音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■第16回平均律・アナリーゼ講座は、9月29日 ( 木 )です■

2011-08-31 22:11:24 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律 1巻第 16番・アナリーゼ講座は、9月 29日( 木 )です■ 
                 2011.8.31  中村洋子

 

 

 

★ 平均律 第1巻16番 前奏曲の抒情性と、緊密なフーガ  
      ~ ベートーヴェン  「エリーゼのために 」 に与えた影響 ~

★平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 「16番 ト短調 」 のプレリュードは、

Violin のトレモロのような、繊細なトリルから始まり、

綿々と、抒情的に歌い上げます

溜息の出る美しさ。

このさざ波のようなトリルは、 3、 7、 11小節でも現れます。

保続音 ( オルガンポイント ) を、どのように装飾するかについての、

美しい解答が、ここにあります。

 


★一方、緊密に構成された 4声のフーガについて、

バルトーク版は、大譜表ではなく、カンタータの声楽パートのように、

「 4段譜 」 に、書き変えています。

その理由は、フーガのテーマが、バッハのカンタータ 106番

「 Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit 神の時は、至上の時 」 の、
 
4声の声楽によるフーガのテーマに、極めて、似ている
いるからです。


ベートーヴェンは、 「 Klavierstuck  a moll  WoO 59 Fur Elise

エリーゼのために」を、何度もスケッチを重ね、1810年ごろに、

現在の形となったようです。推敲の過程で、

バッハの 「 平均律 16番 」 が、どのような影響を与えたか、

分かりやすくお話します。

 

日  時 :  2011 29日( 午前 10 ~ 12 30

会  場 :  カワイ表参道  2F コンサートサロン・パウゼ

                    受講料  3,000円 

            ( 要予約 )   Tel.03-3409-1958

 

■10月 21日 ( 金 ) 第 17回 平均律アナリーゼ講座 
    ~ 17番プレリュード&フーガ  と 
         ヘンデル「シャコンヌとヴァリエーション」との関係 ~

■ 講師:作曲家 中村 洋子

 

東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。

日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。

2003年~ 05年:アリオン音楽財団《東京の夏音楽祭》で新作を発表。

 

07年:自作品「無伴奏チェロ組曲第 1番」などをチェロの巨匠W.ベッチャー氏が演奏したCD『W.ベッチャー日本を弾く』を発表。
 

08年:CD「龍笛&ピアノのためのデュオ」、CD ソプラノとギターの「星の林に月の船」を発表。

 

0809年:「バッハのインヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を開催。
 

0910月:「無伴奏チェロ組曲第 2番」が、W.ベッチャー氏によりドイツ・マンハイムで初演される。

10年:「 無伴奏チェロ組曲第 1 」が、ベルリンのリース&エルラー

        社    Ries &Erler Berlin から出版される。
CD 無伴奏チェロ組曲第3番、2 W.ベッチャー演奏を発表。
「レーゲンボーゲン・チェロトリオス( 虹のチェロ三重奏曲集 )」が、ドイツ・ドルトムントのハウケハック社 Musikverlag Hauke Hack 社から出版される。スイス、ドイツ、トルコの音楽祭で、自作品が演奏される。

 

114月:「10 Duette fur 2 Violoncelli  チェロ二重奏のための10の曲集 」が、 ドイツの「 Ries & Erler  Berlin 、リース&エアラー 」から出版される

 

  

▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■ 平均律第 1巻 15番から、バルトークが読みとったもの ■

2011-08-28 18:39:27 | ■私のアナリーゼ講座■

■ 平均律第 1巻 15番から、バルトークが読みとったもの ■
                                                2011. 8. 28    中村洋子


                                               

★八月も、あとわずか。                                               

半月前、蝉がやっと鳴き始めたと思いましたら、

もう、涼しげな虫の音が、か細く聞こえてきます。


★31日 に、カワイ表参道 「 パウゼ 」 で、開催いたします

「 第 15回 平均律クラヴィーア曲集・アナリーゼ講座 」 の準備で、

≪ Bartók Béla  バルトーク (1881~1945) の 校訂版 ≫

( EDITIO  MUSICA  BUDAPEST ) を、

詳細に、検討しております。


バルトークは、 Johann Sebastian Bach  バッハ  ( 1685~1750 )

「 平均律クラヴィーア曲集 」 第 1巻  24曲 と、

第 2巻  24曲 の 計 48曲を、独自の配列で並び替え、
 
≪ 二冊の曲集 ≫ として、出版しました。

 

★( バッハのオリジナル ) 「 第 1巻 15番 G dur  ( ト長調 ) 」 は、

バルトーク版では、第二冊目の最初の曲です。

第 2曲目は、( オリジナル ) 第 2巻 12番 f moll  ( ヘ短調 ) 、

3曲目は、 第 2巻 1番 C dur  ( ハ長調 )  が、配置されています。


★≪ G dur →  f moll  → C dur ≫ という、調の移行は、

「 C dur 」 を、基本にしますと、
 
≪ 属調 → 下属調の同主短調 → 主調 ≫ という関係にあり、
 
連続して演奏しますと、一つの大きな流れを、
 
違和感なく、形作っています。

 
 
