音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■平均律1巻第7番プレリュードは何故、フーガになっているのか?■

2017-08-23 13:21:22 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律1巻第7番プレリュードは何故、フーガになっているのか?■
 ~ KAWAI 名古屋「平均律1巻・第7番」アナリーゼ講座~
               2017.8.23  中村洋子

 

 


★蛼(コオロギ)のふと鳴き出しぬ鳴きやみぬ
                        夏目漱石

雨の多い8月になりましたが、季節はゆっくり、

秋に向かって廻転しています。


★コオロギ、気がつくと鳴いています。

耳を澄ましてじっと聴いていますと、ぱたっと、鳴き止みます。

鳴き止んだ後に発する言葉は、「ああ、秋が来た」。


★最近見ました映画は、

≪静かなる情熱 エミリ・ディキンスン(原題:A Quiet Passion)≫

≪ファウンダー(原題:The Founder)≫です。


Emily Dickinsonエミリー・ディキンソン(1830 - 1886)は、

アメリカの女性詩人です。

Johannes Brahms ブラームス(1833-1897)と、生きた年代が、

ほぼ重なっています。

生前に発表した詩は、10篇のみ。

その後半生は、自宅屋敷に引き籠り、死後、

家族により発見された詩が約1800篇ありました。

当時の常識からは外れていますが、超一流の芸術作品群です。


★映画はディキンスンの自宅を撮影場所に選んでいることから、

期待して観ましたが、設定した架空の人物(彼女の友人)が

ステレオタイプで、描き方がテレビドラマのようでした。

ディキンスンを演じた俳優も、やはり、

私には「詩人」に見えないのです。

映画で芸術家、思想家を描く宿命でしょうが、

女優(男優)は、女優(男優)の顔しかもちえないのでしょうね。

思考し、思索する顔ではないのです。

 

 


★いままで映画で演じられた、実在の芸術家、思想家、

例えばBrahms、

Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)、

Hannah Arendt ハンナ・アーレント(1906-1975)・・・

を観ての感想は、次のようなものです。


★彼女や彼らが演じる表情は、

芸術家のプロフィールやデータから推し量った、

作為性が目立つものです。

巨大な宇宙に匹敵する世界を創造するのが芸術家ですが、

データで頭が一杯の学者さんが現れたような感じなのです。


★しかし、少し古いのですが、2010年に上映された

≪セラフィーヌの庭(原題:Séraphine)≫は、見事でした。

女性画家・Séraphine Louis セラフィーヌ・ルイ(1864-1942)

演じたYolande Moreau ヨランド・モローは、

"この人ならこういう絵画を描いたかもしれない"と、

思わせるような、見事な演技でした。


★セラフィーヌは、63歳(1927年)で作品が世に出るまで、

ほぼ人生の四分の三を、家政婦などをしながら、孤独に、

慎ましく、嘲笑の対象となりながら貧窮の中で、

絵を描きました。


★セラフィーヌ65歳(1929年)の時、

税関吏Henri Rousseauアンリ・ルソー(1844-1910)

作品と並んで展示され、束の間の成功を味わいますが、

67歳(1931年)から錯乱が始まり、精神病院に翌年入院、

再び、絵筆を執ることなく一生を終えます。


★エミリー・ディキンスンもセラフィーヌ・ルイも、一生を孤独に、

営々と創作を続けた女性です。

その人物を描き演ずるのは、至難としか言えないのでしょう。


 

 


★≪This is my letter to the  World
     That  never wrote to Meー

これは世界に向けての私の手紙です。
その世界は、一度も私に手紙を書いてはくれませんー≫
                   (岩波書店 亀井俊介訳)

