■ドビュッシー「子供の領分」を俯瞰するとバッハが見えます■
~張り巡らされた「子供の領分」の motif は、蜘蛛の巣の様に美しい~
2023.11.30 中村洋子
★前回ブログで掲載しました「青柚子」が、黄色に熟し、
初冬の青空に瑞々しく輝いています。
★前回ブログでお約束しました、《ドビュッシーの「子供の領分」
第5曲小さな羊飼いと、フルート独奏曲「Syrinxシランクス」の
motif(要素)を「虫の目」で詳細に観察》しますが、その前に、
ドビュッシー「子供の領分」の本性、本質について、ご説明します。
★ドビュッシーの「Children's Corner」につきましては、
当ブログの5月22日、
https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/m/202305
■ ドビュッシー「子供の領分」第5曲「小さな羊飼い」の源は
「牧神の午後への前奏曲」■~「小さな羊飼い」はわずか
31小節、しかし一筋縄ではいかない傑作~を書きました。
8月31日には、https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/m/202308
■【子供の領分】の第6曲「ゴリウォーグのケイクウォーク」は
《異名同音》の技法を使う■~第5曲「小さな羊飼い」と
《異名同音》で緊密に手を結ぶ~をご説明しています。
★それでは「子供の領分」の全体像を、「鳥の目」(鳥瞰図)で見たら
どうなるのでしょう。
結論は、≪バッハの「組曲」と同じ構造、構成である≫という事です。
各曲の関係を、ドビュッシーの「自筆譜」から詳細に検討しますと、
「あぁ、ここにも Goldberg Variationen ゴルトベルク変奏曲が!」
と、「子供の領分」の自筆譜のレイアウトが、驚くほど、
バッハの「ゴルトベルク変奏曲」をはじめとする鍵盤作品の、
現存する自筆譜や写譜に、似ているのです。
★勿論、平均律クラヴィーア曲1、2巻の影響は多大ですが、
「ゴルトベルク変奏曲」の各変奏曲の規模と、
「子供の領分」の各曲の規模が似ていることも、
自筆譜レイアウトが似ている理由の一つです。
★「ゴルトベルク変奏曲」の自筆譜は行方不明ですが、
バッハ生前に出版された「初版譜」は、バッハ自ら
目を通しており、見事な「レイアウト」の楽譜です。
「似ている」ということは、「ゴルトベルク変奏曲」と、
「子供の領分」のレイアウトを、≪構成する考え方≫が、
「そっくりさん」であるということです。
★それでは layout レイアウトとは何でしょうか?
辞書では、①所定の面に文字、図版、写真などを効果的に
配列すること。また、その技術。割り付け。
②空間や平面に物を効果的に配置・配列する事。
とあります。
★現代、私たちが日常的に手に取る楽譜(実用譜)は、
大作曲家が「自筆譜」のレイアウトに込めた深い意味を、
ほとんど無視しているようです。
演奏する場合には、やはり「見やすさ」も大切ですから、
「自筆譜」のレイアウトを無視した譜面作りは、
一概に非難できないのですが、
大作曲家の「自筆譜」を深く勉強しますと、作曲家自身が
書いた、楽譜の間取り(レイアウト)は、その曲の一番親切な
「手引き」であることが多いので、残念な気がいたします。
当ブログでは、「自筆譜」に込められたレイアウトの意味も
少しづつお伝えします。
★「自筆譜」の重要性について、ご興味のあおりになる方は
拙著≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫、
≪11人の大作曲家「自筆譜」で解明する音楽史≫を、
是非お読みください。
https://diskunion.net/dubooks/ct/list/0/72217778/64442
★「子供の領分」全6曲は、バッハの組曲と同じ曲数です。
第1曲 「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」 (Doctor Gradus
ad Parnassum)に、この全6曲のエッセンスが含まれています。
まさに「バッハのPrelude」です。
★ところが、巷では以下のような、見当外れで、曲の本質を全く
理解していない解説が数多くなされいています。
【クレメンティの練習曲集『グラドゥス・アド・パルナッスム』
(パルナッスム山への階梯)のパロディであり、練習曲に挑戦
する子供(シュシュ)の姿を生き生きと描いたものとされる。
退屈な練習に閉口する子供の心理を表現した曲 】(wikipedia)
★この様な捉え方は、孫引き、孫引きで巷間に広まっていますが、
上記文面を真に受けた途端、
ドビュッシーの“広大な花園”、芸術世界に入るドアが、
「パタン」と閉められてしまうことでしょう。
ドビュッシーの「韜晦趣味」は、そのような人を、まず
シャットアウトしてから「私の芸術を、真摯に勉強し、理解し、
楽しむ人だけお入りなさい」と言っているようです。
★この第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」は、決して、
ドビュッシーの愛娘 Chouchouシュシュちゃん~Claude-Emma
Debussy(1905-19191)が、「退屈な」練習曲に挑戦している姿を
描いたものではありません。
これは生命力あふれる、バッハの「平均律クラヴィーア曲集1巻1番
プレリュード」へのオマージュ hommage、頌歌でもあります。
★このことを理解しますと、第6曲ゴリウォーグのケイクウォーク
Golliwogg's Cakewalkの17小節G-c-d(G₁-C-D)「 ソ ド レ」に、
「アクセント」と「スタッカート」が付いている意味が、分かります。
「ゴリウォーグのケイクウォーク」(以下、 Golliwoggと略)だけを