★ 第 1巻 15番 G dur の 「 Fuga フーガ 」 は、 3声ですので、

第 1提示部  ( Exposition ) は、

主題  ( Subject )  ー 応答  ( Answer )  ー 主題 と、

三回、主題が提示されます。

主題の長さは、 4小節で、

1小節目、 5小節目、 11小節目から、主題が提示されます。

このフーガは大変長く、バルトークは、 4ページを費やしています。


★ 興味深いことに、2ページが終わる 45小節目まで、

 「 crescendo 」 記号 は、3回しか、使われていません。

 「 diminuendo 」 記号は、 1度も現れません。


各主題の始まる  1、 5、 11小節目の 2拍目 ( 6拍中の ) から、

  「 crescendo 」 が始まり、次に続く 2、 6、 12 小節目の 1拍目まで、
 
   「 crescendo 」 が、記されています。


★テーマの始まりに、 「 crescendo 」 を置くのは、ごく自然であり、

当り前ではないか・・・と思われるかもしれませんが、

当り前であるのなら、わざわざ書き込む必要はない、ともいえます。


なぜ、バルトークは、ここにだけ、 「 crescendo 」  を、

書き込んだのでしょうか。

バッハ自筆譜には、当然のことながら、 「 crescendo 」  は、

ありません。

 
 ★そのヒントは、 やはり ≪ バッハの自筆譜 ≫ にあります。
 
バルトークは、校訂版の脚注で、バッハの自筆譜については、
 
ほとんど、触れてはいませんが、わずかに、 二冊目の第 2番
 
 ( バッハ・オリジナルでは 第 2巻 12番 f moll ) の脚注に、
 
「 オリジナルの自筆譜には・・・」 と、書いていることを鑑みますと、

バッハ自筆譜を、深く読み込んだうえで、

校訂版を、構築したのは、間違いないことでしょう。

“ 手の内 ” を、あまり明かしたくないのは、

バルトークに限らず、誰にでもあります。

さらに、バルトークとしては、 「 自分で探究してほしい 」 という、

気持ちも、強かったと、思います。


バッハの自筆譜で、  「 第 1巻 15番 G dur  ( ト長調 ) 」  を見ますと、

3回目のテーマ提示が始まる 「 11小節目 」 について、

1小節 ( 6拍分 ) の前半 1 ~ 3拍が、2段目に書かれ、

後半の 4 ~ 6拍が、3段目に書かれています。

分割されて、記載されているのです。


なぜ、大切な 「 テーマ 」 が始まる小節を、 真っ二つに分断したのか?

ここにこそ、バルトークがわざわざ、この 11小節目に  「 crescendo 」 を、

記入した理由が、あるのです。

ここから、演繹して、 1小節目 と 5小節目 にも、

 「 crescendo 」 を付したことが、納得できます。

 

 

 


★バッハは、平均律 1巻を、1ページ 6段 の楽譜で、記譜しています。

 「 第 1巻 15番 G dur  ( ト長調 ) 」  は、
 
 プレリュードが、 2ページの 2段目まで占め、
 
 フーガは、 2ページ の 3段目から、 
 
 4、 5、 6ページ の 4段目まで記載されています。
 
 このため、フーガの最初のページは、4段分だけということになります。
 
 
フーガ 3段目の、最後の小節 ( 16小節目 ) は、

前半 ( 1 ~ 3拍 ) までしか、書かれておらず、

後半 ( 4 ~ 6拍 ) は、その下の、4段目に書かれています。

一つの小節を二つに分断して書くとは、とても普通ではありません。

しかし、 “ それには、きっと深い理由があるはず ”  と、

バルトークは真っ先に、それを考えたに違いありません。


★そして、そこから、前の主題である 11小節目に遡り、

分析しますと、≪ あるモティーフ ≫ が、浮かび上がってきます。

それが、とても重要であり、その結果、

この 「 第 1巻 15番 G dur  ( ト長調 ) 」 を、

≪ 二冊目の冒頭の曲 ≫ として、据えるに至ったのです。


★ 15番について、

「 曲が長大なわりには、薄いフーガなので弾きやすいのですよ 」 、

「 主題の長いやつは、えてして薄いフーガが多いんですね」 と、

日本の有名な解説書には、書かれています。

しかし、何を称して 「 薄いフーガ 」 というのでしょうか?


西洋クラシック音楽の、根源の仕組みにまで到達した、

バルトークの 「 洞察力 」 とは、かなりかけ離れているようです。

私は、このフーガを “ 弾けた ” 、  “ 分かった ” と思う瞬間が、

人生のなかで、あるのかしら? と思うほど、

深く、厚みのある曲である、と思います。


バルトーク版  「 平均律クラヴィーア曲集 」 や、

 Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー (1886 ~ 1960) が、
 
 校訂しました 「 Inventionen   インヴェンション 」 について、
 
 「 指使いが難しい 」  、あるいは 「 古い 」 として、

“ 蔑む ” 方も、いらっしゃるようです。


★インターネット上では、バッハについて、その楽譜について、

さまざまな方が、とりどり、百花繚乱的に、お書きになっています。

しかし、 「 指使いが難しい 」  、 「 古い 」 などと、

書かれている場合、多分、それを読む価値はないでしょう。

バルトーク、フィッシャー、 Artur Schnabel シュナーベル (1882 ~ 1951) 、

Claudio Arrau クラウディオ・アラウ (1903 ~ 1991 ) 

などの名校訂は、 「 指が楽に回る ( 弾き易い ) 」 ことを、

目的とは、していません。


★それらは、 ≪ 大作曲家の意図がどこにあるかを、

 「 考えさせる 」 ための、手引きです ≫。 

 「 指使い 」 にしても、その人の手や指の大きさ、
 
 筋肉の強さなど、 十人十色です。
 
 自分で探究して、見つけていくしかありません。
 
 
★クラシック音楽の演奏や勉強に、

安易な 「 How to 」 は、ないでしょう。

それをうたう楽譜や、解説は、本物ではありません。

バルトークが発見した ≪ ある重要なモティーフ ≫ については、

アナリーゼ講座で、詳しく、ご説明いたします。

 

 

                                               ※copyright ©Yoko Nakamura


▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■「 第 9回 横浜インヴェンション・アナリーゼ講座 」 のお知らせ■