ディキンスンの詩の一節。

セラフィーヌにも、共通するかもしれません。


★≪ファウンダー≫の主人公は、彼女たちと正反対。

待たずに買うことができる「マクドナルド ハンバーガー」の

システムを編み出したマクドナルド兄弟を手玉にとり、

挙げ句の果てに兄弟を追い出し、しかも、

"マクドナルド"という名前はそのまま商標として使い、

現在の世界的フランチャイズチェーンを築き上げた事業家

レイ・クロックの伝記物語。


★クロックを演じたマイケル・キートンがインタビューで、

「僕はある時までは彼(クロック)にすごく感心して、それから後、

あまり称賛できなくなったけれど、そういうところを描くのが、

この映画の面白いところだと思う」と、語っていますように、

ハンバーガーチェーンを次々と拡大し、栄華を極めるにつれ、

クロックは、どんどん嫌な男になっていきます。

本性、地が現れたとも言えましょう。

その「嫌らしさ、野卑さ、汚さ」を、観客に忌まわしく思わせる

キートンの演技は、見事です。


★役者然としながらも、キートンは、

ちょうど、指揮者兼ピアニストのダニエル・バレンボイムのように、

目に、怪しく卑しい光を湛えています。

「虚実皮膜」、すなわち「映画の真実は、事実と虚構の

微妙な接点にある」ともいえる、楽しめる映画でした。


★私の短い夏休みは、これらの映画を観て終わりです。

 



9月16日(土) の「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」

アナリーゼ講座・最終回
http://www.academia-music.com/new/2017-07-10-113903.html 

と、

10月25日(水)の第7回名古屋・ KAWAI 「平均律第1巻アナリーゼ講座」

≪第7番 Es-Dur  Prelude & Fuga≫ の勉強をしています。

http://shop.kawai.jp/nagoya/lecture/nakamura.html

http://www.kawai.jp/event/detail/1034/


近く出版予定のBärenreiter ベーレンライター社「平均律第1巻」

付属の日本語解説書の中で、私は、特に詳しく、

この≪第7番 Es-Dur  Prelude & Fuga≫ を、論じました。
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/af1974414bb103cd488ce72aa1ef4a65


★この≪第7番 Es-Dur  Prelude & Fuga≫の最大の謎は、

プレリュードが、フーガの二つの主題(Subject)をもつ二重フーガ

であることです。


★何故 Bachが、そのような異例の構造にしたのか、

その理由が理解できますと、ストンと腑に落ちるように、

平均律クラヴィーア曲集第1巻を、俯瞰できる手掛かりと

なることでしょう。

この曲集がますます身近に感じられ、

演奏することが、喜びとなります。


7番プレリュードを、 Bachの「Manuscript Autograph  自筆譜 」facsimile

で見ますと、14ページ右側の4段目から、始まります。

決して、ページの最初から書き始められてはいません。


★冒頭1小節目の16分音符のモティーフは、

 

 

ページをめくった15ページ冒頭10小節目から、

3段目24小節目までは、別のモティーフが始まります。

1~9小節目の16分音符によるモティーフは、

「蛼(コオロギ)のふと鳴きやみぬ」コオロギさんのように、

ふーっと、鳴きやみます(姿を消します)。

 

 

★ところがどうでしょう、3段目真ん中に位置している25小節目を

見ますと、10小節目のモティーフは、立派なフーガの主題(Subject)に、

1小節目のモティーフは、その対主題(Counter-subject )に、

変容しているのです。

講座でじっくり、ご説明いたします。

 

 

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中村洋子 バッハ「平均律第1巻7番 Es-Dur 」アナリーゼ講座■

平均律 1巻24曲の構成をも暗示する前奏曲と、
            魔法のような魅力的和声のフーガ
~ベーレンライター版、平均律1巻「翻訳と解説」刊行記念講座~

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■日時:2017年 10月25日(水)10:00~12:30

■会場: KAWAI 名古屋2F コンサートサロン「ブーレ」

■予約:052-962-3939

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★ 1巻7番の前奏曲は、全70小節の堂々たる「フーガ」です。
まずは曲の冒頭で「対主題(Counter-subject )」が提示され、
その後、すれ違うようにして「主題(Subject)」が顔を見せます。
「主題」と「対主題」がそろって顔を見せるのは、
やっと25小節目になってからです。極めて変則的です。


★ バッハは何故、このような大規模なフーガを「前奏曲 prelude」としたのか・・・
その理由を、講座でご説明します。そのカギは、1巻24曲の構成にあります。
平均律1巻は、「6曲1セット」で作られています。
その「第1セット(1~6番)」に続く「第2セット」の始まりが、
この第7番 だからです。

そして、冒頭の「対主題部分」、続く「主題部分」、「両者を総合する部分」を、
どう演奏し、弾き分けるかにつきまして、分かり易くご説明いたします。


★ 立派な前奏曲に続く、軽やかで清澄なフーガは一抹のメランコリーを
たたえています。その魅力の源泉は、バッハの魔法のような「和声」にあります。

「和声」の色彩を、ピアノのパレットにどう配置するか、バッハ演奏の醍醐味です。
「前奏曲」と「フーガ」のピアノの音色は、和声と対位法の裏づけの基に、
決定しなければなりません。

