音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ドビュッシー「シランクス」は、「牧神の午後・・・」「小さな羊飼い」が源、その1■

2023-09-30 14:35:42 | ■私のアナリーゼ講座■

■ドビュッシー「シランクス」は、「牧神の午後・・・」「小さな羊飼い」が源、その1■
  ~高校生の質問「本ってどこで買えるのですか?」~

           2023年9月30日     中村洋子

 

 

 

 

★読書の秋です。

新潮社のPR誌「波」10月号で、作家の群ようこさんの興味ある

記事を見つけました。

 

★ 「本は待ってくれている 群ようこ」
       沢木耕太郎『夢ノ町本通り ブック・エッセイ』
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私が最近聞いて、びっくりした話がある。
ある記者の人が、高校生に取材がてら、読書の楽しさを話した。
まずゲームの話題で引きつけ、それにつなげて自身の読書体験や、
最近読んで面白かった本などの話が終わって、質疑応答になったとき、
一人の男子高校生が手を挙げた。そして彼は、
「本ってどこで買えるのですか」と、聞いてきたというのだ。

                       (群ようこ)     
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★私(中村洋子)は、「本は本屋さんで買うものでしょう」と、

最初は吹き出し、その後、ぞっとしました。

群さんも、書いていらっしゃいます。

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書店は、ほとんどの人が知っているものだと思っていたのだが、
とうとう本をどこで売っているのか、知らない若者が、出てきた。
昔はどこの町内にも、個人の新刊書店、古書店、貸本屋があり、
読書に興味がない人でも、書店の場所は知っていたが、
今はそういう環境ではなくなってしまった。

                     (群ようこ)    
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★間もなく、「クラシック音楽って、どういう音楽ですか?」、

「そのクラシック音楽というものは、どこで聴けるんですか?」と、

高校生に質問される日が、来るかもしれません。

そうならないことを、祈るばかりです。


★7月17日に、岡山で開催しました、私のアナリーゼ講座には、

高校生の方も、かなりご参加くださいました。

実際に、バッハ「平均律第2巻」1番や、ドビュッシーのピアノ作品、

ブラームス「交響曲第4番」の一部を、ピアノで弾き、

どういうものか、実感していただきました。


★講座終了後に頂いたアンケートので、

「先生はピアノがお上手ですね」というような感想が、

何人かから、寄せられていました。

複雑な感情でした。

褒めていただき、妙な「こそばゆさ」は感じましたが、

この高校生の皆さんは、これまで、生のピアノの演奏をほとんど、

聴いた体験がなく、大作曲家の音楽の美しさを、

実感することがなかったのでは、と思いました。


クラシック音楽を生み出し、それを深め、極みに達したのが

ヨーロッパであっても、いまでは、人類すべての宝物です。

本屋さんの存在をしらない高校生と同様に、

日本で「クラシック音楽ってなあに?」と、言われないことを

切に願うばかりです。

 

 

 


★前置きが長くなりましたが、

ドビュッシーの全創作を、一本の線でつなぐ「牧神の午後への前奏曲」

について、過去のブログで、少しづつ書きました。

 

2023年5月22日
■ドビュッシー「子供の領分」第5曲「小さな羊飼い」の源は
             「牧神の午後への前奏曲」■      ~「小さな羊飼い」わずか31小節、しかし一筋縄ではいかない傑作~                                       

https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/469e5208c25a5c957cf2216730fb0680

 

2023年8月31日
■【子供の領分】の第6曲「ゴリウォーグのケイクウォーク」は
                  《異名同音》の技法を使う■
~第5曲「小さな羊飼い」と《異名同音》で緊密に手を結ぶ~
https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/540b8d1d552b12aca07185854af4d026


★今日はこの5月と8月の「ドビュッシー」の続きです。


「牧神の午後への前奏曲」「子供の領分~第5曲小さな羊飼い」

「Syrinx シランクス」は、Debussy クロード・ドビュッシー

(1862-1918)初期、中後期、後期の作品です。

「牧神の午後への前奏曲」は、1892~94年に作曲

・「子供の領分」の5曲「小さな羊飼い」は、1908年に出版と初演

・フルート独奏曲「Syrinx」の原題は、『パン(牧神)の笛』
                                        (Flûte de Pan)で、1913年作曲です。


★「牧神の午後へ・・・」と「Syrinxシランクス・・・」は、

ギリシャ神話の半獣神、「牧神 Pan」をタイトルに掲げています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%B3_(%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%A5%9E%E8%A9%B1)