2011-08-23 23:15:33 | ■私のアナリーゼ講座■

■「 第 9回 横浜インヴェンション・アナリーゼ講座 」 のお知らせ■
~ 曲集の白眉 f moll 9番は、バッハが研究し尽くしたイタリアの曲がルーツ ~                                       

                        2011.8.23 中村洋子

 

 

★ 第 9回 横浜インヴェンション・アナリーゼ講座 は、

Johann Sebastian Bach    ( 1685~1750 )  

Inventionen und Sinfonien  Nr.9

バッハ  「 インヴェンション&シンフォニア 9番 」 です。

 この   f moll 9番 」 は、全 15曲 から成る曲集の、

頂点 ともいうべき曲です。

 

シンフォニア 9番は、 「 Passion motiv 

受難のモティーフ 」 が、使われています。

これは、バッハの最高傑作 「 マタイ受難曲 」 や、

 「 ロ短調ミサ 」 にも使われ、半音階を 用いることにより、

深い悲嘆の世界を、表現しています。

インヴェンション 8番の 明るい 「 イタリア協奏曲 」 風の、

曲想とは、正反対です。

しかし、全く、両者に関連性はないのでしょうか・・・。

 


★その答えのカギは、バッハと同世代のイタリア人作曲家

アレッサンドロ・マルチェッロ Alessandro Marcello の

Oboe Concerto in D minor  「 オーボエ協奏曲 」 に、あります。 

バッハは、この曲を、 鍵盤独奏曲に編曲して、

研究し尽くしました。
 
 現在では、オーボエ独奏のパートを、原曲ではなく、

バッハが編曲した旋律が、用いられているほどです。


★「 オーボエ協奏曲 」 の研究成果が、

 「 インヴェンション & シンフォニア 8、 9番 」 に、

豊かに、実っています。

今回は、 「 非和声音 」 についても、

分かりやすく、ご説明いたします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

■ 日時 :  2011 923日 (祝)  午後 2時 ~ 4時 30

 会場:   カワイミュージックスクール みなとみらい                                                                        (全15回)

横浜市西区 みなとみらい 4‐7‐1 M. M. MID. SQUARE  3F  

( みなとみらい駅『出口1番』出て、目の前の高層ビル3F )

■ 受講料:  ¥3000

 

( 要予約 )  Tel.045-261-7323 横浜事務所

      Tel.045-227-1051 みなとみらい直通

講師:作曲家 中村 洋子

 

東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。

日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。
2003
年~ 05年:アリオン音楽財団《東京の夏音楽祭》で新作       を発表。

07年:自作品「無伴奏チェロ組曲第 1番」などをチェロの巨匠W.ベッチャー氏が演奏したCD『 W.ベッチャー日本を弾く』を発表。

08年:CD「龍笛&ピアノのためのデュオ」、CD  ソプラノとギターの「 星の林に月の船 」を発表。

0809 :「 バッハのインヴェンション・アナリーゼ講座 」全15回を開催。

0910月:「 無伴奏チェロ組曲第 2 」が、W.ベッチャー氏により、ドイツ・マンハイムで初演される。

10年:「 無伴奏チェロ組曲第 1 」が、ベルリンのリース&エルラー社 Ries &Erler Berlin から出版される。

 CD 無伴奏チェロ組曲第3番、2 W.ベッチャー演奏を発表。

レーゲンボーゲン・チェロトリオス( 虹のチェロ三重奏曲集)」が、ドイツ・ドルトムントのハウケハック社Musikverlag Hauke Hack社から出版される。スイス、ドイツ、トルコの音楽祭で、自作品が演奏される。

101月より:バッハ・平均律クラヴィーア曲集第 1巻の全曲アナリーゼ講座を、カワイ表参道で開催中。

2011 4 :「 10 Duette fur 2 Violoncelli  チェロ二重奏のため の 10の曲集 」が、 ドイツの「 Ries &   Erler  Berlin 、リース&エ アラー社 」から出版される。

  

 

▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

        

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■ インヴェンション 8番は、“ イタリア協奏曲 ” ■

2011-08-20 15:23:33 | ■私のアナリーゼ講座■

 

■ インヴェンション 8番 は、“ イタリア協奏曲 ” ■
                 2011.8.20 中村洋子

 


★ 8月 22日(月)は、横浜みなとみらい・カワイでの、

J.S.Bach (1685 ~ 1750) Inventionen und Sinfonien 

バッハ 『 インヴェンション・アナリーゼ講座 』です。

今回は、「 インヴェンション & シンフォニア 8番 ヘ長調 」。

バッハの自筆譜を、詳細に点検しています。


★インヴェンションの他の曲では、左手が、

ほとんど バス記号( ヘ音記号 )で、記載されていますが、

この 8番のバッハ自筆譜は、 「 アルト記号 」 で、

書かれている部分が、とても多く、

異彩を、放っています


★結論を申しますと、8番は、

≪ 協奏曲を鍵盤楽器で演奏する楽しさを、追求した曲 ≫ です。

生徒やお弟子さんが、オーケストラ作品に興味をもって欲しい、

という、バッハ先生の親心かもしれません。


★この 「 インヴェンション 8番 ヘ長調 」 が、10数年後の、

 1735年、 「イタリア協奏曲」 として、結実するのです。

 


★下声の記譜を、具体的に見ますと、( 1小節目は全休符 )、

・2小節目 ~ 10小節目の 2拍目までアルト記号

( 8小節と 四分音符2拍分 )、

・10小節目 3拍目 ~ 17小節の終わりまでバス記号

( 7小節と 四分音符1拍分 )、

・18小節 ~ 21小節 2拍目までアルト記号

( 3小節と 四分音符2拍分 )、

・21小節 3拍目 ~ 26小節最後までが、バス記号

( 5小節と 四分音1拍分 )