練習していても、何故この三つの音に、アクセントとスタッカートが
付いているか、決して分かりません。
その理解なくして、Golliwoggを真に弾くことはできないでしょう。
Golliwogg の佳い演奏には、「子供の領分」全曲の勉強が必要です。
★この17小節の「 ソ ド レ」は、第1曲「パルナッスム博士」を回想
していると同時に、この全6曲で1曲の「組曲」Petite Suite pour
Piano seul であることも示唆しています。
★それでは、ドビュッシーの「子供の領分」の自筆譜レイアウトを
見てみましょう。
Golliwogg は1ページを、大譜表6段で記譜しています。
「Wiener Urtext Edition∔ Faksimile」で、このGolliwogg1曲
だけですが、自筆譜ファクシミリを見ることができます。
https://www.academia-music.com/products/detail/32645
★自筆譜1ページ目は1~35小節が書き込まれ、2ページ目、
3ページ目と続き、全部で計3ページです。
そしてこの重要な17小節は、どこにあるかと探してみますと、
驚くべきことに、1ページ目3段目の一番右端(最後の小節)に、
「レイアウト」されています。
★3段目の右端ということは、全6段の真ん中、です。
ドビュッシーの意図が、実に明確に把握できる配置ですね。
バッハもドビュッシーも、そのページの最初の小節、最後の小節、
真ん中の小節には、構造上重要な小節を配置します。
★この重要な位置に、第1曲「パルナッスム博士」の冒頭 motif
であり、しかも、バッハの「平均律クラヴィーア曲1巻1番Prelude」
の幕開けでもあるmotif ≪G-c-d(G₁-C-D)「 ソ ド レ」≫を
配置するとは・・・
ドビュッシーの天才と、その大胆不敵さには感嘆します。
★この様な例は枚挙に暇がないのですが、
次に第1曲と、第2曲「ゾウの子守歌」 Jimbo's Lullaby を
見てみましょう。
第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」の4小節目は、
ドビュッシーの「自筆譜」1ページの2段目に位置します。
この上声部(ソプラノ声部)の「h¹-a¹-g¹-f¹ シ ラ ソ ファ」
という motif は
第2曲「ゾウの子守歌」の63~66小節の内声(アルト声部)に、
ゆったりと二回現れる「motif b¹-a¹-g¹-f¹」につながっていきます。
蜘蛛の巣に、美しいレース編みの糸が掛けられるかのようです。
★この第2曲「ゾウの子守歌」も1ページ大譜表6段で、3ページに
わたって記譜されていますが、63~65小節は2ページの最後、
即ち2ページ6段目右端に記され、66小節は、3ページ冒頭です。
2ページの最後も、3ページ冒頭も大変重要な位置です。
★明らかにドビュッシーはこの63~66小節を、
第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」との関連を、
強く意識して作曲しています。
やはり、この組曲を、演奏したり、勉強したりする時に、
これを無視できませんね。
★それでは第3曲「お人形のセレナーデ Serenade for the Doll 」は
どうでしょうか。
冒頭1~2小節は、お人形さんがブリキのギターをかき鳴らすような、
何ともかわいらしい「E-Dur ホ長調」の主和音が、続きます。
この和音、どこかで聴いたことがあるような・・・。
そうです!第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」の
11小節の分散和音と同じ和音です。
第1曲は「C-Durハ長調」なのに、この11小節で突然
「E-Dur ホ長調」の主和音が出現します。
実は、「C-Durハ長調」の主和音と、「E-Dur ホ長調」の主和音は、
≪3度の関係≫にあります。
この≪3度の関係≫は、まさに「バッハ由来」です。
この「3度の関係」につきましては、上記の拙著や、
べーレンライター出版の「平均律クラヴィーア曲集第1巻」の
解説に詳しく記述しましたので、どうぞお読みください。
https://www.academia-music.com/products/detail/159893
★さて、この第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」の
11小節は、ドビュッシーの自筆譜には、どのようなレイアウトで
書き込まれているでしょうか?
なんと、自筆譜1ページの4段目冒頭に、この小節があります。
「子供の領分」の自筆譜は、1ページを大譜表6段で書かれています。
第1曲「パルナッスム博士」も1ページ6段ですから、
4段目の冒頭ということは、この第1ページの真半分の位置です。
非常に重要な位置に、第3曲「お人形のセレナーデ」の冒頭を髣髴
させる和音を設定する、何という深謀遠慮でしょう。
★ドビュッシーもバッハと同じく「推敲、そしてまた推敲」の人でした。
その「自筆譜」を勉強しますと、実にそれがよく分かります。
この「子供の領分」全曲も、一点一画を揺るがせない、
凄まじいばかりの構成です。
その秘密を解き明かす鍵が、彼の「自筆譜」なのです。
★「子供の領分」第1曲と続く2~6曲との関係は、
この後のブログでも続けます。
「子供の領分」の、蜘蛛の巣のように美しく張り巡らされた
motif から、この組曲Suiteの全体像が見えてきますと、
晩年の傑作「Syrinx シランクス」への理解も深まるでしょう。
※copyright © Yoko Nakamura
All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