の名が誰一人として
見られなかった≫と記されています。


★また、Beethoven は死の床に際しても、知人から送られた

Georg Friedrich Handel  ヘンデル(1685-1759)の

40巻に上る作品集を広げ、学んでいたと書かれています。


★さらに、死の間際まで経済的に困窮していた様子も、

生々しく書かれています。

≪私の年金では、半年分の家賃を償って余すところわずかの
ヴィーン通貨あるのみにすぎません。病気はまだいつ治るか全く
見通しもなく(略)、お察し頂きたく存じます!。内科医、外科医と
一切を支弁しなければなりません。≫
≪ヴィーンの楽友協会も、ルードルフ大公も、名誉市民に祭り上げた
ヴィーンも、ベートーヴェンの窮境に対して、何一つしなかったようである。
これまでに明らかになった資料のなかには、支援の痕跡すらない。
《第九交響曲》の初演をヴィーンでと連署して要請した人々は、
今どうしているのかと問いたい。》


★Bach にお話を戻しますと、Bach の高弟のゲルバーが、

バッハのレッスンについて、書いています。

あの親切なBachも「今日は教える気がしないからと、平均律を全曲

弾いてくれたことが、何度かあった」そうです。

この上ない幸せなことであったとは思いますが、

もし、その“録音”を現代の私たちが聴くことができましたら、

日本の家元制度のように、≪バッハはこう弾いた、こうしなければならぬ≫

という人たちが輩出することでしょう。


★それをBachは望んだのでしょうか?

大ピアニスト Kempff の言葉、

「私の生徒にお願いするのは、私の真似をすることなく弾くことです」

と同じことを、Bachは思っていたのではないでしょうか。

自分の作品を弾く人に、多様性を求めているはずです。

Bachの珠玉の平均律演奏を聴いたのが、

ゲルバーだけであったことが、かえって良かったかもしれません。

 

 


★就寝時は「ゴルトベルク変奏曲」ですが、

先日お昼間に、 Claude Debussy クロード・ドビュッシー (1862-1918)の、

「Pélleas et Mélisande」 を聴き、大いに楽しみました。

Andé Cluytens 指揮、Orchestra National de la Radiofdifusion Française

Mélisande を Victoria de los Angeles、
Pélleas を Jaques Jansen、

Golaud  が Gérard Souzayです。

★「Pélleas et Mélisande」 の歴史的名演です。

ゴロ―のスゼーが、殊の外素晴らしく、

スゼーのための「Pélleas et Mélisande」 と言っていいほどです。

幕開きが、ゴロ―とメリザンドの森の中での出会い。

幕切れも、死にゆくメリザンドをゴロ―との対話です。


★スゼーの存在感が素晴らしく、Pélleas と Mélisandeの恋愛より、

ゴロ―との夫婦の葛藤、対話劇のほうに興味が移ってしまいます。

夫のゴロ―がこれだけ魅力的ならば、

「ペレアスに心を動かすのもどうか」と思わせるほどのスゼーです。


★このCDは、「Testament」SBT 3051。

「Testament」は、過去の名演を発掘し、

良い音に再生して発表している立派なレーベルです。


★いつものことながら、日本語解説のないブックレットは、

読み応えがあります

なかでも、スゼーへのインタビューが面白いです。

 

 

 


★≪小さなエピソードを付け加えさせてください。
1902年、アンドレ・メサジェ指揮によるペレアスの初演の時、
若い男性と女性がバルコニーに並んで座っていました。
彼らはお互い知人ではありませんでしたが、話し始めるとすぐに、
芸術の好みが同じであることが分かりました。
演奏が終わる時、大半の聴衆がドビュッシーとメーテルリンクを
怒鳴ったり、口笛を吹いたり、わめき叫んだりしました。

 少数の人々がすぐにこの作品の偉大さを認め、すっくと立ち上がり、
誹謗する叫び声に対し、大声で作品を支援しました。
その小数の中に、その若い男女も含まれていました。
それによって、二人は親密に知り合うようになり、
遂には、結婚しました。
彼らは、私の父と母です。≫

