■「シンフォニア15番」の最も、信頼できる原典版について■
09.11.29 中村洋子
★穏やかな冬日和が続き、紅葉も散り始めました。
12月4日(金)の「インヴェンション・アナリーゼ講座」最終回に向け、
テキスト作りをしていますが、本日は、根を詰めて
「シンフォニアの15番」のバッハ手稿譜を、書き写しました。
★写しながら、定評のある4種類の「原典版」(Urtext)を、比較し、
どの版が、最もバッハの意図に沿ったものであるか、考えました。
いつも書いていますように、「決定版」の「原典版」は、
残念ながら、存在しませんので、このブログ記事は、あくまで、
「シンフォニア15番」についての、私の考えです。
★4種類は、
①ヘンレ版 Henle
②新バッハ全集のベーレンライター版 Baerenreiter
③ヴィーン原典版 Wiener Urtext Edition Schott/Universal
④ヴィーン原典版 Wiener Urtext Edition 音楽之友社
★結論から申しますと、
③ヴィーン原典版 Wiener Urtext Edition Schott/Universalの、
ライジンガー校訂版 Leisinger が、最もバッハの意図を,
汲み取ろうと、努力した跡が見られます。
「ヴィーン原典版」は、2種類あり、
音楽之友社から、ライセンス出版されている、
ラッツ Ratz と フュッスル Fuessl 校訂の、「旧版」(国内版)と、
Schott/Universalから出版されている、ライジンガー校訂の、
Neuausgabe (New Edition)「新版」(輸入版)が、あります。
★「新版」は、もちろん、日本語訳は付いていませんが、
「旧版」とは、大きく異なっており、異なったエディションと、
見たほうが、いいと思います。
★バッハは、「横長の楽譜」2枚に、シンフォニアを記譜しています。
現在の、ピアノ実用譜は、ほとんどすべてが、「縦長」2ページですので、
横長から、縦長に移し変えるとき、どれだけ、
バッハの意図を尊重しているか、それが、重要な選択基準です。
★バッハの楽譜は、一枚に3段、一段にほぼ6小節が、入っています。
シンフォニア15番は、1枚目に3段、2枚目には3段とコーダで、
計4段と、なっています。
ベーレンライター版、ヘンレ版は、全く同じで、
1ページが5段、2ページ目も5段で、きれいに整えています。
ヴィーン原典版(旧版)は、5段と6段です。
★新バッハ全集の「ベーレンライター版」や、
エキエルが校訂した「ショパンの原典版楽譜」について、
私がいつも、感じますのは、バッハやショパンの天才を、
彼らの官僚的な「編集方針」に、無理矢理当てはめ、
たわめてしまっている、ということです。
★手稿譜で、よく見られる「記譜の不規則性」について、
音楽学者は、“作曲しながら、素早く記譜されたため、
記譜の統一感に、欠ける”、
“従って、きれいに統一して、校訂する必要がある”、
として、手直しした「原典版」を、誕生させます。
★しかし、その「不規則性」あるいは、「規則破り」にこそ、
実は、作曲家の天才が、最も発揮されている部分なのです。
その多様な豊かさを、学者のモノトーンの冷たい目で、
見るべきでは、ないのです。
作曲、創作現場での、天才たちの心の高まりが、
“不規則性”として、出現します。
つまり peak experienceです。
それを、作曲家としての私が、何とか、感じ取り、
皆さまに、お伝えするのが、私の役割かもしれません。
★ライジンガー版(新ヴィーン原典版)は、
6段、6段で、書かれています。
前半は、バッハの3段の記譜に近いものがあります。
バッハといえども、他の曲では、縦長で書くこともありますが、
なぜ、インヴェンションについては、横長楽譜で、
この3段と3段という、構成にしたのか?
