■ベートーヴェン「月光」の自筆譜は、メッセージに満ちている、推敲の跡からどう弾くべきかも分かる■
~アカデミア・アナリーゼ講座:Beethoven《月光》ソナタ第1楽章及び、Chopin前奏曲《雨だれ》~
2019.9.5 中村洋子
★本棚の整理を始めますと、思わず昔の本を読み耽ってしまい、
お片付けは一向にはかどりません。
★その一冊、
「圓生古典落語1」(1979年第1刷、1992年版第1刷)~集英社文庫。
この三遊亭圓生は六代目(1900-1979)で、大名人でした。
その中の演目の一つ「掛取り万歳」の枕が大笑いです。
(枕とは、落語の冒頭に話される小話、お客さんの興味をその演目へと
引き付けます)
そこを書き写してみます。
★四季を詠みました歌に、
春 椿 夏は榎で 秋 楸(ひさぎ) 冬は梓で 暮れは柊(ひいらぎ)
この歌をもじりまして、式亭三馬という人が、
春 浮気 夏は元気で 秋ふさぎ 冬は陰気で 暮はまごつき
という、まことにうまいことをいいましたが・・・。
★浮世風呂の作者である式亭三馬(1776-1882)の時代には、
いまほど夏は酷暑でなかったでしょうから、「夏は元気」で、
秋はしみじみと季節の哀感に浸ったのでしょうね。
★酷暑の8月も過ぎ、残暑はありますが、秋の陽射しが長く延びる
ようになりました。
10月19日の、アカデミア講座で取り上げます
Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)の「月光」、
Frederic Chopin ショパン(1810-1849)の「雨だれ」の勉強中です。
★この二曲につきましては、私の著書
≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり≫p25~29の、
【ベートーヴェンの自筆譜は、指摘されているように乱雑なのでしょうか?】
~「音楽的でイマジネーションをかきたてる自筆譜」、
「あえて符頭から始めないスラー」、
「曲の構造が一目で分かる親切なレイアウト」、
「雨だれの調性設計は、『月光ソナタ』と同じ」~ を、
是非お読み下さい。
★Beethovenの「月光ソナタ」第1楽章の自筆譜は、
https://www.academia-music.com/products/detail/23343
冒頭1小節目から13小節目までを除いて、14小節目から最後の69小節目まで
現存しています。
・1ページ目 14~26小節 横書き大譜表4段
・2ページ目 27~37小節 横書き大譜表4段
・3ページ目 1ページ分何も書かれていない空白の五線紙
・4ページ目 27~37小節(2ページ目の推敲原稿)
・5ページ目 38~46小節 横書き大譜表4段
・6ページ目 47~60小節 横書き大譜表4段
・7ページ目 61~69小節 横書き大譜表4段
3ページ目は、何も書かれていないので計6ページ分です。
2ページ目と4ページ目は、同じ27~37小節ですの、実質5ページと言えます。
★各ページには、驚くほど多くの、Beethoven本人からのメッセージが、
発信されています。
今回は、その中から6ページに記譜されている60小節目を、何故
Beethoven は、一度書いた小節を波線で削除し、新たに書き直したか、
それがどういう意味を持つのか、を考えてみます。
★6ページ目も、その他のページと同様に大譜表4段で、記譜されています。
1段目 47~49小節
2段目 50~53小節
3段目 54~57小節を記譜した後に、
58小節目を五線紙右端の余白に追加しています。
4段目 59小節、波線で消した2小節分、さらに60小節目
★57小節目は、3段目右端に記譜されました。
その右側にはもう五線紙は印刷されていませんので、Beethoven は
自分で五線を書き、58小節目を記譜しました。
Beethoven の当初の構想は、現行57小節から59小節につながるもの
でした。
★Beethovenは、59小節目に続く小節を、このように波線で削除しました。
この2小節分は、現行の「62、63小節」及び「64、65小節」と、
大変よく似ています。
★その後、Beethoven は新しい60小節目を最下段4段目の右端に
書き込み、この6ページ目は、ここで終わります。
★こうして見ていきますと、Beethoven は当初、現行の57小節目から
59小節に進行し、その後すぐに62小節目又は64小節目に進行しようと
発想していたのではないでしょうか。
★このブログをお読みの皆さまも是非、
57→59→62→63→64→65→66→67→68→69小節の順に、
あるいは、57→59→64→65→66→67→68→69小節の順に
弾いてみて下さい。
「58小節目」の追加が、この曲の深みをさらに増しているのが、
よく分かります。
それに伴い、60、61小節のコーダの開始が鮮明になります。
★さて、62、63小節と、64、65小節は、酷似していますが、
Beethoven は実は、64、65小節を62、63小節の単なる反復ではなく、
異なる演奏をするように、要求しています。
62、63小節目の自筆譜はこのようになっています。
64、65小節目も自筆譜は、こうなっています。
★crescendo、 diminuendoの位置をじっくり自筆譜で、確認下さい。
どのように演奏したらいいのか、豊かなアイデアが湧いてくることでしょう。
★しかし、「月光ソナタ」の初版譜となりますと、
もう、「cres.」 「dim.」の位置が自筆譜とは異なってきています。
それでも62、63小節と、64、65小節の差異を認識はしているようです。
★ところが、現代の定評ある実用譜では、もうこのように、
無表情な楽譜になってしまっています。
★Beethovenが作曲した時の、息遣いは見事に消滅しています。
嘆かわしいですね。
Beethovenの自筆譜を読み込めば読み込むほど、
豊饒な世界が、眼前に広がります。
講座で詳しくお話いたします。 https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture
※copyright © Yoko Nakamura
All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