     《André Messagerアンドレ・メサジェ(1853-1929)》 
             

 
★スゼーの微笑ましい思い出話ですが、実際のところは、

主演のメリザンドを誰が演じるかについて、作曲家ドビュッシーと

戯曲の作者Maurice Maeterlinck メーテルリンク (1862-1949) との間で、

熾烈な争いがあったのが、混乱の原因だったそうです。

メーテルリンクは自分の愛人に、ドビュッシーはイギリス人歌手に、

歌わせたかったため、裁判沙汰にまでなりましたが、

ドビュッシーの意向通りに初演されたため、

メーテルリンク派が、会場で騒動を起こしたとも言われています。


★真偽はともあれ、スゼーのお父さんとお母さんがどのように出逢い、

愛を育んでいったか、その一部始終を、スゼーは幼い時から、

たびたび、聴いて育ったのでしょうね。

スゼーの心の中で、このオペラは格別の存在であり、

本当の芸術を理解できず、敵対する俗物聴衆に、

敢然と立ち向かっていった両親を誇りに思い、

それが映像のように、焼き付いていたのでしょう。

いいお話です。

 

 

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KAWAI 金沢アナリーゼ講座

■日  時 :  2016年 1月20日(水) 午前 10時 ~ 12時 30分

■会  場 :  カワイ金沢ショップ 金沢市南町5-9 
            ( 尾山神社前 南町バス停より徒歩3分 )
■予 約  :  Tel.076-262-8236 金沢ショップ

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■Beethoven≪月光ソナタ≫・アナリーゼ講座
~Bachを源泉とし、Chopinへの“架け橋”となった「月光ソナタ」~

★2014年秋から15年末まで、金沢で「Inventionen und Sinfonien
インヴェンションとシンフォニア」の全曲アナリーゼ講座を開催しました。
毎回、濃密な講座でしたので、2016年1&2月は、2回にわたり
「Beethoven Klaviersonate Op.27-2 月光ソナタ」を、じっくりと
勉強したいと思います。

★Beethovenの32のピアノソナタの中でも、「12番 Op.26」の
第1楽章変奏曲とともに、月光の第1楽章はソナタ形式ではない、
特殊な曲といえます。
なぜ、Beethovenがこの曲を「ソナタ」としたのでしょうか? 
幸いなことに、Beethovenの自筆譜と初版譜が存在しますので、
それを基に、分かりやすく解説いたします。

★また、自筆譜の読み方に習熟できるよう、Beethovenの
「Für Elise エリーゼのために」の草稿(draft)をテキストとして
勉強いたします。
さらに、 Wilhelm Kempff ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)の
「エリーゼのために」の演奏がどうして素晴らしいのか、
それをご自分の演奏にどう生かすかもお話いたします。

★Beethovenの「月光」から導かれたChopinの「Prelude 雨だれ」
についても、解説いたします。
この2回の講座を通して、上記3曲を幅広くご説明いたしますので、
ご自身の楽譜を持参してください。

次回は、2016年 2月17日(水) 

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 ■講師 :   作曲家  中村 洋子  Yoko Nakamura

      東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。
     日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。

          2003 ~ 05年:アリオン音楽財団 ≪東京の夏音楽祭≫で新作を発表。

          07年:自作品 「 Suite Nr.1 für Violoncello
         無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 などをチェロの巨匠
         Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー氏が演奏した
    CD 『 W.Boettcher Plays JAPAN
                         ヴォルフガング・ベッチャー日本を弾く 』 を発表。

          08年: CD 『 龍笛 & ピアノのためのデュオ 』
        CD 『 星の林に月の船 』 ( ソプラノとギター ) を発表。

          08~09年: 「 Open seminar on Bach Inventionen und Sinfonien
                  Analysis  インヴェンション・アナリーゼ講座 」
                    全 15回を、 KAWAI 表参道で開催。