★それは、曲の頂点を、全体の3分の2の部分に、
置くために、最も、都合がいいからでしょう。
頂点は、2枚目の一段目の右端に来ます。
極めて視覚的で、一目瞭然です。
お弟子さんや、息子たちが、曲の全体構造を、
一目で分かるように、という教育的配慮も、あったことでしょう。
★全39小節の「シンフォニア15番」は、コーダを除くと、33小節です。
ほぼ3分の2である「19小節目」の上声の、すべての符尾を、
バッハは、上向きに記譜しています。
これは、通常の記譜方からみますと、完全な「規則破り」です。
また、「19小節目」での、「加線」についても、
5つの音符を、一本の太い加線で、全部つないでしまっています。
これも、大変な「規則破り」と、いえます。
★それらにより、この「19小節目」は、楽譜2枚目の最上段で、
最も、目に飛び込んでくる箇所となります。
★ライジンガー版が、優れているのは、「14、15小節」、
および、「22、24小節」の、内声の記譜です。
「14小節」を、見てみます。
バッハは、9拍子(16分の9拍子)の1拍目 Dと、
7泊目 Dについては、「上段」に、「ソプラノ記号」で書いていますが、
残りの「2、3、5、6、8、9拍目の A」 と「4拍目の H 」については、
「下段」で、「バス記号」により記譜しています。
★ライジンガー版は、1、7拍を、大譜表の「上段ト音記号」で、
それ以外の拍を、「下段バス記号」で、記譜しています。
このことは、3声のシンフォニアの内声が、
実は、1声部ではなく、2声に分割されている、
ということを、示しています。
これこそが、バッハの意図に沿った記譜、といえます。
★その他の版、ベーレンライター、ヘンレとヴィーン旧版では、
その部分を、すべて、大譜表の「上段ト音記号」に、
まとめてしまっています。
しかし、ライジンガー版を見る人は、1、7拍目が示している、
構造や大きな旋律線を、すぐに、理解できます。
★運良く、私は「手稿譜」と、それらを比較できますので、
“おかしい”と、いえるのですが、
そうでなければ、新バッハ全集や、エキエルの権威により、
これが、“大作曲家の意図である”と、信じてしまうことでしょう。
これは、本当に、残念で不幸なことです。
★これ以外にも、バッハの天才が発露した“不規則性”を、
たくさん、見つけました。
その発見により、この曲の構造と、モティーフが何であるかが、
一層、明確に分かってきます。
★「シンフォニア15番」の右手は、「インヴェンション1番」と握手し、
「シンフォニア15番」の左手は、「平均律クラヴィーア曲集1巻1番」と、
手を握り合っていることが、はっきり見えてきます。
★4日の「第15回 インヴェンション・アナリーゼ講座」最終回では、
以上の発見と、それを演奏にどう生かしていくかについて、
さらに、詳しく、お話いたします。
(椿:白侘助)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
09.11.29 中村洋子
★穏やかな冬日和が続き、紅葉も散り始めました。
12月4日(金)の「インヴェンション・アナリーゼ講座」最終回に向け、
テキスト作りをしていますが、本日は、根を詰めて
「シンフォニアの15番」のバッハ手稿譜を、書き写しました。
★写しながら、定評のある4種類の「原典版」(Urtext)を、比較し、
どの版が、最もバッハの意図に沿ったものであるか、考えました。
いつも書いていますように、「決定版」の「原典版」は、
残念ながら、存在しませんので、このブログ記事は、あくまで、
「シンフォニア15番」についての、私の考えです。
★4種類は、
①ヘンレ版 Henle
②新バッハ全集のベーレンライター版 Baerenreiter
③ヴィーン原典版 Wiener Urtext Edition Schott/Universal
④ヴィーン原典版 Wiener Urtext Edition 音楽之友社
★結論から申しますと、
③ヴィーン原典版 Wiener Urtext Edition Schott/Universalの、
ライジンガー校訂版 Leisinger が、最もバッハの意図を,
汲み取ろうと、努力した跡が見られます。
「ヴィーン原典版」は、2種類あり、
音楽之友社から、ライセンス出版されている、
ラッツ Ratz と フュッスル Fuessl 校訂の、「旧版」(国内版)と、
Schott/Universalから出版されている、ライジンガー校訂の、
Neuausgabe (New Edition)「新版」(輸入版)が、あります。
★「新版」は、もちろん、日本語訳は付いていませんが、
「旧版」とは、大きく異なっており、異なったエディションと、
見たほうが、いいと思います。
★バッハは、「横長の楽譜」2枚に、シンフォニアを記譜しています。