それをピアノで実際に音を出しながら、お話いたします。


★ 「新バッハ全集」を編纂していますBärenreiter-Verlagベーレンライター社は、
「平均律第1巻」Urtext原典版を出版していますが、

現在、「前書き」の日本語訳が付いた楽譜は発売されていません。
今回私は、その「前書き」の翻訳に加え、
≪バッハ自身が書いた「序文」の日本語訳≫、
さらに、その
≪バッハの「序文」についての解釈と、詳細な解説≫を、書きました。

それらは「平均律第1巻」の付属解説書として、楽譜と一緒に近日発売されます。

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 ■講師: 作曲家  中村 洋子
 東京芸術大学作曲科卒。

・2008~15年、「インヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を、東京で開催。
  「平均律クラヴィーア曲集1、2巻アナリーゼ講座」全48回を、東京で開催。
     自作品「Suite Nr.1~6 für Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」、
     「10 Duette fur 2Violoncelli チェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、
                ベルリン、リース&エアラー社 (Ries & Erler Berlin) より出版。

      「Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集」、
     「Zehn Phantasien fϋr Celloquartett(Band1,Nr.1-5)
       チェロ四重奏のための10のファンタジー(第1巻、1~5番)」をドイツ・
       ドルトムントのハウケハック社  Musikverlag Hauke Hack  Dortmund
       から出版。

・2014年、自作品「Suite Nr. 1~6 für Violoncello
       無伴奏チェロ組曲第1~6番」のSACDを、Wolfgang Boettcher
       ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表
                disk UNION : GDRL 1001/1002)

・2016年、ブログ「音楽の大福帳」を書籍化した
  ≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜 にあり!≫
   ~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、
          演奏法までも 分かる~ (DU BOOKS社)を出版。

・2016年、ベーレンライター出版社(Bärenreiter-Verlag)が刊行した
  バッハ「ゴルトベルク変奏曲」Urtext原典版の「序文」の日本語訳と
  「訳者による注釈」を担当。

    CD『 Mars 夏日星』(ギター二重奏&ギター独奏)を発表。
     (アカデミアミュージック、銀座・山野楽器2Fで販売中)

2017年、ベーレンライター出版(Bärenreiter-Verlag)刊行のバッハ
    平均律クラヴィーア曲集第1巻」Urtext原典版の
     ≪「前書き」日本語訳≫
     ≪「前書き」に対する訳者(中村洋子)注釈≫
     ≪バッハ自身が書いた「序文」の日本語訳≫
     ≪バッハ「序文」について訳者(中村洋子)による、
                   詳細な解釈と解説≫を担当。
                         (近日発売)


 


※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■ベーレンライター「平均律1巻」付属の解説書が間もなく刊行■

2017-08-11 14:35:03 | ■私の作品について■

■ベーレンライター「平均律1巻」付属の解説書が間もなく刊行■
~ 「ゴルトベルク変奏曲」アナリーゼ講座も、9月に最終回迎える ~
                2017.8.11   中村洋子

 

 


★≪蝶の舌 ゼンマイに似る 暑さかな≫
                     芥川龍之介

連日の酷暑、

蝶の舌のように、人の目も、グルグル眩暈を起こしそう。

この夏も、揚羽蝶は、柚子、橙、レモンなど柑橘の葉に、

卵を産みつけることに余念がありません。


★秋が来ないうちに、葉がまだ若く、

幼虫が食べられるような柔らかさのうちにと、

羽ばたきながら、真珠のような黄色い卵をさっと、くっつけます。

一瞬の早業。

人が近づいても逃げずに、本当に忙しそう。

その合間、ゼンマイの舌を伸ばし、水滴を啜る。

夏の一齣を、龍之介は鋭く切り取りました。



 

 


★夏の蝶ほどではないかもしれませんが、

私も、忙しい毎日です。

「新バッハ全集」を編纂しているドイツの出版社

 「Bärenreiter-Verlag ベーレンライター社」から出版されています

「平均律1巻」の楽譜に添付する解説を、私が担当することになり、

原稿は完成し、いま最終校正に入っています。


★この解説は、5項目から成ります。

①バッハが自分で書きました「序文」の日本語訳

②その「序文」が何を意味しているかという解説と、詳細な分析

③この楽譜に付けられている Alfred Dürr アルフレート・デュルによる
                  「Vorwort 前書き」の日本語訳

④その「Vorwort 前書き」に対する、私の詳しい注釈

⑤楽譜に付けられた「Fußnote 脚注」の日本語訳

 