          09年: 「 Suite Nr.1 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 1番 」の楽譜を、
    ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」  から出版。
 
         10~12年: 「 Open seminar on Bach Wohltemperirte Clavier Ⅰ
                  Analysis 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 アナリーゼ講座 」
                    全 24回を、 KAWAI 表参道で開催。

          10年: CD 『 Suite Nr.3 & 2 für Violoncello
                  無伴奏チェロ組曲 第 3番、2番 』
                        Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
       「 Regenbogen-Cellotrios  虹のチェロ三重奏曲集 」の楽譜を、
             ドイツ・ドルトムントのハウケハック社
       Musikverlag Hauke Hack Dortmund から出版。

          11年: 「 10 Duette für 2 Violoncelli
                         チェロ二重奏のための 10の曲集 」の楽譜を、
    ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

          12年: 「 Zehn Phantasien für Celloquartett (Band 1,Nr.1-5)
      チェロ四重奏のための 10のファンタジー (第 1巻、1~5番)」の楽譜を、
      Musikverlag Hauke Hack  Dortmund 社から出版。

          13年: CD 『 Suite Nr.4 & 5 & 6 für Violoncello
                  無伴奏チェロ組曲 第 4、5、6番 』
                        Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
         「 Suite Nr.3 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 3番 」の楽譜を、
      ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

          14年:「 Suite Nr.2、4、5、6 für Violoncello
        無伴奏チェロ組曲 第 2、4、5、6番 」 の楽譜を、
       ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

           SACD 『 Suite Nr.1、2、3、4、5、6 für Violoncello
                            無伴奏チェロ組曲 第 1, 2, 3, 4, 5, 6番 』 を、
     「disk UNION 」社から、≪GOLDEN RULE≫ レーベルで発表。

            スイス、ドイツ、トルコ、フランス、チリ、イタリアの音楽祭で、
      自作品が演奏される。

         ★上記の 楽譜 & CDは、
「 カワイ・表参道 」 http://shop.kawai.co.jp/omotesando/ 
「アカデミア・ミュージック 」         https://www.academia-music.com/academia/s.php?mode=list&author=Nakamura,Y.&gname=%A5%C1%A5%A7%A5%ED
 https://www.academia-music.com/                           で販売中。

        ★私の作品の  SACD 「 無伴奏チェロ組曲 第 1 ~ 6番 」
   Wolfgang  Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、
  disk Union や全国のCDショップ、ネットショップで、購入できます。
http://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/2208/

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
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▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント

■ブーレーズ死去、音楽のアイデアが溢れんばかりに湧き上がる人でした■

2016-01-10 18:32:57 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■

■ブーレーズ死去、音楽のアイデアが溢れんばかりに湧き上がる人でした■
      ~ブーレーズの本領は、オーケストラ作品に~
     ー金沢アナリーゼ講座「Moonlight Sonata Op.27 No.2」 ー

                               2016.1.10          中村洋子

 

 


★2016年初めてのブログです。

ことしのお正月は、山積みになったお仕事を、

淡々とこなす日々、それなりに充実したお正月でした。


★元旦の東京(中日)新聞、「平和の俳句」という欄、

昨年一年間の中での、五つの秀句が掲載されていました。

「平和とは/一杯の飯/初日の出」、という18歳の男子の句。

暖かい美味しいご飯を食べる、元気よく食べてさあ行こう!

平和だからこそ、美味しく食べられる、

ご飯を食べることができる、その当たり前さこそが「平和」。

力強い好感がもてる句です。


仏作曲家P・ブーレーズ氏死去、90歳 大統領府も哀悼声明
 1月6日、現代音楽の第一人者で実験的な活動を行ってきたことで知られる仏作曲家、指揮者のピエール・ブーレーズ氏が5日午後、独バーデンバーデンで死去した。
  [パリ 6日 ロイター] - 現代音楽の第一人者で実験的な活動を行ってきたことで知られるフランスの作曲家、指揮者のピエール・ブーレーズ氏が5日午後、独バーデンバーデンで死去した。90歳だった。家族が6日に発表した。

