■アイネ・クライネ・ナハトムジークの冒頭、たった二音で“春”を感じさせる■
2023.2.28 中村洋子
★モーツァルトに春を感じる。
2月もいよいよ今日が最後の日です。
2月が「光の春」であるならば、
3月は「開花の春」でしょうか。
大きく膨らんだ桜の蕾は、Botticelli ボッティチェリ(1445-1510)の
「Primavera プリマヴェーラ~春」の、女神たちのようでも
あります。
★今年はブログ更新を続々と~と思いっていましたが、
2月5日の「日本モーツァルト協会」主催の講演会で、
モーツァルトの自筆譜についてお話しましてから、
ずいぶん時間がたってしましました。
講演会は終わりましたが、
この2月中はMozart モーツァルト(1756-1791)の世界
を探求し、楽しみ、浸っていました。
★講演会でお話しましたモーツァルトの作品中で、
今の春の気分にぴったりなのは、
「Eine Kleine Nachtmusik アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
KV525の1楽章のように感じています。
「 Le nozze di Figaro フィガロの結婚」KV492の成功の後、
1787年に「Don Giovanni ドンジョバンニ」KV527の作曲と
並行して、Mozart は「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を、
1787年に完成しました。
「Eine Kleine Nachtmusik」 ( A little music at night)
「小さな夜の音楽」は日本でいえば、
夜桜見物の楽しさでしょうか。
★第1楽章には、溌剌とした生命の息吹が感じられます。
「自筆譜」ファクシミリは
https://www.academia-music.com/products/detail/23398
紙の端のギザギザまで、再現されていています。
通常は展覧会に出品され、ガラスケースに収まった「自筆譜」しか
見る手段がないところを、自宅でピアノの譜面たての上や、
机で読書するように、眺め、勉強できるので、「いい時代だな」と
上機嫌になっています。
★上記ホームページを見ていただけますと、
「自筆譜」の大雑把なところは読めると思います。
しかしこれはあくまで「見本」であり、パソコン用にデフォルメされて
いますので、実寸とは大きくかけ離れています、ご注意くださいね。
本物をお手に取られることを、お薦めします。
★「自筆譜」は、実寸で縦22.5cm 横31.5cmの横長の五線紙に
書かれています。
このネット上の楽譜ですと、縦横の長さの割合が、現物と異なり
ますので、モーツァルトの伸びやかな筆致は再現できていません。
それでも、重要なことは読み取れますので、
今日は私の書き写した譜例ではなく、
この画像を見ながら、お話します。
★まず1楽章冒頭を、見てください。
一部の「実用譜」では、この1小節「1拍」に、「f」あるいは「ff」
の記号が、書かれていることが多いのですが、
モーツァルトの「自筆譜」では、「f」や「ff」の記号の位置は、
全く異なった場所にあります。
★そもそも、モーツァルトは「f」とは、書いていません。
「ff」と書いているのです。
さらに、その位置は、1小節と2小節を分ける小節線上に、
大きく、はっきりと記され、あたかも
「ff はここから始まりますよ!」と、主張しているかのようです。
★このように記譜が二通りもありますと、実際の演奏は、
それぞれ、どのようになるのでしょうか?
まず「実用譜」を見てみましょう。
1小節1拍に「ff」がありますと、
曲の開始と同時に、大きな打ち上げ花火が「ドカ~ン!」と上がり、
空中に“花”が開いたような印象です。
しかしその後は、空中に“大輪の花”が咲いたままですので、
やや変化に乏しい、とも言えます。
★モーツァルトの「自筆譜」のように、1~2小節を分ける小節線上に、
「ff」がありますと、どうでしょうか?
1小節には、何も記号がありません。
しかし1、2小節を区切る小節線上(正確に言いますと、
1小節最後の8分音符「レ」と小節線の間)に、
「ff」がありますと、「レ」が、2小節冒頭の「ソ」の
「Auftakt アウフタクト」となります。
「tutti 総奏」である「ソ」に対して、「レ」が物凄いエネルギーを
発していることが分かります。
★1小節1拍の「fortissimo」が表現している打ち上げ花火の
「ドカ~ン!」を、モーツァルトは要求していません。
モーツァルトの「自筆譜」では、「ff」は2小節からです。
それではなぜ、2小節が重要なのでしょうか?
★1小節の第1ヴァイオリンを見てみます。
「ソ レ ソ レ ソ レ ソ g² d² g² d² g² d²g²」
「ソ」と「レ」が数回繰り返されますが、この2つの音「ソ レ」
(レとソ)の関係は、各回違っています。
「ソ レ-ソ レ-ソ レ-ソ g² d² -g² d² -g² d²- g²」
1小節1拍の「g²」 は、この曲の主調「ト長調 G-Dur」の主音です。
ここでファンファーレのように、高らかに「ト長調」を知らせます。
次に1回目の「レ-ソ d² -g² 」はト長調の「属音ー主音」です。
「ト長調」を、これにより確立します。
まだ「ff」ではありません。
次に2回目の「レ- ソ d² -g² 」です。
これは先ほどご説明しましたように、
このレ-ソの間に小節線があり、
「Auftakt」の「レ」を従えた「ソ」は、「ff」です。
3回目の「レ-ソ d² -g² 」は、同型反復3回の鉄則通り、
最重要な役割を担います。
「レ-ソ 」を先駆けとして、続く「シ-レ h²-d³」を合わせて、
「ソ シ レ」、つまり、ト長調の主和音が、華やかに顔を現します。
「主音」「属和音と主和音」「主和音」という順に、
「ソ」と「レ」の音だけで、この様に魅力的で、素晴らしい曲頭を
創りあげています。
見事です。
★そして、それを演出するのが、1~2小節を区切る小節線上の
「ff」だったのです。
モーツァルト「自筆譜」1段目は、1~10小節が記譜されていますが、
ここでは、拙著《11人の大作曲家「自筆譜」で解明する音楽史》の
Bartókの項289ページに書きましたように、
バッハや大作曲家が、よく使う特別な「手法」が用いられています。
★1段目の左端(曲頭)と、右端(1段目最後)に、同じ音や
関連のある重要なモティーフを配置し、両端から中央部に向けて
力強く、エネルギーを放出するような記譜法です。
その結果、強い緊張関係が生まれます。
事実、9、10小節の第1ヴァイオリンの旋律を、要約しますと、
「ソ シ レ g²-h²-d³」になります。
★勿論、2段目中央やや右よりの、18~20小節
第1ヴァイオリンで、この「ソ シ レ g¹-h¹-d²」(1オクターブ下)が、
今度は、沸き立つような「sf. p」「sf. p」で、表現されているのも、
見逃せません。
★大作曲家の、一見常識外れの記譜、この曲の場合は
「ff」の位置ですが、それを「自筆譜」を基にして考えますと、
モーツァルトは
「この様に作曲し」、
「この様に演奏していた」、
「この様な演奏を望んでいた」
ということが、
誰から教わることもなく、
自分で発見でき、
そして得心できるのですね。
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