★校正を繰り返すたびに、文章はより分かりやすく、

磨かれていくものですが、骨の折れる仕事です。


バッハ本人の謎めいた「序文」は、わずか1ページ21行に過ぎず、

また、デュルの「前書き」は、ドイツ語で4ページですが、

私の解釈や注釈は合計しますと、40ページを超えてしまいました。 

 

 

 


★私がこのお仕事を引き受けました理由は、

バッハの、この美しく偉大な曲集を理解するために、

巷に溢れる"衒学の海"に惑わされ、溺れることなく、

どうすれば、バッハの大宇宙に、素直に達することができるか・・・

それを、学者の論文の孫引きをするのでなく、

私自身の言葉で、訴えたかったからです。


★東京で以前に開催しました「平均律1&2巻」の

全曲アナリーゼ講座で、1&2巻の全48曲すべてについて、

私は、バッハの 「Manuscript Autograph 自筆譜」 facsimile

から、写譜しました。


バッハの肉声を、己がものとするためです。

今回は、ベーレンライター社から出版中の、

平均律1巻 「Manuscript Autograph 自筆譜」 facsimileを

更に深く、検討しました。


★私の「解説と注釈」では、私の手書き譜例も満載し、

どなたが手に取られても、納得の頂ける内容になっていると、

思います。


★例えば、擦り切れるほど孫引きされている

≪バッハは、紙を惜しんで五線譜の下の余白にまで書いている≫

つまり、"バッハは大変に吝嗇であった"、などの俗説に対しては、

バッハがどうして、余白にまで譜を書き込んだのかを分析し、

奇妙ともいえる楽譜のレイアウトは、

≪曲の構造そのものを指し示す≫ための、周到な設計」であったことを、

完全に、証明しました。


★これらをお読みいただけましたら、

バッハの自筆譜の読み方、解釈の方法が、

自ずと、身についていくことでしょう。

 

 

★40数ページといいましても、平均律という氷山の、

ほんの一かけらです。

しかし、その方法を身に付けますと、ご自分でバッハを解釈し、

演奏や鑑賞に生かすことができます。


★干からびたバッハの残骸ではなく、

お一人お一人の独自の、いまに生きる Bach像

打ち建てることができるのです。


★9月の刊行を目指し、もう一歩です。

さて、9月は16日(土)が、「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」

のアナリーゼ講座全10回の「最終回」です。

これも大団円です。


★今回は、全30変奏の最後の三つの変奏曲「Variatio 28、29、30」

の講座の後、特別講座を開催し、「Goldberg-Variationen」の

全体像に迫ります。

http://www.academia-music.com/new/2017-07-10-113903.html

 

 

 


★ここで、これまでお話してまいりました30の変奏曲全体を、

俯瞰することになります。

第30変奏は、有名な 「Quodlibet クオドリベット」

(滑稽な俗謡を混ぜ合わせた曲)です。

 

 


「君のそばに、長い間いなかったね・・・」

 

 

「この Ich bin so lang nicht bei dir ・・・」は、

突然に現れた訳ではありません。

 

 

★「Variatio9 第9変奏」の1小節目バス声部最後の音「d」に続く、

2小節目「g a h c¹d¹ ソ ラ シ ド レ」に、しっかりと顔を出しています。

 

 


★「Goldberg-Variationen」は、「3曲1セット」で作曲されていますが、

この「Variatio9 第9変奏」を含む第3セット(Variatio7、8、9)が、

なかなか曲者です。

「Variatio7 第7変奏」に、BACHが「tempo di Giga」と記した理由は、

平均律第1巻にも通じるものです。

その理由は、講座でご説明いたします。


★このお話は、10月25日(水)に開催の KAWAI 名古屋での

「平均律1巻第7番 Es-Dur  Prelude & Fuga」アナリーゼ講座

にも、つながっていきます。


★BACHの作品は、広大無辺の宇宙のような世界です。

そして、その一つ一つの作品、「平均律」、「ゴルトベルク変奏曲」・・・を、

光り輝く恒星に譬えるならば、その恒星は、お互いにつながり、

大星座を形成しているといえます。

 

 

 


※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
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