多くの世界的な主要楽団で指揮者を務めたほか、電子音楽の発展に寄与したことでも知られる。1960年にはフランスの植民地だったアルジェリアでの戦争に反対する抗議声明に署名。当時居住していたドイツからフランスへの帰国を禁止された。帰国禁止措置は解除されたものの、その後の人生の多くをドイツで過ごした。
  ブーレーズ氏の死去を受け、仏大統領府は哀悼声明を発表。「ピエール・ブーレーズ氏はフランス音楽に光を当てた。作曲家および指揮者として、彼は常に自身の時代を考察しようとしていた」と追悼した。

★ピエール・ブーレーズさん死去 仏の作曲家・指揮者
              2016年1月6日 朝日新聞

 世界的に知られるフランスの作曲家、指揮者のピエール・ブーレーズさんが5日、居住するドイツ西部バーデンバーデンで死去した。90歳だった。家族らが6日、声明で発表した。
 最先端の音響・科学技術、思想、哲学など、多くのジャンルをとりこんで表現し、現代音楽界を牽引(けんいん)した。25年、仏モンブリゾン生まれ。パリ国立音楽院で作曲家メシアンに師事。代表作に「アンセム2」などがある。教育者としても活動し、「現代音楽を考える」など論考を多数執筆。70年代、パリにIRCAM(音響・音楽の探究と調整の研究所)を創設、所長に。科学の最先端技術を作曲や演奏の世界と結び、現代音楽の潮流を作った。
 音の塊で聴衆を圧倒する傾向に背を向け、音楽の構造を冷静に分析し、緻密(ちみつ)かつ透明感のある響きで内側から熱狂させてゆくスタイルの演奏を貫いた。
 76年、気鋭の若手演出家パトリス・シェローを起用し、ワーグナーの殿堂であるバイロイト音楽祭で「ニーベルングの指環」を上演。産業革命の時代に舞台を置き換え、社会批判を鮮明に打ち出したことで、音楽界を超えるスキャンダルを巻き起こした。米クリーブランド管弦楽団、ニューヨーク・フィルハーモニックなどで要職を歴任した。
 67年、バイロイト祝祭劇場初の日本公演のため初来日した。95年、東京で「ブーレーズ・フェスティバル」開催。89年世界文化賞、09年京都賞。(青田秀樹=パリ、吉田純子)

 

 


★Pierre Boulez ピエール・ブーレーズ

(1925- 2016年1月5日)が、亡くなりました。

海外の記事は、彼の政治的側面も報道していますが、

日本の記事は、音楽家としての側面しか紹介していませんね。

また、評価の焦点を、電子音楽に当てている記事が多いのですが、

彼の本領は、オーケストラ作品に発揮されていました。


★私の学生時代は、ブーレーズが作曲をしていた最後の時代でした。

彼の作曲が発表されますと、すぐに楽譜が出版されていました。

私はその楽譜とレコードを図書館から借り、貪るように勉強した

憶えがあります。

ブーレーズは、Olivier Messiaenオリヴィエ・メシアン

(1908-1992)の弟子でもあり、世間では、

難解な現代音楽を書く作曲家というイメージが強かったと

思います。


★私から見ますと、ブーレーズはFranz Joseph Haydn

フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)のように、

音楽のアイデアが絶えず豊かに、沸々と湧き上がってくるような、

非常に才能に恵まれた人でした。

そして、そのアイデアを惜しげもなく、一つの曲の中で、

繰り出した人でした。


一般の方にとっては、その次々と繰り出す、繰り出し過ぎる

音楽のアイデアを覚えきれず、その結果、馴染みにくく、

漠然とつかみ処のない、難しい作曲家という

印象だったのかもしれません。


アイデアとは、次のように言えるかもしれません。

オーケストラが奏でるある一瞬、その独特な音の配列

(広い意味での「和声」でしょう)から、

非常に美しい響きが、流れ出てきます。

そして、驚くべきことに、全く別の美しい音の配列(アイデア)が、

次々と連続して、繰り出されてくるのです。

同じものではないのです。

メシアン譲りの、響きもうかがえます。

 