「The little Shepherd ~小さな羊飼い」は、

キリスト教の幼子のイメージもありますが、ドビュッシーの生きた

19世紀末から20世紀初頭の少年ではなく、神話的世界を彷彿

させます。

この様に、この3曲は、「牧神」や「羊飼いの少年」という共通の

イメージのもとに作曲されています。

 

 

                          ヤマボウシの実

 


★今回はドビュッシー死去の5年ほど前に作曲した、

「Syrinx シランクス」に焦点を、当ててみます。

「Syrinx」は、Gabriel Moureyガブリエル・ムーレの3幕の劇

『プシシェ』(Psyché)の付随音楽として、舞台袖で演奏する小品

(劇伴ですね)として、作曲されました。

1913年12月1日にLouis Mors 劇場で(公式ではなくプライベートで)、

初演されています。

この時のフルーティストLouis Fleury(1878-1926)です。

Fleury フルーリーは、パリ・コンセルヴァトワールでPaul Taffanel 

タファネル(1844-1908)に師事後、ソリストとして活躍。

ドビュッシー、ミヨー、ルーセル、シリル・スコット、イベールは、

彼のためにフルートの作品を作曲しています。

余談ですが、タファネルはドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」の

初演のフルーティストでした。

「牧神の午後」のけだるい冒頭のフルート独奏を、全世界で初めて

演奏したのはタファネル

「Syrinx」の初演は、そのタファネルの弟子のフルーリー

何か深い縁を感じます。


★「Syrinx」の原題は、「パンの笛」(Flûte de Pan)でしたが、

ドビュッシーの連作歌曲(Chansons de Bilitisビリティスの歌)に、

同名の作品があり、「Syrinx シランクス」に変更しました。


★この謎めいた名曲について、私の学生時代には、

ドビュッシーの自筆譜は今は失われているが、

「その自筆譜は、小節線が全くない現代音楽のような楽譜だ」と

まことしやかに、喧伝されていました。


★確かに、ドビュッシーの朋友 Éric Satie エリック・サティ

(1866-1925)には、24歳の作品「Trois Gnossiennnes

3つのグノシェンヌ」をはじめ、小節線のない作品は沢山あります。

小節線を欠如させることにより、サティの独特の、流れる様な浮遊感

を、醸し出しているとも言えます。

 

 

 

 


★ドビュッシーの「Syrinx」の自筆譜が、失われているとはいえ、

Louis Fleury ルイ・フルーリーが所持して、おそらく初演の際に

使われたとみられる写譜(Collection Madame Hollanders de 
                                     Ouderaen,Brussels)を見ますと、

“小節線がなく、サティのような何となくふわふわと曖昧模糊な曲”

という誤った先入観は、粉々に打ち砕かれます。


★実に、構造のがっしりした、堂々たるドビュッシー晩年の作品

であると確信できるからです。

そのレイアウト(楽譜の譜割り)は、大作曲家ドビュッシーにしか

できない、見事なものです。

まかり間違っても、小節線のない自筆譜に、engraver(写譜師)が

勝手に小節線を書き込んだ、などという楽譜でありません。


★その「Syrinx」の、堂々たる構造を解くカギが「Childeren’s

Corner 
子供の領分」第5曲の「The little Shepherd」なのです。

この「Syrinx」写譜楽譜は、2ページですが、

「Syrinx」全35小節のうち、1ページには1~21小節、

2ページには22~35小節が書かれています。

現在この写譜楽譜は出版されていませんが、1ページ目1~21小節

は、Wiener Urtext Edition ウィーン原典版に、

鮮明なファクシミリが掲載されています。

https://www.academia-music.com/products/detail/57658


★ウィーン原典版の「Syrinx」は、写譜のファクシミリの他に、

Debussyの「La Flûte de Pan」の自筆署名写真や、

『プシシェ』(Psyché)の上演写真、解説も詳しく載っています。

見どころ満載で、お薦めです。

ただし、19小節「d¹♮」を、「e¹♭♭(eses¹)」書き替えて

しまっています、これには十分ご注意下さい。

校訂者は、どうしてこのような「余分なおせっかい」をする

のでしょうか? 困りますね。

 

 

 

 


★やはり、このウィーン原典版の他に、

Durand版
https://www.academia-music.com/products/detail/161709

Bärenreiter版
https://www.academia-music.com/products/detail/57589

同時に、参照することが無難だと思います。

それでは次回ブログで、いよいよ、Syrinxの構造が、

「子供の領分~第5曲小さな羊飼い」とどう関連しているのか、

詳しく、ご説明します。

秋の夜長を読書にかまけないで、なるべく早く・・・を心がけます。

 

 

                        中秋の名月

  


※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
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