・27小節 ~ 28小節最後まで、アルト記号 ( 2小節 )、

・29小節 ~ 34小節が、バス記号 ( 6小節 )。


★以上の 34小節のうち、およそ半分の 15小節 1拍分が、

「 アルト記号 」 です。

「 アルト記号 」 で書かれた理由は、

「 バス記号 」 で記載するには、音域が高すぎるため、

加線を、たくさん使わなければならないためです。

アルト記号( 1点ハ音が、第 3線 ) ですと、

五線譜の範囲内に、音符が納まります。


★バッハのインヴェンションで、

≪ 下声が、アルト記号で記譜されている ≫ とき、

それは、実は ≪ テノール声部 ≫ を、

意図していることが、多いのです


★インヴェンションは、二段譜で書かれていますが、

決して二声ではなく、どんな場合でも、基本的には、

四声体で、書かれていると見なければ、なりません。


インヴェンションを弾く際、

≪ いま、自分がどの声部を弾いているか ≫ 、

それを絶えず、意識していることは 必須です。

 


★インヴェンション 8番の下声は、例えば、

5小節目を 「 テノール声部 」 と見た場合、

「 2点ハ音 」 の repeated notes があり、

やや、音域が高すぎます。


★ 4小節目の上声( ソプラノ記号 )には、

「 3点ハ音 」の、repeated notes があり、

ソプラノ声部としても、やや音域が高すぎます。

バッハは、そこで、

≪ フルートやヴァイオリンを、意識していた ≫ のでしょう。


★11小節目の下声 3拍目も、バッハでお馴染みの、

通常の市販譜とは、異なる書き方です。

 「 g 」  ( かたかな ト音 )  の符尾は、下向き、

1オクターブ下の「 G 」 ( ひらがな と音 ) の符尾は、上向き。

それをつなぐ鈎(こう)は、 g  から  G へと、

左下から、右上に斜線が、引かれています。

この書き方は、ブランデンブルク協奏曲の、

低弦楽器による、カデンツの前などで、よく見られます。


★ 「 インヴェンション 8番 」  は、四声体和声が基本ですが、

もう一つ別の、見方をすると、さらに、視界が開けてきます。


≪ オーケストラの作品を、鍵盤楽器で模倣している ≫ と、

意識しますと、色々な声部が、どんな楽器に対応しているか、

それがはっきりと、見えてくるのです。

「 ピアノという 1台の鍵盤楽器で、オーケストラを演奏できる喜び 」

 

≪ ピアニストなので、ピアノ曲以外には興味がない ≫

 という態度は、残念ながら、

バッハを、ひいては西洋音楽を、十分には理解できません。

≪  ショパンしか興味がない ピアニス ト ≫ には、

本当のショパンは、弾けないのです。

 

 

★ 「 ブランデンブルク協奏曲 」 を聴くことは、勿論のこと、

8番 が結実した  「 イタリア協奏曲 」 も是非、

この視点で、取り組んでください。

オーケストラ作品が、どう鍵盤楽器に移して書かれているか、

大変に勉強になり、8番がより豊かな曲として、

再認識できます。


★「 イタリア協奏曲 」 の上声は、インヴェンションのように、

ソプラノ記号ではなく、 「 ト音記号 (ヴァイオリン記号) 」 で、

書かれているのも、大きなヒントとなります。


22日の講座では、面白い体験をしていただきます。

私が 「 インヴェンション  8番 」 に、編曲にも似た、

ある細工、操作をし、それを、聴いていただきます。

まるで、コンチェルトを聴いているかのような、

錯覚に、とらわれるかもしれません。


---------------------------------------------------

■ 2011年 8月22日  ( 月 ) 午前10時~12時30分

■ 会場 : カワイミュージックスクール みなとみらい

  ( 要予約 )  Tel.045-261-7323 横浜事務所

      Tel.045-227-1051 みなとみらい直通

■講師:作曲家 中村 洋子

東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。
2003年~ 05年:アリオン音楽財団《東京の夏音楽祭》で新作を発表。
07年:自作品「無伴奏チェロ組曲第 1番」などをチェロの巨匠W.ベッチャー氏が演奏したCD『 W.ベッチャー日本を弾く』を発表。
08年:CD「龍笛&ピアノのためのデュオ」、CD ソプラノとギターの「 星の林に月の船 」を発表。
08~09年 :「 バッハのインヴェンション・アナリーゼ講座 」全15回を開催。
09年10月:「 無伴奏チェロ組曲第 2番 」が、W.ベッチャー氏により、ドイツ・マンハイムで初演される。
10年:「 無伴奏チェロ組曲第 1番 」が、ベルリンのリース&エルラー社 Ries &Erler Berlin から出版される。
CD『 無伴奏チェロ組曲第3番、2番 』 W.ベッチャー演奏を発表。
「 レーゲンボーゲン・チェロトリオス( 虹のチェロ三重奏曲集)」が、ドイツ・ドルトムントのハウケハック社Musikverlag Hauke Hack社から出版される。スイス、ドイツ、トルコの音楽祭で、自作品が演奏される。
10年1月より:バッハ・平均律クラヴィーア曲集第 1巻の全曲アナリーゼ講座を、カワイ表参道で開催中。
2011年 4月 :「 10 Duette fur 2 Violoncelli チェロ二重奏のため の 10の曲集 」が、 ドイツの「 Ries & Erler Berlin 、リース&エアラー社 」から出版される。

 

 

                                       ※copyright ©Yoko Nakamura


▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたしま▽△▼▲

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■National Edition EKIER版の Chopin・Ballade Nr.2 は、ショパンの意図どおりか?-③■