現在の、ピアノ実用譜は、ほとんどすべてが、「縦長」2ページですので、
横長から、縦長に移し変えるとき、どれだけ、
バッハの意図を尊重しているか、それが、重要な選択基準です。
★バッハの楽譜は、一枚に3段、一段にほぼ6小節が、入っています。
シンフォニア15番は、1枚目に3段、2枚目には3段とコーダで、
計4段と、なっています。
ベーレンライター版、ヘンレ版は、全く同じで、
1ページが5段、2ページ目も5段で、きれいに整えています。
ヴィーン原典版(旧版)は、5段と6段です。
★新バッハ全集の「ベーレンライター版」や、
エキエルが校訂した「ショパンの原典版楽譜」について、
私がいつも、感じますのは、バッハやショパンの天才を、
彼らの官僚的な「編集方針」に、無理矢理当てはめ、
たわめてしまっている、ということです。
★手稿譜で、よく見られる「記譜の不規則性」について、
音楽学者は、“作曲しながら、素早く記譜されたため、
記譜の統一感に、欠ける”、
“従って、きれいに統一して、校訂する必要がある”、
として、手直しした「原典版」を、誕生させます。
★しかし、その「不規則性」あるいは、「規則破り」にこそ、
実は、作曲家の天才が、最も発揮されている部分なのです。
その多様な豊かさを、学者のモノトーンの冷たい目で、
見るべきでは、ないのです。
作曲、創作現場での、天才たちの心の高まりが、
“不規則性”として、出現します。
つまり peak experienceです。
それを、作曲家としての私が、何とか、感じ取り、
皆さまに、お伝えするのが、私の役割かもしれません。
★ライジンガー版(新ヴィーン原典版)は、
6段、6段で、書かれています。
前半は、バッハの3段の記譜に近いものがあります。
バッハといえども、他の曲では、縦長で書くこともありますが、
なぜ、インヴェンションについては、横長楽譜で、
この3段と3段という、構成にしたのか?
★それは、曲の頂点を、全体の3分の2の部分に、
置くために、最も、都合がいいからでしょう。
頂点は、2枚目の一段目の右端に来ます。
極めて視覚的で、一目瞭然です。
お弟子さんや、息子たちが、曲の全体構造を、
一目で分かるように、という教育的配慮も、あったことでしょう。
★全39小節の「シンフォニア15番」は、コーダを除くと、33小節です。
ほぼ3分の2である「19小節目」の上声の、すべての符尾を、
バッハは、上向きに記譜しています。
これは、通常の記譜方からみますと、完全な「規則破り」です。
また、「19小節目」での、「加線」についても、
5つの音符を、一本の太い加線で、全部つないでしまっています。
これも、大変な「規則破り」と、いえます。
★それらにより、この「19小節目」は、楽譜2枚目の最上段で、
最も、目に飛び込んでくる箇所となります。
★ライジンガー版が、優れているのは、「14、15小節」、
および、「22、24小節」の、内声の記譜です。
「14小節」を、見てみます。
バッハは、9拍子(16分の9拍子)の1拍目 Dと、
7泊目 Dについては、「上段」に、「ソプラノ記号」で書いていますが、
残りの「2、3、5、6、8、9拍目の A」 と「4拍目の H 」については、
「下段」で、「バス記号」により記譜しています。
★ライジンガー版は、1、7拍を、大譜表の「上段ト音記号」で、
それ以外の拍を、「下段バス記号」で、記譜しています。
このことは、3声のシンフォニアの内声が、
実は、1声部ではなく、2声に分割されている、
ということを、示しています。
これこそが、バッハの意図に沿った記譜、といえます。
★その他の版、ベーレンライター、ヘンレとヴィーン旧版では、
その部分を、すべて、大譜表の「上段ト音記号」に、
まとめてしまっています。
しかし、ライジンガー版を見る人は、1、7拍目が示している、
構造や大きな旋律線を、すぐに、理解できます。
★運良く、私は「手稿譜」と、それらを比較できますので、
“おかしい”と、いえるのですが、
そうでなければ、新バッハ全集や、エキエルの権威により、
これが、“大作曲家の意図である”と、信じてしまうことでしょう。
これは、本当に、残念で不幸なことです。
★これ以外にも、バッハの天才が発露した“不規則性”を、
たくさん、見つけました。
その発見により、この曲の構造と、モティーフが何であるかが、
一層、明確に分かってきます。
★「シンフォニア15番」の右手は、「インヴェンション1番」と握手し、
「シンフォニア15番」の左手は、「平均律クラヴィーア曲集1巻1番」と、
手を握り合っていることが、はっきり見えてきます。
★4日の「第15回 インヴェンション・アナリーゼ講座」最終回では、
以上の発見と、それを演奏にどう生かしていくかについて、
さらに、詳しく、お話いたします。
(椿:白侘助)
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