 

日本の武満徹もその頃、盛んに作曲活動をしていました。

ブーレーズの新作とその録音が出そろってから半年ほどしますと、

武満は、ブーレーズの溢れるばかりのアイデアのうちの

たった一つをピックアップし、それを変化、反復させて、

曲を作り上げていました。

それには、つくづく驚きました。


★日本人の真似をする能力は、高いのです。

武満が高度な技法をもちえ、

ブーレーズのアイデアをさらに展開していく能力があったならば、

ブーレーズを凌ぐことが、出来たかもしれませんが・・・。


★武満徹の死去後、NHKによる武満特集の番組を見ました。

あまり音楽を理解しているとは思えないような人たちが登場し、

号泣したり、美辞麗句を並べている中、

ブーレーズもコメントを求められていました。

彼は“そういう名前の人は知っているが、曲については知らないので、

コメントしようがない”という趣旨のことを、

冷たく言い放っていたのを、覚えています。


実は、ブーレーズはメシアン同様、西洋クラシックの基本である

「和声」、「対位法」、「フーガ」を徹底的に学んだ後に、

いわゆる“現代音楽”という様式の作品を書くようになったのです。

日本の現在の現代音楽のように、出来上がった現代音楽の響きや、

書法をなんとなく真似て、作曲してみるというのとは、

根本的に異なります。

エルメスのバッグを見ながら、それに近い物を作り上げる

ブランドコピー商品に似ているかもしれません。

エルメスのバッグは、長い歴史のなかから、

その設計を確立し、素材を厳選し、その結果として、

最良の物を製品としています。

同等の物を作りたいのでしたら、

その歴史を学ぶ必要があるでしょう。

そうでなければ、コピーはコピーのままでしょう。


★ブーレーズの楽譜は高価でしたので、当時の私は、

購入することができず、いま手元にございません。

以上の話は、私の記憶話です。

 

 


1月20日(水)にKAWAI金沢で開催します

「アナリーゼ講座」のために、

Beethoven の「Moonlight Sonata Op.27 No.2 月光ソナタ

の勉強を、続けています。


第1楽章冒頭の1~13小節目までの「自筆譜」は欠落していますが、

他の部分は、完全に残っています。

「初版」も、Beethoven の音楽的意図を完全に、

汲み取って作られており、素晴らしい楽譜になっています。

現代の実用譜がこうであったら・・・と、溜息が出るほどです。

音楽を本当に理解し、心から音楽を愛していた人が、

作っています。


★どうしてそんなに素晴らしいか、具体例を一つ。

「第58小節」が顕著です。

 

自筆譜を見ますと、当初、Beethoven は、

47~60小節目までを、1枚の紙に、4段で記譜していました。

47~49小節目 を1段目
50~53小節目 を2段目
54~57小節目 を3段目、

 

3段目が終わり、4段目は、現在の59小節目に相当する譜から、

始まっていました。


現在ある、この美しい「58小節目」は、Beethoven が後から、

書き加えたことになります。

57小節の後、いきなり59小節を弾いても、全く齟齬なく、

素晴らしい音楽となっているのは、驚嘆しますが。


そしてこの「58小節」の追加が、

この第1章の深みを、さらに増していくのです。

詳しくは講座でお話いたします。

「初版」は、この第1楽章を1ページ5段、

全3ページで記譜しています。

初版を作ったengraver(銅板に譜を彫る人)が、

この58小節の重要性を、鋭く見抜いていたのか、あるいは

Beethovenの指示通りに、忠実に彫ったのか、

結果は、

なんと、「58小節」が、3ページ2段目の真ん中、

つまり、最も視線が行く、コアの部分に、

鎮座しているのです。

見事です、感動します。

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
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