2011-08-16 17:36:42 | ■私のアナリーゼ講座■

■ナショナル・エディション エキエル版 のショパン・バラード 2番は、ショパンの意図どおりか?ー③■

~ バラード 2番、46小節目 「 フェルマータ 」 の意味するもの ~                 

                2011・8・16  中村洋子


「 Andantino アンダンティーノ 」  で始まった

「 Chopin・Ballade Nr.2 ショパン・バラード 2番 」 の、

 第 1部は、46小節で終わり、47小節からは、

「 Presto con fuoco プレスト・コン・フオーコ 」

( 火のようなプレスト ) となります。


★ 「 ショパン自筆譜 」  では、

その 46小節目から 47小節目にかけ、

二つの fermata フェルマータが、書かれています。

46小節目は、最初に左手の  「 F 」  から始まり、

それは、  「  F  F  C  F  A  C  F  」  という、

分散和音です。

指定はありませんが、おそらく、

「 A  (かたかなイ音 )  C( 1点ハ音 )  F( 1点ヘ音 )」  は、

右手で弾き、その後、 「 A ( 1点 イ音 ) 」  による

repeated notes が、6個 置かれます。


一つ目の 「 フェルマータ 」 は、高音部譜表

( 大譜表の上段 ) の、6個目の 「 A 」 の符尾の、

ほんの少し右側 ( 小節線寄り ) に、書き込まれ、

最後尾は、小節線にまで、達しています。

形は、押し潰されたような、方物線に近い形です。


★ショパンは、大譜表の小節線を書く際、

高音部譜表から低音部譜表まで、一本の線で、

一気に、書き下ろすことをせずに、

高音部譜表は高音部譜表、低音部譜表は低音部譜表の、

領域内だけに、縦線を書いています。

そのため、高音部譜表と低音部譜表との間は、空白です。

 


もう一つの 「 フェルマータ 」 は、

低音部譜表の 46小節と 47小節の間の、

「 小節線 」 の真上に、あります。

力強く描かれ、形はほぼ半球型です。

二つの、フェルマータの黒丸の位置は、

はっきりと、ずれています。


★この精緻なショパン自筆譜を、見ておりますと、

乱雑に、あるいは、急いで書いたために、

二つのフェルマータの位置がずれている、とは、

とても、思えません。


二つのフェルマータは、異なった役割を担っているのです。

 「 repeated note A の上のフェルマータ 」 は、一般的な定義である

「 その音を引き伸ばす 」 という、意味です。

低音部譜表の小節線の上にある 「 フェルマータ 」 は、

「音楽の一つのまとまり」 が、そこで終わったという印です。

その具体例として、バッハのコラールで、フレーズの最後の音に、

フェルマータが付されているのが、大変よく見受けられます。


★また、複数のフレーズによって作られる、

もっと大きな、音楽のまとまりの最後の部分に、

フェルマータが、置かれることも、あります。


★「 平均律クラヴィーア曲集 」 の、 「 プレリュード」  の、

終止線の上と下に、フェルマータが置かれ、

それに続く 「 フーガ 」 の、終止線の、

上下にも、フェルマータを、バッハは必ず書いています。


★プレリュードとフーガで、1曲を構成しますので、

プレリュードが終わった後の、フェルマータは、

前半部の終了記号、という位置づけになります

フーガ終了時のフェルマータは、曲の終了を意味します。


バラード 2番の場合、低音部譜表のフェルマータは、

曲の最初の大きな部分が、終了することを、演奏者に知らせ、

次の 「 Presto con fuoco  」  への突入の “合図” です。

 


★この自筆譜は、1ページを  「 5段 」 の譜割りで、

記譜していますが、素晴らしいことに、

3段目は、 43小節目から 47小節目までの 5小節が、

書かれています。

その結果、 「 46、47小節目 」 が、1段に収められ、

「 Presto con fuoco  」  の始まりの、47小節目は、

3段目の右端に、置かれています


★私が所有しています実用譜は、すべて、

46小節目を、段の右端に置き、

47小節目から、次の段を始めています

これは、 “ 曲が次の Presto con fuoco  に移るから、

段を改めるべきである ”  という、

単純な、思い込みによるものでしょう。

楽譜を、小奇麗に整えたい、ということもあるでしょう。


なぜ、ショパンが実用譜のように整った形で、書かなかったか・・・?

実は、ここにこそ、ショパンのフレージングの妙味が、存在するのです。

この曲が、傑作である所以の一つでもあるのです。

詳しいご説明は、31日のアナリーゼ講座で、いたします。

 


★このフェルマータを、エキエル版をはじめとする、

実用譜で、どのように記載しているか、見てみます。


National Edition EKIER エキエル版では、

46小節と 47小節の間の小節線の、真上と真下に

フェルマータが、書かれています

下のフェルマータは、形が上下逆に、ひっくり返った形状です。

この二つのフェルマータは、音符の上にないため、

楽曲の区切りという意味しか、表していません。


右手の 「 A ( 1点 イ音 ) を引き伸ばして欲しい 」 という、

ショパンの意図は、見事に無視されています。

“ 44小節目から 46小節目終わりまで、 「 smorzando 」

( 段々とゆっくり、そして弱く ) があるため、

最後の 「 A ( 1点 イ音 ) 」 は、結果として引き伸ばされるので、

フェルマータと同じ効果となる ” と、弁明されるかもしれません。


★しかし、自筆譜では、「 smorzando 」  は、

最後の 「 A 」 の一つ手前までしか、 「 ‐ ‐ ‐ 」 が、

書かれていません。

ところが、 EKIER エキエル版は、

「 smorzando 」  の  「 ‐ ‐ ‐  」  を、

最後の、「 A 」  まで、延ばして書いています。

「 smorzando 」 によって引き伸ばされた 「 A 」 も、

フェルマータによって伸ばされた  「 A 」 も、時間的長さは、

同じかもしれませんが、前者は、ゆっくりと刻まれた拍子の上に、

奏せられる音で、後者は、そこで一度、拍子の刻みを止めることから、

演奏上、大きな違いとなって現れます


★この大雑把な記譜を見ますと、エキエル版を Urtext とするのは、

無理がある、といえるでしょう。

 

 

★ちなみに、PETERS ペータース版 ( A New Critical Edtion

= Jim Samson ) は、右手 「 A 」 の上に、

小さくフェルマータを一つ、記載しているのみです。

楽曲を分ける意味のフェルマータは、記載されていません。


PADEREWSKI パデレフスキ版は、エキエル版と同様に、

小節線の上下にフェルマータが、記されていますが、

小節線が、複縦線となっています。

「 smorzando 」  の  「 ‐ ‐ ‐ 」  の、

最後の  「 ‐ 」  の位置は、ショパンの、自筆譜どおりです

この版は、音楽の区切りとしてのフェルマータを、

強調しているようです。


MIKULI ミクリ版は、右手最後の  「 A ( 1点 イ音 ) 」 の上 に、

小さなフェルマータが記載され、最初のアルペジオで奏された

「 A ( かたかな イ音 = 1点 イ音 の 1オクターブ下 ) 」  を、

バスとする和音の下に、大きなフェルマータを、書いています。

この版は、 「 F dur の主和音(トニック) 」  を、長く引き伸ばす、

という意図が、色濃く出ています。


CORTOT コルトー版は、最後の  「 A ( 1点 イ音 )」  の上にのみ、

フェルマータが、記されていますが、

それに続く小節線を、音楽の区切りを表す

「  複縦線  」 としていますので、自筆譜のフェルマータの意味に、

ある程度、近いかもしれません。


★このように、見てきますと、現在、

本当の意味での 「  Urtext  」 は、存在しないようです。

 

※参照:以前のブログ記事です。

http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/0b34c43946486f6bdb1578753ef22ab9

 

 

                               ※copyright ©Yoko Nakamura

▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたしま▽△▼▲

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■National Edition EKIER版の Chopin・Ballade 2番は、ショパンの意図どおりか?-②■

2011-08-14 20:53:47 | ■私のアナリーゼ講座■

■ナショナル・エディション、 エキエル版 の Chopin-Ballade 2番は、ショパンの意図どおりか?-②■
                                      2011.8.14 中村洋子

★前回は、Chopin ショパンのフレーズの特徴を書きましたが

今回は、それに関連して、ショパンが、このバラード2番の

冒頭を、どのように書き始めていたか、分析します。


★自筆譜を見ますと、驚くべきことが、発見できます。

現在、私たちが知っています  「 決定稿 」 の 1、 2小節は、

右手、左手ともに、 「C」  の repeated notes です。

1小節目は、8分の 6拍子の 3拍目に 「C」 の 8分音符、

4拍目に 「C」 の 4分音符、6拍目に 「C」 の 8分音符、があります。

この曲の冒頭 1小節目は、 6拍子の 3拍目から始まり、

1、2拍目が存在しない 「 不完全小節 」 です。

ところが、自筆譜を見ますと、最初は、

次のように、複雑に書かれていました。


冒頭の音符は、 「C」 で、それは、現在の第 1小節の前に、

アウフタクトの 8分音符として書かれていました。

その次に、 1小節目の 1拍目として、 「C」 の 4分音符を、

置いていました。

このため、 ≪ 8分音符のアウフタクトを伴った、

「 完全小節 」の1小節目 ≫  というのが、

ショパンの、当初の構想でした。


★これは、常識的な分かりやすい構成です。

それを、ショパンは推敲した結果、2つの音、つまり、

6拍目・アウフタクト 「 C 」 と、 1小節目の 1拍目  「 C 」、

それに、小節線を、削除していました。

縦線と斜線でそれらを消してありますが、上記の音符は、読み取れます。


★ここで重要なのは、スラーによって表現されるフレージングが、

自筆譜で、どのように記載されているか・・・ということです。


右手については、現在の 1小節 3拍目の少し前から始まり、

しかも、放物線状ではなく、五線譜にほぼ平行に、低くたなびくように、

6小節目まで、続きます

しかし、このスラーの終わりは、前回ブログでの説明のように、

5拍目で終わり、次のスラーは  ≪ 0、5拍 ≫ の空白の後、

「 5、5拍目 」 から、始まります


★左手スラーは、削除された 1拍目の 「 C 」 の少し後から、

始まっています。

つまり、現行の冒頭音符、つまり  3拍目 8分音符より、

少し前から、スラーは始まっているのです。

 


★作曲家は、いつの時点で、スラーを書き込むのでしょうか?

音符を記譜し終わった後に、スラーは記譜するものなのです。

では、ショパンは、いつの時点で、

アウフタクトと 1拍目  「C」  を、削除したのでしょうか。


★二通りの考え方が、できます。

一つは、削除前にスラーを書き込んでいた場合です。

右手は、1拍目の強拍の 4分音符  「C」  の後から、

スラーが始まる、という不自然な形になります。

左手は、 1拍目から始まっているように、

見ることは、無理に見ますと可能です。

しかし、右手のスラーについては、削除前に書かれていた、

とみることは、ほとんど無理です。

左手スラーは、アウフタクトにはスラーがかからず、

1拍目からフレーズが始まる、という解釈も可能ですが、

その場合、右と左のスラーを、別々の時点に書いた、

としか、解釈できません。

やはり、この推測は、かなり無理があります。


★削除した後に、スラーを書き込んだ場合ですが、

私は、これが正解であると、思います。

つまり、冒頭の 3拍目  「 C 」  が始まる前から、

このスラーによってくくられるフレーズが、

既に、始まっているということになります。

音の打鍵を意味する  「 音符 」 の位置と、

フレーズとは、前回のブログで解説いたしましたように、

一致しては、いないのです。

 

 


★ここでもう一つ、重要なことは、

ペダルの記号を、冒頭音 ( 3拍目  8分音符 ) の下に記譜し、

3小節目 3拍目の直後に、ペダルの足を放す記号を付しています。

1、2小節は、「 C 」 の repeated notes のみですから、

この和声が、「 トニック F A C 」  の  「 C 」 か、

「 ドミナント C E G 」 の  「 C 」 であるのかは、

分かりません。


★3小節目の、1拍目から 3拍目までは、

「 トニック F A C 」 の和音です。

1、2小節目の、やや曖昧な響きのなかから、

3小節のトニックが、生まれ出てくる、というイメージです。


ショパンが削除した音符の  「 時間軸 」

( 8分音符と、4分音符を合わせた長さ ) から、

既に、音楽が、フレーズが始まっている、といえます。

初めての 「 C 」 が、両手で打鍵された時、

そこから、音楽が始まるのではなく、

霧の中から、少しずつ、音楽が生まれ出し、

その最初に、はっきり見える音が、

冒頭の開始音である、というように、

ショパンが意図していたのではないかと、思います。


このように、曲が始まっていなければ、

この曲の価値は、半減していたことでしょう。

そこにショパンの天才が、発揮されていたのです。

これがショパンの偉大さです。

このように、推敲を重ねるのは、バッハと同じです。

 

 


★National Edition エキエル版は、

ここでの右手と左手スラーを、冒頭音の符頭と符尾から、

申し訳程度に、1ミリ弱ほど左のところから、始めています。

また、脚注には、冒頭のアウフタクトなどの削除や、

どうして、このスラーを微妙な位置から始めたか、

については、なにも、記載していません。


★PETERS ペータース版 ( A New Critical Edtion = Jim Samson ) は、

右手スラーについては、通常の楽譜の記譜法のように、

冒頭音の符頭から、始めています。

左手スラーは、通常ならば、符尾のすぐ下から、始めるところを、

かなり下の方に、かなり距離を置いて始めています。

この距離に対し、注意深い演奏者は、

「 どうして、こんなに下から始めているのだろうか? 」 と、

違和感を、感じるでしょう。

脚注では、その理由について、何も触れていません。


エキエル版が、ナショナル・エディション 原典版

Chopin Ballades Urtext 

 National Edition  Edited  by  Jan Ekier として、

「 Urtext 」  を、標榜する以上、

これらの点を、脚注などに、明記すべきである、と思います。


演奏家にとって、最も知りたい情報は、

実は、作曲家がどのように書いていたか、ということです。

それを、正確に伝える楽譜を ≪ Urtext ≫  と、いうのです。

 

 


★EKIER 版や PETERS 版 の編集者は、ここの部分で、

ショパンが ≪ 通常でないフレーズ ≫ にしていることに、

気付いてはいるものの、その意図を十分に読み取れず、

念のために、スラーの記譜でそれらしく、

ほのめかしたのでしょう。

しかし、この点こそが、この曲で最も重要なことなのです。


★演奏の ‘ コツ ’ を一つ、お話します。

この曲を弾き始める前に、ショパンが削除した、

≪ アウフタクトの C と、1小節目 1拍目の C  ≫ を、

心の中で演奏し、3拍目から、決定稿のように、

「 C 」 を、弾き始めてください。

幻想的な、素晴らしい音楽が、

自然に、湧き上がってくることでしょう。

 

 

                                       ※copyright ©Yoko Nakamura


▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたしま▽△▼▲

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■National Edition EKIER版の Chopin・Ballade 2番は、ショパンの意図どおりか?-①■

2011-08-12 19:00:11 | ■私のアナリーゼ講座■

■National Edition EKIER エキエル版の Chopin・Ballade 2番は、ショパンの意図どおりか?-①■

                2011・8・12 中村洋子

 


★昨日は、3月11日の東日本大震災から 5ヶ月目でしたが、

本日 8月 12日未明にも、M6 の大きな余震が福島沖で起き、

東京にいながらも、目が覚めてしまいました。


★これまで、ほとんど姿を見せなかった蝉たちが、

東京でもやっと数日前から、いつもの夏のように、

鳴き始めてくれました。

染入るような蝉時雨、感性にやさしく、心地いいものです。

炎暑も、心なしか、和らぐ思いがします。


8月 31日に、カワイ表参道で開催します

「 第 15回 平均律アナリーゼ講座  」 のため、

Frédéric Chopin ショパン (1810~1849)

 「  BALLADE  F-Dur.Op 38 バラード 2番 」 を

自筆譜ファクシミリ で、勉強しております。


ショパンの自筆譜は、彼の意図がどこにあり、

どのようにピアノを弾きながら、作曲したか、

それが、手に取るように分かる、素晴らしい楽譜です。


★この自筆譜と、数多くある実用譜のなかから、

定評のある数点とを、比較してみました。

CORTOT コルトー版、 EKIER エキエル版、

PETERS ペータース版( A New Critical Edtion = Jim Samson )、

MIKULI ミクリ版、 PADEREWSKI パデレフスキ版・・・などです。


★コルトー版のように、エディターの意図が前面に出ている楽譜は、

古い版であっても、エディターが大芸術家であり、学ぶところは、

たくさんあると、思います。

コルトーが、「 ショパンをどう捉えていたか 」 ということが、

勉強できるからです。

ただし、近年刊行された、 ≪ URTEXT ( 原典版 )≫  を、

ショパンが書いた自筆譜を、そのまま、実用譜にしたものであると、

勘違いしてしまいますと、いくら、その版で一生懸命に、

勉強しても、ショパンの世界には迫ることができないでしょう。

 


★その顕著な例が、

ナショナル・エディション  、 エキエル版 ≫ です。

Chopin Ballades Urtext

この版を、≪ URTEXT (原典版)≫  とするのではなく、

≪ EKIER が編集した EKIER 版 ≫ と、するならば、

なかなか、優れた版ではある、と思います。


★しかし、URTEXT の UR は、「 根源の 」 という意味ですので、

エキエルの編集版は、 ≪ URTEXT ≫ とは、いえないでしょう。

エキエル版は、ショパンの自筆譜からは、かけ離れ、

エキエルの解釈が色濃く、打ち出されています。


★≪ PETERS ペータース版( A New Critical Edtion )≫ は、

編集するに当たり、疑問が生ずる箇所については、

一応、自筆譜や、初版譜や、さらには、

ショパンのお弟子さんの楽譜に、ショパンが自らが書き加えた断片を、

比較検証し、Commentary コメンタリーに、それを記載しています。


★通常、「 スラー 」を、楽譜に記入する際、

符尾から符尾まで放物線を引くのが、印刷譜のルールです。

ところが、ショパンの 「 バラード 2番 」の自筆譜は、

そうではないのです


★例として、自筆譜 「 14 小節目 」 を、詳しく見てみます。

右手のスラーは、6拍子の 4拍目の A では終わらずに、

5拍目の部分 ( ここでは、聴覚上は A 音が続いているが、

視覚的な音符は、存在しません ) まで、延ばしてあります。

( こういう書き方は、現在の印刷記譜法では、排除しています)。

その後、≪ 空白が 0.5 拍分 ≫ ほど存在し、

スラーの線は、ありません。

そして、次の新しいスラーが、 ≪ 5.5 拍目 ≫ から始まります。


★次に打鍵される音は、「 6拍目の B の八分音符 」 ですので、

打鍵される前から、フレーズが始まっていることになります

そして、スラーは ≪ 5.5 拍目 ≫ から 18小節目の、

小さな空白まで、ずっと続きます。


★私は、この ≪ 空白 ≫ にこそ、

ショパンの作曲の真髄が、込められている、と思います。

ショパンが、この作品をどう弾いていたかまで、

手に取るように、分かります。

 

 


★「 14小節目 」の右手ソプラノは、

1拍目が、G の付点四分音符( 3拍分 )、

4拍目は、A の四分音符( 2拍分 )、

6拍目は、B の八分音符( 1拍分 )です。

スラーの空白部分( 5拍目から 5.5拍目まで )は、

4拍目の A が延び続けており、打鍵とは、一致しません。

実に、微妙なニュアンスに満ちた書き方です


★「 自筆譜は、作曲しながら流れるように書くため、

あまり正確には、書かれていない。

演奏者が、詳細に見ることに意味はなく、

専門家の編集者が整理すべきである 」 という、

意見も、あるかもしれません。

しかし、作曲家の私の経験からみますと、

どんなに手早く書き、乱雑に見えたとしても、

それが、メモや下書きであっても、

ショパンの上記のような記譜は、大変、正確に精緻に、

書き込まれているものです。

作曲の要であるからです。


★≪ EKIER エキエル ≫  の  ≪ URTEXT (原典版)≫ では、

この 14小節目を、どのように印刷しているのでしょうか・・・。

4拍目の A でスラーを閉じ、フレーズをここで終了させています。

そして、次のスラーは、6拍目の B から始めています。

この部分を、なぜそのように記譜したかについて、

なんの脚注も、書いていません。


≪ PETERS ペータース版(A New Critical Edtion) ≫ では、

この 14楽章について、スラーを中断することなく、

18小節目までずっと、続けています。

脚注で 「 自筆譜では、右手スラーは 14拍目の A の後で、

 break 中断している。

しかし、1840年のドイツ初版本では、スラーが、

 14小節の最後まで続き、そこで切れている。

ショパンの弟子の Gutmann のコピーで、そうなっているため、

それに従っている。

イギリス初版本では、スラーは、右手と左手とも、

1小節目から 38小節目まで、続いている」 と、記載しています。


★≪EKIER エキエル≫ の ≪ URTEXT (原典版)≫ を、

さらに、詳しく見ますと、4拍目の A で終わっているスラーは、

1ミリほど、符尾より右に出ており、

6拍目のスラーも、2ミリほど、B の前から始めています。

察するに、EKIER は、≪ 空白の 0.5 拍分 ≫ の意図を測りかね、

念のため、ほんの少しだけずらして、印刷したのかもしれません

しかし、普通に見れば、4拍目で終わり、

6拍目から、始まるようにみえます。


★ショパン・バラードの 「Andantino アンダンンティーノ」

(  1小節目~ 46小節目  ) までの部分で、

ショパン自筆譜と、EKIERエキエル版とで、

スラーの違いがある部分は、

6、10、14、18、20、22、30、38、39、40、41、42 小節目など。

ショパン自筆譜と、PETERSペータース版とでは、

6、10、14、18、26、38、39、40 小節目などです。

 

 

この EKIERエキエル版 と PETERSペータース版の問題点は、

スラーによって表現されるフレーズを、

≪ 打鍵される音から音 ≫  という概念でしか、

捉えていない点に、あります。


ショパンの音楽が、優れているのは、

フレーズ ( スラーによって、ひとくくりにされる音楽のまとまり )を、

「 打鍵された音から始まり、打鍵された音で終わる 」 というふうには、

作曲していないところに、あります。

ショパン自身の演奏も、そのようにしていたことでしょう。

 

★そこを、読み取ったうえで、現在の印刷技術をもってすれば、

ショパンが意図したとおりの楽譜を、作ることは、

容易なことであると、思います。

そうなると、楽譜校訂者、編集者のお仕事が大幅に減り、

困るのかもしれませんね。


★このショパンの音楽の作り方は、まさに 、

≪ バッハを URTEXT ≫  としているのですが、

それに、Wagner ワーグナーや、Debussy ドビュッシーが、

着目して、自らの天才を羽ばたかせていったのです

 

 

                             ※copyright ©Yoko Nakamura

▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたしま▽△▼▲

National Edition Edited by Jan Ekier 。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする